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2012年7月31日 (火)

[青島幸男読本] 青島美幸 (監修), 北中正和 (監修)

★ 評伝:「何をやっても青島幸男」北中正和
★書き下ろし評論/エッセイ:安田謙一/宗像明将/高平哲郎/樋口尚文/向風三郎/川本三郎/陣野俊史/斎藤 完/湯浅 学
★ インタビュー:青島美千代/イッセー尾形/青野 暉/青島謙治/青島利幸/奥山コーシン
★ 連載再録:「スーダラ人生~クレージー・キャッツ物語」青島幸男
★ 記事再録:1960年代の貴重な記事を発掘掲載!
★ 監督映画『鐘』の脚本を完全公開!
★ 青島幸男の楽曲(歌詞・楽譜収録)「スーダラ節」「無責任一代男」「鐘をあげる男達」「ヤシの木陰のクリスマス」「明日があるさ」「ホンダラ行進曲」
★ 青島幸男に関するQuestionしりあがり寿、三波豊和、坂田明、みうらじゅん、高橋幸宏、星野源、サンディー、サエキけんぞう 他

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青島幸男の生誕80年をお祝いしよう。そんな思いからこのムックははじまった。
『おとなの漫画』や『シャボン玉ホリデー』の脚本家・放送作家・タレント、無責任時代をブームにした「スーダラ節」や「ホンダラ行進曲」の作詞家、『泣いてたまるか』や『意地悪ばあさん』の俳優『お昼のワイドショー』や『追跡』の司会者、『人間万事塞翁が丙午』や『極楽トンボ』の小説家・文筆家、長年にわたる参議院議員、石原慎太郎の前の東京都知事……。多くの人々のイメージの中にある青島幸男像は、こういった仕事の断片や複合物ではないだろうか。
 日本で独立系の監督を支援するATG(アート・シアター・ギルド)が動きはじめたのは1967年のこと。その年にはすでに青島幸男はカンヌ映画祭の批評家週間の招待作家となり、『鐘』をたずさえて喝采を浴びていたのだ。
 モノクロ・スタンダード・サイズのその映画は、「青島だァ!」とやっていた『シャボン玉ホリデー』とも、彼の分身というべき植木等が画面の中で暴れ回る無責任映画シリーズとも趣がちがっている。

 生誕80年。かつてザルのようだった政治資金規正法に怒って、首相を財界の男妾と呼んだ男。自民党副総裁の献金疑惑に抗議して、議員会館前でハンストを行なった男。四面楚歌の中で公約どおり税金浪費の都市博覧会を中止した男。昨年の震災以後、恥も外聞もなく公約を破り、利権を優先する政府……。
もし青島幸男が生きていたら、どうしただろうと思うことが増えている。(北中正和)

音楽出版社 (2012/7/13) ¥ 2,000

今とても売れそうにないムック本かも知れないが、破天荒なゼロコンセプトにある「零画報」としては応援したい出版物であった。映画『鐘』の一般公開への拡がりへ向かうことを祈りつつ。

ウォルト・ディズニーの言集

夢を追う勇気さえあれば、
すべての夢は叶えられる。
------------------------------
大きな夢を見ること。
そして夢を追い、最後まで、実現するまで追い続けること。
夢が完成するまで満足してはいけない。
------------------------------
夢をかなえる秘訣は、 4つのCに集約される。
それは「好奇心」「自信」「勇気」。
そして「継続」である。
(※順にCuriosity,Confidence,Courage,Constancy)
-------------------------------
現状維持では、後退するばかりである。
------------------------------
正直に自分の無知を認めることが大切だ。
そうすれば、必ず熱心に教えてくれる人が現れる。
------------------------------
好奇心はいつだって、新しい道を教えてくれる。
Treeoflife


<ウォルト・ディズニー> Walter Disney / 1901年12月5日 - 1966年12月15日
アメリカ・イリノイ州出身のアニメーター、プロデューサー、映画監督、脚本家、実業家。「ミッキーマウス」や「ディズニーランド」の生みの親として世界的に知られる、兄ロイ・ディズニーと設立した「ウォルト・ディズニー・カンパニー」は国際的な大企業へと成長。

2012年7月30日 (月)

Le rendez-vous d'Ephèse ポール・デルヴォー

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Paul Delvaux ポール・デルヴォー 1897~1994 ベルギーの画家。
リエージュ州ユイ近郊の母の実家で誕生。父は裕福な弁護士でブリュッセルの裁判所に近いアルブル通りに妻と住んでいた。
1934年 ブリュッセルで「ミノトール展」が開かれ、シュルレアリスムの絵画が多く展示され、デルヴォーはデ・キリコ、マグリットの作品に強く刺激され、キリコに刺激され「女と石(Woman and Stone)」を描く。
1936年、ブリュッセルで個展。 同時期にルネ・マグリットの個展も開かれる。
1937年(40歳)表現主義者、シュルレアリストなどからなるベルギーのグループ『コンパニョン・ド・ラール』が結成され、デルヴォー、マグリットもそのメンバーとなる。
1938年 パリで刊行の『シュルレアリスム簡易辞典』に「夜の叫び(The call of night )」が収録される。 パリの『シュルレアリスム国際展』に出品。 
http://www.muian.com/muian03/03Delvaux.htm

