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2013年6月 7日 (金)

薔薇十字社とその軌跡

天声出版の雑誌『血と薔薇』の廃刊後、1969年、天声出版出身の内藤三津子が澁澤龍彦、堀内誠一、種村季弘たちの協力のもとに創業。『血と薔薇』で中途半端に終ってしまった企画や連載を引き継ぐ形で書籍として刊行した。島崎博・三島瑤子共編『定本三島由紀夫書誌』(1972年)の校正を担当していたのが、後の芥川賞作家黒田夏子であった。
1972年、都市出版社の矢牧一宏が薔薇十字社に合流。1973年に薔薇十字社が6000万円の負債を抱えて倒産した後、内藤と矢牧は共に出帆社を設立した。
/wiki/薔薇十字社

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内藤/三津子 1937年、中国上海市東洋街生まれ。1960年、青山学院大学文学部英米文学科卒業。玄光社・コマーシャルフォト編集部、中山書店生物学大系編集部を経て、1962年、新書館入社。「フォア・レディース」の担当など編集長として四年間在籍。その後「話の特集」を一年間手伝い、1968年、天声出版にて雑誌『血と薔薇』を企画、その三号までの編集に携わる。1969年、薔薇十字社設立。73年倒産。その後出帆社を経て、1982年~2002年、編集プロダクションNアトリエ主宰(BOOK情報より)

「70年代零細版元の潰れ方の研究あるいは薔薇十字社外伝」(『彷書月刊』2002年3月号)
http://www.art-blue.jp/houshogekkan/2002/200203.html

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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22カードの意味

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    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

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  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。