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2011年8月11日 (木)

『詩の原理』の出版に際して

 誤解ということは、どんな場合にも避けがたいことである。だが僕の詩論のように、一般からひどく誤解され、見当違いの反駁や抗議を受けたのはすくなかろう。ずっと先年来から、僕は旧「日本詩人」及び「近代風景」誌上で、自分の自由詩論を発表して来た。もとより断片のものであり、体系ある論文ではないけれども、自分としては常に一貫して、主旨のあるところを略説したつもりであった。
 ところが僕の自由詩論は、諸方でいろいろな人から反駁と抗議を受けた。今記憶している限りでも、すくなくとも五人の詩人が、公開の紙上で僕の詩論に挑戦している。僕は常に注意して、これ等の人の議論を読んでる。にもかかわらず、かつて一度もこれに対し、自ら弁明したことがない。僕の論敵に対する態度は、常に一貫して沈黙――黙殺とは言わない――である。何故だろうか? すべての挑戦者等が、思想の立脚する根本点で、僕をまるきり誤解しているからである。
 すべて弁駁とか論戦とか言うことは、相互の意見が一致せず、思想に相違点を発見するとき始めて起ってくる問題である。然るに僕の場合では、読者がまるで僕の言語を理解せず、僕の思想の主題するところを知らないで、意外な思いがけない解釈から、勝手な言いがかりをしてくるのである。例えば僕が、詩は音律要素を重視せねばならないと説くに対し、多くの意外な挑戦者等が、否、汝の言うところは誤っている。詩は音律を重視すべきであると言って、あべこべに僕を説教してくる類いである。こういう挑戦者に対して、僕の常に答えようとするところは、何の反撃でもなく、弁明でもなく、単に却って賛成の意を表するのみだ。即ち、僕は、これ等の人々に答えて言っている。「全く、君の言う通り。すべて同感至極です。君の説くところは、僕に対する反駁でなく、実に、僕の説の裏書きであり、僕の論文の繰返しにすぎません。」
 従来の記憶によれば、僕の詩論の反対者は、たいていこの類の読者である。即ち僕を理解せず、全く反対の意味に解釈しているのである。いったいどうしたわけで、僕はこんなにも人々から、意外の誤解をされるのだろうか。先日も北原白秋氏宅で小会のあった時、同席した竹友藻風氏が、僕の詩論について反対の攻撃を向けられたが、その意味から推察すると、まるで僕を誤解されてるのに驚いた。北原白秋氏さえも、しばしば同じような誤解を、僕の詩論に対して抱いてるように思われる。それで「近代風景」の小会に列席すると、僕はまるで四面攻撃の中心点に立ってるようで、八方から詩論について非難されるが、僕としては、いつも意外の感に耐えないのである。
 僕はもちろん、思想上の敵を持つことを恐れはしない。否、敵の存在は自分にとっての名誉である。しかし誤解による敵だけは持ちたくない。僕の考えるところによれば、竹友氏でも北原氏でも、詩論上の立場に於ては、すくなくとも僕と矛盾する理由がない。詩論家としての僕は、決して「近代風景」の異端者でなく、水に
をさしたような反対党員ではないつもりだ。にもかかわらず、この雑誌の一味からは、僕が異端者のように考えられ、多くの思いがけない読者からは、常に無理解の反感を持たれたりする理由は、つまり言って、僕の論文に、何かの著るしい欠点があり、説明の不充分や論述の混乱から、読者を誤解させるものがあるからである。
