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2014年3月31日 (月)

安西水丸『ガロ』作品掲載リスト

先週24日に他界された安西水丸さんへ追悼。
『ガロ』編集部にて初期掲載された作品を担当させていただき感謝いたします。
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【安西水丸『ガロ』作品掲載リスト】
1974年
9月号「怪人2十面相の墓・前編」
10月号「怪人2十面相の墓・後編」
11月号「ひきしおの頃」
12月号「麦笛」
1975年
1月号「少女ロマンス」
2月号「冬まつり」
3月号「青の時代」
4月号「荒れた海辺」
5月号「裏庭」
6月号「汽車」
7月号「天誅蜘蛛」
8月号「黄トンボ」
9月号「終夏鉄道」
10月号「花物語」
11月号「小倉町美学」
12月号「冬町」

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1976年
1月号「冬レンズ」
2.3月合併号「まがり道」
4月号「停滞前線」
5月号「テンテン天丸のドロン漫遊記 1」
6月号「テンテン天丸のドロン漫遊記 2」
7月号「テンテン天丸のドロン漫遊記 3」
8月号「テンテン天一のホロ放浪記」
9月号「テンテン天一のめでたしめでたしの巻」
10月号「よいどれ雲」
11月号「北風放浪」
12月号「野火」
1977年
1.2月合併号「魚の家」
3月号「西風の吹く町」
4月号「春はやて」
5月号「雪どけの頃」
6月号「東京エレジー 1」
7月号「東京エレジー 2」
8月号「東京エレジー 3」
10月号「東京エレジー 4」

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1978年
1月号「自転車屋」
6月号「ライオン」
1979年
1月号「きよし」
6月号「キツネ狩り」
1980年
4月号「ウインドブレーカー」
1981年
1月号「暗室」
12月号「寒い日」
1994年10月号〈ガロ名作劇場・安西水丸〉
マンガ再録「汽車」/小説「とうもろこし畑を走る」

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合掌。

2014年3月30日 (日)

『真夏の死』三島由紀夫

1952年(昭和27年)、文芸雑誌「新潮」10月号に掲載され、翌年1953年(昭和28年)2月15日に創元社より単行本刊行された。 『真夏の死』は、伊豆今井浜で実際に起こった水死事故を下敷きにして組み立てた小説である。理不尽な悲劇から主人公がいかなる衝撃を受け、時の経過によってこれから癒え、癒えきったのちのおそるべき空虚から、いかにして再び宿命の到来を要請するか、というのが主題となっている。

エピグラフに、ボードレールの『人工楽園』の一節が使われている。
粗筋
生田朝子は3人の子供の母である。ある夏の日、朝子は6歳の清雄、5歳の啓子、3歳の克雄と、夫の妹の安枝とで、伊豆半島の南端に近いA海岸の永楽荘に遊びに来ていた。事件は朝子が永楽荘の一室で午睡をしている間に起きた。3人の子供と安枝は海に出ていた。そして2人の子供、清雄と啓子は波にさらわれてしまう。驚いた安枝は海に向かうが、襲ってきた波に胸を打たれ心臓麻痺を起す。一時に3人の命が失われた。
1人残された子供の克雄を溺愛しつつ、この衝撃から朝子は時間の経過とともに立ち直っていくが、それは自分の意思に関係なく悲劇を忘却していく作業であった。朝子は自分の忘れっぽさと薄情が恐ろしくなる。朝子は、母親にあるまじきこんな忘却と薄情を、子供たちの霊に詫びて泣いた。朝子は、諦念がいかに死者に対する冒涜であるかを感じ、悲劇を感じようと努力をした。自分たちは生きており、かれらは死んでいる。それが朝子には、非常に悪事を働いているような心地がした。生きているということは、何という残酷さだと朝子は思った。
冬のさなか、朝子は懐胎する。しかし、あの事件以来、朝子が味わった絶望は単純なものではなかった。あれほどの不幸に遭いながら、気違いにならないという絶望、まだ正気のままでいるという絶望、人間の神経の強靭さに関する絶望、そういうものを朝子は隈なく味わった。そして晩夏に女児・桃子を出産する。一家は喜んだ。
桃子が産まれた翌年の夏、事件があってから2年が経過した晩夏、朝子は夫に、A海岸に行ってみたいと言い出す。夫・勝は驚き反対したが、朝子が同じ提言を3度したので、ついに行くことになった。勝は行きたい理由を問うたが、朝子はわからないという。家族4人は波打ち際に立った。勝は朝子の横顔を見ると、桃子を抱いて、じっと海を見つめ放心しているような表情である。それは待っている表情である。「お前は今、一体何を待っているのだい」と、訊こうとしたが言葉が口から出ない。訊かないでもわかるような気がしたのである。勝は悚然として、つないでいた息子・克雄の手を強く握った。 http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E5%A4%8F%E3%81%AE%E6%AD%BB
三島由紀夫が1970年に発表した自選短篇集の第2弾。自決の数カ月前に書かれた解説。 真夏の死(1952)、煙草(1946)、春子(1947)、サーカス(1948)、翼(1951)、離宮の松(1951)、クロスワードパズル(1952)、花火(1953)、貴顕(1957)、葡萄パン(1963)、雨のなかの噴水(1963)の11編を収録。

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『真夏の死』(一九五二年)は、今度の集中もっとも長い、百枚のノヴェレットで、第一回の世界旅行から帰って、ゆっくり筆馴らしをして書いた作品である。伊豆今井浜で実際に起った事件を人から聞き、それを基にして組み立てた小説だが、もちろん眼説目は最後の一行にある。                         
方法論としては、この一点を頂点とした円錐体をわざと逆様に立てたような、普通の小説の逆構成を考えた。即ち通常の意味での破局が冒頭にあり、しかもその破局には何の必然性もない。その必然性としての宿命が暗示されるのは最後の一行であり、これがギリシア劇なら、最後の一行からはじまって、冒頭の破局を結末とすべきである。それをわざわざ逆様に立ててみせたのである。
 即ち、通常の小説ならラストに来るべき悲劇がはじめに極限的な形で示され、生き残った女主人公朝子が、この全く理不尽な悲劇からいかなる衝撃を受け、しかも徐々たる時の経過の恵みによっていかにこれから癒え、癒えきったのちのおそるべき空虚から、いかにしてふたたび宿命の到来を要請するか、というのが一編の主題である。
 或る苛酷な怖ろしい宿命を、永い時間をかけて、ようやく日常生活のこまかい網目の中へ融解し去ることに成功したとき、人間は再び宿命に飢えはじめる。このプロセスが、どうして読者にできるだけ退屈を与えずに描き出せるか、という点に私の腕だめしがあった。小説のはじめに最も刺戟的な場面を使ってしまえば、そのあと、読者は何ら刺戟を受けなくなってしまう憤れがあるからである。
  三島由紀夫による後書きより

原発、秘密保護法、靖国参拝に反対する私たちは少数派だと思えない

SIGHT2014年5月号 Vol.59 
特定秘密保護法の修正、廃止を求める人、82.3%。原発再稼働に反対の人、59%。安部首相の靖国参拝が日本の外交に悪い影響を与えていると思う人、56%──この国の有権者の多くが現在の安倍政権の方向性に反対しているにもかかわらず、なぜ支持率は高いままなのか。 なぜ都知事選で桝添要一候補が圧勝したのか。今この国で起きているこの現状の原因を解析し、理解し、次の一歩を考えるための特集。

Sight59

総力特集
原発、秘密保護法、靖国参拝に反対する私たちは少数派だとは思えない
――この国の政治は誰の意思によって動いているのか
秘密保護法は国の度を越えた情報収集と報道の抑制を加速させる
臺宏士(毎日新聞記者)
数字合わせだけのアベノミクスに未来はない――人口が減っても節約しなくても日本は豊かになれる
小野善康(大阪大学社会経済研究所教授)
党の方針に背き秘密保護法に反対、離党へ――36歳、1年生議員はこの政治状況をどう戦うのか 井出庸生(衆議院議員)
圧倒的多数の世間様は、脱原発など忘れている。その前提に立たないと、何も始まらない
開沼博(社会学者/福島大学特任研究員・東京大学大学院博士課程)
歴史問題とは「多くの人が犠牲になったという事実」に目を向けないことに対する怒りである
藤原帰一(国際政治学者/東京大学法学部・同大学院法学政治学研究科教授)
安倍政権の政策は、文明史の折り返し点に立つ日本の飛躍に逆行する
田中秀征(民権塾主宰/元経済企画庁長官)
総論対談
安倍政権の「何も考えるな、言うことをきけ」という強い言葉に、我々はいかに立ち向かうべきなのか
内田樹(哲学者・神戸女学院大学名誉教授/武道家・凱風館館長)×高橋源一郎(文芸評論家・作家/明治学院大学教授)
SIGHT2014年5月号 Vol.59
http://ro69.jp/product/magazine/detail/99501

2014年3月29日 (土)

鶏の胸肉成分、記憶に効果?

鶏の胸肉に多い成分を中高年のボランティアに3カ月間、朝晩の食事の際に取ってもらったところ、脳の記憶機能に関連する部位が年齢とともに萎縮する傾向が抑えられたとの研究成果を、東京大と国立精神・神経医療研究センターのチームがまとめた。

この成分はアミノ酸で構成される「イミダゾールジペプチド」。肉類では鶏の胸肉に100グラム当たり1.2グラム程度と多く含まれ、豚肉やマグロ・カツオの赤身にも比較的多いという。

3月29日 時事通信

2014年3月28日 (金)

2014/3/28 ウーマンロック [月末リクエスト]

1. Aimee Mann / Charmer (2012)

Charmer [Import] Charmer [Import]
エイミー・マン

2. The Ting Tings / Give It Back (2012)

Sounds from Nowheresville: Deluxe [CD, Import] Sounds from Nowheresville: Deluxe [CD, Import]
ザ・ティン・ティンズ

3. Deap Vally / Bad For My Body (2013)

Sistrionix [CD, Import] Sistrionix [CD, Import]
Deap Vally

4. Kylie Minogue / Into the Blue (2014)

キス・ミー・ワンス(スペシャル・エディション)(CD+DVD) キス・ミー・ワンス(スペシャル・エディション)(CD+DVD)
カイリー・ミノーグ

5. Katy Perry / Dark Horse (featuring Juicy J) (2013)

PRISM DELUXE EDITION (Pケース仕様) [Import] PRISM DELUXE EDITION (Pケース仕様) [Import]
ケイティ・ペリー

6. Yeah Yeah Yeahs / Mosquito (2013)

Mosquito [CD, Import] Mosquito [CD, Import]
ヤー・ヤー・ヤーズ

7. Tracie / The House That Jack Built (1983)

レスポンド 12インチ・シングル・コレクション レスポンド 12インチ・シングル・コレクション
オムニバス

8. Lorde / Royals (2013)

ピュア・ヒロイン ピュア・ヒロイン
Lorde

9. Norah Jones / Don't Know Why (2002)

Come Away With Me [Import] Come Away With Me [Import]
ノラ・ジョーンズ



10. Lady GaGa / G.U.Y. (2013)

ARTPOP [CD, Import] ARTPOP [CD, Import]
レディー・ガガ

11. Bombay Bicycle Club / Home By Now (2014)

So Long See You Tomorrow [Import] So Long See You Tomorrow [Import]
ボンベイ・バイシクル・クラブ

2014年3月27日 (木)

見つめていたい

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2014年3月26日 (水)

三島 由紀夫の恋路をたどって

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陰暦8月15日 の満月(中秋の名月)の夜、無言のまま7つの橋に願掛けをして渡ると願いが叶うという言い伝えに従って四人の女が橋を渡る物語。四人のうち誰が最後の橋を渡るのか、その歩行から人間性の意外な“重量”が浮かび上がる。何となく面白おかしい客観性、冷淡で高雅な客観性を、文体の中にとり入れている作品である。
エピグラフとして、男女が橋を渡りながら死出の旅へ発つ、『「天の網島」名ごりの橋づくし』からの一節が引用されている。
三島由紀夫は「橋」というものについて次にように述べている。

古へからわれらの橋は、現世の橋ではなくて、彼岸へ渡す橋であつた。その限りにおいては、いかに無細工なコンクリートの橋であつても、今日なほ寸分も変らぬ詩句を近松は書いてゐる。

「短かき物はわれわれが此の世の住居秋の日よ」

 http://ja.wikipedia.org/wiki/橋づくし より

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2014年3月25日 (火)

