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2022年9月25日 (日)

「その木戸を通って」山本周五郎

その木戸を通って

山本周五郎



 平松正四郎が事務をとっていると、老職部屋の若い付番つきばんが来て、平松さん田原さまがお呼びですと云った。正四郎は知らぬ顔で帳簿をしらべてい、若侍は側へ寄って同じことを繰り返した。

「おれのことか、なんだ」と正四郎が振向いた、「平松なんて云うから、――ああそうか」と彼は気がついて苦笑した、「平松はおれだったか、わかった、すぐまいりますと云ってくれ」

 正四郎は一と区切ついたところで筆を置き、田原権右衛門ごんえもんの部屋へいった。田原は中老の筆頭で、松山という書役になにか口述していたが、はいって来た正四郎を見ると口述を中止し、書役を去らせて、正四郎に坐れという手まねをした。正四郎は坐った。

「おまえはいつか、江戸のほうにあとくされはないと云ったな」と田原が訊きいた。

「はい、そう申しました」

「加島家と縁談の始まったときだ、覚えているか」

「はい、覚えています」

「私はおまえの行状を知っているから念を押して慥たしかめた、もしや江戸のほうに縁の切れてない女などがいはしないか、いるなら正直にいると云うがいいと、そうだろう」

 正四郎は頷うなずいた。彼の顔にはほんのかすかではあるが、不安そうな、おちつかない色があらわれたけれども、それはすぐに消えて、こんどは力づよく頷き、そして確信ありげに云った、「仰おっしゃるとおりです、それに相違ございません」

 田原権右衛門は口を片方へねじ下げたので、皺しわの多いその顔が、そちらへ歪ゆがみ、まるでべっかんこでもするようにみえた。

「では訊くが、いまおまえの家にいる娘は、どういう関係の者だ」

「私の家にですか」正四郎は唾をのんだ、「私の家には娘などおりませんが」

「いるから訊くんだ」

「それはなにかの間違いです」彼の語調はそこでちょっとよろめいた、「御承知のように、御勘定仕切の監査のため、私は三日まえからこの城中に詰め切っています、ですから、留守になにがあったかは知りませんが、三日まえに家を出るまでは」

「おまえの家に娘がいるのだ」田原はひそめた声できめつけた、「しかもそれを、加島どのの御息女が見て来られたのだ」

 正四郎は口をあいた、「――ともえどのがですか」

「ともえどのは昨日、おまえが非番だと思って訪ねてゆかれた」そこで田原はまた口を片方へねじ下げた、「手作りの牡丹ぼたんを持参され、おまえが城中へ詰めていると聞かれたので、家扶かふの吉塚よしづかに壺を出させ、おまえの居間へ活けて帰られた、そのとき見知らぬ娘がいるので、どういう者かと問い糺ただしたところ、吉塚助十郎はたいそう当惑し、すぐには返辞ができなかった、やがてしどろもどろに、主人を訪ねてまいったのだが、どこから来たとも云わず名もなのらない、もちろん自分も見たことのない顔である、と申したそうだ」

 正四郎の喉のどでこくっという音がし、眼には狼狽ろうばいの色があらわれた。

「それはなにかの間違いです」と彼は心もとなげに云った、「そんな女は私にも心当りはありませんし、下城したら早速」

 田原権右衛門は遮って云った、「加島家から厳重な抗議が来ている、もしそれがおまえとくされ縁のある女なら、縁談はとりやめになるからそう思え」

「そんなことはありません、間違いにきまっていますから、お役があきしだい下城して、なに者がどうしてそんなことをしたか、よくしらべたうえすぐお知らせにあがります」

「用はそれだけだ」と田原が云った。

 勘定仕切の監査は明くる日までかかった。そのあいだまる一日半という時間の経過が、正四郎にとってはもどかしいほど長く、またあまりに短く感じられた。早く事実を慥かめたい気持と、事実に当面するときを延ばしたい気持とが、表と裏から彼を責めたてたのである。

 ――たしかにおれは模範的人間じゃあない。

 謙遜けんそんして云うことがゆるされるなら、道楽者と呼ばれる類に属するかもしれない、と正四郎は思った。しかしおれは芯しんからの道楽者ではない。あやまちを犯したあとでは、もう二度とこんなことはやるまいと、自分に誓うくらいの良心は持っていた。他人は信じないかもしれないが、女と切れるときも、無情だったり卑怯ひきょうだったりしたことはなかった。別れるときにはするだけのことをして、きれいさっぱり別れたものだ。

 ――本当にそうか、そうでなかった例は一度もないか、本当にか。

 正四郎は考えこみ、それから、確信があるとは思えないような眼つきで、「ない」と心の中で呟つぶやいた。とすれば、訪ねて来て家にいるという女はなんだ。あの女はなに者だ、どういうわけのある女だ、おまえのなんだ。そう問い詰める田原権右衛門の声が、耳の中でがんがん響きわたるように思えた。

「平松さん」と勘定方の若侍が来て云った、「こちらの帳簿はもう済んだのでしょうか」

「ひら、――ああそうか、うん」と云って、正四郎は眼がさめたように首を振った、「それはまだ済まない、もう少し待ってくれ」

 野上というその勘定方の若侍は、声をひそめて云った、「なにか御心配なことでもあるのですか」

 正四郎は笑ってみせた。

「それならいいですが」と野上は云った、「下城したら石垣いしがき町の梅ノ井でお待ち申していると、村田どのからの伝言でございます」

 勘定仕切が終ると、慰労の宴をするのが毎年のしきたりであった。正四郎が監査役になってからあしかけ三年、去年も石垣町の梅ノ井で酒宴があり、彼は江戸仕込みの蘊蓄うんちくのほどをみせて喝采かっさいを博した。今年は勘定奉行が交代して、村田六兵衛という老人になった。偏屈で有名な人物だと聞いていたし、今日はそれどころではないので、正四郎はきっぱりと断わった。

「だめですって」と野上は訊き返した、「どうしてですか」

「どうしてとはなんだ」正四郎は思わず高い声になった、「理由を云わなければいけないのか」

 野上平馬は口をあき、なにやら云い訳めいたことを呟きながら、いそいで去った。

 監査役の元締もとじまりは次席家老沢田孝之進で、監査に当るのは十人、平松正四郎はその支配であった。すっかり終ったのが午後五時、沢田老職に報告を済ませると、正四郎はまっすぐに堰端せきばたの家へ帰った。



 田原権右衛門の云ったとおり、家にはその娘がいた。正四郎は娘に会うまえに、まず家扶の吉塚助十郎から仔細しさいを聞いた。

「一昨々日の午ひるまえでございました」と吉塚は話しだした、「玄関の内村がまいりまして、旦那さまに会いたいと、若い婦人が訪ねてみえたと申しますので、私はどきりと致しました」

 三人の家士や小者、召使たちはこの城下の者だが、吉塚助十郎とその妻のむらは江戸から伴つれて来た。正四郎の父は岩井勘解由かげゆといって、信濃守景之しなののかみかげゆきの側用人そばようにんであるが、吉塚は先代から岩井家に仕えてい、正四郎が国許くにもとへ来るに当り、父が選んで付けてよこした。したがって、江戸における正四郎の行状をよく知っているから、女が訪ねて来たと聞いて驚いたのも、むりではなかったかもしれない。

