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2022年12月31日 (土)

『WORLD ROCK NOW 年末スペシャル~2022年洋楽シーンを三大音楽評論家が大総括~』

WORLD ROCK NOW 年末スペシャル~2022年洋楽シーンを三大音楽評論家が大総括~』

 

(伊藤政則 2022年の4曲)

THE LONELIEST // MANESKIN

LUX ÆTERNA // METALLICA

ONE OF THOSE DAYSFEAT.ERIC CLAPTON// OZZY OSBOURNE 

WE’LL BE BACK // MEGADETH 

 

(大貫憲章 2022年の4曲)

HUNGRY AND READYFEAT. MELVIN TAYLOR // JOHN MAYALL

SPUD INFINITY // BIG THIEF

LET THE LIGHTS ON // SORRY

108 WAYS TO LEAVE YOUR NARCISSIST // KULA SHAKER

 

(渋谷陽一 2022年の4曲)

HOLD THE GIRL // RINA SAWAYAMA

WET DREAM // WET LEG

THIS OLD PLANETCHANGING DAYS// NEIL YOUNG WITH CRAZY HORSE 

NOBODY GETS ME // SZA

 

(エンディング)

OVER FT. YEBBA // ROBERT GLASPER

 

聞き逃し1月7日まで。

https://www.nhk.or.jp/radio/ondemand/detail.html

 

番組公式サイト

https://www4.nhk.or.jp/wrn/

 

BORDER 警視庁捜査一課殺人犯捜査第4係

202314()13:20~テレ朝チャンネル放送 

主演:小栗旬×原案・脚本:金城一紀の最強タッグでおくる―
正義と法など様々な境界で命と向き合うヒューマンサスペンス


生死の境をさまよったことをきっかけに、「死者と対話することができる」という特殊能力が発現した主人公の刑事・石川安吾(小栗旬)が、無念の死を遂げた人々の声に耳を傾け、生と死、正義と法、情と非情の「BORDER(境界線)」で揺れ動きながら

事件に立ち向かっていく姿を、スリリングに描き出していく。


主人公=石川安吾を演じるのは、確固たる演技力で幅広い役どころを演じてきた実力派・小栗旬。

「石川というキャラクターは、小栗旬を念頭に創造したものである」という金城氏が生み出したという主人公を、小栗がどんなキャラクターに昇華させ、新たな刑事像を紡ぎ出していくのか

宮藤官九郎、大森南朋など各話登場するゲストにも注目したい。


1/4(午後1:20-午後2:20

第一話「発現」

1/5(午後1:10-午後2:00

第二話「救出」

1/6(午後1:10-午後2:00

第三話「連鎖」

1/9(午後1:10-午後2:00

第四話「爆破」

1/10(午後1:10-午後2:00

第五話「追憶」

1/11(午後1:10-午後2:00

第六話「苦悩」

1/13(午後1:10-午後2:00

第七話「敗北」

1/16(午後1:10-午後2:00

第八話「決断」

1/17(午後1:10-午後2:00

最終話「越境」

番組情報

原案・脚本 金城一紀

監督 橋本 

出演 小栗 旬 青木崇高 波瑠 古田新太 遠藤憲一 ほか

9話 2014年制作

2022年12月30日 (金)

『ビアボールつくってみる?』

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ビアボール『ビアボールつくってみる?』篇 30 サントリー CM

https://youtu.be/WRqz9Wt4MAs


「ビアボール」が、「すっきりしていて飲みやすい。濃さの割合を変えられるのもいい」「いろいろなアレンジが楽しめそう」という声もあるそうです。


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craft beerは良かったんで、濃さ加減できるビールエキス新製品『ビアホール』を試した。

これは炭酸水を別途に用意しなければならないから、定価あたりコストは安くはない。

にも関わらず、濃くしても薄く割っても、ピントがぼけている味わいに感じられた。

日本人ならではの発案だと、期待していただけに残念でした。

2022年12月29日 (木)

おでんと饂飩


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寒い日の鍋🫕料理でした。

ザ・ローリング・ストーンズ ライブ イン LA 2015 初回放送日: 2022年12月29日

今夜はストーンズでぶっとばせ!

20155月に、米・ロサンゼルスで行った、’71年発表『Sticky Fingers』から全曲をパフォーマンスしたコンサート。

https://www.nhk.jp/p/ts/R7QRYNY4Z4/episode/te/5WKYX47NZK/


NHKBS洋楽倶楽部

1229()午後11:16 から放送予定

ストーンズ名作アルバムの各種拡大盤のリリースに合わせた北米ツアー「Zip Code」ツアーの幕開け公演として、ロサンゼルスの小規模会場で実現した、『Sticky Fingers』全曲演奏をフィーチャーしたスペシャル・ギグを収めた映像記録。

密度の高い名作再現ライヴは幸せ感に満ちて、それがいつも以上の臨場感たっぷりのサウンドで放送されます。


【演奏曲目】2015520日公演

01. スタート・ミー・アップ
02. 
スウェイ
03. 
デッド・フラワーズ
04. 
ワイルド・ホース
05. 
シスター・モーフィン
06. 
ユー・ガッタ・ムーヴ
07. 
ビッチ
08. 
キャント・ユー・ヒア・ミー・ノッキング
09. 
アイ・ガット・ザ・ブルース
10. 
ムーンライト・マイル
11. 
ブラウン・シュガー
12. 
ロック・ミー・ベイビー
13. 
ジャンピン・ジャック・フラッシュ
〈アンコール〉
01. 
オール・ダウン・ザ・ライン
02. 
ホエン・ザ・ウィップ・カムズ・ダウン
03. 
アイ・キャント・ターン・ユー・ルーズ


【演奏者】

ミック・ジャガー(ヴォーカル)

キース・リチャーズ(ギター/ヴォーカル)

チャーリー・ワッツ(ドラムス)

ロニー・ウッド(ギター/バッキング・ヴォーカル)


【サポート・ミュージシャン】

ダリル・ジョーンズ(ベース/バッキング・ヴォーカル)

チャック・ラヴェール(キーボード/ミュージカル・ディレクター)

カール・デンソン(サックス)

ティム・リーズ(サックス/キーボード)

マット・クリフォード(ミュージカル・インテグレーター)

バナード・ファウラー(ヴォーカル)

リサ・フィッシャー(ヴォーカル)


〈わくわくおじさん天国〉アルバム制作当時にはいなかったロン・ウッドの力強い活躍ぶり、ミックの歌いかたと腰振り、キースのブルースギターワーク、チャーリーのリズムの刻み方など、再現ライヴがストーンズの積み重ねで構築されているコンサート。ボビー・キーズを失い、ミック・テイラーをゲスト参加させていたツアー終了後に敢えてストーンズのおじさん意地が感じられわくわくです。

2022年12月28日 (水)

■『ありがとうアニキ!魂のアニソンシンガー水木一郎』NHKBS放送

12月に亡くなったアニソンの帝王水木一郎をしのんで、NHKの番組から歌唱シーンを厳選して紹介する特別番組『ありがとうアニキ!魂のアニソンシンガー水木一郎』がNHK BSプレミアムで1228日(水)に放送されます


