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2013年3月31日 (日)

SIGHT(サイト) 55号 (2013年03月30日発売)

●総力特集
原発推進、憲法改正、バラマキ予算。
日本が失うもの・壊れるもの
Sight55



総選挙での圧勝、アベノミクスへの期待、円安・株高……政権を奪還した自民党は、国民からの熱い期待を集めつつあるように見えるが、本当にそうなのだろうか? 
「まだなんにもやってないのに景気がよくなった」と、麻生太郎副総理が言ってしまったとおり、経済政策は実際にはまだ何も行われていない。自民党の憲法改正草案が一体どういうものであるのか、きちんと検証されてもいない。民主党のこれまでの政策がすべて否定される空気の中で、「原発ゼロ」の方針もうやむやにされ、原発再稼働への道筋が復活しつつある。それぞれの政策の内容がしっかりと議論されないまま、「経済発展」という命題を掲げて突き進む自民党に対して、危うさや違和感を感じている人は多いのではないだろうか。
SIGHTでは、「憲法」「経済」「外交」「エネルギー政策」「精神」「政治のデータ分析」などの各分野のスペシャリストにご登場いただき、その違和感の正体を徹底検証しました。日本が次の選択肢を探すための提言が詰まった総力特集

http://ro69.jp/

サロンは踊る

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2013年3月30日 (土)

炭酸飲料の飲みすぎが体に及ぼす「悪影響」

■1:炭酸飲料は太りやすい
砂糖よりも血糖値が急に上昇しやすく、中性脂肪を上げる原因となる。

■2:脳卒中などの病気になる
炭酸飲料を飲むと脳卒中のリスクも高まる「多種多様な病気の原因となる一連の身体反応を引き起こし、脳卒中はその一例である」

■3:歯や骨が溶ける
無果汁で加糖されている炭酸飲料は、含まれているリンが体内のカルシウムと結合し、リン酸カルシウムという形になって体外に放出されて、体内の歯や骨を溶かす。

■4:うつになる
1日に4本以上炭酸飲料を飲んでると30%もうつ病発症するリスクが高い。

2013年3月29日 (金)

描けば描くほど下手になることがある

絵はアスリートのように毎日トレーニングをしなければならないが、
描けば描くほど下手になることがある。

といって描かなきゃ、これも下手になる。
どっちにしても下手になるのだから困ったものだ。
横尾忠則 ‏@tadanoriyokoo

鍛錬はある意味では、壁を積み重ねるようなもの。

乗り越えにくい仇になるというのは、達人の世界。

2013年3月28日 (木)

グロア グロア

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2013年3月27日 (水)

イマジネーション

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2013年3月26日 (火)

「7」だらけな問題

「7+7÷7+7×7-7=?」 
92%が間違えてしまうという問題が海外で話題に

問題は「7+7÷7+7×7-7=?」で、
答えを「00」「08」「50」「56」の4つから選ぶ。

「7」だらけな問題ですが、小学校で習う計算の順序が分かっていれば解けるはず。ネット上では「冷静に計算すれば間違えない」「あまりにも簡単で拍子抜け」と多くの人が正解している様子。
正解:http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1302/19/news077_2.html

法則分かればスッキリ「宿+飯=2」「寒+温=7」
Facebookで話題のクイズ。
「宿+飯=2」「寒+温=7」――。
これらは「ある法則に基づいた計算式」なのだ、
「転+倒」は?
画像1枚でクイズを発信するFacebookページ「1枚クイズ」からの出題。4つの式に共通する「ある法則」が分かりましたか?
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1206/12/news117.html

2013年3月25日 (月)

NHKFM『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝』

●『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝 パート3』
3月26日(火)より3月30日(土)前0:00より0:50
NHKFM(25日(月)より29日(金)深夜)
アメリカの音楽がどのような進化を遂げてきたのか…こよなく愛するアメリカン・ポップスの歴史を5回にわたって紐解いていきます。
第1夜は、1956年にスポットを当て、たくさんのロックンロールのスターがこの時期に録音を開始、第2夜は、1957年のシーンを中心に、バディ・ホリーとノーマン・ペティ・スタジオ、エルヴィス後のサン・レコード、救世主ジェリー・リー・ルイス、そして1957年のエルヴィスのヒットメドレーを、第3夜は、ルイジアナ州はシュリーブポート、そしてミュージシャンのロサンゼルスへの集中移動、さらにはニューオリンズ・サウンドとウェストコーストとの関係を、第4夜は、エヴァリー・ブラザーズはナッシュビルのロックンロールを孤軍奮闘守り続けたという内容。 (初回放送:2012年8月28~31日、9月7日)

●『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝 パート2』昨夏に放送『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝2012 パート2』最終日の第5夜が津波注意報により本放送枠では休止となった。新作のパート3に先がけて、パート2のアンコール放送!
(再)3月25日(月)~29日(金)後6:00~6:50
※再放送を放送していない一部の地域の方でも、
NHKネットラジオ“らじる★らじる”では同時刻に放送。

「銃→親指」に変えたらメッチャポジティブに

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アクション映画のシーンを「銃→親指」に変えたらメッチャポジティブになった Thumbs and Ammo
http://japan.digitaldj-network.com/articles/11895.html

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2013年3月24日 (日)

映画シーンから銃を「いいね!」に

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映画のシーンから銃を「いいね!」に次々に変更、世界平和が近づいてくるのが見える。クラウドソーシングを採用している写真ブログ「Thumbs and Ammo」なので、映画の武器所持シーンを親指立てシーンに変換して画像をメールすれば掲載されるかも。
http://www.thumbsandammo.blogspot.co.uk/

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2013年3月23日 (土)

アクション映画のシーンを「銃→親指」に変えたらメッチャポジティブになった 

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Thumbs and Ammo
http://japan.digitaldj-network.com/articles/11895.html

映画のシーンから銃を「いいね!」に次々に変更、世界平和が近づいてくるのが見える。クラウドソーシングを採用している写真ブログ「Thumbs and Ammo」なので、映画の武器所持シーンを親指立てシーンに変換して画像をメールすれば掲載されるかも。
http://www.thumbsandammo.blogspot.co.uk/