『橋づくし』三島由紀夫の短編小説。

築地界隈を舞台に、陰暦8月15日 の満月の夜に7つの橋を渡り願掛けをする女たちの悲喜交々を、数学的な人工性と古典的な美学とを巧妙に組み合わせて描いた作品である。

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陰暦8月15日 (旧暦)の夜、新橋の料亭・米井の娘・満佐子は、芸妓の小弓、かな子と一緒に願掛けに出かける。満月の深夜、無言で後戻りすることなく、7つの橋を渡って祈ると願いが叶うという。満佐子の願いは、「俳優のRと一緒になりたい」。満佐子と同い年の22歳の芸妓・かな子の願いは、「好い旦那が欲しい」。42歳の小太りの芸妓・小弓は、「お金が欲しい」のである。この三人と、満佐子の家の新米女中の田舎娘・みなが、お供として願掛けに加わった。願掛け参りのルールは、「7つの橋を渡るときに同じ道を二度通ってはいけない」、「今夜の願事(ねぎごと)はお互いに言ってはならない」、「家を出てから、7つの橋を渡りきるまで、絶対に口をきいてはいけない」、「一度知り合いから話しかけられたら、願(がん)はすでに破られる」、「橋を渡る前と渡ったあと、それぞれ合計14回、手を合わせてお祈りをする」などである。

四人は願掛けの橋に向かって歩きだした。月が出ており、街は寝静まり、四人の下駄の音が響いている。最初に渡る橋は向う岸に区役所のビルが見える三吉橋である。この橋は三叉の橋で、2つの橋を渡ったことになる。満佐子は手を合わせて祈っている時、ふと女中のみなを見ると殊勝に何かを祈念していた。自分と比べて、どうせろくな望みを抱いていないのだろうと満佐子は思ったりした。

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第3の橋は築地橋である。ここを渡る時、はじめて汐の匂いに似たものが嗅がれ、生命保険会社の赤いネオンが海の予告の標識のように見えた。芸妓のかな子は出る前から少しあった腹痛が激しくなってきた。何かに中ったらしい。次の橋を目前にして、かな子は脱落してしまった。

第4の橋は入舟橋で、残りの三人は無事に渡った。第5の橋まで大分道のりがあり、左方の川むこうに聖路加病院の頂きの巨きな金の十字架が見えた。

第5の橋は暁橋である。毒々しいほど白い柱の橋だった。もうすぐ渡り切ろうというところで、銭湯帰りの浴衣の女が小弓に気さくに声をかけた。小弓は脱落した。いくら返事を渋ってみたところで、「一度知り合いから話しかけられたら、願(がん)はすでに破られる」のであった。

第6の橋は堺橋である。緑に塗った鉄板を張っただけの小さな橋であった。駆けるように渡ると、まばらな雨粒が降ってきた。満佐子はみなと二人だけになり、この見当のつかない願事を抱いた岩乗な山出し娘の存在が不気味になってきた。

第7の橋は備前橋である。川向うの左側は築地本願寺である。橋の前で祈念している時、満佐子はパトロールの警官に不審尋問されてしまった。満佐子は代わりにみなに答えさせようと、そのワンピースの裾を引っ張ったが、みなも頑なに黙っている。満佐子は先に駆け出して逃げようとしたが警官に腕をつかまれ、思わず、痛いと声を発してしまった。橋の先を見ると、一緒に駆け出したみなが14回目の最終の祈念を黙々とこなしていた。
家に帰った満佐子は泣いて母に、みなの気の利かなさを訴えた。一体おまえは何を願ったのかと聞いても、みなはにやにや笑うだけであった。数日後、いいことがあった満佐子が機嫌を直して、また、みなに同じことを訊ねたが、みなは不得要領に薄笑いをうかべるだけであった。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/橋づくし より

2014年3月24日 (月)

記念広場の時計

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2014年3月23日 (日)

庭先で涼む時

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2014年3月22日 (土)

伊藤計劃「虐殺器官」「ハーモニー」を劇場アニメ化する「Project Itoh」

作家・伊藤計劃氏の長編小説「虐殺器官」と「ハーモニー」を劇場アニメ化するプロジェクト「Project Itoh」が発表。
http://gigazine.net/news/20140321-project-itoh/

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『虐殺器官』(Genocidal Organ)
サラエボが核爆発によってクレーターとなった世界。
後進国で内戦と民族衝突、虐殺の嵐が吹き荒れる中、先進諸国は厳格な管理体制を構築しテロの脅威に対抗していた。
アメリカ情報軍のクラヴィス・シェパード大尉は、それらの虐殺に潜む米国人ジョン・ポールの影に気付く。なぜジョン・ポールの行く先々で大量殺戮が起きるのか、人々を狂わす虐殺の器官とは何なのか?

『ハーモニー』(harmony)
舞台は「誰も病気で死ぬことがない世界」である。
人々はある年齢になると自分の体にWatchMeというソフトウェアを入れ、体内の恒常性を監視する。
WatchMeはメディケア=個人用医療の薬精製システムと繋がって、異常に対して万全の予防を自動的に行なう。

〈こどもがおとなになると、言葉になる〉
〈おとながしびとになると、泡になる〉
(\theorem)

 いや、それは正確じゃない。より正しく言うのなら、
〈こどものからだほ、おとなになるまで言葉にしてはならない〉
〈おとなは死んだら、泡になるまで分解されなくてはならない〉
 という禁止で語られるべき。
 なぜって、こどものからだはせっかちで急ぎ足。一瞬たりともそこに留まっていてはくれないから。おとなのからだだって前へ前へと死に向かってしっかりと歩いているけれど、その速度はこどもにくらべてずっとゆっくり。

 誰も病むことのない世界、それはまた争いの起こらない世界でもある。対立や紛争の温床となる国家=ネーション、その個々の「政府」の代わりに、この時代には世界は「生府」によって統治されている。「生府」が唯一最大の是とするのは「生命至上主義」、社会の成員全員が、自分の/他人の健康を最大限に尊重することである。「生府」はWatchMeとメディケアによって、この地球に一種のユートピアを実現しつつある……。

『ハーモニー』は「少女たちの物語」でもある。霧慧トアン、御冷ミァハ、零下堂キアンの三人の女の子。
 物語の始まではまだWatchMeを体内に入れる前の年齢で、彼女たちは怜例な頭脳を持ちながら現今の社会のありように強固な疑念を抱くミァハの主導により、自死を試みる。
 しかし少女たちのもくろみはあえなく失敗する。それから更に13年後、かつてミァハに賛同して自ら死を選ぼうとしたトアンは、現在はWHO(世界保健機構)の螺旋監察官事務局の上級監察官となっている。螺旋監察官は危険な遺伝子操作を監視するのが目的だったが、今ではあらゆる「生命権の保全」として活動領域を過激に膨張させつつある。

  愛なんてまっぴらだ。
  思いやりなんてまっぴらだ。
  リソース意識なんてくたばるがいい。
  このカラダは生府のためでも、あなたたちのためでもない、わたしひとりのもの。
 このおっぱいも、おしりも、ぜんぶが御冷ミァハひとりのもの。わたしは女子高生の頃、そんなミァハに共感していた。そんなミァハに感化されていた。そしていまでも、心の底のどこかではたぶん、そう思っている。

 〈手首を切り〉
 〈首を吊り〉
 〈高みから身を投げ〉

 社会に押しつぶされそうな魂が、他ならぬこの社会を蝕みつつあったのだ。
 社会にフィットすることのできない魂が。
 病を求め、傷を求め、苦痛を求める子供のたましいが。
 何よりも尊重されるべき生命を、悪意を以て傷つけるというその明確な意志によって。この社会の何かが間違っている。

 トアンはミアハの記憶を抱えたまま、螺旋監察官としての仕事を続けることに内心少なからぬ矛盾を感じている。
 そして世界中で同日同時刻に、6582人が同時に自殺する痛ましい出来事にトアンは遭遇する。その背後にはこの世にいるはずのない御冷ミァハの影が見え隠れはじめるのだった。

「フィクションには、本には、言葉には、人を殺すことのできる力が宿っているんだよ、すごいと思わない」
 世界の底辺で腐りかけた不要な知識。
 そんなものをたくさん知っているのは、御冷ミアハのおかげだ。

誰もが健康で天寿を全うできる社会。眼前に広がるのはハーモニーを保って生きるユートピアなのか、それとも自殺する自由と意志が抑圧されたディストピアなのか。理屈では処理しきれない不思議な感覚が「ハーモニー」によってに引き起こされる。

2014年3月21日 (金)

新譜紹介

1. Skaters / This Much I Care
2. Skaters / One of Us

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Skaters


3. Foster the People / Coming of Age
4. Foster the People / A Beginner's Guide to Destroying the Moon

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Foster the People


5. ceo / Whorehouse
6. ceo / Ultra Kaos

Wonderland [CD, Import] Wonderland [CD, Import]
CEO


7. The Allman Brothers Band / Statesboro Blues (Live 1992)

Play All Night: Live at the Beacon Theater [CD, Import] Play All Night: Live at the Beacon Theater [CD, Import]
オールマン・ブラザース・バンド

8. Cream / Crossroads (1968)

クリームの素晴らしき世界 クリームの素晴らしき世界
クリーム

9. Jake Bugg / A Song About Love (2013)

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Jake Bugg

10. Bombay Bicycle Club / Home By Now (2014)

So Long See You Tomorrow [Import] So Long See You Tomorrow [Import]
ボンベイ・バイシクル・クラブ

2014年3月20日 (木)

ボルヘス『エル・アレフ』 (平凡社ライブラリー)

 ダンテに霊感を得たという表題作《エル・アレフ》
 かつて《私》はベアトリス・ビテルボという女性を愛していたのですが、彼女は病を得て若くして亡くなりました。毎年、彼女の命日に実家を訪れ、父親や従兄弟のカルロス・アルヘンティーノ・ダネリとしばらくおしゃべりをして帰っていたのですが、そんなある日、ダネリから電話があり、近々家を取り壊されることになった。
 実は自分の家の地下には《エル・アレフ》、つまり「地上のすべての場所、それもあらゆる角度から見た場所が混乱することなく存在している」小さな光り輝く球体があるのだが、家が取り壊されればそれもなくなってしまうと打ち明けられます。
 私はあわてて彼の家に駆けつけ、《エル・アレフ》を見せてもらうのですが、それは直径二、三センチメートルの球体で、「その中に宇宙空間(世界)がそのままの大きさですっぼり収まって」 いたのです。私はそれを見て衝撃を受けますが、建物が取り壊されるとともに《エル・アレフ》も消滅してしまいます。

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「知性の本質は連続性の概念と分かちがたく結びついていると思われる」

「人の一生はどれほど複雑に入り組み、充実したものであっても、結局は一瞬から成るのではないか、その一瞬とは自分とは何者なのかを永遠に知るときのではないか、と思ったことがある」

宇宙の粒子や空気を食べて生きている(不食)」モデルの話から「松果体とエネルギー」にまで

・ In Deep さんの記事より
自称ブリザニアンでリアルバービーと呼ばれるウクライナのモデル、ヴァレリア・ルキャノバさん
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ウクライナのモデルであるヴァレリア・ルキャノバさんという方も、インターナショナル・ビジネスタイムズの記事の日付(2013年9月25日)の頃までは、そういう範疇の、つまり、世界中にいくらでもいる「リアル・バービー系」の女性としてメディアに取り上げられていたりしたのですが、今年になって、彼女の「方向性」が微妙に異常な方向性に動いています。

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▲ 2014年2月28日のデイリーメール Human Barbie reveals she starves herself: 'Breatharian' believes she can live off 'cosmic micro-food' of just light and air より。
「ここ数週間、私は何も食べなくとも全然空腹ではありませんでした。私は空気や光だけで生きられるのです。そして、これがその最終段階だと願っています」
彼女は最近では、「スビリチュアルな伝道者」であると呼ばれていたり、光を介してエイリアンと会話することやタイムトラベルをする能力を持つと主張したり、というような話がクローズアップされていて、彼女を題材にしたドキュメンタリー映画まで撮影されたのだそう。


不食 - ブリザリアン( Breatharian )- イネディア( Inedia )

イネディア(ラテン語で"断食"の意味)、またはブリザリアニズム(断食主義)は、食べ物がなくとも生きることができる機能を主張するニューエイジの概念だ。

ブリザリアンは、食べ物も、そして、おそらくは水も人体の維持には必要ではないことを主張し、アーユルヴェーダでは、人間は太陽光のエネルギーとプラーナ(ヒンドゥー教の重要な生命力)によって生きることができるとされているという。ブリザリアンは食事ではなく、プラーナの発生源とされる日光を浴びる。

ブリザリアニズムは科学者や医療専門家の間では、死に至る可能性のある疑似科学と考えられており、これらの実践者たちには飢餓で死亡した人々もいる。
不食と松果体

なお、ブリザリアンの問題には、「松果体」の問題が必ず付属します。

過去記事の、

あらゆる手段で「光」を求める生命: フンコロガシの行動、松果体の意味、そして「太陽神の目」の実体
 2013年01月29日

という記事では、フランスの作家、ジョルジュ・バタイユの『松果腺の眼』という未完の小説について少しふれています。『太陽肛門』( 1931年)というタイトルの小説もあるバタイユの考えは、
「松果体の役割は、太陽から火山を経て肛門へ受け渡されたエネルギーを、松果体を通して再び太陽へ回帰させること」