「挨拶に出てみますとまったく見覚えのない方で、主人はお役目のため両三日城中から戻らぬ、と私は申しました」と吉塚は続けた、「ことづけがあったら申伝えましょう、いずれのどなたさまですかと訊きましたが、黙って立っているだけで返辞をなさいません」

 娘の髪かたちやみなりは武家ふうであるが、見ると着物は泥だらけで、ところどころかぎ裂きができているし、髪の毛も乱れ、顔や手足にもかわいた泥が付いてい、履物は藁草履わらぞうりであった。

「なにかわけがあって来たのか、住居はどこかと繰り返し訊きましたが、ただ平松正四郎さまにお会いしたいと云うばかりで、そのうちにふらふらとそこへ倒れてしまいました」

「玄関でか」

「玄関でございます」と吉塚が云った。

 やむを得ないので座敷へ抱きあげ、妻のむらに介抱をさせた。飢と疲労で倒れたらしい、気がつくのを待って、風呂へ入れてやり、むらの着物を着せ、それから食事はと訊くと、黙って頷いたようすが、いじらしいほどひもじさを示していた。食事をさせたあとで少し横にならせよう、疲れが直ったら仔細がわかるだろうから。むらがそう云うので、吉塚はその娘を妻女に任せた。

「娘はむらの云うことをすなおに聞き、食事のあとで横になると、二刻あまりもよく眠りました」と吉塚が続けて云った、「――眼がさめたので洗面をさせ、鏡台の前へ坐らせたが、自分ではなにもしようともしません、そこで妻が髪を直してやりながらいろいろ訊いたそうです」

 だが娘は「正四郎に会う」ということ以外、なにも記憶していなかった。自分の家がどこにあるかも、自分の名さえもわからない。もちろん正四郎に会う目的もわかっていない、ということであった。

「おかしな話だ、くさいぞこれは」と正四郎は云った、「どこかにくさいところがある、なにかこれには裏があるぞ」

 吉塚助十郎はなにも云わなかった。

「その、――」と正四郎が訊いた、「加島のともえどのが来たとき、その娘を見たということだが、どこにいたんだ」

「お庭を歩いていたようです」と吉塚が答えた、「申上げたようなわけで、追い出すということもできません、貴方あなたがお帰りになればなにかわかるかと存じましたので」

 正四郎は手をあげて遮った、「それはいい、そんなことは構わないが、――こいつはうっかりするととんだことになるぞ」

「とにかく」と吉塚が云った、「お会いになってみてはいかがですか」

「よし会おう」ちょっと考えてから正四郎は頷いた、「客間へとおしておいてくれ」

 家扶が娘を案内したと云いに来てから、約四半刻ときして正四郎は客間へいった。そのまえに彼は次の間から、襖ふすまを少しあけて覗のぞいて見、まったく見覚えのない顔だということを慥かめた。

 ――誰かのいたずらか、罠わなだ。

 彼はそう思い、そんな手に乗るおれかと、些いささかきおいこんで客間へはいっていった。娘は十七か八くらいにみえた。ふっくりとした顔だちで、顎あごが二重にくびれ、眼も口も、小さく、鼻がほんの少ししゃくれている。躯からだも小柄のようであるし、肩もまるく小さかった。むらの物を借りたのであろう、地味な鼠色小紋の着物に、黒っぽい帯をしめ、頭には蒔絵まきえの櫛くしと、平打ちの銀の釵かんざしをさしていた。正四郎がこれだけのことを観察するあいだ、娘は眼を伏せたままじっと坐っていた。

「私が平松正四郎です」彼は切り口上で云った、「どういうご用ですか」

 娘は眼をあげて彼を見た。彼はその眼を強く見返した。娘の小さな眼がぼうとなり、小さな唇がわなないたとみると、膝ひざの上で両手を握りしめながら、やわらかにうなだれた。

「私は貴女あなたを知らない」と正四郎は云った、「貴女はこの私を知っていますか」

 娘はうなだれたまま、ゆっくりと、かすかにかぶりを振った。

「私が貴女を知らず、貴女も私を知らないのに」彼は容赦なく云った、「どうしてここへ訪ねて来られたのですか」



 娘はうなだれたまま、それが自分でもわからないのだ、と囁ささやくような声で答えた。正四郎は娘をみつめていた。芝居をしてもだめだ、こんな子供騙だましにひっかかるような正さまじゃあねえ、お門ちがいだと、心の中であざ笑いながら。たぶん泣きだすだろうと思ったが、娘は泣かなかった。

「どういうことなのでしょうか」と娘はゆったりとした口ぶりで云った、「平松正四郎さまというお名のほか、わたくしなにも覚えておりませんの、自分がどこから来たかも、なんという名であるかも、どうしてここへまいったかも、まるでものに憑つかれたか、夢でもみているような気持でございます」

「では私にもどうしようもないですね」正四郎は冷淡に云った、「――人を訪ねる約束がありますから、これで失礼します」

 そして彼は立ちあがった。

 家扶の吉塚は、どうだったか、と訊いた。正四郎はわからないと答えた。なにか曰いわくがあるに違いないが、どんなからくりなのか見当がつかない。いずれにしてもかかわらないほうがいいから、すぐこの家を出ていってもらえ、おれは田原へいって来る、と正四郎は云った。そして、そのまま家をでかけ、竹坂の田原家を訪ねて権右衛門に会った。

「申上げたとおりです」正四郎は昂然こうぜんと云った、「私の知らない娘ですし、娘のほうでも私を知りません、まったく関係のない人間でございます」

「それならいいが」と云いかけて、田原は訝いぶかしそうに彼を見た、「――娘のほうでもおまえを知らないって」

「はい、当人がそう申しました」

「おかしいじゃないか、知らない娘が知らないおまえになんの用があって来たんだ」

「それもわからないというわけです」

 正四郎は事情を語った。話の筋がとおらないので、田原権右衛門はなかなか納得しなかった。そこで正四郎は、誰かのいたずらか罠ではないかと思うと云った。――彼は岩井勘解由の三男に生れ、二十五歳まで部屋住であった。それが廃家になっていた平松を再興することになり、彼がその当主に選ばれた。平松は藩の名門で、旧禄きゅうろくは九百石あまり、家格は老職に属していた。再興された家禄はその半分の四百五十石、家格は参座さんざといって老職に次ぎ、老職に空席ができればそこへ直る位置にあった。

「そのうえ御城代の御息女と縁組ができたのですから、私に好意を持つ者ばかりはないでしょう」と彼は云った、「ことによると私が江戸にいたころの噂うわさを知っていて、いたずら半分に縁組だけでも破談にさせようと」

「ばかなことを」と田原は遮った、「仮にも侍たる者が、そんな卑しいまねをする筈はない、そんなことを想像するおまえ自身を恥じなければならん」

 国許は国許同志であいみ互いか、と正四郎は心の中で思った。

「はい、では私自身を恥じます」と彼は云った、「それと、娘はすぐに出てゆかせるように命じましたから、どうぞお含みおき下さい」

「覚えておこう」と田原は頷いた。

 田原権右衛門は昔から、父の勘解由と親しくつきあっている。そのため彼が江戸から来ると、父の依頼で監督者のような立場になった。城代家老の加島大学が、娘を遣やろうと云いだしたのも、権右衛門の奔走らしいし、ともえという加島の娘も、彼はたいそう気にいっており、たとえば彼女が足軽の娘であっても、ぜひ妻に貰いたいと思うくらいで、正四郎は大いに田原老職に恩義を感じていたのであるが、こんどの出来事でその熱が少しさめた。城中で呼びつけたときの態度も冷たかったし、今日はまた面と向って、「自分を恥じろ」とまで云った。彼としては、あいそ笑いをしているところへ水でもぶちかけられたようなぐあいで、少なからずむっとせざるを得なかったのである。