Paul_delvaux


2012年7月29日 (日)

ポール・デルボー《月の位相》

Les_phases_de_la_lune《 Les Phases de la Lune 》 Ⅰ


Les_phases_de_la_lune_2《 Les Phases de la Lune 》 Ⅱ


Les_phases_de_la_lune_3《 Les Phases de la Lune 》 Ⅲ

ポール・デルボーの《Les Phases de la Lune》は宙天にかかる輝く月の変化がきわめて印象的。
「月の位相」の連作を通して目につくのは痩せた長身の学者男の風情。この紳士は「月の位相I」で夜のバルコニーで憩う裸女に執念な視線を向けている。「Ⅲ」においては裸女に背を向けて別の紳士と囁きをかわしている。この学者ふうの紳士は,かつてデルボーが熱愛したジュール・ヴェルヌの『地球の中心への旅』に出てくるオットー・リーデンブロックであると思われる。そして微妙な心情の揺れや、心の明暗が象徴されて作者自身をも現しているのだろうか。

ジュール・ヴェルヌ「地球の中心への旅」Voyage au centre de la terre
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E5%BA%95%E6%97%85%E8%A1%8C

2012年7月28日 (土)

『ウィークエンド』ジャン=リュック・ゴダール

1960年代ゴダールの劇場用商業映画の最後の作品。
中流家庭を営む夫妻が土曜日の朝、都会での生活に疲れ近郊の田園地帯へマイカーでウイークエンド旅行に出かけた。同じことを考える人々は多く、夫妻は渋滞に巻き込まれる。 尋常ではない渋滞の挙げ句、集団ヒステリーが起き異常な事件が起きる。
事故を起こした自動車と血まみれの死体。親指太郎とエミリー・ブロンテなどのコスプレ騒ぎ。銃撃戦。果てには夫妻は車を事故で失うが、自分の命よりも車よりもエルメスのバッグを失ったことのほうを嘆く。 徒歩で田舎の実家に向かい、1週間かけてやっとたどりついた実家で、夫妻は母親を殺し、遺産を手に入れる。
パリへ帰る途中、ビートニク・ゲリラに襲撃され夫は逃亡に失敗して殺される。妻は夫の人肉を食らう宴に突入するウイークエンド。

Weekend

WEEKEND 破壊的な囁きがフィルムから剥がれ落ちて
WEEKEND クラクションの音さえもが、スクリーンに君臨し
WEEKEND 生も死も輪郭のないものとして彷徨い
WEEKEND 炎は現実よりも炎であり
WEEKEND 色彩の悪魔が笑う
WEEKEND「映画」を観たことがあるか?
WEEKEND ジャン=リュック・ゴダール 『ウィークエンド』
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映画『ウィークエンド』公式サイト
http://www.bowjapan.com/feg/weekend/

2012年7月27日 (金)

ジャン=リュック・ゴダール+ジガ・ヴェルトフ集団 WEEK

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    『ウイークエンド』
    『東風』
    『万事快調』
    『ありきたりの映画』
    『たのしい知識』
    『ウラジミールとローザ』

神戸・元町商店街のミニシアター『元町映画館』
http://www.motoei.com/
http://motoei.blog.fc2.com/blog-entry-172.html

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2012年7月26日 (木)

ゴダール 映画史(全) ジャン=リュック・ゴダール 著 , 奥村 昭夫 翻訳

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「私は映画の歴史を、単に年代的なやり方で語るのではなく、むしろ、いくらか考古学的ないしは生物学的なやり方で語ろうと考えていました…私に興味があるのは、まさに、自分がかつてつくったものを見ること、そしてとりわけ、自分がかつてつくった何本かの映画を利用することなのです。」映画史上の名画と自身の旧作を上映しつつ個人史を自由に語るというユニークなこの連続講義は、空前の映像作品―『映画史』Histoire(s) du cin´emaへと結実する。語りを超えて映像と音からつくられる“真の”映画史は、ここから生まれた。

2012年7月25日 (水)

第四間氷期

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 ソ連が世界に先駆けて「予言機械」を開発したのに続いて、日本でも中央計算技術研究所の勝見博士と頼木助手を中心とする開発チームによって「予言機械」が完成し、いよいよ実用段階に移ろうとする。実用化の前の段階として試験的に一個人の未来を予言することになり、その対象に選ばれたのは商事会社の会計課長だった。彼の一日の行動を追跡していた勝見博士と頼木は思わぬ殺人事件に遭遇することになる。

444第四間氷期・あらすじ
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-07ec.html

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未来を予測するコンピューターが記録した童話
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/1-6647.html

2012年7月24日 (火)

創造の狂気 ウォルト・ディズニー

ニール・ガブラー (著)

