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2020年2月23日 (日)

星一『三十年後』

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【三十年後に題す】

數年前の或る春宵後藤男爵其夫人及び佐野博󠄁士夫婦、鶴見法學士夫婦を携へて、卒然星製藥會社の店頭に現はれしが、男は彼方此方に陳列しある藥品を見ること久うして遂󠄂に一語を發せず、 店員は其後藤男なるを知らずして其擧動を訝かりしが、男は突然店員に對して星は多くの藥を製造しつゝあり、余は「馬鹿につける」藥あるやを知らんと欲すと云ふ、店員は此奇問に接して一時惶惑せしも直ちに答へて、其は目下研究中に屬すと云ひたりき、此事ありて後數日、男爵及其友人、一夕の宴を張りし時、男爵、席上、語るに此事を以てし星の門下に豪傑あり、余之がために敗を取りしと云ふ、同座の添田博士,近藤廉平男、加藤正義、杉山茂丸の諸君、手を拍て近來の快事なりとす、 當夜、余、席末にありて曰く彼の店員の如きは云ふに足らず、余の店内には彼に優るもの少からずと、同座の諸縉紳、此店員の快答を賞すべしとなし、彼に贈るに書籍代若干を以てしたる事ありたりき。

其後男解夫婦は市中散歩の時、駕を余が店頭に枉げらるゝ數々なりしが、夫人は三月廿四日俄然病床に就き、男爵最善の看護も效なく四月八日逐󠄁に長逝し、余が店頭には最早や此崇高なる夫人の姿を再び見る可らざるに至りぬ。


夫人が初めて病を得たるは昨冬にありしも、議會開會中此事を男爵に知らしめなば男爵の心を煩さんことを恐れて之を秘し、 議會の終るを待ちて之を告けて徐ろに靜養せん覺悟なりし事は其重態となりて始めて夫人の語りしところに依りて知らる、 此間すらも夫人は男爵と晩餐の席を共にするや、 服裝を更むる間には數囘休息せずんば堪へ難き程の疲勞あるにも拘らず、男爵の容に接するや屹然として起󠄁ち少しも怠容を示さゞりしと云ふに至りては、 其如何に意志を以て疾病に對抗し來りしかを見るべし。思ふに男爵夫人は一身を以て夫に捧げしものにして余は未だ斯の如く崇高にして克己力ありし婦人を見ず、嗚呼夫人は實に理想的夫人なりしと云ふべし。


余は過去十八年間夫人の眷愛を受くること深く、余の一身寸分の進歩あるや夫人は實に之を喜び、余また夫人の眷愛に激勵せられ、一日も速に事業を遂󠄂げて夫人を喜ばさんと欲したりき、 然るに今や余の事業、未だ成らずして夫人既に逝󠄁く、余が中心の悲嘆それ如何ぞや、

茲に謹んで此書を夫人の靈前に供し余が感恩の微衷を表示す。

余が此書を著すや、江見水蔭君を煩はせしこと極めて多し。茲に此事を書して深く同君の勞を謝す。

大正七年四月二十七日

星一識


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https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/933081


『三十年後』星一(新潮社201591001円)

 星製薬・星薬科大学創立者が出版した幻のSF小説を、長男の星新一が要約、孫の星マリナが監修して、一世紀を経て特別限定復刊。

https://www.hoshishinichi.com/project/5.html

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<星薬科大学 星一 歴史資料館は、コチラ>

http://www.mikito.biz/archives/38382203.html


 これは星製薬のPR小冊子だったみたいだ。SF小説としては物語に不手際が多い、オチが製薬会社の手前味噌だと意見がある。宣伝として刷ったものだとすると、納得できる内容。

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