「国許の人間は聖人君子ばかり、とでも云いたげな口ぶりじゃないか」外へ出ると正四郎はいまいましげに呟いた、「誰かのいやがらせでなくってどうしてこんなことが起こるんだ、江戸ならもうちっと気のきいた手を打つぜ、へっ、田舎者はすることまで間拍子が合やあしねえや」

 正四郎は唾を吐き、すると、空腹なことに気がついた。よし、梅ノ井へいってやろう、と彼は思った。慰労の宴はちょうど活気づいたじぶんだろう、でかけていって暴あばれ飲みをしてやるか、そう思って彼は石垣町のほうへいそいだ。――正四郎はよく飲み、よくうたい、よく踊った。一座の中に敵でもいるような挑戦的な気分で、騒ぐだけ騒いだうえ酔い潰つぶれてしまい、勘定方の者二人に、家まで担がれるようにして帰ったそうであるが、自分では殆んど覚えがなかった。

 翌朝、眼がさめてみると、雨が降っていた。三日間は慰労のため非番なので、誰も起こしに来ないのをいいことに、もう一と眠りと思ったが、酔いざめの水を飲んでいるうちに、ひょいと顔をあげ、そのまま、なにを見るともなく眸子ひとみを凝らしていた。そうか、とやがて彼は呟いた。そうだ、そうすればよかった、そうすればからくりがわかったんだ。そして彼は勢いよく起きあがり、寝衣ねまきのまま家扶の部屋へいった。

 吉塚助十郎は茶を飲んでいた。

「あの娘はどうした」と正四郎はいきなり訊いた、「追い出してしまったか」

 吉塚は湯呑を置いて、「それが、その」と口ごもって云った、「着物のかぎ裂きなどを繕っておりましたので、まだその」

「よし、それでよし」と彼は云った、「そのほうがよかったんだ、ちょっと考えたことがあるから、追い出すのは夕方にしてくれ、どいつの仕業かおれがつきとめてやる」

 不審そうな顔をする吉塚助十郎に、彼はなにごとか囁き、寝間へ戻って横になった。正四郎は午ちょっとまえに起き、食事をしてまた寝間へはいった。五日間の疲れもあったし、これから自分のすることについて、充分に検討しておきたかったからである。――問題は簡単なのでいつか眠ってしまい、吉塚に起こされたのは三時過ぎであった。雨はさかんに降っており、助十郎は浮かない顔をしていた。娘は本当にゆく先がないらしい、どうも追い出すのは気が咎とがめる、と云う。もし許してくれるなら、自分たち夫婦で暫く面倒をみてやりたい、などとも云った。

「だめだ、そこが向うの覘ねらいなんだ」と彼は首を振った、「そんなことをすれば田原に疑われて、加島さんとの縁組がこわれてしまう、いいからおれの云うとおりにしろ」

 吉塚は、「たのもしからぬお人だ」とでも云いたげに正四郎を見、それから、蓑みのも笠かさも揃そろえてあると云った。

 それからまもなく、正四郎は蓑を着、筍笠たけのこがさをかぶり、尻端折しりっぱしょりのから脛ずねに草鞋わらじばきで、家から一丁ほどはなれた、道の辻つじに立っていた。三月下旬だから寒くはない。脇差だけ一本、蓑から出ないように鐺下こじりさがりに差し、横眼で自分の家のほうを見張っていると、やがて門の外へ娘が出て来た。

「いい雨だ」と彼は呟いた、「この降りのなかでは芝居もそう長くは続かないだろう、さあ始めてくれ」

 吉塚夫妻の世話だろう、娘は雨合羽あまがっぱを着、脚絆きゃはんに草鞋ばきで、背中へ斜めに小さな包を結びつけ、唐傘からかさをさしていた。門から出たところで、ちょっと左右を眺め、すぐにこっちへ歩いて来た。正四郎は辻へはいってやりすごし、そうして、十間ばかりあいだをおいてあとを跟つけた。

 娘は大手筋を左へ曲り、そのまま城下町をぬけて、畦道あぜみちを本街道のほうへ歩いていった。いそぐようすもなく、立停りもしなかった。左右を見るとか、振返るということもない。同じ足どりで、なにか眼に見えないものにでも導かれるように、まっすぐに歩いて行くのである。井倉川の橋を渡り、島田新田も過ぎ、あたりは黄昏たそがれ始めた。

「おい、どうするつもりだ」正四郎は口の中で云った、「まだ芝居を続ける気か、それともなかまがそっちにいるのか」

 朝からの強い雨で、往来の人も殆んどない。ときたま馬を曳ひいた農夫などと会うが、娘はそれも眼に入らぬというふうで、ますます昏くらくなる雨の道を歩き続けるのであった。正四郎は首をかしげた。おれが跟けていることを勘づいたのかな、いや、そうは思えない。それなら少なくともそぶりでわかる、とすると、なにもわからないと云うのが本当なのか。彼は高頬たかほおの、笠の紐ひもの当っているところへ、指を入れて掻かいた。

「まあ待て」と彼は自分に云った、「もう少しようすをみよう」



 城下町から約一里半、まもなく本街道へ出ようとするところで、娘は道の脇にある観音堂へはいっていった。痩やせた松が五六本と、石碑のようなものが三つ建っているだけで、堂守りもいないという小さなものであるが、それでも縁側へあがれば雨をよけることはできた。――正四郎は通りすぎながら、娘が屋根の下へはいり、傘をすぼめるのを見、二丁ばかりいってから引返して来ると、娘に気づかれないように、その堂の横から裏へまわって、これも屋根の下へ身をひそめた。

「よく降りゃあがるな」彼は身ぶるいをしながら呟いた、「いつになったらあがるんだ、こいつはひでえことになりやがったぞ」

 さっきは有難い雨だと思ったが、事が少しも進展せず、日昏ひぐれとともに気温もさがり始め、しかもこう降りどおしに降られてみると、芯まで水浸しになったようで、いきごんでいた気持もどうやら挫くじけかかって来た。娘はなにをしているのか、――彼は足音をぬすみながら、ごくゆっくりと前のほうへまわっていった。そしてかぶっている笠をぬぎ、堂の角からそっと覗いて見た。娘は縁側に腰をかけ、両肱ひじを膝ひざに突き、顔を手で掩おおっていた。よく見ると、躯が小刻みにふるえてる、かすかに「おかあさま」と云うのが聞えた。泣いているのだろう、その声は鼻に詰って、いかにも弱よわしく、そして絶望的なひびきを持っていた。

 ――これも芝居なのか。

 ここまで芝居を続けるということが考えられるか。自分にこう問いかけながら、正四郎は胃のあたりにするどい痛みがはしるのを感じた。

「おかあさま」と咽むせびあげる娘の声が聞えた、「――おかあさま」

 正四郎は笠をかぶり、紐をしめた。そのとき道のほうで男の声がし、濃くなった黄昏の雨の中で、二人の男がこっちを見て立停った。正四郎はすばやくうしろへさがり、二人の男は道からこっちへ近よって来た。

