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2017年10月23日 (月)

『紅茶スパイ―英国人プラントハンター中国をゆく』サラ ローズ Sarah Rose

「ロバート・フォーチュンが中国から茶の種や苗木を盗み出したとき、それは保護貿易上の秘密を盗み出した、史上最大の窃盗だった。たったひとつの植物が原産地から新しい大地に移植されただけで、世界は一変してしまったのだ」(p.258、266)

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インド住民の血と汗を搾り、アヘンと茶で三角貿易で巨万の富を築き上げた大英帝国。その代理人として200年に渡って巨大な権力と利益を独占した世界初の多国籍大企業「イギリス東インド会社」。南京条約締結から以降の中国が"自らアヘンを栽培する可能性"を極度に警戒する中で、中国が独占していた緑茶と紅茶の"種と製法"を盗み出して、インドで栽培を画策するのだった。

「中国は、イギリス人が二百年間愛飲してきた飲み物を完全にコントロールしていた。茶は、イギリス帝国にいまだに抵抗している大国の象徴なのだった」(p.29、30)

東アジア独占貿易権やインド独占貿易権を次々に剥奪されて、窮地に立たされたイギリス東インド会社が起死回生策として打ち出した"国際的窃盗"を引き受けたロバート・フォーチュン。裕福でない中間層に生まれ、自力で植物学者の地位と名声と富を築き上げた。上海、緑茶工場のある安徽省、紅茶産地の武夷山脈で遭遇する得難い冒険譚。

「武夷山脈への旅は、フォーチュンにとってこれまでで一番無謀な旅になりそうだった。どんなヨーロッパ人も足を踏み入れたことがないほど深く内陸部へ入り、危険な地域を行くのだ。(中略)そのほとんどは地図にまったく載っていない山道を進むことになる」(p.149)

弁髪を垂れ下げて、ゆったり中国服に身を包んだフォーチュンは、"長城の向こうからやって来た高級官吏"になりすましながら、上海から安徽省の奥地へと進むのだ。そこでガイドは"手数料"をかすめ取ろうとし、駕籠かきは文句が多く、中国人の習性の悩まされつつ緑茶の産地と製造工場を"視察"する。

「今や中国は政情不安で、街道から遠く離れた山道を旅するのはかなり危険だった。中国人がアヘン戦争の敗北で受けた打撃は内陸部にも達していた。
太平天国の乱(1951-1864)は三年間で16の省に広がり、600もの町が破壊され、2000万人もの死者が出た。しかしフォーチュンは危険な地域に向かっているとは知らずに武夷山脈へ続く山道を進み、太平軍が近づいている道を横切っていった」(p.159)

安徽省の農民は粗末な家屋で、四つの竈から室内を煙で充満させてフォーチュンは辟易する。だが農民の知識レベルの高さを見いだして、若者の学問へ真摯に取り組む様子を賞賛するのだ。

長江下流の製茶工場で、秘密のベールに包まれてきた緑茶の製造工程を見て、製法や原料の一部を失敬する。中国人がヨーロッパ向け輸出品に"異物"を混入させている事実は最大の発見だった。

「"白い悪魔"が口にする緑茶に、心臓発作や無気力症状を引き起こす化学物質を混入させてやれ」。異物=毒性混合物は1951年のロンドン万国博覧会に出展される。その結果、緑茶を好むヨーロッパ人は激減して、大英帝国インド産の紅茶が市場を制する因果応報。

上海から香港経由でヒマラヤ山脈の農園へ発送し、カルカッタから陸路をゆく途中で、苗木と種は壊滅的な被害を受けてしまう。原因は人為的なミス=集団的無責任で、イギリス人植物学者ふたりが責任をなすりつけ合う官僚的体質だった。

インドから上海にいるフォーチュンの手元へレポートが届いたのは、9ヶ月後となる。緑茶の種と苗木は当初無駄になったが、フォーチュンは不必要に自分を責めず、科学者として問題解決に取り組むのだ。「科学が人間の怠惰と失態に勝利した」と、見事に紅茶の種と苗木をインド・ヒマラヤ山麓に根付かせることに成功させた。

茶の木と茶製法を盗み出されたのを中国政府が気付いたときには、インド産の紅茶が全世界に輸出される。中国政府はインドからの輸入に頼っていたアヘンを国産化する、ケシの苗木をインドから密輸入して自国で栽培していたと、フォーチュンの現地調査によって明らかにされる。

時代を席巻した技術は容易に陳腐化して、新技術を駆使する者が時の覇権を手にする。紅茶輸送は独占にアグラをかいた東インド会社の帆船から快速帆船「ティークリッパー」へ、さらにスエズ運河開通が蒸気船に渡される。従来のマスケット銃に代わるライフル銃は、その装填火薬の梱包紙に浸透させた牛と豚の油脂がインド大反乱を引き起こして、東インド会社の統治を終焉させる。それから電信と海底ケーブルは上海、カルカッタ、ロンドン間の距離を著しく縮めて、アジアの貿易構造を一変させた。世界最大のインド植民地と海運ネットワークを擁するイギリスの帝国主義的地位は飛躍的に高まり、19世紀をパックス・ブリタニカへと導く。

「現在の国際ビジネス同様、東インド会社は勝つためならどんなことでもした」

『紅茶スパイ』19世紀の技術移転プロジェクト 書評

http://mw.nikkei.com/sp/#!/article/DGXDZO38920090Y2A210C1MZC001/

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茶だけでなくて、数々の東洋の植物を西洋に紹介したロバート・フォーチュン。キク、ラン、ユリなどの鑑賞植物が持ち出された。Fortune's Double Yellowというバラに名を残したフォーチュン。彼は親日家で日本人の国民性にも記している。

「日本人の国民の著しい特性は、下層階級でも皆生来の花好きであると言うことだ。気晴らしに始終好きな植物を少し育てて無上の楽しみとしている。もしも花を愛する国民性が人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、日本の低い層の人々は、イギリスの同じ階級の人たちに較べるとずっと勝って見える」

 

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