 それで僕はこの点に自ら考え及んだ時、論客としての無能さと、表現的才能の欠乏を自覚し、自ら大いに悲観せざるを得なくなった。人がいやしくも思想を発表して、読者にそれが理解されないようだったら、文章家として落第以上の無資格である。しかし一方から考えると、そこにはまた特別の事情があって、あながち僕の低能のせいでもない。第一の理由としては、僕の詩論に於ける根本思想が、尋常一様の常識でなく――遙かに常識を超越して――複雑している為である。この点で言うならば、多くの詩人の自由詩論は、僕の知る限り、たいてい小学生程度の常識論にすぎないので、殊さら論ずるまでもなく、だれにも解りきってることなのである。そこで或る読者等が、もし小学生の常識論しか理解できない程度の、低い理性の頭脳しか持っていないとするならば、僕の高等詩論は難解であり、必然に誤解を避けがたくなる。
 第二の理由としては、言語上の用法からくる誤解である。僕は論文を書く場合に、言語をできるだけ明晰にし、辞書が正解する通りの、最も普遍的な字義解によって使っている。けだし論文に於ては、言語を厳重の語義で使用し、一切の曖昧なる転化的用法や、人によって意味のちがう如き、すべての特殊的語義を排斥せねばならないからだ。然るに日本の詩壇では、言語が甚だ曖昧に使用されてる。多くの詩人たちは、純粋に理論を重んずべき論文に就いてすらも、詩作上に於ける如き言語の表象性を濫用している。したがって日本の一般詩壇では、言語が甚だしく転用化され、語義が象徴的に漠然としている。たとえば「韻律」という言語の如きも、本来は一定の規則正しき拍節を有するものを意味するのに、日本では自由詩以来でたらめの意味に濫用され、散文的な自由律の文学にさえも、この韻律の語をあてはめたりする。もっと甚だしきは語意を内容的に転化させて、詩を思う心はリズムであるなど言う人さえある。
 したがってまた日本では、「散文」「韻文」等の言語が、全くでたらめに使用されてる。西洋では、自由詩のことを無韻詩と称している。無韻詩とは韻律の無い詩であるから、それ自ら散文の一種であるのは明らかだ。然るに日本の詩壇では、自由詩がいつも韻文として考えられ、散文の対照のように思われている。そして一体に、こうした言語が正解されず、ひどくでたらめの語義に濫用されてる。しかも言語が、かく無定義に使用され、漠然たる曖昧の意味で考えられてる間は、詩に関するいかなる認識も起り得ない。
 それ故僕は、特に言語を合理的に、辞書の正解によって文字通りに使用している。然るに僕の読者等は、詩壇の通俗な常識解で、言語を曖昧に使用してるところから、僕の意味する語義が、しばしば読者の側から反対に受け取られる。たとえば僕が、自由詩に於ける韻律観念を排斥し、川路柳虹君等の形式論者に反対する時、読者の方ではこれを解して、僕を詩の破壊者と見、詩の音律を不用視して散文的に低落させるところの、邪道的暴論者流のように考える。思うに「近代風景」一味の人々が、僕に対して有する抗議の中心点が、この辺の誤解にもとづいているのだろう。
 すべてこうした誤解は、僕の使用する言語の意味と、読者の観念する言語の字義とが、本質的に食いちがっており、時には正反対にさえなっているため、避けがたく生ずるのである。そこで僕の立場としては、第一に言語の語義を説明し、一々の語に定義を立てて、それから論説を進めて行かねばならないのだ。しかし従来僕の書いたものは、すべて時々の雑誌に寄せたもので、もとより連絡も体系もない、一時的の断片論にすぎないのである。そうした片々たる小論で、言語の定義から説明して行くような行き方は、始めから不可能でもあり、かつ論文として退屈である。だから僕の立場としては、一切の説明を省略して、直ちに思想の中心に跳び込んで行く外はなかったのだ。そしてこの点から、僕は独断的に思われたり、その点で非難や誤解を受けたりしたが、事情止むを得ないことでもあった。