 ――なかまか。

 娘のなかまかと思い、ようすをうかがっていると、男たちの娘に話しかける声が聞えた。どちらも酔っているらしい、言葉つきから察すると、馬子まごか駕籠舁かごかきのように思えた。

「ねえちゃんどうしたね」と一人が云った、「こんなところにいまじぶんなにをしているんだ、旅装束でこんなところにぼんやりしていて、伴れでも待ってるのかい」

「え、――なんだって」ともう一人が云った、「もっと大きな声で云わなくちゃわかりゃしねえ、どうしたってんだ」

 それからまをおいて、「おめえ家出をして来たのか」とか、「娘一人じゃあ危ねえ」とか、「おれたちがいい宿へ案内してやろう」などと云うのが聞えた。娘の言葉はなにも聞えなかったが、どうやら二人に説き伏せられたもようなので、正四郎はそっちへ出ていった。男たちは頭から雨合羽をかぶってい、一人が娘の手を取り、他の一人が傘をひろげていた。

「おい待て、それはおれの伴れだぞ」と彼は呼びかけた、「きさまたちなに者だ」

 男たちはとびあがりそうになった。

「吃驚びっくりするじゃねえか、おどかすな」と傘を持った男が吃どもりながら云った、「そう云うてめえこそ誰だ」

「その娘の伴れだ」

「ふざけるな」と娘の手を取っている男がどなり返した、「伴れならどうして放っぽりだしにしておくんだ、いまごろのこのこ出て来やあがって、てめえこの娘をかどわかそうとでもいうつもりだろう」

「そうだ、そんなこんたんにちげえねえ」と傘を持った男が云った、「娘さん、おめえこの男を知っていなさるのか」

 娘は脇のほうを向いたままで、そっとかぶりを振った。

「私だぞ」と正四郎が呼びかけた、「平松正四郎だ、忘れたのか」

「いいかげんにしろ、娘さんは知らねえって云ってるじゃねえか」と傘を持った男が遮った、「おれたちは本宿の駕籠徳の者で、おれは源次こっちは六三、街道筋ではちっとばかり名を知られた人間だ、へんなまねをしやあがるとただあおかねえぞ」

「そうか、駕籠徳の者か」と云って正四郎は笠をぬいだ、「それならこの顔を覚えているだろう、おれは城下の堰端にいる平松正四郎だ」

 二人の男は沈黙した。夕闇のほの明りではあるが、正四郎の顔ぐらいは判別がつく。六三という男がまず、握っていた娘の手を放しながら「旦那だ」と呟いた。

「おい源次、いけねえ」と六三が慌てた声で、手を振りながら云った、「堰端の平松さまだ、こりゃあとんでもねえまちげえだぜ」

「おめえ知ってるのか」

「うちのごひいきの旦那だ」六三はまた手を振り、正四郎に向っておじぎをした、「まことにどうも申し訳ありません、おみなりが変っているんで気がつきませんでした、わかればあんなきざなことは申上げなかったんで、へえ、やい源次、てめえも早くあやまらねえか」

「いや、わかればいいんだ」と正四郎は頷いた、「街道筋で名を知られたあにいたちにあやまらせる事は罪だからな」

「ひらに、どうかひらに」六三は頭へ手をやりながらおじぎをした、「このとおりですからどうか勘弁してやっておくんなさい」

「しかし、どうして」と源次がまだ不審そうに云った、「どうしてこの、旦那のお伴れは旦那を知らねえと云ったんですかね」

「それはおれにもわからない」と正四郎が云った、「この娘にはちょっとこみいった仔細があって、一と口で話すことはできないが、おれがかどわかしでないことだけは証明できると思う」

 そして彼は娘のほうへ近よった。

「どうして私を知らないと云うんだ」と彼は娘に云った、「私が平松正四郎だということを忘れたのか」

 娘はうなだれたまま答えなかった。

「本当に私を知らないのか――」

「わたくしは」と娘は低い声で云った、「――わたくしがいては、平松さまの御迷惑になると、うかがいましたので」

 とぎれとぎれの、低く細い声であった。吉塚が話したのであろう、彼女がいては加島家との縁組に故障ができる、そう云って因果をふくめたに違いない。正四郎は顔を仰向けて深い呼吸をした。

「その話はあとのことだ」と彼は感情を抑えた口ぶりで云った、「いっしょに家へ帰ってくれ、私が頼む、帰っておくれ」

 娘は答えなかった。

「旦那の仰しゃるようにしたらいいでしょう」と六三が娘に云った、「こんな雨でもあるし、うろうろしているととんでもねえことになりますぜ」




 それから七日経って、正四郎は田原権右衛門の自宅へ呼びつけられた。田原家のある竹坂というのは町名で、実際には坂というほどの勾配こうばいはないのだが、そのゆるやかな坂道は赭土あかつちなので、ちょっと雨が降ってもひどいぬかるみになる。そのときもまえの雨ですっかりこね返されてい、田原家へ着くまでには汗まみれになっていたし、背中まで泥がはねていた。

 田原権右衛門の話は、予期したとおりあの娘のことであった。正四郎は事情をよく語り、家扶夫妻も望むので、二人に預けて世話をさせていると答えた。黙って、ふきげんに聞いていた田原は、廊下越しに庭のほうを眺めながら、無表情に云った。

「それがおまえの申し訳か」

「私は」と彼は云った、「事実を申上げているのです」

「噂はすっかり弘ひろまっている、本宿のほうでも評判になっているそうだが、加島家へはどう挨拶するつもりだ」

「これはわたくしごとで、加島家とはなんの関係もありません、したがって、べつに挨拶をするとか弁明をする、などという筋合はないと思うのです」と彼は云った、「あの娘は自分の家も知らず、ゆく先も、自分の名さえも覚えていません」

「それはもう聞いた」

「雨に降りこめられた夕闇の辻堂の中で」と彼は口早に続けた、「その夜の泊りもわからず、途方にくれて泣きながら、おかあさまと呼んでいる姿をごらんになったら、貴方にも見ぬふりはできないことでしょう」

「加島家から苦情が来ている」田原はまた庭のほうを見た、「その娘がまったく縁もゆかりもないのなら、そんな者のために大切な縁談をこわすことはない、もういちど私が口をきくから、娘はすぐ家から出てゆかせるがいい」

 正四郎は額をあげて云った、「私には、あの娘を追い出すことはできません」

「そんなことを云い切っていいのか」

「私にはできません、理由はわかりませんが、とにかく私一人を頼みにして来た、ほかに頼る者がいないのですから」

 田原権右衛門は暫くして云った、「――では、加島家のほうは破談にしよう」

「やむを得ません」と彼は云った、「これだけの事情をわかって頂けないとすれば、私としてもお心のままにと申上げるほかはありません」

「わかった、用事はこれだけだ」

 正四郎は田原家を辞した。

 彼は自分が正当だと信じているわけではない。世間一般からみれば、婚約者のある者が身許の知れない娘を、家に置くというのは非難されることかもしれないと思う。しかしこの場合は事情が違うのである。その事情の特殊な点を理解しようとせず、ただ世評や面目だけにこだわるとすれば、かれらのほうこそ非難されるべきではないか、と正四郎は思った。

