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2013年1月 4日 (金)

柳田国男「遠野物語」6


六〇
 和野わの村の嘉兵衛爺かへえじい、雉子小屋きじごやに入りて雉子を待ちしに狐きつねしばしば出でて雉子を追う。あまり憎にくければこれを撃たんと思い狙ねらいたるに、狐は此方を向きて何ともなげなる顔してあり。さて引金ひきがねを引きたれども火移うつらず。胸騒むなさわぎして銃を検せしに、筒口つつぐちより手元てもとのところまでいつのまにかことごとく土をつめてありたり。


六一
 同じ人六角牛に入りて白き鹿しかに逢あえり。白鹿はくろくは神かみなりという言いい伝つたえあれば、もし傷きずつけて殺すこと能あたわずば、必ず祟たたりあるべしと思案しあんせしが、名誉めいよの猟人かりうどなれば世間せけんの嘲あざけりをいとい、思い切りてこれを撃うつに、手応てごたえはあれども鹿少しも動かず。この時もいたく胸騒むなさわぎして、平生へいぜい魔除まよけとして危急ききゅうの時のために用意したる黄金おうごんの丸たまを取り出し、これに蓬よもぎを巻きつけて打ち放したれど、鹿はなお動かず、あまり怪しければ近よりて見るに、よく鹿の形に似たる白き石なりき。数十年の間山中に暮くらせる者が、石と鹿とを見誤みあやまるべくもあらず、全く魔障ましょうの仕業しわざなりけりと、この時ばかりは猟を止やめばやと思いたりきという。


六二
 また同じ人、ある夜よ山中さんちゅうにて小屋こやを作るいとまなくて、とある大木の下に寄り、魔除まよけのサンズ縄なわをおのれと木のめぐりに三囲みめぐり引きめぐらし、鉄砲を竪たてに抱かかえてまどろみたりしに、夜深く物音のするに心づけば、大なる僧形そうぎょうの者赤き衣ころもを羽はねのように羽ばたきして、その木の梢に蔽おおいかかりたり。すわやと銃を打ち放せばやがてまた羽ばたきして中空なかぞらを飛びかえりたり。この時の恐ろしさも世の常ならず。前後三たびまでかかる不思議に遭あい、そのたびごとに鉄砲を止やめんと心に誓い、氏神うじがみに願掛がんがけなどすれど、やがて再び思い返して、年取るまで猟人かりうどの業を棄すつること能あたわずとよく人に語りたり。


六三
 小国おぐにの三浦某というは村一の金持かねもちなり。今より二三代前の主人、まだ家は貧しくして、妻は少しく魯鈍ろどんなりき。この妻ある日門かどの前まえを流るる小さき川に沿いて蕗ふきを採とりに入りしに、よき物少なければ次第に谷奥深く登りたり。さてふと見れば立派なる黒き門もんの家あり。訝いぶかしけれど門の中に入りて見るに、大なる庭にて紅白の花一面に咲き鶏にわとり多く遊べり。その庭を裏うらの方へ廻まわれば、牛小屋ありて牛多くおり、馬舎うまやありて馬多くおれども、一向に人はおらず。ついに玄関より上あがりたるに、その次の間には朱と黒との膳椀ぜんわんをあまた取り出したり。奥の座敷には火鉢ひばちありて鉄瓶てつびんの湯のたぎれるを見たり。されどもついに人影はなければ、もしや山男の家ではないかと急に恐ろしくなり、駆かけ出だして家に帰りたり。この事を人に語れども実まことと思う者もなかりしが、また或る日わが家のカドに出でて物を洗いてありしに、川上より赤き椀一つ流れてきたり。あまり美しければ拾い上げたれど、これを食器に用いたらば汚きたなしと人に叱しかられんかと思い、ケセネギツの中に置きてケセネを量はかる器うつわとなしたり。しかるにこの器にて量り始めてより、いつまで経たちてもケセネ尽きず。家の者もこれを怪しみて女に問いたるとき、始めて川より拾い上げし由よしをば語りぬ。この家はこれより幸運に向い、ついに今の三浦家となれり。遠野にては山中の不思議ふしぎなる家をマヨイガという。マヨイガに行き当りたる者は、必ずその家の内の什器じゅうき家畜何にてもあれ持ち出でて来べきものなり。その人に授さずけんがためにかかる家をば見するなり。女が無慾にて何ものをも盗み来ざりしが故に、この椀自ら流れて来たりしなるべしといえり。


○このカドは門にはあらず。川戸にて門前を流るる川の岸に水を汲くみ物を洗うため家ごとに設けたるところなり。


○ケセネは米稗ひえその他の穀物こくもつをいう。キツはその穀物を容いるる箱なり。大小種々のキツあり。


六四
 金沢村かねさわむらは白望しろみの麓ふもと、上閉伊郡の内にてもことに山奥にて、人の往来する者少なし。六七年前この村より栃内村の山崎なる某なにがしかかが家に娘の婿を取りたり。この婿実家に行かんとして山路に迷い、またこのマヨイガに行き当りぬ。家のありさま、牛馬の多きこと、花の紅白に咲きたりしことなど、すべて前の話の通りなり。同じく玄関に入りしに、膳椀を取り出したる室あり。座敷に鉄瓶てつびんの湯たぎりて、今まさに茶を煮にんとするところのように見え、どこか便所などのあたりに人が立ちてあるようにも思われたり。茫然ぼうぜんとして後にはだんだん恐ろしくなり、引き返してついに小国おぐにの村里に出でたり。小国にてはこの話を聞きて実まこととする者もなかりしが、山崎の方にてはそはマヨイガなるべし、行きて膳椀の類を持ち来きたり長者にならんとて、婿殿むこどのを先に立てて人あまたこれを求めに山の奥に入り、ここに門ありきというところに来たれども、眼にかかるものもなく空むなしく帰り来たりぬ。その婿もついに金持になりたりということを聞かず。

