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2011年8月13日 (土)

第十一章 詩に於ける逆説精神

     
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 詩に於ける主観派と客観派の対立が、日本では和歌と俳句の関係になっている事は、前章で述べた通りである。次にこの章に於て、西洋の詩に於ける同じ対立の関係を、根本的に解決しようと思っている。けだしこの問題の解決は、詩論の最後に提出さるべき大問題で、詩の最も深い神経に触れるところの、真の根本的の結論である。
 さて西洋の詩にあっては、内容を重んずる一派のものと、形式を重視する一派のものと、二つの系統に別れている。然るに詩の内容は主観に属し、形式は客観に属する故に、此処にまた日本と同じく、主観派と客観派とが対立する。そこで主観派に属するものは、浪漫派や象徴派の詩であって、客観派に属する一派は、古典派や高蹈派の類族である。前者は感情本位の自由主義で、後者は詩学本位の形式主義である。
 この同じ対立は、一方また詩の情操からも考えられる。即ち前に他の章で述べたように、欧洲に於ける詩の歴史は、実に抒情詩と叙事詩との対立であり、詩情に於ける「情緒的なもの」と「権力感情的なもの」との、不断に交流する二部曲である。然るに情緒的なものは――浪漫派でも象徴派でも――必然に自由主義の精神に立脚するし、権力感情的な貴族主義のものは――古典派でも高蹈派でも――凡て必ず形式主義に傾向している故に、欧洲の詩に於ける主観派と客観派との対立は、それ自ら抒情詩と叙事詩の対立に外ならない。の諸詩派――未来派、立体派、構成派――等も、言語の本質上の意味に於て、凡て客観派の叙事詩に属する。これ等の詩は実に近代的叙事詩とも言うべきだろう。)以下吾人は、この詩に於ける主観派と客観派、即ち抒情詩と叙事詩の関係を、その内容と形式との二面にわたって、根本から論じ尽そうと思っている。しかしその前に、西洋に於けるこの主観派と客観派の対立が、前章述べた日本の詩のそれと別であり、関係の違っている事を言わねばならぬ。
 日本に於ける主観派と客観派の対立は、和歌と俳句の対立である。故にこの場合の関係では、和歌が抒情詩に相当し、俳句が叙事詩になるわけである。しかしこの比較は根本的に間違えている。なぜなら和歌はとにかくとして、俳句は決して叙事詩でないからだ。日本の俳句は、内容から見ても形式から見ても、西洋の叙事詩とは少しも似たところがない。実に日本に於ける特殊の事情は、すべての文学が悉く内容本位の自由主義で、一も西洋に於ける如き真の意味のクラシックがないと言うことである。したがって日本には、言葉の厳重な意味で言われる「韻文」がなく、そうした形式主義の文学が発達しない。第一その種の文学に内容さるべき、叙事詩的な精神それ自体が無いのである。だがこの議事は他章に譲り、進んで本題に入って行こう。

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 芸術に於て、内容は主観に属し、形式は客観に属する。故に客観をどこまでも進めて行けば、最後に純粋の形式主義、即ちクラシズムに達してしまう。実にクラシズムの精神は、芸術の達し得べき最も寒冷の北極である。そこでは主観に属する一切の温熱感が、内容と共に逐い出される。そして純粋に形式美であるところの、氷結した理智だけが結晶する。即ちクラシズムの方程式は、均斉、対比、平衡、調和の数学的比例であって、この冷酷なる没人情の氷山では、どんな人間的なる血液も凍ってしまう。そこには理智と数学で固まっている、氷づけの結晶した「純美」があり、大理石によって刻まれた造型美術が、立体結晶の冷酷さで屹立している。
 実にクラシズムの芸術は、美を数学によって創造し、機械とコンパスと定規とから、人間模型を製造しようと意図するところの、真の残忍酷薄なる純美主義の芸術である。そこには少しも温熱感のある主観がなく、純一に客観的なる知性の形式美があるのみである。しかもかかるクラシズムが、何故に詩の表現と結婚するのか。実に吾人の不可思議に堪えないことは、クラシズムの如き芸術の北極圏に属するものが、反対に芸術の南極極地であり、主観の情熱を本位とする詩の如き文学と、何故に結婚すべく必然されるかと言うことである。そもそもこうした寒烈の気温の中で、我々のあまりに情熱的な――あまりに人間的温熱感のありすぎる――詩人の血が、どうして凍死せずに歌いつづけていられるのだろうか?
