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2011年9月12日 (月)

山川惣治と空飛ぶ円盤

山川惣治はもともと円盤に興味があり、実在を確信して「少年エース」という作品内に円盤を登場させたところ、CBA(宇宙友好協会 Cosmic Brotherhood Association)から接触があり、彼らからテレパシー・コンタクト、略してテレコンをすすめられたという経緯。テレコンとは、頭の中で円盤を呼んでいると、それに答えて空飛ぶ円盤が飛来するというものだそうです。

 まず山川夫人が風呂上りに自宅屋上でテレコンをしてみると、円盤がやって来ます。家族みんなが屋上へ駆け上ってみると、もういない。山川惣治だけ仕事に戻りますが、今度は屋上に残っていた夫人・長男・長女・次男・次女の5人が円盤を目撃。山川が上ってみるともういない。

 これが繰り返されて、その夜は円盤が7回飛来しましたが、結局山川は円盤を見ることはできませんでした。彼が初めて円盤を目撃したのはその2日後のことです。

ほどなく、乳白色の洗面器ほどの大きさの円盤が幻のように目の前の空をかなりゆっくりと飛んでゆくのを初めて目撃した。

その夜、円盤は12回飛来したそうです。その後も山川惣治は円盤を何度も目撃します。

あるときはダイダイ色に輝き、青白く輝き、乳白色に見えるときもある。その速度は音速の10倍以上であろう。空を見上げる視界のはじからはじまで、ひゅーっとまっすぐに横切る。または中天から垂直に降下したり、空中で円を描いて飛び去る。

 山川惣治は、北海道にCBAが築いたハヨピラ宇宙公園で開かれた式典で、母船も目撃しています。

青空に次々と浮かぶ大宇宙母船団の出現にはどぎもをぬかれた。
「C・B・A」の発表によると、この日現れた母船艦隊は百隻以上だったという。青い空にすーっと細長い円錐形の巨大な物体が次々と現れるのだ、一見雲かと見まがうが、正確な円錐形で、大変細長く見える。しばらくすると、すーっと消えてしまう。と、左手の空に次々と母船団が姿を現わす。
http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_20b5.html

『少年エース』連載:「産経新聞」昭和34年12月7日~昭和36年8月4日※602回
http://homepage2.nifty.com/NIKAIDOU-2/YAMAKAWA/SYONEN-ACE.htm
 

さて1965年に東考社より発行された「怪奇マガジン№2」には、
当時の民放テレビ番組に山川惣治さんが出演されていた様子を
妖怪漫画家がエッセイとして記録されている。

Siock1

 私はその時急増する短編の注文に応ぜられなくなつていた。
 私は大切た長編のネタまで使い果していたのである。映画をみようと思つたが、調布の町
ては不景気で映画館がつぶれてしまってない。新宿に映画をみにゆこうと思ったが、それほ
どのヒマも金もない。

 私は妻にうながされるままにテレビの前に座った。「ドラキュラーと狼男」 というのがネタになりわしないかというのである。ながながとコマーシャルのつづいたあと、いよいよ「ドラキュラーと狼男」というのをみせてもらったがものすごく面白くない。それでも四十五分の間になにかあるだろうと思ってみていたらなん何もなかった。私は時間を浪費した空しさからポカンとしたままテレビ前に坐つていた。

 テレビは何んとかライターを買えとしつこくわめきたてていた。只でみせてやっては損だというつもりなのだろう。このおしつけるような不快なコマーシャルをじっとガマンしていないとテレビは次の番組をみせてくれないのだ。
なかなかライターの宣伝はやみそうもないので私はテレビを切ろうとした。
そしたら気の長い妻がそれ制した。次になにか面白いのをやるだろうというのである。
パッとライターが引つこむと「宇宙人との対話」という番組が現れてどこかでみたような
顔が出てきた。人なつっこい猿のような顔をした山川惣治氏である。

 私は期せずして一ケ月前、惣治氏の家を訪問し用事もないのにカルピスを一杯のませてもらってかえってきているのだ。興味深く猿に似た顔をながめていた。
 氏はアンパンのような口をひらいて「宇宙人」を呼ぶというのである。
 人をバカにした上うな話だと家内とロをポカンとあけてポンヤリながめていた。
 ウソかと思っていたらウソてもないらしい。
 惣治氏は語るのだ。
 「いや私も始めはウソだと思っていました。
 二、三年前でしたか私が宇宙物をかいていました時、宇宙協会とかいうところの人が五、六人やってきて空飛ぷ円盤は実在するというのです。
「そんなバカな」というとその人達は真顔で、それでは呼んでみなさいと、呼び方を教えてかえったのです。
 「するとその呼び方は……」ときき役の安達瞳子という女の人がきいた。
 「それはですね」と惣治氏は童顔をひきしめて語る「コンタクトするんです」「コンタクトと申しますと」 「心で念ずるのです円盤さまどうか私の前に現れてみせて下さい……というふうに」
 「それで現れたのでしょうか」
「現れたのです。三回現れたのてす。第一回は子供達が屋上でやりました。きたきたとい
うので」私にも上ってみろと申しますが私はそんなバカなと、信用しなかったのてす。ところが家内が現れまして本当にきたというのてす。私はそれでも信用できませんでした。そんなにいうならと、ニ、三日して呼んで見ろというわけで家内と子供達が呼んたのです。きたきたというのて私が上つてみたら飛び去ったあとでした。

