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2014年2月25日 (火)

「犬神博士」夢野久作 92

     九十二

 あとを見送った吾輩も、実を言うと腕が唸った。三人が三人とも見るからに腕っ節の強そうな壮士なので、ハンマの源なぞよりはズット手応えがありそうに思えたが、ジット我慢して遣り過ごして、柵の間に身を退ひいた。又も線路の上を這うようにして向う側の柵へ取り付いて、柵の蔭をソロソロと伝いながら直方駅の軒の下の暗がりに這い込んだ。
 そこで頭を持ち上げてみると、直方駅の待合室には洋燈ランプも何も点ついていなかった。その中に何人かの巡査が睡りこけているらしい姿が見えたが、そんなものには構わずに、ピッタリと閉した入口を通り過ぎて、一番向うの端のカンカン燈火あかりのついた駅長室を覗いてみると、思わずアッと声をあげる処であった。
 紋付袴に黒山高の威儀堂々たる大友親分が、駅長らしい色の黒い制服制帽と、例によって髯だらけの荒巻巡査と三人車座になって、真赤に起った七輪の炭火を囲みながら、汗を拭き拭き何かやっている。見るとそれは鯣するめを焼いては引き裂いているので、左右の机の上と、窓の框に置いた三ツの八寸膳の上には鯣と切り昆布の山が出来ている。傍には菰こも冠りの樽が二つ置いて在るのが見えたが、そのうちに焼き鯣のたまらないにおいが、腸はらわたのドン底まで泌み込んだ。吾輩はソーッと手を延ばして、窓の框上に在る膳の中から昆布と焼き鯣を引っ掴んでは懐中ふところに捻じ込んだが、話に夢中になっている三人はチットモ気付かぬらしかった。
「まだ汽車の笛が聞こえんなあ。モウ着く頃じゃが」
 と大友親分の声……。
「ハイ。しかし汽笛よりも先に轟々と音がします。今夜のような静かな晩は三里位先から聞こえますから、それから乗降場ホームへ出ては早過ぎる位です」
 と駅長が何だか気の進まぬ調子で説明した。
「みんな多少は酔うとるかもしれん。折尾で夜食を喰うとる訳じゃから」
「イヤ。喧嘩の前は奇妙に酔わんものですよ。それよりも吾々の計画が相手に洩れとりゃせんかと思うて、それを心配しよりますが」
「大丈夫です。駅員は皆帰しとりますから。ハハハ……」
 と駅長が、やはり気のなさそうに笑った。
「心配せんでもええ。今からなら洩れてもええわい。玄洋社むこうが狼狽うろたえて仕掛けて来れば、仕掛けた方が悪いことになるから、一人残らず引っ括るだけの話じゃ。ハハハ。事によるとこの酒が、夜の明けぬうちに勝ち祝の酒になるかも知れんてや……」
「そこです。私も考えておりましたて……ハハハハハ」
「ワハハハハハハハハハ……」
「ヘヘヘヘヘヘヘヘ……」
 そんな笑い声を聞き残しながら吾輩は、鯣を一本口に押込み押込み、駅の横の便所を抜けて、ポイントの前に在る焼木杭やけぼっくいの柵を潜り抜けた。
 その頃のポイントは今と違って、吾輩の背丈ぐらいある大きな鉄の簪かんざしみたような恰好のものであったが、そんなのが四ツ程、小舎こやの蔭の薄くらがりに並んでいた。その中でも左から二番目の奴がタッタ一本手前の方へお辞儀をしているのであったが、それを見ると吾輩はイキナリ、そのハンドルに手をかけた。
 吾輩は今日まで津々浦々を歩いて来たおかげで、鉄道線路や駅の構内の模様は何度も何度も見て知っていた。その中でもポイントの理屈は子供の目に面白いだけに、一番先にわかっていて、いつか一度は自分でやって見たくて見たくてたまらなかった。駅長や駅夫になって、思う通りに汽車を止めたり走らしたりしたらドンナにか面白いだろうと、心竊ひそかにあくがれ願っていたくらいであったが、今夜計らずも玄洋社の壮士の話を聞くと同時に、思わずムラムラと野心が起って来たのであった。
 ……玄洋社の壮士は三人がかりで駅の入口の線路に石か何か置いて、汽車を引っくり返す計画らしい。そうして加勢に来た鬼半の乾児こぶんを一人残らずやっつける計画らしい。
 ……一方に大友親分の一味の連中は、そんな事が相手に洩れている事を知らないらしく、列車が着くのを待ちかねているようである。そうして加勢の人数が着くと同時に玄洋社側に戦いを挑む計画らしい。
 だからこの際、線路の遠くに在るシグナルを上げて、はるか向うの田圃の中で汽車を止めたら両方ともアテが外れてガッカリするだろう。事に依ったら双方とも張り合いが抜けて、この喧嘩を止めてしまうかも知れない……と言うような、如何にも子供らしい、面白半分の計画で、ポイントを上げにかかったのであったが、しかし、そうした考えのモウ一つ奥を言うと、大きなポイントを自分の手一つで動かしてみたかったのが一パイに相違なかった。

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