『目利きのヒミツ』赤瀬川原平(光文社)
「できるだけ安い物の中から良い物を探したい。つまり金で解決ではなくて、自分の眼力で勝負したい」
書画骨董だけでなく、たとえば笑顔にも本物とニセ物がある。「ワケあり」の男女を見抜くのも、一瞬の目利きだ。人に本来備わった直感力を磨き、眼力を養うためのフィールドワーク。
目利きの達人、白洲正子氏との対談「目玉論」を文庫収録。非常に面白い目利きの対談となっております。
赤瀬川原平1937年横浜生まれ。画家。作家(尾辻克彦)。60年代には「ハイレッド・センター」など前衛芸術家として活動、70年代には「櫻画報」など独自の批評を盛り込んだイラストレーターとして活躍、81年には『父が消えた』で芥川賞を受賞。
1986年、藤森照信、南伸坊らと「路上観察学会」を結成。他に高梨豊、秋山祐徳太子との「ライカ同盟」、山下裕二との「日本美術応援団」の活動がある。2014年没。
「体にとっていちばん警戒しなければいけないのは頭の観念世界で、体はそんな頭を上に乗せているから困るのである。頭だけで観念世界をいじるならいいが、そうはいかない。観念が膨張をはじめると、それを乗っけている体は動かなくなり、それがつづくと体は観念に吸い込まれて骨抜きになる。」
「ヨガとか座禅とか瞑想とかいうものには、体の教養主義を感じる。思い過ごしだといいんだけど」
「澄んだ目とかつぶらな瞳というのは自然なもの、天然のものと思っていたけど、養殖ものも出来るんだと知ったのがオウムの事件だった。
演技とか美容整形だけではなかなか澄んだ目はできない。オウムのあれはとりあえず本物だろう。多少の演技もあったかもしれないが、あれは簡単な構造の目ではなくちゃんと生きている目、いわば養殖された澄んだ目なのだ。」
「文化というのはたんに出来上がった絵画や文学というだけのものではない。それは結果の話であって、むしろそれ以前の生活の中でユトリの部分、ショックアブソーバー。頭ではムダだと思われながら体がどうしても欲しいもの。自分に合った物や事柄への愛着。(中略)つまりむずむずする体が文化の母胎としてあるわけで、頭はというともちろん科学である。」
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