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2013年7月31日 (水)

「地に潜むもの」第二章 島田清次郎

     第二章

 春はすでに行き過ぎて、梅雨期の曇った空が北国の街に垂れ下がっていた。十五の大河平一郎は伸びゆく樹木のように健やかに成長して行った。母の献身的な愛のうちに、美しくて立派な冬子の愛のうちに成長して来た彼は、さらに愛する和歌子と深井とを獲た程に成長おおきくなったのだった。彼は習字や図画の手先の学科こそ並はずれて下手だったが、他の理論的な、もしくは情意的な学科には大きな能力の芽を現わすことが出来た。奔放な想像は外国地理の時間に、地球全体を自分の意志で調和あらしめ、和歌子が王妃で自分が帝王であったら実にいいと熱した。歴史の時間には時代興亡のあと、勝れた人格の生活のあとを自分の身に比べて、ある戦慄を止めることが出来なかった。あのように常に彼をして味気ない淋しさに堕す「貧乏」「家なし」「親なし」という哀れな境遇が彼には、大自然が自分にある使命を齎もたらしたしるしであるとさえ勇気づけられた。「自分は貧乏だ。しかしそのために自分は、自分本来の精神の伸びゆくさきを曲げるわけは毫もない!」彼は巨大な肉体の所有者でなかったので、無論選手級ではなかったが、野球も柔道も剣道もやった。
 しかし、お光母子には未だ数しれぬ試練が与えられねばならないのであろう。悲しいことには、お光には彼女一人の手で二人の生活費と平一郎の学費とを与えてゆくことが出来なくなって来ていた。亡き夫の唯一の遺品であった家を売った金も、もう残り少なになってしまっていた。どうにかしなくてはならなかった。先の見えすくのに、その不幸の来るのを待っているほど自棄な気持になるにはお光はあまりに平一郎の未来を信じ、祝福し、重大視していた。彼女は冬子に打ち明けた。冬子は春風楼の裁縫師が止めたから来てはどうかと言った。母子二人が食事して、月五円の手当だと言った。お光はどうしようかと長い間考えずにいられなかった。遊廓の近くに移って来たことさえが平一郎のためによいことでないと思えたのに、そうした廓の娼家に住むことが決してよい感化を与えないことは分りきったことのように考えられた。しかし、現在のままで生活することは残り少ない貯金を更に短い間に消費してしまうことでしかなかった。彼女は仕方がないと思った。また彼女の生きて来た生涯の体験に照してみて、たとえ娼家の一隅に生活しようともそれによって平一郎の人格が動揺するようでは頼母たのもしくないとも考えられた。冒険ではあった。しかし彼女はとにかく住みこんでみようと決心した。悪ければ悪いでどうにかしよう、少なくともこのまま滅亡するのを待っているよりはよい、と。そうしてこの生活の闘いと独り子の心配とが彼女の生来の娼婦や淫売に対する本能的な嫌悪と同情とを忘却せしめた。傍見をしているひまのない厳粛な生活だったのだ。相談相手を持たない彼女は平一郎に一応打ち明けた。
「僕はいやだ、僕は行くもんか!」こう平一郎はお光に家をかわることを打ち明けられたとき狂人のようにわめいた。そう彼は咄嗟に考えたのだ。お光もはじめは平一郎の反対の猛烈なのがもっともなのに当惑した。しかしもう事はきまってしまっていた。お光は平一郎に数字で示さないまでもいかに自分達母子の境遇がかわって来ているか、逼迫ひっぱくしているかを静かに語りきかせた。また、そうした娼家に住むといっても女達と一緒にいるわけでなく、また自分さえ勉強に一心であるなら、どこに住むも同じであるとも言ってきかした。平一郎は母の言葉をききながらも、言葉をとおして迫る「貧」の圧迫と痛さに堪えられなかった。しかし、ああ、彼に恵まれている彼自身の力は「娼家の軒」に日を送ろうと悲しくも決心させた。

「冬子さん、何とした縁でしょう。ほんとに何とした不思議な縁でしょう」とお光は平一郎もどうにか承諾していよ/\相談が双方にまとまったとき、彼女の平常に似ず、涙ぐんだ感激で冬子に言った。
「小母さん、わたしこそですわ。もしも小母さんがいらっしゃらなかったら、わたしはどうなっていたでしょう。きっと今よりもずっとずっと悪いわたしになっていたに相違ありませんわ――今のままだってわたし小母さんにしょっちゅうすまない気がしていますのよ」と冬子は言った。
 六月中旬のある日曜日の朝早くから、お光は冬子と雇い男に手伝われながら、荷造りや掃除をどうにかすました。唯一つ残っている黒い漆塗りの箪笥と長持を人夫が車に運ぶのを見ていると何故か涙がにじみ出て来た。苦い流浪の悲苦とでも言おうか。最後の移転車に冬子がつきそっていったあと、道具の取り払われた荒廃した室内を見ることは彼女をしてとうとう泣かしてしまった。言いようのない頼りなさであった。夫の俊太郎の死後、後家としての彼女に深く浸みいる人生の孤独と淋しさとであった。彼女は「ほんとに人生はひとり生まれ、ひとり死ぬものだ」と思うと涙がわいて来た。そうしたところへ薄水色のネルの単衣にたすきがけに手拭を姉さんかぶりにした冬子が、今丁度春風楼の主人が起きているし、店の妓達はまだ眠っていて都合がよいから早く行こうと、急ぐようにはいって来たのが、お光には嬉しかった。二人は淋しいながら新しい昂奮を感じて、十字街を右へ折れて緩い坂を下りた。この市外の廓でも春風楼は第一流の家であった。宏壮の古めかしい家並の中ほどに、杉の森のこんもり茂った八幡宮の境内にとなりあって、三層の古代風の破風造りが聳えていた。その家の紅殻格子の扉の前に立ったときお光はいまさらのように全身がひきしまるのを覚えた。色硝子をはめた中戸の内部には高価な下駄や足駄や雪駄の類が、裏返しになったり、横に転がったり、はねとばされたりしていっぱいに乱れていた。
 主人というのは五十あまりの赤く禿げあがった頭顱とうろに上品な白髪をまばらに生やした、油ぎった顔色の男であった。三尺四方の囲炉裡を控えた横座に坐って、熱く燗した卵酒を呷あおりながら主人は、細かいことはあとで家内が起きたら訊いてくれろ、心安い気で自分の家のようにして、家内の相談相手にもなってやってほしい、一人の息子さんがおありのようだが、土蔵の裏の離室はなれが空いているから、そこを勉強室にした方がよかろう、と言った。思ったよりも苦労人らしい主人の言葉はお光には嬉しかった。隣の社の境内から朝日が静かに射しているのも嬉しいことの一つだった。
「それじゃ小母さん、離室へいきましょう。荷物はもうすっかり片付いていますから」
 広い台所の板敷、中庭の木立を通る長廊下、土蔵の前を折れて横手の薄闇を白壁に沿って薄暗くなる。「小母さん、そこは湯殿よ」紅や紫や橙色の色硝子の横手の細い板敷へ、明るみが微かに射していた。陽光は躑躅つつじや南天の茂みをあしらった庭から射し、庭に面して離室があった。
「ここですのよ、小母さん!」
 お光は青壁の十畳敷に不調和に置かれた火鉢や棚や平一郎の机を見廻しつつ、ある淋しさと不安とありがたさをしみじみ感じずにいられなかった。
「これからは小母さんと始終住まえてわたしうれしい」と冬子は言った。「ほんとにはじめて小母さんを知ったとき、こうして一つ家に住もうと思ったでしょうか」
「ほんとに不思議な縁ですのね」とお光は悠久なある力に触れたような気がしきりにした。そして、永遠であり、不可知であり、一切の悦び、一切の悲しみの泉である生命の未来を仰ぎみるのであった。日はうららかに照って来た。
「わたし眠くなって来ました。小母さん、失礼ですがわたし一眠りして来ましてよ」と冬子は笑いながら去った。まだ春風楼にとっては真夜中であるべき午前八時であった。