「城代の娘を貰ったってなんだ」と彼はいきごんで呟いた、「女房の縁で出世をする、などと云われるくらいがおちじゃないか、こっちでまっぴらだ」

 鮮やかな印象に残っているともえの、美しく賢さかしげな姿を掻き消そうとでもするように、正四郎は顔をしかめながら強く首を振るのであった。

 吉塚の妻女のむらは、娘にふさという仮の名を付けた。江戸で嫁にやった自分の娘の名であるが、たいそう気性もよく、嫁にいったさきでもずっと仕合せになっているから、娘にあやかるようにと思って付けた、ということであった。――吉塚夫妻には喜兵衛という子があり、結婚して孫も一人できたが、これは江戸小姓役を勤めており、こちらでは夫婦だけのくらしなので、娘の世話をすることはたのしみのようであった。ことに妻女のむらは娘を哀れがり、身のまわりの面倒をみてやりながら、どうかして彼女の記憶をよびさまそうと、辛抱づよくいろいろとこころみたらしい。幾人かの医者にも診察させてみたり、篠山しのやまというところの、権現滝にも打たせたりしたそうであるが、なにをやってみても効果はあらわれなかった。

「俗に神隠しとか、天狗てんぐに掠さらわれる、などということを申します」と或るとき吉塚が云った、「つい数年まえの話ですが、江戸の者が一夜で加賀の金沢へいった、自分ではなにも知らず、気がついてみると金沢城下で、日を慥かめたところ昨夜の今朝だった、ということです」

「うん」と彼は頷いた、「真偽はわからないが、その話は聞いたことがある」

「ほかにも大阪の者が知らぬまに長崎へいっているとか、いま座敷にいたと思った者が、そのまま行方知れずになって、何十年も戻らなかった、などという話がずいぶんございます、あの娘もそういう災難にあったのではないかと思いますが」

「そんなことが現実にあろうとは思えないけれども、――言葉の訛なまりなどで見当はつかないだろうか」

「言葉は江戸のようですが」と吉塚は首をかしげた、「しかし武家では、多少なりともその領地の訛りがうつりますし、それが江戸言葉と混り合いますから、どこの訛りという判断はむずかしかろうと存じます」

「では時期の来るのを待つだけだな」

「あるいは」と吉塚は主人の気持をさぐるように云った、「このままなにも思いださずに終るかもしれません」

 正四郎はなにも云わなかった。

 秋になるまで、正四郎はともえと三度、道の上で出会った。彼は思い切ったつもりでいながら、心の底には充分みれんがあったので、目礼をするときには、自分で顔の赤くなるのがわかった。ともえは三度とも盛装で、ひときわ美しく、小者と侍女を伴れていたが、彼の目礼をまったく無視し、路傍の人を見るほどの眼つきもせずに歩み去った。彼は恥ずかしさと屈辱のために、もっと赤くなり、汗をかいた。

「これでいいだろう」三度めのときに、彼は自分で頷いた、「うん、もうこれでいい、これできれいさっぱりだ」

 そのころから、彼の身のまわりのことはふさが受持つようになった。正四郎にとっても、母親のようなむらより、若いふさのほうがよかったし、ふさはまた極めて早く、彼の気ごころや好みを理解していった。あとで考えると、吉塚夫妻がそのように躾けたらしいが、彼に仕えるふさの態度は、殆んど献身的といってもいいもので、彼はまたそんなにもおれが頼りなのかと思い、いじらしいという感情が、しだいに強くなるばかりであった。

「ふさどのはよほどお育ちがよいようでございますな」と吉塚が云った、「気性もしっかりしておられるし、挙措きょそ動作も優雅で、手蹟しゅせきのみごとなことはちょっと類のないくらいです」



 吉塚夫妻だけでなく家の者たちみんなが、いつからかふさに敬称を付けるようになった、ということに、そのとき初めて正四郎は気がついた。

「あれで身許さえはっきりしていれば」と吉塚はさらに続けた、「どんな大身たいしんへ輿入こしいれをされても、決して恥ずかしくないでしょう、まことに惜しいようなお人柄です」

 家扶かふがなにを云いたがっているか、正四郎にはもう察しがついていた。

「つまり」と彼は云った、「おれにふさを貰えということか」

「それはいかがでございますかな」吉塚は考えぶかそうに云った、「御当家は名門ですし、ふさどのは身許のわからない方ですから、貴方がそのおつもりでも、おそらく老臣がたがお許しにはなるまいと思います」

「老臣がた――」彼の眼が光った、それは紛れもなく敵意と反抗をあらわしていた、「ふん」と彼は冷笑した、「名門といったところで、平松は廃家になっていたものだし、おれはその養子にすぎないじゃないか、嫁選びに干渉されるほどの家柄でもないだろう」

 こうして正四郎の気持は、田原権右衛門やともえに対する反抗から、動きだしたようであった。もちろんふさが好きでなかったら、そうむきにはならなかったであろう。彼女がいつ過去のことを思いだすかわからないし、そのとき事情がどう変るかも予測はつかない。そんな不安定な立場の者を娶めとるというのは冒険である。だが正四郎はいさましく、しかも田原権右衛門にぶつかっていった。

 ――吃驚びっくりして腰でもぬかすな。

 こう思って正面から斬り込んだ。娘にふさという名を付けたこと、自分はふさを妻に直すつもりであること、ついてはふさを田原家の養女にしてもらいたいこと、などを挑戦的な口ぶりで申述べた。あたまからどなりつけられ、拒絶されるものと覚悟をしていたのであるが、田原はどなりもせず、腰をぬかすほど驚きもしなかった。話し終るまで黙って聞いていたし、話が終ってからも暫く黙っていた。その顔には困惑の色がみえたけれども、怒ったようすは少しもなかった。

「ちょっとむずかしいな」やがて田原は静かに云った、「加島家のほうが破談になってまだまがないし、この十二月には殿の御帰国で勘解由どのも供をして来られるから、そのとき相談のうえということにしてはどうか」

 正四郎はちょっとわくわくした。

「それでも結構ですが」と彼は云った、「――貴方の御意見はどうでしょうか」

「おれの意見」と云って田原は屹きっと彼をにらんだ、「おれの意見によっては思案を変えるとでもいうのか」

 正四郎は言葉に詰った。田原権右衛門の態度が予想を裏切って、殆んど好意を示すようにみえたため、うれしくなってつい失言してしまった。だらしのないやつだ、まるで追従ついしょうじゃないか、と彼は自分に舌打ちをした。

「口がすべりました」彼はいさぎよく低頭して云った、「仰しゃるとおり父が来るまで待ちます、いま申上げたことはお忘れ下さい」

 彼は明るい気分で田原家を出た。

 十二月十日に藩主が帰国し、側用人である父の勘解由もその供をして来た。そうして田原と父と話しあった結果、ふさを娶るということは正式に認められ、年が明けて二月八日に祝言がおこなわれた。ふさは田原家の養女となり、仲人は中老の沢橋八郎兵衛であった。――祝言から二日めのことであるが、勘解由は正四郎を呼んで、おてまえほど親にさからうやつはない、と怒った。よく聞いてみると、加島家との縁談は父の奔走によるもので、田原は取次をしたにすぎない、ということであった。