史上最高のクリエイター、ディズニーはいかなる人生を送ったのか。彼の才能は天賦のものか、努力の賜物か。ディズニー・アーカイブへの完全なアクセスを許されて書かれた本書が、ウォルトの生涯を明らかにする。その本質は、抑えきれない創造への意欲との葛藤であった。
ディズニー社の全面協力を得ながら、同社の検閲を受けずに出版されたウォルト・ディズニー伝の決定版。過度に美化することも、過度に否定することもなく、その業績の偉大さと人間としての弱さを冷静に描いた書。
2006年ロサンゼルスタイムス出版賞伝記部門大賞作品。

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原題は『Walt Disney』で詳細なディズニーの伝記。
1934年にバーバンクに建てられたスタジオには当時珍しい冷暖房完備が完備して、最新設備が投入されていただけではなく、食堂やコーヒーショップ、理容室、インストラクター付きのジムといった厚生施設まであった。敷地面積は50エーカー、東京ドームの4.3倍、昭和32年に完成した東映動画の58倍という広さである。まさに夢のスタジオで残念ながら日本では未だに戦前のアメリカを超える環境にはない。
本書はディズニーの評伝として現時点の決定版。600ページ。

ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯

ボブ・トマス (著)

みなさんもご存じのミッキーマウスを始め、様々なキャラクターを創り出し、ディズニーランドなどのテーマパークも運営して、今やアメリカの大衆文化の象徴と言えるディズニーという会社は、このウォルト・ディズニーからすべてが始まっています。
この本は、この巨大なエンターテイメント王国を創り上げた天才的な男、ウォルト・ディズニーの波瀾万丈の一代記です。
最初は失敗の連続で、一度は会社の倒産まで経験しています。しかし、それにも負けず「夢はかなう(Dreams come true)」という気持ちを抱き続け、ミッキーマウスを創り、初めての長編アニメーション『白雪姫』の製作に莫大な借金をしつつ、社運を賭けて挑戦します。この時の様子は秀逸で、スタッフを前にウォルト・ディズニーが一人で、自分のイメージする物語を、登場人物の魔法使いのおばあさんやこびとたちになりきって、最初から最後まで2時間以上も語り、王子のキスが白雪姫を眠りから覚ます場面になると、聴いていたアニメーターの目には涙さえ浮かんだそうです。
「大人の中にもあり続ける子どもの心」という人間の本質をつかみ大成功した、ウォルト・ディズニーの秘密を知ることができる、おすすめの一冊です。

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【目次】

プロローグ
第一部 中西部時代(一九〇一★一九二三年)
1〔ディズニー家の祖先/ウォルトの誕生/ほか〕
2〔兄たちの家出/ほか〕
3〔新聞配達/ベントン小学校の変わり種/ほか〕
4〔校内誌の漫画描き/さまざまなアルバイト/ほか〕
5〔原始的な動く漫画/ニューヨークに学べ/ほか〕

初のトーキー漫画映画『蒸気船ウィリー』を創り、『白雪姫』で初の長編アニメーションに挑戦。映画の世界を体験するディズニーランドというテーマパークを生み出した天才エンターテイナー、波瀾万丈の人生。ミッキー映画の秘話をはじめ、ディズニーの原点がわかる。

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単行本: 386ページ
出版社: 講談社; 完全復刻版 (2010/11/19)

2012年7月23日 (月)

ウォルト・ディズニー展

▽ Walt Disney 110th Anniversary
「ウォルト・ディズニー展」では、2度の世界大戦を経験するなど激動の時代を生き、「ミッキーマウス」という人気キャラクターを生み出したウォルトの生涯を紹介します。
世界で初めて米ウォルト・ディズニー社の全アーカイブの協力を得て厳選された原画、ウォルトの長女・ダイアンさんから許可を得た日本初公開の家族写真など、貴重な資料が展示されます。

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展示内容は下記の4部構成。

<第1部> ディズニーはどのようにして、ディズニーになったのか? ウォルトのメッセージが現代に甦る。

<第2部> ディズニーの源流、 クラシックス作品の魅力。
ウォルトは作品を映画製作する度に、常に新たなチャレンジを忘れなかった。

<第3部> 映画から無限に広がる、 ディズニーの世界。
ディズニーライフスタイルへの発展。

<第4部> 未来に託した ウォルトの壮大な夢。
ウォルトがエプコット(Experimental Prototype Community of Tomorrow)構想に託した人類の未来。

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http://kyoto.wjr-isetan.co.jp/floorevent/index_7f.html
<京都展> 会期:2012年7月20日(金)~8月12日(日)
会場:美術館「えき」KYOTO(京都駅ビル内 ジェイアール京都伊勢丹7階隣接)

<名古屋展> 会期:2012年12月15日(土)~2013年1月20日(日)
会場:松坂屋美術館(松坂屋名古屋店 南館7階)

2012年7月22日 (日)

夜明けに怪獣が

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巨大なビルよりも、遙かに大きくそびえ動き立つ。

2012年7月21日 (土)

数学ゲームnim(ニム)

2人がコインまたは石とか豆などチップスの山から其々交互に取り合う。
自分の順番のときコインの山をひとつ選んで1枚以上コインを取る。
すべての山のコインがなくなったとき、ゲームは終わりである。
最後のコインを取った者が勝ちである。

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Nim - A Strategy Game
http://www.youtube.com/watch?v=Hof7P__P68I