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2013年3月22日 (金)

『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝』パート3放送

NHK-FM『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝』のパート3が3月25日(月)〜29日(金)深夜に放送。2012年8月に放送されたパート2のアンコール放送も決定。

●『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝 パート3』
3月26日(火)〜3月30日(土)前0:00〜0:50
(25日(月)〜29日(金)深夜)
昨夏に放送『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝2012 パート2』最終日の第5夜が津波注意報により本放送枠では休止となった。新作のパート3に先がけて、パート2のアンコール放送!
アメリカの音楽がどのような進化を遂げてきたのか…こよなく愛するアメリカン・ポップスの歴史を5回にわたって紐解いていきます。
第1夜は、1956年にスポットを当て、たくさんのロックンロールのスターがこの時期に録音を開始、第2夜は、1957年のシーンを中心に、バディ・ホリーとノーマン・ペティ・スタジオ、エルヴィス後のサン・レコード、救世主ジェリー・リー・ルイス、そして1957年のエルヴィスのヒットメドレーを、第3夜は、ルイジアナ州はシュリーブポート、そしてミュージシャンのロサンゼルスへの集中移動、さらにはニューオリンズ・サウンドとウェストコーストとの関係を、第4夜は、エヴァリー・ブラザーズはナッシュビルのロックンロールを孤軍奮闘守り続けたという内容。 (初回放送:2012年8月28~31日、9月7日)

●『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝 パート2』
3月19日(火)〜23日(土)前0:00〜0:50(18日(月)〜22日(金)深夜)
(再)3月25日(月)~29日(金)後6:00~6:50
※再放送を放送していない一部の地域の方でも、
NHKネットラジオ“らじる★らじる”では同時刻に放送。

パンクの女王vivienne・辛口発言

アバンギャルドでエレガントなデザインの大英帝国勲章の称号ファッション界大御所「vivienne-westwood」。
ヴィヴィアン辛口発言を連発。米大統領夫人のファッションを「彼女の着ている服はひどいもの。それについては話したくありません。彼女はとてもルックスがいい女性なのに、似合う服が分かっていません」と。
英国のキャサリン妃も「特にアドバイスはないが、もしキャサリン妃が同じドレスやスーツを何度も繰り返し着てくれたなら素晴らしいと思う。とても環境に良いことだし、すてきなメッセージを発信することにもなるから」と洋服を着替え過ぎだ「デザインがほとんど変わらない、赤いドレスと青いドレスをとっかえひっかえする必要はないでしょう」ということ。環境活動家ヴィヴィアンは「もっと購入量を減らして、よく選んで、長く使って」と「Climate Revolution Charter(気候革命憲章)」を配布していた。

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昨年3月には神戸居留地に関西初の路面店「vivienne-westwood レッドレーベル」がオープンしてファンを喜ばせた。
ロンドンで今年1月、写真家のユルゲン・テラーが撮影したヴィヴィアンのフルヌード写真が個展で披露「Mail Online」。彼女が68歳の時に撮影された写真が2点展示されていた。

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2013年3月21日 (木)

22-20s(トゥエンティトゥ・トゥエンティズ)

英国リンカンシャー出身ブルースロックバンド。
2002年結成。EMI傘下ヘヴンリーレコードと契約。2006年解散、2008年に再結成。
2010年、2ndアルバム「Shake/Shiver/Moan」を、日本よしもとアール・アンド・シーから、アメリカではATOレコードのサブレーベルTBDレコードから発表。

2004年 22-20s
2010年 Shake/Shiver/Moan
2012年 Got It If You Want It

2005年 'Live in Japan
(2004年11月に渋谷CLUB QUATTROにて行われたライブの音源を収録。)
05/03 (2003年9月30日) 6曲入りのライヴEP。

22-20s - shake/shiver/moan - 公式ウェブサイト
http://www.22-20s.com/site/
22-20s - MySpace
http://www.myspace.com/2220s

2013年3月20日 (水)

ザ・ブラック・キーズ (The Black Keys)

アメリカ・オハイオ州アクロン出身の2人組ロックバンド。ガレージテイストのLo-Fiなサウンドを特徴とする。2013年現在までに、グラミー賞7回受賞している。

The Black Keys - I'll Be Your Man
https://www.youtube.com/watch?v=yZJLi0f0ZIA

[来歴]

2001年、オハイオ州アクロンで近所に住む幼馴染だったというダン・オーバック(Dan Auerbach)とパトリック・カーニー(Patrick Carney)の2人によって結成される。

2002年5月20日、デビューアルバム『The Big Come Up』をAlive Recordsからリリース。

2003年4月8日、2ndアルバム『Thickfreakness』をファット・ポッサム・レコーズからリリース。日本では『稲妻ロッキン・ブルーズ』という邦題で発売され、日本デビューとなった。

2004年9月7日、3rdアルバム『ラバー・ファクトリー』をリリース。

2006年9月12日、4thアルバム『マジック・ポーション』をノンサッチ・レコードからリリース。

2008年4月1日、5thアルバム『アタック&リリース』をリリース。

2010年5月18日、6thアルバム『ブラザーズ』をリリース。デンジャー・マウスがプロデューサーを務めたリードシングル「Tighten Up」がヒットし、アルバムはビルボードアルバムチャート3位を獲得した。音楽メディアなどからも高い評価を受け、年間ベストアルバムのリストでローリング・ストーンで2位、MOJOで5位、タイム誌で7位、Q誌で11位、SPIN誌で30位に選ばれた[2]。翌年のグラミー賞では5部門にノミネートされ、最優秀ロック・パフォーマンス賞など3部門を受賞した[3]。 収録曲「Next Girl」はゲームSaints Row: The Thirdに使用されている。

