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2016年4月10日 (日)

『あまたの星、宝冠のごとく』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

『あまたの星、宝冠のごとく』
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアが亡くなった翌年刊行された最後の短篇集。生涯にわたってSF界を驚かせ、インパクトを与え続けて来た著者、中期から晩年にかけて執筆された、独特な世界観が強固にある短編集。

「すべてこの世も天国も」
王子さまの結婚式の夜のために、舞台設定を整えなければならない。
エコロジア=ベラ(うるわしき生態系)という小さな国。自然が豊かで安全で平和で、何もかもがサスティナブルな素晴らしいユートピア。国王夫妻が非業の死を遂げて、美しい15歳の娘が女王となった。
その隣にあるプルビオ=アシダ(酸性雨)という国。エネルギー源として化石燃料を使って環境が悪く、格差社会でもあり、非常に高い国民総生産を誇ってる。高い出生率だが〝あちゃあ”という不可避の労働災害が頻繁に起こるので、人口過剰にはならない。核産業が栄えている国のハンサムな若き王子。
エコロジア国王の死をきっかけに、王子は隣国の女王と出会う。二人は恋に落ちてしまう。プルビオ王子兄弟の王位継承を、変更さらるのではないかと国民たちに噂される。初めての恋に燃え上がった女王は、周りの反対を押し切って、王子と結婚しようとする。

「そしてこの国は天啓だ。もしひとつの国になれたら」王子はなかなか実現できそうもない理想を、いくつも現実にしているエコロジア=ベラに魅了される。
しかし価値観の違う二つの宮殿では、込み入った事態が次々に起こる。狂騒するカーニバルのような日々のなかで、たったひとつの冴えたやりかたが、水面下で進行するのだった。


「肉」
高速道路を飛ばしているトラック運転手のヘイゲンは、荷台に載せられている大量の肉に腹を立てていた。干ばつと穀物の病害で、肉の生産が中止されているのに、金持達は毎日肉を食べているのだ。そんな肉を運んでいることに怒りを覚える。

同じ頃に褐色の肌をした16歳の少女リーンは、生れたばかりの赤子を抱いてバスへ乗り込んだ。生活が苦しくてわが子を育てられず、「養子縁組センター」へ娘を預けに行くのだった。

この世界では妊娠中絶が禁止されて、貧しくて子供を育てられなかったり、レイプによって子を望まない母親たちが「養子縁組センター」を利用している。しかしセンターも運営していく資金が必要で、この組織は二つの顔を持っていた。


「もどれ、過去へもどれ」
未来の自分へ今の若い体のまま、入れ替わる変則的なタイムトラベル。未来へは何も持っていけず、未来から何も持ち帰ることができない。未来から戻ると記憶も消えてしまうので、実用的な意味はまったくない。この奇妙な時の旅が学生に流行っている。
クラスの人気者ダイアンは美人でチヤホヤされて、家も金持ちで望むことは何でも叶う。
「ワタシならもっとステキな未来に暮らしているはずよ」
トラベル55年後のベッドには、冴えない男子学生のドン・パスカルがいる。
「この未来でワタシはこのダサ男と結婚しているわけ、ありえなーい!」
未来の自分が残した手紙から、ダイアンは卒業後にたどった転落の人生と、救いだしてくれた彼の底知れぬ優しさを知る。多くの人は居留地から閉めだされて、無秩序と暴力が支配する世界で明日をも知れぬ生活をおくっていた。暗澹たる未来にあっても、上流の生活を維持している人々がいるのを知る。それはかつて彼女が過ごしていた、上流世界に等しいと思うのだった。

未来から戻ると記憶も消えてしまう、実用性のないトラベルは、彼等クラスの中で何度か試みられつづけた。

中編級の長いのが7編。全10作で既訳は伊藤典夫訳「いっしょに生きよう」(SFマガジン掲載1997/2010)1編のみで、他は小野田和子による初訳になっている。

アングリ降臨(1987):火星で人類は宇宙を旅する異星人アングリと遭遇する
悪魔、天国へいく(1986):神の死を知った地獄のルシファーは天国を弔問する
肉(1985):堕胎が禁止された社会で、赤ん坊は交換所で取引される
すべてこの世も天国も(1985):小国の王女と隣の大国の王子が結婚しようとする前夜
ヤンキー・ドゥードゥル(1987):麻薬漬けで戦場を生きた主人公が解毒療養を受ける
いっしょに生きよう(1988):異星の探査に訪れた一行は、ある種の共生生物と出会う
昨夜も今夜も、また明日の夜も(1970):毎晩幾度となく女を誘うやさ男に課せられた使命
もどれ、過去へもどれ(1988):限定的な時間旅行で、若い男女は自身の運命を告げられる
地球は蛇のごとくあらたに(1973/88):大地に憑かれた主人公が、最後に知る〈彼〉の真実
死のさなかにも生きてあり(1987):違和感の果てに自殺した男は、奇妙な街に導かれる

著者70~72歳に書かれたものが中心、シリアスな寓意へ幾重にも、ソフトにシールドを配置された円熟作品。一編が封切り映画を観ている内容に匹敵するから、読了後には7000円くらい得をした気分になるだろう。

〔早川文庫〕


James Tiptree, Jr. 1915年アメリカ・シカゴ生まれ。本名アリス・B・シェルドン。1968年デビューから男性名義のペンネームを使用、1976年に女性だと判明するまで、覆面作家として数々の作品を発表した。性別が明らかになっても、才能の評価は影響がなかった。1977年に別のペンネーム、ラクーナ・シェルドン名義「ラセンウジバエ解決法」でネビュラ賞を受賞。
他にヒューゴー賞、世界幻想文学大賞、星雲賞など、多数受賞。老人性痴呆症が悪化した夫を、以前からの取り決め通りショットガンで射殺して、自身の頭も撃ちぬき1987年没。

作家のロバート・シルヴァーバーグは短篇集『愛はさだめ、さだめは死』に序文で、「物語をその結末から、そしてできることなら、暗い一日の地下五千フィートからはじめ、そしてそのことを教えるな」とティプトリーを解析した。

http://i.bookmeter.com/b/4150120552

「ラセンウジバエ解決法」
フェミサイドによる女性殺しが、世界に蔓延しはじめる。
「人類の潜在的障害は男性の攻撃/捕食の表現行動と、有性生殖とのあいだに、密接な連鎖が暗に含まれている。何らかの要因で女性殺しが性欲への反応として、極端に顕在化してしまった」
主人公アランは5000マイル離れた愛する妻アンへ、迫る危機を案じてコロンビアから帰路につく。愛しいアンへの思いは、恐るべき欲望へと変化していた。
感染した自分に近寄るなと、アンに厳命する。涙ながらに従うアンと、理解できない娘エミー、そして痛切な結果。
何もかも失い一人さまようアンは、異星人と出会ったと手記に書き記す。

地球の美しい地表に広がり、食い散らす存在。その駆除方法は人類がラセンウジハエを根絶することに成功した方法と似通っていた。家畜の害虫であるラセンウジバエを根絶するのに、放射線をラセンウジバエの雄に浴びせ放ったら、受精した雌が不完全な卵しか産まなくなって、繁殖不能になり絶滅した。
理由もなく男が女を殺す事件は、未知のウイルスによる感染が要因。そのウィルスを放ったのはエイリアンの不動産業者で、地球にたかっている「害虫」のごとく繁殖する人類を駆除する解決方法だった。

「ラセンウジバエ解決法」ジェイムズ・ディプトリー・ジュニアの短編集『星ぼしの荒野から』(早川書房 1999年)所収の短編。ラクーナ・シェルドン名義で発表された。
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