 要するに僕の論文は、一般読者にとって甚だしく「難解」のものであったらしい。そしてこの「難解」の責任は、或る点読者の側にもあるだろうが、主として矢張、僕自身の罪に負わねばならない。何しろ一冊の書物にもなってるほど、複雑した困難の問題を、月々の雑誌で軽々しく断片的に――しかも肝腎の説明を省略して――思いつきにまかせて書きとばした物であるから、前後の間に矛盾もできるし、意味の混乱して解らないところもできる筈だ。そこでこの点の不注意と軽率とを、僕は改めて読者にお詑びしたい。と言うわけは、今度漸く稿を集めて僕の体系ある自由詩論の一冊を、アルスから出版することになったからだ。
 僕はずっと昔――殆ど十年以上も前――から、詩の本質について考え続けた。そもそも詩とは何だろうか? 詩の詩たる本質は何だろうか? この一つの問題こそ、僕が詩を作り始めた最初の時から、ずっと今日に至るまで、十余年の長きにわたって考え続けたことであった。僕は元来、瞑想的な気質を多分に持った人間であり、一つことを考え出すと、究理的にまで思索に没頭せねばおられぬので、詩を作り出した最初の日から、この一つの瞑想が、蛇のように執念深くからみついてた。それで過去に、幾度か思想をまとめようとして、詩論の体系を書き出したが、いつもそれが書けた頃に、次の新しい考えが浮ぶので、前の思想が幼稚になり、かつ誤謬が発見されて、自ら原稿を焼き棄ててしまう。実に過去に於て、こうして焼き棄てた原稿が、凡そ二千枚にもなってるだろう。僕はそれを考えると、今でもげっそりとして瘠せてしまう。
 こうした幾度か反復された、幾多の無益の労作と、長い長い考察の後に於て、結局僕は一つの解決に到達した。もちろんそれとても、僕の懐疑の全体を尽したものでなく、かつ後になってみれば、考えの至らなかった誤謬や欠陥のあるものにちがいないが、とにかく或る程度まで、僕自身を満足させる解答に達したので、三年ほど前から、稿を集めようと、腹案に取りかかった。ところがいよいよ執筆に取りかかると、例によってまた別の新しい懐疑に取りつかれ、殆んど出版の自信を失ってしまった。結局僕の思索生活は、次から次へと新しい懐疑の続出であり、永久にいつまでたっても、最後の結論に到達することのできないもの、空しき無限軌道の努力にすぎないように思われる。
 しかしこうした懐疑的思索の中でも、自由詩に関する詩形上の問題だけは、比較的事が簡単であるだけに、可成動きのない確信にまで到達していた。それで僕は、ずっと前から計画していた『詩の原理』の著述を断念し、せめてその一部としての、自由詩に関する論文だけを、体系的に著述しようと考えた。そこで鎌倉に居た間、約一カ年の時日を、もっぱらこの思索と著述とに没頭した。っていた。人間的なるどんな生活も、僕は全く味わわなかった。)そして遂に、殆ど脱稿に近く一冊の書物を書きまとめた。
 この著作に題して、僕は『自由詩の原理』という名をあたえた。それは三度稿を改め、始めから三度書き直した。そして脱稿と共に、アルスから出版する約束になっていた。ところが脱稿の間際になって、僕はすっかり、力が弱り堅い思索に耐えないほど、気力のない弱々しい人間になってしまった。ひどい神経衰弱から、僕は絶望的な自暴自棄に陥ったので、折角正に出版を待ってる著作を、自分から怠惰に投げ出してしまった。しかしそれでも、近く出そうという下心だけは残っていたので、「近代風景」その他の雑誌で、しばしばこの『自由詩の原理』を近刊すべく、読者に約束したりした。
 然るに東京に移ってから、元気がまた漸く回復して来た。にいるほど病弱になる。)そこで最近、再度また新しき勇気を取り直して、過去の思索に於ける全収穫を計算してみた。その結果、遂に思いきって『自由詩の原理』を焼き棄て、全然始めから出発点を新たにし、もっと構想の変った別の著述に取りかかった。即ち僕は、一旦絶望した『詩の原理』の問題を、改めてまた執念深く考え出し、あえて大胆にもその著述にかかったのだ。実にこうした思索の点では、僕は自分の柄にもなく、地獄の悪魔の如き執念深さと、不撓不屈の精神を有している。倒れても倒れても、僕は起きあがって戦ってくる人間だ。だがそうでもなかったら、だれにも「真理」の考察はできないだろう。真理は芸術のようなものでなく、不断の熱心な研究と、不撓不屈の勉強によってのみ、始めて認識され得るものであるから。