2011年12月6日、7thアルバム『エル・カミーノ』をリリース。アメリカのビルボードアルバムチャートでは自身最高の2位を獲得した。

2013年、第55回グラミー賞にて6部門ノミネートされ、「ロンリーボーイ」が『最優秀ロックパフォーマンス』、『最優秀ロックソング』受賞。「エル・カミーノ」が『最優秀ロックアルバム』受賞。メンバーのダン・オーバックが『最優秀プロデューサー』を受賞し、最多4部門受賞した。
Wikipediaより

The Black Keys - Lonely Boy - Lowlands 2012
https://www.youtube.com/watch?v=No1_jBC4jHE
El Camino - The Black Keys
https://www.youtube.com/watch?v=Ydg4kt1lt2o

2013年3月19日 (火)

ジョン・リー・フッカー (John Lee Hooker, 1917年8月22日 - 2001年6月21日)

米国のブルース・シンガー、ギタリスト。50年以上に渡るキャリアの中で、独特のリズム感覚を持ったブギ・スタイルを確立し、「キング・オブ・ブギ」の名でも親しまれた。1984年には来日公演も行っている。代表曲は"Boom Boom"、"Boogie Chillen"など。
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[来歴]
ミシシッピ州クラークスデイル生まれ。生まれた年については、1915年、1920年など諸説あるものの、1917年説が最も一般的である。1943年、デトロイトに移住。1948年にレコード・ディーラのバーニー・ベスマンの誘いを受け、初レコーディングを経験する。翌年1月、モダンより発表となった"Boogie Chillen"がR&Bチャートを昇りつめる大ヒットとなった。このヒットにより、他のレーベルからも誘いを受けるものの、モダンとの契約で縛られていたジョン・リーは、様々な変名を使い、複数のレーベルに作品をレコーディングしていった。

1955年、モダンとの契約が終了しヴィージェイ・レーベルと契約する。同レーベルには1965年まで在籍し、計8枚のアルバムを発表した。それまでの弾き語りスタイルから、R&B色の濃いバンドスタイルへと発展し、"Dimples"や"Boom Boom"といった代表曲を生み出す。1962年には、初のヨーロッパ・ツアーを行う。現地ではブルース・ブームが起こっていた頃で、彼は熱烈な歓迎を受けたという。

1965年、ABCレコードへ移籍する。同レーベル並びに傘下のブルースウェイ、インパルス!レコードなどからも作品をリリースしていった。

1970年代に入ると、デトロイトを離れ、カリフォルニア州に移住する。この頃から、ロック・ミュージシャンとの共演を活発化させている。キャンド・ヒートと共演した『Hooker 'N Heat』 (1970年) を始め、『Endless Boogie』 (1971年) では スティーヴ・ミラー、ジェシー・エド・デイヴィスらと共演、翌1972年にはヴァン・モリソンとの共演盤『Never Get Out Of These Blues Alive』を発表している。

1970年代半ば頃までABCに在籍するが、その後は暫く新作からは遠ざかっている。1980年の映画『ブルース・ブラザーズ』に出演し、シカゴのマックスウェル・ストリートのストリート・ミュージシャンを演じた。1984年7月には、ブラック・ミュージック・リヴュー招聘で、ロバート・クレイとともに来日を果たし、全国6都市で公演を行う。晩年ツアーを嫌ったジョン・リーにとって、結局これが唯一の来日公演となった。

新作から遠ざかっていたジョン・リーだったが、1989年、カルロス・サンタナ、ボニー・レイット、ロス・ロボスら豪華ゲストを迎えたアルバム『Healer』で華々しくカムバックを果たす。このアルバムは、グラミー賞を獲得し、再び存在感をみせつけることになった。翌1990年にはロックの殿堂入りも果たしている。

続く『Mr. Lucky』 (1991年) にもライ・クーダー、ジョニー・ウィンター、キース・リチャーズらが参加。旧知のヴァン・モリソンとの共演も実現している。モリソンは『Chill Out』 (1995年)、『Don't Look Back』 (1997年) にも参加している他、モリソンのアルバム『Too Long In Exile』(1993年) へのジョン・リーのゲスト参加もあった。

2001年6月21日、ジョン・リーはカリフォルニア州サンフランシスコ近郊ロス・アルトスの自宅で、就寝中に老衰のため死去した。

カムバック後は、幅広いアーティスト達との共演を重ねた。デニス・ホッパー監督の映画『ホット・スポット』のサウンドトラックでのマイルス・デイヴィスとの共演、ピート・タウンゼントの『Iron Man』 (1989年)、ビッグ・ヘッド・トッド& ザ・モンスターズの『Beautiful World』 (1997年)などへの参加がある。トミー・カストロの2001年のアルバム『Guilty Of Love』への参加は、ジョン・リーの最も晩年のゲスト参加のひとつである。

自己名義の作品としては、前述の『Don't Look Back』がラストとなったが、その翌年1998年リリースのベスト盤『The Best Of Friends』にも新録が3曲収録されている。また、没後の2003年発表の『Face To Face』は、未発表音源にゲスト・ミュージシャンのオーバーダブを施した作品であり、事実上のラスト・アルバムとも言える内容である。

wikipediaより

2013年3月18日 (月)

キプロス預金封鎖 ATMに行列

 欧州連合(EU)ユーロ圏財務相会合がキプロスへの財政支援と引き換えに全ての銀行預金への課税を決めたことを受け、キプロス政府は16日、全銀行口座からの引き出しを制限する預金封鎖を開始した。ロイター通信などが報じた。

突然の「預金に課徴金」、ATMに行列も キプロス
課徴金に対して怒りの声が上がっている。他の債務危機国でも同様の措置を警戒し、預金流出が進む可能性がある。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM16069_W3A310C1FF8000/

キプロスが支援合意の修正急ぐ、議会採決延期・預金者に動揺広がる
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE92G01420130317

キプロス預金封鎖 ロシア人預金者の損失は約15億ユーロ
土日には預金者が、お金を十分引き出す事ができない。
http://japanese.ruvr.ru/2013_03_17/108161906/

2013年3月17日 (日)