Nim History
http://www.archimedes-lab.org/game_nim/nim.html

一般的な必勝法として、排他的論理和を用いたものが知られている。
Mathematical Games (Two Players) 古代中国からあり、16世紀初めの西欧で基本ルールが完成したという。
http://www.numericana.com/answer/games.htm

2012年7月20日 (金)

『去年マリエンバートで』(L'Année dernière à Marienbad)

アラン・ロブ=グリエによる脚本をアラン・レネが監督したモノクロ映画。
1961年ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞。日本公開1964年5月。

ロブ=グリエによれば、黒澤明監督の『羅生門』に触発されて作られた作品で、芥川龍之介の『藪の中』を下敷きにした作品の一つ。

男Xは、女Aと再会する。Xは去年マリエンバートで会ったと語りかけるが、Aは記憶していない。
しかしAはXの話を聞くうちに、おぼろげな記憶を取り戻していく。
Aの夫であるMは「去年マリエンバートで」実際に何が起こったのか知っている。

Marienbad


 
監督 - アラン・レネ 脚本・台詞 - アラン・ロブ=グリエ
撮影監督 - サッシャ・ヴィエルニ  カメラマン - フィリップ・ブラン
音楽 - フランシス・セイリグ 
編集 - アンリ・コルピ、ジャスミーヌ・シャスネ

http://www.youtube.com/watch?v=ohnFpTNGY0g
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1.現在 2.Xの回想(Xにとっての主観的事実)
3.Aの回想(Aにとっての主観的事実)
4.過去(客観的事実→Mの視点)
4本の脚本が作られバラバラにつなぎ合わせて脚本が完成した。それぞれの場面が1-4のどの脚本に該当するのかがなるべくわからないように慎重につなぎ合わされ、最終的に脚本はダイヤグラムシートを伴う、非常に複雑な物になった。
このダイヤグラムシートは一部のスタッフにしか知らされていなかった。出演者は自分が何を演じたらいいのかわからず、混乱状態に陥ったが全て内容をより効果的にするための計算であった。
服装やセットなどは明確に1-4の脚本で区別されていて、注意深く見れば場面が1~4の脚本のどれに当たるのか判別できる仕掛けになって、ロブ=グリエ曰く「非常に緻密に計算された作品で、曖昧さのかけらもない」作品になった。

L'ANNEE DERNIERE A MARIENBAD (1961)
http://www.youtube.com/watch?v=DorkfnxQkAs
★映画に登場するゲーム「ニム」
映画の中では、XとMが繰り返し対戦するが、XはMに勝つことが出来ない。
必勝法のことを知っていた記者が「このゲームは二人の関係性を示す暗喩ですか」とレネ監督に尋ねると「あのゲームはMのXに対する優位性を示すために取り入れた物だが、必勝法のことは知らなかった。しかし、面白い偶然だ」と答えた。数多くのバリエーションがあるが法則性があり必勝法が存在する(必勝法を知る同士で対戦すると、基本、先手必勝)。

『去年マリエンバートで』(L'Annee derniere a Marienbad)http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/lannee-derniere.html

2012年7月19日 (木)

『雨月物語』(うげつものがたり)

http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-9ee3.html

Ugetsu


映画 - 雨月物語  UGETSU 1953 Full Movie Eng Sub Japanese Thriller
http://www.youtube.com/watch?v=CF6SwVAUOzc&feature=related

2012年7月18日 (水)

ル・クレジオ『雨月物語』を語る

 溝口の芸術は視覚的であり、まさにその点で彼は現代映画を発明した。それはまたひとつの建築であり、それぞれのショットが細心の配慮をもって構築され、それぞれの撮影アングルは彼が筋立てに与える意味のために選ばれ、書剖の個々の要素は物語のなかでひとつの役割を演じるために設えられている。
 
空を背景にした枯木の鋭い爪は、源十郎の肉体に善かれた魔除けの梵字に負かされ、若狭姫の誘惑の歌は、仏僧の呪文に負かされる。同様に、宮木の人間性に見合うのは、若狭姫の欲望の動物性である。源十郎が愛人を退けようとするシーンで、女の顔つきが獣のような面に変貌し、叫びと晦時の混じる彼女の声は何を言っているのかわからなくなる。
 怪奇なものは単に、祝女のシャーマニズムの古い文化に結びついたもうひとつの世界の探索にとどまらない。
  それはまた、この物語の当事者たちが陥った疎外の、非現実の表現でもある。

『雨月物語』を観ながら人が覚える感動は、映像の美しさと、付随する太鼓の重々しい音にも似た、シークエンスのゆったりとしたリズムに由来する。しかしその感動はまた、表現される感情のはげしさ、事実確認の突き刺すような痛みからも生まれる。源十郎、宮木、藤兵衛、阿浜の暮らす荒涼とした谷間を開く映像を前にしたときに、最初に自分が気づい
たことを覚えている。そのとき私は、ああした人々が日本人であることを、彼らが別の言語を話し、別の暮らし方をしていることを忘れていた。私は彼らの世界のなかにいた。私が彼らに所属するように、彼らも私の一部を成していた。彼らの生きる幻想は私の日常になっていた。