『ありがとうアニキ!魂のアニソンシンガー水木一郎』

NHK BSプレミアム 20221228日(水)午後10:30 ~ 午後11:00 (30)


今年12月6日に肺がんで亡くなられたアニソン歌手・水木一郎さん享年74、生涯現役にこだわり亡くなる直前までステージに立ち、闘病生活をしながらの歌手活動は多くの人に勇気を与えました。日本のアニメソングの発展・興隆に努めてきた偉大なアニソンシンガーである水木一郎さんの、NHKに多数出演しているアーカイブの中から厳選して魂の熱唱をお届けします。


【出演】水木一郎,森口博子,堀江美都子

2022年12月27日 (火)

「グランドフィナーレ~『鎌倉殿』の最後の一日~」今夜放送

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の最終回(1218日)放送日に鎌倉で行われたトークイベントの模様を収めた「グランドフィナーレ~『鎌倉殿』の最後の一日~」が、27日夜1055分から総合テレビで放送される。


最終回の放送に合わせて行われたイベントには、主人公・北条義時を演じた小栗旬、北条政子役の小池栄子、北条泰時役の坂口健太郎、実衣役の宮澤エマ、のえ役の菊地凛子、三浦義村役の山本耕史、りく役の宮沢りえが集結。

イベントのダイジェストと共に、放送最後の日を一緒に過ごすキャストの姿を見れる。司会は北条朝時役の西本たける、石井美江キャスターが担当。


「鎌倉殿の13人」は三谷幸喜が脚本を手掛けた、大河ドラマ第61作で、年末29日には総集編が放送される。

NHK紅白歌合戦で出場歌手が歌う曲目が発表された。

73NHK紅白歌合戦は、「LOVEPEACEーみんなでシェア!ー」をテーマにNHKホールで開催され、大みそかの午後720分から総合テレビとBS4KBS8K、ラジオ第1で放送される。


〈紅白歌合戦の曲目〉

『紅組】

▽IVEELEVEN -Japanese ver.-

あいみょん「ハート~君はロックを聴かない」

石川さゆり「天城越え」

ウタ「新時代」

▽Aimer「残響散歌」

工藤静香「35周年SPメドレー」

坂本冬美「お祭りマンボ~スカパラSP~」

篠原涼子「恋しさと せつなさと 心強さと 2023

▽SuperflyBeautiful

▽SEKAI NO OWARIHabit

天童よしみ「ソーラン祭り節」

▽TWICECelebrate

▽NiziUCLAP CLAP

乃木坂46「裸足でSummer

▽Perfume「紅白 Medley 2022

日向坂46「キツネ」

▽MISIA「希望のうた」

水森かおり「九十九里浜~謎解き紅白スペシャル~」

▽miletFly High

▽milet×Aimer×幾田りら×Vaundy「おもかげ」

緑黄色社会「Mela!」

▽LE SSERAFIMFEARLESS -Japanese ver.-


【白組】

▽Official髭男dismSubtitle

関ジャニT.W.L

▽KinKi Kids25th Anniversary Medley

▽King  Princeichiban

▽King GnuStardom

郷ひろみ「GOGO50周年!!SPメドレー」

▽Saucy Dog「シンデレラボーイ」

▽JO1「無限大」

純烈「プロポーズ~白い雲のように」

鈴木雅之「違う、そうじゃない」

▽SixTONESGood Luck!」

▽Snow Man「ブラザービート~紅白みんなでシェー!SP~」

なにわ男子「初心LOVE(うぶらぶ)」

▽Vaundy「怪獣の花唄」

▽BE:FIRSTShining One

福山雅治「桜坂」

藤井 風「死ぬのがいいわ」

星野 源「喜劇」

三浦大知「燦燦」

三山ひろし「夢追い人~第6回けん玉世界記録への道~」

山内惠介「恋する街角~きつねダンスRemix~」

ゆず「夏色」


【特別企画】

加山雄三「海 その愛」

桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char 野口五郎「時代遅れのRock’n’Roll Band

▽THE LAST ROCKSTARSTHE LAST ROCKSTARS

▽back number「アイラブユー」

氷川きよし「限界突破×サバイバー」

松任谷由実 with 荒井由実「Call me back


このうち紅組では、

▽24年ぶりに出場する工藤静香さんが、「35周年SPメドレー」を披露し、長女でフルート奏者のCocomiさんと共演する。

坂本冬美さんは、東京スカパラダイスオーケストラが美空ひばりさんの名曲をアレンジ・演奏した「お祭りマンボ~スカパラSP~」を歌う。

歌手生活50周年の天童よしみさんは「ソーラン祭り節」を歌う。

水森かおりさんは、千葉県のご当地ソング「九十九里浜」のスペシャルバージョン「九十九里浜~謎解き紅白スペシャル~」で謎解きを取り入れたステージを披露する。


また、紅組からそれぞれ出場するmiletさんとAimerさん、それに白組から出場するVaundyさんが、ゲスト出演の幾田りらさんとともにインターネットの動画チャンネルで話題となった「おもかげ」を披露。


白組では、

デビュー50周年の郷ひろみさんが「GOGO50周年!!SPメドレー」を披露。

初出場のアイドルグループ、なにわ男子は「初心LOVE(うぶらぶ)」を披露。

三浦大知さんは、ことし放送された連続テレビ小説「ちむどんどん」の主題歌「燦燦」を歌う。

三山ひろしさんは、「夢追い人~第6回けん玉世界記録への道~」で、歌とともにけん玉で3年連続のギネス世界記録達成にチャレンジ。

2022年12月26日 (月)

「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフ「岸辺露伴は動かない」の実写ドラマ第3弾が本日より2夜連続放送 第7話「ホットサマー・マーサ」と第8話「ジャンケン小僧」 

NHKは、実写ドラマ「岸辺露伴は動かない」第3弾を本日1226日、翌27日の2夜連続で放送する。各日とも放送時間は22時から。

 「岸辺露伴は動かない」は、荒木飛呂彦氏原作の漫画「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフ短編漫画シリーズを原作とした実写ドラマ。主人公にあたる漫画家の岸辺露伴を高橋一生さん演じている。本作では、露伴が遭遇する奇妙な事件に、相手を本にして生い立ちや秘密を読み、指示を書き込むこともできる特殊能力「ヘブンズ・ドアー」を使って挑む姿が描かれる。


 202012月の第1弾では「富豪村」・「くしゃがら」・「D.N.A」の3エピソード、202112月の第2弾では、「ザ・ラン」・「背中の正面」・「六壁坂」の3エピソードがそれぞれ放送されている。第3弾となる今回は、第7話「ホットサマー・マーサ」、第8話「ジャンケン小僧」が放送される。

【第7話「ホットサマー・マーサ」あらすじ】

 長らくリアルな取材ができず、いらだつ露伴は子犬を連れて、散歩に出かける。強い日差しとマスクのせいでもうろうとしながら見知らぬ神社に迷い込むと、そこには根元が洞になった巨木があった。中は祠(ほこら)のようで、がぜん興味がわいた露伴は中に入るが、気がつくとそこにうずくまっていた。洞を出て家に戻るが、ところどころ様子がおかしい。さらには自分のベッドにシーツにくるまった女(イブ:古川琴音)がいて……


【第8話「ジャンケン小僧」あらすじ】

 京香と打ち合わせ中のところに、漫画『ピンクダークの少年』を持ったファンの少年(大柳賢:柊木陽太)が突然尋ねてきた。露伴は「仕事場にいきなり来るのは良くないね」と言って少年を追い返してしまうが、再び現れた少年は、やぶから棒にジャンケン勝負を露伴に挑むのだった。露伴の行く先行く先に現われては、執ようにジャンケンを挑んでくる少年の目的とは?