というようなものだったようです。

この「エネルギー」が何をあらわしているのかはわからないですが、いつかこの「松果体とエネルギー」のことにも具体的にふれてみたいと思います。
以上は「 In Deep」さんからの記事抜粋でした。

地磁気を感じとる雲の流れ

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2014年3月19日 (水)

そして船は来る

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豪華客船の入港です

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2014年3月18日 (火)

神戸文化ホール「神戸能」

日本の伝統芸能を代表するもののひとつ“能楽”は、ユネスコに認定された無形文化遺産でもあります。
今回の公演では、観世流 能「敦盛」シテ勝部延和、観世流 能「善界」シテ上田拓司、大蔵流 狂言「入間川」シテ善竹忠重が上演されます。雅やかな能の世界が堪能できる機会となっています。

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2014年3月21日  開演13:00(開場12:30) 
神戸市 神戸文化ホール 中ホール

関連ホームページ
http://www.nohgaku.or.jp/playinginfo/index.html

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2014年3月17日 (月)

能の空間と時間

 能は「間」の芸術であるともいわれる。だがその実、肝腎の「間」の概念規定が人によってまちまちである。試みに質問してみると、建築家はこれを空間であるといい、音楽家は時間だと答える。確かに、床の間・京間・間数・間柱などはそれぞれ、空間そのもの・空間の長さ・空間の単位・物と物とのあいだを意味する空間用語であり、束の間・間を持たせる・「間」がよいなどは、時間そのもの・事と事とのあいだ・リズムないしはタイミングを表わす時間用語である。これらほともに正解といってよい。「間」はもともと中国から漢字の間で渡来した概念でもっばら空間を表わしていたが、日本語への転化にあたって時間の意義も持つようになったとされているからである。

 このように異なる分野で語を共用しそれぞれ違う概念を表わしているぶんには、他にも例があることであり、さしたる混乱は起きない。だが、一方において「間を置く」「間合いを計る」「間伸び」などのように、時間と空間が複合された慣用句が数多く存在している事実をどう説明したらよいのだろうか。たとえば「間を置く」とは空間の距離をとることであり、時間をあけることでもある。おそらくこれは、われわれの祖先が民族特性とされている独特の日本的受容によって、本来異柘の存在であった時間と空間を、矛盾の統一においてすんなりと同次認識してしまったことの表われに違いないのである。したがってこのように、まには三通りの意義が含まれているところから、一見いかにも曖昧な語のように見える。だが実は、広義な内容を一語で言い表わす多様性と言語の基本的条件とされる簡撫さとにおいて、まは他国語に類例を見ない特異な概念用語であり、この曖昧さこそ日本語の優秀性を示す要素に他ならないのである。

この創出があったがゆえに、能における時間・空間を超えて舞台と鏡の間を繋ぐとともに、それ自体が舞台でもある橋掛りの機能をフルに生かして、時間を自在に操る夢幻能という優れた演出形式が生まれ、現世と別世・現実と非現実という対極を、ごく自然な形で同次存在させることを可能にしたのである。

「間」は構成要素としても、具体的に存在する。われわれは、事物の構成を常に「表現部分」と「余白・空白部分」という相対関係でとらえて、これが最も基本的な認識のしかたである。たとえば、絵画における主題と背景、あるいは音楽における音符と休止符の関係がそうである。
 
 これを「真・行・草」の「真」とすると、行の構成はやや複雑になり、両者の境目が判然としないような形をとる。
 典型例を図形で示すと「ルビンの壺(Rubin's vase)」と呼ばれる図のように一見は白い盃と見えた図柄が、じっと見つめていると向き合った二人の横顔に見えてくるような構成である。

 このような関係を、心理学では「図」と「地」と呼んでおり、先に知覚されたほうを図としている。したがってこれは、見る人の主観によって図と地が容易に逆転する性格を持っている。音楽でいえば、本来伴奏を行なう楽器がメロディーを奏で、歌手がスキャットで和音を歌うような演奏である。

 さらに「草」へ至ると、表現部分が逆に余白・空自部分の引立て役に廻るような高次の構成となる。そして極限においては、もはや前者は後者を形づくるために参与しているにすぎないものの存在となり、到達への過程には常に象徴化のための省略がある。このシンボル化された表現部分によって生じた余白・空白部分が実在のまであり、構成の核心なのである。
行の構成においては図と地の関係が観察者の選択に任されていたが、草では再び真に似た構成をとりながら、しかも本来の意図が図にはなく、地に隠されていると見るべきなのである。

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【真行草】しんぎょうそう 
書道の書体の類型を示す言葉。さらに日本人の美意識の表現として広く用いられた言葉である。
中国の東晋時代に書道の基礎を作った王羲之によって,古代の篆書(てんしよ)・隷書(れいしよ)に対して真(楷書)・行・草の三体が確立したといわれ,日本では奈良時代後期の《正倉院献物帳》に王羲之の書として真行草の文字が見える。
書道の普及とともに,最も格式の高く整った真と,その対極に位置する最も破格の草,その中間項の行を,3段階の様式表現の用語として,書道以外のさまざまのジャンルでも用いるようになった。

以上のことがらをまとめてみると、

            (真) (行) (草)
 表 現 部 分 = 図→ 図→ 地(もの)

 余白・空自部分 = 地→ 地→ 図(「ま」)

 「ま」をつくるためには、ただ一本の柱か一人の人間が存在すればよい。造替後の伊勢内宮古殿地に置かれた真の御柱は、神域のシンボルであると同時に静のまを構成する要素である。また、能が原則として主人公を一人に限っているのも、実はシンボル化することによって舞台空間を時々刻々に変容・変質する動のまに仕立て上げようという、意志の反映に他ならない。

 このように、「ま」とは漠然とした存在ではなく、尺度と機能とを兼ね具えた、つまりデザインされたネガティヴ(陰)な時間・空間を指しているのである。この結論をもとに、さらに表現におけるまに話を進めよう。

 省略の極致に真の芸術的創造があるはずだという摸索は、かなり以前から洋の東西にわたって存在した。日く「芸術とは省略なり」また日く「より少ないことはより多いこと」などである。だがこれらの故言は、世阿弥の演技論にいう「せぬ所が面白き」という言葉の深淵さには、とうてい及ぶべくもない。なぜなら、彼は言外にまの存在を示唆しているからである。能の演技は、することによって何もしない余白と空自の時間であるまをつくり出すために行なうのであり、そのまに表現の核心があり、本来の面白さが隠されているのだといっているのである。

 その一例は「居グセ」という演出手法である。クセとは曲の中核をなす重要な小段であって、舞に重点が置かれた「舞グセ」を本姿としているのだが、この場合、演者は舞台中央に縛ったまま岩のように微動だにしない。
ただひたすら謡と磯子が流れる中で、心で舞うことによって視覚を超えた無限の表現としているのである。最も饒舌であるべき演技の時間を、寡黙な空間に置きかえる作業つまりまの表現の追求がここにある。

 この真意をとり違えて、一部の人は「能の最終的な表現は無である」などと美辞を弄しているが、空の間違いであることは言うまでもない。

 だが、このような表現技法は、なにも能に限ってあるわけではない。古来、逆説思考ともいうべき伝統がわが国に存在しており、心敬は「連歌は言わぬ所に心をつけ」といい、利休は「茶の湯とは、ただ湯を沸かし茶を点てて飲むばかりなり」といっている。つまり余計なことをするなといっているのであり、俗を省略することによって風雅が生まれ、省略は常に象徴化を伴うことから、その度合いを進めてゆくと到達点はやはりまなのである。この論法でゆくと、雪舟の絵はさしづめ「措かぬ所が面白き」ということになる。
 世阿弥の「せぬ所」とは、演技についてだけではなく、能の音楽の本質をも言い表わしている。打楽器の必要不可欠な普だけを綴り合わせてリズムを構成しながら、実はそれによって生ずる無音の空白時間すなわちまに、リズムの主体があるとする音楽理論がそれである。つまり「鳴らさぬ所が面白き」なのである。

 こう眺めてくると、「能はまの芸術である」という定義は、他ならぬ冒頭にのべた能が時間・空間芸術であることを具体的にいっているのであって、それゆえに能にとって重要な概念であることが、わかっていただけると思う。序破急がすべてを覆う秩序の大原則であれば、まは芸術の性格を決定付ける要素であり、この二本の柱によって、能という建築が精密に構造されているのである。

第36回なら芝能 3月22日(土)

古式ゆかしく
自然そのものを舞台として
演ぜられる能楽をご堪能ください

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【第一部】解説とワークショップ 

【第二部】芝能
仕舞「竜田」「天鼓」
一調「善知禽」
仕舞「桜川」
独調「玉葛」
能「春日龍神」

主催:奈良県、NPO法人奈良能
http://www.shinkokaido.jp/maeuri_detail/narasibanoh36th/

2014年3月16日 (日)

『OSAKAマンガ・アニメフェスティバル in ATC』について

「マンガ」は、いろいろなものに形を変え私たちの生活に浸透しています。 「マンガ」は21世紀の最先端媒体を含め、多くの媒体に無限の可能性を与えます。 現代マンガの歴史、アニメーションが出来るまで、マンガを原作とする実写映画の数々。 そして、実写映画の原作としてのマンガに求められる条件とは。 会場では、子供たちにも楽しんでもらえるコーナーを数多く展開します。 昔懐かしい近所の広場で紙芝居を楽しんでもらえる「マンガ触れ合い広場」。 マンガを描いたりアニメ製作を体験したりできる「体験教室」。 2014年3月15日(土)~5月11日(日)までの58日間 10時~17時 ATC(アジア太平洋トレードセンター)特設会場(ITM棟5F) 大阪市住之江区南港北2-1-10 http://www.atc-co.com/event/?each_place=6

2014年3月15日 (土)

OSAKAマンガ・アニメフェスティバル

マンガ・アニメに関するミニテーマパーク「OSAKAマンガ・アニメフェスティバル in ATC」を開催。CGMラボ・次世代キャラが大集合!

期間中、キャラショーやアニソンショーなど、イベントも多数開催!

Atc0307

2014年3月15日~4月18日(金)
アジア太平洋トレードセンターITM棟 5階 特設会場

■OSAKAマンガ・アニメフェスティバル制作実行委員会 06-6615-5556
http://www.atc-co.com/event/000766/

■OSAKAマンガ・アニメフェスティバル in ATC 【公式サイト】
http://www.manga-animefes.net/

Beck 待望のニューアルバム「Morning Phase」のアルバムサンプラー映像が公開!

アトムス・フォー・ピースのドラマーのジョーイ・ワロンカー、ジャスティン・メルダル・ジョンセン(ベース)、スモーキー・ホーメル(ギター)、ロジャー・ジョセフ・マニング・Jr.(キーボード)、ジェイソン・フォークナーが集結。
ジャック・ホワイトが所有する“Third ManRecords”スタジオにて録音された音源も収録されている。
https://www.youtube.com/watch?v=G3F91qfVnzY

Beck

WAVE 
この場所から移動する/騒乱という形を取って/そして世界へ突入する/数個の小さな歪みのように/もしぽくが降伏するとしたら/そしてこの波と戦わないとしたら/沈ますに/ただ流されるんだろう/波/波/孤立/孤立/孤立/孤立

ベック『Morning Phase』対訳歌詞より
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/morning-phase-9.html
『シー・チェンジ』と対になるというアルバム
http://ro69.jp/disc/detail/98170

Morning Phase Full Album
https://www.youtube.com/watch?v=6Y44uw4jsPQ

2014年3月14日 (金)

新譜紹介

1. San Cisco / Fred Astaire
2. San Cisco / Awkward

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San Cisco




3. Beck / Blue Moon
4. Beck / Say Goodbye
5. Beck / Blackbird Chain

Morning Phase [CD, Import] Morning Phase [CD, Import]
BECK




6. Tim Deluxe / Captain, Captain
7. Tim Deluxe / So What!

The Radicle [帯解説・ボーナストラック1曲収録 / 国内盤] The Radicle [帯解説・ボーナストラック1曲収録 / 国内盤]
TIM DELUXE




8. Johnny Winter / Be Careful With A Fool
9. Johnny Winter / Still Alive And Well

True to the Blues:the.. [Box set, CD, Import] True to the Blues:the.. [Box set, CD, Import]
Johnny Winter




10. The Rolling Stones / Ruby Tuesday (1967)

シングル・コレクション(ザ・ロンドン・イヤーズ) シングル・コレクション(ザ・ロンドン・イヤーズ)
ザ・ローリング・ストーンズ

11. Kanye West / I Am a God (2013)

Yeezus [CD, Import] Yeezus [CD, Import]
カニエ・ウェスト

12. Bombay Bicycle Club / Home By Now (2014)

So Long See You Tomorrow [Import] So Long See You Tomorrow [Import]
ボンベイ・バイシクル・クラブ