「加島家と親族になることは、おまえの将来にどれほど役立つかわからない」と父は云った、「おまえはたぶん、妻の縁故で出世するなどとは恥辱だとでも思ったのだろうが、そんな青くさい考えでは、平松という名門の家を再興させることはむずかしいぞ」

 正四郎は黙っていた。問題がこうなったのは自分の責任ではない、自分はともえを貰いたかったのだ、そう云おうとしたが、いまさら弁解したところでどうなるものでもなし、いまではふさを愛してい、現に結婚したという事実があるので、黙って小言を聞くよりしようがないと思った。

「ふさとの結婚も、田原が熱心にすすめたから承知したのだ」と勘解由は云った、「そこをよく考えて、これからのち家中かちゅうのもの笑いにならぬよう、しっかりやらなければいけないぞ」

 正四郎は黙って辞儀をした。

 ふさとの生活は順調にいった。勘解由は城中に寝泊りしていたが、十日に一度くらいの割で訪ねて来、ごく稀まれに泊ってゆくというふうであったが、十日に一度が七日に一度となり、夏のころには五日め三日めと、だんだん訪ねて来る度数が多くなったし、泊ってゆく例も多くなるばかりだった。――口には出さないが、よほどふさが気にいったようすで、来るとふさを側からはなさず、夕餉ゆうげのあとで酒を飲みだしたりすると、酌をさせながらいい機嫌に話し興じて、寝るのも忘れるというようなことさえしばしばあった。

「父上、もう四つ半(十一時)を過ぎましたよ」とがまんを切らして正四郎が云う、「朝が早いんですからこのくらいにしておいて下さい」

「おれに遠慮するな」と勘解由は手を振る、「おまえは構わず寝てしまえ、おれはもう少し飲むからふさは借りて置くぞ」

 ふさは特にもてなしがうまいというわけではない。背丈のやや高い躯つきも、剃そりあとの霞かすんでいるような眉や、ふっくりとくびれた顎のめだつ顔つきも、おっとりとしめやかで、立ち居や口のききかたは、むしろ間伸びがしているといってもよかった。吉塚助十郎が「優雅だ」と云ったのはそういうところをさしたのであろう。見馴れるにつれて、その間伸びのした動作や口ぶりが、こちらの気持までゆったりとおちつかせ、なごやかにさせるようであった。初めに吉塚夫妻、次に家士や小者たち、そして勘解由までが彼女に惹ひかれたのも、そういう点に魅力を感じたからに相違ない。父がふさを相手に、飲みながら話し飽かないようすは、みるからにたのしそうで、正四郎は思いがけない孝行をしているような、誇りかな気分を味わうのであった。

 十月下旬、信濃守景之は参覲さんきんで出府し、勘解由もその供をして去ったが、出立のまえの日に訪ねて来て、ふさに「世話になった」とかなり多額な餞別せんべつを与え、また正四郎を呼んで、ふさを大事にしろと云った。

「おまえなどには勿体もったいないような嫁だぞ」と勘解由は云った、「――こんど来るときには孫の顔を見せてくれ」



 勘解由にはもう孫が一人あった。江戸にいる長男、幸二郎の子で鶴之助つるのすけといい、もう三歳になったのである。したがって、「こんど来たときは孫の顔を見せてくれ」という言葉はふさに対する愛情の深さを示すものだ、と正四郎は思った。

 十一月に加島家のともえが結婚した。相手は納戸奉行なんどぶぎょうの長男で、渡辺幾久馬きくまといった。彼は結婚するとまもなく、江戸詰の中小姓にあげられ、夫妻そろって城下を去った。それから初めて、田原権右衛門が正四郎とふさを自宅へ招き、自分も平松家へ訪ねて来るようになった。

「破談にした責任があるからな」と田原は苦笑しながら云った、「ともえどのが嫁とつぐまでは、往来を遠慮するほうがいいと思ったのだ」

 それは田原へ二人が招かれたときのことであるが、さも肩の荷をおろしたというような権右衛門のようすを見て、正四郎はいつか父の云ったことを思いだし、腑ふにおちないので訊いてみた。

「父は貴方がふさをすすめて下すったように云っていましたが、本当ですか」

「それがどうかしたか」

「私は――」と彼はちょっとまごついた、「私は貴方が怒っていらっしゃるとばかり思っていました」

 権右衛門はあいまいに笑った、「ふさのような娘をもし追い出していたら、そのときこそおれは本当に怒っただろう」

「しかし貴方はまだ、ふさを御存じなかった筈ですがね」

「まあいい、飲め」と田原は云った。

 どうも納得のいかないところがあるので、帰宅してから吉塚助十郎に訊いてみた。そしてわかったことは、正四郎が登城している留守に、田原が訪ねて来てふさに会い、初対面ですっかり気にいったのだという。そのときの口ぶりでは、ともえとの縁組には初めから反対で、城代家老の女婿むすめむこになるなどとはつまらぬやつだ、ともらしたそうであった。正四郎はそれを聞いて唸うなった。

「それでは、あのとき怒ったのは体裁をつくるためだったのか」と彼は云った、「――いやなじじいだな」

 いやなじじいなどとは云ったが、ここでもふさが人に好かれるということを慥たしかめて、彼は少なからず気をよくし、田原が訪ねて来るとできる限り歓待した。

 年があけるとすぐ、吉塚の妻がふさの懐妊したことを告げた。彼はしめたと思った。これでまた父によろこんでもらえるぞ、――そう思っていたとき、それまでの幸福な生活に、初めて不吉な影がさした。正月下旬の或る夜半、寝所の襖ふすまがあいたので眼をさますと、寝衣ねまき姿でふさがはいって来た。妻のほうからおとずれるという例はなかったので、「どうかしたか」と彼は呼びかけた。ふさはその声が聞えなかったらしく、黙って戸納とだなのところへゆき、その前で立停った。

「ふさ」と彼はまた云った、「どうかしたのか」

 ふさはじっと立っていて、それから口の中でそっと呟いた。

「お寝間から、こちらへ出て、ここが廊下になっていて」ふさは片手をゆらりと振り、なにかを思いだそうとして首をかしげた、「――廊下のここに、杉戸があって、それから」

 正四郎はぞっとした。冷たい手でふいに背筋を撫なでられでもしたように、肌が粟立あわだつのをはっきりと感じ、われ知らず立ちあがって妻のほうへいった。ふさは過去のことを思いだしたのだ、と彼は直感した。その「過去」はふさを彼から奪い取るかもしれない、それを思いださせてはならない。彼はそう思って妻の肩へ手を置き、そっと囁くように云った。

「ふさ、眼をさませ」と彼は云った、「おまえ夢をみているんだ」

 ふさはゆっくりと振返った。その顔はいつものふさのようではなかった。壁の表面のように平たく、無表情で、その眼はまるで見知らぬ他人を見るような、よそよそしい色を帯びていた。正四郎はまたぞっと総毛立った。