 だが再度考えてみよう。上述したような真の意味の形式主義――それは数理的な形式美のみを重視して、内容的なるすべてのものを、芸術から拒絶しようとする。――が、果して詩の世界にあるだろうか。もし有ったにしても、かかる種類の文学が、詩としての正しい評価を持ち得るだろうか。実際吾人は、或る種の末期的な詩派に於て、この種の形式韻文を見出している。例えば高蹈派の去勢された末期詩人は、彼等の詩派からその懐古的ロマンチックや、厭人病的の厭世感や――それが実に高蹈派の「詩」なのである――を紛失させて、ひとえにその韻律の詩工的完美に走り、詩を造型美術のように建築しようと考えた、換言すれば、彼等は詩を「心情」から生むのでなく、知的な「頭脳」によって製造しようとしたのである。
 かかる種類の文学を、実に詩と言うことができるだろうか。確かに或は、それは一種の美であり得るだろう。だがすくなくとも詩ではない。なぜなら「美」なるものの一切が、悉く皆「詩」ではないから。詩は純美というべきものでなくして、より人間的温熱感のある主観を、本質に於て持つべきものだ。すくなくとも吾人は、確信を以て一つのことを断定できる。即ち詩は心情から生るべきものであって、機智や趣味だけで意匠される頭脳のものに属しないと言うことである。故に、詩に於ける形式主義は、内容として詩的精神、即ち「主観」を持つ限りに於て許さるべきで、主観なき純粋の形式主義は、一種の数学的純美であるとしても、断じて詩と称し得べきものでない。
 では何故に詩人の主観が、かかる知的なクラシズムを、表現に於て選ぶのだろうか。詩が感情の文学であり、主観の南極に於ける芸術でありながら、クラシズムの如き北極的寒烈の形式を選定し、この矛盾した内容と形式とが結婚するのは、いかにしても不可思議なことに思われる。しかしながらこの疑問は、前に他章で概略を解説した。即ち詩に於ける形式主義は、本来叙事詩的の精神とのみ結合する。そしてこの叙事詩的の精神は、彼の貴族的なる権力感情の発翔から、形式に於てどっしりしたもの、荘重典雅のもの、ストア的に厳格のもの、韻律の規則正しく、骨組のがっしりしたものを欲求することからして、必然にこの結婚が生れるのである。けれども尚疑問なのは、かかるヒロイックな権力表現を求める詩人が、果して真に生れたる英雄であり、ビスマルク的鉄血心を持っているところの、真の独逸軍人であるか否かと言うことである。
 この疑問に対しては、吾人は明らかに「否!」と答える。古来幾千の詩人の中、果して真に英雄的だった人物がどこに居るか。彼等の或るものは、時に或は勇士の如く、英雄の如くにふるまっている。しかもこれ外見のドラマにすぎない。真実のところを言えば、あらゆる詩人は女性的で、神経質で、物に感じ易い、繊弱な心をもったセンチメンタリストにすぎないのだ。一つの決定的な事実を言えば、詩に於ける一切のヒロイズムは、畢竟して「逆説的のもの」にすぎないということである。換言すればあらゆる詩人は、英雄的なものへの憧憬から、オデッセイやイリアッドの勇ましい、権力感の高翔した詩を作るのである。そして彼が「憧憬する」ところのものは、実には彼自身に属していないもの、所有していないものである。
 そもそも詩の本質感は何だろうか。詩は「現在しないもの」への欲情である。現にあるところのもの、所有されているところのものは、常に没情感で退屈なものにすぎない。詩を思う人の心は、常に現在しないものへ向って、熱情の渇いた手を伸ばしている。そして実に多くの詩人は、彼自身の存在に鬱屈しており、自己に対して憎悪と嫌忌とを感じているのだ。おそらく彼等は、世界に於ける愚劣なものを、自己の詩人的な性格について自覚している。そして反動から、より頑強な心を持った、神経の太々しい、大胆無法な勇気をもった、真の英雄的なものに憧憬している。
 故に詩に於ける権力感は、常に非所有のもの、自由の得られないものに対する、弱者の人間的な羽ばたきである。換言すれば、詩人は詩を作ることによって、表現からの権力を得、貴族を現実しようとする。実にホーマーについて知られることは、彼がイリアッドを書いている時に、あの見すぼらしい放浪詩人が、実にトロイ戦争の勇士であり、アキレスであったと言う事である。だが反対にもし、ホーマーが実の英雄であったならば、おそらく彼は、そうした詩など書こうともしなかったろう。寧ろ彼は始めから、トロイ戦争の勇者になり、アキレスのように戦場で功名していた。そしてダンテも、ミルトンも、或は高蹈派のルコント・ド・リールも、すべての詩人がそうであった。彼等のあらゆる尊大なる、芸術的荘重感にもかかわらず、実には心の弱い詩人であり、神経質な感じ易い人物にすぎなかった。
