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2014年3月30日 (日)

『真夏の死』三島由紀夫

1952年(昭和27年)、文芸雑誌「新潮」10月号に掲載され、翌年1953年(昭和28年)2月15日に創元社より単行本刊行された。 『真夏の死』は、伊豆今井浜で実際に起こった水死事故を下敷きにして組み立てた小説である。理不尽な悲劇から主人公がいかなる衝撃を受け、時の経過によってこれから癒え、癒えきったのちのおそるべき空虚から、いかにして再び宿命の到来を要請するか、というのが主題となっている。

エピグラフに、ボードレールの『人工楽園』の一節が使われている。
粗筋
生田朝子は3人の子供の母である。ある夏の日、朝子は6歳の清雄、5歳の啓子、3歳の克雄と、夫の妹の安枝とで、伊豆半島の南端に近いA海岸の永楽荘に遊びに来ていた。事件は朝子が永楽荘の一室で午睡をしている間に起きた。3人の子供と安枝は海に出ていた。そして2人の子供、清雄と啓子は波にさらわれてしまう。驚いた安枝は海に向かうが、襲ってきた波に胸を打たれ心臓麻痺を起す。一時に3人の命が失われた。
1人残された子供の克雄を溺愛しつつ、この衝撃から朝子は時間の経過とともに立ち直っていくが、それは自分の意思に関係なく悲劇を忘却していく作業であった。朝子は自分の忘れっぽさと薄情が恐ろしくなる。朝子は、母親にあるまじきこんな忘却と薄情を、子供たちの霊に詫びて泣いた。朝子は、諦念がいかに死者に対する冒涜であるかを感じ、悲劇を感じようと努力をした。自分たちは生きており、かれらは死んでいる。それが朝子には、非常に悪事を働いているような心地がした。生きているということは、何という残酷さだと朝子は思った。
冬のさなか、朝子は懐胎する。しかし、あの事件以来、朝子が味わった絶望は単純なものではなかった。あれほどの不幸に遭いながら、気違いにならないという絶望、まだ正気のままでいるという絶望、人間の神経の強靭さに関する絶望、そういうものを朝子は隈なく味わった。そして晩夏に女児・桃子を出産する。一家は喜んだ。
桃子が産まれた翌年の夏、事件があってから2年が経過した晩夏、朝子は夫に、A海岸に行ってみたいと言い出す。夫・勝は驚き反対したが、朝子が同じ提言を3度したので、ついに行くことになった。勝は行きたい理由を問うたが、朝子はわからないという。家族4人は波打ち際に立った。勝は朝子の横顔を見ると、桃子を抱いて、じっと海を見つめ放心しているような表情である。それは待っている表情である。「お前は今、一体何を待っているのだい」と、訊こうとしたが言葉が口から出ない。訊かないでもわかるような気がしたのである。勝は悚然として、つないでいた息子・克雄の手を強く握った。 http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E5%A4%8F%E3%81%AE%E6%AD%BB
三島由紀夫が1970年に発表した自選短篇集の第2弾。自決の数カ月前に書かれた解説。 真夏の死(1952)、煙草(1946)、春子(1947)、サーカス(1948)、翼(1951)、離宮の松(1951)、クロスワードパズル(1952)、花火(1953)、貴顕(1957)、葡萄パン(1963)、雨のなかの噴水(1963)の11編を収録。

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『真夏の死』(一九五二年)は、今度の集中もっとも長い、百枚のノヴェレットで、第一回の世界旅行から帰って、ゆっくり筆馴らしをして書いた作品である。伊豆今井浜で実際に起った事件を人から聞き、それを基にして組み立てた小説だが、もちろん眼説目は最後の一行にある。                         
方法論としては、この一点を頂点とした円錐体をわざと逆様に立てたような、普通の小説の逆構成を考えた。即ち通常の意味での破局が冒頭にあり、しかもその破局には何の必然性もない。その必然性としての宿命が暗示されるのは最後の一行であり、これがギリシア劇なら、最後の一行からはじまって、冒頭の破局を結末とすべきである。それをわざわざ逆様に立ててみせたのである。
 即ち、通常の小説ならラストに来るべき悲劇がはじめに極限的な形で示され、生き残った女主人公朝子が、この全く理不尽な悲劇からいかなる衝撃を受け、しかも徐々たる時の経過の恵みによっていかにこれから癒え、癒えきったのちのおそるべき空虚から、いかにしてふたたび宿命の到来を要請するか、というのが一編の主題である。
 或る苛酷な怖ろしい宿命を、永い時間をかけて、ようやく日常生活のこまかい網目の中へ融解し去ることに成功したとき、人間は再び宿命に飢えはじめる。このプロセスが、どうして読者にできるだけ退屈を与えずに描き出せるか、という点に私の腕だめしがあった。小説のはじめに最も刺戟的な場面を使ってしまえば、そのあと、読者は何ら刺戟を受けなくなってしまう憤れがあるからである。
  三島由紀夫による後書きより

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