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2017年5月19日 (金)

《狐あそび》柳田國男

信州小県ちいさがた郡の民謡集に、鬼遊びの童詞わらべことばが七章まで載っている。

鬼の来るまで 洗濯でもしやしょ
鬼の来るまで 豆でも炒いりやしょ
がら/\がら/\ 石臼いしうすがら/\
豆はたきとん/\

鬼を激昂げっこうさせる手段として、東京でも洗濯だけはいうが、こうなると、もう一つの演劇であって、しかも作者は土地の子どものほかにありえない。あるいは文句を他所よそから聞き覚えて、呪文じゅもんのようにそれを守り、または若干の作意を加えたものが鬼きめの言葉には多い。羽後うごの大館おおだて附近に行なわれていたのは、

隠れぼっちにかたなの者は
しんざのこちゃのれんげの花

これを新沢という村の麹屋こうじやのことのように思っていたそうだが、実は非常に古くからある小ちいさ子法師こぼうし、すなわち一寸法師の物語であった。江戸でも早くから意味が分らなくなって、チーチャコモチャ桂かつらの葉などとうたっていた。備前の岡山では、

つーちゃこもちゃかずらの葉
ねんねがもったらちょと引け

すなわち東北は遠いだけに、まちがいが幾分か大きかったのである。
鬼きめというのは、小さな握にぎり拳こぶしを並べさせて、歌の文句に合せてその上を突いて行くのだが、その言葉にも遊戯の趣意を説こうとする、序曲のような役目があったのかも知れぬ。ことに隠れ鬼や目くら鬼では、遊びのなかばでは声を立てることができない故に、初めに歌っておく文句が多かった。

だあまれ/\雉きじの子
鉄砲かたげがとおッぞ
うんともいうな屁へもひんな

これは肥後ひごの球磨くま地方の、モウゾウ隠れ(隠れんぼ)の歌であった。是これよりも一段と劇的なのは今も田舎いなかに残っている狐遊きつねあそび、大阪でもと「大和やまとの源九郎はん」などといった鬼ごとである。百年以前の『嬉遊笑覧きゆうしょうらん』にも、
鬼ごとの一種に、鬼になりたるを山のおこんと名づけて、引きつれて下に屈かがみ、とも/\つばな抜ぬこ/\と言ひつつ、茅花つばな抜くまねびをしてはてに鬼に向ひ、人さし指と大指とにて輪をつくり、その内より覗のぞき見て、是なにと問へばほうしの玉といふと、皆逃げ去るを鬼追ひかけて捕ふる也なり
と見えている。今日の「御山の御山のおこんさん」遊びの筋書すじがきは、もうまただいぶ長くなっていて、これに子どもでなくては言えぬようなおかしい問答が数多く繰り返される。


「こども風土記・母の手毬歌」岩波文庫、岩波書店1976(昭和51)年12月16日第1刷発行
「定本柳田國男集 第二十一巻」筑摩書房1962(昭和37)年12月25日刊
初出:「朝日新聞」1941(昭和16)年4月1日~5月16日鹿遊びの分布「民間伝承六巻九号」1941(昭和16)年6月号
http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/53809_49722.htmlImg_9742_2


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