 されば詩に於けるクラシズムは、あまりに情熱的な詩人の血が、北極の氷結した吹雪の中で、意志の圧迫されることに痛快する、一種の逆説的詩学に外ならない。彼等のそこに求めるものは、ストア的律格の厳正さと、がっしりした韻律の骨組と、そしてあらゆる意志的な抑制とから、すべての生ぬるい主観を圧し、センチメンタルな情緒を殺し、それの痛烈から逆に飛躍しようとする意欲である。かの近代に於ける新形式主義の立体派等も、思うにその精神をこの同じところに基調している。故に彼等の詩の中では、常に歪んだもの、残酷なもの、意地あしきものがいて、情緒への叛逆的な牙をむいている。そして実に、あらゆるクラシカルな詩の「主観」が、この逆説なニヒリスティックの情熱に存するのだ。
 故にこの種の詩は、主観を抑圧することによって、逆に却って主観を飛躍させ、情緒を苛めつけることによって、却って最も強いセンチメントを高調させる。そして実に、それ故にこそ「詩」が詩としての魅力をもつのだ。もし実に主観を圧し、情緒を殺してしまったならば、果してどこに詩の詩たる魅力があるのか。この場合には前のように、実の冷たい理智的な文学となり、精神なき形式美の造型物となる外はない。
 フリドリヒ・ニイチェの哲学は、自国の独逸に於て悦ばれず、却って仏蘭西や伊太利の外国で迎えられた。あのあまりに独逸的な、権力感情的なニイチェが、何故に自国で読まれず、逆に南欧の外国で読まれたのだろうか。けだし独逸人は、ニイチェを理解すべく、彼自身があまりに実際の軍人であり、あまりに実際の権力主義者でありすぎたのだ。詳しく言えば、独逸人に取って悦ばれるのは、常にヘーゲルであり、デカルトであり、カントである。それらの哲学は、純粋に没情緒の概念で固めつけられ、がっしりとしており、組織的の方程式で成立している。そこには女性的な弱い心や、神経質なものや、ぐにゃぐにゃしたメロディアスのものがなく、冷酷な理智的な頭脳によって、規律正しく組織的に分析された、概念のリズミカルな配列がある。そして独逸人が悦ぶのは、実にこの男性的な、がっしりとした、真にクラシカルな哲学の美なのである。
 こうした独逸人の趣味にとって、ニイチェの狂号する哲学は、あまりにヒステリカルで、神経質の女らしいものに感じられる。彼等がそれを軽蔑し、不快な冷笑を以て迎えたのは当然である。しかしながら吾人は、かかる独逸人の趣味の中に、何等「詩」の理解がないことを確信する。なぜなら詩とは、独逸人の愛する如き純のクラシズムの美ではなくして、むしろかかる権力感へ飛翔すべく、身構えられた主観の躍動にあるからだ。人はしばしば言う。独逸人の詩は科学であると。けだし独逸人の好むものは、科学に於ける組織的、分析的、規律的、軍隊的であるところの、あのリズミカルでがっしりした形式にかかっているのだ。しかしそれが果して「詩」であるだろうか。もしそうであるならば、科学の中のクラシズムたる数学こそ、実に詩の中の詩であると言わねばならぬ。そして数学がもし詩の規範たるべきものならば、詩的精神の本質は理智であり、純粋に没情感のものでなければならぬ。
 しかしながら吾人は、どんな懐疑思想の極に於ても、詩の本質をかかる没情感のものと考え得ない。数学的なる形式は、単に「純美」というべきものであって、決して詩の本質に属しないのだ。詩の詩たる本質は、所詮どんなクラシズムの形に於ても、主観に於ける感情の燃焼であり、生活的イデヤの痛切な訴えでなければならぬ。故に詩の本質は、常に必ず「生活のための芸術」であって、真の芸術至上主義には所属できない。真の芸術至上主義と言うべきものは、芸術に於ける科学者の態度を指している。即ちあの研究室の中に没頭して、一切の生活感や人間的情味を超越しているところの、真の学究三昧の態度を意味する。芸術家に於て、吾人はしばしばこの種の例を、或る種の画家や美術家――例えば北斎など――に発見する。彼等こそは真に芸術三昧であり、表現のための表現に献身している。しかし吾人の知っているどんな詩人も、決して芸術至上主義者であり得ない。なぜならば詩人は、芸術上に於てすらも、科学者たるべくあまりに人間的で、あまりに意志の弱い心を持っている。表現者であるよりも、彼等はより多く生活者でありたいのだ。そしてそれ故に、芸術至上主義者は詩人でなく、詩人にとっての「英雄」であるにすぎない。
