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2022年11月19日 (土)

向田邦子と野呂邦暢との秘話 

長崎県諫早市を拠点に野呂邦暢(のろ くにのぶ)は活動した純文学系の作家で、芥川賞を受賞している。推理小説は趣味として書いたという、人間を描写していない作品は薄っぺらいと持論を掲げている。


『野呂邦暢ミステリ集成』【収録作品】

「失踪者」

「剃刀」

「もうひとつの絵」

「敵」

「まさゆめ」

「ある殺人」

「まぼろしの御嶽」

「運転日報」


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持論どうり描写が基本的に丁寧になされて、特に心理描写は細やかに表現されている。

「ミステリであっても人間をしっかり描くことを第一にしている」という。推理小説の愛好家だけではなく、幅広いバライティーに富んだ読み応えある短編集となっている。

色んなスタイルで中編から短編、ショートショート風にまとめられております。


収録作品の他にもミステリー関連したエッセイが幾つか巻末に掲載されている。

〈ヨーカンでも時計でもいい。初めに具体的な「物」がある。それによって記憶の井戸さらえのごときことが起り、主人公の内部に深く埋れていたものが明るみに出て来る。〉


〈世界の本質は謎である。私たちはそれを解くことはできないが世界を形造ることはできる。だとすれば謎を解く必要などありはしない。〉


 本当らしさを作品に盛り込もうとして文学のリアリティーを失うことよりは、「とことん嘘をつくことで生じるリアリティーの方を尊重したい」と小説感を述べている。


向田邦子が惚れ込んでドラマにしたかった「諫早菖蒲日記」という長編作品がある。

諫早藩にある砲術指南役の家の娘から通して描かれる。

佐賀藩の圧政に忍従する諫早藩。開港を求めて続々と来航する外国船。そこで動揺する武士の姿。当時の諫早を切々とスケッチした時代小説。


〈伯父上は罌粟畑にかがんで花びらの下にふくらんでいる子房に小刀を当てられた。縦にあさく傷をつけると、まもなくねばり気のある汁液がにじみ出てくる。それがかたまりかけると竹べらでかきとり、竹の皮にすりつけた。叔母上がそれをひなたにならべ、風でとばないように石を重しにのせられる。私は伯母上のすすめで浴衣に着替え、たすきをかけた。罌粟の汁は布にこびりつくと洗っても落ちないそうである。伯父上のすることを真似て、花びらの子房を小刀で傷つけ、にじみ出る汁液をかたまらないうちにそぎとった。傷は三条だけつけるように、と伯父上は念をおされた。ひなたで乾かした汁液は濃い茶褐色に変じている。これは腹痛にきくそうである。伯父上はいわれた。「矢傷、槍傷、刀傷、なんにでもきく」「弾丸傷にはきかないのでありますか」「おお、弾丸傷に効かないことがあろうか、いかなる苦痛もやわらげる、量と含み方によっては魂天外に飛ぶ思いもする」白い花があり、紫と深紅の花があった。ご家老方に世事の憂さを忘れさせるために栽培された罌粟であろうか、と私は問うた。万が一、長崎表で外国船を迎えていくさになった場合にそなえて栽培しており、と雄斎伯父はいわれた。〉(P63



あとがき

〈私がいま住んでいる家は、本書の主人公藤原作平太の娘志津がくらしていた家である。〉

〈この家の家主さんA夫人と私は同じ棟に住んでいる。ふとしたことで土蔵に御先祖の古文書がしまわれていることを知り、秘蔵の砲術書や免許皆伝の巻物などを見せていただいた。オランダ語から翻訳された砲術教程もあった。数十冊の古文書のうちには専門家の鑑定によれば、わが国に二、三冊しかない貴重な史料もまざっているとのことである。百二十年前、諫早藩鉄砲組方の侍たちが砲術を学び、その術を口外しないこと、また奉公に懈怠なきことを誓って署名血判した誓紙もあった。血の痕は色褪せ、薄い茶色になっていた。藩士たちの名前は諫早で親しい姓名である。私の親戚知人の先祖と思われる姓も見られた。三年前のことであった。奉書紙にしるされた薄い血の痕に鮮やかさを甦らせることが私の念願であったのだが、それが本書によってかなえられたかどうか。〉(p258-259


諫早の地理に詳しく地図や画像検索して読むと一層楽しめると思います。


「諫早菖蒲日記」映像散歩、長崎テレビ紹介

https://youtu.be/qPgGd2uqSRM


【関連記事】

野呂邦暢と向田邦子 『それぞれの芥川賞 直木賞』より【本のことあれこれ】

 http://ameblo.jp/tukinohalumi/entry-11279563121.html 


向田邦子と野呂邦暢との秘話 :獅子ヶ谷書林・日月抄.

http://tsunoyoi18.seesaa.net/article/162175243.html 


 「なにかこう、心にしみるような小説ないかしら」と向田の問いかけに応えて、文藝春秋社の「文學界」編集長の豊田健次が野呂邦暢の「諫早菖蒲日記」を薦めて、これに心酔した向田が死の直前の野呂に「落城記」のドラマ原作権の許諾を求めて面識を得るエピソードがある。

その直後に野呂は42歳で急死して、その後の向田は野呂との約束を果たすべくドラマ製作に奔走するが、『わが愛の城-落城記より-』の完成後にとりかかるはずだった「諫早菖蒲日記」の脚本を手がけることなく向田は台湾で事故死してしまった。

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