『日本SFベスト集成』筒井康隆編/徳間文庫


  '71年日本SFベスト集成

 

   半村良『農閑期大作戦』
   眉村卓『真昼の断層』
   星新一『使者』
   小松左京『保護鳥』
   光瀬龍『多聞寺討伐』
   藤子不二雄『ヒョンヒョロ』
   広瀬正『二重人格』
   河野典生『パストラル』
   梶尾真治『美亜へ贈る真珠』
   永井豪『ススムちゃん大ショック』
   高斎正『ニュルブルリンクに陽は落ちて』
   荒巻義雄『ある晴れた日のウィーンは森の中にたたずむ』

 

 
'72年日本SFベスト集成

   星新一『門のある家』
   筒井康隆『おれに関する噂』
   山野浩一『メシメリ街道』
   松本零士『セクサロイド』
   豊田有恒『両面宿儺』
   河野典生『彼らの幻の街』
   荒巻義雄『柔らかい時計』
   藤本泉『ひきさかれた街』
   小松左京『結晶星団』

 

 
'73年日本SFベスト集成

   北杜夫『キングコング』
   星新一『交代制』
   河野典生『ニッポンカサドリ』
   眉村卓『通りすぎた奴』
   増村博『霧にむせぶ夜』
   半村良『村人』
   大伴昌司『立体映画』
   野田昌宏『コレクター無惨!』
   筒井康隆『熊の木本線』
   矢野徹『さまよえる騎士団の伝説』
   諸星大二郎『不安の立像』
   小松左京『タイム・ジャック』
   田中光二『最後の狩猟』
   荒巻義雄『時の葦舟』

 

 

 
'74年日本SFベスト集成

   眉村卓『屋上』
   小松左京『夜が明けたら』
   筒井康隆『佇むひと』
   豊田有恒『渋滞』
   諸星大二郎『生物都市』
   真城昭『砂漠の幽霊船』
   星新一『有名』
   かんべむさし『決戦・日本シリーズ』
   田中光二『スフィンクスを殺せ』
   石川喬司『夜のバス』
   亜羅叉の沙『ミユキちゃん』
   河野典生『トリケラトプス』
   永井豪『真夜中の戦士』
   半村良『フィックス』

 

 
'75年日本SFベスト集成

   秋野鈴虫『テレビジョン』
   半村良『ボール箱』
   秋竜山『宗教違反を平気な天国』
   星新一『重要な部分』
   安部公房『藤野君のこと』
   手塚治虫『ブラック・ジャック』
   かんべむさし『サイコロ特攻隊』
   矢野徹『折紙宇宙船の伝説』
   筒井康隆『メタモルフォセス群島』
   山田正紀『襲撃のメロディ』
   石川喬司『小説でてくたあ』
   堀晃『暗黒星団』
   コマツ左京『ヴォミーサ』

2013年3月16日 (土)

筒井康隆・編『60年代日本SFベスト集成』ちくま文庫から復刊

「日本SF初期傑作集」とでも副題をつけるべき作品集である。(筒井康隆)――優れた書き手たちがその個性を存分に発揮しつつ、SFと小説の可能性を探り続けていた1960年代の代表的傑作を集める。斬新なアイディア、強烈なイメージ、ナンセンスの味わいなどがたっぷり。「SF」の枠組みを超えて、二十世紀日本文学における一つの達成を示すアンソロジー。
•解放の時代/星新一
•もの/広瀬正
•H氏のSF/半村良
•我がパキーネ/眉村卓
•金魚/手塚治虫
•色眼鏡の狂詩曲/筒井康隆
•渡り廊下/豊田有恒
•ハイウェイ惑星/石原藤夫
•X電車で行こう/山野浩一
•そこに指が/手塚治虫
•終わりなき負債/小松左京
•レオノーラ/平井和正
•機関車、草原に/河野典生
•幹線水路二〇六一年/光瀬龍
•大いなる正午/荒巻義雄
•発売日:2013年3月6日:文庫版/464ページ•価格:998円(税込)

2013年3月15日 (金)

[クラウド・アトラス] デイヴィッド・ミッチェル (著) 中川 千帆 (翻訳)

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★クローン、音楽、原発、映画、伝染病……6つの物語が響きあう驚異のSF超大作。★
19世紀の南太平洋を船で旅するサンフランシスコ出身の公証人。
第二次大戦前のベルギーで天才作曲家に師事する若き音楽家。
1970年代のアメリカ西海岸で原発の不正を追及する女性ジャーナリスト。
現代ロンドンでインチキ出版社を営む老編集者。
近未来の韓国でウエイトレスとして生きるレプリカント。
遠い未来のハワイで人類絶滅の危機を迎える文明の守り手。
身体のどこかに不思議な彗星のあざを持つ主人公たちが、支配と暴力と抑圧に抗して叫びをあげる。
河出書房新社 (2013/1/22)

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映画も素晴らしいが、原作はさらにその上を行く。近未来SFパートだけでも年間ベスト級。世界文学の旗手が現代SFに叩きつける、本気の挑戦状。----大森望(SF評論家)

2013年3月14日 (木)

自然が変化する中で柔軟に

【精気を体一杯にして柔を極め、無心な仔犬のさまになりなさい。

雑念を払い、深く考えて過ちなしに済ませる。自然が変化する中で柔軟さを保ち。四方のすべてを知りながら、何もせずに自然任せにする。

万物を生み繁殖させ成長しても、それを自分のものとせず、万物を動かしながら頼りにせず、万物を支配する事もしない。これがもっとも深遠な「徳」なのである】

老子

2013年3月13日 (水)

自身の存在も自然現象とみなす

「人間の五体を与えられ、生を負うて苦しみ、老いを迎えて安らぎ死を得て憩いにつく。これが人間の一生であるからには、生を肯定するのと同様に、死もまたよしとして肯定できるはずではなかろうか。にもかかわらずわれわれは、やはり生への執着を断ち切れず、汲々として生を守ろうと努める。」