東京ミキサー計画 序章 赤瀬川原平

 ちょつとハイレッド・センターのことを話しましょう。
 最近よくハイレッド・センターの噂を耳にするのです。ハイレッド・センターらしいものが銀座の並木通りにしゃがんでいたとか、上野の森の間を伸びていたとか、新橋の駅前に散らばっていたとか、山手線の電車の吊り革にぶら下がっていたとか。
 そんな目撃談をよく耳にします。だけどいずれも不確かなもので、証拠写真もあるわけではない。録音テープがあるわけでもない。
 それなのに噂は後をたたないのです。帝国ホテルの中で丸裸になっていた、いや御茶ノ水のビルの上から落下していた、いや私は霞ヶ関の裁判所で動き回つているのを見たぞ。

 これらの噂はよく調べてみると、本人の実見銀ではなくて、かつてそんなことを誰かが見たらしいと小う、人の噂のまた聞きであります。だからじっさいのところ、ひょっとしてこれは誰か一人の頭の中の妄想なのではないか、それが言葉となり噂となって、あたかもこの世の中の出来事みたいに錯覚されているのではないのか、という疑念も世の中にはあります。

 あるいはそうかもしれない。誰か一人二人の頭脳内の、不可触宇宙における出来事かもしれない。そのイメージだけが空中を伝達して、人々の頭脳から頭脳を横断しているのにすぎないのかもしれない。
 それもまた興味あることであります。しかし人々の共同的頭脳の中だけのことにしろ、帝国ホテルの中で丸裸になる、とは何でしょうか。上野の森の間を伸びる、とは何ごとでしょうか。そうやって地球引力を脱した不可触宇宙に暗躍するハイレッド・センターとは何なのでしょうか。

 私の解釈を申しましょう。私、筆者の赤瀬川です。私の考えでは、ハイレッド・センターは一つの人格であるにしろ、その人格の集合による運動体であるにしろ、その取り扱っていた項目は「秘密芸術」であるということ。だから公的に定着された形がなくて、その形が噂的になってくるということ。

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 世の中には芸術というものがあります。
 いや芸術なんてないよ、という説の人もいるけど、芸術はあると思う。見た人がいるんです。町の画廊で見たと言う人がいるし、美術館で見たと言う人もいるし、本屋で売っている画集の中で芸術を見たと言う人もいる。芸術の目撃例はかなりあります。

 しかし芸術とは本来秘密のものであります。たとえば、「何! 芸術を見ただと。どこだそれは」と言って警察が駈け込んで来たとしても、はいこれが……、と数量的に示せるものではないのですよ、芸術は。芸術のスタイルだけは公的に示されているにしても、芸術そのものはそのスタイルの奥の方に隠されているのです。ある種の暗号みたいなもので表を固め
て、その奥深くに隠れ潜んでいるのです。だから芸術を見たと言うのであれば、その秘密こと見たのでなければ本当の目撃例としては扱えません。

 ハイレッド・センターの取り扱っていたのはその秘密芸術でありました。つまり芸術のスタイルを破ってその中に入る、その表面を抜きにして直接秘密に手を触れ妄つとする、ナマの芸術、というかモロの芸術、それはまだ開封されていない作家のアトリエ内の状態、と言えばいいでしょうか。その状態は公開された芸術のスタイルの表面下を奥深く進んだところのものであって、その奥地がじっはこの生活空間一般に地つづきでつながっている。
 つま公開された芸術は、絵画なり彫刻なり、ある一定した固いスタールをもって世の中に小さな窓口をさらしているわけですが、その奥にある秘密芸術というものは、その接触面が不定形な有機的スタイルをもって生活空間一般にひろがっている。だから本当のところは目撃者が大勢いるんです。ハイレッド・センターの取り扱った秘密芸術にしても、通行人が日華しているし、駅員が日学しているし、警官だって目撃している。何も知らずに目撃している。

 一方の画廊や美術館などに公開されている芸術は、観客しか見ることができません。通行人や駅員というのは見ることができない。たとえば美術館に芸術があるというので駅員がそこまで行ってみると、そこで駅員は観客になつてし辛つ。警官だってそうだし通行人だってそうです。会場に一歩踏み込んだとたんに観客になつてし事つ。つまりそれは観客にしか見せることができないのです。駅員や通行人や苦bには見せることができないのです。

 この関係の倒立像が、芸術という言葉の上にはあらわれています。本来的に秘密である芸術というものが→そこに芸術という言葉をかぶせたとたんに、それは芸術ではなくなつてしまう。いや直ちにではないにしても、口に出して芸術と言つたとたんに、芸術ではなくなりはじめる。

 芸術というのは非常に難しい言葉です。雉詰食品みたいな言葉です。雉切りで雉の口を開けたとたんに、そのときから中味の芸術は少しずつ腐りはじめる。
 だからハイレッド・センターはその防腐剤として嘘をつきました。1960年代はじめの東京の町でいろいろなことをしたのですが、芸術じゃない、芸術じゃないと嘘をつきながら芸術をしたのでした。そうしないとすぐに芸術だということが露見して、腐りはじめてしまうからです。
 言い変えると、いまだ芸術という言葉で開封されてない作家のアトリエ内の状態というものを、そのまま町全体に拡大したと言えばいいのでしょうか。ハイレッド・センターは芸術という外交的な言葉を用意することなく、自分のアトリエみたいに町の中を歩いたのです。自分の畑に種を播く農夫みたいにして、町の中を歩いたのです。町の画廊を釘で閉じてしまったり、アメリカの通信衛星を盗んでしまったり、帝国ホテルで人間の体積を計ってみたり、ビルの上から物品を落っことしてみたり、そつやってこつそりと秘密の芸術をしながら、「アトリエ内」の材料を掻き回していったのです。
 この攪拌が物理的に完成すれば、アトリエ内部としての全東京都は高速に回転しながら渦を巻き、風景は次第に無彩色のモノクロームになっていきます。そこに向って町全体がほんのわずか、ゆっくりと回転の初速を得たかと思うとき、ちょうどハイレッド・センターは掃除という秘密をしたわけであって、それを最後みたいにして町から身を隠したのです。
 それが1964年のことでした。それから二十年たちました。東京の町はまだ色彩豊かに輝いています。そこから身を隠したハイレッド・センターと同じ妄つにして、全東京都渦巻き回転の初速エネルギーもまたひっそりと町の雑踏に隠れております。ただ20年の時間だけがぐるぐる巻きの溜息となって、この相変らずの町の中にはまり込んでいるのです。
す。
 けっこう長い時間でした。この20年間にビニールが生まれ、セロテープが生まれ、石炭が死に、美空管が死にました。トランジスタが生まれ、ゼロックスが生まれ、ガリ版が死に、オート三輪が死にました。マンションが生まれ、チリガミ交換が生まれ、ジグザグデモが死に、都電と市電も死にました。どこ本が生まれ、ビデオが生まれ、電蓄が死にました。ICが生まれ、カラオケが生まれ、練炭が死にました。
 この20年間に、いったい何事があったのでしょうか。
 最近になって、ハイレッド・センターの写実頬が大量に発掘されました。場所はというと、地球の北半球のちょうど中ほど、極東地方の日本にある東京都小平市の木造モルタルの私の借家の四畳半の机の引出しの一番下の段から。
 いままでずーつとその引出しの中に埋れていて、人類の誰もそれに気が付かなかったのです。そんなことを忘れて、人類はみんな政治や擢済や病気や娯楽などをしていたのです。でその忘れている間にビニールが生まれ、セロテープが生まれ……、いやそれはもう言いましたが、そんな二十年の時間が黄色くなって、発掘した写真の上に降り積もっております。

2014年3月13日 (木)

く影 A 〉高松次郎

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く影 A 〉高松次郎 1964年

くあいまいな海〉赤瀬川原平

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くあいまいな海 〉赤瀬川原平 1964年

くコンパクト・オブジェ〉中西夏之

くコンパクト・オブジェ〉 に歩み寄る中西夏之

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くコンパクト・オブジェ〉 に卵を割り落とすウロボンK

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くコンパクト・オブジェ〉 に舌で触れる中西夏之

村井督侍 1962年撮影

「ハイレッド・センター」 直接行動の軌跡

 1963年5月、高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之らの若き芸術家たちは、「ハイレッド・センター」を正式に結成しました。三人の姓の頭文字の英訳(高松のHi、赤瀬川のRed、中西のCenter)を並べただけの名称「ハイレッド・センター(Hi-Red Center)は匿名の行動により平穏な日常のなかに「芸術」を持ち込むことで、退屈な日常を「撹拌」しようと試みたのです。
 今回の展覧会は、ハイレッド・センター結成50周年を記念して、その「直接行動」を記録した文献資料や記録写真を中心に、主要な構成員でもある高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之のオブジェや絵画などの作品群を加えて、ハイレッド・センターの活動を多角的に紹介するものです。

【会期】 2014年2月11日(火・祝)~3月23日(日) 
渋谷区立松濤美術館

【ハイレッド・センター関連記事】

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2014年3月23日(日)まで 渋谷区立松濤美術館
https://www.youtube.com/watch?v=CaQla5t2Uxg

2014年3月12日 (水)

笑いの基本 六

     50 ナイブス
「どうでした? アルプスは気に入りましたか?」
 と、旅行から帰って来た男が訊ねられた。
 それで彼はこう答えた。
「さアね、分りませんね。というのは、余り見られなかったんで、
 山に妨害されたんでね」

     51 逆効果
妻「私、昨夜もまた、温泉へ行った夢を見たわ。これで、もう二十回目よ」
夫「ほう、そうかい。じや、もう温泉はあきあきしただろうね」

   52 バカにするな
A「日当りのいい家って、無いもんだね」
B「そんなこと、ないだろう」
A「いいや、現に昨日僕は一日中、雨の中を傘さして、探して廻ったんだよ」

   53 はて?
 ある人が、ある飲食店へ入って、
「御主人はどこ、に居られますか?」
 と訊くと、店員が、
「食事をしに宅へ行きました」

   54一夜のうちに
A夫人「スミスさんは貧乏のために急に白髪になったんですって」
B夫人「ええ、白毛染が買えなくなったのよ」

   55 思いやり
妻「あたしが小鳥嫌いなことを知っていながら、
 どうして貴方は毎日毎日、小鳥撃ちにばかりいらっしゃるのです?」
夫「だから、滅多に獲って釆ないじゃないか」

   58 ダア!
バスの車掌「ア、窓から頭を出さないで」
乗ってる男「何だと、俺の頭を俺が出すのに文句があるけえ、ヤイ」
車掌「しかし、電柱にキズがつくと、いけませんから」

   57 いい筈
A「こんど引っ越した家は、空気の流通はどうだい?」
B「ああ、とってもいいよ。何しろ窓ガラスが方々こわれてるんでね」

   58 いい耳
A「時計の針の動くのが聞えるか?」
B「聞えるとも」
A「止ってるんだよ」

   59 幹より証拠
新妻「まあ、こんなに釣れましたの? 買ってらしたんじゃない?」
良人「冗談いうな。触ってごらんよ、まだ温かいから」

笑いの基本 五

    40 至書
A「君は女房と苦労を共にしてるかい?」
B「してるとも。第一、女房がいなきゃ、苦労だってないからね」

    41 サイレン代用
声楽家志蘇「あたしの声どう?」
彼「火事の時にいいでしょう」

   42 保征
 薬店で、
客「この毛生薬、実際に、すぐ効くかね?」
店員「それはもう! 現に、三年このかた、
  こればかり続けてお使いになっている方があるくらいですから……」

   43 何でもない
疲れたハイカー
「あ、一寸お訊ねしますが、 町へ帰る一番近い道は、どちらですか?}
「さあ、タクシーに乗ることだね」

   44 ラッキー・セブン
彼女「私は貴方と結婚することを切望しませんでした。私は七回ことわりました」           
彼「だから、僕の幸運が廻って釆たんだ」

   45 よく考えたら
召使い「明朝、何時にお起し致しましょう、旦都様?」
主人「そうだね、起してもらいたい時間に、
     ウン、わしがお前を起すからいいよ、おやすみ」

   46 琵を逸す
A「君、君! 鉄砲に弾丸をこめてないじゃないか!」 
B「仕方がないよ。今撃た鬼かったら、折角の獲物が逃げてしまうんだもの」

   47 女ごころ
A「やあ、久し振りですね、あれから十年になりますな、奥様は相変らず、お美しいんでしょうね?」
B「はあ、本人は、そう思っているらしいです」

   48 大丈夫
番人「アブ、象にさわっちゃいけませんよ」
子供「大丈夫だよ、僕いじめやしないから」

   49 これ、幸い
 ひどい雨の晩に、
 彼「ね、貴女はタクシーと電車の違いを知っ20 ていますか?」
 彼女「いいえ」
 彼「そうー じや、電車で帰りましょう」

2014年3月11日 (火)

