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2014年2月25日 (火)

「犬神博士」夢野久作 96

     九十六

 それは言う迄もなく鬼半の加勢の連中四十名が列車の中から飛び出して、駈け付けて来たものに違いなかったが、それを見ると十四、五人の壮士は一斉に身を翻えして立ち向って行った。同時に稲田の蔭から又も、十人ばかりの壮士の同勢が立ち現われて、十四、五人と一カタマリになって線路の上を突喊とっかんして行った。
 吾輩は屋根の上で血沸き肉躍った。生まれて初めて見る大喧嘩の威勢のヨサに、仲裁たる事も何も忘れて陶酔してしまった。同時に、これが武者振いというものであろうか。全身が止め度もなく、冷たい屋根瓦の上で戦き出したが、しかし、それは決して怖いという気持ちからではなかった。
 ……あのままあすこに隠れていればよかったものを……そうしたら自分も一緒に飛び込んで行って、どっちか敗けそうな方の味方をして遣るものを……と言ったような自烈度じれったさから出て来た身ぶるいらしかった。
 ところがその吾輩の念願が叶ったものか、喧嘩が急にこっちの方へ近付き始めたのであった。
 玄洋社側は最初、破竹の勢いで線路の上を猛進して行った。白い浴衣がけの一団がグングンと黒い一団を追い返して行くのが屋根の上からハッキリと見えた。ところがそのうちにポンポンという鉄砲の音が二、三発ずつ、二、三回断続して聞こえると、玄洋社側の一団は俄かに退却を始めて、手に手にステッキを打ち振り打ち振り、バラバラと駅の構内に走り込んで来たが、しかし、それは本当の退却ではなかったらしい。その白浴衣の一団の中で、タッタ一人黒い着物を着て、黒い袴を穿いた小柄な男が、一本の青竹を振りまわして絶叫した。
「散らかれ、散らかれッ。散らかれば弾丸たまは当らんぞ。散らかれ、散らかれッ。……ええかッ……ピストルを持った奴を見付けたら、犠牲になって引っ組めッ。わかったかーッ」
「わかりました、わかりました」
 と五、六名の白浴衣が前後左右から返事をした。
「ううむ。彼奴あいつが塾頭らしいのう」
 と言う声が吾輩の足の下で起ったので、ビックリして振り返って見ると、すぐ真下の便所の蔭から荒巻巡査と大友親分が覗いている。
「そうらしいですな。感心な奴です。よほど喧嘩には慣れておりますな」
「そうと見える。ナカナカ手剛い奴じゃ」
「しかしピストルを撃ったのには弱りましたな。鬼半も詰まらぬ奴をよこしたものです。私の名折れになりますからな……今更苦情も言えませんが……」
「ここであちらの手勢を出して、挟み撃ちにしてバタバタと片付けてはどうかな」
「まだです。まだ磯政の奴輩やつばらが出て来ませんからな。何処をまごついとるか知りませんが……」
「ウム。それもそうじゃな」
 吾輩は二人の落ち着いているのに又も感心させられたが、それよりも驚いたのは玄洋社側の壮士の勇敢さであった。
 玄洋社側は、吾輩の足の下の駅の待合室に溢るるほど敵勢が詰め込まれているのを知らぬらしく、駅の方を背中に向けたバラバラの一人一人になって、群らがり蒐かる鬼半の同勢と向い合った。
 ところで、これに対する鬼半の同勢は、ちょうど昔の渡世人の果し合いのように、脚絆草鞋の襷たすきがけでドスを引っこ抜いた連中ばかりであったが、それを玄洋社側は物ともせずに、ステッキや素手で睨み合って近寄せない。そのうちに隙をみて組付く。組付いたと見る間に投げ付けるという戦法で行く。しかも壮士達は皆玄洋社名物の柔道家の中から一粒選りにしたものらしい上に前以て訓練が行き届いていると見えて、その戦法がまるで道場の稽古か何ぞの様に、一人残らず型に嵌はまって行くのだから見ていて気持ちのよい事夥おびただしい。見る見るうちに三人五人とバタリバタリ片付いて行く。投げられた者の中から起き上る者の些すくないのは当て身を喰らったものであろう。中には肩越しに背後に投げ落されて妙な音を立てながら首の骨を折ったらしい者が二、三人見えたが、これは講道館流の柔道の手にはない、双水執流そうすいしりゅうという福岡独特の柔道の手だとか言う話で、投げる前に当て殺して置くのだから、そうなる訳である。しかも喧嘩の後で調べられても「殺す積りではなかった」と言い開きが出来るという、極めて重宝な秘伝になっているという話を後で聞いた。

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