「われわれは、ただ人間の形を与えられたというだけで、それを喜び大切にする。、だが人間としての形はまた事物の窮まりのない変化の中の一様相にすぎぬと知り、変化に身を委ねてしまえば、その喜びは果てることがなかろう」。

「真人(しんじん)は、生に執着せず、死をも忌避しない。この世に生を受けたからといって喜ぶこともなく、この世を去るからといって悲しむでもない。ただ無心に来たり、無心に去り行くのみである。自身の存在をも一個の自然現象とみなし、死についてあれこれと心を煩わさない。与えられたいっさいを素直に享受し、しかもいっさいに執着を抱かずこれを自然に返す」。

(「荘子」岸陽子訳)

2013年3月12日 (火)

かお文字シール

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2013年3月11日 (月)

顔文字シール つづき

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2013年3月10日 (日)

小冊子『熱風』3月号特集「尊厳の芸術展」

特集 尊厳の芸術展-The Art of Gaman-

自分を犠牲にしてくれた日系一世たちへの大きな感謝 (デルフィン・ヒラスナ)
人間の持つ根源的な力 (国谷裕子)
ジミー・ミリキタニの絵 (マサ)
物たちに塗り込められた記憶 (石内都)
「尊厳の芸術展 The Art of Gaman」、日本での巡回展 (薩摩雅登)

対談 松任谷由美×鈴木敏夫 日本の恋と、ユーミンと、ジブリと。

連載
最終回 戦士の休息 オールタイム・ベスト10 (落合博満) 第14回 二階の住人とその時代 転形期のサブカルチャー私史 (大塚英志) 第13回 続・上を向いて歩こう ~蘇生と復活の軌跡~ --病床にある中村八大のために吹き込まれた「SUKIYAKI」 (佐藤 剛) 第16回 忘れられた物語 講談速記本の発見 --豪傑は船に乗って(山下泰平) 第9回 建築の素 樹皮、その二(藤森照信) 第7回 新・仮説・エンターテイメント進化論 恋愛映画論 (吉川圭三) 第5回 鈴木さんにも分かるネットの未来 --ネット世論とはなにか(下) (川上量生)
http://www.ghibli.jp/shuppan/np/

2013年3月 9日 (土)

赤い蝋燭と人魚  小川未明



 人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。
 北方の海の色は、青うございました。ある時、岩の上に、女の人魚があがって、あたりの景色を眺めながら休んでいました。
 雲間から洩もれた月の光がさびしく、波の上を照していました。どちらを見ても限りない、物凄い波がうねうねと動いているのであります。
 なんという淋しい景色だろうと人魚は思いました。自分達は、人間とあまり姿は変っていない。魚や、また底深い海の中に棲んでいる気の荒い、いろいろな獣物等けものなどとくらべたら、どれ程人間の方に心も姿も似ているか知れない。それだのに、自分達は、やはり魚や、獣物等といっしょに、冷たい、暗い、気の滅入めいりそうな海の中に暮らさなければならないというのはどうしたことだろうと思いました。
 長い年月の間、話をする相手もなく、いつも明るい海の面を憧がれて暮らして来たことを思いますと、人魚はたまらなかったのであります。そして、月の明るく照す晩に、海の面に浮んで岩の上に休んでいろいろな空想に耽ふけるのが常でありました。
「人間の住んでいる町は、美しいということだ。人間は、魚よりもまた獣物けだものよりも人情があってやさしいと聞いている。私達は、魚や獣物の中に住んでいるが、もっと人間の方に近いのだから、人間の中に入って暮されないことはないだろう」と、人魚は考えたのであります。
 その人魚は女でありました。そして妊娠みもちでありました。私達は、もう長い間、この淋しい、話をするものもない、北の青い海の中で暮らして来たのだから、もはや、明るい、賑にぎやかな国は望まないけれど、これから産れる子供に、こんな悲しい、頼りない思いをせめてもさせたくないものだ。
 子供から別れて、独りさびしく海の中に暮らすということは、この上もない悲しいことだけれど、子供が何処どこにいても、仕合せに暮らしてくれたなら、私の喜びは、それにましたことはない。
 人間は、この世界の中うちで一番やさしいものだと聞いている。そして可哀そうな者や頼りない者は決していじめたり、苦しめたりすることはないと聞いている。一旦いったん手附けたなら、決して、それを捨てないとも聞いている。幸い、私達は、みんなよく顔が人間に似ているばかりでなく、胴から上は全部人間そのままなのであるから――魚や獣物の世界でさえ、暮らされるところを見れば――その世界で暮らされないことはない。一度、人間が手に取り上げて育ててくれたら、決して無慈悲に捨てることもあるまいと思われる。
 人魚は、そう思ったのでありました。
 せめて、自分の子供だけは、賑やかな、明るい、美しい町で育てて大きくしたいという情から、女の人魚は、子供を陸おかの上に産み落そうとしたのであります。そうすれば、自分は、もう二たび我子の顔を見ることは出来ないが、子供は人間の仲間入りをして、幸福に生活をするであろうと思ったからであります。
 遥か、彼方かなたには、海岸の小高い山にある神社の燈火ともしびがちらちらと波間に見えていました。ある夜、女の人魚は、子供を産み落すために冷たい暗い波の間を泳いで、陸の方に向って近づいて来ました。