笑いの基本 四

   30 動物園で
子供「あの猿、小父さんに似ているね」
母親「そんなこと、言ったらいけません」
子供「どうして? 猿には分らないでしょ?」

   31 よく考えたら
医者「さあ、貴方は、どうしたんですか?」
患者「背中が痛むんです」
医者「そうですか。では、この薬をお渡ししておきますから、すぐ治るでしょう、
   ……痛みが起る三十分前にお飲み下さい」

   32 適任
妻「あなた、アノ太郎は将来立派な外交官になるだろうと、思われます」
夫「うむ、交際が、うまいのか?」
妻「なに、お友達をだますのが、妙にうまいんです」

   33 人違い
 街を歩いていたら、こんな会話がフト耳に入りました。
「よう、坂口君、久し振りだね。しかし、君は馬鹿に変ったね」
「失礼ですが、私の名は、坂口とは申しません」
「うむ、そうか、名前まで変えたのか」

   34 そんな失礼な
細君(真面目になって)「奥さん! 良人が私に対して嫉妬を焼いたのを見たことが御座いませんよ」
友人(すこぶるの真面目で)「オホホ、誰だって貴女に対して、嫉妬を焼くものなんか、ありや致しませんわ」

   35 伸びない
A「君の万年筆は、ひどく小さいね」
B「子供の時、買ったのさ」

   36 敵は本能寺
店主「あの若い男はなにも買わんじゃないか、なにを欲しがっているのだー」
売子「私でしょう、六時に。……」

   37 その原因
 女「歯が痛くて眠れない」
 男「ほう、どの歯が痛いんですか?」
 女「私じゃないの。歯痛は主人なんだけど」

   38 安あがり
 女の船客「あたし、船酔いにかからないかと、
      それが心配なんですの。何を食べたらいいでしょう?」
 船長「まあ、一番安いものを食べとくんですなあ」

    39 仕方なしに
 見物人「あの高さから、服を着たまま飛び込んで、
     よくマア人を救助なさったものですね!」
 英雄「本当にね。しかし、誰でしょうな、僕を突き落してくれたのは?!」

基本の笑い 参

   20 大げさ
医者「外科手術について、何か経験がおありですか?」
患者「あります。僕は自分で顔を剃ります」

   21 はてな
婦人「お嬢ちゃん、あんたの生れたところは、どこ?」
女の子「あたい、生れてなんかいないわ、もらい子だもの」

   22 なるほど
A「君、自転車は稽古しなけりゃ、乗れないよ」
B「まだ乗れないから、危くって、稽古も出来ない」

   23 悲劇、喜劇?
 金持の老人が補聴器を買った。
 何日か後でそれを買った店に苛って補聴器を賞めたので、
店員「御親類の皆様がお喜びでしょうー」

「皆まだ知らんよ。わしは二度も遺言を書き変えたよ」

   24 りくつ
間借人「どうして、こんなむさくるしい屋根裏を借りている僕の下宿代が一番高いんですか?」
家主「そりゃ、あんたが他の人より一番多く階段を利用するからですよ」

   25 国々しい
A「あいつ位、人を喰った奴ほないよ」
B「どうしてだいー」
A「何しろ、あいつと果たら、ひどいツンポ“のくせに、散髪屋へ行くと、平気で耳掃除を
 やらせてるんだからね」

    26 一人二役
 A「彼女の亭主って、どんな男だい?」
 B「学者でもあり、詩人でもあるんだ」
 A「そうか。じや、二重結婚だね」

     27 観察
  仰向けになって目薬をさしている父を見て、
 子供「お父ちゃん、何してんのん?」
 父親「目薬をさしてんのさ」
 子供「じゃ、なぜ、目を開けないで、ロばかり開いているの?」

    28 サービス
 物売り「奥さん、新案特許の鼠捕りを買って下さいませんかー」
 奥さん「要らないわよ。家には鼠なんか一匹も居りませんから」
 物売り「では、鼠を二匹ばかり景品にお負け致しますから」

   29 売れない
 友人(画家に)「最近、何か売れたかい?」
 画家「ああ、外套を読ったよ」

2014年3月10日 (月)

基本の笑い 弐

   10 お愛想
夫人「うちの主人ほ、あの通りの顔で、おまけに無愛想だけど、とても好人物よ」
友達「何か取柄がなくちゃいけませんわ」

   11 当り前
A「僕の祖父も、今年は九十五歳の高齢だ」
B「国に居るのかー」
A「生きていたらさ」

   12 無故にしない
A「君はまだ転宅して釆ないのかいー」
B「うん、実は今の住所の番地入りの、名刺が、まだ残ってるんで、
 それを使ってしまってから移るつもりだ」

   13 ベスト・セラー
 旅行に出掛ける夫に、細君が言った。
「貴方、何か御本を持ってらっしゃいよ。車中で退屈するわ」
「大丈夫だよ、旅行案内を持って行くから」

   14 ……に近い
 ボーイ「貴女は、僕を、馬鹿だと思いますか?」
 ガール「まあ、そんなこと、急に言われちゃ、返事に困るわ」

   15 なんでもない
 A「君、靴下を裏がえしにはいてるじゃない?」
 B「うん、表が破れてるんでね」

   16 うぬぼれ
 A「天才は遺伝するものと思うかい?」
 B「分らんな、僕には子供がないから」

   17 容貌
ガールA「私のお母さんは、とても美人なのよ」
ガールB「そう? じや、あなたはお父さん似なのね?」

   18 同感
彼女「拳闘って見に行ったら、度胆を抜かれる?」
彼「うん。先ず第一に、入場料の高いことに……」

   19 逆襲
母親「お祈りしながら、眼を開けてる子がありますか?」
子供「どうして、僕が眼を開けてることが分ったの、お母ちゃん?」

基本の笑い 壱

   1 子守唄?
A「昨夜の音楽会どうだったー」
B「うん、とてもよく眠れたよ」

   2 まさか
主人(愛想よく)「いらっしゃいませ、毎度ありがとう御座います」
客「えっ? 人違いだろう、僕ははじめてだよ」

   3 へえ!
A「僕の時計はね、一日に十分ずつ必ず進むよ」
B「へえ、そりゃまた、素晴らしく正確な時計だね」

   4 見くびろ
画家「やあ、よく釆てくれたね。これから、この展覧会随一の傑作を見せてやろう」
友人「まア待てよ。それよりも先ず、君の絵を見たいんだがね」

   5 分るものか
医者「奥さん、早く早く、ブランデーを。スッカリ気を失っていますよ」
奥様「あら、先生、それなら水で沢山ですわ」

   6 安いのを
A「そのメニューで、君はどうして注文できるんだい?
 フランス語が、君は読めるのかい?」
B「いいや、フランス語は分らんが、しかし僕は、値段の数字は見て分るよ」

   7 とちらも

彼女「どう? あたし、和服と洋服と、どちらがよく似合ってー」
彼「そうですね。和服を着てると洋服の方がよく似合うようだし、洋服を着てると和服の方がよく似合うようですね」

   8 百年後
子供「お父さん、百年祭記念祭に連れてってよ、たった二百円だよ」
父親「この次にしな。ね、坊や、この次にな」

   9 浪曲に
A「さっき、失くした千円札、俺がとったというのかー」
B「いや、君が一緒に探してくれなかったら、見つかったと思うんだが」

基本の笑い

 A・B二人の人間が、ふだん話し合いながら笑っている。その色々な場合の会話を考えてみると、その笑いには、基本の形とも言うべきものが二つある。

 その一つは、Aがしゃべり、Bが応対して、そこに笑いが出て来る。

 もう一つの形は、Aがしゃべり、Bがたずね、それに対してAが答え、そこに笑いが生れて来る。

 A・Bの二行の型と、A・B・Aの三行の型と、これが基本の笑いである。

 ふだんの生活で、一見複雑そうに思える笑いも、仔細に調べて行くと、このA・B 二行とA・B・A 三行の会話の繰り返しと積み重ねで、たえず笑いが流れているのである。

 それで先ず、「笑わせ方の勉強」「笑いのテクニッグ」の研究にはいる前に、ふだんの生活や仕事の中での、ふだんの言葉や言い廻しをつかっての、あらゆる種類、あらゆる場合の会話から生れて来る面白さを、味わって戴きたい。

 基本のA・B 二行の笑いと、A・B・A 三行の笑いである 。

 秋田實「基本の笑い」より

2014年3月 9日 (日)

★能 「安宅」 勧進帳 滝流 

Ataka2014

『安宅』あらすじ

 吉野を追われ都に潜伏していた義経主従が、十二人の作り山伏(偽山伏)となって、奥州平泉へ向かったというので、国々に新しい関所を立てた。その一つ加賀の国・安宅では、関守の富樫の某が待ち受けていた。

 春、如月(陰暦)半ばの花の安宅、旅人たちの噂を聞けば、安宅の新関では山伏を厳しく詮議しているという。
 弁慶は苦悩する。『皆、見事に変装しているが、ご主君の姿は隠しようもない。恐れ多いことだが、強力に身をやつして、いかにも弱そうな様子で後ろについて来ていただこう』弁慶は決断する。

 関に到着した一行を前に、富樫は『山伏は一切通さない』と威嚇する。山伏たちは一丸となって対抗した。弁慶は、白紙の巻物を東大寺復興の『勧進帳』と偽って、即興で作文しながら読み、疑う富樫をかわす。

 ところが、強力姿の義経を見答められ、呼び止められる。色めきたつ山伏たち。弁慶は義経を金剛杖で打ち、やっとその場をきりぬける。
 主従が山蔭で憩いつつも悲運を嘆くところに、富樫が酒を持参し、非礼を詫びて酒宴となる。弁慶は、油断するなと一同を諌め、自ら男舞を舞いつつ一行を促し、『虎の尾を踏み、毒蛇の口を逃れる心地で…』主従は他に先を急ぐのだった。

第五回 花智之会 能 安宅 
3月16日午後1時半 湊川神社神能殿
お問い合わせ http://www.umewaka.info/

2014年3月 8日 (土)

「間」の芸術

「間」という言葉が、日本の芸術・文化において最も重要な概念である。
 目に見えない「間」を感じ、表現することは、芸術の核心であるばかりでなく、生活上の基準でもあり続けてきた。建築・庭園・美術・音楽・演劇がすべて「間」の芸術と呼ばれるように、文化のすべての領域において、それは認識の基本となってる。
 絵画における余白、音楽における休止、舞踊における停止などを「間」という。それは空間の概念とも、時間の概念ともいえる。時間と空間が渾然一体として感じられることが「間」というものの特色。このことは両者を別の系列として分断し、分析の対象としてきた西洋近代の文化と著しい対照をなしています。この特殊な時空間の認識方法が、我々の文化と芸術を規定してきた。

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 日本の古典芸能は一口に言って「間」の芸術である。西洋の時間芸術がリズムにのって流動するのに対して,日本の時間芸術は流れるよりもむしろ止まる。絶え間なく流れ行く時間の中で、いかにして静止するかにする芸術である。

ボンベイ・バイシクル・クラブ(Bombay Bicycle Club)

BBC Radio 1 Maida Vale Session
https://www.youtube.com/watch?v=MTgDkfKDIso

00:04 - Overdone
03:16 - It's Alright Now
07:35 - Shuffle
11:09 - Come To
15:43 - Luna
19:08 - Feel
24:30 - Always Like This
29:50 - Lights Out, Words Gone
34:38 - Whenever, Wherever
40:30 - Eyes Off You
44:38 - Carry Me
50:08 - So Long, See You Tomorrow
Bombay_bicycle_club
ジャック・ステッドマン (Jack Steadman)
ジェイミー・マッコール (Jamie MacColl)
エド・ナッシュ (Ed Nash)
スレン・デ・サラーム (Suren de Saram)

★Bombay Bicycle Club - Luna (Official Video)
https://www.youtube.com/watch?v=JwlgC-jSPTk

2014年3月 7日 (金)

新譜紹介

1. Blood Red Shoes / Everything All At Once
2. Blood Red Shoes / Behind A Wall

Blood Red Shoes(Deluxe Edition) [CD, Import] Blood Red Shoes(Deluxe Edition) [CD, Import]
ブラッド・レッド・シューズ


3. Bombay Bicycle Club / It's Alright Now
4. Bombay Bicycle Club / Carry Me
5. Bombay Bicycle Club / Luna

So Long See You Tomorrow [Import] So Long See You Tomorrow [Import]
ボンベイ・バイシクル・クラブ


