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2017年5月14日 (日)

安部公房『R62号の発明』

失業して運河に身を投げ自殺をしようとしていた機械技師は、学生から声をかけられ、死体を売ってほしいと頼まれる。そのアルバイト学生から事務所のあるビルへの地図を渡された。
事務所の殺風景な窓のない部屋に通され、ベッドに拘束された彼は、脳の手術をされてロボットR62号となる。
ビル地階ホールで開かれた国際Rクラブの第一回大会に集まった、代議士、高官、銀行の頭取、大企業の重役たちを前に、R62号が披露目される。所長は「人間の果たすべき役割は機械のよきしもべとなることである」と演説して、クラブの事業計画に、将来は機械の血液成分たる大多数の人間を、すべてロボット化する目標に、技術ロボット・R62号を完成させたと発表。

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↓安部公房「R62号の発明(1953年)」より抜粋。

  そのころビルの地階のホールでは、国際Rクラブの第一回大会が開かれていた。熱帯魚の水槽に装置した照明で、謎めいた光のひだがモザイクの天井にふるえ、厚い一枚ガラスの長テーブルには、カクテル用のつまみものが、世界地図の模様に並べられていた。ちょうど所長の挨拶がはじまったところである。

  「というわけでありまして、わがロボットもこの62号をもってついに工業的段階に到達し、ここにご披露をかねてクラブの結成をみた次第なのであります。
  さて、あらためて申上げるまでもないのでありますが、わがクラブのもつ歴史的な意義を、ここで再確認してみたい。わがクラブの名称であり、そしてその諸君の胸に黄金色に輝くところの、Rとは、いったい何ものであるか?    むろん、ロボットのRであります。だが、それだけではない、実に複雑多様、深遠なる意味をもっているのであります。ちなみにその一部を、ほんのごく一部を申しあげますれば、まずクラブの象徴といたしまして、レイスすなわち人類のR、ルールならびにレインすなわち支配と権力のR、リッチすなわち富のR、レヴァイヴァルもしくはレアクションすなわち復古のR、レセットルすなわち植民地復活のR(拍手)ライトすなわち正義もしくは右翼のR、(拍手)」

所長はちょっと口をつぐんだ。給仕——ツノがはえているところをみるとロボットにちがいない——がカクテルの盆をはこんできたのである。今日おためしいただくカクテルも、すべてRではじまる名前をもってます。今おくばりしたのはロップ、つまり強盗というので、ちょっと酸味がきつうござんすかな    ハンカチで軽く唇をおさえ、先をつづけた。

「次に、ロボットの記号として見ますれば、ラショナリゼーションすなわち産業合理化のR(拍手)ラットすなわちストライキ破りのR(割れるような拍手)レギュラーすなわち忠誠なるもののR(拍手)さらにラッシュすなわち突撃隊員のR    (まだあるぞ!    と叫ぶ声——日本語のラセツのR、これはね、チンポを切ったやつのことだってさ、ワハハハ    )さよう、まだまだ、いくらでもあるのであります。そこで私は次のような提案をいたしたい。クラブを実行力あるものとするため、Rのつくいくつかの支部をもうけて、機動的な組織にする。これもほんの一案でありますが」とすばやく手帳をくって、「再軍備のためのレミリタリゼーション・クラブ、情報入手のためのレポーター・クラブ、競技場と選挙のナワバリを支配するためのリング・クラブ、実業家のためのレンースつまり資源クラブとレイクすなわち熊手クラブ、工業家のためのレクレイムすなわち未開地開発クラブ、なお文化人のためのリリージャンすなわち宗教クラブ、密輸入者や亡命者のためのランナー・クラブ、    あ、ちょっとお待ちください」と新しくくばられたグラスを手にして、ここでわれわれを選ばれた全能の神を祝福して乾杯したい。このカクテルはレジュヴィネーション、すなわち回春と呼ばれておりまして、ホルモンをだす南洋の珍植物ワンダの果汁を配合したものです。どうぞ    と客の動揺にはかまわず、一気に飲みほして、「ここにお集りねがったクラブ員諸君は、代議士、高官、銀行の頭取、大企業の重役などそれぞれ神によって選ばれた今日の、そして明日の日本の指導階級であります。(拍手)この皆さんに、いまお話したところの各Rから専門に応じて適宜、一つもしくは数個のRをえらんでいただき、その責任者になっていただきますならば、わがRが事実上、日本支配の象徴となること必定ではありませんか!」   
熱狂的な拍手    提案!  と叫ぶ声——そん中に一つ、ロマンス・クラブちゅうようなもんを入れてくれんもんかのお。あざらしのようなひげをはやした豪傑、和服の上に大きな勲章をリボンでつっている。何者であろうか、居並ぶ紳士諸君も声を合わせて愉快そうに笑い、すこしも気分をそこねた様子はない。「閣下にはむしろ」と所長も微笑をうかべ、「帯勲者のためのレガリヤ・クラブを組織していただきたいもんですなあ    しかしむろん、ロマンス・クラブも結構なのであります。実をいうと、私自身、類似の提案をしようと思っておった。とくに外部に対してクラブの機密を守るため、カムフラージの目的をもって、またわれわれといえども時には英気を養わんといけませんからな、そうしたごくやわらかいクラブをもうけることは、絶対必要なのである。(拍手)その場合のRは親善を意味するラブロシマーンのR、ドンチャン騒ぎのランダンのR、ルーレットのR、ロータリーのR、あるいは婦人と一夜をともにするローズ・クラブのR、    本日の会も後半はさっそく、その名もかぐわしきローズ・クラブに切りかえる予定でありますが、    (割れるような拍手)しかし、諸君、それまでの一、二時間を、天下国家の大事のために耳傾けていただきたいのである!」

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1953年(昭和28年)、雑誌『文學界』3月号に掲載。単行本は1956年(昭和31年)12月10日に山内書店より刊行。文庫版は新潮文庫で重版。

R62号は経営不振の高水製作所に貸与され、その間自由に仕事させる。その製作所は、彼がかつて馘になった会社だった。アメリカの技師が来ると考えていた高水社長は彼を見て驚いたが、「R62号君の頭は完全にアメリカ製だ」と国際Rクラブの所長の説明と、登記がすめば高水もクラブに入会できる条件で納得する。
7か月経ってR62号の発明した、新式工作機械の試運転が行なわれ、高水製作所に関係者が集まった。工場外では労働者たちが集結して労働運動をしていた。R62号の機械に始動スイッチが押されると、高水社長が機械に抱き込まれた。R62号の説明どおりに機械は作動を続け、社長の指は次々と切断された。血だらけになり社長は追いつめられ、組合運動の労働者たちが「アメリカに売るな」と工場になだれ込んで配電盤のスイッチを切ってくれるのを願った。
しかしR62号の発明した新式機械は、淡々と刃物を動かし続け、社長は惨殺されるのだった。機械と化した人間が機械を発明して、人間に復讐するパラドックスが描かれる。

 

 

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