実写ドラマ「岸辺露伴は動かない」第3

【放送日時】 7話「ホットサマー・マーサ」 
12
26 総合22時~2254 
8話「ジャンケン小僧」 
12
27 総合 22時~2254 
(第13話:202012月放送、第46話:202112月放送)

【キャスト】 岸辺露伴:高橋一生 
泉京香:飯豊まりえ 
イブ:古川琴音(第7話ゲスト) 
大柳賢:柊木陽太(第8話ゲスト) 
(敬称略)


「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフ「岸辺露伴は動かない」の実写ドラマ第3弾が本日より2夜連続放送 第7話「ホットサマー・マーサ」と第8話「ジャンケン小僧」 

https://share.smartnews.com/beQui


"岸辺露伴は動かない:「ホットサマー・マーサ」古川琴音はシリーズ最強の敵 狂気、嫉妬を増幅して「すごいイブちゃんに」" https://share.smartnews.com/cGU6h

NHK総合『映像の世紀バタフライエフェクト「ロックが壊した冷戦の壁」』の詳細が発表。

東西冷戦の象徴「ベルリンの壁」を崩壊に導いた、3人のロックシンガーの物語を拡大特集。ニーナ・ハーゲン(Nina Hagen)、ルー・リード(Lou Reed)、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)。音楽は壁を越えて連鎖した。

■『映像の世紀バタフライエフェクト「ロックが壊した冷戦の壁」』

NHK総合 2022年12月30日(金)午後10:00 ~ 午後11:15 (75分)

東西冷戦の象徴「ベルリンの壁」を崩壊に導いた、3人のロックシンガーの物語を拡大版で特集。東ドイツで監視社会への怒りを歌った女性歌手ニナ・ハーゲン。

ドラッグや同性愛を赤裸々に歌い、チェコスロバキアで大ブームとなった、ルー・リード率いるベルベットアンダーグラウンド。そして西ベルリンから壁の反対側に向けてコンサートを行ったデビッド・ボウイ。自由を叫ぶ3人の音楽は、冷戦の壁を越えて人々の心を揺さぶった。

【語り】糸井羊司

番組ページhttps://www.nhk.jp/p/ts/9N81M92LXV/

2022年12月25日 (日)

映画『ビートルズとインド(原題:The Beatles And India)』NHK BS1再放送

ビートルズとインドの深い関係を追ったドキュメンタリー映画『ビートルズとインド(原題:The Beatles And India)』がNHK BS1で再放送決定。

前編は1226日(月)

後編は1227日(火)放送されます。


ビートルズ1968年のインド旅行に焦点をあて、ビートルズとインドとのスピリチュアルでクリエイティヴな繋がりをフィーチャーした新ドキュメンタリー映画『The Beatles And India』。

共同監督を担当したアジェイ・ボーズが2018年に出版した著書『アクロス・ザ・ユニバース:ザ・ビートルズ・イン・インディア』をヒントに制作され、貴重なアーカイブ映像や写真、目撃者の証言、専門家のコメント、インド現地でのロケによってビートルズとインドとのかかわりを描いた興味深いドキュメンタリー。

世界で最も有名なポップスターから多面的な音楽の先駆者へと進化した、ビートルズの最も重要な時期を深く掘り下げ、数あるビートルズのドキュメンタリーとは一線を画すオーディオ・ビジュアル作品。監督はアジェイ・ボーズとピーター・コンプトンが共同で手掛けている。

2022年12月24日 (土)

「西班牙犬の家」佐藤春夫

西班牙犬の家

(夢見心地になることの好きな人々の為めの短篇)


佐藤春夫




 フラテ(犬の名)は急に駆け出して、蹄鍛冶屋の横に折れる岐路のところで、私を待っている。この犬は非常に賢い犬で、私の年来の友達であるが、私の妻などは勿論もちろん大多数の人間などよりよほど賢い、と私は信じている。で、いつでも散歩に出る時には、きっとフラテを連れて出る。奴は時々、思いもかけぬようなところへ自分をつれてゆく。で近頃では私は散歩といえば、自分でどこへ行こうなどと考えずに、この犬の行く方へだまってついて行くことに決めているようなわけなのである。蹄鍛冶屋の横道は、私はまだ一度も歩かない。よし、犬の案内に任せて今日はそこを歩こう。そこで私はそこを曲る。その細い道はだらだらの坂道で、時々ひどく曲りくねっている。おれはその道に沿うて犬について、景色を見るでもなく、考えるでもなく、ただぼんやりと空想に耽って歩く。時々、空を仰いで雲を見る。ひょいと道ばたの草の花が目につく。そこで私はその花を摘んで、自分の鼻の先で匂におうて見る。何という花だか知らないがいい匂である。指で摘つまんでくるくるとまわしながら歩く。するとフラテは何かの拍子にそれを見つけて、ちょっと立とまって、首をかしげて、私の目のなかをのぞき込む。それを欲しいという顔つきである。そこでその花を投げてやる。犬は地面に落ちた花を、ちょっと嗅かいで見て、何だ、ビスケットじゃなかったのかと言いたげである。そうしてまた急に駆け出す。こんな風にして私は二時間近くも歩いた。

 歩いているうちに我々はひどく高くへ登ったものと見える。そこはちょっとした見晴みはらしで、打開けた一面の畑の下に、遠くどこの町とも知れない町が、雲と霞との間からぼんやりと見える。しばらくそれを見ていたが、たしかに町に相違ない。それにしてもあんな方角に、あれほどの人家のある場所があるとすれば、一たい何処なのであろう。私は少し腑に落ちぬ気持がする。しかし私はこの辺一帯の地理は一向に知らないのだから、解らないのも無理ではないが。それはそれとして、さて後の方はと注意して見ると、そこは極くなだらかな傾斜で、遠くへ行けば行くほど低くなっているらしく、何でも一面の雑木林のようである。その雑木林はかなり深いようだ。そうしてさほど太くもない沢山の木の幹の半面を照して、正午に間もない優しい春の日ざしが、楡や樫や栗や白樺などの芽生したばかりの爽さわやかな葉の透間から、煙のように、またにおいのように流れ込んで、その幹や地面やの日かげと日向ひなたとの加減が、ちょっと口では言えない種類の美しさである。おれはこの雑木林の奥へ入って行きたい気もちになった。その林のなかは、かき別けねばならぬというほどの深い草原でもなく、行こうと思えばわけもないからだ。

