『野呂邦暢ミステリ集成』中公文庫
長崎県諫早市を拠点に野呂邦暢(のろ くにのぶ)は活動した純文学系の作家で、芥川賞を受賞している。推理小説は趣味として書いたという、人間を描写していない作品は薄っぺらいと持論を掲げている。
【収録作品】
「失踪者」
「剃刀」
「もうひとつの絵」
「敵」
「まさゆめ」
「ある殺人」
「まぼろしの御嶽」
「運転日報」
持論どうり描写が基本的に丁寧になされて、特に心理描写は細やかに表現されている。
「ミステリであっても人間をしっかり描くことを第一にしている」という。推理小説の愛好家だけではなく、幅広いバライティーに富んだ読み応えある短編集となっている。
色んなスタイルで中編から短編、ショートショート風にまとめられております。
収録作品の他にもミステリー関連したエッセイが幾つか巻末に掲載されている。
〈ヨーカンでも時計でもいい。初めに具体的な「物」がある。それによって記憶の井戸さらえのごときことが起り、主人公の内部に深く埋れていたものが明るみに出て来る。〉
〈世界の本質は謎である。私たちはそれを解くことはできないが世界を形造ることはできる。だとすれば謎を解く必要などありはしない。〉
本当らしさを作品に盛り込もうとして文学のリアリティーを失うことよりは、「とことん嘘をつくことで生じるリアリティーの方を尊重したい」と小説感を述べている。
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