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2011年8月14日 (日)

第八章 浪漫派から高蹈派へ

 感情に於ける二つのもの、即ち抒情詩的情操と叙事詩的情操とが、人文に於て常に対流することは、前章に述べた通りである。実に文芸の歴史は、この二つの感情の反復と、その争闘との歴史に外ならない。そしてあらゆる原則は、常に「反動」の一語に尽きている。即ち一方が抑圧すれば、他方が直ちに反動し、他方が時代を占有すれば、次には一方が興ってくる。この繰返しの反動は、力学的に決定された真理であって、歴史の永遠を通じて続くであろう。決していかなる時代も、その一方のみが、永く決定的に文明を独占することは有り得ない。
 されば、今日の如き、近代文化のあらゆる女性化主義にかかわらず、人心の本源する一部に於ては、尚かつ権力感情の獅子が猛然と猛りたっている。しかもそれは時代の潮流に適合するため、変装された女性化主義の仮面の下で、いつも本能獣の牙を研ぎ光らしているのである。即ちあの聡明なニイチェが言ったように、現代に於ける女性化主義者、――平和主義者や、社会主義者や、無政府主義者や――は、すべて羊の皮をきた狼であり、食肉鳥の猛々しい心を以て、柔和な福音を説く説教者である。確かに、彼等の主義は人道的で、彼等の思想は民衆的だ。しかもこれ等の説教者が意志するところは、民衆の上に働きかけ、彼等を支配し、文明に号令しようとするところの、極めて貴族主義的な権力感の高調である。そして近代文明のいかなる女性化主義とデモクラシイも、これ等の「変装した貴族主義者」を殺し得ない。
 さて詩の歴史に帰って行こう。詩の歴史に於ける古典の叙事詩や抒情詩やは、既に前の章で解説した。次には進んで、浪漫派以後に於ける近代の新しい詩と、これが姉妹文芸たる散文の歴史について考えよう。前の章で言ったように、近代に於ける詩の起元は、実に浪漫派によって始まっている。浪漫派以前の詩は、我々にとって古典であり、直接には縁の薄いものにすぎない。故に浪漫派は、実に近代詩の開祖であって、今日のあらゆる詩派に於ける母音のものは、すべて此処に胚種している。しかしながら浪漫派の運動は単に詩壇の一局部にのみ、小波動を以て興ったのでなく、実に文学と芸術と、社会思潮の全般にわたって興ったところの、空前の花々しき大運動だった。それはルッソオによって刺激された、仏蘭西革命の続きであって、資本主義文化の初頭に於ける自由主義の目ざましい凱歌だった。とは、必然にイコールであることに注意せよ。)
 されば浪漫派の運動は、貴族主義に対する平民主義の主張であり、形式主義に対する自由主義の絶叫だった。それは芸術と文化に於ける、一切の権力感情を排斥し、すべての叙事詩的なものを抑圧した。近代の恋愛を主とする抒情詩的な小説が、一時に新しい文学的勢力を得て、古典の形式韻文を駆逐したのもこの時だった。此処でついでに言っておくが、古代に於て散文が軽蔑視され、近代に至って逆にそれが優勢になってきたのは、実に新時代の自由主義が、韻文の如き形式主義の文学に反感し、より自由で平民的な散文に趣味を転じて来たからである。そして自由詩の本質に於ける精神が、同じくこの散文時代の趣味性を表象している。故にこの意味から言うならば自由詩は*散文的であるほど――即ち非律格的であるほど――真に本質的に自由詩なのである。
 さて浪漫派の時代思潮は、過去の貴族文明への反感からして、一切の叙事詩的な精神を抑圧したが、これに対する反動の逆流は、当然また興らなければならなかった。そして実にこの反動は、芸術のあらゆる方面から興ったのである。しかしこれ等には、単に詩と小説との文学につき、反動の歴史を見れば足りる。先ず小説から始めて行こう。小説に於ける浪漫派の反動思潮は、人の知る如く例の自然主義である。この仏蘭西に興った自然派の文学主張が、本質的に何を意欲し、何を特色したものであるかは、既に他の章でしばしば詳説した通りである。即ちそれは「主観を否定した主観主義」の文学で、当時の情熱的なる人間主義者が、浪漫派の人道的センチメンタリズムに叛逆し、愛や情緒やの虐殺を叫んだところの、一の抑圧されたる叙事詩精神の爆発であり、正に文学上に於ける権力感情の高唱だった。