6. St. Vincent / Birth in Reverse
7. St. Vincent / Psychopath
8. St. Vincent / Huey Newton

St. Vincent [Import] St. Vincent [Import]
セイント・ヴィンセント


9. Bastille / Pompeii (2013)

Bad Blood [CD, Import] Bad Blood [CD, Import]
Bastille

10. Rhye / Verse (2013)

Woman [Import] Woman [Import]
Rhye

11. The Strypes / Hard To Say No
12. The Strypes / So They Say

ハード・トゥ・セイ・ノー・EP ハード・トゥ・セイ・ノー・EP
ザ・ストライプス

13. Bombay Bicycle Club / Home By Now (2014)

So Long See You Tomorrow [Import] So Long See You Tomorrow [Import]
ボンベイ・バイシクル・クラブ

 「初期漫才のにない手たち」森秀人

落語や歌舞伎のように定型をもち、しかも早くから都市に寄生して、専門的になり、大衆芸術が本来そなえているダイナミックな破壊性というものをほとんど喪失している安全な大衆芸術は、明治になってからも、極端な変化を起こきなかった。いっぼう明治以後にできた演歌・浪曲・漫才などのほうは、さんざんな有様であった。これらのものの初期は、国家権力にとってはかなり危険な大衆芸術であったから、演歌師も浪曲家も漫才師も、いつも警官に狙われており、禁止されたり、逮捕されたり、ゴーモンをうけたりしなければならなかった。専門家になった以上、かれらも食べなければならず、そのためには、大衆芸術を捨てるわけにはいかず、そのために、内容を安全なもたけれどもこれらの大衆芸術を守ろうとはしなかった。

 このような考え方の根底には、いまの組織労働者が未組織労働者を守ろうとせず、自分たちは日分のことで一杯だ、というあのリフレーンを繰り返しているのとまったくおなじ貧しく悲しい発想がある。日本の進歩的運動はその当初からエリート的な発想にさきえられていたのである。したがって、大衆芸術家たちは、まったく孤立し、独力で権力と闘い挫折していった。演歌は、あのするどい風刺の精神を抜き去って流行歌に変質し、浪花節は浪曲に、そうして万才師はホームライクな放送漫才に、それぞれ内容を変質させていった。

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 円辰や豊丸らがいちおう漫才の創始者と考えられているので、かれらを中心とした、初期漫才についてふれてみたい。もちろん、このころは漫才と書かずに万才と書き、そうして古い、すたれるいっぼうの三河万才などと区別するために名古屋万才とした、という話は、まえにのべた。したがって、わたしは、初期漫才を、日露戦争の終った年の明治38年から、高級万才と名づけて東京行をした大正七年をとおり、漫才がはじめて寄席に登場を許された昭和初年までの22年間とする。大正末年以後から現在までは、現代漫才とよぴたい。現代漫才以来、だいたいの原型はきまってしまった。

 初期漫才について秋田実は「唄を楽しむお客を対象に出発した名古屋漫才であるが、出る組も出る組も河内音頭では、いかに眠が好きとはいえ食傷してしまう。そこで二つのくふうがくわえられた。一つは、のど自慢のほかに、曲芸とか奇術とかいろいろのものを加えて番組面のバラエテーを作ったのである。色いろなものがはいっているので『包もの』という言葉がここから始まったという説がある。もうひとつは、河内音東だけではたりないので、銘々みな自分の足で民謡を覚えにほうぼうへ出掛けたのである。」

 初期漫才はこのように、はじめは民謡の復興リバイバルという形でうまれたのである。くわえて、大阪の下層社会の人間たちが対象であったから、その民謡も、おそらくは前出の名古屋甚句やごぜのくどきのような、強いエロスに充満したものが多かったであろう。楽器も、祭ばやしに使用きれるものであったろう。もともと日本の芸能は(祭)とともにはじまったが、万才や仁輪加や軽口などの民族伝統をいまだ忘れなかった当時の都市の下層社会の日本人たちにとって、このバイタリテーのある民謡復興は、青ばしいことにちがいなかった。民謡はもともと地域労働社会の産物である。都市の底辺族は、独力では、この伝統をうけつぎ発展させることはできなかったが、そういうものが出現すれば支持したのである。

 このように、初期漫才は、都市底辺族を直接の客として、かれらのみを対象とした、まったく新しい形式の芸術に育っていた。初期漫才のにない手たちは、卵の行商人であったり、扇子屋であったり、かご屋であったりした。なかには旅芸人である軽業師やごぜなどもいた。そして乞食小屋のようにみすぼらしい演芸場で、そのデラックスな漫才を独創的につくりあげていったのである。秋田実は、民謡を地方に習いにでかけていった漫才師たちが、地方のニュースをもち帰り、それをユーモアにのせて話したことから、歌と言葉による笑いの芸術がうまれたと指摘している。おそらく、このような才能は、物売りであったかれらがごく自然に身につけた才能なのである。いまでも辺地にゆくと、富士の薬売りがくるのを楽しみにしている日本人がいるが、ユーモアたっぶりに各地の話を知らせてくれる鼻薬さんたちは、民衆にとって、唯一の教師であり、芸術家なのである。いい芸術家でなければ商売も、また繁盛しなかったであろう。

 だから、漫才という形式は、行商人たちにとっては、ごく自然な発展であって、それがたまたま民謡復興の気運にのって契機をつかんだにすぎないのであった。これは余談にすぎないが、昭和に入って編集された民謡の本には、たいていわざわざことわり書きがついていて、歌詞の淫狼なのはのせていない。だから民謡研究はたいへんゆがめられてしまって、どうしても真実な研究をするた
めには昭和以前のものを探さねばならないが、これはほとんど絶望的である。だから、明治三八年に、かれらが集めた民謡が、もしそのままの形で残っていたならば、どれだけすばらしいことになったか、はかか知れないのである。

 とにかく、現在のわたしたちが「民謡」とよんでいるていのものとは、たいへん違った歌詞や唱法や伴奏によって、民謡の復興がなされたことは事実である。大正一二年九月の関東大震災は、日本中をゆるがした事件であったが、この事件なども、漫才師たちはすぐに数え唄にして関西の人間に知らせたのである。だがこのようなニュース性を漫才はもちはしたが、初期漫才の主なニュースは、大阪近辺のごく身近な話題にかぎられていたのであって、それがために、生活と密着できたのである。

 どこそこの村のAという男の女房が、Bというのんだくれと浮気をして、おまつりの最中に亭主にみつかり、裸のまんまで引っばりだされて大勢のまえでいじめられていると、くだんの間男がとぴだしてきて「赤の他人が赤鼻の俺のかかあを、赤裸にしてどうしようというのだ」とわめいた話などなど。このような、ごくありふれてはいたが、エロスにみちたニュースを、おもしろおかしく語り、前後にやはりエロスのある民謡や踊りをいれる。これが娯楽に飢えていた当時の都市底辺族にうけないわけはなかった。漫才師たちは、あの漁師町の女房たちを客に、広場に爆笑を起こきせた、ばあさんたちの生活芸術を、舞台芸術に発展させただけなのであった。なぜこうした漫才小屋に、サーベルをさげた巡査が監視にこなければならなかったのであろうか。

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 民謡をうたうことでほじまった迎才が、モドキという日本古来の伝統に、しぜんに回如していったのは、不思議なようだが、実は言葉としての日本語がそうさせたのである。日本では、1人で客を笑わせる語り物の芸術を(漫談)というが、この漫談には宿命的な欠陥があるのである。落語ならば、筋立のなかに、隈居と熊さんを登場させて、ごく自然にモドキをすることができる。和歌や俳句のむずかしい話題を解説し、きいただけではすぐに意味のわからない異義同音の言葉を明確にするこのモドキ法は、落語のなかでは、ぎやくに笑いを作る要素をつくりだす。
 ところが漫談はひとりである。かれ自身がモドキをしないかぎり誰もモドキをしてくれない。自分で話して自分で解説し、しかもなおかしこばらずに客を笑わせなければならない。話術的には困難である。だから日本の漫談は、残された二つの道を歩むしかなかった。第-は、モドキのぜんぜん不必要な突撃軽口である。だが、これは、極端に性欲と食欲と金銭欲を露呈させる以外にない。第二の道は客層をぐんとあげて、モドキを是ほど必要としない層嘉象にして、激烈な笑いを追わずあっさりと上品に、そして話題は豊富にしていく方向である。多くの漫談家は、後者をとつた。ラジオの出現以前に、方向を定めていた。したがって、漫談家は漫才師よりも早くからラジオに登場した。万才がラジオに出るころ(昭和三年ころ)に名称を替えようというので、すでに評判のよかった漫談の漫の字をもらったということからも、この間の事情は察せられるのである。

初期漫才師たちが漫談家の後を追わなかったのは、民衆から選ばれたユーモア・メーカーとしての誇りがあったからだと考えられる。あの楽しみを知っている者にとって、それを捨てるということは、できない相談であった。                      

 円辰や豊丸らは、やがて太夫となり、弟子である才蔵をつかって、モドキの原型に回帰していく。太夫は、知っているかぎりの話題を、民謡や浪曲や厨りなどにあわせて、しやべりまくり、才蔵はごく簡単にあいづちを打つだけだった。この段階では、モドキの機能はまだあまり発揮されずむしろ才蔵は、舞台をリラックスさせる機能を果たしていた。それまでのように、一人の太夫だけのときは客はその太夫だけに集中させられ、笑いと笑いの合間は緊張感をもたせられてしまい、太夫も客も、ある種の重さから解放されない。農家の庭先でなら五分二〇分笑わせるだけで足りるが、舞台となり、入場料をとって、一時間以上もみている客を相手では、事情がだいぶちがってくる。

森秀人(『思想の科学』編集長)『遊民の思想』虎見書房、1968
(大衆の水準よりさらに低下した地点への到達によってのみ芸術たりえる)

漫才からみていく、「笑い芸能世界」の着地点は興味深くある。初期漫才に才蔵が出現したことは、日本の芸術史を画期的にさせる重大事件であった。民謡などを主体とした雑芸から、お話を構成する漫才へとメディア発展していった

2014年3月 6日 (木)

「私は漫才作者」 秋田實

「大阪の人間が二人寄れば漫才になる」そういう言葉が流行ったことがある。

 しかし、これは本当は逆で、漫才の方が大阪の人間が二人寄った時の話の面白さを映しているのである。映すことができたのは、浸才の二人もまた大阪の人間だったからである。
 漫才の面白さは、そんな面白さで、これからも漫才はそんな面白さを主流として進んで行くと思う。

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 テレビの放送がはじまった初期の頃は、テレビに出る漫才さんが、動きによる可笑し味を見せようとして、しきりに身体を動かした。が、うまく行かなかったので、いつしか普通の漫才の演り方に戻ってしまった。
 
 漫才は言葉と言い廻しの面白さによる世間話で、聞かせる面白さであった。その世間話の途中で、話を見せるために歌ったり浪曲をやったり映画や芝居の一くだりを演ることがあっても、それはあくまで聞かせる話の挿画代り、世間話の「従」で「主」は聞かせる面白口さであった。

 だから、動きによる可笑し味が巧く行った場合は例外で、巧く行かなくて当り前なのである。
 そんな「従」より「主」である聞かせる面白さの工夫がもっと今大切なのである。

 これとは別に、コメディアンやボードビリアン出身の漫才コンビが増えてきている。こうした漫才さんは動きによる可笑し味が「主」で、喋る方は「従」である。こういう形の漫才は、見せる面白さで、その意味ではテレビ向きである。

 最近の漫才界には、若い新コンビのほかに、どんどん新型のコンビやトリオやショウが増えてきている。それだけ、寄席の舞ムロでは.ハラエティに余計富んできて、寄席ファンには楽しい訳であるが、その舞台を見ていると、近頃ではその楽しさを幾通りにも分類できるようになってきた。 見る面白さが「主」の漫才、聞く面白さが「主」の漫才、テレビ向きの漫才、客次第で場所によっては面白い浸才、都会的または田舎向きの漫才、さまざまに考えられる。

 今の隆盛の勢いでは、例えば「芝居」と名は一つでも、その中に歌舞伎、新派、新劇、喜劇、剣劇、旅芝居、その他色々の種類の芝居があるように、「漫才」もその名は一つでも、色々と分化して、それぞれ、その面白さの色を将来ほ変えて行きそうである。
 もちろん、客席の人達次第で、都会の中央の寄席での人気浸才もあれば、場末の漫才小屋でなくてはならぬ存在の漫才さんも出てくると思う。

「漫才作者 秋田實」 富岡多恵子 (平凡社ライブラリー)

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秋田實がエンタツに会って
交流していく状況を伝える文章を読むと、
その興奮は、「錯乱」的でさえある。
エンタツおよび漫才師たちを通して知る世界は、
工場や労働組合での活動で達することのできなかった
「ヴ・ナロード」を秋田に実感させたにちがいない。
………(本書より)

2014年3月 5日 (水)