Siock2

 私もみんながみたみたというので、半信半疑になりあくる日、家内一人てコンタクトさせてみたのです。家内は、私の主人は宇宙人の絵物話を書いているものてすがゼヒ一度まみたいと申しますので、是非ー度来て頂けないでしょうかと熱心に心の中で念じたのです。
それできたというのて私が上ってみると、銀色のものが上空を非常なスピードで廻ってい
るのです」

そういって惣治氏は得意のスケッチをテレビの画面に見せました。
この話のきき役の安達瞳子女史も半信半疑になったらしく「それでは誰でも呼べるのでしょうか」「誰でも呼べます。しかし政府の要人とかそういう政治に関係している人はダメらしいですね。先方がどういう考えてきらうのか知りtせんがとにかく普通の人がやれば
三十分後には必ず現れます」
惣治氏は真顔でいうのである。そしてテレビは終った。ボンヤリみていた私の家内はやに
わに庭に出てコンタクトしてみるというのだ。
「まてー!」私は静かに制した。この話が本当だとすれば明日の新開に何事かの反応がある
だうり。それからでもおそくはない。万一不用意に円盤を呼んで円盤が私の家の上空で静止して宇宙人でも本当に現れたとしたら……と心配したのてある。私はその時に非常なシヨックを覚えてねれなかった。

 想像上のものだとばかり思っていた宇宙人が共存しコンタクトすればくるというのだ。くる以上は脳波かなにかがむこうに通じるのだ。とにかく宇宙人は目の前に実在するということになる。
惣治氏の話では円盤は地球から相当な距離のところに常備されれでおり、コンタクトすればただちにくる非常なスピードできても三十分はかかるらしいとのことだ。また惣治氏はアメリカの例も二、三話され、とにかく円盤の実在を信用せざるを得ない口ぶりだった。
私はあくる日の新聞をみた。何ものっていないしあの「宇宙人との対話」の話の反響もどこにものっていなかった。いまだに反響がない。
 私は惣治氏のところにゆきもう一度たしかめようと思っているが、氏はなんでもそういう円盤かなにかを研究する会かなにかを作られるとかいう話である。それはともかくとして私はこの「宇宙人との対話」ほど強いショックを感じたことはない。    終

1965年発行「怪奇マガジン№2」ショックな話より

Yamakawa

山川 惣治(やまかわ そうじ、1908年2月28日 - 1992年12月17日)
福島県郡山市生まれ。戦前より紙芝居作家として、戦後は絵物語作家として多くの作品を発表した。戦前に紙芝居として描いていた『少年王者』を戦後の1947年に絵物語として単行本で描き下ろしたところ大ヒット。小学館の娯楽部門だった集英社は『少年王者』によって経営の礎を築き、集英社は『少年王者』を看板作品として『おもしろブック』を創刊した。山川惣治は小松崎茂や福島鉄次らと共に、戦後1950年代前半の月刊少年雑誌の絵物語ブームを牽引する絵物語作家の代表格として活躍した。

佐倉市立美術館 ―山川惣治展 少年王者・少年ケニヤのいた昭和
http://www.city.sakura.lg.jp/museum/exhibition/yamakawa_top.htm

宇宙友好協会(Cosmic Brotherhood Association:CBA)
 1957年に設立されたUFO研究団体。当初はテレパシーによるUFOとのコミュニケーションを目指していたが、1959年半ば頃から、会員の松村雄亮が異星人とのテレパシー・コンタクトや会見などを主張し始め、1960年から62年の間に地軸が傾いて大洪水が起こるが、会員とその家族はUFOに救済されると主張しはじめた。予言が外れると、騒動の張本人である松村雄亮を代表とする新体制の下、宇宙考古学面での活動を強化、この路線に沿ってアイヌ民族の神オキクルミカムイは古代日本列島に降り立った宇宙のブラザーだったとして、1964年に北海道平取町にモニュメントを配した記念公園を建設した。その後活動は低下するが、松村氏自身は健在で、イギリスのUFO雑誌「Flying saucer review」の日本代表を務めている。

解説:コンタクティーを中心とする団体がカルト的な色彩を帯びることは、イギリスのイセリアス協会やビリー・マイヤーのグループ、ラエリアン・ムーブメントなど、多くの集団に見られる。これは単に、教団の教祖が神から啓示を受けたか、異星人から啓示を受けたかの差である。なお、宇宙友好協会については、フランス文学者平野威馬雄や、『少年ケニア』の作者山川惣治などもその活動を支持していた。さらには、青森県亀ヶ岡土偶が異星人であるとか、日本各地の遺跡と異星人を結び付けるなどの主張は、今でもかなりの影響を残している。http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/1237/u.html

宇宙友好協会(Wikipedia)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E5%8F%8B%E5%A5%BD%E5%8D%94%E4%BC%9A

■ 「空飛ぶ円盤」を知った最初
http://www006.upp.so-net.ne.jp/masahirotsuda/denngonn.htm

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