 されば自然派の文学論は、それの散文様式の底に於て常にクラシズム――形式のないクラシズム――を精神していた。換言すれば彼等は本質的にがっしりとした、大地を堅く蹈みつけている、或る力の強い、現実感のある文学を要求した。そして彼等は、何よりも浪漫派の女らしい、涙っぽい、ぐにゃぐにゃした自由主義の精神と、その甘たるくメロディアスな美を悪んだ。故に自然派の文学論が、浪漫派に対して言うところは、常に次のような非難だった。曰く、「足が大地を離れている」「腰がふらついている」「浮薄な陶酔に溺れている」等。そして彼等自身は、正に「大地を蹈んでしっかりと立つ」ところの、骨骼のがっしりしたレアリズムの文学を以て任じていた。
 かく自然派の意志したものは、明らかに浪漫派への反動であり、リリカルな情緒に対する、エピカルな権力感情の反抗だった。故に倫理感の上に於ても、彼等は浪漫派に反対して、愛や人道やの女性化主義を排斥し、より貴族主義的なるカントの義務感――カントによれば道徳の本質は義務感である――を考えていた。そしてこの倫理感から、彼等の意地悪しき、逆説的なる、サディズム的なる、露出病患者的なる文学が製作された。それは人生の汚穢を描き、醜悪を暴露することによって、一種の征服的なる権力感へ高翔しようと言うのである。
 この同じ浪漫派への反動が、一方また詩壇にも呼び起された。即ち高蹈派の群団詩人がそれであって、彼等は殆ど徹底的に正面から貴族主義を振りかざした。彼等はあらゆる素質に於て、浪漫派と肌の合わない詩人だった。丁度小説に於ける自然派と並行して、彼等は浪漫派を敵対視し、一々その反対の意見を述べた。第一に先ず高蹈派は、自由主義を徹底的に排斥し、浪漫派のメロディアスな音律感を憎悪した。そして彼等自身は、厳格なるストア的法則による詩形を重んじ、自ら誇って「言語上のゴシック建築」と称していた。また彼等は、一切の情緒感的なものや、曖昧茫漠としたものを排斥して、ひとえに判然明白たる、理路整然たる詩を尊んだ。
 高蹈派の詩人たちは、その詩派の名目が示す如く、常に高蹈的な超俗の態度を取り、デモクラチックの思想を軽蔑して、時流の外に高く持すことを誇っていた。彼等は実に、近代の女性化主義の文化に於ける、正面からの反動主義者で、仮面を被らない正直な――或は馬鹿な――真の正銘の貴族主義者の一族だった。何よりも彼等はジャーナリズムを、時流に属するものを憎悪した。そして遠く歴史の過去を慕い、思いを中世の懐古に馳せた。特にその巨匠ルコント・ド・リール等は、現在的なる人間生活の本質を憎悪し、一切の宇宙を否定しようとするところの、ショーペンハウエル的厭人感のニヒリズムから、毒々しい挑戦的の態度に於て、浪漫派の感傷的なる愛や人道主義やを、梅毒のように不潔視した。実に高蹈派の貴族等は、詩から一切の情緒を排斥し、人情を虐殺することに痛快したのだ。
 こうした高蹈派の態度は、正に詩に於ける自然主義の態度である。ただ一つ異なるところは自然主義が社会性を重要視し、現実生活を正視しようとしたに反し、高蹈派は人間社会を白眼視して、真の孤独的な貴族主義に徹入し、独善生活の雲の中に入り込んでしまったことだ。したがって自然主義の憎悪は「人生」に向って行き、高蹈派の憎悪は「宇宙の存在」そのものの本性に向って行った。即ち小説が科学的に行くところを、詩人は哲学的に行ったのである。そしてまたこの相違から、自然派が「生活のための芸術」と「芸術のための芸術」の両角的矛盾に陥り、主張と作品との奇怪な錯覚をしているときに、一方の高蹈派は徹底して芸術至上主義を標号した。
 高蹈派はまた、詩から一切の主観を拒絶し、純粋の客観主義を標号したことで、小説の自然主義と根本的に一致する。実に高蹈派と自然主義とは、芸術の本質点で聯盟されたる、浪漫派への正面攻撃の敵であったのだ。しかしながら吾人は、こうした抗争詩派の主張に対して、一つの納得できない疑惑を感ずる。なぜならば詩の本質は、上来説いて来たように主観的のものであるから。吾人はいかにしても、高蹈派の説く如き反主観の詩、客観主義の詩というものを考えられない。そして同様にまた、真の意味の芸術至上主義と言うべきものを、詩の世界について想像できない。詩は必ず主観主義の文学でなければならず、したがってまた「生活のための芸術」でなければならない。故に高蹈派の言う意味の反主観や、芸術至上主義やは、おそらく多分、吾人の考える意味のそれとはちがうのだろう。しかしこの弁証は後に廻して、尚高蹈派以後に於ける詩の歴史を、つづいて次章に説かねばならぬ。

* 自由詩が散文的なほど自由詩だということは、詩を散文の中に低落させると言う意味ではない。律格的な形式美に対して、メロディアスの美を徹底させるという意味である。これについて後に他の章で詳説する。

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