 海岸に小さな町がありました。町にはいろいろな店がありましたが、お宮のある山の下に小さな蝋燭ろうそくを商っている店がありました。
 その家には年よりの夫婦が住んでいました。お爺さんが蝋燭を造って、お婆さんが店で売っていたのであります。この町の人や、また附近の漁師がお宮へお詣まいりをする時に、この店に立寄って蝋燭を買って山へ上りました。
 山の上には、松の木が生えていました。その中にお宮がありました。海の方から吹いて来る風が、松の梢に当って、昼も夜もごうごうと鳴っています。そして、毎晩のように、そのお宮にあがった蝋燭の火影がちらちらと揺ゆらめいていますのが、遠い海の上から望まれたのであります。
 ある夜のことでありました。お婆さんはお爺さんに向って、
「私達がこうして、暮らしているのもみんな神様のお蔭かげだ。このお山にお宮がなかったら、蝋燭が売れない。私共は有ありがたいと思わなければなりません。そう思ったついでに、お山へ上ってお詣りをして来ます」と、言いました。
「ほんとうに、お前の言うとおりだ。私も毎日、神様を有がたいと心でお礼を申さない日はないが、つい用事にかまけて、たびたびお山へお詣りに行きもしない。いいところへ気が付きなされた。私の分もよくお礼を申して来ておくれ」と、お爺さんは答えました。
 お婆さんは、とぼとぼと家を出かけました。月のいい晩で、昼間のように外は明るかったのであります。お宮へおまいりをして、お婆さんは山を降りて来ますと、石段の下に赤ん坊が泣いていました。
「可哀そうに捨児すてごだが、誰がこんな処に捨てたのだろう。それにしても不思議なことは、おまいりの帰りに私の眼に止とまるというのは何かの縁だろう。このままに見捨みすてて行っては神様の罰が当る。きっと神様が私達夫婦に子供のないのを知って、お授けになったのだから帰ってお爺さんと相談をして育てましょう」と、お婆さんは、心の中うちで言って、赤ん坊を取り上げると、
「おお可哀そうに、可哀そうに」と、言って、家うちへ抱いて帰りました。
 お爺さんは、お婆さんの帰るのを待っていますと、お婆さんが赤ん坊を抱いて帰って来ました。そして一部始終をお婆さんはお爺さんに話はなしますと、
「それは、まさしく神様のお授け子だから、大事にして育てなければ罰が当る」と、お爺さんも申しました。
 二人は、その赤ん坊を育てることにしました。その子は女の児であったのであります。そして胴から下の方は、人間の姿でなく、魚の形をしていましたので、お爺さんも、お婆さんも、話に聞いている人魚にちがいないと思いました。
「これは、人間の子じゃあないが……」と、お爺さんは、赤ん坊を見て頭を傾けました。
「私もそう思います。しかし人間の子でなくても、なんというやさしい、可愛らしい顔の女の子でありましょう」と、お婆さんは言いました。
「いいとも何なんでも構わない、神様のお授けなさった子供だから大事にして育てよう。きっと大きくなったら、怜悧りこうないい子になるにちがいない」と、お爺さんも申しました。
 その日から、二人は、その女の子を大事に育てました。子供は、大きくなるにつれて黒眼勝くろめがちな美しい、頭髪かみのけの色のツヤツヤとした、おとなしい怜悧な子となりました。



 娘は、大きくなりましたけれど、姿が変っているので恥かしがって顔を出しませんでした。けれど一目その娘を見た人は、みんなびっくりするような美しい器量でありましたから、中にはどうかしてその娘を見ようと思って、蝋燭を買いに来た者もありました。
 お爺さんや、お婆さんは、
「うちの娘は、内気で恥かしがりやだから、人様の前には出ないのです」と、言っていました。
 奥の間でお爺さんは、せっせと蝋燭を造っていました。娘は、自分の思い付きで、きっと絵を描かいたら、みんなが喜んで蝋燭を買うだろうと思いましたから、そのことをお爺さんに話ますと、そんならお前の好きな絵をためしに書いて見るがいいと答えました。
 娘は、赤い絵具で、白い蝋燭に、魚や、貝や、また海草うみくさのようなものを産れつき誰にも習ったのでないが上手に描きました。お爺さんは、それを見るとびっくりいたしました。誰でも、その絵を見ると、蝋燭がほしくなるように、その絵には、不思議な力と美しさとが籠こもっていたのであります。
「うまい筈だ、人間ではない人魚が描いたのだもの」と、お爺さんは感嘆して、お婆さんと話合いました。
「絵を描いた蝋燭をおくれ」と、言って、朝から、晩まで子供や、大人がこの店頭みせさきへ買いに来ました。果して、絵を描いた蝋燭は、みんなに受けたのであります。
 するとここに不思議な話がありました。この絵を描いた蝋燭を山の上のお宮にあげてその燃えさしを身に付けて、海に出ると、どんな大暴風雨おおあらしの日でも決して船が顛覆てんぷくしたり溺おぼれて死ぬような災難がないということが、いつからともなくみんなの口々に噂となって上りました。
「海の神様を祭ったお宮様だもの、綺麗な蝋燭をあげれば、神様もお喜びなさるのにきまっている」と、その町の人々は言いました。
 蝋燭屋では、絵を描いた蝋燭が売れるのでお爺さんは、一生懸命に朝から晩まで蝋燭を造りますと、傍かたわらで娘は、手の痛くなるのも我慢して赤い絵具で絵を描いたのであります。
「こんな人間並でない自分をも、よく育て可愛がって下すったご恩を忘れてはならない」と、娘はやさしい心に感じて、大きな黒い瞳をうるませたこともあります。
 この話は遠くの村まで響きました。遠方の船乗りやまた、漁師は、神様にあがった絵を描いた蝋燭の燃えさしを手に入れたいものだというので、わざわざ遠い処をやって来ました。そして、蝋燭を買って、山に登り、お宮に参詣して、蝋燭に火をつけて捧げ、その燃えて短くなるのを待って、またそれを戴いただいて帰りました。だから、夜となく、昼となく、山の上のお宮には、蝋燭の火の絶えたことはありません。殊に、夜は美しく燈火の光が海の上からも望まれたのであります。
「ほんとうに有りがたい神様だ」と、いう評判は世間に立ちました。それで、急にこの山が名高くなりました。
 神様の評判はこのように高くなりましたけれど、誰も、蝋燭に一心を籠めて絵を描いている娘のことを思う者はなかったのです。従ってその娘を可哀そうに思った人はなかったのであります。
 娘は、疲れて、折々は月のいい夜に、窓から頭を出して、遠い、北の青い青い海を恋しがって涙ぐんで眺めていることもありました。