「笑いの二重構造」と芸能

 漫才の起源は、この社会にあった。だから初期の漫才がエロチシズムにあふれ、とうてい都会人や教養ある日本人には適応しないものであった。だから後に、漫才が都会的に変革きれると、漫才の支持層に構造変革が起こり、漫才はそれを生みだした社会をますます離れて、都会的になっていってしまった。

 都市エリート層は笑わない。それは人間関係の完全な分裂状態を反映している。都市エリート層にも、ユーモアメーカーはいる。しかし、かれらは近代的マナーというエチケットにがんじがらめにきれ、極度の人間不信から、笑うにも不安でならない。まして笑いの創造という大胆で即興的な冒険は、たいてい避けヰっとする。教養と雑多な卸識がかれらを笑いにおけるデクノボーにしてしまっている。笑いの石女は、ほんとうに笑うことがない。心の表皮を、あっさりと通過するそんな笑いしか経験しない。腹が破れるような、あの漁師たちの笑声は、ここではきかれない。あるとすれば、ヒステリックな、自殺的な笑いである。

 笑いをめぐる日本人の三つの層は、現在も、厳然として存在する。この個人別性を無視して、漫才における笑い豊富のは、きき手のいない漫才を語るのとおなじ、解決のないおしゃべりになるであろう。そして、これら三つの層(国民的な規模で現実に存在する階層)は今日とつぜん発生したのではなく、明治維新後から現在にわたる日本近代史の発展過程において形成されてきたものであり、漫才の歴史(いいかえれば日本人の笑いの歴史)の発展過程と対応しているのである。

   鳥渡(ちょっと)聞いたる磨鉢小言-
   猪口や茶碗徳利は、同じ仲間でありながら、座敷へ出るのも台の上、台所あたりをごろついて、
   磨小木野郎に突かれて、奥の座敷を見ないのに、何の因果かヨウホホエー日が潰れた。(名古屋甚句)

 この民謡は磨鉢とめぐまれない女中をたくみにからませた歌である。これは、源氏節の創始者ある「かごや」とよばれた人物の創作であると伝えられている。おそらく竹材工品の行商人であろう。日本の民謡の形成に、行商人や渡り職人たちの果たした役割が大きいのはよく知られている。
 この歌のなかの(磨小木野郎)という言葉に注意してほしい。人権を認められない女たちの抵抗感寛が、エロスの激越さをともなってうたいこめられているのである。新潟柏崎の「ごぜのくどき」にも同様の発想がみられる。

   新潟女街にお手てをひかれ、三国峠のあの山ン中、
   雨やしょぽしょぼ雉子ン鳥や鳴くし、やっと着いたが木崎の宿よ。
   木崎宿にてその名も高き、青木女郎衆というその内で、
   五年五ケ月、五五の二十五両で、長の年期を一枚紙に、
   封とられたは口惜しはないが、知らぬ他国のペイペイ野郎に、二朱や五首で××されて、
   美濃や尾張の芋掘るように、五尺からだのまんなかほどに、鍬ももたずにアナをほる。口惜しいな。

 こういうユーモアメーカー、民謡メーカーたちを支えていたのは、苛酷な現実のなかで、うらみみつらみをすら笑いとばした女たちのユーモアである。わたしたちはとかく貧しい虐げられた者たちのうめき声にしか耳をかさないが、はじめっからどん底の者には、どん底の笑い声というものがあるのである。それはあきらめとすれすれのところで、かれらを立ちなおらせるバネとなる。

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 だから笑いの大衆芸能をになった者たちの歴史は、千年以上もつづいているのであって、どこからがいったい現在の漫才とつながるのであるかということは、にわかには断定しがたい事情にある。鶴見俊輔氏は、平安中期に定型された神楽に、漫才の起源を求めている。人長と才男の二人による笑劇が後に、三河万才をはじめとする各地の万才にうけつがれたのは事実である。民間の芸能である万才が、そのまま現在の漫才にうけつがれたとするならば、たしかに漫才の起源は神楽にまでさかのぼる。ところが、かならずしも、ストレートな塾では伝承されていないことは、次にかかげる、漫才作家の秋田実の文章をみればわかるだろう。「日露戦争のすんだ後は(一九〇五年-明治三八年)戦勝気分で途絶えていた盆踊りが復活した。河内音頭である。その盆踊りで一番の人気者は音頭とりである。音頭とりしだいで遠くからでも人が集まってきた。それでどこの村でも唄の巧い声のいい音頭とりを探しまわった。そして、村同士おたがいに、音頭とりを競り合った、今でいうのど自慢である。

 盆踊りのシーズンが済んでも、そのアルバイトの楽しさが忘れられず、円辰はじめ同好の人達が相集まって天満天神さんの傍の小屋で入場料をとって今でいう『のど自慢大会』の興行をすることになったのであるが、困ったのは興行の看板で、名称のつけようがないのである。その時に円辰の思い出したのが『万才』である。彼は名古屋の出身で、よく万才を知っていたが、その方才の太夫と才蔵の形や、やり方を拝借したのである。そして芸名も円辰は玉子の行商をしていたので『玉子崖円辰』といかにも芸人らしい名前を製造したのである。こうして全部の用意が出来たところで堂々と『名古屋万才』という興行の看板を掲げたのである。

 入場料が安いのと盆踊り以来のなじみのおかげで、この興行はとにかく成り立った。これを見てすぐにもう一つ別の『名古屋万才』が西大阪の盛り場、九条の茨住吉で旗挙げをした。尼ケ崎で扇屋を商売にしていた豊丸という人で、この人も生れは愛知県だったが、この人はもう一つエ夫を加えて『三曲万才』の芝居のくだりを取り入れて、それを特徴にした。扇屋をしていたので、芸名を扇子家豊丸と名乗った。」(CBSレポート所収放送演芸三十年参照)

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 秋田実の説を信じるならば、漫才の起源は円辰にあり、その円辰は便宜上に「名古屋万才」といぅ言葉を拝借しただけなのである。円辰のよく知っていたという万才は、もちろん三河万才である。愛知県知田町にはいまもなお正月に万才をやる者たちがいる。円辰の当時の年齢を三〇歳としよう。すると円辰は明治八年うまれである。明治中期に少年期を送った円辰であってみれば、かれをしてユーモアメーカーたらしめた社会環境というものがほぼわかってくるのである。レコードもラジオもまだ出現してはいない。歌の世界には演歌がやっと萌芽しはじめたものの、民衆のなかには五度音階を基調とする根強い音感が存在して明治政府による西欧七度音階の教育に頑強に抵抗している。しかし新しい文化の波が民話の地盤を足元から崩しはじめている。民鞍をきさえていた時代であった。

  マスメデアィアが存在せず、下からの文化が空白になったとき、日本の大衆芸能をかろうじて支えつづけたのは、各地の万才師・仁輪加師・ごぜ・座頭・野間・軽業師などなどであった。おそらく江戸時代の村落には、かならず音頭とりがいたであろう。明治三八年のように、音頭とりを金と太鼓で探しまわるというような淋しいことはなかったであろう。歌の衰退は、ぎやくに歌の専門家を時代に要求させる。村人全部が大衆芸術家であるときに誰が専門家を必要とするだろう。かくして鶏卵の一行商人であった、音頭とりのたくみな円辰によって、民衆はかれら自身で専門家のうた人を体現したのである。円辰の出現という意味には、漫才の創始者としての意味以上のものがあるのである。
 
 歌の衰退・笑いの衰退-いわば民衆のなかの芸術的なすべての衰退が-専門家を生み育てた。明治維新は、一種のスターリニズムである。絶対的な意味においては、明治維新は、日本人の生活の向上に役立った。しかしスターリン体制下のソ連社会が一種の非芸術的社会を形成したように、日本の明治維新のリーダーたちの政治体制は、明治の社会を非文化的非芸術的社会に歪曲きせた。ここには人間の宰福にたいする物質主義的な思想が潜在しており、この傾向は、今日のわが国のあらゆるリーダー層にまでうけつがれているのである。
 名古屋甚句は、盲目にきれた女のくどきである。そして、ごぜとは、盲目の歌うたい女のことである。日本のジプシーのような、これらの女の、あるいは男たちの、芸術。もはや二度とはきかれない、肉声の、日本の民族のうんだ芸術。この芸術だけが、明治維新のスターリニズムに抗し、日本の文化の荷担者となった。だから円居たちの興行が、民謡の復興という形をとったということは非常に大きな意味をもつのである。しかもそれが日露戦争の戦勝気分の後にやっと可能になったということが。かれらによる、歌の復興は、日本の民族意識に支えられていたと考えられる。民衆から選ばれた大衆芸術家たちによってナショナリズムがになわれていた明治時代なのである。そうして、大正・昭和という時代の展開が、こういう大衆芸術家の可能性をハクダツし、芸術家そのものを根こそぎにしていった苛酷な時代であったことを考えるとき、歴史は、文化は、果たして進展したのであろうかという、ごく初歩的な疑問が、わたしたちの魂にうかびあがるのである。

遊民の思想」(森秀人・虎見書房・1968年)より

森秀人さんの講義は学生時代に伺ったことがあり、昨年他界されたことを先月知り、絶版になっていた書籍をAmazonから数冊取り寄せて読んだ。

お笑い全般の源流とは

大阪俄(にわか)は漫才の源流で、吉本興行型の漫才に吸収されて絶滅したのか。

博多俄は銘菓のパッケージにもなるくらい地方色豊かな芸能、大阪俄はどんな存在なのか?
「俄 浪速遊侠伝」では、俄=どつき漫才の原型。しゃべくり漫才を始めた横山エンタツやエノスケは、にわかの流れを汲む集団の出身だった。大道でにわかに始まる余興が、にわか狂言。楽屋でお茶出ししていた役者がやる余興は、茶番狂言。 

「にわか」の当て字「仁輪加」について、
神事の余興として他地域の「にかわ」が、保存継承活動されている。
________________________________________

<大坂にわか事情>
お祭りに、素人連中が即興芸を互いに見せ合い競う。
コレが始まり。余興の1つで、商売とはいえなかった。

「上方のコメディー」全ての源流。
「にわか」は「にわか狂言」が正式名称。
本来は即興滑稽芸で人数に制限なし。
芝居の形でも興じられ「漫談・漫才・音曲色物・コント・新喜劇」など
口伝承芸以外の『お笑い全般』の大元。

漫才やコントに近い形は「大阪にわか」より、エッキョウで〆る「美濃にわか」が現在に継承。 サゲ(おち)が付いている。
http://www.minokanko.com/festival/niwaka.html

この「にわか芝居」はワッハ上方演芸資料館展示室「からくり劇場」で拝見できます。
http://4travel.jp/domestic/area/kinki/osaka/oosaka/nanba/museum/11311655/

2014年3月 4日 (火)

幻想画家アルフレート・クービン

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幼年期に母親と死別し、軍人の父に虐待されて育った。その父とも若くして死別。
ガールフレンドの死をきっかけに鬱病となりピストル自殺をはかったため、精神病院に入院。、
その後もたびたび痙攣発作、失語症などの精神病にも冒されるが、シュルレアリスムを先取りしたような、悪夢を思わせる奇怪な絵画を描いた。

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Alfred Kubin(1877-1959)
オーストリアの表現主義の画家
https://www.youtube.com/watch?v=4fBCEv3ugSo
https://www.youtube.com/watch?v=1IPJ89oUoAI#t=19

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Alfred Kubin(1877-1959)

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幼年期に母親と死別し、軍人の父に虐待されて育った。その父とも若くして死別。
ガールフレンドの死をきっかけに鬱病となりピストル自殺をはかったため、精神病院に入院。、
その後もたびたび痙攣発作、失語症などの精神病にも冒されるが、シュルレアリスムを先取りしたような、悪夢を思わせる奇怪な絵画を描いた。

オーストリアの表現主義の画家

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Akfred Kubin(アルフレート・クービン 1877年-1959年)
チェコにあるリトムニェヅツェ出身の画家で、独特な死生観を表現した。
「青騎士展」にも参加してカンディンスキーやフランツ・マルクら表現主義画家たちと知り合ったが、彼らの様式を取り入れることはなく独自の表現様式を貫いた孤高の画家。エドガー・アラン・ポー、ドストエフスキーらの著作に挿絵を提供した。

https://www.youtube.com/watch?v=4fBCEv3ugSo

2014年3月 3日 (月)