Jmg2012ル・クレジオ映画を語る (2012/6/12)
溝口健二『雨月物語』(1953)について


2012年7月17日 (火)

埴谷雄高の短篇小説

作者サインがある『死霊』と講義の時に署名戴いた『闇のなかの黒い馬』くらいしか小説集は手元になくなっている。
埴谷雄高さんの短篇小説を今読みたくなって、古書店で埴谷雄高作品集を手にした。数百円で売られているのに驚く。学生時代に古書店へもっと高く買い取ってもらったからだ。改めて収録作品を点検すると、埴谷さんのエッセンスが凝縮されている短篇小説集である。というかこの一冊で『死霊』入門小説の試作と短篇代表作すべてがあるといっても過言ではない。

埴谷雄高作品集 2 短篇小説集
1. 不合理ゆえに吾信ず
2. 虚空
3. 意識
4. 深淵
5. 闇のなかの黒い馬
6. 宇宙の鏡
7. 夢のかたち
8. 神の白い顔
9. 影絵の世界

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ずっしりとくる読書が、今や300円くらいからWEBで入取される。読み砕くことの快楽を知る人たちにとっては異例なことである。影絵の世界を編集して、夢についての九つの短編が入れば完璧なのだが、『闇のなかの黒い馬』出版事情もあってのことなのだろう。

Amazonへgogoです。
http://www.amazon.co.jp/%E5%9F%B4%E8%B0%B7%E9%9B%84%E9%AB%98%E4%BD%9C%E5%93%81%E9%9B%86-2-%E7%9F%AD%E7%AF%87%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E9%9B%86-%E5%9F%B4%E8%B0%B7-%E9%9B%84%E9%AB%98/dp/4309607527/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1342482103&sr=8-2

2012年7月16日 (月)

埴谷雄高『闇のなかの黒い馬』(夢についての九つの短編)

闇のなかの黒い馬
暗黒の夢
自在圏
追跡の魔
変幻
宇宙の鏡
《私》のいない夢
夢のかたち
神の白い顔

いささかの自己訓練をつめば、その「追われる事態」を自ら意図して確実に招来することができるようになるのである。・・・まさにその夢のなかで、敢えて「不意と後ろを振り向く」ことにすぎないのである。たとえそこにはつきり目に見える何らかの奇怪な魔性の存在を確かめずとも、或る抗しがたい気配の現存をそこに生々しく感ずれば、その瞬間から、すでに私は、まさに確実に、「追われるもの」となつてしまつているのである。換言すれば、私達にとつて追跡の魔は、この私があるかぎり、何時、何処にでも避けがたくいる、といわなければならないのであつた。「追跡の魔」より

そうした私にとつて、さて、夢のなかの鏡こそまさに最上、絶好の《呼びだしの魔の道具》にほかならなかつた。「宇宙の鏡」より

従って、私のひそかに志向する未知を見ること、《白昼に眺める外界の事物のかたちの再現でないところの何か》を見るためには、いつてみれば、夢を夢ふうにみるのではなく、夢をいわば想像的夢として自ら構成してみるなんらかの工夫をこらさなければならないのであつた。「夢のかたち」より

ここに扱われているのは、私の古くからの主題である「存在」である。けれども、未完の長編『死霊』においてはそれがやや多角的に扱われているのに対して、ここに収められた作品はすべて十四、五枚の短編であつて、ただ一つの角度から存在に向つて這い寄ってゆく試みのみがなされている。(中略)この領域の模索は甚だ困難であるけれども、ひとたびのめりこめば、そこは汲めども尽きぬ興味の驚くべき深さをもつている広大な世界であつてもはやそこからでてこれなくなるほどである。この二十世紀の主課題がまさに私達の主課題となることを私は望みたい。

あとがきより

「薔薇、屈辱、自同律――つづめて云えば、俺はこれだけ」
埴谷雄高『不合理ゆえに吾信ず』より

『闇のなかの黒い馬』抜粋
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-7b5c.html

2012年7月15日 (日)

大友克洋が描くことを想像してみる。

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2012年7月14日 (土)

手塚治虫が描くことを想像してみる。

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2012年7月13日 (金)

吾妻ひでおが描くことを想像してみる。

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2012年7月12日 (木)

ルドンが描くことを想像してみる。

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2012年7月11日 (水)

ピカソが描くことを想像してみる。

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2012年7月10日 (火)

マチスが描くことを想像してみる。

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2012年7月 9日 (月)

マティス 知られざる生涯

ピカソよりマチスの方がどう絵を変化させようとしているのかがよくわかる。マチスは自らが画学生であるかのように、自己教育しながら変化、発展させていくのが見てとれる。実際マチスは教育者でもあった。http://bit.ly/1Xgurj
「マティス」の伝記を読んでいるとマティスの苦悩がそのまま乗り移ってくる。伝記を読むことも制作の一環だと感じ始め、急にキャンバスに向かいたくなる。
6月29日 横尾忠則 @tadanoriyokoo

マティスの生涯
http://event.yomiuri.co.jp/matisse/about_matisse.html
アル・パチーノ主演で画家マティスの伝記映画製作へ
http://eiga.com/news/20110217/4/