 私の友人のフラテも私と同じ考えであったと見える。彼はうれしげにずんずんと林のなかへ這入はいってゆく。私もその後に従うた。約一丁ばかり進んだかと思うころ、犬は今までの歩き方とは違うような足どりになった。気らくな今までの漫歩の態度ではなく、織るようないそがしさに足を動かす。鼻を前の方につき出している。これは何かを発見したに違いない。兎の足あとであったのか、それとも草のなかに鳥の巣でもあるのであろうか。あちらこちらと気ぜわしげに行き来するうちに、犬はその行くべき道を発見したものらしく、真直ぐに進み初めた。私は少しばかり好奇心をもってその後を追うて行った。我々は時々、交尾していたらしい梢の野鳥を駭かした。こうした早足で行くこと三十分ばかりで、犬は急に立ちとまった。同時に私は潺湲たる水の音を聞きつけたような気がした。(一たいこの辺は泉の多い地方である)犬は耳を癇性らしく動かして二、三間ひきかえして、再び地面を嗅ぐや、今度は左の方へ折れて歩み出した。思ったよりもこの林の深いのに少しおどろいた。この地方にこんな広い雑木林があろうとは考えなかったが、この工合ではこの林は二、三百町歩もあるかも知れない。犬の様子といい、いつまでもつづく林といい、おれは好奇心で一杯になって来た。こうしてまた二、三十分間ほど行くうちに、犬は再び立とまった。さて、わっ、わっ!という風に短く二声吠ほえた。その時までは、つい気がつかずにいたが、直ぐ目の前に一軒の家があるのである。それにしても多少の不思議である、こんなところに唯一つ人の住家があろうとは。それが炭焼き小屋でない以上は。

 打見たところ、この家には別に庭という風なものはない様子で、ただ唐突にその林のなかに雑まじっているのである。この「林のなかに雑っている」という言葉はここでは一番よくはまる。今も言った通り私はすぐ目の前でこの家を発見したのだからして、その遠望の姿を知るわけにはいかぬ。また恐らくはこの家は、この地勢と位置とから考えて見てさほど遠くから認め得られようとも思えない。近づいてのこの家は、別段に変った家とも思えない。ただその家は草屋根ではあったけれども、普通の百姓家とはちょっと趣が違う。というのは、この家の窓はすべてガラス戸で西洋風な造こしらえ方なのである。ここから入口の見えないところを見ると、我々は今多分この家の背後と側面とに対して立っているものと思う。その角のところから二方面の壁の半分ずつほどを覆うたつたかずらだけが、言わばこの家のここからの姿に多少の風情ふぜいと興味とを具えしめている装飾で、他は一見極く質朴な、こんな林のなかにありそうな家なのである。私は初め、これはこの林の番小屋ではないかしらと思った。それにしては少し大きすぎる。またわざわざこんな家を建てて番をしなければならぬほどの林でもない。と思い直してこの最初の認定を否定した。ともかくも私はこの家へ這入って見よう。道に迷うたものだと言って、茶の一杯ももらって持って来た弁当に、我々は我々の空腹を満そう。と思って、その家の正面だと思える方へ歩み出した。すると今まで目の方の注意によって忘れられていたらしい耳の感覚が働いて、私は流れが近くにあることを知った。さきに潺湲たる水声を耳にしたと思ったのはこの近所であったのであろう。

 正面へ廻って見ると、そこも一面の林に面していた。ただここへ来て一つの奇異な事には、その家の入口は、家全体のつり合から考えてひどく贅沢にも立派な石の階段が丁度四級きだもついているのであった。その石は家の他の部分よりも、何故なぜか古くなって所々苔が生えているのである。そうしてこの正面である南側の窓の下には家の壁に沿うて一列に、時を分たず咲くであろうと思える紅い小さな薔薇の花が、わがもの顔に乱れ咲いていた。そればかりではない。その薔薇の叢くさむらの下から帯のような幅で、きらきらと日にかがやきながら、水が流れ出ているのである。それが一見どうしてもその家のなかから流れ出ているとしか思えない。私の家来のフラテはこの水をさも甘うまそうにしたたかに飲んでいた。私は一瞥のうちにこれらのものを自分の瞳ひとみへ刻みつけた。

 さて私は静に石段の上を登る。ひっそりとしたこの四辺あたりの世界に対して、私の靴音は静寂を破るというほどでもなく響いた。私は「おれは今、隠者か、でなければ魔法使の家を訪問しているのだぞ」と自分自身に戯れて見た。そうして私の犬の方を見ると、彼は別段変った風もなく、赤い舌を垂れて、尾をふっていた。

 私はこつこつと西洋風の扉を西洋風にたたいて見た。内からは何の返答もない。私はもう一ぺん同じことを繰返さねばならなかった。内からはやっぱり返答がない。今度は声を出して案内を乞こうて見た。依然、何の反響もない。留守なのかしら空家あきやなのかしらと考えているうちに私は多少不気味になって来た。そこでそっと足音をぬすんで――これは何のためであったかわからないが――薔薇のある方の窓のところへ立って、そこから脊せのびをして内を見まわして見た。

 窓にはこの家の外見とは似合しくない立派な品の、黒ずんだ海老茶にところどころ青い線の見えるどっしりとした窓かけがしてあったけれども、それは半分ほどしぼってあったので部屋のなかはよく見えた。珍らしい事には、この部屋の中央には、石で彫って出来た大きな水盤があってその高さは床の上から二尺とはないが、その真中のところからは、水が湧立わきたっていて、水盤のふちからは不断に水がこぼれている。そこで水盤には青い苔が生えて、その附近の床――これもやっぱり石であった――は少ししめっぽく見える。そのこぼれた水が薔薇のなかからきらきら光りながら蛇のようにぬけ出して来る水なのだろうということは、後で考えて見て解った。私はこの水盤には少なからず驚いた。ちょいと異風な家だとはさきほどから気がついたものの、こんな異体の知れない仕掛まであろうとは予想出来ないからだ。そこで私の好奇心は、一層注意ぶかく家の内部を窓越しに観察し始めた。床も石である、何という石だか知らないが、青白いような石で水で湿った部分は美しい青色であった。それが無造作に、切出した時の自然のままの面を利用して列ならべてある。入口から一番奥の方の壁にこれも石で出来たファイヤプレイスがあり、その右手には棚が三段ほどあって、何だか皿見たようなものが積み重ねたり、列んだりしている。それとは反対の側に――今、私がのぞいている南側の窓の三つあるうちの一番奥の隅すみの窓の下に大きな素木のままの裸の卓があって、その上には……何があるのだか顔をぴったりくっつけても硝子ガラスが邪魔をして覗のぞき込めないから見られない。おや待てよ、これは勿論空家ではない、それどころか、つい今のさきまで人がいたに相違ない。というのはその大きな卓の片隅から、吸いさしの煙草タバコから出る煙の糸が非常に静かに二尺ほど真直ぐに立ちのぼって、そこで一つゆれて、それからだんだん上へゆくほど乱れて行くのが見えるではないか。

 私はこの煙を見て、今まで思いがけぬことばかりなので、つい忘れていた煙草のことを思出した。そこで自分も一本を出して火をつけた。それからどうかしてこの家のなかへ入って見たいという好奇心がどうもおさえ切れなくなった。さてつくづく考えるうちに、私は決心をした。この家の中へ入って行こう。留守中でもいい這入ってやろう、もし主人が帰って来たならばおれは正直にそのわけを話すのだ。こんな変った生活をしている人なのだから、そう話せば何とも言うまい。かえって歓迎してくれないとも限らぬ。それには今まで荷厄介にしていたこの絵具箱が、おれの泥棒ではないという証人として役立つであろう。私は虫のいいことを考えてこう決心した。そこでもう一度入口の階段を上って、念のため声をかけてそっと扉をあけた。扉には別に錠も下りてはいなかったから。