過去を認識する意味とは

 過去への旅は人によっては無意味なものかもしれません。前へ進むのが人生の意義であり、過去を振り返るのは、その敗北を忘れるための代償行為にすぎない。そう考える人も多いでしょう。しかし、それならなぜ人間は悲劇的な事件の記録を残したり、失恋を描いた文学を残し、悲しみに満ちた音楽を歌い続けるのでしょうか。ほとんどの名作といわれる芸術作品は過去のものです。どんな芸術作品もそれが完成したり、パフォーマンスが終了した時点で、過去のものとなります。しかし、それでもなおそれらの作品は我々に感動や生きる喜びを与え続けてくれます。
 そして、もうひとつ重要なこと。それは、過去とはもう定まったもので変えられないものなのか?ということです。
 もし、「過去」が不確かなもので変更の余地があるものだとしたら・・・それは「未来」と同様、魅力的に見えてくるはず。実際、間違いのない「過去」など、存在するのでしょうか?もし、絶対に間違いのない「過去」が存在するとしたら、それはその出来事を実際に体験した本人の「記憶」の中だけにあるのではないでしょうか。もちろん、そうなれば同じ出来事を体験した別の人には、異なるもうひとつの「過去」があるはずです。
 「過去」を知ることは、思い出すことは、非常に困難なことですが、だからこそ魅力的でもあるのです。

「仮定してみよう 未来を予知できないのと同じに
 過去もまた思い起こせぬものであり
 思い出すためにぼくらは
 神殿をおとずれるか、
 タロットを読む場末のジプシーをたずねるか、
 あるいは占星術師にみてもらって
 星々の配列によって
 いわば歴史を予報してもらわねばならないと。

 写真などというものもなく
 しかし、外国人の祖母たちは
 ティーバッグに浮かぶ皺を読むことで
 ぼくたちの幼年時代をとりもどすことができる・・・・・」
スチュアート・ダイベック

2014年3月 2日 (日)

試練その3

これはかれの地上の牢獄(塔)の崩壊を招来し、かれの精神が、天の星々(星、太陽、月)を経て、やがて神秘的再生(審判)を経験し、最終的には世界の超個人的な霊アニマ・ムンディ(世界)と一体化することを可能とする。
さらなる高みを目指すためには、精神的充足をもとめて再度旅に出て、今までの見方を変え、自我を壊さなければ、新たな次元に到達することはできない。22枚には0から21までのサイクルになっていたのだった。。
そして輪の入口と出口は零によってつながれている。

Tora3

そして0の愚者から21の世界への話が、姿と形をかえてふたたび物語がくりかえされる。
人の心は高くめざすものである。けれども物理的な肉体に閉ざされて、そのめざすものに気づかない(愚者)。星々の使者が物質的世界に対して表面的な現実より深い存在を証明する(奇術師)。そして世界は(女教皇、女帝、皇帝、教皇によって表される)支配的な力で日常的に形をひろげていく。世界への開放が初めての選択と望みができるようになる(恋人と戦車)。さらに高くめざすもの求めて一つの成熟に達したときに、精神の故郷にを回帰させる旅にたつ(隠者)。その慎重な心の内(運命の輪)は、肉体の衝動(力)の克服していく。高きもののために低きものを犠牲として、故意に日常的価値の逆転を求める(吊るされた男)。低く役目を終えたものの昇華(死神)は、焚きつける欲望(悪魔)をも打ちたおすことができた。きびしい試練をこえると生きる活力が整えられて与えられる(節制)。やがて時をへて構築された、高くそびえたつ地上の牢獄(塔)は崩壊を招いて、天の星々(星、太陽、月)の永き歳月をくぐり、そして神秘的なる再生(審判)を経験されて、ついに世界の超個人的な存在(世界)と一体化することができうるゴールラインが待つ。今までの見方を変え、自我を壊さなければ、新たな次元に到達することはできない。そして輪の入口と出口は零によってつながれている。

試練その2

Tora2

探求者(隠者)は一定の成熟に達したときにのみ、かれの精神的故郷に自分を回帰させるための旅に出発できる。

かれの慎重な内省(運命の輪)は、肉体的衝動(女力士)の克服とより高きもののために、より低きものを故意に犠牲とすることによる 日常的価値の逆転を求める(吊るされた男)。

より低き個我(死神)の昇華は、 デミウルゴス(悪魔)の打倒を可能とする
霊的な活力(節制)の流出に至る。

試練その一

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人間の精神は神的なものである。
しかしそれは物理的な身体に幽閉されており、かれはその神性に気づかない(愚者)。
より高き星々の使者が物質的世界に対する支配を表明し、表面的な現実よりさらに深いなにかの存在を証明する。
いくつかの説によると、かれは愚者の師および仲間となる(奇術師)。
(女教皇、女帝、皇帝、教皇によって表される)

世界の支配的な力が、抵抗にあい、日常的存在が挑戦を受け、 克服されて初めて、開放の切望が可能となる(恋人と戦車)。

2014年3月 1日 (土)

芽生えの頃

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ベック『Morning Phase』対訳歌詞

Beck

*BECK* MORNING PHASE 対訳歌詞

MORNING 
日光めた朝/長い嵐の夜を抜けて/見上げた朝/刺に書われたパラを見た/山々が落ちていく/行き場がないんだろう/海はダイヤモンド/自分が孤独な時にだけ輝く/始めからやり直せないか?/この朝に/防御はすべて失った/この朝に/かつての姿を見せてほしい/やり尽くした/言い残したことさえない/酷使した/跡形も無いほどに/解体した/そして錘の下にぽくを埋めた/始めからやり直せないか?/この朝に/防御は解いた/この朝に/存在したのはあなたとぽくだけ/この朝に/考えは出尽くした/この朝に/見せてほしいんだ本来あるべき姿を

HEART IS ADRUM 
回る車輪のように自由に/君の鉄の意志の周りを回る/自分の感光だけを頼りに/回り続ける/ただじっと立っている/問題が起きてようやく逃げ出す/ドラムに従い/みんなのペースに合わせる/暮昼の光のように高い/幻の高速道路から転げ落ちる/なぜこんなに痛むのか?/速い道のりの果て門は閉ざされていた/言葉を失ったあなたは振り子から落ちる/君の心巌はドラム/みんなのペースに合わせてる/引き波からドラムが聞こえるよ/誰かにゆっくり叩く方法を敢えてもらおう/それから解放する/沈みゆく太閤に日がやられ/そしてドラムに従う/みんなのペースに合わせてる/ビートを刻む、ビート、ビート/ぽくを打ちのめす/ビート、ビート、ビート、ビート/ぽくを打ちのめす/来る日も来る日も回ってる/ぼくの人生が沈みゆくまで

SAYGOODBYE 
ぽくらが立つ静かな道の上にみぞれが残ってるよ/もう行く時間なのか/別の日にすればいいのに/これがぼくらのさよならの言葉だから/これがあなたのさよならの言葉/骨はひび割れ、カーテンが引かれた/ぼくの背後そして彼女は消えた/ぼくが知らないどこかへ/時間が解決するからぼくも行こう/これがぽくらのさよならの言葉/これがぼくらのさよならの言葉/ぼくは待つ、順番を/選び出して燃やす/空っぽにする空っぽの引き出しを/ポケットにはこれ以上何もない/これがあなたのさよならの言葉/これがぽくらのさよならの言葉

BLUEMOON 
ひとりでいるのはもうごめんだ/この裏しみの壁がぼくの知りうるすべて/鳴鳥が水辺の向こうから呼んでる/心の静かな聖域で/ああ青い月よ/取り残さないでぼくを/ああ書い月よ/荘き去りにしたぽくを/うまく収まるサイズにカットして/いつかふたりを隔てるいくつかの吐/書切り者が脆いてるだろ/誰の目にも映らない放浪者/あの月が影を落とす時/戦いで付けた備にはまるで気付かない/うまく収まるサイズにカットして/あなたの吐の奥に服した嘘/取り残さないでぼくを/取り残さないでぼくを/うまく収まるサイズにカットして/いつかふたりを隔てるいくつかの嘘

UNFORGIVEN 
夜ヘドライブしよう/どこまでも更けるまで/日の光を避けて/残光の中へ/どこかの許されざる地/時間は待ってくれるだろう/その道を/ただエンジンを吹かして走れ/すべて使い果たし/残るのはダメージのみ/どこかの許されぎる地/ぼくはあなたを待ってる/どこかの許されざる地/時間は待ってくれるだろう/どこかの許されざる地/ぼくはあなたを待ってる

Beck1

WAVE 
この場所から移動する/騒乱という形を取って/そして世界へ突入する/数個の小さな歪みのように/もしぽくが降伏するとしたら/そしてこの波と戦わないとしたら/沈ますに/ただ流されるんだろう/波/波/孤立/孤立/孤立/孤立

DONT LET IT GO 
備えておいた方がいい/目に見えない何かから/それを追いかけて/そのままぽくの所へ戻ってくればいい/ここに持っておくから/放さないように/離さないように/離さないように/手放さないように/手放さなくていいんだ/ぼくらが見つけたいくつかの欠点/年月からくり抜かれて/居場所は自分で決めればいい/彼らに洗脳されるな/赦さないように/手放さないように/離さないように/手放さないように/手放さなくていいんだ/十字砲火にこんな物語がある/でも誰もその結末を知らない/赦さないように/あんなに遠くに行ってしまった/手放さないように(x4)/手放さなくていいんだ

BLACK BIRDCHAIN 
あなたの命を司る血の痕を親愛の杯からぽくにくれないか/ぽくは夢、夢、夢見ていて決して目覚めないと言ってほしい/誰も知らない衣装ダンスの引き出しにあった形見/あなたの釈義の象徴は姿見の中に/ぽくは決して、決して、決して、決して、決して、決して君を拒んだりしない/ぽくは決して、決して、決して、決して、決して、決してあなたを拒んだりしない/黒鳥の鎖/黒鳥の鎖/黒鳥の鎖/黒鳥の鎖/SOSが前哨戦から日常の中へ/よければ最後の辺境の概要を読みあげようか/きっと理解するに至るはず間違いは完璧に正しいのだと/くぼんだ地面の岩底であなたは自分の権利を主張する/黒鳥の鎖

TURN AWAY 
背けろ/背けろ/誰を呼ぶでもない/自分の声から/静けさのみ/学習するんだ隅々まで見渡すことを/雪崩を追って/向きを変え/そのまま、そのまま離さないで/あなたをいつか癒し/地下で守り/覚醒と深い眠りの間を/愛が分かつ壁の/向こうへと連れてゆく/背けろ/背けろ/背けろ/自分の言葉の重みから/それは悪魔のための/物差し/変化の痛みを曝け出す/一度口にしたら/背けろ

COUNTRY DOWN 
ああ田舎の外れ/そこに実験場を見つけた/洪水の流れに沿うように/車寸削ま回り/幾世紀分もの丘がひろがり/青もなく通り過ぎる/ただ/心ならずも/もはや過ぎ去ったこと/衝からほんの1マイル/発見に何の意味があるのだろう?/適当な土地で夢中になれるなら/家の横の川辺に隠れて咲く雑草に囲まれて/その絵には転がない/ただl口からの景色があるだけ/永久の時間よ、たった今探しものが見つかったんだね/虎バラが独房の扉に生えている/陽の光に手を伸ばしても/もう見ることはできない/ぼくのホロからほんの1マイル/太陽の下の救命ボートで目覚めるのもいい/空にかけた梯子の/一番低い段に立ってる/ぼくは命綱を纏って/一大の防御で/引き波に乗る/ぼくの心臓じゃ抵抗できない/ああ眠らせてほしい/ぼくの見つけた実験場に/洪水の流れに沿って波が向きを変える/番兵のような丘が広がり/青もなく通り過ぎる/衝からほんの1マイル

WAKING LIGHT 
目覚めの光/君のシルエットが/ひとりの朝を浮かび上がらせる/夜は/時間をかけて朝に明け渡した/わかるまでに十分待った/思い出に取り残され/もう帰ることは出来ない/朝があなたを迎えに釆たら/目覚めの光に僕を横たえてほしい/誰にも見えはしない/根はすべて覆われている/ずいぶんん長い道のりだ/あなたはどんな兆しを見せる?/1日が終わる、巻き起こる地すべりの中/あなたのランプは消えかかっている/思い出に取り残され/もう帰ることは出来ない/朝があなたを迎えに来て/目覚めの光に瞳を休める/思い出に取り残され/もう帰ることは出来ない/朝があなたを迎えに来て/目覚めの光でその日を満たす

               
Morning Phase *BECK* 2014

Beck2

ベックのニュー・アルバム『Morning Phase』がリリースされ、期間限定の全曲試聴がスタート。
キャリア史上最高傑作として大絶賛を浴びた『Mordern Guilt』から約6年、ついにリリースされた『Morning Phase』では、アトムス・フォー・ピースのドラマーとして活躍中のジョーイ・ワロンカーをはじめ、ジャスティン・メルダル・ジョンセン(ベース)、スモーキー・ホーメル(ギター)、ロジャー・ジョセフ・マニング・Jr.(キーボード)、ジェイソン・フォークナーら、2002年の傑作アルバム『Sea Change』に参加したメンバーが集結。
プロデュースはベック自身、父親のデヴィッド・キャンベルがストリングスを手掛けた。ベックいわく「クリアでシンプルなサウンドにして、ダイレクトでパーソナルな表現がしたかった」という。
http://hostess.co.jp/news/2014/02/003156.html

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

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  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。