« Pink Floyd The Later Years (1987-2019) Highlights | トップページ | 学生街のランチタイム »

2019年12月18日 (水)

[性格と表情] 小津安二郎

 


 表情がうまい、というだけでは、いけないと思うんだ。悲しい表情、うれしい表情が巧みに出来る――つまり顔面筋肉の動きが自由自在だ、というだけではダメ、それならヤサシイと思うんだ。
 いまの、日本の映画俳優は、表情は決して乏しくないヨ。日本人は無表情だとよく言うけども少くとも、俳優の場合は、アメリカ人にくらべて表情は乏しくないと思うんだ。表情がうまいから、上手な役者だとは、言えない。表情のうまい、まずいは、おれに言わせれば問題じやないと思うんだ。
 大事なのは性格だな。性格をつかむことだと思うんだ。性格をつかんだ上で、感情を出すんでなければダメだと思う。性格をつかめないで、ただ感情を出そうとするから、表情だけうまい役者が出来る。悲しいから泣く、おかしいから笑うだけなら、映画俳優でなくても、だれでも出来る。泣いたり、笑つたりの感情表現は、せいぜい三、四割で十分だと思うんだ。
 監督は、俳優に感情を出させるんじやなく、いかに感情をおさえるかだヨ。「長屋紳士録」のかアやんかい――あれはね、お蝶さんがおれの注文を飲込みすぎていた傾向があつた。それに、従来のかアやんの性格から、より以上に飛躍したものを意図してもいなかつたんだ。
 性格とは何かというと――つまり人間だな。人間が出てこなければダメだ。これはあらゆる芸術の宿命だと思うんだ。感情が出せても、人間が出なければいけない。表情が百パーセントに出せても、性格表現は出来ない。極端にいえば、むしろ表情は、性格表現のジャマになるといえると思うんだ。
 おさえることだな。いかにして、おさえにおさえて、性格を表現するか――監督の仕事はここにあると思うんだ。「荒野の決闘」のヘンリー・フォンダが、床屋で香水をつけて来て、ヌーツと立つている――あれだな、ジョン・フォードのえらいのは。フォンダが柱にあしを突つぱつて、椅子の上にノケぞつて、ウフンといつてる。あのヘンリー・フォンダとジョン・フォードの気合いは、実際、うらやましいと思うな。「荒野の決闘」だけじやない、ジョン・フォード作品のヘンリー・フォンダはいつもいい。「怒りの葡萄」でも、「ヤング・ミスター・リンカン」でも。
 ウイリアム・ワイラーの作品が何か来ないかな。見たいね、「ミニヴァ夫人」なんか。ワイラーといえば、ベティー・デーヴィスは、ワイラーのしやしんだと、まるで人が変つたみたいに良くなるネ。「小さい狐」で、ハーバート・マーシャルの夫が死にかかつているそばで、ベティー・デーヴィスが立つてお茶かコーヒーをいれている。表情も何もしやしないんだ、平気な顔でお茶をいれている。ただ、茶わんのさわる音が、カチンカチンいうだけだ。「手紙」のデーヴィスもいい。ワイラーには失礼かも知れんが、ワイラーは少しマゾヒストの傾向があるんじやないかな。「手紙」や「小さい狐」を見ると、そういう気がする。デーヴィスもほかのしやしんの時とぜんぜん違つてくる。芸がさえてくる。
 キング・ヴィダーの「白昼の決闘」は来ないかな。ヴィダーはやつぱり見たいネ。ヴィダーだけだね、色彩映画もいけるのは。フォードの「モホークの太こ」はぜんぜんつまらんよ。あれでコリたと見えて、フォードはその後、色彩映画を撮らんね。ワイラーもテクニカラーは撮らん。
「月は上りぬ」はぜいたくなキャストで撮るつもりだ。五光くらいのキャストでネ。「長屋紳士録」はカラスだつたからネ。





底本:「日本の名随筆40 顔」作品社
   1986(昭和61)年2月25日第1刷発行
底本の親本:「キネマ旬報」キネマ旬報社
   1947(昭和22)年12月

« Pink Floyd The Later Years (1987-2019) Highlights | トップページ | 学生街のランチタイム »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« Pink Floyd The Later Years (1987-2019) Highlights | トップページ | 学生街のランチタイム »

2024年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

燐寸図案

  • 実用燐寸
    実用燐寸レッテルには様々な図案があります。 ここにはコレクション300種類以上の中から、抜粋して100種類ほど公開する予定。 主に明治、大正、昭和初期時代の燐寸レッテルの図案。

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。

最近のトラックバック

フォト