 春風楼の茶の間の正面に懸けられてある大時計が、午前十時の音をごおん/\と響かせた。家のいっぱいに混沌とした濁った眠りが暗鬱にとざされている。さっき中途で眼を醒まして卵酒でいっぱい引っかけていた主人も快い朝の酔いをそのまま、昨夜晩くなって眠りほうけている女将の横にしがみついて寝入ってしまった。電燈は消滅して家中が薄暗く、そして静寂だった。灯の下に動いていた夜の華やかさは、何処に見出されようもなかった。表の細かい格子目の硝子越しに真夏近いじり/\と強烈さの増してくる太陽の光が、電燈の消えた店の部屋に射し入り、照らし出していた。女達はその朝の光に浮かぶように眠れる姿をあらわしていた。部屋いっぱいに並んだ八つの寝床、枕元近い板敷に並んだ鏡台、壁際に総桐の四台の箪笥、その上に二間の吊棚があって、使いこなした、くな/\の平常ふだんの帯らしいものが赤い下着と一緒に垂れ下っている。脱ぎすてたままの着物が幾重ねも、赤い裏を裏がえしにし、襟垢や白粉のついた黒い生繻子の襟がべと/\に光ったまま棚に押しこめてある。蔽を被せることを忘れた一台の鏡の面が照り返す白光が、その一枚の上にじっと止まって動かない。静かだった。すう/\と寝息がする。時々ううと唸るものもある。
 この朝のように八つも寝床が敷かれてあることは稀であった。いつの夜も三、四人か四、五人しか自分の寝床で泊るものはなかった。いかなるところで、いかなる人間と、いかなる夜を過すであろうかは分りすぎた事実である。午前十時の時計の音に眼を醒された冬子は、光に照らされた珍しくそろった朋輩の眠れる姿を床の中より見廻さずにいられなかった。
 壁際に水色の軽やかな夏蒲団を正しく身体半身にまとって、左枕に壁の方を向いて平静に眠っているのは冬子より二つ年下のお幸だった。寝化粧をすることを忘れない彼女の艶々した島田髷に日は照り、小刻みな規則正しい息づかいが髪の根を細かに揺がしている。背はやや低く小造りな身体だが、引き緊った円やかな肉付と、白く透きとおった肌理きめの精密な皮膚とをお幸はもっていた。お幸は東京の生まれであった。彼女の母は東京柳橋でも名妓といわれた女だったが三十を越してから運が悪くなった。唯一の後援者であった政治家が死んだとき、そのまま芸者稼業をしているにはあまりに全盛期の我儘が敵をつくりすぎていた。お幸の母は廃れてゆく容色や、肉身の若さを感じはじめると、名人に今一歩だといわれた自分の芸道で生活しようと金沢の街へ来たのだった。その時お幸は十五の娘だったが、母ゆずりの才気と幼時から仕込まれた踊りと、小造りながらぴち/\した肉体の艶やかさは、彼女をお師匠さんの娘として成長させなかった。お幸の母は廓近くに住むうちに自然、春風楼の主人と知り合いになった。男子に対する眼の肥えているお幸の母には彼のみが多少人間らしい苦労人に見えたのだ。廓の取締である春風楼の主人の後援で、お幸の母は藤間流の踊りの師匠としてこの街でいい地位を固めることが出来たが、そうした因縁からお幸も十七の頃から春風楼の一人として座敷に出るようになったのである。小柄な彼女は盛装して群の中に静かに坐っていても少しも目立たなかったが、一人一人の対坐になる時は、きび/\した溌剌たる挙措ものごしの底に、蕩とろかすような強い力を燦きらめかして男の魂をとらえるらしかった。「わたしは、はじめにお客の心持と様子と金使いとを見きわめるの。学生や番頭に心をゆるすこっちゃない。立派な三、四十の金のある人に眼をつけることが一等ですわ」といつか冬子に言ったことがある。お幸は男を深く迷わし自分の方へ引きずりこむことに悪魔的な悦びを感じているらしかった。たとえ自分もずる/\引きずられてゆく場合にでも、あるレベルまでゆけば、すばしこい仔猫のように身を翻して残された男を冷やかに見送る妖婦的な残忍な快味をさえ知っていた。しかし彼女にも、たとえそれは極めてエロチックであるにせよ、熱烈な恋愛はなかったわけでもない。彼女がまだ十八の正月、三郎さんというこの街一の呉服屋の息子で、高等学校の学生が彼女にしきりに打込んで来た。若々しい力に充ちた三郎さんの坊っちゃんじみたところが、無性に彼女には恋しくなった。彼女は三郎さんに会うときだけは一切の手管を脱却して一筋な情熱に奮い立った。恋愛の力が妖艶な彼女をどれほど美しく輝かしたかは三郎さんのみが知ろう。お幸にとって肉欲の錯混が深いだけに一日中三郎さんを離されなくなってしまった。三郎さんは学校を休む、お幸は座敷に出ないで、毎日毎夜二人は熱病人のように一室に籠ったきりだった。しかし三郎さんの家の番頭が三郎さんを連れてゆき、電話で一日中話し合うので電話を一時取りはずしたりしているうちにお幸の情熱も沈潜してしまったのである。「三郎さんのことだけはいつまで経ったって忘れることじゃない!」と彼女は言ったが、それが最初のそして最後の「我を忘れた」恋愛であり快楽であった。いかな激しい快楽と情熱の渦巻きの中にでも聡明な勘定をするだけの恐ろしい修業が今は完成され、理想的な「いい女」として、今静かに小刻みな息づかいで、安らかに眠っているのだった。
 お幸の次には二十歳になる時子が、身体全体を反らしてやや高い不調な息を鼻の中で立てている。掛蒲団を足の間に丸め込んで双手を畳の上まで投げ出した寝様は、乱暴とのみ言えないものがあった。細面の、高い鋭い鼻筋、伸ばした喉の喉頭に光は強く射していた。剥げかけた白粉と生地の青みがかった皮膚とが斑になり、頸部から寝巻の襟のはだけた、やせた胸廓が黒く脂じみているのが不健康らしくはあったが、いい縹緻きりょうには相違ない。彼女は二十年の生涯を、記憶に残る時代を廓で成長して来た女だった。誰かに険しい山路を負おぶってもらって来たような憶えがあるきりだと彼女は言った。十三、四迄は使い歩きにこきつかわれた。朝は誰よりも早く起きて三十もある火鉢の灰を掃除をして、すぐ灰吹きを廓から離れた小川まで行って洗って来なければならなかった。どんなに雪の降る冬の朝でも止す訳にゆかなかった。それがすめば掃除の手伝い。ようやく朝飯がすむと師匠のところへ踊りや三味線の稽古に通わねばならない。それは彼女にとって苦痛だった。芸道は彼女に少しも楽しみを感ぜしめなかった。早く大きくなって姐さん達のようにいい着物をきてお酒を飲んだり、御馳走を食べたり、男の人達と一緒に騒ぎたいものだと一心に願った。彼女は早熟で十四の春にはもう事実上少女でなかった。白粉を塗り紅をつけ、縮緬の着物をきた舞妓姿で「旦那、今晩は」と座敷へ出たときには大変な出世をしたような気がした。男から「時ちゃんは俺のいい子だね」とか「可愛いいやつだ」とか言われるのが嬉しくて堪らなかった。彼女は夢中だった。虐げられていた一切の欲念がはじめて解放されたのだった。彼女は食い飲み、騒ぎ、またあの辛いこととせられる一つのことさえを貪るように受用した。賑やかな、気のさくい、そしてすぐある欲求を充たしてくれる若い女として、彼女は学生や青年の性欲に飢えた人間にもてはやされるようになって、しかもそれで満足していた。疲れた肉体と掻き乱された魂と、低級な満足とを抱いて、この朝をいぎたなく眠っている時子の姿は、冬子にとっては浅ましい哀れさとある悲しい反省とを喚び起こした。
 昨夜、といっても今朝の午前二時過ぎにある家から帰って来て、冬子に泣くようにして、その夜彼女を呼んだ羽二重商のいどむのを逃れて来たことを訴えていた茂子は、時子の次に冬子の隣に眠っていた。冬子はわりにこの陰鬱な茂子に好意をもつことが出来ていた。どうしても芸妓などにはなりたくないと思って泣きながら母親に頼んでも、彼女がまだ嬰児であったとき、貰い受けたときから決定していた継母の意志をひるがえさせることは不可能だった。「もしわたしがお前を育てなければ、お前はどこかの山か川に白骨になっているはずだったよ」と言った義母ははの言葉は忘られない。彼女は仕方なしに芸妓になったのだ。彼女は婬らなことに身を任せたあとには精神が異様にたかぶって一夜中眠られなかった。眠られない夜に限って自分が痩せ衰えてしまったように考えられ、搾木にかけて毎夜心身の精粋を絞りとられる地獄だと考えられ、そうしてそのさきには真黒な死が手を伸ばしてつかみかかっているのだと考えられた。昨夜も彼女は冬子に、「死んだらどうなるのか」とたずねたり、「何だか悪い病気が身体中に循まわっているようだ」と訴えたりして、寂しそうに寝入ったのだった。顔や頬の肉をぴく/\神経的にひきつらせながら――。店先から射す光には昼近い熱気を帯びて、冬子は苦しくなって来た。彼女は寝返りを打って、彼女の右手に並んでいる同じ女達を見つめた。黄金色の太陽の光は幅広い流れを溢れさしているのも知らずに、皆は夜の疲れで眠っているらしかった。
 小さな弁慶縞の掛蒲団の襟のところに二つの桃われ髪が行儀よく並んで、顔は蒲団にかくれて見えないのは、米子と市子の二人の赤襟の少女だった。米子は今年十四ではじめて赤襟になったのだが、「米ちゃんがなるならわたいもなる」と言って一つ違いの市子もとう/\赤襟になってしまった。米子は細身な静かな少女だったが、市子はややお転婆で、活気があって、花のように美しかった。市子は多くの客が可愛がったが、米子は少数ないいお客に愛せられていた。しかし二人自身はそんなことに無頓着であった。下手な踊りを踊って、そして賞められて喜んでいた。二人とも誰を明らかに父と指さしていいか分らないような芸妓の子として出生し、養われて来た女だったのだ。彼女等は人生に就いて廓より外に知らなかった。彼女等は職業、愛、道徳、――に対して一生正当な観念すら得られないのではないだろうか。
 この二人の少女に隣合って一つの寝床が空のままであった。汚れた敷布の上に丹塗にぬりの枕が二つ並んだままにある。それは仲のよい菊龍と富江の「共同の」床であった。彼女等は大抵一緒になることはなかったので一つの床を二人で使っていた。たまに一緒になったときは一つの床にもぐりこんで、夜がしらじら明けるころまで情人の噂などを話しながら寝入るのを常としていた。昨夜は恐らく何処かで外泊りするか、でなければ二階の一室に――かもしれなかった。
 空の床に離れて、襖をはずした敷居越しに、この家やの公娼が眠っていた。粗い黄色と黒と小豆色の縦縞の掛蒲団をまるめるようにして、ぶく/\肥った真っ白い太い双手を投げ出して、まるまる肉のついた横顔を見せて口をあけて本当に深く寝入っているのは鶴子という三十近い女だ。村の機織工場の女工、街の莨専売局の女工、彼女の少女から青春時代はそうして送られた。まるまる肥えたはちきれそうな肉付と滑らかな皮膚は先天的に飽くを知らぬ欲念の蔵だった。彼女は二十三のとき娼婦になった。それは彼女にとってパンを与える職業であり、快楽を与える貴重なる泉であった。彼女は職業のために疲労することがなかった。白い、生き生きした赤い血の色は失せてしまったが、肥えふとった肉体に薄青い静脈がしずかに波うっていた。「ひとり寝の朝はものうくってしょうがない」と彼女は冬子に言ってから/\笑ったことがある。
 こうした鶴子の大柄な身体の蔭に小さい痩せこけた一人の女が寝ているのを見逃すわけにはゆかない。頬のこけた、肉の落ちて小さく凋しなびた顔に、乱れかかった髪の毛の一筋を唇にかみしめながら、息する度にほっそりとした鼻がかすかに動く。日はその虐げられつくした暗鬱な顔を照している。額の深い皺の一筋一筋がはっきり浮き出して、女の苦艱を表現せしめている。小妻は不幸な女だった。自分を不幸と信じている冬子でさえが本当に不幸な、と考えたほど不幸な女だ。小妻は多くの女達のうちで唯一人のこの街の生まれで、ある中流な薬房の娘であった。小学校を終えてからこの市街の中流の娘がするように、毎日裁縫の師匠へ通っていた。彼女は内気な目立たない、人なつこい娘であった。師匠さんの家へは川岸伝いにゆかねばならなかったが、十六の頃いつも川岸で会う若い商人らしい青年があった。優しくて男らしい人のように小妻は思った。ある日の帰りのこと、にわか雨がぼつ/\降りはじめた。そこへその青年が来合わして傘の中へ入れて家まで送ってくれた。路々恥かしながら話してみると、彼女の家とは裏つづきの紙問屋の息子だったときの悦び。二人は仲よくなり、そして娘は孕んだらしかった。孕んだのではないかしら、とひとり思い煩っているうちに、親達が縁組を結んでしまった。行先は同じ薬屋の問屋であった。紙問屋の息子が心変りがしたものと信じて遊蕩をはじめる。そのうちに娘は孕んでいたことが隠しきれなくなって離縁される。内気な小妻は、内気で弱い心の持主であるために、家を逃げ出してひどい目に遇いどおしで、娼婦の群に入ってしまったのである。内気な、弱い、すなおな魂と、神経質な敏感な傷められ易い肉体をもつ彼女に、娼婦の勤めは惨酷な地獄だった。一と夜を明かせば、次の朝には烈しい熱に苦しまねばならなかった。そして熱苦がおさまる頃にはまた夜の恐ろしい忌わしい惨虐がやって来た。機械になり切れない小妻にとってはそれは惜しい惜しい生命の濫費だった。まだ二十五にもならない小妻は、やせこけて暗い凋びた容貌に変じてしまったのも無理でない。小妻は一日中忌わしい行為の追憶や脅迫につきまとわれ、恐ろしい暴力の虐げを呪っていた。「わたしはいつも眠ったまま、眼ざめるときがなければよいと思いましてよ」ああ、ひとり寝る夜の寂しい幸福よ――冬子がじいっと小妻をみつめていると、小妻の窪んだ瞳が、ぽっかり開いた。太陽の光がさっと眼にしみたらしかった。
「あ、お天道様」と彼女は微かに呟いたが、光を浴びた中から冬子を認めて淋しく笑った。「もうお目覚め?」
「ええ、今のさき、時計の音で目が覚めましてよ」
「そう――ああ、わたしいやな夢をみていましたっけ。わたし唸らなかったでしょうか」
「いいえ、よく寝入っていらしってよ――ほんとにいい朝ですのね、小妻さん」
「わたし、冬子さん、笑いなすっちゃいけませんよ。ふっと眼がさめるとお太陽様てんとうさまの光がそれは美しく見えて、わたしはことによったら死んで極楽へ来ているんじゃないかと思ってよ。すると、横にこの人の太い腕が見えましたから、ああ、わたしはやっぱり地獄にいるのだっけと思いました」
 冬子はその時ふとお光はどうしているだろうと思った。大概部屋は片付いてはいるが、一人で淋しがっているに違いない。何んだか起きて顔がみたいと思った。冬子は起きて普段着に着かえて、小妻に「わたし、ちょいと用のあるのを忘れていましたの――もっとゆっくりやすんでいらっしゃいな」と言って、店の間を出てしまった。小妻と話すことは冬子にとっては、常に努力をもって征服し統一している自分の性格の弱い一面をまざ/\と見せつけられるようで堪えられなかったせいでもある。
 冬子の去ったのを寂しく思いながら、小妻はお幸、時子、茂子、米子と市子、鶴子と眺めつつ、富江と菊龍のいないのにある堪らない本能的な悲哀を感じずにいられなかった。二人とも昨夜はある料理屋に呼ばれて行ったのだが、恐らくはどこかで泊ったものだろう。
 二人とも丁度今の米子と市子のように幼い頃から春風楼に育てられて昨年ようやく一人前になったばかりのまだ十八の、普通なら生うぶな娘の年頃であった。小妻は自分があの紙問屋の息子に恋したのは、丁度菊龍や富江の年頃だったのを思って深い悲しみを感じずにはいられなかった。自分の行き過ぎていった青春を歎く涙、さらには娘の頃の青春をこうした境界に身を置いて、あの純真な初恋らしい恋一つ知らないで、美しい肉体を毎夜毎夜の勤めに腐らしてゆく若い人達の身。まだしも自分の方が彼等よりも幸福であったかも知れないと思ってみた。がその僅かな小さい追想に伴うほこりに似た感情は、腰から下腹部にあたって引きつるような疼痛を感じたときに根柢から破れてしまった。太陽の光にさらされて脂じみた襦袢と色のさめた赤い下着との間からあらわれた自分の蒼白な胴や胸廓の痩せこけた肉や、萎びて皺のよった皮膚や、一枚一枚暗いひだをつくって見える肋骨の骨ぐみなどを見ていると、自分の多少幸福であった娘の頃はもう遠い別の世界での事実でしかなくなったことが確かめられた。今の自分は――、激烈な疼痛がきり/\と身を引きしめる。彼女は歯を喰いしばってその痛みを忍耐した。痩せ細った青白い萎びた小さな両手にねち/\した汗がにじみ出た。骨髄に沁みこんだらしい悪性な病患がもう汝は永いことはないのだと身体の深みから唸り声を発しているのだ。彼女は汗のにじみ出た全身を拭う気力もなくて、その汗が客をとる時の、あの死ぬ方がよいと思う汗にも似ていることに浅ましさを見出していた。そしてまた、枕に頭をつけて眼をとじて眠ろうと試みてみた。もう時は十一時近くであった。街のあっちこっちに戸を開け、雨戸を開ける音が響いた。あーふっと何処かで大きな欠伸をしているのが聞えた。小妻は気を取り直して、起き上がり、肌着の上から乳の下の辺へ赤い細紐をしめて、そっと茶の間へ出て来た。茶の間の囲炉裡には楼主が朝早くおこしておいたらしい炭火が焔を吹いておこっていた。彼女は莨を不味そうに吹かして、窓から射す光線の暖かみを身に快く感じていた。台所では婆やが今起きたらしく板を踏む音がぎし/\する。そのぎし/\に耳を澄ましていると、遠くから別な板を踏む足音が近づいて来た。小妻はぼんやりそれを聞いていた。考える力さえなかった。冬子が現われた。小妻は平常冬子を少し恐ろしく、しかし、自分の理想を実現する強者に対するような崇拝を秘めた愛を感じていたのである。
「小妻さん、お早う」こう冬子は改まってお辞儀をした。
「お早う」
 すると冬子の蔭に少し苦労に瘠せているが、鷹揚な品のよい四十あまりの女の人がどう自分の態度をきめてよいか迷ってるように、そして眼光の厳粛さはその迷っている自分の腑甲斐なさを怒っているようにそこに腰をかがめて立っているのを見出した。
「大河の小母さんよ、今度お仕事に来て下さった」
「どうぞまた、よろしく」とお光が言った。
 小妻はどこかで見た人のような気がした。鷹揚な温かさが彼女にはなつかしい気がした。こうした家のお仕事にくるような人柄でもないのにと思った。すると飛躍するように自分の今の身がこの人の前に羞かしくなった。彼女はうつむいて、
「わたしこそ」と小さく言った。冬子は黙ってしまった。
 冬子は少し上気していた。冬子は、お光に会うときはいつも快げに微笑んでいたが、春風楼へ来ると唇をかたく結んで静かにやや陰鬱に顔容かおかたちを乱さなかった。口もあまり利かない。こうした営業の女には不似合な無愛想な沈黙と威厳が彼女を妙に寂しい美しさに洗い清めていた。お光は小妻と冬子を見比べながら冬子の本来の美しさを見たような気がして嬉しかった。一緒に話していてはそう秀でた女とも思えないが、緊張した彼女は、廓でも名妓と立てられるだけに気象に凛としたひびくものがあるのだと、まるではじめて冬子を見たもののようなことを考えていた。とにかく、三人は朝の光を浴びて囲炉裡の辺に坐って黙っていた。こうした場合に何か言い得るものは魂なき無生物のみである。
「時ちゃん、お茂ちゃん、起きないの。もう遅いのよ、お茂ちゃん! 時ちゃん!」
 お幸の円い厚みのある声が店の方で聞えた。
「米子ちゃん、市子ちゃん、こら、お臀をこんなに出して、夜中に誰かが持っていったらどうするの。お起きなさいよ、こら!」ぴた/\小さい妓等の臀を叩くらしい音と、寝ぼけざましの哄笑が一斉に聞えた。店の女達はみな眼をさました。
「時ちゃん、自分の床だけは上げるといいわ」
「はい/\」
「昨夜はおかしな夢ばかり見ていたっけ」
「鶴子さんの夢なら大抵知れていますわ」
「そうでしょうよ――可愛いい男の夢ですよ」
 お幸がふだんの意気な単衣に博多の下帯をしめて、楊枝を使いながら出て来た。怜悧な彼女のよく動く生き生きした眼が、お光の上にじっと暫く止まっていたが、説明を求めるように冬子の方へ向いた。冬子はそのお幸の眼が嫌いでならなかった。怜悧な打算強いその眼、男が一度その眼にうたれてすぐある誘惑を胸に連想するようなその眼、冬子にはその眼が嫌いで堪らなかった。大抵の場合は冬子は沈黙した。お幸は冬子を高慢ちきだと言った。もしお幸が自分の男に対する或る種の自信が弱いか、毎月末における花高が冬子よりも下ででもあったなら、彼女の蛇のような邪智は冬子に対して悪辣さを発揮したか知れなかったが、冬子の客はある少数の範囲に限られていたし、それに彼女は夜泊まりすることが嫌いだったので、そしてその嫌いが大抵の場合押し通せる程に彼女の力量が認められていたので、冬子は花高はお幸に及ばなかった。そしてそれが彼女のためによかった。が、そうした冬子でも今は黙していてはお光が立ちゆかない。
「お幸さん、お早う」
「お早う」
「あのいつもお話しておったでしょう。大河の小母さんよ。お仕事に来て戴くことになりましたのよ。またどうぞよろしくね」
「そうなの。どうぞよろしく」
 お幸はお光をちらっと見た。彼女はお光が地味な、少し勝手のちがった、征服しようにも手がかりのないような多少不可解な四十女に見えた。しかし彼女の才気と聡明が、そして廓の女以外に対する無知が彼女の心を安心させていた。お光はそこに小造りなぴち/\と跳ねあがっている新しい小魚のような美しいお幸を見た。
「ゆっくりしていらっしゃるといいわ、小母さん」
 お幸は洗面所のほうへ去った。
「お茂さん、その紙屑を拾ってゆくといいわ」
 お茂が肌着を脱いで単衣にきかえて茶の間へ出てこようとするのを、時子が細帯をぐる/\巻きしめながらお茂を呼びとめた。その呼び止め方の気随きずいさがお茂の心に痛みを与えた。
「何を」
「その紙屑ですよ」
 時子がお茂の足下を指さした。そこに、丸められた、汚血のにじんだ紙くずが転がっていた。お茂ははっとしたらしかったが、非常な速力で、昨夜、悲しい暗鬱な気持で遅く帰って来てから床にはいったまでの間を反省してみるような目つきで、お茂は言った。
「これはわたしのではなくってよ」
「お茂ちゃんのでなくて誰の」
「誰なのかわたしが知っているものかね」
「ふん――」
 時子は、細帯をきゅうっとしめて、ふくらんだ乳房のあたりをぽんと叩いた。叩いた拍子に時子の※絹裏もみうら[#「糸+峰のつくり」、66-6]の袖からころころと同じような紙屑が畳の上へ転げ落ちた。お茂の眼は輝いた。が、その輝きは輝いたことを羞じらうようにまた持前の暗い容貌に逆戻りした。時子は不意な事実の前に忌々いまいましさをこらえねばならなかった。時子はちっと舌鼓をうって言った。
「お茂ちゃんは品がいいのですからね」
 お茂は辛そうに顔をゆがめて黙した。こんなとき冬子でもいてくれればと彼女は思った。お茂には、嫌だ嫌だと思う圧迫のみが強くて、その圧迫につき動かされて反抗し開拓してゆく力がなかった。小妻のようにあきらめ切って傍観する余裕をもつには年が若すぎ、冬子のように重苦しい威厳と沈黙で制えつけるには天稟が恵まれていなかった。お茂は泣きそうなのを堪えて茶の間へ出て来た。時子も出て来た。
「冬子姐さん、お早う」茂子は言った。
「お早う――あ、お茂ちゃん、わたしの小母さんよ。これから仕事に来て下さったのですの」
 冬子は、黙って怒ったように楊枝を使っている時子にも声をかけた。
「時ちゃん、あなたもどうぞよろしくね」
「ええ」
 時子とお茂は台所へ去った。お茂がお光に腰をかがめてゆくさまはいじらしかった。
「わたしも顔を洗って来ようかしら」
 と、小妻は身体の痛みをいたわるようにそおっと起きて、台所の方へ行った。
「おう眠い、眠い、何だってこんなに早く起きたのだね、本当にしょうがないね」
 大きな男のような鶴子の声がした。むっちりと肥えふとった上、半身を赤裸々に現わした鶴子は、茶の間に出て正面の時計の十一時近いのに頓狂な声を立てた。そしてだれ下った乳首を可愛そうに自分で吸ってみた。黒ずんだ乳首とだれた豊満な乳房とは、彼女が前生涯に子供を孕んだことを証明していた。
「こう見えても、まだ若いのだから」
 そういう鼻も大きく、眼も大きく、口も厚ぼったい、鶴子の上半身に光沢のないのにお光は物足りない悲しさを感じていた。
「早く顔を洗っていらっしゃいな――小母さん、この人が鶴子さんていうんですの」
 冬子は今度はお光の方に話しかけた。
「見ただけの女ですわ、小母さん、あははははは」
 鶴子が去った。米子と市子の二人の少女は、階段の横の火鉢棚の上から青銅の重い火鉢を下して、吸殻を取りよけたり灰をならしたりしながら、ちょいちょいお光の方を盗み見ていた。米子は瓜実顔の、鼻が少し透り過ぎてさきの方が垂れ下がっているようにさえ見えたが、一重瞼のいい眼をもっていた。市子は肉付の豊かな、眉毛と眼のところに穏やかな優しみのある、顎の丸い唇が少しお喋りらしく開いた、愛らしい少女であった。
「冬子姐さんの母さんなの」
「うそ、冬子姐さんの叔母さんなんよ。――そら、裏の中田の二階にいらしった、あのお仕事の小母さんなのよ」
「あ、あの小母さんなの。――そんならね、そら、平一郎さんて中学校へ出ている方の母さんなのね」