 私は入って行くといきなり二足三足あとすだりした。何故かというに入口に近い窓の日向に真黒な西班牙犬がいるではないか。顎を床にくっつけて、丸くなって居眠していた奴が、私の入るのを見て狡ずるそうにそっと目を開けて、のっそり起上ったからである。

 これを見た私の犬のフラテは、うなりながらその犬の方へ進んで行った。そこで両方しばらくうなりつづけたが、この西班牙犬は案外柔和な奴と見えて、両方で鼻面を嗅ぎ合ってから、向むこうから尾を振り始めた。そこで私の犬も尾をふり出した。さて西班牙犬は再びもとの床の上へ身を横たえた。私の犬もすぐその傍へ同じように横になった。見知らない同性同士の犬と犬とのこうした和解はなかなか得がたいものである。これは私の犬が温良なのにも因よるが主として向う犬の寛大を賞讃しなければなるまい。そこでおれは安心して入って行った。この西班牙犬はこの種の犬としてはかなり大きな体で、例のこの種特有の房々した毛のある大きな尾をくるりと尻の上に巻上げたところはなかなか立派である。しかし毛の艶や、顔の表情から推して見て、大分老犬であるということは、犬のことを少しばかり知っている私には推察出来た。私は彼の方へ接近して行って、この当座の主人である彼に会釈するために、敬意を表するために彼の頭を愛撫あいぶした。一体犬というものは、人間がいじめ抜いた野良のら犬でない限りは、淋しいところにいる犬ほど人を懐しがるもので、見ず知らずの人でも親切な人には決して怪我をさせるものではない事を、経験の上から私は信じている。それに彼らには必然的な本能があって、犬好きと犬をいじめる人とは直ぐ見わけるものだ。私の考は間違ではなかった。西班牙犬はよろこんで私の手のひらを舐めた。

 それにしても一体、この家の主人というのは何者なのであろう。何処へ行ったのであろう。直ぐ帰るだろうか知ら。入って見るとさすがに気が咎とがめた。それで入ったことは入ったが、私はしばらくはあの石の大きな水盤のところで佇立ちょりつしたままでいた。その水盤はやっぱり外から見た通りで、高さは膝まで位しかなかった。ふちの厚さは二寸位で、そのふちへもってって、また細い溝みぞが三方にある。こぼれる水はそこを流れて、水盤の外がわをつとうてこぼれてしまうのである。なるほど、こうした地勢では、こうした水の引き方も可能なわけである。この家では必ずこれを日常の飲み水にしているのではなかろうか。どうもただの装飾ではないと思う。

 一体この家はこの部屋一つきりで何もかもの部屋を兼ねているようだ。椅子が皆で一つ……二つ……三つきりしかない。水盤の傍と、ファイヤプレイスとそれに卓に面してと各一つずつ。どれもただ腰を掛けられるというだけに造られて、別に手のこんだところはどこにもない。見廻しているうちに私はだんだんと大胆になって来た。気がつくとこの静かな家の脈搏のように時計が分秒を刻む音がしている。どこに時計があるのであろう。濃い樺色の壁にはどこにもない。あああれだ、あの例の大きな卓の上の置時計だ。私はこの家の今の主人と見るべき西班牙犬に少し遠慮しながら、卓の方へ歩いて行った。

 卓の片隅には果して、窓の外から見たとおり、今では白く燃えつくした煙草が一本あった。

 時計は文字板の上に絵が描いてあって、その玩具のような趣向がいかにもこの部屋の半野蛮な様子に対照をしている。文字板の上には一人の貴婦人と、一人の紳士と、それにもう一人の男がいて、その男は一秒間に一度ずつこの紳士の左の靴をみがくわけなのである。馬鹿馬鹿しいけれどもその絵が面白かった。その貴婦人の襞ひだの多い笹べりのついた大きな裾すそを地に曳ひいた具合や、シルクハットの紳士の頬髯ほおひげの様式などは、外国の風俗を知らない私の目にももう半世紀も時代がついて見える。さて可哀想なはこの靴磨きだ。彼はこの平静な家のなかの、そのまたなかの小さな別世界で夜も昼もこうして一つの靴ばかり磨いているのだ。おれは見ているうちにこの単調な不断の動作に、自分の肩が凝って来るのを感ずる。それで時計の示す時間は一時十五分――これは一時間も遅れていそうだった。机には塵ちりまみれに本が五、六十冊積上げてあって、別に四、五冊ちらばっていた。何でも絵の本か、建築のかそれとも地図と言いたい様子の大冊な本ばかりだった。表題を見たらば、独逸ドイツ語らしく私には読めなかった。その壁のところに、原色刷の海の額がかかっている、見たことのある絵だが、こんな色はヰスラアではないか知ら……私はこの額がここにあるのを賛成した。でも人間がこんな山中にいれば、絵でも見ていなければ世界に海のある事などは忘れてしまうかも知れないではないか。

 私は帰ろうと思った、この家の主人にはいずれまた会いに来るとして。それでも人のいないうちに入込んで、人のいないうちに帰るのは何だか気になった。そこで一層のこと主人の帰宅を待とうという気にもなる。それで水盤から水の湧立つのを見ながら、一服吸いつけた。そうして私はその湧き立つ水をしばらく見つめていた。こうして一心にそれを見つづけていると、何だか遠くの音楽に聞き入っているような心持がする。うっとりとなる。ひょっとするとこの不断にたぎり出る水の底から、ほんとうに音楽が聞えて来たのかも知れない。あんな不思議な家のことだから。何しろこの家の主人というのはよほど変者かわりものに相違ない。……待てよおれは、リップ・ヴァン・ヰンクルではないか知ら。……帰って見ると妻は婆になっている。……ひょっとこの林を出て、「K村はどこでしたかね」と百姓に尋ねると、「え? K村そんなところはこの辺にありませんぜ」と言われそうだぞ。そう思うと私はふと早く家へ帰って見ようと、変な気持になった。そこで私は扉口のところへ歩いて行って、口笛でフラテを呼ぶ。今まで一挙一動を注視していたような気のするあの西班牙犬はじっと私の帰るところを見送っている。私は怖れた。この犬は今までは柔和に見せかけて置いて、帰ると見てわっと後から咬つきはしないだろうか。私は西班牙犬に注意しながら、フラテの出て来るのを待兼ねて、大急ぎで扉を閉めて出た。

 さて、帰りがけにもう一ぺん家の内部を見てやろうと、背のびをして窓から覗き込むと例の真黒な西班牙犬はのっそりと起き上って、さて大机の方へ歩きながら、おれのいるのには気がつかないのか、

「ああ、今日は妙な奴に駭ろかされた。」

と、人間の声で言ったような気がした。はてな、と思っていると、よく犬がするようにあくびをしたかと思うと、私の瞬した間に、奴は五十恰好の眼鏡をかけた黒服の中老人になり大机の前の椅子によりかかったまま、悠然と口にはまだ火をつけぬ煙草をくわえて、あの大形の本の一冊を開いて頁をくっているのであった。

 ぽかぽかとほんとうに温い春の日の午後である。ひっそりとした山の雑木原のなかである。


初出:「星座」1917(大正6)年1


底本:「美しき町・西班牙犬の家 他六篇」岩波文庫、岩波書店1992(平成4)年818日第1刷発行

底本の親本:「佐藤春夫全集 第六卷」講談社1967(昭和42)年925日発行

2022年12月23日 (金)

A-Studio+【神田伯山】二人三脚・奥様との絆…講談とテレビでの葛藤

▽事務所の社長でもある奥様が呆れた伯山の行動とは!?▽新作でタッグを組む宮藤官九郎に取材!▽親友が登場!落語が大好きだった伯山が、講談の道へ進んだキッカケ

2007年、三代目神田松鯉に入門。2020年、真打への昇進とともに六代目神田伯山を襲名。“チケットが取れない講談師”として話題を集める神田伯山が初登場!