「ふさ」彼は妻の肩を掴つかんでゆすった、「眼をさませ、ふさ、おれだぞ」

 するとふさの顔がゆるみ、全身の緊張のゆるむのがわかった。彼女はしなやかに良人おっとの胸へ凭もたれかかり、いかにも安堵あんどしたように溜息ためいきをもらした。

「わたくしどうしたのでしょう」

「こんなに冷えてしまった」彼は妻の背を撫でながら云った、「風邪をひくといけない、ここでいっしょに寝ておいで」

「わたくしなにか致しまして」

「なんでもないよ」彼は自分の夜具の中へ妻と横になり、じっと抱き緊めながら云った、「なにもしやあしない、夢をみていただけだ」

 ふさは良人の腕の中で頷うなずき、まもなく静かな寝息をたてて眠った。

 ――躯の変調のためだ。

 妊娠したために、躯の調子が狂ったのであろう。正四郎はそう思ったが、その夜の出来事は忘れられなかった。ふさは紛れもなく過去のことを思いだしたのだ。寝間をこっちへ出て、廊下のここに杉戸があって、――そう呟つぶやきながら首をかしげていた姿は、まえに住んでいた家の間取を思いだしたのに相違ない。そして、あの面おも変りのした顔と、他人を見るような冷やかな眼、――あのとき妻は過去の中にいたのだ。そんなことはないと、いくら否定してみても、自分の直感した事実は動かしようがなかった。

「いつかまた同じようなことが起こる」と彼は呟く、「こんどはもっとはっきりと、過去のすべてを思いだすかもしれない」

 家にいても、登城していても、当分はそのことが頭から去らず、夜半に眼をさまして、そっと妻の寝所を覗いたことも幾たびかあった。そんなことが三十日ほど続くと、やがて彼も肚はらをきめた。

「いいじゃないか」と彼は自分に云った、「思いだした過去がどうであろうと、こっちはもう結婚してしまったし、身ごもってさえいるんだ、条件がどんなに悪くとも、この生活を毀こわすことができるものか」

 正四郎は力んだ気持で、どんな相手があらわれようと決してあとへはひかぬぞ、と思った。

 その後はなにごともなかった。ふさの躯は順調で、ちょっと夏痩せはしたが、秋になるとすっかり健康を恢復かいふくし、十月中旬に女の児を産んだ。赤児も丈夫だし、母躰にも異状はなかった。ふさは恥ずかしそうに、女の子ではお父さまががっかりなさるでしょう、と云った。正四郎は首を振って、江戸には男の孫があるから、女の子のほうが却かえってよろこぶだろう、と云った。――父の来るまで出産のことは知らせずにおくつもりだったが、信濃守景之が寺社奉行に任ぜられたため、父の来られないことがわかったので、半月ほどおくれたが、手紙で出産のことを知らせた。



 子供には正四郎の母の名をもらってゆかと付けた。

「いいお名だこと」ふさはうれしそうに、産褥さんじょくで赤児に頬ずりをした、「――ゆかさん、可愛いきれいなゆかさん、お丈夫に育ってちょうだいね」

 正四郎は枕許に坐って、涙ぐんだような眼つきで、そのようすを眺めていた。

 穏やかに日は経っていった。ふさの肥立ひだちは好調で、乳も余るほど出たし、その翌年の三月、ゆかは麻疹はしかにかかったが、それも無事に済んだ。江戸の父からは「ゆかのようすを知らせろ」とうるさいほど云って来、母はふさに宛てて、子の育てかたを繰り返し書いてよこした。田原権右衛門もよく訪ねて来、これはまだ孫に恵まれないためだろう、危なっかしい手つきで抱いて、庭の中を飽きずに歩きまわったりした。

 八月十五日の夜、正四郎は妻とゆかとの三人で月見をした。庭の芝生へ毛氈もうせんを敷き、月見の飾り物を前に酒肴しゅこうの膳ぜんを置いた。雪洞ぼんぼりをその左右に、蚊遣かやりを焚たかせ、正四郎もふさも浴衣にくつろいで坐った。かた言を云い始めたゆかは、屋外の食事が珍しいので、母と父の膝を往き来しながら上機嫌にはしゃぎ飾り物の団子だんごをたべるのだと、だだをこねて泣いたりした。これは明日焼いてたべるものだ、と正四郎がなだめると、ゆかはつんとして、「たあたまはあたらとちりろだ」などと云った。

「あたらとちりろとはなんだ」と彼は妻に訊いた。

「さあ、なんでしょうか」ふさはやわらかに微笑した、「田原さまがなにかお教えになったのでしょう、わたくし存じませんわ」

 年寄は面白がって子供にかた言を云わせたがる、困ったものだと思ったが、彼は口には出さなかった。

 平松家の庭はかなり広い、正面が松林のある丘で、その上に登ると城がよく見える。百坪ばかりの芝生には、ところどころ刈込んだ玉檜ひのきの植込があり、そこから右は梅林で、梅林の先は板塀になっていた。――月は松林の左の端から出た。空には雲が多いので、昇るとまもなく雲に隠れたが、青白く染まった雲が、黒い松林を鮮やかに映しだすさまも、一つの眺めであった。月が昇るとまもなく、ゆかがうとうとし始めたので、ふさは寝かしに伴れていった。

 正四郎は独りで飲んでいたが、やがて、芝生で鳴く虫の声が止ったので、振返ってみるとふさが戻って来た。右手に銚子ちょうしを持って、いつものゆったりとした足どりで近よって来たが、ついそこまで来ると、ふと足を停めた。そのとき雲から月がぬけだして、ふさの顔が明るく浮きあがって見え、正四郎は持っている盃さかずきをとり落しそうになった。

 ――あの晩の顔だ。

 ふさの顔は面変りをして硬ばり、大きくみひらかれた眼はなにかを捜し求めるように、庭の一点を凝視していた。正四郎は黙って、妻のようすを見まもった。耳の中で血がどっどっと脈搏うち、口をあかなければ呼吸ができなかった。ふさは歩きだした。梅林のほうへ向って、一歩ずつ拾うように、――正四郎も立ちあがり、はだしのまま妻のうしろから跟いていった。二十歩ばかりゆくとふさはまた立停った。

「これが笹の道で」とふさは呟いた、「そしてこの向うに、木戸があって――」

 正四郎がそっと囁ささやいた、「さあ、それからさきを思いだすんだ、さあ、その木戸の外はどうなっている」

 ふさは身動きもせず、口をつぐんだままじっと立っていた。

「ふさ――」彼はそっと妻の肩に手をかけ、低い囁き声で云った、「よく考えてごらん、それは自分の家なのか、おまえの家の庭なのか、木戸を出るとどこへゆけるんだ」

 ふさはゆらっとよろめき、持っていた銚子を落した。正四郎は両手で妻を支えた。するとふさは吃驚したように良人を見て、躯をまっすぐにした。

「わたくしどうかしたのでしょうか」

 いつもの顔、いつもの眼に返っていた。

「いまおまえは昔のことを思いだそうとしていたんだ」と彼は云った、「私が云うから眼をつむってごらん」

「いいえ」ふさはかぶりを振った、「わたくしこのままで仕合せですの、昔のことなど思いだしたくはございません」

「しかし思いだすときが来るんだ」と彼はやさしく云った、「おまえは覚えていないだろうが、まえにもいちどこんなことがあった、きっとまたいつか同じようなことがあるだろう、それならいっそ早いほうがいいじゃないか、さあ、眼をつむってごらん」