「ま、市子ちゃんは平一郎さんを知っているの」
「知っているわ」
「わたしだって知っているのよ」
 米子は少し不興らしげだった。
「平一郎さんもここへいらっしゃるの、え? 冬子姐さん!」こう市子が突然訊ねたが、冬子の答えないうちに、そのとき出て来たお幸に、
「早く庭の掃除をしなさいな。何、ぐず/\しているの」
 と叱られて、二人の少女は土間へ下りて、混乱した下駄を一足一足整えはじめた。店の間や茶の間にもはたきの音が聞えはじめた。掃除は鶴子と茂子と時子がはじめたのであった。鶴子は一人で大声をあげて大ざっぱに掻き廻していた。茂子は黙然として掃いていた。時子はぶつ/\呟いてろくに掃除をしようともしなかった。などと考えていたのだ。台所では婆さんが、瓦斯ガスの火を濫費して、ようやく水のようなおかゆを大きな二升釜に拵こしらえたところであった。廓では朝飯を一年中お粥をすする習慣である。
「みなさん、御飯ですよ」
 台所の横の中庭の奥座敷の間に、直角の線を形成して、この家の食堂があった。食堂の片隅に三尺四方ばかりの手摺を持って囲ってある穴倉の入り口があった。暗い穴の口から、地の底から昇騰する冷気がひえびえと室内に充ちて来る。婆さんは汗を滴らしながら、薄縁うすべりをしいて、中央へ大きなお粥の釜を据えた。そしてもう一度「みなさん御飯ですよ」と叫んだ。こうした世界にも階級があった。冬子とお幸が上席に向き合った。時子と茂子、菊龍と富江、鶴子と小妻、最後に米子と市子は一つのお膳を二人で半分半分に使用した。もう十二時近くであった。麗うららかに霽はれた紺藍の輝く空に太陽の黄金光は、梅雨あがりの光を熱烈に慄えさせていた。窓から射し入る緑金の光輝は、外を黒塗りに内を丹塗りにした揃いのお膳の漆の色調に微妙な陰影を与えていた。静かであった。黒く煤けた大釜の蓋の隙間から白い粥の湯気いきりがすうっとのぼって、冷やかに地底の冷気に融けて、また、すうっとあがってくる。店で乱れた鬢などなでつけていた女達は、食欲も起こらなかったが「習慣にしたがって」この部屋に集まって来た。冬子はお光を皆に引き合わした一安心で、少し疲れを感じていた。朝早く起きたせいか気分が悪かった。彼女は小さい茶椀にお粥を盛って胡麻塩をかけてすすりはじめた。お幸も時子も茂子も小妻も鶴子も、まずそうに舐なめるようにゆる/\と湯気の白くたつ粥をもてあつかっていた。本当に空腹からうまそうに啜っているのは米子と市子の二人の少女のみであった。自然はこの酷使されている、まだ魂も身体も泥劣なことから護られている二人の少女から健全な食欲を奪いはしなかった。二人は貪るようにずう/\音をさせて啜った。冬子はその様子を悦びをもって眺めていた。卑しそうに時子は眼でお幸に二人を指して笑っていた。そして自分は顔を顰しかめて、ようやく一杯の粥を啜るのが大変な仕事なのであった。
「菊龍さんと富江さんは随分遅いじゃないの」
 時子は自分の横の空席を流し目に見て言い出した。今朝からこれを言いたくてむず/\していたのだ。
「そうね」
 お幸は言った。
「望月ぼうけつだから、きっと、吉っちゃんと丹羽さんなんでしょう」
「吉っちゃんと丹羽さん――あのねっつりやのことだもの、遅いのは、なる程、そうねえ」
「今頃はまだ金輪際離すものかとしがみついているのさね」鶴子が大きく言って独りであはははと笑った。時子はその鶴子の口出しを軽蔑するように顔を顰めた。その様子を鶴子は見逃さなかった。
「あはははは、三味線を引くと引かないだけの区別じゃないの。まだわたしの方がどんなに正々堂々としていて立派だか分りゃしない、あはははは」
「天下御免の御娼売ですとさ」
 お幸は時子に加勢して、彼女の怜悧はこうした小争闘に深入りせずに、そのまま店の方へ去った。時子も侮蔑するように鶴子を流し目に見て後につづいた。
「あはははは、碌な芸もないくせに、わたしよりは一かどえらいつもりでいるから、いじらしいじゃないの。あはははは、御自分の癈すたりかけているのも御存じなしにさ」
 誰も答えるものはなかった。小妻も茂子も冬子も別々な想いに深い暗鬱に沈潜して笑うことすら出来得なかった。鶴子が茶の間へ帰りかけると、お幸と時子は化粧道具を下げて風呂へ行こうと土間に下りかけていた。
「腐った身体でも洗って来るがいい」
「鶴子さん、何ですって、もう一度言ってごらん」
「玉のみからだを磨いていらっしゃいな」
「余計なお世話じゃないの。どこかの人のような男泣かせの凄い芸当は出来ませんからね」
「それはそれはお気の毒さま。まだこう見えてもなか/\達者なものですからね」
「鶴子ちゃんあんまりよ」
 お幸はたしなめるように言葉をかけた。しかし一度行先を乱れた鶴子の感情はそうしたことで拒止され得なかった。ぶく/\肥えた全身にこじれた憤怒がしみわたっていた。
「あんまりだからどうしたのさ。口があるから喋るじゃないかね。わたしはあなたのように踊りは踊れませんよ。踊りを踊ってから何を踊るの? えらそうな口をお利きじゃないよ」
「何んとでも言うがいいさ。すべたのくせに」
「どうせすべたさね」
「すべたならもっとおとなしくしておいで」
「すべたとはお前さん達のことじゃないかよ。うぬぼれだけは一人前にもっていることね」
 お幸も時子も、全身を投げ出してかかった、異様な苦悶を基調に潜ませた鶴子の雄弁には敵わなかった。二人は不快そうに外へ出て行った。鶴子はその後を見送っていたが、そのまま店の間へ帰ってどったり仰向けに寝転がって、狂人のような空虚な哄笑を続けていた。泣こうにも涙が乾きはてて出て来ないような笑いを。小妻と茂子は冬子に何か話しかけようとしたが、冬子が厳かに取り澄ましていたので、黙って店へ帰って来た。小妻は身体中が物倦く節々がやめて起きていられなかった。床をしいて横になり、暗い何かを疑うような絶望的な眼を光らせていた。茂子は鏡台に向って髪をほぐしていたが、やがて風呂へ出かけてしまった。店には鶴子と小妻が残された。
「小妻さん」呼ばれて小妻はほおっと溜息をついて急には返事をしなかった。
「身体の工合はどうですえ?」
「あまりよくなくて弱っています」
「痛いの?」
「どことなく身体中がやめて、下腹が時々引きつけて来ますのよ」
鶴子は小妻はもう長いことはあるまいと考えた。
「みんな何処へいったかね」
 奥座敷で楼主と御飯をすました女将おかみが店へ顔を出した。若い頃はさぞ立派で美しかったのであろう、鉛毒で青みを帯びた、眉を剃った四十六、七の女将は、妓供達でさえの気を外そらすまいとした。
「みんな風呂へいったのでしょう」
「菊龍と富江はまだ帰らないのかえ」
「まだでしょう」
「そう。お前さん達もお湯へつかっておいでな。ゆっくり暖まってさえおけば身体がつづくものだからね――小妻さん、お前身体の工合はどうかね」
「え、ありがとう」
「あんまりよくないようなら飯田さんへかかさず通ってすっきりさせないといけないよ、え」
「え、ありがとう」
 冬子がそこへはいって来た。
「お、冬子さん、お前さんまだお湯へ行かないのかね」
「ええ」
「そして、あの何はどうしているの」お光のことを言うらしかった。
「大河の小母さんは離室に休んでいらっしゃいます」
「御飯は」
「朝飯はすましていらしたのでしょう」
「それはそうだろうね、ここの朝は街の午ひるだものね、おほほほほ」
 女将は茶の間の横座に坐って、昨夜の客の台帳などを一通り調べはじめた。そして思い出したように「米子、市子」と呼んだ。二人の少女は白粉のはげかかった顎をなでながら「何ですか」と出て来た。
「もう踊りのお師匠さんのところへいっておいで」
「はい」
「そして、お師匠さんに夕方お閑になったらお遊びにおいでと言うのですよ、分ったかい」
「はい」二人は小ざっぱりした振袖の単衣に、帯も紅縮緬に黒繻子の打合せの美しいのを締めて、稽古扇で拍子をとりながら、「おっかさん行ってまいります」と出て行った。時計は午後一時を指していた。冬子は風呂へゆく前に女将にお光を引き合わして行こうと思って、長い暗い廊下を土蔵の裏の離室まで行った。青みがかった室の壁と、室の前のささやかな茂みの多い小庭と、古びた板塀が、青空をひろく受けて、そこに静寂な単一な世界を湛たたえていた。お光は縫物を拡げてこつ/\針を運ばせていた。
「まあ小母さん、仕事をしていらっしゃるの」
 冬子にはなじみの深いお光の穏やかな涙に、豊かな微笑がむくいられた。と彼女は思った。
「小母さん、どう思いなすって」
「何を?」
「わたし達のありさまを」
 するとまた、お光はゆるやかに微笑んでみせた。と冬子は思った。と冬子は思った。冬子の感じていたいろ/\の危惧の不安はこのとき一掃されてしまった。小母さんはわたしなぞが気をもまなくとも大事に遭っても平気なしっかりした信念を持っているのだからと考えた。彼女はそう思うと自分の感情がゆるやかに融けて流れるのを見た。
「女将さんが起きなさったから、いま会っておきなすった方がよくはないでしょうか」
「そう、その方がいいでしょうね」
「小母さんよりか二つ三つも年上でしょうか。つきあいのいい、悪い人じゃないのよ」
「これだけの家をたててゆく人だもの、なか/\普通な人間には出来ないことですからね」
 お光は仕事を止めて立ち上がった。茶の間にはまだ女将がいた。
「女将さん、この方ですの、わたしが随分お世話になった小母さんは。――またどうぞよろしくお願いいたします」
「誰さん――お光さんでしたね。わたしはとみ。女将さんなんて言うのは止して、これからお富さんお光さんで若い人の向うを張ろうじゃありませんか。おほほほほ。なあにあなた、自分の家のような気でのんびりしていて下さいまし。――土蔵の後ろで少し陰気ですけれど、中学へ出る息子さんがいらっしゃるそうで、勉強の都合もあるだろうと思って、冬子と相談してあすこをお部屋に定きめて置きましたが、塩梅あんばいはどうでしょうか」
「ええ、結構でございます」
「あすこを息子さんの勉強室にしといて、仕事は前二階でも奥二階でも住みいいところで仕事して下されば――息子さんはおいくつで?」
「今年十五になったばかりで」
「それはまあ。わたしなんぞはこうした稼業の罰で未いまだに子無しでございますが。ほう、女の手一つで十五まで育てあげるのはどうしてなか/\並大抵な苦労じゃないのですわね。ほう、そしてお連合いはいつ頃亡くなりなすったので」
「もう十一、二年にもなりますでしょうか」
「えらい!」と女将はお世辞でなく驚嘆して、心からしげ/\と自分とはまるで異なった道を生きて来たお光を凝視した。穏やかな淋しげな微笑が唇のあたりに漂っているのを見た女将は、香ばしい薫の高い玉茶を入れてお光にもすすめ自分も喫のみもした。
「これからまた、話し相手になっていただけますかしら」
「わたしこそ」
 隣りの社の杉林の緑蔭が日に透されてうつらうつら三人の女性の上に揺らいでいた。珍しい静けさ、珍しい美しさであった。暫く静寂な美はつづいていた。個性をもつものの美と森厳を自然はここに現わしていた。暫くして軒先に俥くるまの鈴がなった。[#「なった。」は底本では「なった」]
「女将さん、只今」
「只今」
 菊龍と富江が帰って来たのである。二人とも美しい女でもなく、すぐれた性格の持主でもなかった。ただ二人とも若かった。自然が与えるほんの一瞬の青春の尊さ。それは何時いかなる処においても光り、充ち、美しさに輝く。二人の女に若さは咲き乱れていた。自分がどういう歩みをよろめいているかを無論二人は知るまい。若さは苦しみであるべき行為をもなお快楽として酔わしめるものだ。
「随分遅かったじゃないの」
「そんなに遅いかしら」乱れた島田髷をそっと抑えて、自分の若々しさを誇るように菊龍は、薄桃色の単衣紋付を裾長に引きずりながらそこに立っていた。同じ華やかな草色に装った富江は、小声に口三味線をとなえて、菊龍と内密に笑み交わしていた。
「もう二時近いよ。早く着物を着替えてお湯へでもいっておいで」
 二人はそれには返事をしないで、帛紗ふくさに包んだ花札を女将の前にさし出した。
「誰だったい」
「吉っちゃんに丹羽さんでしたの」
「そうかい。あんまりお前達も深入りしたり、させたりしては取り返しがつかないよ」
「大丈夫ですわ、女将さん」
「それならいいけれどね――あ、それからこの方に今度、お仕事に来て頂いたのだから、お前達、暇なときにはお針の持ち方くらいは習うようにしなさいよ、ね」
「はい、はい、小母さん御免なさいよ」
 二人は店へ去った。
「若いものは仕方がありません」と女将は言った。冬子はいつか厳粛な犯しがたい凛とした容貌に変じてしまっていた。お光は何故か平一郎のことを考えていた。「今日はゆっくり休んでくれ」という意味の女将の言葉に、お光は土蔵の裏へ去った。冬子は風呂へ出かけた。
 女将は奥の室へ去って楼主と二人で花骨牌カルタをはじめた。
「そうはゆきませんよ、青丹などとはどん欲すぎますよ」
「それもそうですかね、さあ、お正月様はこっちのものですよ」
「お生憎さま、そうそういつ迄もあなたの言うとおりにはなっていませんからね」
「や、それを取られては少し困る」
「少し位困るのじゃまだ駄目ですね、さ、どうですかね、あんまり薄情をするから罰があたるのですよ」
「罰はお前の方ですよ、この好色婆さんが」
「何んだよ、浮気なお爺さんが」
「その、そのお婆さんがお好きだから、それ、好きだからしょうがないんだよ」
「うまく、うまく言っているね、こんな爺さんに若いときはわたしが惚れたのが一生のあやまりだね、全く、あやまりだね」
「あやまりさね」
「あやまりだね」
「ところがだ、そのあやまりが、またいいのだからね」
「あやまりだね、と」
「ところが、そうれそのあやまりが生きてくるから妙だよ」
「その頃はまだ頭も禿げずいい若い衆だったから妙なのさ――おや、わたしを迷わして置いてさ、何だよ、存分に迷わして置いてさ」
 こうした言葉が奥座敷から聞えた。楼主も女将も自分が何を言っているのか全然無意識状態にあった。たるんだ静けさが家いっぱいに充ちていた。店の間では鶴子が仰向けになって寝入り、小妻は時々ううむ、ううむと唸った。その上に黄色い日光が漂っていた。一列に店先に並んだ端の方の二台の鏡台に向って鬢のもつれを撫でつけながら、若い菊龍と富江は止度とめどなく湧いてくる笑いに全身を波立たせて共通な何かを話しあっていた。
「覚えていらっしゃい、菊ちゃん、あたしが手水ちょうずに行って着物を着替えてもまだ次の室で寝ていたくせに、ひとのことを言えるわけじゃないわ」
「あっははははは、うそ/\、あたしと吉っちゃんがそっと襖の間からのぞいて見たら、二人ながら目をあけたまま一緒に寝ていたじゃないの。富ちゃんこそ着物を着替えてからでさえまた寝ているんだもの、あははははは」
「あたしと吉っちゃんですとさ、あははははは、吉っちゃんはいい男ね、菊ちゃんの大切の大切の――」
「富ちゃん、お止しなさいよ。丹羽さんこそ苦にがみばしって、会社員で御当世じゃないの。吉っちゃんなんかたかが西洋雑貨店の番頭さんですわ」
「そうでしょうよ、たかが雑貨店の番頭さんが、黄金の指環を買ってくれるのですから、大した番頭さんですよ」
「富ちゃん! そんなら、縮絞ちぢみしぼりの単衣を買ってくれたのは誰あれ※(疑問符感嘆符、1-8-77)」
「あら、まあこの人はそんなことまで知っているの。まあこの人は本当に油断もすきもありゃしないのね」
 二人は笑いこけた。七月近かった。熱気が地より湧きたち、人身の底からじく/\汗がにじみ出た。
「菊ちゃん富ちゃん、お楽しみ! よく今日帰って来たのね。あたしもう帰って来ないのかと思っていたわ」
 川岸沿いの大きな鉄冷鉱泉にゆっくりと肉体を温めて、襟頸から頬にかけて湯上りの白粉を一刷毛真白く塗って、一日中で一番生心地いきここちのある感じを保ちながら時子とお幸は帰って来た。菊龍と富江を見出して声をかけたのは時子だった。彼女は感じたことをことごとく言い現わしてしまわなければ承知できなかった。お幸もずるそうな微笑を含んで二人を見戍まもっていた。
「随分家の中は暑いのね」
 時子はお幸の言葉に返事をしないで濡手拭を鏡台の鏡の上から裏へ拡げて富江に隣りあって坐った。そして石膏のように白い膚を脱いで暫く鏡面にうつる自分の映像に見とれていた。肉付は豊かだし、顔はほんのり血色がよいし、身体全体が石膏のように白く、ただそこに町方の娘に見出されるゆるやかに流れる鮮かな血潮の色あいと皮膚ににじみ出る青春の光沢がなかった。時子はそっと自分の小さい堅いぽっとふくらんだ乳を抑えてみた。乳房の表に繊細な静脈が青く透きとおって見える。指先に感じられる乳の感触は冷たかった。胸廓から腹部にかけての少しばかりの肉の緊張が彼女に若いことを保証していた。
「丹羽さんと吉っちゃんなの?」時子は鏡面から眼眸まなざしをはずして彼女には不似合な、そっとした優しみで二人を流し見た。十八の富江と菊龍は乱れた髪やはれぼったい眼縁などでひどく不縹緻ぶきりょうに見えたにもかかわらず、その脈うちはちきれるような頬の赤らみと張りかたや、後髪へ伸ばした腕のむっちりした肉付がもつ新鮮な血のめぐり方やを時子は見逃さなかった。彼女は嫉ましく思った。二人が持つ、持ち得る快楽の量を無意識に計量することによって、彼女は嫉妬を憶えたのだ。二人は時子の内面にそれだけの争闘があろうとは知らなかった。顔見合わして内密な微笑をとりかわしたあとで、
「丹羽さんと吉っちゃんでしたわ」と言った。お幸はいつものように単衣を脱ぎすてて、さわやかな軽い緋色の下帯一つになって鏡台にむかっていた。小さなくり/\した肉体、小さいながらに充実したお幸の肉体は、骨格というものがまるで表われていなかった。薄紅い血色が滑らかな豊かな肉付の表面に、美しく漂い現われている。円まどらかにふくらみ充ちた肉の上に日が美しく流れた。その肉は若い生命が溢れている美しさではなく、衰亡してゆく最後の肉の美しさでもなかった。お幸の蛇のような聡明が神経の端々にしみわたってしっかり喰いとめているような、一分の隙もないしっかりした弾力性のある、肉の発育した美しさであった。お幸はふっくらと円らかにもれあがった自分の乳房をじっと制えているうちに、自足と自負の感情が滾々こんこんと湧いて来た。
「本当にあすこの湯は温まるのね」お幸は時子に言った。
「そうですわね」時子はクリームを伸ばしたあとへ、水白粉を顔へなすりこんでいた手を止めてお幸の方を向いた。
「お幸姐さん」と富江が話しかける。
「何ですの、富ちゃん」
「あのね、丹羽さんと吉っちゃんがよろしくって」
「おのろけもいい加減になさいな――早くお湯へ行って来て、晩までに昼寝でもしておかないとまた居眠りが出ますよ」
「はい、はい」
 富江は思いがけないお幸の言葉に急に小さくなってしまった。男の傍にいて甘やかされていた心と肉のほどけたしまりがお幸の一言に常態に復帰したのだ。彼女はそっとお幸を見返した。お幸は小ちっちゃいしなやかな掌へ白粉下をぬらしつつ、顔一面にたたきこんでいた。右手の指の指環の宝石が輝く。と想いながらも、お幸の肉体を美しいと思った。ああした小さい肉体でありながら舞台に立って勢獅子せおいじしでも踊りぬくときは六尺豊かな男のように見えさせる、お幸の身体に秘めた芸の力をも想ってみた。
「菊ちゃん、お湯へ行かない?」
「ええ、ゆきましょう」
「お湯へいって来ます」
「いっておいで」
 二人は出て行った。二人の出て行ったあとへ茂子が暗鬱な顔をして、黙然と這入って来た。彼女は湯の中に温まっていると、凝結して硬ばった全身の神経が異常な溶けるような痛みを覚えつつゆるんでゆくのを知っていた。彼女は他の芸妓達のように化粧したり膚はだを磨いたりする気にはなれなかった。浴槽から上がって、湯気に包まれて心臓の鼓動を休ませている。少し寒気がすると浴槽に這入って眼をつむっている。そうしたことを繰り返しているうちに頭脳も身体も無気力な無為なゆるみに休息してしまう。茂子はぼんやりした様子でいつも家へ帰って来て、鏡に向っても化粧一つしようとしなかった。色黒な眼尻のやや釣上った容貌を自覚している彼女は、白粉を塗るよりもさっぱりした薄化粧の方が本来の性にかなっていると考えていた。茂子の鏡台はお幸と時子の鏡台の間にあった。時子とお幸は茂子を中に坐らせておいたまま勝手に話し合った。茂子は何もせずぼんやり坐ったまま黙っていた。
「米子と市子ちゃんはどうしたのかしら」
「踊りの稽古じゃないの」
「踊りの稽古にしちゃ長すぎますね。ほんとにしょうがない。また道草をくってぐず/\しているんだよ」
 時子がこう呟いて新しいタオルで肌の水気を柔かく吸い取らせている時、店前の街路で市子の厚味のある声が聞えた。
「ここですのよ、平一郎さん」すると米子の金属性な高い調子が顫えた。
「小母さんは朝から冬子姐さんと一緒に来ていらしってよ」
「ありがとう」それは平一郎であった。彼は学校が退けてから、忘却してもとの住居に帰って階下の主婦さんに笑われたのだ。彼は春風楼はよく知っていたが廓の街を一々知らなかった。それに彼はよく通りつけている坂を下りずに、別な入口の青柳の生えている広小路から這入りこんだので、途中で見当がつかなくなった。それ程にどの家も同じように紅殻格子の二階建だった。彼は小倉の白地の夏服にゲートルをつけた制服姿で、街の十字街に、疲れた足を休めていたのだ。すると右手の細い小路から、桃割に、白の奉書の根付をした、見覚えのある少女市子と米子が踊りの扇を持って出て来て、彼を見て微笑んで二人で何か囁いて行き過ぎようとした。彼は思いきって、「春風楼はどちらでしたっけ」と訊ねた。
「春風楼はあたしの家よ」円顔の毛深な眉毛や睫の鮮やかな背の低い方の少女――市子が答えると、細顔の鼻の高い目のちら/\と動く背の高い方の米子がぽっと頬を染めて、
「平一郎さんでしょう」と言ったのだ。平一郎は嬉しかった。地獄で仏だと思った。三人は親しくなってしまった。三人ともそう深くはないものの、純白な心の一隅にお互いの印象を信じていたのだ。それがこうもたやすく偶然と親しくなり得ようとは思っていなかった。あくまで微妙で必然で壮大な運命のめぐりあわせの片鱗である。とにかく三人は非常な歓喜を感じて歓喜のうちで、平一郎はちら/\と和歌子のことを想い起こし、米子と市子はちら/\とお互いにお互いのうちに自分の敵と友とを同時に見出しながらやって来たのだった。
「二人とも何しているの。早く帰らないで今まで何していたの。用があったらどうするつもりなの」時子の声が家の中から戸外に響いた。
「誰だい」平一郎は家の中をにらむようにして言った。
「時子姐さんよ」このささやくような少女の答が示す感情を具象的にはっきり感じられる準備は平一郎になかった。
「あのね、僕のお母さんをここまで呼んで来てくれないか」
「あたし呼んで来るわ」市子は家の中へ駈け入った。米子は平一郎に「おはいり」と言った。平一郎は家の前に立って、さて這入る気がしなかった。平一郎にとって未知の世界であった。恐ろしいような気さえしたが、心の底では無理に平気に構えていた。彼は口笛で野球の応援歌を歌いはじめたが、周囲に不調和なのに気づいてすぐに止めてしまった。彼は格子の前の鉄柵につかまって靴の泥をがじり/\落としはじめた。
「平一郎さんじゃない?」それは湯上りの帰りらしい上気した冬子だった。
「さ、おはいり。今、学校から帰ったの。おはいり」平一郎は冬子から発散するいい香料の匂いを快く味わった。冬子の後について土間へはいってゲートルの釦をはずしているところへ、母のお光が出て来た。
「冬子姐さん、お帰りなさい」市子が元気よく冬子を迎えた。
「小母さん、平一郎さんはここにいらしってよ」お光にさらに市子は言う。
「え、ありがとう。平一郎、お前遅かったじゃないか」
「うむ」
「今、わたしが帰って来ると、家の前につくねんと立っていらしったのですよ」
「そうですの――こっちへおいで」
「うむ」
 彼はお光にしたがって長い廊下、土蔵の前、暗いじめ/\した土蔵の横を通って、土蔵裏の一室に自分の古机を見出した。彼は寂しい気になった。洋服のまま、室の中央に仰向けになって深い溜息をもらした。彼には人生は堪えられない苦痛なものに思われたのだ。と彼は幼い心に叫んだのだ。その苦しい沈黙と静寂を、室の横手で火の出るような哄笑が破った。声は米子と市子のたまらない、堪えきれなくなって発した笑いらしかった。大方忍び足で平一郎のあとをついて来て身をひそめていたのが、こらえきれなくなった笑いであろう。
「誰だ!」
 するとまた、たまらなそうな、熱情的な笑いが破れて、廊下を逃げてゆく乱れた足音が響いて来た。
「くそ、悪戯をしやがる」平一郎は腹立たしい、自分の領分へ侵入されたような不快を感じた。寂しくなって来た。自分のおちぶれたことが瞭はっきりして来て、彼は涙を止められなかった。
「えらくなるぞ! えらくなるぞ!」涙のうちから踴躍するは、ただこの言葉のみだった。
 彼は和歌子に送った。