笑福亭鶴瓶は、事務所の社長を務める神田伯山の奥様に取材。伯山も知らなかった鶴瓶と奥様の意外な関係が判明!さらに、奥様が呆れたという神田伯山の行動を次々と明かしていく。

鶴瓶は、落語好きで意気投合したという高校時代からの親友にも取材。

藤ヶ谷太輔はTBSラジオ「問わず語りの神田伯山」の放送作家とディレクターに取材。30分番組なのに3時間もかけて収録するという独特な収録方法しているが、そこには講談師ならではの理由が判明!さらに、番組当初は他人の悪口ばかり言っていたという伯山に“悪口ばかりは止めてくれ”という嘆願書のような手紙をディレクターが送ったこと、ラジオのネタ探しのために行った意外な行動などが明かされる。

藤ヶ谷は伯山のラジオが大好きで何度か仕事をしたことがある脚本家・宮藤官九郎にも取材。宮藤からの“普通の芝居を頼んだらやってくれますか?”との質問をキッカケに、伯山のセリフ覚えの悪さ、奥様が出演する作品を厳しくチャックしていることが語られる。

ほかにも、伯山が考える芸能界における落語家・講談師の立ち位置など…講談師の枠に収まらない活躍を見せるその理由に迫る30分。お見逃しなく!

出演者

【MC】笑福亭鶴瓶藤ヶ谷太輔

【ゲスト】神田伯山

公式ページ◇番組HPhttp://www.tbs.co.jp/A-Studio/

◇ツイッター @a_studio_tbs

https://twitter.com/a_studio_tbs

◇instagram

https://www.instagram.com/astudio_tbs/

葵わかな&伊藤沙莉&薬師丸ひろ子が熱演“食の革命”描いたSPドラマ『キッチン革命』来春放送

戦後初のCAの奮闘をたどった『エアガール』(2021年)、女子教育の先駆者の青春を綴った『津田梅子~お札になった留学生~』(2022年)――。

そんな2作に続く大型スペシャルドラマ『キッチン革命』が、第12023325日(土)、第2326日(日)と2夜連続で放送決定した。


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新たにスポットを当てるのは、戦前から戦後にかけて激動の時代に料理と台所で食に関わる革命を起こして日本を変えた2人の女性。

葵わかな、伊藤沙莉、薬師丸ひろ子という豪華実力派女優たちが、時代を切り拓いたパワフルな主人公を演じる。

男女問わずキッチンに立ち、レシピを見ながら料理をする光景は今ではありふれたものとなっている。しかし、誰もが自宅で料理人の味を再現できるようになったのは、戦後になってからのこと。その背景には、知られざる2人のパイオニアが存在した。

そのひとりが、今では誰もが当たり前のように使っている計量カップと計量スプーンを生み出し、現代で言うレシピの料理カードを作りあげた女性医師をモデルとした香美綾子(かがみ・あやこ)。

そして、もうひとりの革命家は、日本初の女性建築家をモデルとした浜崎マホ(はまざき・まほ)。戦後復興の荒波のなか、彼女が改革したのは台所だ。

このドラマでは、実在した2人の女性をそれぞれ第1夜・第2夜のモデルに据え、戦前から戦後の日本を舞台に、未来のために奮闘する彼女たちの姿をエネルギッシュに描き出す。


1夜の主人公・香美綾子(かがみ・あやこ)を演じるのは、2009年のデビュー以来、ドラマ、映画、舞台で確かな存在感を発揮してきた葵わかな。

葵は、「綾子は、明治から大正、昭和と劇的に変化を遂げる時代のなか、女性に厳しい医学の世界でやりたいことに向かってまっすぐ走ったピュアな女性。綾子がみなさんの背中を押すようなキャラクターになったらいいなと思いながら演じています」と、キャラクターとリンクするかのようにひたむきに役柄に向き合っていることをコメント。

2夜の主人公・浜崎マホ(はまざき・まほ)を演じるのは、高い演技力と自然体のキャラクターで話題作に引っ張りだこの伊藤沙莉。

伊藤は、「当たり前に存在するものの初めの一歩を踏み出した女性たちを描いた物語です。革命を起こした彼女たちのおかげでがあることを表現できたらいいなと思いながら、憧れと敬意を持って演じさせていただいています」と、モデルとなった2人の女性にリスペクトを抱きながら撮影に挑んでいることを語った。

そして、壮年期の綾子にふんするのが、名女優・薬師丸ひろ子。

薬師丸は綾子とマホの運命が交錯するシーンを演じるが、「綾子とマホが初めて運命の出会いを果たす場面は、マホのやさしさ、温かさがまっすぐに伝わってきて、とても心温まるシーンになったと思っています」と、第1夜と第2夜をつなぐ存在としての思いを語り、「若い女性たちが大活躍するドラマです。ぜひ応援する気持ちで見ていただけたら」と呼びかけている。


2夜連続スペシャルドラマ『キッチン革命』

2023325日(土)・26日(日)、2夜連続放送! テレビ朝日系24

https://www.tv-asahi.co.jp/kitchen_kakumei/

2022年12月22日 (木)

ETV特集 デザインには希望がある ~三宅一生のまなざし~

[Eテレ] 12月24日(土) 午後11:00 ~ 翌午前0:00

この夏、84歳で亡くなった世界的衣服デザイナーの三宅一生さん。広島出身で7歳の時に被爆、しかし、その体験を広く語ることはなく自らのデザインを追い求め続けた。今回、三宅さんを知る人に話を聞き、その仕事を振り返ると、知られざるヒロシマへの思い、そして世界を魅了するデザインがどのようにうまれたのかが見えてくる。

【語り】中川安奈 

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ETV特集

[Eテレ] 毎週土曜 午後11時

https://www.nhk.jp/p/etv21c/ts/M2ZWLQ6RQP/

2022年12月21日 (水)