○上閉伊郡金沢村。


六五
 早池峯はやちねは御影石みかげいしの山なり。この山の小国に向むきたる側かわに安倍ヶ城あべがじょうという岩あり。険けわしき崖がけの中ほどにありて、人などはとても行きうべきところにあらず。ここには今でも安倍貞任あべのさだとうの母住めりと言い伝う。雨あめの降ふるべき夕方など、岩屋いわやの扉とびらを鎖とざす音聞ゆという。小国、附馬牛つくもうしの人々は、安倍ヶ城の錠じょうの音がする、明日あすは雨ならんなどいう。


六六
 同じ山の附馬牛よりの登り口にもまた安倍屋敷あべやしきという巌窟あり。とにかく早池峯は安倍貞任にゆかりある山なり。小国より登る山口にも八幡太郎はちまんたろうの家来けらいの討死うちじにしたるを埋めたりという塚三つばかりあり。


六七
 安倍貞任に関する伝説はこのほかにも多し。土淵村と昔は橋野はしのといいし栗橋村との境にて、山口よりは二三里も登りたる山中に、広く平たいらなる原あり。そのあたりの地名に貞任というところあり。沼ありて貞任が馬を冷ひやせしところなりという。貞任が陣屋じんやを構かまえし址あととも言い伝う。景色けしきよきところにて東海岸よく見ゆ。


六八
 土淵村には安倍氏という家ありて貞任が末なりという。昔は栄えたる家なり。今も屋敷やしきの周囲には堀ありて水を通ず。刀剣馬具あまたあり。当主は安倍与右衛門よえもん、今も村にては二三等の物持ものもちにて、村会議員なり。安倍の子孫はこのほかにも多し。盛岡の安倍館あべだての附近にもあり。厨川くりやがわの柵しゃくに近き家なり。土淵村の安倍家の四五町北、小烏瀬川こがらせがわの河隈かわくまに館たての址あり。八幡沢はちまんざの館たてという。八幡太郎が陣屋というものこれなり。これより遠野の町への路みちにはまた八幡山という山ありて、その山の八幡沢の館の方に向かえる峯にもまた一つの館址たてあとあり。貞任が陣屋なりという。二つの館の間二十余町を隔つ。矢戦やいくさをしたりという言い伝えありて、矢の根を多く掘り出せしことあり。この間に似田貝にたかいという部落あり。戦の当時このあたりは蘆あししげりて土固かたまらず、ユキユキと動揺せり。或る時八幡太郎ここを通りしに、敵味方てきみかたいずれの兵糧ひょうりょうにや、粥かゆを多く置きてあるを見て、これは煮にた粥かといいしより村の名となる。似田貝の村の外を流るる小川を鳴川なるかわという。これを隔てて足洗川村あしらがむらあり。鳴川にて義家よしいえが足を洗いしより村の名となるという。


○ニタカイはアイヌ語のニタトすなわち湿地より出しなるべし。地形よく合えり。西の国々にてはニタともヌタともいう皆これなり。下閉伊郡小川村にも二田貝という字あり。


六九
 今の土淵村には大同だいどうという家二軒あり。山口の大同は当主を大洞万之丞おおほらまんのじょうという。この人の養母名はおひで、八十を超こえて今も達者なり。佐々木氏の祖母の姉なり。魔法に長じたり。まじないにて蛇を殺し、木に止とまれる鳥を落しなどするを佐々木君はよく見せてもらいたり。昨年の旧暦正月十五日に、この老女の語りしには、昔あるところに貧しき百姓あり。妻はなくて美しき娘あり。また一匹の馬を養う。娘この馬を愛して夜よるになれば厩舎うまやに行きて寝いね、ついに馬と夫婦になれり。或る夜父はこの事を知りて、その次の日に娘には知らせず、馬を連つれ出して桑の木につり下げて殺したり。その夜娘は馬のおらぬより父に尋ねてこの事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き、死したる馬の首に縋すがりて泣きいたりしを、父はこれを悪にくみて斧をもって後うしろより馬の首を切り落せしに、たちまち娘はその首に乗りたるまま天に昇のぼり去れり。オシラサマというはこの時より成りたる神なり。馬をつり下げたる桑の枝にてその神の像を作る。その像三つありき。本もとにて作りしは山口の大同にあり。これを姉神とす。中にて作りしは山崎の在家権十郎ざいけごんじゅうろうという人の家にあり。佐々木氏の伯母が縁づきたる家なるが、今は家絶えて神の行方ゆくえを知らず。末すえにて作りし妹神の像は今いま附馬牛村にありといえり。

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