 ぼくの家は今日から廓の春風楼へ引っ越しました。随分とつぜんで驚かれることと考えます。また何故こんな家へ移ったのかと不思議に思われるでしょう。正直のところぼくの家が貧乏で今までのようにしていてはぼくが学校へ出れないからなのです。春風楼の冬子ねえさんはぼくの母の仲よしで、今度もその人の世話になったのです。いい人です。ぼくはあなたに一度どうかして見せたいと思います。なおぼくはたとえ廓のなかに住居していてもぼくの精神はつねにつねに偉大であり真実でありたいと思っています。あなたもぼくが境遇に余儀なくされて住居をかえた位でぼくを疑ったりなぞはしないでしょう――しかしぼくも今のところ何だかあまり好いてはおりません。

平一郎
    和歌子様

「地に潜むもの」第一章 島田清次郎

虐げらるゝ者の涙流る
之を慰むる者あらざる
なり  ――傳道之書

Tiue

     第一章

 大河平一郎が学校から遅く帰って来ると母のお光は留守でいなかった。二階の上り口の四畳の室の長火鉢の上にはいつも不在の時するように彼宛ての短い置手紙がしてあった。「今日は冬子ねえさんのところへ行きます。夕飯までには帰りますから、ひとりでごはんをたべて留守をしていて下さい。母」平一郎は彼の帰宅を待たないで独り行った母を少し不平に思ったが、何より腹が空すいていた。彼は置かれてあるお膳の白い布片を除けて蓮根の煮〆に添えて飯をかきこまずにいられなかった。そうして四、五杯も詰めこんで腹が充ちて来ると、今日の学校の帰りでの出来事が想い起こされて来た。今日は土曜で学校は午前に退ひけるのだった。級長である彼は掃除番の監督を早くすまして、桜の並樹の下路したみちを校門の方へ急いで来ると、門際で誰かが言いあっていた。近よってみると、二度も落第した、体の巨大な、柔道初段の長田が美少年の深井に、「稚子ちごさん」になれ、と脅迫しているところだった。
「いいかい、深井、な」と長田は深井の肘をつかもうとした。
「何する!」深井は頬を美しい血色に染めながら振り払った。
「え、深井、己おれの言うことをきかないと為にならないよ」長田の伸ばす腕力に充ちた腕を深井はしたたかに打った。そうして組み打ちがはじまった。無論深井は長田の敵ではなかった。道傍の芝生に組み敷かれて柔らかくふくらんだ瞳からは涙がにじみ出ているのを見たときには、平一郎は深井の健気な勇気に同情せずにいられなかった。彼は下げていた鞄をそこに投げ出していきなりうしろから長田の頬を擲なぐりつけた。
「誰だ※(疑問符感嘆符、1-8-77)」
「己おれだ!」振り向いた長田はそれが平一郎であるのに少したじろいだらしかった。腕力の強いものにあり勝ちな、権威の前に臆病な心を長田も持っていたのだ。そして平一郎が少なくとも級クラスの統治者であることをも彼は十分知っていたからだ。ひるむところを平一郎はもう一つ耳のあたりに拳固をあてた。「深井をはなしてやれ!」「ううむ」それで長田は手をゆるめて立ち上がった。
「大河だな」
「そうよ」平一郎は長田を見上げて、必死の覚悟で答えた。
「覚えておれ! 大河!」
「覚えているとも! 生意気だ、深井を稚子さんにしようなんて!」
 するうちに組み敷かれていた深井が起きあがって、黒い睫毛の長い眼に涙をにじまして、洋服の泥をはたいていた。長田は平一郎と深井を睨み比べていたが、「大河、お前こそ、おかしいぞ!」と呟いて、そして悠々と立ち去ってしまった。平一郎は自分が自分よりも腕力の強い長田を逃げ出さしたことに多少の快感を感じつつ、平生あまり親しくはしていないが深井を家まで一緒に送って行くことは自分の責任であるように感じた。二人は路々一言も口をきかなかったが、妙に一種の感情が湧いていて、それが一種の気恥かしさを生ぜしめていた。時折信頼するように見上げる深い瞳の表情は、平一郎にある堪らない美と誇らしさをもたらした。平一郎は実際、自分と深井とは少しおかしくなったと思った。寂しい杉垣の青々した昔の屋敷町に深井の家があった。平一郎は、その郊外の野に近い町はその頃自分が度々彷徨さまよい歩いたことのある街であることを想いながら、深井の後から黙ってついていった。すると深井が黒い門のある家の前で、はじめてにっと微笑みながら、「ここです、僕の家は」と言った。平一郎はぎょっとした。そして思わずこう尋ねた。
「君の家の隣は吉倉さんといやしないかい」
「ええ、吉倉さんですよ」
「ほう――」と平一郎は自分の血の上気するのを覚えながら、「和歌子さんて居やしないかい」
「ああ、おとなりのお和歌さんかい」
「うん」
「いるよ、僕の家と庭つづきだからいつも遊びに来るよ、君、お和歌さんを知っているの?」
「――」
 平一郎は息苦しくなったが我慢して平気そうに、「さよなら」を言って自分の家の方へ引き返して来たが、彼は明らかに不安と嫉妬とが胸に充ちたことを否定できなかった。彼は路々考えて来た。自分は今のさき迄は美しい同級の少年のために戦った任侠な強者であったが、今はこの美少年を自分の恋の競争者として迎えねばならなくなったらしいことを。彼は同級の深井の美しさを長田によってはじめて今日知ったわけではなかった。彼は深井の美しさを本当に知っているものは自分一人かも知れない、とさえ思っている。ただ彼が意識的に近づかなかったのは、十五の彼の心にも浸み入っている深井が、「よい家庭」の少年であることであった。彼が平常ふだん長田の乱暴と馬鹿とを憎みつつもなお一味の好意を持ち得たのは、長田の家が貧困であること、そうしてその貧困な彼も学校という王国のうちでは、わりにその巨大な肉体の実力によって威張りちらし得ることにあった。その長田が、その深井を脅迫したのを見ては平一郎は黙っている訳にはゆかなかったのである。そうしてその結果が意外な発見をもたらしたのである。
「こうしてはいられない」平一郎は飯をすましたあとの茶碗や皿を小さな古びた棚にのせて、棚の中からもう一房残っているバナナをつかんで、奥といっても一室しかない八畳の、窓際に据えてある机に向った。窓からは晴れやかな青い五月の天と、軽げな白い雲の群と、樹々に芽ぐむ春の生気がのぞかれた。平一郎はバナナの柔らかいうちに弾力のある実をむさぼりつつ、どうもじっとしておれないような気がしてならなかった。彼は自分が和歌子とは未だ一度も話したこともないのに、あの深井が、あ、お和歌さんかい、庭つづきで遊びに来る、と言ったことが不安でならなかった。彼は苟いやしくも深井と自分とを対等に置いて考えることを恥辱だと考えた。しかもそう考えつつも、晴れやかな光った青空を眺めていると、想いはいつしか深井のことを、執拗に自分と比較しているのであった。自分と深井とを、和歌子はそのいずれを選ぶであろうか。彼は深井の美少年であることを内心恐れずにいられなかった。いつも桜色の生き生きした血色をして、黒い瞳はやさしい感情にうるみ、ほっそりした肉付と清らかな衣服は貴族的な気品を生ぜしめている。その上品な清純な美しさは自分なぞとても比べ物にならないと平一郎は考えた。しかし、と平一郎は考え直さずにはいられなかった。自分は浅黒い引き緊った顔、濃い秀でた眉毛、引き緊まった唇、鋭くて輝いた眼、男らしい鼻――もし和歌子が男らしいということを価値標準に置けば、深井よりも自分の方が上であろう。彼はまた学校における自分の位置と深井とを比較した。深井は決して学問の出来る方でなかった。席順も下の方であった。しかるに、と彼は考えた。自分は勉強の点数では級クラスで三番だが、級長をつとめているし、運動もかなりやっている。その点は単に美少年が特徴の深井に負けはしないと。
「和歌子さんは己のものだ! どうしたって己のものだ! 自分と和歌子さんとは、そんな今日や昨日のことではないのだ!」
 彼はむく/\と湧き立ち燃え上がる烈しい情熱に顫ふるえずにいられなかった。しかしその熱情を、その初恋の熱情を、という意識がじっと抑えるようにおおい被さって来た。ああ、そのためにのみ今まで黙って来た平一郎であった。彼はこの彼の全存在を揺るがす言葉の前に寂しい致命の痛みを感じつつ青い空を仰いだのだ。そうして、そこにはいろ/\の忘れがたい記憶が美しく想い起こされて来た。
 去年の春のことであった。中等程度の学校へはいっている小学校卒業生の談話会が小学校の唱歌室で開かれたことがある。黄金色の春光の射し入る窓際にポプラの平たい葉が早春の微風に揺らいでいた。五、六十人の少年と少女が夢みるようにお互いの話にききほれていた。どんなつまらない話もつまらないということはなかった。憂鬱な、悲壮な、壮大な、もしくは非常に滑稽な幻想がみんなを酔わしていた。平一郎は何故か難しい議論をする気になれず、アラビヤンナイトの「アリババ」の話をした。
「同時に兄の首は血に染みて土の上に落ちました――」と話して、森しんと静まった室内を見わたすと、窓からはそよ/\と揺れるポプラの葉が白く光り、得も知らぬ感激が彼のうちに高まって来た。ふと彼が「あやしい」気になって下を見下したとき、彼は威厳のある深い力に充ちた少女の瞳を見出した。先刻さっきから彼を視つめていたその瞳は彼の認識を認め感じて暫くたじろいだが、再び燃え立ち彼を襲うのであった。ああ、その瞳はこの時がはじめての瞳ではなかった。それは平一郎がまだ小学校の六年生の時であった。毎朝の朝礼式の行なわれる控室の正面に前年度の卒業生が一丈余りも丈のある大鏡を寄付していったのであるが、級長である平一郎は朝礼の時にはいつも列の一番前に並んでいた。ある朝、ふと眼をあげて大鏡の面を見ると、実にはっきりと、今燃え立ち襲って来ている瞳が写っていたのだ! 初めは幻覚かと思ったが、しかし和歌子も六年の女の組の級長なので、一番列の前にいる筈であった。和歌子に相違なかった。彼は威厳を含んだ秀麗な和歌子の鏡面のすがたを視つめていた。自分の立っている所から彼女の姿が見えるように、自分の姿も彼女のところから見えるに相違ない。こう彼は思って鏡面を視つめていた。奇蹟であった。じっと威厳を保っていた和歌子の映像が笑ったのだ! ああ、毎朝の鏡面を仲立ちにしての二人の対面よ! 毎朝、鏡面で互いににっこり笑えみ合うことがいかに幼い頃の悦びであったろうか――その忘れがたい瞳が、今力強く彼を襲って来ているのだった。彼はその瞳が何を語るかを、全身をもって感じていた。全身が火焔を吹くように感じられた。しかも明らかに、彼女の豊かな黒髪を品のいい束髪に結った髪、古英雄のように濃く秀でた眉毛、威厳と情熱に燃える瞳、ふっくらと弾力を湛たたえた頬の肉付、唇の高貴さと力強さ――要するに和歌子の美が燃えていたのだ。しかし彼は「男子の気象」を失わないために痩我慢ではあったが、話を最後まで続けたのであった。その話をしている間じゅうの、あの抑えても抑えても脈々と湧き来る光、歓びの波よ、湧き立ち、充ち溢れる深い魂の高揚よ、彼は話を最後までやるぞ、という意識はあったが、話を終えてからいつ壇を下りたか、いつ壇を下りて席についたかは、うっとりとした輝きに充ちた緑金の夢心地であった。しかもその夢心地の彼に「吉倉和歌子さん」と呼ぶ先生の声が銀鈴のように鳴り響いた。何という偶然。彼の次に和歌子が話をする順番であるとは彼も知らなかったことだった。瞳を上げると、正面の教壇の上には荘厳な感じのする彼女が、藤紫の袴の前に右手をそっと当てて立っていた。窓から入る早春の微風は、彼女の髪のほんの二筋三筋のもつれをなぶり、藤紫の袴のひもが軽やかに揺れているのを彼女の指が無意識に抑える。彼女の崇厳な美しい燃える瞳は、彼の上にぴったり据えられ、弾力ある頬は熱情に紅あからんでいる。ああ永遠なるひとときよ! 力に豊かな、ややふるえた和歌子の音声が語ったその日の話は、微細な一言一句もはっきりと平一郎は憶えていた。
「わたしの父が七、八年前に朝鮮の公使館におりました頃でございました。ある寒い冬のことで、雪はそんなに降りませんでしたが、厳しい寒さで草木も凍ってしまっていました。ある朝、一人の日本人の卑しからぬ奥さんが、辺鄙へんぴな町端れを何か御用があるとみえまして、急ぎ足で歩いておいでになりました。町の向うのすぐ近くには、赤い禿山が蜿蜒えんえんと連らなっているのでございました――」と言うときののところで、強く揚がるアクセントは忘られないものだ。「その禿山の奥には、その頃虎が沢山住んでおりまして、時々朝鮮の方が食われたそうでございます。その奥さんが町端れへ出ますと、向うの方から何か黄色いものがのそ/\やってまいりました。奥さんは気がおつきになりませんでした。すると黄色いものが恐ろしい声で唸りました。虎なのでございました。何かよい食物がないかと虎はのそ/\町へ出かけて来たところでございました。そこで奥さんの気づかれたときと、虎の飛びかかるときとがいっしょでございました。奥さんはどうすることも出来ませんでした。奥さんはその時、奥さんの一人の子である女の子の新しい着物を持っていらっしゃいました。奥さんは自分は食われても、自分の子供の新しい着物をよごしてはならないとお考えになりまして、その着物の包みをしっかり抱きしめていらっしゃいました。虎は、奥さんの頭から食べかかりました。しかし奥さんは自分を食われている間もじっと地面にふして、まるで御自分の子供を抱くように、その包みを抱きしめていらっしゃいました。そして町の人達が鉄砲を持って集まって来ました頃は、血に染まって死んでいらっしゃいましたが、奥さんの御子さんの新しい着物だけは、奥さんの胸のところで温められて、まるで子供のようにそのままになっておるのでございました――」
「その子供が――」平一郎ははっとして直覚した。そしてその直覚が壇の上の和歌子にも伝わったのである。厳粛で、愛らしいより崇厳な和歌子の顔に、自然な微笑が現われたのである。ああ、そのひととき!
「その奥さんの子供がわたしであったと、いつも父さんが話して下さいます」
 その日の夕暮、平一郎は学校の門前で彼を待つようにしている彼女に出遭った。和歌子は微笑した。それは自然に溢れ出る微笑であった。何か言おうとすると、彼女がすた/\歩みはじめた。もうかえろう、つまらない、何んだ女のために、と思って立ち止まると、和歌子が立ち止まってじいっと彼を待つようにした。そうして和歌子が何か言いたげに振り返って立ち止まると、今度は彼が不可抗な逡巡を感じて近づき得なかった。そうしたもどかしさを繰り返しつつ、平一郎は寂しい杉垣を廻らした邸町にまで引きずられて来ていた。そして、その町の彼方に野原の見えるはずれに近い家の前で和歌子が立ち止まった。そして振りむいた時の瞳の力強さ! 平一郎は恐ろしくて傍へ寄れなかった。が二人とも笑い合ったことは笑い合ったのだが。和歌子が生垣の門内に姿をかくしたらしかったので彼は思い切って家の正面まで行った。すると彼女は門口に身をひそめて彼を待っていた。
「ここですの、わたしの家は」
 彼女は真赤になってうなずくように顎を二、三度振って、そして鈴の音のする戸を開けて家の内へはいり、もう一度うなずいて戸を閉めてしまった。ああその後の寂しさともどかしさは嘗て恋した「身に覚えある」人でなくては知るまい。森しんとした夕景に物音一つしなかった。彼は家々に灯の点くまで前に佇んでいたが、心待たれる和歌子の声一つしなかった。彼はその夜、郊外の野原をさまよって家に帰ったのであったが、その日から彼には和歌子という少女が、忘れられない意識の中心位を占める人間となってしまったのであった。そうして、忘れられていた小学校の時分の和歌子に関する記憶が堪らない生気をもって甦って来るのだった。熱情を瞳いっぱいに燃えさした瞳、秀でた古英雄のもつような眉、弾力に充ちてふくらんだ頬、しなやかで敏捷で、重々しい肉体のこなし方――それは十分間の休み時間における控室の隅に、または微風に揺らぐ廊下のカーテンの傍に、運動場の青葉をつけた葉桜の木蔭に、ひっそりした放課後の二階の裁縫室の戸口に、またはオルガンの白い象牙の鍵をいじくっている四、五人の少女の群の中に、到るところ、いたる時に和歌子の美しさが彼に甦り圧倒して来た。殊に平一郎が自分と和歌子との恋は実に深いものであらねばならないと考えしめたのは、朝、始業の鐘の鳴らないうちは、小学六年生である彼は同級の少年達と控室で組み打ったり相撲したりして、空しい時の過ぎゆくのを充たしていたが、平一郎はいつも三、四人の少年を相手にしてその相手を捩じ伏せるのだったが、そうした折の朝の光を透して見える和歌子の賞讃と憧憬に充ちた瞳の記憶、また運動場の遊動円木に腰かけて、みんなして朗らかに澄んだ秋の大空に一斉に合唱するとき、平一郎の唱歌に聴きいる少女、その少女にあの「いろは」四十八字の歌を唄うとき、いろはにほへと、ちりぬるを、わかよたれそ、つねならむ……その「わかよ」のところを一と際高く唄った心持――平一郎には懐かしく思うのは自分のみではなく、和歌子もまた自分を懐かしく思ってくれているに違いないと考えられたのだ。そうして、学校の往き来に見交わすだけでは寂しさに堪えきれず、それとなく野原をさまよい歩いては、和歌子の家の前を胸を轟かして通って来るのをせめてものことと思うようになってからでさえ、すでに一年を経ているのであった。その大河平一郎にとって、深井が和歌子の隣邸であり、「あ、お和歌さんかい」という親密さであることは大した問題でなければならなかった。
「どうしたものだろうか」平一郎は飯を食い、バナナを食ったせいも加わって、机に頬杖ついたまま考え込むというよりも苛々いらいらしい心持で夢みつづけていた。外界はぽか/\と暖かい五月の陽春であった。庭の棗なつめの白っぽい枝に日は輝き、庭の彼方の土蔵の高い甍に青空が浸みいっている。平一郎はこうした穏やかで恵み深い外界の中で、今、自分が堪らない苛立たしさに苦しまねばならないのが情けない気がした。耳を澄ましていると、裏土蔵の向うの廓の街からであろう、三味の音がぼるん/\と響いて来る。その三味の音は平一郎に母のことを連想させた。冬子姐ねえさんの所へ行ってまだ帰らないのがまた不平で堪らなくなってくる。そうしてその底から和歌子のことがこみ上げてくる。彼は苦しくて堪らなかった。和歌子のことを想うと同時に深井のことが付き纏ってくるのだ。平一郎はまだ見習いの少女の弾くらしい三味のぼるん/\を聞きながら、自分の現在は到底母一人子一人の、他人の家の二階借りをしている貧乏人に過ぎないのだと考えた。それは分り過ぎるほど分り過ぎている事実ではある。しかもこの事実は世間的な解釈では一切の美と自由と向上とを奪われていることになるらしかったのだ。現に深井はいい家庭のお坊っちゃんである。そしてそのお邸を持っているという偶然の事実があの一年以来荘厳な近寄り難いものとして来た和歌子と隣り合わせて、「ああ、お和歌さんかい」と言わしめているではないか。そうして更に考えてみれば、和歌子自身も父は今は退ひいてはいるが二流と下らない立派な外交官である。とても自分などと比べものにはならない――この考えは常に平一郎にとって最も手ひどい打撃であるように、今の場合も致命的な打撃であった。自分が貧乏人であるという一事実のために、自分は自分の和歌子をただ黙して、なるがままに放って置かねばならないのだろうか。それは何ともいえない馬鹿らしい、しかも悲痛なことのような気がした。そんな訳がある筈がないという気がして来た。自分は恋しているのだ、和歌子を! この事実の方が貧乏である事実よりも更に有力で権威がなくてはならないはずだ。たとえお邸の坊っちゃんであろうとも、あの単に美少年で感情が優しいだけの深井に自分が和歌子を譲るわけは寸毫もない、と彼は考えて来た。平一郎は自分の心がどういう進み方を、どういう熱し方をして来ているかに気づかなかった。彼は常々「貧乏である」というだけのことで、世間が一切の自然な対等的な要求を踏み躙にじることを当然にしているような事実に反抗せずにはいられなかった。彼にはそれに反抗する、あの不可抗なる力を恵まれていたのだ。平一郎は長い間ぶる/\慄えながら考えていたが、もうじっとしている時でないという気がした。彼は手紙に自分の思う通りを書いて和歌子に送ろうと決心した。そうして、もし和歌子が返事をくれないか、冷淡なことをいってよこしたなら、もうあんな女一人位どうだっていい。自分は一生もう女のことは気にかけないで、その代り世界一の大偉人になってやるまでだ、という殺伐な気にさえ、彼は真剣になっていた。彼はペンでノートを切りさいた紙に書きはじめた。「小生は」と学校で習ったとおり書こうとしたが気にいらない、「私は」としても気にいらない、彼は平仮名で「ぼくは」と書きはじめた。

