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2015年4月18日 (土)

養老孟司「ドグラ・マグラ」の解説文。

夢野久作と私の縁は、単純である。久作の父親、杉山茂丸とその後妻の骨格、それが東大医学部の標本室においてある。それだけである。

杉山茂丸の骨格が、なぜ東大にあるのか。其日庵茂丸氏は、息子を見てもわかるが、変わった人だったらしい。どういう動機からか、「死体国有論」を唱えた。そこで、自分の死体を、率先して国家に寄贈したのである。

この一対の骨格が標本室にあることは、私は古くから知っていた。私の先輩の教授たちがそうであるように、ガラス張りの箱に入って、昔気質の人らしく、きちんと正立している。

しかしそれが、ドグラ・マグラの著者、夢野久作の父親だということは、まったく知らなかった。ある日、茂丸氏の堂々たる骨格の前で、ハッと久作との関連に気づいたのである。


ただし、残念ながら、夢野久作自身の骨格も脳も、東京大学には置かれていない。二人の骨を眺めながら、私はそれと想像するしかないのである。父の骨を大学に収めるにあたって、久作もまた、大学を訪づれたであろうか。父の死の翌昭和11年、久作も死ぬ。

呉青秀が描く、美人が腐乱していくありさま、これは、鎌倉時代の六道絵や九相詩絵巻にある。 略

「ドグラ・マグラ」は、遠近法のように、一点から全体を俯瞰できるような小説ではない。略。

呉青秀が呉一郎に重なってくるのも、ヘッケルの反復説が詳しく紹介されるのも、結局はすべてが「胎児の夢」かもしれぬことが示唆されるのも、同じことなのである。


私自身はこの小説をまず時間学として読んだ。略。久作自身が時計を不思議なもの、奇妙なものと、見なしていたのではないだろうか。ド・ラ・メトリの「人間機械論」には、「人は時計である」という比喩がある。略

ヘッケルの反復説は、相変わらずいまでも専門家によって論じられている。アメリカの古生物学者スティーブン・ジェイ・グールドの「個体発生と系統発生」という大著が訳されたのは、ついこの間のことである。この人のエセーなら、読んだ人も多いはずである。三木茂夫の「胎児の世界」もまた、知る人ぞ知るであろう。東京芸術大学教授であった三木氏は、ヘッケルに憑かれた人であった。

「脳髄は電話交換局である」「細胞が思考する」という(夢野の)言明は、むしろいま聞いたほうがおもしろい。現代は脳の時代だかである。略

英国のノーベル生理学賞受賞者ジョン・C・エックルス卿が、「心は胎児のある時期に、神によって植えつけられる」と、その著書「脳の進化」で述べたのも、ごく近年のことである。

交換局に思考があるはずはなく、神によって植えられたものでもないとすれば、細胞が思考するとしか、考えようがない。これが還俗した僧侶、杉山泰道すなわち夢野久作の思考であることは、大変興味深い。

道元以来、仏教思考はもとより心身一元論であり、「細胞が思考する」というのは、心身一元論のもっとも先鋭かつ具体的言明だからである。

養老孟司

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