« 砂時計⏳で測る | トップページ | 南仏アンティークのコレクション »

2020年1月18日 (土)

『落語のみなもと』宇井 無愁(中公新書)

 落語という口前だけの原始的な芸が、三百年も生きてきた。それで「古典落語」というが、こんなよび方はやめよう。現に呼吸し変化しつづける生体をミイラ化しては、誤解をまねくもとになる。          

原文を尊重して勝手な改変を許さず、何回くり返しても印刷したようにおなじなのが、「古典」だろう。 落語はこういう約束になじまない。複製技術が発達しても、落語家の口前だけは寸分ちがわずくり返せないところに、落語の本質がある。歌舞伎なら台本があるが、落語はわずかに「ネタ」とよぶ骨格だけを口承して、臨機に流動的に生れては消えて、跡をとどめない瞬間芸能である。そこに大幅な自由があって、そのつど起死回生をくり返し、洗練をへてきたといってよい。聞き古した咄をくり返し聞かされて、そのつど感興を新たにさぜる魔力は、この「自由さ」と「不同のくり返し」から出てくる。

 今めかした身近な新作落語が逆に違和感を起させ、咄の造型が尻ぬけにかすんでいく理由はたぶん、くり返しっみあげられた伝統と伝承の、風格や重みを欠くためかもしれない。新しすぎる一過性のネタは、くり返したとたんに古くなり、くり返しに耐えないのだ。

 落語ネタの大半は、落語の発生よりずっと古い。ことによると、歴史以前から口々に伝えてきた昔話や笑話や民間伝承を、いまに伝えているだけでなく、インド・中国・朝鮮の説話を二次使用したわが国の古典から、さらに三次応用におよんだものも少なくない。テレビのお笑いは三日たてば誰も笑わなくなるのに、こんな古い咄がいまだに人を笑わすのは、なぜだろう。考えてみる価値があるのではないか。これが遺産目録づくりを思い立った理由にほかならない。

 ルーツといっても、必ずしも一本ルーツとは限っていず、さまざまなルーツが複雑に入りまじって、その発見はほとんど偶然の所産にちかい。(まえがき)

0ef1c6218d6041b28a8e2dbec3e809ab

宇井無愁 うい-むしゅう
1909-1992 昭和時代の小説家。

明治42年3月10日生まれ。大阪新聞記者などをつとめる。昭和13年「ねずみ娘」でサンデー毎日大衆文芸賞。15年「きつね馬」が第1回ユーモア賞を受賞,以後ユーモア小説作家の道をあゆむ。平成4年10月19日死去。83歳。大阪出身。本名は宮本鉱一郎。

著作はほかに「パチンコ人生」「日本人の笑い」など。 作家、劇作家、落語研究者。1909~1992 大阪府生まれ。大阪貿易校卒。

« 砂時計⏳で測る | トップページ | 南仏アンティークのコレクション »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 砂時計⏳で測る | トップページ | 南仏アンティークのコレクション »

2024年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ

燐寸図案

  • 実用燐寸
    実用燐寸レッテルには様々な図案があります。 ここにはコレクション300種類以上の中から、抜粋して100種類ほど公開する予定。 主に明治、大正、昭和初期時代の燐寸レッテルの図案。

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。

最近のトラックバック

フォト