ぼくは大河平一郎です。あなたはきっと知っていらっしゃるでしょう。それでぼくはそれについては何も書きません。ぼくはあなたを知っています。ぼくはいつもあなたのことを思っています。苦しい程思っています。昨日も今日もぼくはあなたの家の近くを廻って歩きました。まる一年近くになります。あなたはあの小学校の談話会のことを憶えていらっしゃるだろうか。ぼくはあなたの話を今でもはじめからしまいまで暗誦することが出来ます。ぼくはあなたともっと仲よくなりたくてなりません。このままではぼくはやりきれません。あなたはどう思いますか、仲よくすることを望みませんか。ぼくは貧乏で母とぼくと二人暮しです。あなたはぼくのようなものと仲よくするのを恥だと思いますか。もしそうならそうだと言って下さい。しかしぼくは貧乏でもただの貧乏人ではないつもりです。ぼくはきっと貧乏でも偉くなります。きっとです。ぼくはあなたと仲よくしたいのです。仲よくしてくれれば、ぼくはもっと勉強します。そうして偉くなってあなたをよろこばします。どうぞ返事を下さい。日曜日の朝ぼくの家の前の電信柱のところに来ていて下さい。

大河平一郎
    吉倉和歌子様

 彼は書き終って読み返すことを恐れて、そのまま封筒に入れて大きく習字の時のように楷書で「吉倉和歌子様、親展」と書いた。すると重荷を下ろして一休みする時のような澄みわたった気持がした。それは少年ではあるが一歩踏み出したときの自己感の強味であった。同時に未知に踏み出した臆病と不安が湧かないでもなかった。彼はどうしてこの手紙を渡そうかしらと、やがて考えはじめた。明日の朝和歌子に路で会えば渡せないこともなかったが、遇うかどうかは分らなかった。今夜にでも和歌子の家の前へ行くことも会えるかどうか分らなかった。しかし彼はじっとしておれない気がした。彼は今まで脱がずにいた小倉の制服を飛白かすりの袷あわせに着替え、袴を穿はいて、シャツのポケットの中へ手紙を二つ折りにして入れたまま戸外そと[#ルビの「そと」は底本では「そよ」]へ出た。彼は和歌子の家へゆくつもりであった。戸外はもう夕暮近くで、空には茜あかね色の雲が美しくちらばっていた。彼は明らかに興奮していたが、路の途中まで来ると、また深井のことが彼に迫って来た。自分は深井に対してすまないことをしている。それに深井に秘密でこの手紙をやることはいかにも卑怯で面白くないという気がしきりにした。「それに――」と彼はある自分の心の中に発見をして、「自分は深井にある友情を、和歌子とは別な、友情を感じている」と叫ばずにいられなかった。そしてその友情の性質は非常に誇りの高い、盗犬のように、こっそり和歌子に手紙をやることを許さないものであった。「どうしたものか」と彼は十字街に立って考えこまずにいられなかった。十分間も彼は佇んでいた。路の正面は和歌子の家のある邸町へ、右へ下る坂は母がまだいるであろう、冬子のいる春風楼のある廓町へ、左手の坂は大通りへ通じていた。彼は往き来の人を見送り見迎えていた。すると電光のようにある悦ばしい考えが「踴躍」という言葉そっくりの感情と共に現われて来た。それは、深井自身に平一郎が自分の恋を打ち明けて、そうして自分の手紙を深井によって和歌子に渡して貰うことであった。「それがいい、それがいい……」平一郎は自分の家へ引き返しながら、それがいかに男らしい態度であるかに想い及んで嬉しくてならなかった。
「それがいい、それがいい、自分は和歌子を恋している、また自分は深井にも醜くありたくない。そうだ、これがいい、これで和歌子が自分よりも深井を選べば、もしくは選んでいるなら、自分は残念だが――」とまでは自分に明言できなかった。しかし自分が醜いことをしなくてもすむという心安さはあったのだ。
 平一郎が家へ帰っても母のお光はまだ帰っていなかった。彼はいつもひとりであるときするようにランプの掃除をして、薄暗い三分芯に灯をともして、そうして明日の代数の予習をはじめた。五月の日はとっぷり暮れてしまった。裏の廓の方からは、さっきとはちがった冴えた三味の調べがりょうりょうとしめやかな哀れ深いうちにもりんとした芸道の強味を響かせて聞えて来た。平一郎は何故か「偉くなる、偉くなる、きっと偉くなる」と呟かずにいられなかった。母を待つときの寂しさがやがて少年の胸に充ちて来た。
 夜がかなりに更けても母のお光は帰らなかった。そうして灯の下で夕飯も食べないで母を待っている平一郎には、いつも母の帰りの晩おそいとき感じる、あの忌わしい、実に言葉に発表出来ない、鋭い本能的な疑惑を感じはじめて来た。恥かしいことであると思った。母が帰って来て穏やかな顔を見せてくれれば、すぐに消えてしまう、そしてすまないと考える忌わしい疑念。そうした恐ろしい疑念を現在自分の母に対して起こさなくてすむ人は幸福である。平一郎は刃のように寒く鋭くなる疑念を制し切れないままで、自分の「貧乏」を悲痛な念で反省せずにいられなかった。
 貧乏、貧乏! ああ貧乏であることがどれ程まだ十五の少年である彼のすなおに伸びようとする芽を抑制し、蹂み躙り、また鍛錬して来たであろうか。彼が自分の「貧」ということを身に沁みて感じたのは彼が十二の初夏のことであった。その頃までは彼にも自分の家というものがあった。この金沢の市街を貫き流れるS河の川べりに、塀をめぐらした庭園の広い二階建の家が自分の家として存在していた。無論自分の家ではあるが自分達の住む部屋は前二階の二室まきりで、奥二階にも店の間にも幾多の家族が借りていたのだ。それでも自分の家であることにかわりはなかった。小学校の五年あたりまでは裕福でないまでも、彼はのんびり育って来ていた。川瀬の音がすぐ真下に聞かれる庭園の梅の樹や杏の樹や珊瑚樹の古木を、彼はどんなに愛したか知れない。父のいないということ、父が三つのとき亡くなったということ、その淋しさは無論彼に迫ったが、しかし父の生活していた家がこの家であるという自覚、父はこの辺りでも有力な貿易商であり、また町中での人望家であったということ、などがその淋しさを補わないでもなかった。息やすまず限りなく流れるS河の水音がそうした彼の感情に常に和していたことは言うまでもない。しかし、平一郎にも苦しむべき時がやって来ねばならなかったのだ。母のお光が彼の三つの時から十年近い年月を女一人の力で亡き夫の家に居据ったまま暮して来たことは、並大抵の苦労ではなかった。しかし人力もそう続くものではなく、ある限度を越えれば運命に負けねばならない。平一郎が成長するにつれ生活費もかさまり、また彼の前途に控えている「教育費」の心配も予めして置かねばならなかった。お光は十幾年住みなれた亡夫の唯一の遺産である「家」を売ったのである。そして平一郎は「父のない、そうして家のない」少年となったのである。平一郎は悲しい「零落の第一日」をよく憶えていた。梅雨上りの夕景の街は雨にぬれて空気は爽さわやかであった。うるんだ空に五色の虹の光輪がかかっていた。家財とても荷車に積んでみるとそんなになかった。平一郎は三度目の、そして最後の移転車ひっこしぐるまのあとについて歩いた。零落したという感じ、もう家がないのだという心細さ、世間が急に狭く圧迫を強めて来るような淋しい感じ、それがその時の空にかかる虹を見ながら歩いた平一郎の実感だった。移転してしまってからも、長い間、平一郎は新しい家になじめなかった。あまりに前の家との相違がはげしかった。大きなS河のたゆみない流れの音の代りに廓の裏手から三味線の音が響いて来た。広い自分の家の代りに、八畳と四畳の二階借り、しかも階下は芸娼妓の紹介を仕事にしている家族であり、これまで手持ぶさたにしていた裁縫を、母は本気に仕事としてはげまなくてはならなくなっていた。彼は母に自分達はそれ程急に貧乏したのか、と尋ねたことがあった。母は「お前さんはこのさき中学校へはいり、高等学校へはいり、大学へはいって偉い人にならなくてはならないのです。それにはお金がいりますでしょう。だから今のうちになるべく倹約して置かなくてはいけませぬ」と言ってくれた。母は又、こうして廓の傍へ来たのは、する仕事の値がいいからで、お前は廓のそばにいても立派に勉強してくれなくてはいけないとも言ってきかした。平一郎はほんとに自分は偉くならなくてはならないと考えた。この精神が彼を小学校を首席で卒業させ、またこの精神が彼を単なる意気地なしの代名詞である優等生たらしめることなく、またこの精神が今彼をして男らしく和歌子に自分の真情を打ち明けようといたさしめていた。この精神はいずこより来たか。亡き父の意志よりか、母のお光の献身的な愛よりか、あるいは貧しい寂しい境遇の自覚よりか。そのいずれもであるには相違ない。しかしその根源にいたっては誰人たれも知ることは出来ない。それを知るものは平一郎の内なる平一郎を生みたる宇宙の力そのものである。そしてそれは人間の言葉としては表現出来ないものである。
 九時近くになってから母のお光は帰って来た。彼女は方々お得意先へお礼旁々廻って、仕事を集めていて遅くなったと言って、路であんまり甘そうなお饅頭があったので買って来たといって、卵形の饅頭を拡げて自分から先に食べるのであった。平一郎はその母の穏やかな様子を見ると、いままで忌わしい疑念を抱いていたことを恥じ恐れずにはいられなかった。彼は嬉しくなって、自分のために夜遅くまで仕事を集めに歩いている母の苦労が思われて、すまない気と、嬉しい気でいっぱいになった。彼は饅頭を食べながらもう少しで和歌子のことを打ち明けてしまうところだった。それ程彼は歓ばされていたのだ。
「ことによるとわたし達は冬子さんのいる春風楼へゆくことになるかも知れませんよ。あすこの離室はなれが空いているから、そこをお前の勉強室なり、寝室なりにしておいてね」
「で、母さんは何をするのです」
「あすこの家のお仕事を一手ですることになるかも知れませんよ」
 こう寝しなにお光は平一郎に話した。次いで平和で健康な眠りが来た。

 平一郎母子おやこが借りている家の階下したは芸娼妓の紹介を業としている人であった。遊郭の裏街、莨店たばこみせや駄菓子屋や雑貨化粧品店や受酒屋や[#「受酒屋や」はママ]などが廃頽したごみ臭い店を並べている間に、古びた紅殻格子の前に「芸娼妓紹介業、中村太兵衛」と看板がぶら下げてあった。主人の太兵衛は生まれつき体格が逞しく力があって、青年時代は草相撲の関取であったというが、そして女と酒と博奕と喧嘩のために少しあった資産もなくしてしまった三十の頃、今の主婦さんに惚れられて世帯をもったのだというが、しかし今はもう五十を越して早衰した老爺にすぎなかった。芸娼妓紹介の仕事も、もと芸妓であった主婦さん一人でやっていた。主婦さんがお光に、もし今の亭主が自分から惚れた男でなかったなら、そして亭主を捨てることが昔羨しがらせた朋輩やお客の手前がなかったなら、そして亭主の巨大であった筋肉を奪い、聴覚を犯し、眼を悪くした悪い病気に対して多少の責任を自分に感じないなら、とうの昔に捨てて新しい生活の道を選んだろうと言ったことがあった。実際お光よりは三つ四つ若い主婦さんにとって、昔強かった時分のつもりで一日中怒鳴りちらして暮らしている亭主は重荷であるらしかった。お光は偶然ではあるが、こうした家へ住居を定めたことを後悔することも度々であったが、またこうした家の二階を借りたことがお光の生活に、また平一郎の生活に、二人にとって実に重大な、運命の力を感じしめることになろうとは後にいたって思いあたることであった。それは「冬子」とお光母子とを結びつけた偶然な事実であった。
 お光母子が芸娼妓紹介の家の二階に移り住んではじめての秋十月のことだった。お光は夕飯をすまして、食器を薄暗い台所で洗っていた。階下の茶の間ではその日午過ぎから高声で主婦さんが嗄かれた声の男と話している何かの話のつづきをまだ喋っていた。此家ここへ来てからまだ五月とたたないのであったが、誘惑されて来たらしい色の黒い田舎娘を坐らせて置いて、
「九十六カ月の年期で五百円より出せぬ」
「いや、これで玉は上玉だあね、八百円出しても損はしない」
「――冗談でしょう。こんな代物に八百円出せとはそれあ無理でさあね」
「それじゃ七百七十円まで負けましょうや」
「どうして! 五百円が精いっぱいでさあね。お前さんだってそう骨折って育てた子供という訳じゃありますまいし、なんだね、思い切りの悪い。さんざ初物の御馳走を吸いつくしたかすをなげ出すからってさ!」
「御冗談でしょう。それじゃまあ六百円――」
「ええ、しかたがありませんや、もう五十両で手を打ちましょうや」
 こうして一人の女の五百五十円で売られてゆくような事実を幾度となく見せつけられている彼女は、またそうした話であろうと胸を痛めつつ聞かないようにしていた。何のあてどもなく田舎から出て来て行先に困った若い女、そうした女を再び浮かぶ望みのない深淵へ引きずり下すのみでなく、そうした深淵に生きる女達が、ふとした不注意から、思いがけぬ不意な熱情の迸ほとばしりから、また自然の苛酷な皮肉から、主の知れない呪われた子を生み下すとき、その不幸な子供を若干の金で貰い受けて、そしてじり/\餓え死にさせるようなこともするらしかった。大抵の嬰児は結核か梅毒で死んでしまった。死なねば、乳もやらずに放って置けば消えるように萎びて死んでしまった。――お光が聞くまいと努めても話し声は聞えて来た。それは自分の無力を自覚している彼女にとって、どうかしてやりたいという同情がおきるだけ、それだけ辛いことであった。
「それあもう万事わたしの胸の中にありますよ、そういうことにぬかりはありやしません」
「え、そりゃぁ主婦さんのことですから、それでもまあ念には念を入れろっていいますからな。えっ、はっはっはっは」
 お光は食器を洗い終えてしまってからも、悲しい忌わしい人達に会うのに気を兼ねて、暫く土間の薄暗がりに立っていたが、話し声はぴったりしなくなった。彼女は思い切って茶の間に出た。すると主婦さんと人相の卑しい四十男とひとりの女とが、赤暗い電燈の光に照らされているのを見た。白味のかったセルの単衣に毛繻子けじゅすに藤紫と紅のいりまじった友禅をうちあわせた帯をしめている、ほっそりした身体つきが、お光には卑しい身分でないことを知らしめた。お光が水にぬれた手を前掛で拭いつつ土間の片隅から上りかけると、隅に女のらしい水色の洋傘がよせてあった。傍を通るとき男は「いや、どうもすみません」と少し背を曲げるようにした。そのとき女はそっと顔をもたげて黙礼した。非常に美しいとはいえなかった。少し蒼味の勝った顔全体には、無愛想な精神的な上品さと、初心な純一さと、苦労して来たらしい淋しい神経質な陰鬱さが現われていた。女は何気なく黙礼したらしかったが、そこに予期しないお光を見出してはっと竦すくんだらしかった。赤くなるより青く沈む質たちであるらしかった。お光は二階へ上って、またひとりの女が深淵へ堕ちてゆくのだと思うといい気がしなかった。そして自分の無力が恨めしかった。平一郎ひとりを立派な人間に育てあげること一つさえ全力をつくして足りない自分がみす/\多くの人の堕落して行くのを見すごしていなければならない自分を悲しく思った。もっと世の金力、智力がこうした人間を助けることに用いられなくてはならない気がした。彼女は平一郎が昼の疲れで早く寝てしまったあとで、仕事する気になれず寝てしまった。疲労は彼女に熟睡を与えるに十分であった。
「恥さらしめが!」
 胸苦しい悪夢にうなされているお光の夢を声が醒ました。夢ではないかと首をもたげると硝子戸越しに下弦の月が寒く照っていた。
「年甲斐もない、今のざまになっていながら、よくもまあこんなことが出来るものだね、お前さんは!」たしかに階下の主婦さんの声である。
「うう、汝われの知ったことかい」
「知るも知らんもありゃしない。せっかく納得して自分からゆこうと思い立った大切な女ひとに、お前さんが今夜のようなことをしかけちゃ、このさきどんなことがあるかも知れないという気になってしまうじゃないかい。なんぼわたしが毎日毎日欠かさず御飯を食べさしているからって、そうおかしな色気を出してもらっちゃ商売が出来ませんよ。女が欲しかったら下店したみせへ五十銭もって行ってくるといいんだよ――ねえさん、気を悪くしないで下さいよ、ほんとにしょうがないのですから」
「黙っていろ! この己を耄碌もうろく扱いする気だな、貴様は」親爺が立ち上ったらしかった。主婦さんの甲高い声が聞えた。「あ、何を――」という慎しみを忘れないうちにも全力的な悲鳴に似た女の声がして、やがて、けたたましく階段をのぼって来た。細帯のままのさっきの女が、はげしい動悸と、恐怖と、怒りを、抑制しつつお光の傍へよって来た。お光は床に起き直った。秋の月の光がかすかに射し入っていた。
「こちらへいらっしゃい」
「は、どうも相すみません」
 女はしょんぼりそこに坐って慄えていたが、恐ろしさよりも怒りの方が勝っているらしかった。何もかもがあまりに明らかに判りすぎている事実であった。お光は自分の枕をずらし、座蒲団を円めて枕の形にして、自分の床の傍をあけて、「こちらへはいって、おやすみなさい」と言った。女は「すみません」と小声で言いながら、お光のわきに小さくかがまり横になった。お光も横になった。そして階下の物音に耳を澄ました。しかし階下はひっそりして、主婦さんも親爺も静まりかえってしまった。お光は女のほっそりした肩先の止め得ない戦慄を感じていた。偶然ではあったが、お光はこの時女と自分との心がぴったり融合し合っているのを感じないわけにゆかなかった。ああ、哀れな女よ、やがて戦慄の波が大きく刻みはじめてすすり泣きになった。お光も一緒に泣きそうになってしかたがなかった。お光は肩のあたりをさすってやった。「わたしは、不仕合です、ほんとに、ほんとに……」女は涙をこらえようとしてその度に一言ずつ呟いて、また泣いた。
 しかし涙は悲しみを温める力をもっている。泣くだけ泣けばあとには雨上りのような、はれやかさが生まれ出る。お光はそれを自分の体験で知っていた。
「さ、こっちをお向きなさいな、泣くのはよして。どうせ今夜は眠られないのだから、こっちを向いて話でもしましょう」
 女はやがて泣き止んでそっと寝返りをうった。お光は涙にぬれた蒼ざめた、品のある、淋しい女の顔と勝気な瞳とを見た。そして、二人は互いに深いところで了解し合っていることも確かめられた。女は二十歳であった。母は七つの時、父は今年の夏死んでしまったと言った。家は能登の輪島の昔からの塗師であるのだが、父の死後一人の兄がなまじっかな才気に累わずらわされて、輪島塗を会社組織にしようと思い付いて会社を創立したが、その株金を使いこんで、もしその金が無い時には監獄へ入れられる――つまり、その金をこしらえるために嫁入前の身体を芸妓に売ろうとするのだと女は言った。女は三味線も琴も生花も茶も娘の頃に習い覚えているし、ことに鼓つづみに対しては興味もあり、自信もあり、修行ももっと積みたいと言った。最後に、自分はどうかして真実に芸ばかりで、芸妓としての生活を送りたいと言った。お光には女が本当に処女であるらしいことははじめから会得されていた。態度に一種の落着きのあるのは女の素質と知恵と教養の影響であって、「男を知った」すれっからしの故でないことも知ることが出来た。兄のために金をこしらえたい、という願い、その願いを身を売るということで充たす、そしてその芸妓稼業を芸ばかりで勤め上げたいという意気組、そこにはある厳粛な精神はあったが、同時に世間を知らない生気さがあった。お光は深い溜息をもらさずにいられなかった。女は次いで、自分の名は冬子であり、明日からこの裏手の廓の春風楼へ出ることを打ち明けた。
「冬子さん」とお光は言わずにいられなかった。「わたしは今、あなたをそういう商売をさせたくなさで胸いっぱいですが、しかしそれはどうにも仕方がありません。あなたの芸一つでやって行こうというお志は本当に好いことだと存じます。どうぞその志を捨てないでやって下さい。たとえ芸一つでやってゆけない破目になろうとも、そのお心さえ堅くもっていらっしゃれば――そりゃぁもう死ぬほど辛いことが多い――辛いことばかりでしょうよ。わたしも丁度あなたのお年の時分から苦労をしつづけで来ておりますが、肝心なことはやはりそうした一念を忘れないということが何よりの頼りになることではありますが――」
 お光は平一郎のこと、自分のこと、どうにか平一郎の成長を祈っていることを話した。そして、冬子に住居も近いことだから親身の叔母とはゆかなくとも、他人でない小母がいると思って訪ねて来てくれ、出来るだけのことはしましょうと言わずにいられなかったのである。二人は寒い下弦の月の暁近く濃霧にうるむ頃まで語り明かし、次の朝、冬子は春風楼へ「芸妓になる可く」行ってしまった。
 その夜から三年の時が過ぎていた。三年の時はあらゆる一切の万象に過ぎていた。平一郎をして中学三年生で恋愛の悩みを知るようにならしめた力は、冬子をして廓でも名妓の一人として立たしめていた。娘の時代に仕込み入れた人間としての教養と、天稟てんぴんのしとやかな寂しいうちに包んだ凛然りんぜんたる気象は、彼女をただのくだらない肉欲の犠牲者とのみはしておかなかった。芸ばかりで立ってみせる、ひとかどの名妓となってみせる、という意志が彼女を引き緊め、彼女の持つ真価値を十分に生かすことに力があった。彼女は無論「芸ばかり」で勤めることは不可能であった。朝、寝乱れ姿でお光のところへ「小母さん」と駈け込んで、仕立物に精出しているお光の膝に俯伏して初めてなめた地獄の苦痛を訴えたことも遠い時の彼方のこととなってしまった。ただ彼女にとってはそれは官能の満足とならずに精進の鞭撻となった。彼女は唄うことは上手でなかったが、三味線、琴、踊り、ことに鼓は、師匠も名人の素質があると賞め、彼女自身にも自信があった。彼女は辛い勤めのあとの悲しい想いを、凛然たる、は、おえ、よお! の懸声と森厳な鼓の音色とによって解脱することが出来た。そしてお光も針仕事には慣れて、街の人々にもなじみが深くなって来ていた。お光と冬子とのあの夜以来結ばれた交りは肉親の叔母と姪でない代りに、精神上の母子よりも深い仲となって来ていた。二人は互いに互いの苦しみを苦しみ合い、互いの楽しみを楽しみ合うことを悦ばずにいられなかった。平一郎にとってこのすぐれた女二人――母と冬子との愛が彼を培うに役立ったことは言うまでもない。そうして三年前にお光の寝床を唯一の避難所とした冬子は、「名妓」と言われるようになった今、お光のためにはよき生活上の相談相手となり得ていた。