フィリス・ドロシー・ジェイムズ代表作

『女には向かない職業』PD・ジェイムズ

探偵稼業は女には向かない。ましてや、22歳の世間知らずの娘には―誰もが言ったけれど、コーデリアの決意はかたかった。自殺した共同経営者の不幸だった魂のために、一人で探偵事務所を続けるのだ。最初の依頼は、突然大学を中退しみずから命を断った青年の自殺の理由を調べてほしいというものだった。コーデリアはさっそく調査にかかったが、やがて自殺の状況に不審な事実が浮かび上がってきた可憐な女探偵コーデリア・グレイ登場。イギリス女流本格派の第一人者が、ケンブリッジ郊外の田舎町を舞台に新米探偵のひたむきな活躍を描く。〈図書紹介〉


『死の味』PD・ジェイムズ

教会の聖具室で血溜まりの中に横たわっていた二つの死体。殺されていたのは、浮浪者ハリーと元国務大臣のポール・ベロウン卿だった。一見何の関係もないような二人がなぜ同じ場所で死んでいたのか。そして、死の直前のポール卿の不可解な行動は事件にどうつながるのか? 繊細な感性と鋭敏な知性で難事件を解決してきたダルグリッシュ警視長がベロウン家の秘密を解き明かす。著者の代表作にして英国推理作家協会賞受賞作。〈図書紹介〉


『高慢と偏見、そして殺人』

【ロマンス小説の古典『高慢と偏見』の続篇に、ミステリの巨匠PD・ジェイムズが挑む 紆余曲折の末にエリザベスとダーシーが結婚してから六年。二人が住むペンバリー館では平和な日々が続いていた。だが嵐の夜、一台の馬車が森から屋敷へ向けて暴走してきた。馬車に乗っていたエリザベスの妹リディアは、半狂乱で助けを求める。家人が森へ駆けつけるとそこには無惨な死体と、そのかたわらで放心状態のリディアの夫ウィッカムが……殺人容疑で逮捕されるウィッカム。そして、事件は一族の人々を巻き込んで法廷へ!

〈図書紹介〉

サマセット・モームが『世界の十大小説』に選び、夏目漱石も『文学論』で絶賛した名作『高慢と偏見』の続篇で、また同時にスリリングな歴史ミステリでもあります。


フィリス・ドロシー・ジェイムズ

ホランド・パークのジェイムズ女男爵、イギリスの女流推理作家。国民保健サービスや内務省など公共機関で勤務経験から、沈鬱な場面設定と緻密な描写、病院や官僚制に舞台を取る込み入った人間関係を描く。

1920年英国オックスフォード生まれ。

62年アダム・ダルグリッシュ警視シリーズ第1作『女の顔を覆え』を発表してデビュー。71年『ナイチンゲールの屍衣』、75年『黒い塔』、86年『死の味』(本書)で三度英国推理作家協会(CWA)賞シルヴァー・ダガー賞を受賞。87年には同賞のダイヤモンド・ダガー賞(巨匠賞)99年にはアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞巨匠賞など、権威ある賞を多数受賞している。ほかに『神学校の死』『殺人展示室』『灯台』『秘密』『高慢と偏見、そして殺人』(以上ハヤカワ・ミステリ)などを発表し高い評価を受けた。2014年没。


【作品】

〈アダム・ダルグリッシュ警視シリーズ〉

女の顔を覆え(Cover Her Face1962年) 山室まりや訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)

ある殺意(A Mind to Murder1963年) 山室まりや訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)(青木久恵訳でハヤカワ・ミステリ文庫)

不自然な死体(Unnatural Causes1967年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)

ナイチンゲールの屍衣(Shroud for a Nightingale1971年) 隅田たけ子訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)

黒い塔(The Black Tower1975年) 小泉喜美子訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)

わが職業は死(Death of an Expert Witness1977年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)

死の味(A Taste for Death1986年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)

策謀と欲望(Devices and Desires1989年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)

原罪(Original Sin1994年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)

正義(A Certain Justice1997年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

神学校の死(Death in Holy Orders2001年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

殺人展示室(The Murder Room2003年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

灯台(The Lighthouse2005年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

秘密(The Private Patient2008年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)


〈コーデリア・グレイシリーズ〉

女には向かない職業(An Unsuitable Job for a Woman1972年) 小泉喜美子訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)

皮膚の下の頭蓋骨(The Skull Beneath the Skin1982年) 小泉喜美子訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)


〈ノン・シリーズ〉

ラトクリフ街道の殺人(The Maul and the Pear Tree: the Ratcliffe Highway Murders 18111971年、TA・クリッチリーとの共著) 森広雅子訳、国書刊行会(クライムブックス)

罪なき血(Innocent Blood1980年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)

トゥモロー・ワールド (人類の子供たち) (The Children of Men1992年) 青木久恵訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ(のちハヤカワ・ミステリ文庫)

高慢と偏見、そして殺人(Death Comes to Pemberley2011年) 羽田詩津子訳、早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)


【映像化作品】

トゥモロー・ワールド(Children of Men2006年、アメリカ・イギリス、アルフォンソ・キュアロン監督)

火曜サスペンス劇場「白衣の天使殺人事件」(1982年、原作は「ナイチンゲールの屍衣」、脚本:鎌田敏夫)

2022年12月20日 (火)

『鎌倉殿の13人』総集編がNHK総合で12月29日放送

NHKは大河ドラマ 『鎌倉殿の13人』の総集編を全4章で放送すると発表。NHKプラスでは歴代大河ドラマ最多の視聴数を記録した。

最終回の平均視聴率は世帯が14.8%、個人が8.9%。NHKプラスでは第47回までの平均視聴UB数が歴代大河ドラマで最多、NHKオンデマンドすべてのドラマで最多を記録した。


『鎌倉殿の13人』総集編(全4章)がNHK総合で1229135分~1740分(中断ニュースあり)、BS4K12312345分~翌415分・2023128時~1230分に放送される。


公式サイト

https://www.nhk.or.jp/kamakura13/

2022年12月19日 (月)

ひまわり種の免疫力

ひまわりの種はおいしいだけではなく、多価不飽和脂肪酸を豊富に含みます。これら良質な脂肪は血中の悪玉コレステロール値を下げ、心臓発作や脳卒中のリスクを軽減してくれるので、心臓の強い味方と言えるかも。 体の健康を維持するには、高い免疫力が必須。

体ビタミンEが豊富なひまわりの種は、免疫力を高める。ひまわりの種は微量だけど亜鉛とセレンを含んでいて、この2つも免疫力を高めてくれる栄養素となる。

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イチゴの日

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【苺の効能】いちごには食物繊維の一種ペクチンも豊富に含まれています。 血糖値の急な上昇を防いで、コレステロール値を下げる働きがあり、腸内環境を整えて、生活習慣病の予防改善にもつながります。

いちごには「カリウム」が含まれて、体内の余分な塩分を排出して体のむくみ解消や血圧が高い方などにおすすめ。またペクチンは水に溶けて、ゲル状になって排便を促してくれ、便通にお困りの方にぴったりな果物となってます。


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2022年12月18日 (日)

「岸辺露伴は動かない」一挙放送

NHKがお届けする「イッキ見!」年末年始に話題の番組 一挙放送&配信!


ヘブンズ・ドアー!今、心の扉は開かれる―不思議を超えた世界へ奇妙な冒険を露伴とともに!

