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2014年2月25日 (火)

「犬神博士」夢野久作 91

     九十一

「一体いつのことか、それは……」
「今……タッタ今のことです。まだ壮士連は多賀神社を出発しておらん筈です。飯を喰いよりましたから……」
「ナル程。貴公は新米の癖にナカナカ機敏じゃ」
「機敏はええが、こっちも機敏にやらんといかんぞ。すぐに報告しなくては……小早川……君はすぐに青柳に走ってくれい。それから瀬尾君……貴公はモウ一度線路付近へ行って様子を見て来てくれい」
「よし。心得た」
 二人の巡査は、そのまま表に駈け出すと、すぐに左右に分かれて行った。後に残った二人の巡査は立ち上ってバタバタと表の扉や窓を閉め始めたが、吾輩は、その隙を狙って裏の方へ抜けると、最前忍び込んだ道筋を逆に往来へ飛び出して、一所懸命に瀬尾巡査の後を追跡した。
 瀬尾巡査は警察署の前から十間ばかりも離れると、間もなくユックリユックリした大股になりながら、帽子のアゴ紐をかけた。それから又小急ぎになってゴミゴミした横町を二、三度曲って行くと間もなく鉄道線路へ出た。そこで瀬尾巡査は線路に添うてズット向うの踏切の方へ行くらしかったが、吾輩はそちらへは行かずに、すぐに線路と道路との仕切りになっている、黒い焼木杭やきぼっくいの柵に取り付いた。モウ瀬尾巡査に踉随くっついて行かなくともいい……多賀神社と思われる鳥居の生えた山が、ツイ鼻の先のお月様の下に、クッキリと浮かみ出ていたからであった。
 しかしよく気を付けてその鳥居の近くを見ると、最前の巡査の報告と違って、そこいらには何の燈火も見えない。ただ鳥居の向うにタッタ一つ焼籠やきかごの火か何かがチラチラしているだけで、人影も見えず、山の上の大空から、山の下の線路へかけて、月の光が大河のように流れている。夢のように美しい夏の真夜中である。そこいらの草原には虫の音がシミジミと散らばって、トテモ殺気に満ち満ちた直方の中心地帯とは思えない。
 吾輩は何だか狐に憑つままれたような奇妙な気持ちになった。何だか吾輩タッタ一人が、大勢の大人から寄ってたかって馬鹿にされているような……又は現在自分は夢を見ているのじゃないかと思われるような、一種の奇妙な錯覚に囚とらわれたまま暫くボンヤリとそこいらを見まわしていたようであったが、そのうちに又気が付いて、線路の柵の間をスリ抜けると上りと下りと四本並んだレールの上を、人に見つからないように這いながら、ソロソロと渡って向う側に出た。
 線路の向うは幅の狭い草原になって、山のつけ根まで青々とした田圃になっている。穂を出しかけた稲が、露を含んでギラギラと美しい。その間をズーッと多賀神社の方向へ、一間幅ぐらいの道がうねり曲っている。
 それを見ると吾輩はすぐに柵の間から飛び出して、多賀神社の方へ行こうとしたが、その時にその里道を向うから来る三人連れの男の影が見えたので、パッと傍の叢くさむらの蔭に身を伏せた。
 月あかりで見るとその三人は紛れもない玄洋社の壮士であった。三人が三人とも白地の浴衣に白兵児へこ帯を締めて、棒杭みたような大きな杖を打ち振り打ち振り、大きな下駄をゴロンゴロン引きずって来る。如何にも傍若無人の態度である。しかもそこいら中筒抜けの大きな声で喋舌り合って来るので、その用向きが手に取るようにわかった。
「オイ。急がんと間に合わんぞ。三時と言えばモウ直じっきに来るぞ」
「あすこいらへ大きな石が在ればええが」
「ない事はなかろう。ない時にゃあの石橋の角石をば外いて線路い寝せとくたい」
「遠い処から見えやせめえか」
「一町ぐらい離れとりゃ、わかるめえ」
「駅の入口で汽車が引っくり返ったなら、駅長が引っくり返ろうやねえ。ハハハ」
「あんまり大きな声で笑うな。敵に聞こえるぞ」
「聞こえた方がええ。早よう喧嘩が始まるだけの話じゃ。この頃久しゅう人を投げんケンのう」
「ウム。俺も腕が唸りよる。鬼半の乾児が半分ぐらい生き残ろうか」
「ナンノ、汽車が引っくり返っても怪我する位の事じゃろう」
「丸々四十人が無事で汽車から出て来ても、一人で十五人ずつ引き受くれば、相手が五人足るめえが」
「そら不公平じゃ。それよりか俺たちが二人で二十人ずつ投げ殺す方が割り切れて良ええ。離れてあしらう。隙を見て組み着く。当て殺いてから投げる……ちゅう塾頭の教えた型通りに行けば二十人位十分間で片付くじゃろ。貴様は横で月でも眺めて屁へでもヘヘリヨレ」
「アハハハ。それもよかろ。……あああ肥後の加藤が来るならばア……か……」
「弾丸硝薬ウウウウ……これエエエエ……ゼンシュウウウウ……チエーストーオ」
「アハハハハハハハ……」
 三人は吾輩の前を通り過ぎ、高い茅原の蔭に隠れて行った。アトには詩吟と天の川が一筋残った。

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