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2011年8月31日 (水)

『マリス博士の奇想天外な人生』早川書房 Kary Mullis

 地球の未来は、人間の思惑とは無関係に展開していくのだ。人間は太古から、大海が打ち寄せる海岸に、身を寄せあってひっそりと棲息してきた生物にすぎない。どんな環境であっても人類はその場に居合わせただけである。もちろん環境は人間にとって優しいものではない。しかしそれはこれまでもずっとそうだった。
 一〇〇〇年前、バイキングたちが航海に乗り出した頃、世界は今よりずっと暖かかった。そして気温は徐々に下がって今日に至っている。バイキング船団の狽籍やスペイン騎馬隊がカリフオルニアを荒しまわったせいで、それ以来気温が低下したわけではない。
 その昔、スペイン人入植者たちはインディアンを奴隷として教育しようとした。農作物を栽培させる一方、宗教を押しっけた。インディアンたちはおそらく笑っていたはずである。奇妙な植物を植えたはいいが、白人たちの神は雨を降らせることもできないではないか、と。気温は低下し、乾燥も進んだ。それは地球と太陽の距離と角度が変化したためである。バイキングのせいでも、スペイン人のせいでもない。

 メンドシノ郡にある山小屋にいると寒いと感じることがある。私は温室ガスのこともオゾンのことも気にせずに、すぐにストーブをつける。たちまち暖かくなる。人間は自分の好みで地球と太陽の距離を変えることはできない。今後一〇〇〇年にわたって、ここサンディエゴの平均気温をつねに快適な温度に設定することもまた不可能である。しかし、何も解明されていない大気現象のささいな変化を気にすることなら、すぐやめることが可能である。気候は変動して当然である。来るべき世紀、気温は下がるかもしれないし、上がるかもしれない。

 今から約一万一五〇〇年前、地球の表面温度は上昇を開始した。一〇万年間続いた氷河期が終わりを告げたのである。氷河期、地球は今より摂氏二〇度も冷えていた。現在、われわれは問氷期と呼ばれる気候に生活しており、これは人類史にとって一種の夏休みである。洞窟の外のポーチに長椅子を置いて寝そべって、沈む夕日を楽しむことができる。すべき仕事は雪かきではなく、芝生刈りである。
 もうひとつ前の間氷期は、今から一二万年前にあったエミアン紀と呼ばれる時期である。年輪のデータや南極氷床のボーリング調査の結果によれば、エミアン紀もまたとても過ごしやすい間氷期だったようだ。そもそも私はスキーヤーではなくサーファーなので暖かい方がいい。だから今後の気候変動の傾向は私にとっては不都合のようだ。われわれは次の氷河期に向かいつつあり、そこでは現在のような温暖な気候は期待できない。むしろ氷河期のような気候こそが地球の歴史の大部分を支配していたのである。だからこそ地球温暖化などというのはたわごとなのである。そんなことを心配しているのはスキーヤーにちがいない。少なくともサーファーではなかろう。

 地球温暖化論者や気候シミュレーション学者、あるいは大気循環モデル論者といった人間は、おそらく天気のよい日でも外出することもない連中だろう。みんな室内にこもって必死にプログラムを書いて上司に提出しているのだろう。彼らは地球温暖化が進行していると警告し、人間が排出するガスが悪いという。そうやって私たちを心配させるのが彼らの仕事である。われわれを心配させ、罪の意識におびえさせることによって税金が彼らの給料に化けるようになる。単純な仕掛けだ。

 もしわれわれ人間が、宇宙船に乗ってこの場所に漂着し、ここの気候が過去ほとんど変動していないことを知ったとすれば、この惑星の気象は非常に精妙なバランスの上に成り立っているのだと考えるだろう。そして何か特別な変化を恐れることもないし、少しは自然に対する畏敬の念ももてるかもしれない。万一に備えて専門家に税金を使うことも正当化されるだろうし、祈頑師でさえ必要と言えるかもしれない。
 しかし事実はまったく異なる。人間はこの惑星で進化してきたのであり、その間、激しい気候変動にずっとさらされてきたのである。変動がいかに大きなものだったのかは、何百万年を経た現在も、なおうかがい知れる。石炭紀、白亜紀、エミアン絶と名付けられた時代の環境がそれぞれまったく異なっていて、数えきれない生物種が絶滅している。
現在のような気候がずっと同じように維持されていたわけではまったくないのであり、気候の変化は人類の存在とは無関係に起こるのだ。
 地球は太陽系の中で公転を行なっている。その間、太陽をはじめ、他の惑星や衛星の動きの影響をつねに受けつづけている。小惑星も例外ではない。木星と衝突して話題になったシューメーカー・レビー彗星が好例だ。あるときは近づき衝突することもあり、またあるときは彼方へ遠ざかる。地球は月の動きの影響をもろに受けている。潮の満ち引きはそのために起こる。また地球は、太陽風と呼ばれるイオンの流れにさらされているし、木星の強大な動きにも引きつけられている。しかしなお、緑と水の惑星でありつづけている。ヒトとアリも絶滅してはいない。
 地球の気温は、太陽を周回する公転軌道の大きさと形によって変動する。公転面に対する地球の自転軸の傾きの変化も重要だ。日照時間、放射性物質の崩壊、地殻深くの重力熱、宇宙の開始時点から存在する諸元素、その他われわれのまだ知らない数多くの要因が気温に寄与しているはずだ。