Matis

『マティス 知られざる生涯』、ヒラリースパーリング著、白水社

第一部 北の男
1 囚われ人(1869-91年)
2 逃亡(1891-97年)
3 南の啓示(1898-1902年)
4 暗黒時代(1902-04年)
5 野獣(1905-07年)
6 最も偉大な近代人(1907-09年)
7 東方への目覚め(1910-11年)
8 ヘンリーへアマットレス(1912-14年)
9 開かれた窓(1914-18年)

第二部 南の画家
10 プロムナード?デザングレの隠者(1919-22年)
11 老いた隠遁者(1923-28年)
12 南太平洋へ(1929-33年)
13 盲目の巨人(1934-39年)
14 蘇った男(1939-45年)
15 老いた魔術師(1945-54年)

2012年7月 8日 (日)

マチス「葦の中の水浴」(1952年)

Matisse

原始絵画にちかいプミティブな影絵。

でも簡単な絵に見えるところがマチスの才能。

並々ならぬ均整とシンボル化によって成り立つ。

2012年7月 7日 (土)

ローマ、漢時代の日本軍の主力兵器が完全な姿で発掘される

木製の柄が付いた約2千年前の石斧が、宮崎市阿波岐ケ原町の中須遺跡(弥生時代中期後半)で出土した。
 石斧の出土自体はこれまでもあったが、柄が付いた状態での出土は県内で初めて。弥生時代に作られた柄付きの石斧出土は、
雀居遺跡(福岡市)と下郡桑苗遺跡(大分市)に続いて九州で3例目。宮崎市が5日、市長会見で発表した。

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【写真】宮崎市阿波岐ケ原町の中須遺跡から出土した柄付きの石斧

2012年7月 6日 (金)

朝日

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2012年7月 5日 (木)

省エネとライトアップ

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2012年7月 4日 (水)

原発がなくても、電力は足りる。

京都大学原子炉実験所、小出裕章氏の客観的なデータに基づいた主張をもとに、一市民の立場から編集した資料です。

☆原発がなくても、電力は足りる。
http://twileshare.com/uploads/A4.pdf
☆みんなでダウンロードして拡散いたしましょう☆

1、水力と火力で十分まかなえる
 日本では、全発電量の約3割を原子力発電が担っているとされ、原子力が不可欠のように考えられてきました。
 しかし、水力、火力、原子力、共に言えることですが、発電所をフル稼働した場合の発電量と、実際の発電量には、かなりの開きがあります。
 というのも、発電所設備自体が過剰とも言える状態で、年間の発電設備利用率は、水力19%、火力50% (2008年度)であり、まだまだ発電能力には余力のある状態となっているからです。
 つまり、原子力発電をやめたとしても、水力、火力発電で十分補っていくことが可能なのです。
 私たちが一般的に聞かされている「全発電量約3割を原子力発電が担っている」という情報は、実際の発電量の割合のことを言っているので、そのことが「原発は廃止出来ない」等の誤解を生む原因になっているようです。

2、真夏の昼間にも水力と火力でまかなえる

 電気というのは貯めておくことが難しいので、一番需要が高い時に合わせて、発電設備を備える必要があります。この観点からも、原子力は不可欠であるとされてきました。
 しかし、過去50年間の最大需要電力量の推移を見てみると、1990年代の一時期の例外を除いて、水力と火力でまかなうことができているということが分かります。(グラフ参照)
 しかも、この一番電力の需要が高い時間帯というのは、真夏の数日の午後のたった数時間という極めて特殊な時間帯のことなのです。
 一年の内のたったこれだけの時間に備えるために、危険な原子力発電設備を抱えるというのはあまりにリスクが大きいと言えます。大口需要家に対し生産調整を依頼するなどの方法で節電していくほうが遥かに効率的です。

3、それでも電力会社が原発にこだわる理由

 一言でいえば、原発は儲かるからです。
 電力会社が得る利潤とは、電気事業法により次の式によって算出されるとされ、手厚く保護されています。

  利潤 = レートベース × 報酬率(%)

 この式におけるレートベースとは、電力会社の資産のことで、資産が多ければ多いほど、利潤も多くなるという仕組みになっています。
 高額な建設費のかかった原子力発電所(建設中も含む)、都市部までの長距離送変電設備、膨大な核燃料の備蓄施設、ウラン濃縮工場、再処理工場など、多岐にわたる原発関連施設が資産となり、さらには研究開発費などの特定投資もレートベースとして計上され、利潤を膨らませています。
 つまり、原発を増やせば増やすほど、電力会社は儲かるのです。