 こうして長い経過の結果、今度始めて、漸く僕の多年宿願した著述『詩の原理』が、この九月にアルスから出版されることになった。この書物こそは、僕の十年来の思索に於ける収穫で詩論としての総勘定と言うべきものだ。もとより非力にして無能、才分まずしき僕の著作である故に、赤面なしに大言することはできないけれども、僕としては心血を注いだもので、広く一般の人に読書してもらいたい。近頃、僕は久しい間沈黙して、詩にも論説にも、何等自信ある作品を出さなかったので、今度僕の著述『詩の原理』こそ、詩集『青猫』以来、始めて僕の世に問おうとする著述である。善かれ悪しかれ、この詩論一巻の価値によって、僕の定評はつきるだろう。何となれば『詩の原理』は単に『詩の原理』であるのみでなく、同時に詩人としての僕の立場と、僕の芸術上の信条とを、世に問うて自ら明らかに示すものであるから。
 僕はこの新しき書物について、自分は尚多くの書きたいこと、言いたいことを控えている。だが多言は遠慮しよう。ただこの書物が、詩という芸術の真本質を、内容と形式との二部にわたって、能う限り論理的に、合理論によって弁証したものであることだけを、本誌の読者のために告げておこう。特に就中、反対論者に対して僕は是非この新著を、一応精読されんことを希望する。何となれば『詩の原理』は、前に焼棄した『自由詩の原理』を、その一節自由詩論の中に包括し、大体にわたって論説を尽しているから。
 今度の著述は、従来雑誌に書いたような断片の雑論ではなく、始めから論理を立て、説明の組織をつくり、条理一貫せる体系によって書かれたところの、真の意味の論文である故に、いかなる読者にも明白に理解される。従来人々に誤解され、時に難解視された僕の詩論も、これによって始めて常識に入り易く、何人にも容易に理解されるであろう。したがって従来のあらゆる誤解――特に自由詩の詩形論に関している――は、この著によって悉く一掃されると信ずる。もし尚この著にして、世に難解視されるようだったら、僕はもはや再度何事をも言わないつもりだ。だが万一にも、そういうことだけは無いと思う。
 とにかく僕の知る限り、従来僕の詩論に対して反対したり、挑戦的態度を見せたりした人の殆ど大部は、思想の根柢の立場に於て、悉く僕を誤解している。前にも既に言う通り、僕は敵を嫌うものではない。って僕を寂しくさえしているのだ。)しかも誤解による無意味の敵は、その煩わしさの故にも、馬鹿々々しく、避け得る限り避けたいのである。故に僕の望むところは、僕のすべての読者諸君、特に反対意見を持たれる諸君が、好奇心からでも、是非今度の書物を読んでもらいたいことである。それを一応読まれた上で、もし尚反対の意見があったら、その時こそ遠慮なく、正面から僕に挑戦して来てもらいたい。僕もまたその時こそ堂々と諸君を対手に弁論し、あくまで説の正邪を戦わしてみようと思う。僕は常に「真理」を愛し、議論の「勝敗」の如きを意に介しない。故に諸君の反駁にして僕に優れば、いつにても自説を改め、より正理に適える諸君の門下に帰するであろう。

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底本:「詩の原理」新潮文庫、新潮社   1954年10月30日発行

Sakutarou4

恩地孝四郎:装丁、萩原朔太郎『詩の原理』(小学館、昭和21年)

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