 人類など巨大な岩石の表面に薄く生えているコケのようなものだ。人類は思考し、言葉を操る特別な生物で、その数を増加させている。しかしこの地球の運行をピクリとも変化させることはできない。地球のごく表層を占有し、ひっかいて自分のものにしたつもりでいるにすぎない。夜空を見上げては、星もまた人間のために存在していると錯覚している。宇宙の広大さを目の当たりにしてさえ、なお人類は人間中心主義の幻想から抜け出すことができないでいる。

 人類はいまだに闇や死を恐れている。だからことさら自らを鼓舞して、万物の長のような顔がしたいのだ。そして地球を守っているように思いたいのである。しかし懐中電灯の電池が切れてしまえば、人間は闇の中で途方にくれるしか能がない生き物である。それがどうして万物の長たり得よう。突然視界が闇におおわれたとき、人間は恐怖に包まれる以外にすべはない。これがこの地球の守護神のありさまだろうか。人類の手にしている懐中電灯の光が切れても、地球上のエネルギ1や情報の総和にはほとんど変化がない。なのに人類はパニックに陥る。つまり人類は、地球上のエネルギーの存在のほとんどに気がつかず、地球上の情報のほとんどを解読できてもいないのだ。懐中電灯があってもなくても、地球はそもそも人類にとって闇なのである。人類は無数に存在している事象のほんの一部のみに気づいているだけなのだ。
  
 人類がどれほど夜を明るくしたところで、地球上の現象のほとんどがなお闇の中にある。人類が耳にする音はさまざまな音のうちのほんの一部にすぎない。人類がふれることのできるのは地球のほんの一部分の感触だけなのだ。ハッブル宇宙望遠鏡のような最新の装置と技術を駆使して何かを探ろうとも、地球を日夜取り囲むこの宇宙空間のささやきやふるえの微妙な組み合わせを知るためにはほとんど無力である。たとえ今後、何千年が経過しても、人類は無力のままであろう。

 人類ができることと言えば、現在こうして生きていられることを幸運と感じ、地球上で生起している数限りない事象を前にして謙虚たること、そういった思いとともに缶ビールを空けることくらいである。リラックスしようではないか。地球上にいることをよしとしようではないか。最初は何事にも混乱があるだろう。でも、それゆえに何度も何度も学びなおす契機が訪れるのであり、自分にぴったりとした生き方を見つけられるようにもなるのである。

キャリー・マリス「不安症の時代に」より

Karymulis

『マリス博士の奇想天外な人生』早川書房 Kary Mullis : Dancing Naked in the Mind Field
DNAの断片を増幅するPCRを開発して、93年度のノーベル化学賞に輝いたマリス博士。この世紀の発見はなんと、ドライブ・デート中のひらめきから生まれたものだった!?
幼少期から繰り返した危険な実験の数々、LSDのトリップ体験もユーモラスに赤裸々告白。毒グモとの死闘あり、宇宙人との遭遇あり...マリス博士が織りなすなんても楽しい人生に、きっとあなたも魅了されるはず。

2783karymullis

巻末に著者特別インタビュー掲載。
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そもそも私の、世界へのアプローチは、この世界のなにかグランドデザインがあってそれを証明しようとする、というものではないんだ。仮説を証明するデータだ欲しいんじゃない。むしろ世界がどうなっているか知りたいだけなんだ。 (中略)だから最初に考えていたとおりにならなくても全然かまわない。むしろ、あれ?そうなんだ!という展開の方が楽しいよ。

でも現在の科学はそうはなっていない。みんな自分の描いた世界を証明しようとしているんだ。エイズがレトロウイルスによって起こる、人間の活動によってオゾンが破壊されオゾンホールができる、地球が温暖化している。これらはみんな仮説だよ。そしてやろうと思えばそれを支持するデータを集めてくるなんてことは簡単なんだ。

現在の科学が行っているのは、大衆の無意識な罪悪感に訴えることによって、ポリティカルに研究資金の流れや研究のイニシアティブを握ろうとしていることだね。 (中略)大衆はつねに、自分達がなにか世界に対して悪行を行っているような罪悪感があるんだ。それを浄化するように話をもっていくとぐんぐん彼らをひきつけることができるんだ。

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キャリー・マリス (Kary Banks Mullis, 1944年 12月28日 - )はアメリカ合衆国 ノースカロライナ州 レノア出身の生化学者。ポリメラーゼ連鎖反応 (PCR) 法の開発によって知られる。また、その功績により、1993年にノーベル化学賞及び日本国際賞を受賞した。http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0072.html

キャリー・マリスの個人サイト(英語)http://www.karymullis.com/

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