 ある時、南の方の国から、香具師やしが入って来ました。何か北の国へ行って、珍らしいものを探して、それをば南の方の国へ持って行って金を儲けようというのであります。
 香具師は、何処から聞き込んで来ましたか、または、いつ娘の姿を見て、ほんとうの人間ではない、実に世にも珍らしい人魚であることを見抜きましたか、ある日のことこっそりと年より夫婦の処へやって来て、娘には分らないように、大金を出すから、その人魚を売ってはくれないかと申したのであります。
 年より夫婦は、最初のうちは、この娘は、神様のお授けだから、どうして売ることが出来よう。そんなことをしたら罰が当ると言って承知をしませんでした。香具師は一度、二度断られてもこりずに、またやって来ました。そして年より夫婦に向って、
「昔から人魚は、不吉なものとしてある。今のうちに手許てもとから離さないと、きっと悪いことがある」と、誠しやかに申したのであります。
 年より夫婦は、ついに香具師の言うことを信じてしまいました。それに大金になりますので、つい金に心を奪われて、娘を香具師に売ることに約束をきめてしまったのであります。
 香具師は、大そう喜んで帰りました。いずれそのうちに、娘を受取りに来ると言いました。
 この話を娘が知った時どんなに驚いたでありましょう。内気な、やさしい娘は、この家を離れて幾百里も遠い知らない熱い南の国に行くことを怖れました。そして、泣いて、年より夫婦に願ったのであります。
「妾わたしは、どんなにも働きますから、どうぞ知らない南の国へ売られて行くことを許して下さいまし」と、言いました。
 しかし、もはや、鬼のような心持こころもちになってしまった年より夫婦は何といっても娘の言うことを聞き入れませんでした。
 娘は、室へやの裡うちに閉じこもって、一心に蝋燭の絵を描かいていました。しかし年より夫婦はそれを見ても、いじらしいとも哀れとも思わなかったのであります。
 月の明るい晩のことであります。娘は、独り波の音を聞きながら、身の行末ゆくすえを思うて悲しんでいました。波の音を聞いていると、何となく遠くの方で、自分を呼んでいるものがあるような気がしましたので、窓から、外を覗いて見ました。けれど、ただ青い青い海の上に月の光りが、はてしなく照らしているばかりでありました。
 娘は、また、坐って、蝋燭に絵を描いていました。するとこの時、表の方が騒がしかったのです。いつかの香具師が、いよいよその夜娘を連れに来たのです。大きな鉄格子のはまった四角な箱を車に乗せて来ました。その箱の中には、曾かつて虎や、獅子や、豹などを入れたことがあるのです。
 このやさしい人魚も、やはり海の中の獣物だというので、虎や、獅子と同じように取扱おうとするのであります。もし、この箱を娘が見たら、どんなに魂消たまげたでありましょう。
 娘は、それとも知らずに、下を向いて絵を描いていました。其処そこへ、お爺さんとお婆さんとが入って来て、
「さあ、お前は行くのだ」と、言って連れ出そうとしました。
 娘は、手に持っている蝋燭に、せき立てられるので絵を描くことが出来ずに、それをみんな赤く塗ってしまいました。
 娘は、赤い蝋燭を自分の悲しい思い出の記念かたみに、二三本残して行ってしまったのです。



 ほんとうに穏かな晩でありました。お爺さんとお婆さんは、戸を閉めて寝てしまいました。
 真夜中頃であります。とん、とん、と誰か戸を叩く者がありました。年よりのものですから耳敏さとく、その音を聞きつけて、誰だろうと思いました。
「どなた?」と、お婆さんは言いました。
 けれどもそれには答えがなく、つづけて、とん、とん、と戸を叩きました。
 お婆さんは起きて来て、戸を細目にあけて外を覗きました。すると、一人の色の白い女が戸口に立っていました。
 女は蝋燭を買いに来たのです。お婆さんは、少しでもお金が儲かるなら、決していやな顔付かおつきをしませんでした。
 お婆さんは、蝋燭の箱を出して女に見せました。その時、お婆さんはびっくりしました。女の長い黒い頭髪かみがびっしょりと水に濡れて月の光に輝いていたからであります。女は箱の中から、真赤な蝋燭を取り上げました。そして、じっとそれに見入っていましたが、やがて銭を払ってその赤い蝋燭を持って帰って行きました。
 お婆さんは、燈火あかりのところで、よくその銭をしらべて見ますと、それはお金ではなくて、貝殻かいがらでありました。お婆さんは、騙されたと思うと怒って、家うちから飛び出して見ましたが、もはや、その女の影は、どちらにも見えなかったのであります。
 その夜のことであります。急に空の模様が変って、近頃にない大暴風雨となりました。ちょうど香具師が、娘を檻の中に入れて、船に乗せて南の方の国へ行く途中で沖合にあった頃であります。
「この大暴風雨では、とてもあの船は助かるまい」と、お爺さんと、お婆さんは、ふるふると震えながら話をしていました。
 夜が明けると沖は真暗で物凄い景色でありました。その夜、難船をした船は、数えきれない程でありました。
 不思議なことに、赤い蝋燭が、山のお宮に点ともった晩は、どんなに天気がよくても忽たちまち大あらしになりました。それから、赤い蝋燭は、不吉ということになりました。蝋燭屋の年より夫婦は、神様の罰が当ったのだといって、それぎり蝋燭屋をやめてしまいました。
 しかし、何処からともなく、誰が、お宮に上げるものか、毎晩、赤い蝋燭が点りました。昔は、このお宮にあがった絵の描いた蝋燭の燃えさしを持ってさえいれば、決して海の上では災難に罹かからなかったものが、今度は、赤い蝋燭を見ただけでも、その者はきっと災難に罹って、海に溺おぼれて死んだのであります。
 忽ち、この噂が世間に伝わると、もはや誰も、山の上のお宮に参詣する者がなくなりました。こうして、昔、あらたかであった神様は、今は、町の鬼門となってしまいました。そして、こんなお宮が、この町になければいいのにと怨うらまぬものはなかったのであります。
 船乗りは、沖から、お宮のある山を眺めて怖れました。夜になると、北の海の上は永とこしえに物凄うございました。はてしもなく、何方どっちを見まわしても高い波がうねうねとうねっています。そして、岩に砕けては、白い泡が立ち上っています。月が雲間から洩れて波の面を照らした時は、まことに気味悪うございました。
 真暗な、星も見えない、雨の降る晩に、波の上から、蝋燭の光りが、漂って、だんだん高く登って、山の上のお宮をさして、ちらちらと動いて行くのを見た者があります。
 幾年も経たずして、その下の町は亡ほろびて、失なくなってしまいました。