 要するに詩人は――どんな詩人であっても――所詮して主観的な感情家にすぎないのである。然り! あまりに詩人的でありすぎることからして、彼等は反動的に主観を抑え、情緒の虐殺を叫ぶのである。しかもそれを叫ぶことによって、逆にまた詩人的に興奮し、一層またセンチメンタルになってくる。故に詩に於ける主観派と客観派は、その表面上の相対にかかわらず、絶対の上位に於て、一の共通した主観を有し、共通したセンチメントを所有している。そしてこの本質上のセンチメントが無かったならば、実に「詩」というべき文学は無いのである。さればニイチェが歎いたことは、彼がいかにして詩人であり、詩人を超越し得ないと言うことだった。だが彼がもし詩人でなく、実にヘーゲルの如き学者であり、ビスマルクのような軍人であり、そして真に鉄製の意志を持った独逸人であったならば、始めからどんなツアラトストラも無かったろう。実に詩は現在しないものへの憧憬であり、所有を欲する「自由への欲情」に外ならないから。
 故に詩人は、彼が*気質的のセンチメンタリストであるほど、それほど逆に英雄的な叙事詩の作家になり得るだろう。詩人が権力感情に高翔するのは、駱駝が獅子になろうとし、超人が没落によって始まるところの、人間悲劇の希臘的序曲である。あらゆる文明の源泉はこの叙事詩から始まってくる。故に詩に於けるヒロイズムは、本質的に「悲痛なもの」を情操している。否むしろ、叙事詩の真の魅惑は、その悲痛感によって尽きるのである。悲痛感を外にして、いかなる叙事詩の誘惑もありはしない。いかにゲーテのファウストやダンテの神曲やが、人間的弱小の非力感から、或る超人的なものへ飛ぼうとする悲痛な歎息を感じさせるか。そして支那の詩の多くのものが、沈痛無比な響を以て人生を慷慨悲憤していることぞ。そしてまたその故に、この種の詩ほど真の意味で情緒的で、感傷の深いものがどこにあろうか。
 されば叙事詩は言わば「逆説された抒情詩」であり、詩に対する詩の反語に外ならない。丁度、科学が人生に於ける詩の反語であり、小説が文学に於ける詩の反語であるように、叙事詩は詩に於ける詩の反語である。換言すれば、それは主観に反動するところの、最も高調された主観的精神である。故に真の純一のもの、主観の中の純主観であり、詩の中での純詩と言うべきものは、ポオの名言したる如く抒情詩の外にない。他はすべてその反語であり、逆説であるにすぎないのだ。
 此処に至って詩の正統派は、遂に浪漫派に帰してしまう。なぜなら浪漫派は、始めから純主観の情緒主義によって立っていたから。のみならず浪漫派は、恋愛を以て中心的のものに考えていた。けだし恋愛の情緒は、あらゆる主観の中で最もセンチメンタルであり、最も甘美な陶酔感をもっているのに、その感傷や陶酔感こそ、抒情詩の抒情詩たる真の本質のものであるからだ。そこでもしポオの言葉を附説すれば、「実に抒情詩というべきものは恋愛詩の外になし」で、これを主張した浪漫派こそ、正しく詩派の中での正統主義であったのだ。

* 抒情詩的な感情と叙事詩的な精神とが、全く同一線上のものに属することは、大概多くの詩人が、この両面の詩情を一人で兼ねている事で解る。例えばゲーテ、シルレル、バイロン、ハイネの如き、何れも情緒纒綿たる恋愛詩の詩人であって、同時に一方でヒロイックな叙事詩を書いている。のみならず、ハイネやバイロン等の如きは、一方で恋をしながら一方で義人の如く戦っていた。ニイチェに至っては、その最も典型的な例であって、彼の妹にあてた書簡の如き、真の女性的愛情の優しさを尽している。故に公理を言えば、善き抒情詩の作家のみが、善き叙事詩を書き得るのである。

 自殺した芥川龍之介は、純一なる小説家でかつ芸術至上主義者であったけれども、一方ではこれによって、ヒロイックな叙事詩を書こうと企てたのである。著者がかつて他の論文で、彼を「詩を欲情する小説家」と言ったのはこの為だ。

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