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2022年6月12日 (日)

『鬼畜』取材メモと創作ノート

 『鬼畜』松本清張メモ

×月×日

 おそろしき父。

①骨董商。妾をもつ。三人の子。商売不振で仕送りができない。

②妾、三人の子をつれてくる。本妻のヒス。三人の子を板の間に寝かせて夫婦はカヤの中にねる。女はにげる。

③赤ん坊にヒマシ油をのませ、衰弱させ、手を当てて窒息死させる。栄養不良死と医者は診断する。

④次女は東京に捨てる。二人片づく。妻はあとひとりを早く片づけろとせめる。

⑤長男は五つ。捨てても住所と名前を言う。米粒ほどの青酸カリを饅頭のアンにまぜてのませる。一時はなはだしく弱るがなおる。二度目は上野公園で、もなかを買い、有栖川宮銅像下で一つを食べさせ、一つに青酸カリを入れる。子は吐き出す。押しこもうとするが、通行人が見ているのでやめる。黄昏のうら寂しい風景と気持。

⑥妻せめる。江ノ島で、ボートを出し、顚覆を計る。自分は泳げないので、自信がない。それでも揺らぐ。かなしい努力。子供は泣く。付近に漁船。あきらめて帰る。妻怒る。

⑦海岸から突き落す。崖下にエビ舟があるので決心がつかない。夜にはいるのを待つ。子供、眠る。ほうる。その夜、松崎の宿にいるところを捕まる。終列車に遅れたばかりに。子供は松の木にひっかかって救われる。

⑧この父は在獄中に発狂死。母は、なお、在監中という。

*検事河井信太郎氏より聞いた話。『鬼畜』として『別冊文芸春秋』に発表。


「創作ノート」より

 職業的なことといえば、私たちの経験しない職業の中ではさまざまな材料が転がっていると思う。私は石版印刷屋のことをちょっと知っているが、今ではこの技術も古くなって、ほとんどが亜鉛板となっている。だが、ふた昔前までは、その原版はすべて、ドイツから輸入された石や、日本の大理石などで、これは水性を弾く性質をもっているので石版用に使われた。この原版の石に写された印刷模様は、一度、揮発油で表面を消し、さらに、それを磨石で削り落すのである。ところが、石の厚みが使用するにつれて擦り減らされてうすくなると、プレス機にかける際に割れてくるので、そのままに棄てられてしまうことがある。だが、これは、もう一度アラビヤゴムを引いてインキを盛ると、揮発油で消された模様が浮き上ってくるのだ。従って、一見、平凡で何もないように見えても、磨石で落されない限り、模様は潜在している。

 私は『鬼畜』でこれを使った。子供が石蹴りにその大理石の破片を使っているのだが、その破片の一つから、ある犯行場所の印刷屋が想定出来るようなレッテル模様が浮き上るという筋だ。こういう材料は、私たちの常識にない特殊な職業ではいろいろあるように思われる。

 職業というのは、ただ上辺から観察しただけでは分らないものだ。一度はそれを経験しないと、トリックとして思いつくような知識はもてないだろう。(松本清張)

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