4、原子力発電はコストが高い

 政府発表の発電コストによると、原子力発電が一番安価であると言われてきました。しかし、これはあるモデルを想定して計算した結果であって、実際にかかったコストではありません。
 立命館大学国際関係学部の大島堅一氏が、エネルギー政策としての見地から、原子力発電の過去40年間の商用運転で、実際にかかったコストを算出したデータを公表しています。
(グラフ参照)
 これによると、水力火力よりも、原子力が高コストであることが分かります。しかも、揚水発電を含めると、さらにコストが跳ね上がっています。
 揚水発電とは、出力調整の難しい原子力発電の夜間に余った電力を使うために考えられたもので、約3割ものエネルギーをロスしてしまう非効率な発電方法なのです。しかし原子力発電を選択する以上、この非効率な揚水発電がついてまわるので、原子力発電のさらなる高コスト化に拍車をかけているのです。
 結果として、この高いコストは、前述した原発の生み出す利潤も重なって、電気料金の高騰を招いています。
 そして、諸外国に比べて著しく高い日本の電気料金は、産業界の競争力までもを奪っているのです。

電源別発電単価の実績1970年~2007年度(グラフ参照)
電力会社の有価証券報告書(実際の経営データ)より作成

経済性という観点から、メリットはありません。
安全性という観点からは、もう言うまでもありません。
この先、持ち続ける理由はありません。

 福島第一原発半径20キロ圏内、計画的避難区域、緊急時避難準備区域、にお住まいの10万人以上の方たちが将来の不安を抱え続けなければならない状況になっています。
 この方たちを目の前にして、「それでも原発は必要だ」と言えるでしょうか。
確固たる信念を持って言えるのならしかたがありませんが、それが無関心から出た言葉であってはならないと思います。
 現実を注視して、明確に答えを出すべき時が来ています。
 電力会社が大スポンサーとなっているマスメディアが事実を報道する可能性は残念ながら低いようです。
 個人レベルで情報を集め、自分の価値観を持って発信していく側になりましょう!

・ 下記 Twitter ID で関連情報をツイートしています。
・ Blog、Twitter 等で情報を発信していきましょう!
・ この資料を読み終えたら他の人に渡してあげてください。

https://twitter.com/jojowasHana/status/220101360912314368
Hana ‏@jojowasHana
「原発がなくても、電力は足りる」Twitter(ツイッター)で良い資料紹介を見つけました。共有・拡散して下さい。

メディア (media)

虚構の中で切り取られる伝達コード。
御覧の通りここに「真意」を求めるほどに場違いなものはない。
道化師にドキュメンタリーをキャスティングするようなものだ。

Medea

今回の脱原発デモへ参加された一般市民の方々は
メディア (media)の伝達機能を思い知った筈である。メディアに期待や不安を妄想する時は、すでに終焉している現実を観なければ、それは始まりすらないだろう。

★因みに「SIGHT 52号」広告は表2表3表4の三頁のみ。つまり自腹を切った出版行為としての原発問題特集。伝達機能として実感できない人は、印刷費用だけでも負担寄付するとラディカルにメディア (media)関与体験できるかも知れない。

情報の記録、伝達、保管に用いられる装置。


2012年7月 3日 (火)

iPad訴訟 中国企業に和解

「iPad」の商標権をめぐる訴訟で、、アップルが中国企業に六千万ドル(約四十八億円)を支払うことで和解が成立した。 
中国市場における商標権問題は、アップルが商標権を持ち「iPad」の新製品は中国国内で発売される。

アップルが台湾の唯冠グループ企業から商標権を譲り受けたに対して、唯冠は中国大陸での商標権は取引に含まれていないと反論。アップルは2010年4月に商標権の帰属をめぐり民事訴訟を起こしたが、一審はアップルが敗訴。アップルは控訴する一方、唯冠との和解調停が続いていた。

「双方の利益の最大化する調停が最良の選択」と判断し「外国との商標権帰属問題を解決する新たな道筋を作った」と和解成立を自画自賛しているという。

2012年7月 2日 (月)

SIGHT 52号 総力特集:食べられないのか、住めないのか

──語られない内部被曝と除染の「本当」
<インタヴュー>
今中哲二(京都大学原子炉実験所助教)
石田葉月(福島大学共生システム理工学類准教授)
植松光夫(東京大学大気海洋研究所准教授)
浦島充佳(東京慈恵会医科大学助教授)
上昌広(東京大学医科学研究所特任教授)
山内知也(神戸大学大学院海事科学研究科教授)
菊池誠(大阪大学大学院理学研究科教授


3・11から1年3ヵ月。これで5号目の原発問題特集となるSIGHTは、福島において、いや福島においてだけでなく、日本において喫緊の、そして深刻な課題である「除染と内部被曝」を、今号のテーマとしました。放射性物質の除染は本当に可能なのか、不可能なのか、どのくらい有効なのか、または無効なのか。農産物・海産物など、食物からの内部被曝の問題は、今の日本においてどのくらい深刻な状況であるのか。その現実を知り、把握した上で、我々はどう考え、どう判断し、どう行動すればよいのか。それを考えるための特集です。医療、計測、調査等、現地で最前線で活動し続ける方々へのロング・インタヴュー7本で構成した特集!