 平一郎が和歌子への手紙を深井によって伝えようと決心した日の次の日の午後、彼は一事を敢行したことの英雄的な傲おごりを感じながら靴音高くかえって来た。なぜ靴音が高いか。彼は「こと」を敢行したからだ。朝、学校での運動場の芝生で深井に会ったとき深井は優しい感謝の微笑を送ったが、話をする勇気は持たないらしかった。彼自身もポケットの手紙を握りしめながらつい口一つ利きけなかった。一時間目の国語の間じゅう彼は自分の卑怯を責めつづけていた。そしてノートに「吉倉和歌子」の名を五十あまりも書いてしまったのに驚いた。機会は四時間目の体操の時についに来た。彼は鐘の音につれて校舎の方へ走り去ろうとする群の中の一人を「深井君」と呼びとめた。
「え?」と深井は頬をほてらした。
「ちょっと君に話したいことがありますから」さすがに彼も胸が鳴り響いた。彼は運動場を横ぎって、寄宿舎の横手の、深い竹藪に接した芝生に来た。そしてそこの木馬に腰かけて思い切って言ったのだ。
「君は――吉倉の和歌子さんを知っていると言ったね」
「ええ――」と深井はいぶかしそうに、また、彼の内なる和歌子を護まもるような目付をした。
「これをね」平一郎はポケットから二つに折った手紙を取り出して木馬の背の上に置いた。「和歌子さんに渡してくれないか?」
 深井は雨にさらされて白くなった木馬の背の手紙を見つめていたが、暫くして耳の根まで紅くなった。平一郎はそれを認めるともう勝つか負けるかどっちかだというような気になった。
「僕は和歌子さんと仲よくなりたいと以前から思っているのだ。ね、渡してくれないか。僕は君の家が和歌子さんの家と隣り合っていることは知らなかったのだ。お願いだから渡してくれないか? ――それとも」彼はさすがに身慄いがした。祈りに似た感情が彼の内部に脈うつのだった。
「君は和歌子さんと仲よくしているのかい」
「いいえ」と深井は目を輝かしてきっぱり言った。
「渡しましょう」
「きっとだね!」
「ええ!」
「ありがとう!」平一郎は深井の手を握って、そして嬉しさは彼に、「僕はね、君ともこれから仲よくしてゆきたいと思っているのだ!」と言わしてしまった。深井の瞳に美しい火が燃えた。それはひとたびゆいてかえらぬ生命の炬火たいまつの美しさだった。ああ、何という悦び! 愛するものを獲たのではないか! 和歌子と深井を獲たのではないか! 彼は靴音高く家へ帰って来たのである。
 家にはお光と冬子が待っていた。霽はれた晩春の青空から穏やかな陽が二人に射していた。
「やっぱり平一郎さんでしたこと」こう冬子がついていた右手でそっと、さらさらした豊かな鬢の毛をかきあげて、緋縮緬の長襦袢に紫がかった襟をつけようとこつ/\針を運んでいるお光を見上げた。平和な静けさがお光と冬子の微笑によって破られた。
「只今!」と彼はカバンを投げ出し、洋服を着替えて、いつものように大急ぎで膳に向わずにいられなかった。冷めた豆腐汁も彼にはうまかった。彼は、横向きになっているやや浅黒い引き緊った冬子の顔と艶々した島田髷とを見ながら、髪を結いにいった帰りだなと考えながら、襟頸から肩の辺りへの柔軟な線の美しさに引きつけられ、こうした女ひとが自分の姉のように親しくしていることを誇らしく感じた。
「今日は遅かったじゃないかい」とお光は留針をしながら言った。
「今日は博物の寄り合いがあったのです」と彼は嘘を言って、すまない気のしただけ和歌子のことを思った。そして冬子に、「踊りのおさらいはまだなんですか」とたずねた。
「今月の二十八日ですよ。今度はわたしが出ますからいらっしゃいな」
「ええ」と平一郎が飯をかきこむのをお光は、「踊りや歌が好きだからおかしいですね」と冬子に言う。そうして、話はまた、お光と冬子に移ってしまった。
「お酒はやはりなるべくなら飲まない方がいいですわね」
「でも、お座敷に出ている時に、生きていることが少しもいいことでない、生きていることは実にたまらない、害のあることだというような気のする時に、盃洗にいっぱいぐうッと飲むと、そうするとすこし胸がすっきりしますの。それでなけりゃ、縁側へでも出て、鼓をさらえばまあそうですけれど――」
「それはもうそうでしょうともね。わたしもそういう気のするときはもう何度あったかもしれないけれど、しかしわたしにはまあ、平一郎あれがいたものだからどうにかやっては来たものの――」
「それでも小母さんの方がわたしなんかよりか余っ程いいという気がしますわ」
「そうでしょうか」
「でも、小母さんも随分のお骨折だったという気がしますわ。十二年、そうでしょう、小母さん、乳を呑んでいた赤ちゃんが中学校で威張る位になるのですものね。でもこれからよ、小母さんの苦労甲斐が現われて来るのは。本当に羨ましい」
「さあ――」とお光は淋しそうに笑った。「貧乏のせいか何んだか、その平一郎あれの一人前になる日に会われないような気がしきりにしましてね」
「そんなこと、小母さん!」冬子は本気で言った。「わたしだってこのままのわたしを小母さんに見せているだけでは小母さんに対してもすまないのですわ!」
 お光はにこやかに微笑みつつ、心からの歓びをかくしきれないように、
「今のままだってわたしは十分結構ですの。ほんとにあれからでさえもう三年経たちましたっけ。随分あなたも立派な女になったものですよ。冬子さん」
「いけません、小母さん、冷やかしちゃ」冬子は顔を曇らせて苦いものを含んだように、切れ目の長い瞳を青い空に向けた。そして、「青い空ですこと――小母さんはまだお花見にいらっしゃらなかったはずね」
「ええ、仕事に追われてまだですよ」
「わたしも今年は行きたくなくて行きませんでした――ほんとに青い空」そして冬子はふいに言った。
「わたしのようなものでも、もし子供を持ちたいと思えば子供を授かることが出来るものでしょうか」
「――?」お光は冬子を見つめて黙っていた。
「子供を授かることを罪のように警戒しているわたし達にでも、心から子を授かりたいと思えば授かれるのでしょうか。それとも罰で一生子供は生まれないのでしょうか」
「あの方の子供ならと一心に想うような方が出来なすったの、冬子さん」
「いいえ、まだ、この方の子供ならどうしてでもいいから授かりたいと思うような人には一度も会いませんの。会う人も会う人もこうした人の子供を生んだら大変だと思うような人ばかり。でもわたしは一生に一人はこの人の子をどうか授けて下さいと祈るような方にあってみたいと思いますわ。たとえそうしたときがあっても、今迄の罰で、とても子供は授からないのではないでしょうか」
「それはわたし達には分るものじゃないでしょう。しかしわたしは、もしそういう時にあなたが一心にさえなればきっと子供が授かるような気がしましてよ。――わたしのようなものでさえが、どうにか平一郎あれを育ててやって来ていることから考えてみましてもね」
「そうでしょうか」そして二人は淋しそうに沈黙してしまった。平一郎は飯をすまして暫く火鉢のところに坐っていたが、母と冬子の話が途切れたので、立って長四畳の机の方へ行こうとした。すると冬子が同じように立ち上って、「平一郎さん、ちょっとわたしの傍へ立ってごらん」と言った。平一郎は傍に立った。冬子は髪を結っているので高かったが、実際は一寸も違わなかった。「もうじきわたし位に成長おおきくなってしまうわね」と冬子は母と顔を見合わした。平一郎はというように壮快に笑って、冬子もすてきに美しいと思いながら机に向った。彼は、和歌子への手紙を深井に託したことの歓喜のあとに、異常な沈着さを感じて、代数の問題を考えていた。すると明日の日曜の朝の待遠しさが悪寒のように起きて来た。そして恥かしいことには、もし返事をくれなかったらという懸念さえが時々起こって仕様がなかった。
 夕方、冬子は淋しそうに「さようなら」を言って帰っていった。彼女は母のお光に、彼女のいる春風楼の今いる裁縫師がお盆限り止めるので、その代りにお光が来たらどうかしらという話をしていった。そして母と何かひそ/\話しながら、「そう、それがいいわね」などと言っていたのだ。冬子に対して何故か傲慢じみた態度に出てしまう平一郎は冬子が去ったあとでは、いつもなくてはならぬものを失ったような淋しさを感じるのだった。この日も夕暮のあの悲しい薄闇で、母に子供らしく甘えかかりたい気持になりかけていると、階下で主婦さんが「平一郎さん!」と呼ぶ声がした。階下の主婦さんが呼ぶことは珍しくなかった。平一郎は何か珍しいものでもくれるのか、郵便でも来たのかと考えて階下へ下りた。すると主婦さんは、
「誰だか呼んでいますよ」と言った。平一郎は何の予期もなしに戸をあけて外へ出ると、門口に深井が立っていた。
「深井君じゃないか、はいりたまえな」深井は涙ぐんだような瞳で彼を視つめながら黙って立っていた。そして、戸外の方を示すようにそっと顧みた。それは無言の紹介であらねばならなかった。次の瞬間平一郎は、家の前の電柱の下に少女が背をもたせて立っているのを見出した。和歌子だった。一切が了解された。彼は深井を見た。
「和歌子さんだね」と彼は深井に精いっぱいの声で言った。全身が、歓喜、驚き、恐怖、羞恥に震撼した。彼は電柱の傍まで駆けていったが三尺ばかりのところでぴったり立ち止まってしまった。柱に背をもたせていた和歌子は、身体を真っ直ぐにして、懐からそっと水色の封筒を取り出して、平一郎に見せて、輝かに笑ったのである。どうしたものだろう。三尺ばかりの間を平一郎はどうしてもそばへ進むことが出来なかった。彼女の輝かな笑いが彼の情熱をせきとめてしまったのだ。熱情は身内に渦巻いて全身が異様に慄えて来た。すると深井が彼の前に来て軽く帽子をとって、「僕、失敬します」と言った。そして和歌子の方へはにかむような顔を見せて小走りに彼は去ってしまった。平一郎は自分の腑甲斐なさに堪えられない気がした。そしていかに自分が和歌子のために自分の全部を占有されているかをつくづく感じた。とにかく彼は自分の力の萎縮を認めた。すると彼は全身の熱情が悦ばしい羞恥となって顔面にのぼってくるのを制止できなかった。
「明日まで待っていられなかったのでしてよ」と和歌子も真赤になって言った。そして二人は同時に笑いあうことが出来た。その笑いが凍ったような「凝結」をゆるめさした。大河平一郎が解放された。彼は「ついでおいで!」と言ってすたすた歩き出した。晩春の夕暮の戸外はまだ明るくて、空には夕映が深い美しさを現わしていた。彼は狭い十字街を右に下りて、野原へ出ようと考えていた。一年もの間、彼女を偲しのんでさまよったなじみの深い野に、この最初の日の自分と彼女とを見せてやりたかった。紅殻格子をはめた宏壮な廓の家々を通りすぎると街は川べりに出た。彼は後ろを振り返ってみると、彼女がすぐ後ろに生き生きしてついて来ているのに驚かされ、ある圧迫と動乱とさえを得た。路は静かに流れに沿ってひろびろした耕地の間に展ひらけていた。彼は立ち止まった。和歌子の息づかいが聞え感じられるほど彼女は近くよりそって来た。二人はもう一緒に生まれた人間のように親わしさを感じていた。
「吹屋の丘へゆきましょうか」
「ええ!」
 ああ、またしても湧きくる、魂をゆるがす微笑よ。水流は無限のうねりをつくりつつ路に沿って流れていた。右手には田植を終えた耕地が、ひろびろしい曠野のはてにまでつらなり、村々の森が、日に蔭って黒ずんで見え、太陽はいつもより大きく、真っ紅に燃えていた。路は緩ゆるい傾斜をのぼって草原の丘に伸びてゆく。その丘は何んでも平一郎の父の友人のある商人が、日露戦争後の起業熱のはげしい折に、鋳鉄業を創はじめた失敗のあとであった。生い茂った雑草の間には石ころや柱のくさったのや、錆びた金属の破片などが残っていて、それが平一郎には淋しい空想の種となった。春、夏、秋、冬、平一郎が和歌子を忘られなくなってから、彼は幾度この丘に立って寂しい自分の心をいとおしがったであろう。また幾度、涙にぬれて、「偉くなる!」と叫んだことであろう。河縁には楢ならの木が密生して、百舌鳥もずが囀さえずっていた。平一郎は丘の上にのぼって、さて草原に腰を下した。和歌子も側に坐って、二人は幸福なこの夕暮の野の空気にひたっていた。ゆるやかにも流れひびく永遠の水の音よ、大空にじっと動かない白雲よ、ようやく迫る夕べの気配に、薄暗さを増した曠野の豊かな土の色調よ、ああ、しなやかに二人のためにしとねとなる草原の草よ、楢の木林の蔭を、市街の裏手をよぎる鉄道馬車のラッパの音よ。さては今しも地平の彼方に没落しようとして、たゆとうている爛然たる、真紅の晩春の太陽よ――。和歌子はそっとさっきの水色の封筒を取り出した。
「今日、学校から帰ると深井の坊っちゃまがあなたのお手紙を下さいましてよ」
その坊っちゃまという言葉だけが今のこの世界でいけないと平一郎は思った。そして水色の封筒を受取った。手が慄えた。
「あとで読んで下さいましね」
「ええ」彼は言われるままにふところにしまった。
「お手紙には明日の朝と書いてあったけれど、わたし明日まで待っていられませんでしたの――それで、深井の坊っちゃまにあなたのお家を教えていただいたのよ」
 平一郎は不思議な気さえして仕様がなかった。美しく、気高く、荘厳で、しかもいい家の娘で、とても自分などは一生、話さえするおりを持つことは出来そうもないという懸念を持っていた和歌子、実に、その和歌子が自分に話しかけていることを信じていいのか。
「平一郎さん」と彼女は熱情的に昂奮して来たらしかった。「あなた、あの去年の同窓会のあの時のことを覚えていて下さって? わたし、あれからも時々学校へ行って控室にかけてある卒業記念のお写真を拝見していましたのよ」
平一郎は考えると嬉しくて堪らなくなった。彼も熱情をぶちまけるように昂奮して来た。
「それじゃね、それじゃね、小学校にいるときのあの鏡ね、鏡のことを覚えている?」
「覚えていますわ! ほんとに、あの校長さんが永い間話をしていて鏡をふさいでいるときには、腹が立ってしょうがなかったのですわ。そのほか、ほんとに、わたしあなたとのことならどんな小さいことでも一つ一つみんな覚えていましてよ」
「――僕だって」と彼は呟いて熱い涙が眼ににじみ出るのをこらえていた。
「昨日は深井の坊っちゃまを助けておあげなすったのですってね」
「僕う? ええ、深井君が話していましたか」
「ええ――わたしは深井の坊っちゃまからあなたの学校の様子をいろ/\随分前からきいていましたの」
「僕のことも?」
「ええ、あなたのことも。でも、そんな風はしないでですよ。あなたの級長のことも、弁論会で演説をなさったことも、野球の級クラス試合に出て負けなすったことも」そして彼女は堪えきれないように情熱的に笑って、ふさ/\と頬にふりかかる髪の毛を後ろへのけるように、顔をそむけて、頭を強くゆすぶった。その荘厳で深刻な美しさ。
「僕は深井君も愛します」こう彼は宣言した。
「わたしも、愛しますわ」と彼女が言った。
 楢の木林の向うを痩せこけた馬が黄色な馬車をひいて走るのが、ごおっという音で分った。馬車の窓に落日が血のように射していた。二人には小さい馬車の様子が哀れでもあり、おかしくもあった。
「ああ、汝旧時代の遺物たる馬車よ」こう平一郎は突然に演説口調で喋ったのが、彼自身にもおかしくて、二人は涙の出るまで哄笑した。
「あなたは母さんおひとり?」
「僕う? 僕は母ひとりきりですよ。家もないしお金だってありませんや」
「でも母さんがあって結構ですわ。わたしには母さんはないのよ」
「ああ、そうでしたね、虎に食われてなくなりなすったそうでしたね!」
 太陽が没してしまったとき、二人は丘を下りて野の道を街の方へ帰って来た。路で、平一郎が和歌子の封筒のことを想い出して、懐から出して「ひらいてみようかしら」と言ったとき、「いけません、平一郎さん、いけません」と封筒を開かせまいと努めたときの彼女のひや/\した髪の感触は忘られないものである。
「明日は返事をもって来ますよ」
「ええ、きっとですよ」
 二人は坂をのぼりつめた十字街で別れた。平一郎はもっと言わねばならぬ重大なことを一つも言わなかったような気がした。それが何であったかを反省すると、まるで頭脳が空虚だった。それは「混沌たる充実の空虚」であった。
 夜、彼は自分の机に書物を展ひらいた上に水色の封筒をのせて、惜しい気のするのを思い切って、封を切った。

今日わたしは学校から帰って庭に出てあなたのことを考えていました。今日はどうしてか学校からの帰り道でお会いしなかったのが気が悪くて仕方がございませんでした。すると隣りの深井の坊っちゃんがわたしをよびなさったのです。
わたしは何もかも存じております。ほんとうにわたしはすみません。でもわたしにはどうしてよいか分らなかったのでございますもの。ほんとにわたしはあなたのあれでございます。わたしは今、うれしくてじっとしておれないのです。わたしは仲よくしていただきたいのです。でもわたしはそんなに仲よくしていただけるのかしら。
気がせいて思うことが書けません。母はじきに何をしているかのぞきに来ますのです。平一郎さま、わたしは今、あなたに会いたくてならなくなりました。今夜はわたし眠られないでしょう、きっと。以前も眠られないときはあなたのことをいつも思っておりましたのよ。あなたは御存じないかも知れませんが、わたしはよく深井の坊っちゃまからあなたのことを承っておりました。わたしは今ほんとにどうしたらよいのでございましょう

吉倉和歌子
   なつかしき
     大河平一郎様

2013年7月30日 (火)

忘れられた作家・島田清次郎

白日の太陽の下に照されては、
瘠せ細った骨格、露わな肋骨、光沢のないもつれ毛、血色の悪い蒼白な肉身も、
夜の無限な魅力のうちに、エレキの白光に照らし出されては、
一切は豊潤な美とみずみずしさを現わすのである。
くろぐろと宝玉のような光輝をもつ黒髪も美しければ、
透明で白い肉身の膚に潮のように浮かぶ情熱の血の色も美しい。
軽やかな水色、薄桃色、藤紫色の色彩に包まれた肉体の動揺の生み出す明暗の美しさを何にたとえようか——
(島田 清次郎『地上 ― 地に潜むもの』 (季節社)p. 90)

