『シッダールタ』ヘッセ
一つの真理は常に、一面的である場合にだけ、表現され、ことばに包まれるのだ。
「これは石だ」と彼は戯れながら言った。「石はおそらく一定の時間のうちに土となるだろう。土から植物。あるいは動物、あるいは人間が生じるだろう。昔なら、私はこういっただろう『この石は単に石にすぎない。無価値で、迷いの世界に属している。だが、石は変化の循環の間に人間や精神にもなれるかもしれないから、そのゆえにこれにも価値を与える』。以前ならたぶん私はそう言っただろう。だが、今日では私はこう考える。この石は石である。動物でもあり、髪でもあり、仏陀でもある。私がこれをたっとび愛するのは、これがいつかあれやこれやになりうるだろうからではなく、ずっと前からそして常にいっさいがっさいであるからだ。──これが石であり、今日いま私に石として表れているが故にこそ、私はこれを愛した。
『シッダールタ』ヘルマン・ヘッセ,高橋健二(翻訳)より
ヘルマン・カール・ヘッセ(Hermann Hesse, Hermann Karl Hesse/1877年7月2日-1962年8月9日)
20世紀のドイツ文学を代表する文学者の一人。ドイツ南部のヴュルテンベルク王国カルフ出身(国籍はドイツとスイス)。様々な職に就きながら著述活動を行い、南ドイツの風物の中での穏やかな人間の生き方を描いた作品を数多く残した。また水彩画も手掛け、自身の絵を添えた詩文集なども発表。1946年にノーベル文学賞とゲーテ賞を受賞。
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