連載対談
内田樹(哲学者・武道家・神戸女学院大学名誉教授)×高橋源一郎(文芸評論家・作家・明治学院大学教授)
「今の日本を覆いつくしているのは、『反知性主義』だ」

連載インタヴュー 北野武
「脚本を語る・その5」今回は『TAKESHIS’』『監督・ばんざい!』『アキレスと亀』について、

連載インタヴュー 藤原帰一「先の見えない中国はどこへ向かうのか?」

Sight52

 除染と内部被曝の問題は、福島後の日本にとって重く深刻なテーマだ。東日本大震災、そして原発事故から1年3カ月が経ち、我々は福島後をどう生きるのかというテーマといろいろな形で向き合うことになった。
 震災直後、我々はその被害のあまりの大きさに動揺し、事態の全体像の把握さえままならなかった。それこそチェルノブイリ以来、世界でも起きたことのないような重大な原発事故がこの日本で起きたという事実に驚き、怯え、それを飲み込めないでいた。

 そして、徐々に事故の全体像が見えてくると、我々の怒りは、この人災とも言っていい悲惨な事故を生んだ、東電と政府に向けられた。彼らのやってきたことは、無責任であり、ずさんであり、時として犯罪的ですらあった。そして、その本質的な原因の解明は行われず、責任者も罰せられないままだ。最悪なことに、今後の原発行政への明確な展望もないまま、大飯頗発の再稼動が決められてしまった。

 我々はこの事態と向き合わなくてはいけない。なし崩し的な原発再稼動を容認してはいけないし、東電や政府の責任も追及し続けなければいけない。しかし、原発事故の深刻さは、その事故の影響が延々と続き、広がり続けることにある。怒り、戦い続けるのと同時にものすごく嫌な言葉なので使いたくないし、反発を覚える方も多いのを承知だが、敢えて使う---どこかであきらめ、事態を飲み込んでいかなければならない。

 福島後の日本の現実は厳しい。現地で実際に医療をなさっている方、計測や講演を行っている方、海洋汚染の実態を徹底的に調査されている方、いずれも最前線で活動しているみなさんにお話をうかがったが、そこで語られる除染の困難さや、長く続くであろう海洋汚染の実態は、「日本で生きる」ということ自体が、福島前と福島後で変わった、という事実を、実感せざるを得ないことばかりだ。
 除染という言葉からは、とても積極的なイメージを感じることができる。汚染されたところも徹底的に除染すれば、放射能の数値も下がり、問題が解決するのではという希望を感じさせる言葉だ。しかし、現実は違う。いわゆる地域の除染というのは非常に困難であり、わかりやすく「無理」という表現を使ってもいいくらい、完全な除染というのはできない。それでもやらなければならない場所はやるしかないし、実際にそこで戦っている人たちは多い。ただ、東電や政府が言い訳的に行っている除染は気休めにもならないし、事態の深刻さを曖昧にしてしまう危険性もある。つまり、どういうことかと言えば、ある程度の線量のあるところでも住まなければならない、ということだ。東京にもホットスポットはある。いまだに事故機からは放射性物質が排出されている。放射線量の高いところは、東日本全体に広がっている。そして、福島には、避難地域に指定されてはいないが、住むには決断を要する地域があり、よって、そこに住んでいる人は常に厳しい現実と向き合っている。政府は、そうした地域の人に、そこに住み続ける自由と避難する権利、その両方を保証しなければならない。しかし、そのためには巨額の予算と、大きな労力が必要とされる。だから、結局は手つかずのままだ。

 内部被曝も同じだ。日本に住む以上、絶対に放射性物質の心配のない食べ物だけを選択するのは無理である。海洋汚染が進行する中、日本近海で捕れる魚の多くはなんらかの影響を受けている。ならば西日本のものを選べばいい、というような簡単な話ではない。
 この国の現状は、もはや白か黒かという論理では解決できないものになっている。グレーの中でどう生きるかという覚悟が、あるいはあきらめが必要なのだ。白か黒かでは解決できない現実の中で行われる白か黒かという議論は、その当事者であるはずの人間を疎外していく。グレーの地域に住む人に、放射能の危険性を説き、子どもに対する責任を追及する。あるいは、自分の正義を信じ、安全なところからグレーなところに住む人を非難する。放射能フリーの食べものを求め、東日本産の農作物も海産物も食べない、そして、それを食べる人を批判する。そのような行為のことだ占分が食べないのは自由だが、食べる人を自分の正義で批判するのは、自分の住む日本そのものがグレーであるということを忘れている行為にしか思えない。

 つまり、もはや選択の問題なのだ。生き方の選択である。当然、住む場所や食べものの汚染レベルを正確な数値で計測、公表するのが大前提である。あとは、それぞれの人間がその数値をどう受け止め、どう判断し、どう生きるかということだ。確かに、絶対に住んではいけない場所、絶対に食べてはいけないものはある。しかし、グレーな場所も、グレーな食べ物もある。くり返すが、グレーな現実の問遁は、自と忠の論理では解決できないのだ。

 東電や政府の責任は追及していかなければならない。原発問題は日本問題だ。この事態を生んだ原因を明確化し、それと戦うことは、これからもあきらめない。しかし、今のこの日本で生きていくには、敵を明確化し、それと戦うだけではダメなのだ。そのことを自覚しないと、自分自身が敵になってしまう。この複雑な構造の中で、我々は何をどう選択していけばよいのか考えたい。(渋谷陽一)

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

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