 ふさは眼をつむった。

「いまおまえは、――」と彼は声をひそめて、ごくゆっくりと囁いた、「笹の道を歩いて来た、庭を歩いて来たのだろう、ここが笹の道だ、そして向うに木戸がある」

 ふさは眼をつむったまま、ひっそりと息をころしていた。

「笹の道をとおって、木戸へ来た」と彼は静かに続けた、「その木戸を出るんだ、さあ、木戸の外はどうなっているか」

 正四郎は呼吸を詰めて待った。ふさは黙って立っていたが、やがてかぶりを振った。

「なにもわかりません」眼をあきながらふさは云った、「いま仰しゃったことは、わたくしが云ったのでしょうか」

「おまえが云ったのだ」

 ふさはまたかぶりを振った、「わたくしにはなにも思いだせません、そんなことを云ったことさえ覚えがございません」

「気分が悪くはないか」

「いいえ」

「それならいい」と彼は妻の肩を撫でた、「もう少し二人で月を見よう、そこに銚子が落ちているよ」半ば失望し、半ばほっとしながら、正四郎は毛氈のほうへ戻った。

 正四郎はまた暫くのあいだ、ひそかに妻を監視することで神経を疲らせたが、かくべつ変ったこともなく、その年は暮れた。




 明くる年の三月、――例年の勘定仕切が始まり、正四郎は監査のため、終りの五日は城中に詰めきった。その三日めのことであるが、午うまの刻ちょっとまえに、家扶の吉塚が面会に来た。城中に詰めているときは、私用の出入りは禁じられていたが、「急用」ということで取次がれたらしい。ゆかが病気にでもなったのかと思いながらいってみると、吉塚助十郎は西ノ口の外に蒼あおい顔をして立っていた。

 ――ふさだな。

 正四郎はそう思った。家扶の硬ばった蒼白い顔が、妻になにごとか起こったことを示しているように感じられたのである。吉塚は眼を伏せながら、そのとおりだと云った。

「どうしたのだ、病気か」

「お姿がみえないのです」と吉塚は云った、「昨日の夕方のことですが、ゆかさまと庭にいらしって、そのままどこかへ出てゆかれたらしく、お捜し申したのですがいまだに行方がわからないのです」

 いよいよ来たな、と彼は思った。予期していたことが現実になった、という感じがまっ先に頭にうかんだ。

「待っていてくれ」と彼は云った。

 正四郎は老職部屋へゆき、田原権右衛門に会った。田原も非常に驚いたのだろう。すぐにはものが云えないというようすだったが、やがて、「おれが手配をしよう」と云い、正四郎の下城はゆるさなかった。――彼は吉塚にその旨を告げて役部屋へ戻り、自分の事務に専念した。監査の事務は単調であるが、検察と帳簿の照合が主になっているため、他のことで頭を使うようなゆとりはなかったし、彼自身、妻のことを考えるのが恐ろしかったので、できる限り仕事に熱中するように努めた。

 ――妻がみつかれば知らせがある。

 そう思っていたが、田原からなにも云って来ないまま、監査が終った。いつもの例で、石垣町の慰労の宴に招かれたが、正四郎は断わってまっすぐに家へ帰った。

 ふさの行方はまだわからなかった。心配していたゆかは元気で、母がいなくなったこともさして気にせず、召使や吉塚のむらを相手に、よく遊び温和おとなしく寝たということであった。――話を聞いてみると、その夕方ふさは庭でゆかと遊んでいたが、ゆかの泣き声が聞えたので、吉塚のむらが出ていってみると、ゆかが一人で泣いていた。お母さまはと訊くと、梅林のほうを指さして、「あっち」と云う。それで梅林のほうを見てまわったがいない。家の中を捜し、屋敷まわりを捜しているうちに日が昏くれ、それでも姿がみえないので、吉塚は本街道、家士たちは山街道と、手分けをしてつぶさにしらべた。――山街道のほうは領境に番所があり、そこで訊いたが、ふさらしい女性の通ったのを見た者はなかった。本街道のほうは下宿しもじゅくと上宿、本宿まで、馬、駕籠かごの問屋はもちろん、旅館をぜんぶ当ってみた。しかしその道は人馬の往来がはげしいので、はっきりしたことはわからなかった。

 吉塚は役人に頼み、街道の上下十里に手配をしてもらったが、ついにふさの姿はみつからなかったという。田原権右衛門はさらに遠くまで手を打ったらしいが、ふさは金を持っていないし、女の足でこれだけすばやい手配の先を越せる筈はないので、三日も経ったいまでは、まずみつかる望みはないだろう、と吉塚は語った。

「じつは一つだけ、申上げなかったことがございます」と語り終ったあとで吉塚が云った、「奥さまが初めてここへみえたときのことですが」

 正四郎は家扶の顔を見た。

「あれは貴方を訪ねて来られたのではなかったのです」と吉塚は続けた、「事実は、私が外出して戻りますと、門前にぼんやり立っておられ、ここはどなたのお屋敷かと訊かれました、私は平松正四郎さまであると答え、どなたをたずねているのかと訊き返しました、すると奥さまは暫く考えておられましたが、いま聞いた名が頭に残ったのでしょう、平松正四郎さまをたずねている、と仰しゃったのでございます」

 すべての記憶を失っているとき、初めて聞いた名が深く印象に残り、その名が自分のたずねる人のものだ、というふうに思いこんだのであろう。正四郎は顔をそむけた。

「もういい、わかった」と彼は云った。

 では本当にたずねる人を思いだして、そちらへいったのであろうか。彼はそう思ったが、すぐに首を振った。――あしかけ四年も夫婦でい、三歳になる子まであるのに、なにを思いだしたからといって突然、書置も残さずに出奔するということはない。そんな無情なことがふさにできる筈はない、彼は心の中で云った。

「ゆかはどこにいる」

「私の住居におられると思います」

「さがってくれ」と彼は云った。

 吉塚が去ると、正四郎は立ちあがった。立ちは立ったけれども、そのまま放心したように、腕組みをして眼をつむった。

「来たときのように、いってしまったのだな、ふさ」と彼は囁いた、「――いまどこにいるんだ、どこでなにをしているんだ」

 雨の降りしきる昏れがた、観音堂の縁側に腰をかけて、途方にくれていたふさの姿が、おぼろげに眼の裏へうかんできた。彼の顔がするどく歪ゆがみ、喉へ嗚咽おえつがこみあげた。彼はむせび泣いた。縁側へ出て行き、庭下駄をはいて歩きだしながらも、むせび泣いていた。

 正四郎は芝生の端のところで立停り、懐紙で顔を拭くと、梅林のほうを見まもった。

 ――笹の道の、そこに木戸があって、……

 ゆかは母がそっちへいったという。ふさはその木戸を通っていったのだろう、彼は現実にはないその木戸と、そこに立っている妻の姿が見えるように思えた。しかしふさは帰って来る、と彼は思った。こんどは良人があり、ゆかという子供がある、それを思いださないということはあるまい。いつかは必ず思いだして帰るだろう、――この木戸を通って。正四郎は片手をそっとさしのべた。

「みんながおまえを待っている、帰ってくれ、ふさ」彼はそこにいない妻に向って囁いた、「帰るまで待っているよ」

 うしろのほうで、わらべ唄をうたうゆかの明るい声が聞えた。



初出:「オール読物」文藝春秋新社1959(昭和34)年5

底本:「山本周五郎全集第二十八巻 ちいさこべ・落葉の隣り」新潮社1982(昭和57)年1025日発行


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