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2014年2月11日 (火)

ポール オースター「ティンブクトゥ」 (新潮文庫)

「犬の視点」を通してアメリカのホームレスを描いた作品。一見奇妙な設定だが感情に流されない厳しい犬の目を通してホームレス生活を描くことで、メロドラマ的なセンチメンタリズムに歯止めをかけた。バージャーが数人の登場人物をかわるがわる描いたのに対し、オースターはたった2人の主人公をじっくりと追っていく。まず「これといった血統も特徴もない雑種犬」のミスター・ボーンズ、そしてその飼い主であり、4年前の母親の死をきっかけにホームレス生活を始めた精神分裂症の中年患者ウィリー・G・クリスマスだ。

物語は、ウィリーとミスター・ボーンズが人探しのためボルチモアの街をさまよう場面から始まる。相手はウィリーに作家になるようすすめてくれた高校時代の英語教師。死期迫るウィリーは、飼い犬と、グレイハウンドバスのターミナルに隠してある自分の大量の原稿の引き取り手を必死の思いで探していたのだ。「とうとうウィリーはこれまで書いたことのない最後の1文を書き終えた。残された時間はもうわずかしかない。あのロッカーにある原稿の一語一語、それは彼がこの世に存在したあかしのようなもの。もしその1語でも欠けてしまったら、彼の存在自体を否定されたも同然なのだ」

ポール・オースターは、考えさせることで読者の感情を揺さぶるタイプの知性派作家である。死ぬ瞬間、ウィリーはあふれんばかりの言葉の海に向かって漕ぎ出していく。一方、残されたミスター・ボーンズはきわめて哲学的なことを考えだす。それはかつてウィリーが「ティンブクトゥ」と称した「あの世」のことだった。

ペットとしての生活が許されなくなったらどうなるだろう。いや、そんなことはありえない。だがミスター・ボーンズはだてに長生きしているわけじゃない。ちゃんと知っているのだ。この世の中、ありえそうにないことがいつだって起きる、なんでもありの世界だということを。だぶんこれもそのうちの1つなんだろう。でもこの「たぶん」ってやつの先には、ものすごい恐怖と苦痛がぶらさがっている。それを考えるたびに彼は言い知れぬ恐怖に襲われるのだった。

ウィリーの死後、1人ぼっちになったミスター・ボーンズをとりまく環境はどんどん悪化。飼い主のいない犬は数々の裏切り、拒絶、そして失望を経験することになる。犬の心の内側に入り込んだ独特の世界観を通し、オースターは人間のもつ残酷さ、めったにお目にかかれない優しさを巧みに描き出す。だが読者は思い知らされるだろう。「ティンブクトゥ」の世界が荒涼としていること、そしてときおり感じる神の恵みの瞬間さえ、長くは続かないことを。(Alix Wilber, Amazon.com)

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 犬を視点的「人物」に据えたこの小説のよいところは、何よりもまず、犬が視点的人物であることを作者が過度に面白がったり、それをネタにして読者を愉しませようと過度に努めたりしていないところだと思う。読み進めていくうちに、ミスター・ボ
ーンズが犬であるという事実は、ある意味では、彼がたまたま抱え込んだやや特殊な身体的特徴にすぎないように思えてくる。オースター自身、現実の犬の思考や感情を再現しようとしたつもりは毛頭なく、むしろ、ドン・キホーテとサンチョ・パンサの現代スクリューボール版というふうに自分では捉えている、と述べている。

 主人公が犬だという点より、夢、記憶、幻想の力が強調されている。作品中くり返し現われる、過去や未来とも密接に結びついた夢や記憶が、ミスター・ボーンズを時に正しい方向に、時に誤った方向に導く。そこにむしろ話の中心はある気がする。犬であるからして小説内現実で人と会話するのは不可能だが、夢や幻想のなかでならそれも可能である。そういったテクニカルな効用もあるけれども、それ以上に犬が叡智を得る上での大切な回路として、夢や記憶の力が見直されているところにこの作品のひとつのポイントがあるように思う。

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