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2013年1月 4日 (金)

「遠野物語」4

四〇
 草の長さ三寸あれば狼は身を隠すといえり。草木そうもくの色の移り行くにつれて、狼の毛の色も季節きせつごとに変りて行くものなり。


四一
 和野の佐々木嘉兵衛、或る年境木越さかいげごえの大谷地おおやちへ狩にゆきたり。死助しすけの方より走れる原なり。秋の暮のことにて木の葉は散り尽し山もあらわなり。向むこうの峯より何百とも知れぬ狼此方へ群むれて走りくるを見て恐ろしさに堪えず、樹の梢こずえに上のぼりてありしに、その樹の下を夥おびただしき足音して走り過ぎ北の方へ行けり。そのころより遠野郷には狼甚だ少なくなれりとのことなり。


四二
 六角牛ろっこうし山の麓ふもとにオバヤ、板小屋などいうところあり。広き萱山かややまなり。村々より苅かりに行く。ある年の秋飯豊村いいでむらの者ども萱を苅るとて、岩穴の中より狼の子三匹を見出し、その二つを殺し一つを持ち帰りしに、その日より狼の飯豊衆いいでしの馬を襲おそうことやまず。外ほかの村々の人馬にはいささかも害をなさず。飯豊衆相談して狼狩をなす。その中には相撲すもうを取り平生へいぜい力自慢ちからじまんの者あり。さて野に出いでて見るに、雄おすの狼は遠くにおりて来きたらず。雌めす狼一つ鉄という男に飛びかかりたるを、ワッポロを脱ぎて腕うでに巻き、やにわにその狼の口の中に突き込みしに、狼これを噛かむ。なお強く突き入れながら人を喚よぶに、誰も誰も怖おそれて近よらず。その間に鉄の腕は狼の腹まで入はいり、狼は苦しまぎれに鉄の腕骨を噛かみ砕くだきたり。狼はその場にて死したれども、鉄も担かつがれて帰り程ほどなく死したり。


○ワッポロは上羽織のことなり。


四三
 一昨年の『遠野新聞』にもこの記事を載せたり。上郷かみごう村の熊という男、友人とともに雪の日に六角牛に狩に行き谷深く入りしに、熊の足跡を見出でたれば、手分てわけしてその跡をもとめ、自分は峯の方を行きしに、とある岩の陰かげより大なる熊此方を見る。矢頃やごろあまりに近かりしかば、銃をすてて熊に抱かかえつき雪の上を転ころびて、谷へ下る。連つれの男これを救わんと思えども力及ばず。やがて谷川に落ち入りて、人の熊下したになり水に沈みたりしかば、その隙ひまに獣の熊を打ち取りぬ。水にも溺おぼれず、爪つめの傷は数ヶ所受けたれども命に障さわることはなかりき。


四四
 六角牛の峯続きにて、橋野はしのという村の上なる山に金坑きんこうあり。この鉱山のために炭を焼きて生計とする者、これも笛の上手じょうずにて、ある日昼ひるの間あいだ小屋こやにおり、仰向あおむきに寝転ねころびて笛を吹きてありしに、小屋の口なる垂菰たれごもをかかぐる者あり。驚きて見れば猿の経立ふったちなり。恐ろしくて起き直りたれば、おもむろに彼方かなたへ走り行きぬ。


○上閉伊郡栗橋村大字橋野。

四五
 猿の経立ふったちはよく人に似て、女色を好み里の婦人を盗み去ること多し。松脂まつやにを毛に塗ぬり砂をその上につけておる故、毛皮けがわは鎧よろいのごとく鉄砲の弾たまも通とおらず。


四六
 栃内村の林崎はやしざきに住む何某という男、今は五十に近し。十年あまり前のことなり。六角牛山に鹿を撃ちに行き、オキを吹きたりしに、猿の経立あり、これを真まことの鹿なりと思いしか、地竹じだけを手にて分わけながら、大なる口をあけ嶺の方より下くだり来たれり。胆潰きもつぶれて笛を吹きやめたれば、やがて反それて谷の方へ走り行きたり。


○オキとは鹿笛のことなり。


四七
 この地方にて子供をおどす言葉ことばに、六角牛の猿の経立が来るぞということ常の事なり。この山には猿多し。緒おがせの滝たきを見に行けば、崖がけの樹の梢こずえにあまたおり、人を見れば遁にげながら木の実みなどを擲なげうちて行くなり。


四八
 仙人峠せんにんとうげにもあまた猿おりて行人に戯たわむれ石を打ちつけなどす。

四九
 仙人峠は登り十五里降くだり十五里あり。その中ほどに仙人の像を祀りたる堂あり。この堂の壁かべには旅人がこの山中にて遭いたる不思議の出来事を書き識しるすこと昔よりの習ならいなり。例えば、我は越後の者なるが、何月何日の夜、この山路やまみちにて若き女の髪を垂たれたるに逢えり。こちらを見てにこと笑いたりという類たぐいなり。またこの所にて猿に悪戯いたずらをせられたりとか、三人の盗賊に逢えりというようなる事をも記しるせり。


○この一里も小道なり。

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