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2013年1月 5日 (土)

遠野物語3


三〇
 小国おぐに村の何某という男、或る日早池峯に竹を伐きりに行きしに、地竹じだけのおびただしく茂りたる中に、大なる男一人寝ていたるを見たり。地竹にて編みたる三尺ばかりの草履ぞうりを脱ぬぎてあり。仰あおに臥ふして大なる鼾いびきをかきてありき。


○下閉伊郡小国村大字小国。

○地竹は深山に生ずる低き竹なり。


三一
 遠野郷の民家の子女にして、異人にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。

三二
 千晩せんばヶ岳だけは山中に沼ぬまあり。この谷は物すごく腥なまぐさき臭かのするところにて、この山に入り帰りたる者はまことに少すくなし。昔何の隼人はやとという猟師あり。その子孫今もあり。白き鹿を見てこれを追いこの
谷に千晩こもりたれば山の名とす。その白鹿撃たれて遁げ、次の山まで行きて片肢かたあし折れたり。その山を今片羽山かたはやまという。さてまた前なる山へきてついに死したり。その地を死助しすけという。死助権現しすけごんげんとて祀まつれるはこの白鹿なりという。

○宛然えんぜんとして古風土記をよむがごとし。


三三
 白望しろみの山に行きて泊とまれば、深夜にあたりの薄明うすあかるくなることあり。秋のころ茸きのこを採りに行き山中に宿する者、よくこの事に逢う。また谷のあなたにて大木を伐きり倒す音、歌の声など聞きこゆることあり。この山の大さは測はかるべからず。五月に萱かやを苅りに行くとき、遠く望めば桐きりの花の咲き満みちたる山あり。あたかも紫むらさきの雲のたなびけるがごとし。されどもついにそのあたりに近づくこと能あたわず。かつて茸を採りに入りし者あり。白望の山奥にて金の樋といと金の杓しゃくとを見たり。持ち帰らんとするにきわめて重く、鎌かまにて片端かたはしを削けずり取らんとしたれどそれもかなわず。また来こんと思いて樹の皮を白くし栞しおりとしたりしが、次の日人々とともに行きてこれを求めたれど、ついにその木のありかをも見出しえずしてやみたり。


三四
 白望の山続きに離森はなれもりというところあり。その小字こあざに長者屋敷というは、全く無人の境なり。ここに行きて炭を焼く者ありき。或る夜その小屋の垂菰たれごもをかかげて、内を窺うかがう者を見たり。髪を長く二つに分けて垂たれたる女なり。このあたりにても深夜に女の叫び声を聞くことは珍しからず。


三五
 佐々木氏の祖父の弟、白望に茸を採りに行きて宿やどりし夜、谷を隔てたるあなたの大なる森林の前を横ぎりて、女の走り行くを見たり。中空を走るように思われたり。待てちゃアと二声ばかり呼よばわりたるを聞けりとぞ。


三六
 猿の経立ふったち、御犬おいぬの経立は恐ろしきものなり。御犬おいぬとは狼おおかみのことなり。山口の村に近き二ふたツ石山いしやまは岩山なり。ある雨の日、小学校より帰る子どもこの山を見るに、処々ところどころの岩の上に御犬うずくまりてあり。やがて首を下したより押おしあぐるようにしてかわるがわる吠ほえたり。正面より見れば生うまれ立たての馬の子ほどに見ゆ。後うしろから見れば存外ぞんがい小さしといえり。御犬のうなる声ほど物凄ものすごく恐ろしきものはなし。


三七
 境木峠さかいげとうげと和山峠わやまとうげとの間にて、昔は駄賃馬だちんばを追おう者、しばしば狼に逢いたりき。馬方うまかたらは夜行には、たいてい十人ばかりも群むれをなし、その一人が牽ひく馬は一端綱ひとはづなとてたいてい五六七匹ぴきまでなれば、常に四五十匹の馬の数なり。ある時二三百ばかりの狼追い来たり、その足音山もどよむばかりなれば、あまりの恐ろしさに馬も人も一所に集まりて、そのめぐりに火を焼きてこれを防ぎたり。されどなおその火を躍り越えて入り来るにより、ついには馬の綱つなを解ときこれを張はり回めぐらせしに、穽おとしあななどなりとや思いけん、それよりのちは中に飛び入らず。遠くより取とり囲かこみて夜の明あけるまで吠えてありきとぞ。


三八
 小友おとも村の旧家の主人にて今も生存せる某爺なにがしじいという人、町より帰りに頻しきりに御犬の吠ほゆるを聞きて、酒に酔いたればおのれもまたその声をまねたりしに、狼も吠えながら跡あとより来るようなり。恐ろしくなりて急ぎ家に帰り入り、門の戸を堅かたく鎖とざして打うち潜ひそみたれども、夜通し狼の家をめぐりて吠ゆる声やまず。夜明よあけて見れば、馬屋の土台どだいの下を掘り穿うがちて中に入り、馬の七頭ありしをことごとく食い殺していたり。この家はそのころより産やや傾きたりとのことなり。


三九
 佐々木君幼きころ、祖父と二人にて山より帰りしに、村に近き谷川の岸の上に、大なる鹿の倒れてあるを見たり。横腹は破れ、殺されて間まもなきにや、そこよりはまだ湯気ゆげ立てり。祖父の曰く、これは狼が食いたるなり。この皮ほしけれども御犬は必ずどこかこの近所に隠れて見ておるに相違なければ、取ることができぬといえり。

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