小川未明「東京朝日新聞」1921(大正10)年2月16日~20日

2013年3月 8日 (金)

ネズミとりの猫の妙術

家屋に一匹の大鼠が住みついた。家は猫を飼っていたが、大鼠にやられてしまった。怒って自分で捕えようとするが、すばしっこいのでとても捕えられない。相手が鼠ではやはり猫でなければだめかと近所の飼い猫を次々と借りてきて鼠と対決させた。どの猫も捕えることが出来ない。技が優れた猫も、気合いが充実した猫も、間合い取りが優れた猫も、全く手に負えない。
5、6町先に、鼠とりの名猫がいることを知らせてくれた者が、その猫を借りて来た。
見た目には格好がよいわけでもなく利口でもなさそうで、技を秘めているとも思われない古猫だった。ところが、その猫が部屋の中にノソノソと入った途端、それまで我が物顔に振る舞っていた大鼠が隅の壁の前にたたずんで動かなくなった。
古猫は声も出さず、近寄ると無造作に捕えてしまった。
驚いたのは一部始終を見ていた3匹の猫達。

「自分は、いままでに鼠どころか、イタチでもカワウソでも簡単に捕えたのに、きようの大鼠にはかなわなかった。どんな妙術でもって捕えたのか教えていただきたい」
「私の妙術より先にあなた達の妙術を聞かせて下さい。」と返された。
「私は技については極地を究め、いままでに天井の梁の上だろうが、どこでも捕り損なったことがなかった。しかし、きようのネズミには私のわざが利かなかったのです」
「あなたが修行したのは、技だけだったのです。技には相手の隙を狙うところがある、だから、きようのネズミは捕れなかった。技では、ただ早わざだけを研究して相手を打とう、打とうとしてもだめ、最後には打ちがごまかしてでもかまわないと思うようになる。すると、道から脱線してしまうものです」要は、敵の兆を打つことにある、相手の心の動き、気を打つのだ。これが本当の技。相手の兆を観る目は文法や旋律だけでは見えない。

次に虎毛の猫が進み出た。
「自分は、わざではなく気合を練った、だから気合には自信があった。先ず、打つ前に既に勝ち、然る後に打つようにしてこれまでに負けたことが一度もない、それなのにきようのネズミにはこれが通用しなかった」
「あなたの気合は勢いだったのです。丁度、洪水のときの水の勢いと同じで、ある程度流れ出してしまえば後が続かず止まってしまう、尽きてしまうのです。これを「客気」といいます。
孟子が「洪然の気」と言っておりましたが、この気は、尽きることのない気なのです。気には、勢いだけの「客気」と孟子が言った「正気」がある。きようのネズミのように死を決意している相手には「客気」では通じないものです。若いうちは、「客気」を本物と思いがちですから注意しなければいけません」

3番目の猫が進み出た。
「私は心で間合いで勝負をしてきました。私は相手と争わない、相手が出れば退き、退けば前に出て自分の間合いを維持してきたから、誰にも負けたことがなかった。しかし、きようのネズミにはだめでした。」
「成程、あなたがいう心というのは、相手に和合しようとする一念から出ている、だから、途中でだれてしまうのです。」
3匹の猫は、古猫からそれぞれの妙術を指摘されて納得した様子だった。
「あなたは、どのようにしたのか教えてください」
「それでは話しましょう。自分は、無心にして自然に和しただけ、これが全てです」

人間は、元来持って生まれた自然のこころ、無心にして自然に順応することができる。技をどうしたらよいか?早技を出すとか、隙を狙うとか、こういったことは自分がやっていることですから、これさえ無くしてしまえば、”無心”になれる。ここからは、へぼな詩や歌や絵はうまれない。同人誌やライブハウスでは「剣道の試合」レベルで、昔は「死合」といい文字が異なってた。真剣でやったから負ければ絶命した。「我」といういう小さいものにこだわってはいなかった。つねに死と相対していた。これが技と心を一瞬も 分離させられない身体の理由だ。

「振りかざす太刀の下こそ地獄なり 一歩進め 先は極楽」
上手に飛び跳ねて勝とうとする、技だけでは死に合ったネズミには効かない。一念不生こそ絶対であると古猫は「切り落とし」の精神を体得していた。「無心」という内容はやさしいようだが、死に合う試合をやって平常心を養う。平常心、平常心というけれど、試合前なら誰だって皆平常でいる。それが試合の場に臨み、こちらの生命を断とうとする相手と対決するから、一歩もさがらないというのは容易ではない。という話。

2013年3月 7日 (木)

無理だ

ワニの腕立て伏せ

カメの腹筋
http://www.youtube.com/watch?v=uCyj-kIDM5w

2013年3月 5日 (火)

前進マンガ

400

2013年3月 3日 (日)

雛祭り

明りをつけましょ 雪洞に
お花をあげましょ 桃の花
五人囃子の 笛太鼓
今日は楽しい 雛祭り

御内裏様と 御雛様
二人並んで 澄まし顔
お嫁にいらした 姉さまに
良く似た官女の 白い顔

31

金の屏風に 映る灯を
微かに揺する 春の風
すこし白酒 めされたか
赤いお顔の 右大臣

着物をきかえて 帯しめて
今日は私も 晴姿
春の弥生の この佳き日
何より嬉しい 雛祭り

39

2013年3月 1日 (金)

迷路 迷路 迷路

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

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ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。