Shimadaseijiro

天才か、狂人か。ベストセラー作家から地に堕ちた男。
大正時代を流星の如く駆け抜けた作家、島清こと島田清次郎。わずか二十歳で上梓したデビュー作『地上』が空前の大ベストセラーとなり、有名批評家もこぞって絶賛。一躍文学青年たちのカリスマとなっていく。
アメリカ、ヨーロッパを外遊し、アメリカではクーリッジ大統領、イギリスではH.G.ウェルズとも面会するが、「精神界の帝王」「人類の征服者」と自称するなど傲岸不遜な言動は文壇で嫌われ、おまけに海軍少将令嬢を誘拐監禁したというスキャンダルによって人気は一気に急落。出版社からも作品を受け取ってもらえなくなり、吉野作造や菊池寛らの家に押しかけて居座るなど、たびたび問題を起こすようになってしまう。
やがて放浪の果て、清次郎は巣鴨町庚申塚にある私立精神病院「保養院」に 収容された。このとき満二十五歳。
天才と呼ばれた青年作家は、精神病院の患者となった──。

忘れられた作家・島田清次郎。

☆『地上』(島田清次郎 新潮社出版 大正8年~)(第一部 地に潜むもの・第二部 地に叛くもの) 実質的な島田のデビュー作で、出版されるやいなや大正期の若者たちに熱狂的に支持され、清次郎は一世を風靡します。『地上』は大正期に最も売れた本のひとつといわれています。
http://www.navi-bura.com/special/taisyo100nen_05.php

☆映画・島田清次郎
http://www.geocities.jp/widetown/otona/otona_8040.htm

2013年7月29日 (月)

「一番、電子化してよかった」と働く20代女子が考えているもの

 ●第1位/メールがなくっちゃ生きていけない! 「手紙」……33.8%
 ○第2位/ささっと検索できて時間短縮! 「辞書」……15.6%
 ●第2位/目的地がすぐ探せる! 「地図」……15.6%
 ○第4位/携帯やネットで楽々お買い物! 「お金」……11.2%
 ●第5位/現像の手間が省けた! 「写真」……8.4%
 ○第6位/ニュースが手軽にわかるように! 「新聞」……5.6%
 ●第7位/発券のわずらわしさがない! 「チケット」……5.0%
 ○第8位/どこでも気軽に書けちゃう! 「日記」……1.9%
 ●第8位/本屋に行かなくても読めるので便利! 「本・マンガ」……1.9%
 ○第10位/お家にいても取引簡単! 「株券」……0.9%

※『escala cafe』にて2010年6月にWebアンケート。

有効回答数320件(escala cafe会員:22歳~29歳の働く女性)。
http://woman.mynavi.jp/article/100811-002/

謎解きの要因が快適速度へ使われる

物語は映画、小説、マンガ、演劇など、いかなる媒体であれ、受け手へ疑問や未知なるものを抱かせて、その解決の提示を引っ張り関心を持たせる。

誰がやったのか?
次はどうなるの?
二つの展開に分けられるが、ミステリーや冒険物語に明確に現れる。

キャラクターが追い詰められ、感情移入しやすいスチエーションとなる。ドラマのなりゆきを、見届ける効果へつなげられる。

叙情的な心理描写される物語のなかにも、このような謎解きのミステリー要因が快適に使われるのが、近代的な映画の展開ともなっている。
 
パロディでミステリー物はやったことがあるけど、感情移入する演出から始まってる自分には、キャラを記号にして被害者及び死体を描くのは好まない。特にアニメーションは語源になっている、アニミズムや生命の躍動を描くのが王道と思う。

2013年7月28日 (日)

永遠を本質とするところの魂から

自然の非合理的な入り組んだ不思議な形への没頭は、私たちのうちに、そういう形象を生じせしめた意思と私たちの心との一致の感情を起こさせる。自分と自然とのあいだの限界が震え溶けるのを見る。これほど単純容易に、どんなに自分たちが創造者であるか、どんなに自分たちの魂がたえず世界の不断の創造に関与しているか、という発見をすることはない。むしろ、私達の内で働いているものと自然の内で働いているものは同一不可分な神性である。

山や川、木の葉、根や花など自然界の一切の形成物は、私たちの内部に原型を持っており、永遠を本質とするところの魂から発している。

Hermann Hesse "Demian"
ヘルマンヘッセ 『デミアン』 高橋健二訳 新潮文庫 より

2013年7月27日 (土)

「五色の舟」津原泰水

見世物屋の一家は、異形の世帯。脚のないお父さん、一寸法師の昭助兄さん、元はシャム双生児で今は体中に鱗の刺青をしている桜、膝の関節が後ろ前の牛女の清子さん、そして、腕無し「僕」の五人。

「僕」は耳も聞こえず、桜とは以心伝心で話す。他人が何を言ったか知覚出来る。

当時のお父さんは,先を失った脚に義足を縛りつけ,杖に縋って歩きながら,よく身投げの場所を探していた。ある晩,杖が折れて河原に転げ落ちて,大切な顔に怪我をした。

それからもお父さんの脱疽は進み,すでに切っていた脚の残りも,また反対の脚もほとんど失ってしまったけれど,自分から死ぬことは考えなくなった。僕らのよく知る,今のお父さんになっていった。

元旅芝居の花形役者だった「お父さん」に執心する「犬飼先生」の振る舞いが、両脚を失って異形の見せ物として生きることを決意実行している。

見世物屋一家は、各地を巡る生活をしていて、舟に住んでいる。

一家が乗る舟が沖合に出ていて、他の舟とぶつかりそうになる。すれ違う時、家族の誰かがそちらの舟に乗り移ってしまう。相手の舟が見えなくなってから、気づくと元の舟に家族全員が揃っている。

この舟の夢は「くだん」によって起こされる、パラレルワールドへの乗り換えを予知する。
そして箱に詰められて運ばれた一家が、自分たちの居場所を知る。

はじめ戸外かと思ったのだが,塀だと感じていたものを見上げていくと,ずいぶんな高さに天上の梁があった。あちこちに大量の木箱が積まれている。全貌が分からないほど広大な倉庫の片隅に,僕らはいた。

「くだん」によるパラレルワールドへの移動によって、五人のヒーローは多重世界に存在するという感覚が提示される。

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★『コミックビーム』8月号より、津原泰水=原作/近藤ようこ=漫画「五色の舟」の連載がスタート。
原作では最後の情景を、タイトル前の最初のページに、マンガ表現ならではの「五色の舟」がカラー描写される。原作者さんも綿密に構成されたネームとコンテに、作品の到達地点をみたと、絶賛している。

コミックビーム OFFICIAL WEB SITE
www.enterbrain.co.jp
http://t.co/843nMMw4HO

2013年7月26日 (金)

ブロムカンプ監督新作にデブ・パテル

「スラムドッグ$ミリオネア」に主演したデブ・パテルが、ニール・ブロムカンプ監督の新作SF「Chappie(原題)」に出演交渉中である。

ブロムカンプ監督と「第9地区」のテリー・タッチェルが共同執筆した作品。ストーリーの詳細は伏せられているが、ブロムカンプ監督が04年に製作した、南アフリカのスラムをパトロールするロボット警察隊のフェイクコマーシャル「Tetra Vaal」を下敷きにしているようだ。新作では、すでに出演が決定しているシャルト・コプリーがロボット警察を、パテルは貧民街に暮らす青年を演じると見られている。

ブロムカンプ監督は、マット・デイモン、ジョディ・フォスターが出演するSFサスペンスアクション「エリジウム」が、9月20日から日本公開。

2013年7月25日 (木)

ニール・ブロムカンプ(Neill Blomkamp, 1979年9月17日 - )

南アフリカ共和国出身、カナダ在住の映画監督・脚本家・特殊効果スタッフ・CMディレクター。ヨハネスブルクで生まれる。18歳で家族とバンクーバーへ移住。
2009年にSF映画『第9地区』を監督、興行的に成功を収める。

District9

ニール・ブロムカンプ短編作品"Tempbot"
https://www.youtube.com/watch?v=NhqctlrQyLg
『第9地区』『エリジウム』と、ディストピア映画監督して有名なニール・ブロムカンプの最新作『チャッピー』はSFコメディ映画で、監督と3度目のタッグを組むことになる俳優のシャルト・コプリーの出演が決まっている。

Neill Blomkamp監督『チャッピー』のベースとなるショートムービー
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=VTnxP7e7-YA
「基本的に『チャッピー』は『Tetra Vaal』をベースに作っている」。ブロムカンプ監督は『Tetra Vaal』を『第9地区』の元となった『Alive in Joburg』よりも先に撮影した。

2013年7月23日 (火)

「無心のまえぶれ」 ウィリアム・ブレイク

 一粒の砂に世界を見、一輪の花に天国を見る。
 きみのたなごころに無限を、 そしてひとときのうちに永劫をとらえる。

 龍に捕らえられた赤い胸毛の駒鳥は、 天国中を憤らせる。

 鳩舎に家鳩と野鳩をびっしり詰め込めば、 地獄は隅々まで身震いする。
 主人の家の門で飢えている犬は、 国家の滅亡を預言する。

 路上で虐使される馬は、 償いの人の血を神に呼び求める。
 狩り立てられる兎の一声一声が、 人の脳髄から一本ずつ筋を引きちぎる。

 雲雀が翼に傷を受けると、 天使ははたと歌を止める。
 羽根をもがれた無惨な闘鶏の姿は、 昇る朝日をぞっとさせる。

 狼や獅子が吼える毎に、 人の魂が一つ地獄から浮かび上がる。

 あちらこちらに彷徨く野鹿のおかげで、 人の魂は苦労から救われる。
 虐使される仔羊は争乱の元になっても、 なお肉屋のナイフを許す。

「無心のまえぶれ」(Auguries of Innocence)全文 ウィリアム・ブレイク http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/auguries_of_inn_e682.html

2013年7月22日 (月)

自民党は軽くて薄い、危うい政党に変化した

鈴木哲夫さんと渋谷陽一さんの対談

鈴木 (民主党政権誕生について)民主党政権に対して、政権交代のときに国民が非常に期待しましたよね。変革には臆病な日本人が初めて?巨人・大鵬・卵焼き・自民党というぐらいでしたから、それを変えるのは非常に勇気のいることだった。まさに清水の舞台から飛び降りたのが、政権交替だったんですよね。(これは自民党が変わるためにもいい機会だったが、民主党が半年もたたないくらいでボロボロくずれ始めたので改革がストップしてしまった。このまま逆戻りして自民党一党支配の政権に戻ってしまうのかと虚脱感みたいなものを感じている)

渋谷 僕はまったく逆の考えで、日本の政治が流動化したというのは、前回の総選挙から起きた大きな流れで。ということは、自民党政権なんか長く続くわけはないと思っているんですね。その根拠は、ポップミュージックでいうと、構造的な変化が生まれるともとに戻らないんです。たとえばビートルズが出てくると、ビートルズ以前には戻らない。なぜかというと、ビートルズという構造を消費者が学習したから。(地方選を見ても既に自民党は負けている。相変わらず自民党はだめだというムードが漂っているにもかかわらず、なぜか政権をとっているという奇妙な状況にある。いつ雪崩を打つようにほかの政党に求心力が移ってしまうかわからない)

鈴木 (石破さんや菅さんなど、自民党ももろいと思っている人もいるが少数派。昔の自民党のように幅の広さがなくなって先鋭化している)安全保障を考えるときに、机の上に軍艦を置いて、ゲームのように考えるような子供たちがいま、政治をやっているわけですね。

渋谷 (憲法96条先行改正を世論が反対していると見るとすぐに引っ込めるなど)自民党はよからぬ筋肉と反射神経を身につけたために、世渡りがうまくなってしまって、タチが悪いなあというイメージを僕は持っていたわけですよ。でもお話を伺っていると、そうじゃないと、したたかじゃなくて、いい加減になっただけだと。

鈴木 そうそう! 愚かですよね。(笑) だけどちょっと救いなのは、有権者というのは、政権交代のときに思い切って行動したことで、自分の1票で大きく世の中が変わるっていう意識を持ったと思うんですよね。そういう意味では、有権者はこういう薄さを見抜いている。〔…〕安倍内閣の支持率は高い。高いけれども、たとえばTPPとか、個別の政策への支持はそうではない。青森市長選挙も負けてしまう。郡山でも負ける。個別のテーマでいうと自民党はちゃんと負けているわけですよ。(自民党が行っている支持率調査で、維新の支持率が下がった分はどこに行っているかというと共産党と民主党に行っている。この人たちが自民党でないところを一生懸命さがしている。こういう票が最後は政治を動かしていく)

渋谷 たとえば石破さんとか菅さんなんかがアラーム鳴らしたりして、組織の締めつけを図るとか、そういうことはやってないんですか?

鈴木 やってます。一生懸命言っていますけど、相手にされてませんね。〔…〕タカ派の象徴みたいな石破さんがリベラルだって言われるくらい、今の党内の空気というのは、タカ派、安倍さん万歳なんですよ。河野太郎さんだってあれだけ原発に反対していろいろやっていましたけど、今はちょっとおとなしいんですよね。(2009年の選挙のときに自民党はもう1回「政党ってなんだ?」というところに立ち返るいいチャンスだったがそれをやらないまま政権についてしまった)

渋谷 であるならば、僕はやっぱり、自民党政権でなくなったときから日本の政治というのは流動化して、構造改革がこれから10年、20年の間に起きていくと思うんですけども。(鈴木さんの流動化しても選択肢がないといけないとの言に対して)というか、僕はもう建設されていると思ってるんですよ。それは何かというと、世論なんですよ。たとえば原発再稼動、反対ですよ。憲法9条改正、反対ですよ。TPPは分かれる。ものすごいクレバーな選択を国民はしているわけです。ところが、洗練されてきた国民世論に対応できる政党がないんです。〔…〕構造が変わって、ビートルズが求められているのに、ビートルズがいないわけですよ。

鈴木 今あらゆる政党がやっていることは、ポピュリズムなんですよ。世論があるテーマでこっちを支持していれば、そっちにいく。「そうだな、じゃあ消費税は1回凍結しようか」と言ってしまう。(政治の理念をもとにトータルな政策を並べて、ある部分は皆さんと同じだけどこの部分は逆ですと、考えを提示して国民に問うことをしていない)〔…〕(毎日新聞の世論調査を分析した大学の先生の話によると)無党派層で一番ぶれているのは30代後半から50代前半なんですって。世の中で今、一番働いている人たちが一番ぶれているらしいんです。〔…〕こういう人たちが、時々のいろんなことを判断しながら投票行動を思いきって変えているっていう状況なんです。彼らは非常にまともな人たちなんですよ。だからこそちょっとしたことで一気に流れが変わる。で、危機管理でそれをパンとふざける能力とか、日頃からの努力が政党にないと、ガーンと沈んでいく。維新がそうですよね。ガバナンスがまったくない政党ですから。橋下さんひとりの失言も守りきれない。維新はもうたぶん崩壊ですよね。自民党にもその危機はありますよ。

雑誌『SIGHT』(株式会社ロッキング・オン発行、季刊誌)
2013年夏号「自民党は軽くて薄い、危うい政党に変化した」より

鈴木哲夫
1958年生まれの55歳。早稲田大学を卒業後、フジテレビや東京MXテレビなどで活動し、現在はフリージャーナリスト。

貴方は自民党の憲法改正案を読んだ事がありますか?

自民党の憲法改正案は野党時代に作られたもので、とても振り切った内容の代物だ。だいたい憲法の基本理念である立憲主義、つまり個人の人権を保障するために国家権力を憲法で縛るという考え方が、自民党の改正案では放棄されてしまっている。その逆の国が国民を縛る道具としての憲法に変えられているのだ。

何か、今の憲法だと不自由だから、とりあえず変えてもいいんじゃないか、という今の日本のムードはとても危険だ。改正に賛成なら、その賛成に責任を持たないと駄目である。ただ何も検証する事なく流れていっている今の日本はとても危ない。
自民党も維新の会も、さかんに改憲勢力の拡大を訴えている。しかし改憲勢力って何なんだろう?

個人の権利と表現の自由を保障する憲法改正ならば賛成だ。どの国も憲法は改正されている。しかし、自民党や維新の会がいう改憲勢力というのは、どうも違うようだ。とにかく変える事が自己目的化されている。どう変えるかより、とにかく変えるのだ、という感じだ。きっと、その先には変える事さえできれば思い通りの憲法が作れるという思いがあるのだろう。何をどう変えるかより、ただ変える事だけが議論されているのは、どう考えても変だ。何度も言うが、僕達はもっと冷静になるべきだ。

季刊誌『SIGHT』発行人の渋谷陽一「憲法改正で日本の徴兵制が可能になる」というブログ記載より。http://ro69.jp/blog/shibuya/80298

【 1】「憲法改正を議論したら,必ず現在の憲法第9条は改正されてしまいますので,そうなったときに様変わりする。やがて徴兵制へ行く,これはもう間違いありません」 。
【 2】「 仮に,憲法を改定して集団的自衛権の行使を認めれば,先のベトナム戦争や湾岸戦争,そして,今のイラク戦争に自衛隊員は派兵され,米兵を守るため相手国の兵士と殺し合わなければなりません。……外地で戦う米兵を守るために殺されたとなれば,その,自衛隊員の家族は黙っているだろうか。自衛隊員の離隊が続出し,志願者は激減するでしょう。行き着く先は,徴兵制と覚悟しての改定論なのでしょうか。恐らく改定論者は,自らは派兵されて殺されることはないと高をくくっているのでしょう」 。
【 3】「 戦闘による死傷者が出て志願者が減った場合,やむを得ず導入されるかもしれません。それよりも医師や看護師,運送業や建築業に携わる民間人を強制的に動員させる“徴用”のほうが実現の可能性が高いと言えます」 。
http://www2.ngu.ac.jp/uri/syakai/pdf/syakai_vol4904_04.pdf

2013年7月21日 (日)

ギタリストはあくまで伴奏者である

「真に革新的な人なら誰でも、
取り入れたものに対して自分なりの”捻り”を加えるだろうし、
そうしてこそ、それらのものは新しく生まれ変わるんだ。」
(Johnny Marr )

2013年7月20日 (土)

『熱風』7月号「憲法改正」原稿を全文緊急配信

スタジオジブリが毎月刊行している小冊子『熱風』7月号がPDFで緊急配信された。
7月号では現政権が強い意欲を持って進める「憲法改正」特集。
品切れの取扱書店も多く、入手困難な状況を鑑み、特集の原稿を全文緊急配信することを決めた。ダウンロードは無料、配信期間は8月20日18時まで。

•憲法を変えるなどもってのほか(宮崎駿)
•9条 世界に伝えよう(鈴木敏夫)
•戦争は怖い(中川李枝子)
•60年の平和の大きさ(高畑勲)

小冊子『熱風』7月号特集 緊急PDF配信のお知らせ
http://www.ghibli.jp/10info/009354.html

『熱風』2013年7月号特集「憲法改正」(852KB)
http://www.ghibli.jp/docs/0718kenpo.pdf

2013年7月18日 (木)

尾崎翠原案/津原泰水著『琉璃玉の耳輪』(河出文庫)

尾崎翠の映画脚本「琉璃玉の耳輪」を翻案した小説の文庫化。

Kawade

昭和三年、横浜南京町の夜。昭和三年。
名探偵の基で働くうら若き岡田明子に「ある三人姉妹を見つけ出し、一年後にホテルの一室に連れてきてほしい」と奇妙な依頼が舞い込んだ。
素性を隠した貴婦人の依頼は、中国人の三姉妹を探すこと。
手掛かりは三人の名前と年齢、三人の左耳につけられた 琉璃玉の耳輪。

阿片窟の女傑、意志を持たない人形のような美少女。浅草の女すり。男装の麗人。 愛する女の名を義眼に彫り込んだ女芸人。

あざやかな物語世界に「多重人格の探偵」という明子の人物設定。 いくつもの仮想人格を持つ明子は、時に彼らに肉体までも奪われそうになる。昭和初期・怪奇的・幻想的・探偵物「虚無への供物」を彷彿させる。

Ruli

『琉璃玉の耳輪』あとがき草稿
http://wave.ap.teacup.com/radiodepart/254.html

2013年7月17日 (水)

茶屋さんで休憩

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2013年7月16日 (火)

「ヴォイニッチ手稿は真実のメッセージを持つ」

Mysterious Voynich manuscript has 'genuine message'
BBC (英国) 2013.06.22
ミステリアスなヴォイニッチ手稿は「真実のメッセージ」を持つ
▲ 15世紀に書かれたヴォイニッチ手稿は、世界でもっともミステリアスな写本だとされており、内容は複雑な暗号と未知の言語で書かれている。デタラメだとする説も多い。

