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2012年7月16日 (月)

埴谷雄高『闇のなかの黒い馬』(夢についての九つの短編)

闇のなかの黒い馬
暗黒の夢
自在圏
追跡の魔
変幻
宇宙の鏡
《私》のいない夢
夢のかたち
神の白い顔

いささかの自己訓練をつめば、その「追われる事態」を自ら意図して確実に招来することができるようになるのである。・・・まさにその夢のなかで、敢えて「不意と後ろを振り向く」ことにすぎないのである。たとえそこにはつきり目に見える何らかの奇怪な魔性の存在を確かめずとも、或る抗しがたい気配の現存をそこに生々しく感ずれば、その瞬間から、すでに私は、まさに確実に、「追われるもの」となつてしまつているのである。換言すれば、私達にとつて追跡の魔は、この私があるかぎり、何時、何処にでも避けがたくいる、といわなければならないのであつた。「追跡の魔」より

そうした私にとつて、さて、夢のなかの鏡こそまさに最上、絶好の《呼びだしの魔の道具》にほかならなかつた。「宇宙の鏡」より

従って、私のひそかに志向する未知を見ること、《白昼に眺める外界の事物のかたちの再現でないところの何か》を見るためには、いつてみれば、夢を夢ふうにみるのではなく、夢をいわば想像的夢として自ら構成してみるなんらかの工夫をこらさなければならないのであつた。「夢のかたち」より

ここに扱われているのは、私の古くからの主題である「存在」である。けれども、未完の長編『死霊』においてはそれがやや多角的に扱われているのに対して、ここに収められた作品はすべて十四、五枚の短編であつて、ただ一つの角度から存在に向つて這い寄ってゆく試みのみがなされている。(中略)この領域の模索は甚だ困難であるけれども、ひとたびのめりこめば、そこは汲めども尽きぬ興味の驚くべき深さをもつている広大な世界であつてもはやそこからでてこれなくなるほどである。この二十世紀の主課題がまさに私達の主課題となることを私は望みたい。

あとがきより

「薔薇、屈辱、自同律――つづめて云えば、俺はこれだけ」
埴谷雄高『不合理ゆえに吾信ず』より

『闇のなかの黒い馬』抜粋
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-7b5c.html

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