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2017年4月16日 (日)

『鹿鳴館』と『舞踏会』

『舞踏会』は芥川龍之介の短編小説。ピエール・ロティ著『秋の日本』の中の一章「江戸の舞踏会」に着想を得た作品である。明治19年の天長節の晩、鹿鳴館で催された大夜会に招かれた娘が、あるフランス人海軍将校に踊りを申し込まれ、2人で美しく儚い花火を眺める淡い恋の物語。

「ピエエル・ロチの『江戸の舞踏会』は芥川龍之介の『舞踏会』の下敷になった。芥川の『舞踏会』は、短編小説の傑作であり、芥川の長所ばかりの出たもので、私などは、後期の衰弱した作品より、よほど好きである。
こんどの『鹿鳴館』の芝居ではロチと芥川の描いたまさにその当日の舞踏会が、舞台上に再現されるのだが、もちろん当時そのままの再現ではなく我々のイメージにゆがめられた、おそらく現実よりはずっと美しい、いま見てもおかしくはない舞踏会でなければならない。」(三島由紀夫『鹿鳴館』について)

「或る現実の時代を変改し、そのイメージを現実とちがったものに作り変えて、それを固定してしまう作業こそ、作家の仕事であって、それをわれわれは、ピエール・ロチ(日本の秋)と芥川龍之介(舞踏会)に負うている。そこに更にこの『鹿鳴館』一篇を加えることを、作者の法外な思い上りと蔑せらるるや否や。」(美しき鹿鳴館時代――再演『鹿鳴館』について)

江藤淳『芥川龍之介』より。
【「舞踏会」は 明治十九年十一月三日の夜であった。 「舞踏会」という作品は,短編というよりむしろ掌篇といったほうがいい小品である。しかし,私は,おそらく百に余る芥川龍之介の作品の中で,この作品に最も愛着を覚える。ここには,初期の「鼻」や「芋粥」の軽妙な諧謔はない。晩年の「玄鶴山房」や「蜃気楼」の鬼気もない。いわんや遺稿として自殺の後に発表された「或阿呆の一生」や「歯車」の裡にひそむ追いつめられた作者の痛切な悲鳴もきこえない。なぜ私はこの作品が好きなのだろうか?
多分私は,鹿鳴館の夜空にきらめいて消える花火が好きなのである。 「仏蘭西 フランス の海軍将校」が,「教えるような調子」でいう, 「私は花火の事をかんがえてゐたのです。我々の生 ヴィ のやうな花火の事を」】

青空文庫『舞踏会』芥川龍之介
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