「世界でもっともミステリアスな中世の写本」といわれているヴォイニッチ手稿は、この1世紀の間、数学者や言語学者、あるいは暗号学者たちからの解読の手を逃れてきた。

このいまだに誰も解読できない中世の写本に対してのひとつの仮定としての結論には、「これはデタラメの一種だ」というものがある。

しかし、 PLoS ONE (自然科学全域を対象とするオープンアクセスジャーナル)で発表された新しい研究では、この手稿はまったく完全な真実のメッセージを保持していることが示された。

研究した科学者たちは、ヴォイニッチ手稿のテキスト内で使われている意味のある文字だと思われるものに言語性のパターンを発見したという。

ヴォイニッチ手稿内の文字のような羅列については、それが意味を持つものかどうか、一般の人々の間でも、専門家の間でも議論されてきたものだ。

第二次大戦中に複雑な暗号コードを解読していた著名なコード解析チームたちも、ヴォイニッチ手稿の暗号解読に挑んでいるが、彼らでさえ、この手稿に並ぶテキストに意味を見いだすことができなかった。

ヴォイニッチ手稿は 1400年代のはじめ頃に作られたとされているが、 ポーランド系アメリカ人の古書商のウィルフリッド・ヴォイニッチがイタリアでこの古書を発見した 1912年まで公式の記録からはその存在が消されていた。

▲ ヴォイニッチ手稿は 240ページからなり、未知の文字と独特のイラストが描かれている。イラストは、未知の植物、そして宇宙のイメージ、裸婦などがある。

英国マンチェスター大学の理論物理学者マルセロ・モンテムッロ( Marcelo Montemurro )博士は、この手稿の言語パターンの分析と解析に長い年月をかけた一人だ。そして、彼の最新の研究で、写本の謎の解明に近づいていると確信しているという。

モンテムッロ博士は次のように語る。

「このテキストは非常に独特のもので、似たようなものは他にはないのです。これまでヴォイニッチ手稿のメッセージを解読しようとするあらゆる試みは失敗に終わっています。そして、この中には重要な『言語』構造が含まれていることが示すように、このテキストを単なる馬鹿げた訳のわからないデタラメとしてしまうことには無理があります」。

モンテムッロ博士と研究チームは、他の言語上では動作することが知られているコンピュータでの統計的的手法を用いて、テキストにアプローチしている。

研究チームは、テキストの中から意味のあると思われる複数のコンテンツ・ベアリング・ワード(content-bearing words / 内容関連語)を抽出し、その単語がどのようにアレンジされているかに焦点をあてた。

内容関連語は、それらが書かれている中での特定の情報の一部として必要とされる群生化したパターンの中で発生する傾向があり、それは(ヴォイニッチ手稿のテキストに意味があるという)実質的な証拠になるとモンテムッロ博士は説明する。

「私たちが得たセマンティック・ネットワーク(自然言語処理における意味解析の用語)からは、明らかにこの写本の内容関連語は、構造の類似性を共有する傾向があることを示しています。これは実際の言語でも起こることなのです」。

しかし、博士は、そのパターンを発見することはできたが、そのテキストの言葉が何を意味しているかは謎のままだ。しかし、この1世紀の間の末に、解析の作業がほんの少し前進したというこの事実は、これまでヴォイニッチ手稿がデタラメなものであるとしたような説明に対する意味を持つものとなる。

正体不明の言語

英国キール大学の数学者ゴードン・ラッグ( Gordon Rugg )博士は著名な学術者だが、彼も、ヴォイニッチ文字( Voynichese )と似たような、博士独自の複雑な暗号コードを作成している。

この作業の意味は、まるで意味のないデタラメの文字列のように見えても、実際は意味のあるパターンを持っているということが成立するための方法論を示すためだという。

▲ 数学者ラッグ博士は、ヴォイニッチ手稿と類似したコードを作成することは容易だということを示すために博士独自のコードを作成した。

このラッグ博士の新しい調査結果は、ヴォイニッチ手稿がデタラメであるという理論を排除しないものになったという。

「今回の調査結果は新しいものではありません。ヴォイニッチ文字の統計的性質は実際の言語と似ていても、同一ではないことはこの何十年も知られています」。

「私は、ヴォイニッチ手稿の単に確認できない言語で書かれている結果となるチャンスは大きくないと思います。このテキストの中には非常に多くの特徴があり、これらの中には実際の言語と異なる点が数多くあるためです」。

ラッグ博士は、ヴォイニッチ手稿に類似するコードを生成することが容易であることを示すために、それを意図したコードを作成した。また、ラッグ博士は、そのテキストの特徴から、ヴォイニッチ手稿の中に未知のコードが含まれているとは考えてはいない。

『秘密の歴史:暗号学の物語』の著者クレイグ・バウアー氏は、暗号学の不朽の魅力として、「解読されない暗号は、ほとんど何もかも隠してしまうことができることだ」と語る。

「それは科学や価値の歴史を書き換える可能性があり、また、ヴォイニッチ手稿の場合は埋もれた宝を明らかにしたり、大規模な犯罪を解決する可能性がある」と、パウアー氏は付け加えた。

ヴォイニッチ手稿がデタラメだする意見は多いが、しかし、モンテムッロ博士は、デタラメ仮説は、博士のチームが発見した自然言語処理上のパターンを説明できないと主張する。
しかし、博士の分析は今のところはまだ多くの質問に答えることのできる段階には至っていない。
「この研究の後、デタラメ仮説に対してのヴォイニッチ手稿の洗練された構造の出現に対しての新たなサポートが明示される必要があるのですが、今のところおこなわれてはいません」。

そして、モンテムッロ博士は以下のように付け加えた。
「ヴォイニッチ手稿の背後には隠されたストーリーが必ず存在するはずです。それは現在の私がまったく知らないことなのだと思います」。

http://oka-jp.seesaa.net/article/367283213.html

2013年7月15日 (月)

大きな黄金色の羊は美しい

昔むかし中国では羊はまだたくさん飼われていなく珍しい動物であった。
羊の大好きな王様が、珍しい羊がいると聞けばどんなところへでも見に行った。
そして王様の一行は西へ西へ西へと旅を続けたという。
家来たちも王様もお腹がすいて歩けなくなり、旅に連れて来た羊を食べた。
 
羊+食=養  【羊の肉は栄養満点。それを食べれば体が養われると言う意味】

 その夜の王様は、大きな黄金色をした羊の夢を見た。
 羊+大=美  【大きな黄金色の羊は美しい】

王様はついに羊の群れを見つけて、見張りをしていた家来が王様にその様子を告げた。

 君+羊=群  【羊が丸くまとまっている様子。君は、「まとまる」の意】
こうして羊は、はるか西の国から中国へと続々と入ってくるようになった。

昔の中国で羊は食用にされたほか、神様の供え物としても使われた。「羊」の字を含む漢字には「おいしい」「形が美しい」「めでたい」などいい意味に使われることが多い

 「達」は道をすらすらと歩く羊から。
 「躾」は身についた礼儀・作法は誰が見ても「美しい」と感じられることから。
 「善」には争いを好まない、おだやかな羊の性質。
 「群」争いを好まず、おだやかに群れで生活する性質。

その他、詳、様、洋、羨、養、鮮、痒、祥、着、遅、義、儀、議、犠、議などに羊はついている。「義」とは「我の責任の限りの犠牲」という意味があり、「善」は、「儀式の祭具に盛る限りの犠牲」という意味があるが、「美」とは「大いなる犠牲」である。この場合の犠牲とは、「自己犠牲」であり、共同体の命運などに対して人間として行える最大限の犠牲、つまり己が命を献げて対象を高めるという含意があり、人の倫理の道において最も崇高な行いが「美」であった。

「美」という文字を何度もレタリングしたことがあって、大きな黄金色の羊は美しいという逸話もその頃にインド哲学者さんより聞いたことが思い出された。

美学校(Wikipedia)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E5%AD%A6%E6%A0%A1
美學校 事務局 http://www.bigakko.jp/

2013年7月14日 (日)

捕鯨の図

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Amitori

2013年7月12日 (金)

世界知の迷宮 種村季弘傑作撰

怪物、吸血鬼、少女幻想、詐欺師、錬金術、人形、マニエリスム--怪人タネラムネラの膨大多彩な著作の中から、傑作本格評論38編を2巻に精選した《タネムラ・ワールド・アトラス》。種村季弘の教え子であった諏訪哲史が、入魂の編纂解説。多面体文学者の無限迷宮を一望に!!

催眠術師とあやつり人形  
マニエリスムの発見  
マニエリスム文学の復権
肉体について  
恐怖と快楽の逆宇宙  
グロッソラリー・狂人詩・共感覚  
K・ケレーニイと迷宮の構想 
逆戻りする地球  
地球空洞説    
続・地球空洞説 
薔薇の秘蹟  
器具としての肉体  
吸血鬼のエロチシズム  
黒い錬金術  
南北対極考 
サタンと大母神 
水中花変幻   

「美学校」初期講義の受講生として、《タネムラ・ワールド・アトラス》に注目したい。

種村季弘のウェブ・ラビリントス
http://www.asahi-net.or.jp/~jr4y-situ/tanemura/t_index.html

2013年7月11日 (木)

自在郷への退行 種村季弘傑作撰Ⅱ

神々の創造の秘密を盗みとり人工の怪物を造る―種村学の中核をなす名作『怪物の作り方』、自動人形論の白眉『少女人形フランシーヌ』、制服とぺてんの研究『ケペニックの大尉』、最晩年の透明な世界を示す談義録『江戸と怪談』等、全21編を収録。

怪物の作り方
少女人形フランシーヌ
覗く人
面白い小説のからくり
モナ・リザ泥棒
イマージュの解剖学
歯痛と吸血鬼との二、三の関係 または衰弱の快楽について
幻想、夢――理性 
二階の話  
手袋の裏  
白樺の家
機械学的退行
ケペニックの大尉
幻想・宙吊り・顕示
退行の快楽 
博物誌としての花鳥画 
あるサロンの博物誌家  
覗きからくりのトポス 
アスコーナ架空紀行
畸人列伝 
江戸と怪談

種村季弘 (タネムラスエヒロ)
1933年~2004年。東京大学文学部独文科卒。國學院大學教授。著作集『種村季弘のネオ・ラビリントス』全8巻(河出書房新社)、訳書ホッケ『迷宮としての世界』美術出版社(共訳)、『怪奇・幻想・綺想文学集 種村季弘翻訳集成』(国書刊行会)などがある。

国書刊行会 (2013/7/22)
http://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336056702/

種村季弘のウェブ・ラビリントス
http://www.asahi-net.or.jp/~jr4y-situ/tanemura/t_index.html

2013年7月10日 (水)

奈良王の隠れ里

ドイツ文学者の種村季弘さんの著作に『奈良王の隠れ里 富士川・早川を上って西山・奈良田温泉へ』というエッセイがある。

山梨県南巨摩郡早川町の一集落で、早川上流に位置する。アクセントなどの特徴が他の山梨西部地域の方言とは大きく異なる関西地方に近いという隠れ里。

奈良田というところを知っているかい?
南アルプス山のふところに抱かれて、流れ落ちる清流と、小さな湖を持つ、美しく、そして不思議な土地だよ。むかし、孝謙天皇という人が来て、「ここも奈良だ」と言ったそうだ。甲州弁とは少し違う方言を話し、数々の民話、伝説、民謡を残し、山に生きた人々の生活を伝える「秘境」―。[ 秘境・奈良田 : 深沢正志/著 : 山梨ふるさと文庫]

昭和29年に県営による発電事業が起こされで取水ダム(奈良田湖)が建設され、6戸の家屋と畑約5町歩を埋没した。「奈良田湖の底には、秘境・奈良田の集落が眠っている」

孝謙天皇が奈良田に遷居された伝説があり、冬でも暖かい水が涌く池や奈良田の七不思議について記されている。種村さんは温泉観光パンフレットに書かれた、奈良王に遣えた道鏡の巨根伝説などを失笑して、ひなびた温泉郷に入り訪れた「奈良王の隠れ里」など紹介しながら深い知識と遊び心を提供していく。

 奈良田伝承の七不思議
 ①七段・・奈良の都は七条、奈良田は地形は七段
 ②御符水・・どんな日照りでも涸れない涌水
 ③塩の池・・塩水が涌く池
 ④洗濯池・・冬でも暖かい水が涌く池
 ⑤染物池・・何でも染めてしまう不思議な池
 ⑥二羽ガラス・・烏害の言い付けを守った二羽のカラス
 ⑦方葉の葦・・奈良王を見送った片葉の葦

奈良田の七不思議  早川町役場
http://www.town.hayakawa.yamanashi.jp/tour/spot/legend/seven-mysteries.html

奈良王は第四十六代孝謙天皇で、道鏡と恋仲になられてから「甲斐の国湯島の郷へ霊験あらたかな温泉がある、奈良田の郷へ遷居するがよい」とお告げがあった。
供奉の者と供に天平宝字二年五月訪れ、温泉に入浴されると旬日を経ずして病は快癒されたという。都が穏やかになるまでの間八年を奈良田に過ごされという伝承がある。
孝謙天皇に寵愛されたことから、道鏡は平安時代以降の学者によって天皇と姦通していた僧侶とする説などがみうけられる。こうした流布は天武天皇系の皇統が断絶して天智天皇系の皇統が復活し、皇位継承を正当化させるには、天皇と道鏡を不当に貶めることも考えられることではある。

種村先生はアカデミズム嫌いで、イデオロギーや知識人へ辛辣で手厳しい方だった。
戦後廃墟の中で迎えた世代の反骨精神といった括りでは到底なしえない、まるで香具師を愉しむような風情もあった。教室で講義を受けていたのが「美學校」開設の間もない、講師さんたちも若々しいエネルギーに満ちた頃だったので余計に無頼な印象を抱くのかもしれなかった。

種村季弘『奈良王の隠れ里 富士川・早川を上って西山・奈良田温泉へ』
初出「ラパン」1999年1月号掲載。
「 種村季弘 (KAWADE道の手帖) ぼくたちの伯父さん 」に再録。

2013年7月 9日 (火)

ヴォルプスヴェー(Worpswede)

19世紀末に北ドイツ・ブレーメン近郊のヴォルプスヴェーデ村に集まった芸術家集団があり、その中に、フリッツ・マッケンゼン、オットー・モーダーゾーン、ハインリッヒ・フォーゲラー、パウラ・モーダーゾーン・ベッカー、クララ・ヴェストホフなどがおり、詩人ライナー・マリア・リルケがこの集団を援助し世に喧伝するのに貢献した。

わが青春のヴォルプスヴェーデ
http://blog.goo.ne.jp/chimaltov/e/7946d20e945cf58b3a3f7819c933bb1e

ヴォルプスヴェー(Worpswede)http://youtu.be/VWtx-wsyhxc
北ドイツ、ブレーメンから東に15kmくらいのところにある芸術家村。
周囲10数キロに渡り、悪魔の沼地と呼ばれる湿地帯がある。雨が続くと、ここから周囲に増水し、交通が遮断される。
Worpswede Teufelsmoor
周囲10数キロに渡り、悪魔の沼地と呼ばれる湿地帯がある。雨が続くと、ここから周囲に増水し、交通が遮断される。
http://www.google.co.jp/images?q=Worpswede+Teufelsmoor&hl=ja&sa=X&oi=image_result_group&ei=YX3bUZ_iC4v8iQfMvoD4Dw&ved=0CAcQsAQ

2013年7月 8日 (月)

賢者タイム

賢者タイムを経験するには、特定の行動を起こさなければならない。

賢者タイムはそれを何かを成し遂げた者が辿りつく虚心坦懐の境地と言える。

Flamel


直前までの「こだわり」や「執着」から解き放たれ、穏やかな心境で世界を見つめることができる。人によっては急速に冷静になり、この世界の何もかもが虚しいものだという達観の境地に至る。

2013年7月 7日 (日)

マスターショット配置

ドラマ映像を作り出す時に、
マスターショットを想い浮かべる。
01、格闘する
02、追跡する/逃走する
03、登場する/退場する
04、スリル/潜入/探査
05、ドラマチックな変化
06、新事実/新発見
07、ショック/ホラー
08、注目を集める
09、カーチェイス
10、会話する
11、口論する/対峙する
12、キスシーン/ベッドシーン

2013年7月 6日 (土)

薄暑

 薔薇の葉の

 蝕(むしばみ)を見る

 薄暑かな 

 (長谷川 かな女)

2013年7月 5日 (金)

放射能を排除・消滅させる水が国内に

放射能防止と太古の水
http://yamada.blog2.fc2.com/blog-entry-495.html

・太古の地球で生命発生の場となったのが「水」。
・生命体を構成しているタンパク質は水に溶けたときに初めてイオン化する。
・イオン化することにより、お互いが引き付け合ったり重なり合ったりして化学反応を起こす。

・化学反応の結果、熱エネルギ-と不純物が生まれる。
・熱エネルギー→体温や栄養素として生命体維持に使われる
・不純物→尿として排出される

・水が栄養素も不純物も運ぶ。
・栄養素がなくなったらまた取り入れるといった流れで繰り返し循環していく。

太古の水と木内鶴彦さんの情報
http://new-culture.net/

2013年7月 4日 (木)

蝶夢

一すぢの道は

まよはぬ夏野かな

2013年7月 3日 (水)

ジブリ・宮崎アニメと株価の関係

スタジオジブリや宮崎駿監督のアニメ作品がテレビ放送されると、株や為替が大荒れになる都市伝説「ジブリの法則」。

Jibucabu

投資家が注目している、5日午後9時から日テレ系「金曜ロードSHOW!」で放送される『耳をすませば』。ジブリ関連作品の放送日と週明けの日経平均株価の値動きをみると、100円台~200円超の値動きが見受けられる。

 2010年2月の『崖の上のポニョ』、12年4月の『紅の豚』などの放送日に発表された雇用統計は市場の予想を下回り、円高株安を招いた。

 今月5日も雇用統計の公表が待つ。12日、19日もジブリ作品が放送され、8月の雇用統計が出る同2日も『天空の城ラピュタ』がラインアップされている。

2013年7月 2日 (火)

宮崎駿「風立ちぬ」 35秒間の映像初公開

5年ぶりにスタジオジブリ・脚本家・演出家・監督の最新作、「風立ちぬ」(7月20日­(土)より全国東宝系にて公開)が発表され、35秒間の映像が初公開された。「風立ち­ぬ」はゼロ戦を設計した主人公・堀越二郎の半生を描いている。

ラストシーンの脚本家・演出家・監督のセリフに納得がいかず、変更したというエピソー­ドを語った。脚本家・演出家・監督は終わり方に苦労したと語り、松任谷由実も不思議な­終わり方だと述べた。脚本家・演出家・監督は初めて自分の作品を観て涙したそうだ。先­に作品を観た森圭介は「大人向けの作品に仕上がっている」と語っていた。初公開された映画「風立ちぬ」の映像を見たスタジオでは、桝太一アナが「飛行機という­と無機質な印象があったが、すごく柔らかい感じの表現」と感想を述べた。

http://youtu.be/lwABH5d5bw8

キャスト
庵野秀明   堀越二郎
瀧本美織   里見菜穂子
西島秀俊   本庄
西村雅彦   黒川
スティーブン・アルパート カストルプ
風間杜夫   里見
竹下景子   二郎の母
志田未来   堀越加代
國村隼     服部
大竹しのぶ  黒川夫人
野村萬斎   カプローニ

スタッフ
監督  宮崎駿
プロデューサー 鈴木敏夫
製作担当 奥田誠治 福山亮一 藤巻直哉
原作 宮崎駿 
脚本 宮崎駿
作画監督 高坂希太郎
動画検査 舘野仁美
美術監督 武重洋二
色彩設計 保田道世
撮影監督 奥井敦
音響演出・整音笠松広司
アフレコ演出 木村絵理子
編集 瀬山武司
音楽 久石譲
主題歌 荒井由実
アニメーション制作 スタジオジブリ

宮崎駿監督作品「風立ちぬ」主人公のモデル堀越二郎とは
【戦闘機 ゼロ戦 雷電 烈風など設計】http://matome.naver.jp/odai/2136386056602765601

2013年7月 1日 (月)

スタジオジブリ「風立ちぬ」-その背景

昭和20年(1945年)8月15日、日本は無条件降伏、大東亜戦争は終戦した。
この時、堀越二郎は42歳、結局、「零戦(ゼロ戦)」以降に設計を開始した「十四試局地戦闘機(雷電)」「十七試艦上戦闘機(烈風・烈風改)」は満足な陽の目を見ないまま終わった。

堀越二郎は10年間を駆け抜け、その設計家としての人生は終わった。
http://sakurasakujapan.web.fc2.com/main03/moviekazetachinu/moviekazetachinu.html

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

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  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。