« 「犬神博士」夢野久作 101~終わり | トップページ | 月末リクエスト ミュージックアオード »

2014年2月27日 (木)

『犬神博士』解題 中島河太郎

 本篇の存在は中央ではまったく知られなかった。戦後間も頂くの全集や傑作集に収められて、ようやく知られた。久作の生前、東京方面への連絡を引きうけ、戦後も作品集についていろいろ斡旋した大下宇陀児は、出版予定であった本篇について、大いに提灯をもっている。

 「『犬神博士』は、探偵小説でもなく、恋愛小説でもなく、ユウモア小説でもなく、さりとて怪奇小説でもないのだけれど、この作品には夢野久作が、職業作家的な意識を殆んど持たずに、いわばアマチュア作家として、ものを書いたよさや力が非常によく出ているのである。
 作品は未完成である上に、冒頭四分の一が、かなり冗漫であるけれど、そこを越すと素晴らしく面白くなって来る。そしてその面白さは、作者が読者を意識せずして、自分自身、有頂天で面白がって苦いたために出て来た面白さなのである。実際そこには、現代の大衆も
のを書いている作家連が、容易に真似し難いところの、面白さやよさがあると思う。誓えばそれは、アマチュア写真のよさである。修正しない写真のよさなのである。
 職業作家というものは、常にその作品について、纏りとか効果とかを考え、従って技巧に於てはすぐれている代りに、ややともすれば作品を装飾し過ぎ、或は作り過ぎ、盆景的な美しさに堕したものを作るが、アマチュアは、読者の意向などてんでお構いなしで、勝手放題な筆の進め方をするので、滅多にそれは成功もしないが、一旦成功したとすれば、大したものを作りあげることがある。

『犬神博士』は確かにそういう例の一つだといっていい。夢野久作が実際に『犬神博士』を書いたのは、彼が既に探偵作家として、相当の名をなしたあとだったかも知れないのだけれど、いったいが彼は、職業作家としての意識を本当に持ち始めたのが、死ぬ二年ほど前からのことである。従って『犬神博士』には、その職業作家意識以前のものが、相当フンダンに出て来ているのである」
(昭和十二年四月『山羊髯編輯長』)

これが単行本として世に紹介されたときの反響の一つを招介しよう。『雪之丞変化』などで、一時大衆文壇の流行児となった三上於菟吉の感想がある。

「死後全集成って『犬神博士』を読むに及んで、もはや言う所を知らない。これは新しい恐怖の創造であり、霊秘の曝露だ。人性の苦悶と罪悪、感性と智性、あらゆる相剋が、奔放不満をきわめて、その実極端に神経的な筆致でドス黒くドス赤く、またともすればいぶし銀もて描き出されている。ホフマン、ポウの世界も、彼によって独りでに超越された。あながち探偵小説を以って呼はず、
 これを人間記録の絶嶽の一ツと僕は見倣す」 (昭和十一年七月、「月刊探偵」)

 三上は久作をやはり探偵作家の枠の中で眺めていたので、殊に驚嘆したのだが、戦後はその呪縛から解放されて、自由な見方が試みられている。
 例えば鶴見俊輔は久作の父が玄洋社と深いつきあいをもっていたので、玄洋社の影響をうけて、彼の作品には初期の玄洋社同人、明治の右翼の浪人がしばしば顔を出す。かれらは「自由民権の拡大とアジア解放とを求めるイソターナショナルな視野をもつ民族主義者であり、国粋主義、国権主義への転向前の民族主義者」だといい、そういう右巽浪人の姿は、『犬神博士』と『氷の捷』に特にあざやかで
あると指摘して、次ぎのように述べている。

 「『犬神博士』は乞食芸人の夫婦にそだてられた五、六歳の少年が、玄洋社の社長にくっついて、巡査とやくざのあらそう修羅場をこえて、知事に会いにゆき、筑豊炭田の利権が三井・三菱の独占資本にとられるのをふせごうとする物語である。玄洋社社長楯山は福岡県知事にむかっていう。
『ホソナ事い国家の為をば思うて、手弁当の生命がけで働きよるたあ、苛々福岡県人パッカリばい』
 このせりふの中にある地方民中心主義は、国権主義、独占資本主義、人民族戦主義、中央集権主義、官僚主義にたいして、浪人民主主義のよってたつ柱だった」(昭和三七年十月、「思想の科学」)

 作品の背後にある思想的立場に示唆を与えるものだが、水沢周は心象風景への偏執を極度に追求していった一方の極が『ドグラ・マグラ』であり、他方の極が『犬神博士』であると見ている。

 「『犬神博士』という作品を、私は実ははじめて読んだ。そしてある種の感動を持った。奇妙な迫力を持っていると同時に、夢野の作品群の一つのカギともいうべきものをこの作品は持っている。私はこの作品に、成人してからの『犬神博士』が見当らないのにまず感じ入ったのである。
 なるほど最初に犬神博士の風体や人生観のようなものがのべられている。だが、それは人間描写としては恐ろしくひ弱である。ほとんど何の印象ももたらさない。『犬神』と裏表の作品とも思われる『超人鬚野博士』によって補ってもなおかつそれは貧しいイメージだ。何を御大層に〝犬神″だ〝超人″だ、といいいたくなるほどだ。だが犬神博士の語りによる、御幼少のみぎりのイメージは、それと対照的に鮮烈そのものである。

 おカッパ頭の、少女のなりをさせられた、踊りの名手たる乞食美少年は、強烈なエロチシズムを湛えながらいきいきと暴れまわり、インチキ賭博に、ケンカに、真価を発揮する。私のよんだ限り、この少年は夢野の主人公の中でもっとも生きている。表現の空転も少く、無駄な場面もない。しかし、編中玄洋社社長梅山到がやはり〝超人″として現われるが、これはウドの大木にすぎない。少年の小超人ぶりに及ぶべくもないのである。そして、事件の最高潮の場面から全く突然この小超人はいずれへか逃走し、再び帰って釆ない」(昭和三九年五月、「大衆文学研究」)

『ドグラ・マグラ』が畢生の大作であっても、探偵小説的要素を具備している。その点久作の作品の系列を探偵的要素を含むものと、然らざるものとに分けた場合、すくなくとも本篇は後者の尤なるものであった。久作ほ探偵小説の常道によろうとはしなかったけれども、前者の系列がはとんどである。

 本品や『超人鬚野博士』などとともに、著者の欝屈したものを吐き出すために案出された分野であり、『近世快人伝』などと一緒に考えるべき作品である。内容としては当然もっと続くべきものであるが、緻密で躍動的な文体は、丁万の著者の頂点を示すもので、今後いろいろな問題を提供するに相違ない。

Img544_2

« 「犬神博士」夢野久作 101~終わり | トップページ | 月末リクエスト ミュージックアオード »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
フォト

22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

オンライン状態

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。