「岸辺露伴は動かない」

1話~3話(2020年放送):[総合] 1221(午後11:50 ~ 

4話~6話(2021年放送):[総合] 1222(午後11:50 ~ 

【原作】荒木飛呂彦 【出演】高橋一生 飯豊まりえ ほか

https://www.nhk.jp/p/ts/YM69Q8456J/


1221(午後11:50 ~ 翌午前0:40

(1)「富豪村」

周囲から隔絶された山奥に豪邸が立ち並ぶ「富豪村」。所有者はいずれも各界で成功した大富豪ばかりで、20代でこの村の土地を所有して成功しているという。ただし、ある条件をクリアしないと買うことが許されないらしい。真偽を確かめるべく露伴(高橋一生)は、編集者の泉京香(飯豊まりえ)と共に富豪村に赴く。そこで課されたのは奇妙な試験だった。それは「マナー」。マナーに寛容はない。「正しい」か「正しくない」か


1222(午前0:40 ~ 1:30(※水曜深夜)

(2)「くしゃがら」

露伴(高橋一生)は同僚の漫画家・志士十五(森山未來)から奇妙な相談を受ける。担当の編集者から「くしゃがら」という言葉は使用禁止だと言われたのだ。しかしネットにもどんな辞書にも意味は載っていない。使うなと言われると使いたい。だが意味を知らないと使えない。何かにとりつかれたようになった十五を露伴がヘブンズ・ドアーで「本」にすると、そこにはうごめく何かが存在していた。


1222(午前1:30 ~ 午前2:22(※水曜深夜)

(3)「D.N.A」

担当編集の京香(飯豊まりえ)から付き合っている写真家の平井太郎(中村倫也)の記憶喪失を催眠術で探って欲しいと頼まれた露伴(高橋一生)。写真家だった太郎は6年前に交通事故にあい、一命は取り留めたが、社会復帰できずにいた。京香に太郎を紹介され話しているところに娘を抱えた片平真依(瀧内公美)が通りかかる。すれ違い様、娘の手が太郎の袖をつかみ転倒させてしまう。露伴はその瞬間、娘に異変を感じていた。


1222(午後11:50 ~ 翌午前0:40

(4)「ザ・ラン」

露伴は会員制のスポーツジムで橋本陽馬という若い男と出会う。陽馬は駆け出しのモデルで、事務所の社長から「体を作れ」と指示されてジムに通う、無気力でつかみどころのない青年だった。だがこの日を境に陽馬はランニングにのめり込むようになり、走りに対する執着は次第に常軌を逸していく。ある日、久しぶりに露伴の前に姿を見せた陽馬は見違えるほど自信に満ちあふれていた。そして陽馬は、露伴にある勝負を提案する


1223(午前0:40 ~ 1:30(※木曜深夜)

(5)「背中の正面」

露伴の家にリゾート開発を請け負う会社に勤める男、乙雅三が尋ねてきた。家の中に招き入れると、男はなぜか背中を壁につけたまま、ずりずりと不自然なかっこうで入ってくる。靴を脱ぐときも、椅子に座るときも、紅茶を飲むときも、愛想笑いをしながら、男は決して露伴に背中を見せようとしない。その奇妙な行動に猛烈に好奇心をかきたてられた露伴は策を弄して無理やり男の背中を見てしまう。すると背中を見られた男を異変が襲う


1223(午前1:30 ~ 2:22(※木曜深夜)

(6)「六壁坂」

露伴は妖怪伝説を取材するためだけの理由で六壁坂村の山林を買い破産してしまう。財産よりもネタが大事な露伴は妖怪伝説の謎を追って京香と村を訪れるが、手掛かりは見つからない。そんな時、露伴の前に現れたのは村一番の名家の跡取り娘、大郷楠宝子だった。楠宝子は露伴が村を訪ねた理由を探ってくるが、自らも何かを隠しているようだ。楠宝子をヘブンズ・ドアーで読んだ露伴は、楠宝子と六壁坂にまつわる驚がくの真実を知る。


新作もお楽しみに!

[総合] 1226(午後10:00 ~ (7)「ホットサマー・マーサ」

[総合] 1227(午後10:00 ~ (8)「ジャンケン小僧」

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岸辺露伴は動かない

https://www.nhk.jp/p/ts/YM69Q8456J/

2022年12月17日 (土)

柿食えば〜

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金が鳴るなる〜師走かな。

美味しい柿をありがとうございます。

2022年12月16日 (金)

ドラマ『まんが道』全話再放送

『まんが道』藤子不二雄(A) 原作

二人で一人の若き漫画家が歩んだ波乱万丈な人生

 

【総合テレビ再放送】

『まんが道~青春編』

<第1回~第8回:1219日(月) 午後1150分~>

<第9回~最終回 1220日(火)午後1150分~>

 

1986年度に放送した『まんが道』は、『ドラえもん』をはじめ、『怪物くん』や『パーマン』を生み出した漫画家・藤子不二雄、のちの藤子不二雄(A)と藤子・F・不二雄の二人が、漫画に熱中した青春を、故郷・富山県高岡市時代を中心に、二人が漫画家を目指して上京するまでをユーモラスに描いたドラマです。今年8月に再放送した際にも話題となりました。


そして『まんが道』の続編となる『まんが道~青春編』は、上京後の二人が困難を乗り越えて漫画家として自立する姿を描いています。今回は全15回を2日にわたり一挙放送される。

 

『まんが道』ダイジェスト動画

https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009040234_00000


手塚治虫に憧れて先生にあやかって、「足塚茂道」と名乗り、まんが家を目指す満賀道雄(竹本孝之)と才野茂(長江健次)。二人は高校卒業後、いったんは故郷富山で就職するが、まんが家への道を歩んでゆく。

 

『まんが道~青春編』ダイジェスト動画

https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009044189_00000

【出演】竹本孝之 長江健次 冨士眞奈美 天地総子 蟹江敬三 ケーシー高峰 伊東四朗 水前寺清子 北村総一朗 鈴木保奈美 森高千里 高木美保 松田洋治 河島英五 江守徹 ほか  

 

【内容】 

プロの漫画家を目指し、故郷の高岡から上京した満賀道雄と才野茂。両国の叔母の家に下宿することになった二人は、さっそく行動開始。漫画を描きながら、原稿片手に出版社を回り始めた。少しずつ、仕事が入ってくるようになっていった二人に、尊敬する手塚治虫から願ってもない知らせが 

 

『まんが道』番組エピソード記事

https://www2.nhk.or.jp/archives/search/special/detail/index.cgi?d=drama005

2022年12月15日 (木)

「科学者と芸術家」寺田寅彦

科学者と芸術家


寺田寅彦




 芸術家にして科学を理解し愛好する人も無いではない。また科学者で芸術を鑑賞し享楽する者もずいぶんある。しかし芸術家の中には科学に対して無頓着であるか、あるいは場合によっては一種の反感をいだくものさえあるように見える。また多くの科学者の中には芸術に対して冷淡であるか、あるいはむしろ嫌忌の念をいだいているかのように見える人もある。場合によっては芸術を愛する事が科学者としての堕落であり、また恥辱であるように考えている人もあり、あるいは文芸という言葉からすぐに不道徳を連想する潔癖家さえまれにはあるように思われる。

 科学者の天地と芸術家の世界とはそれほど相いれぬものであろうか、これは自分の年来の疑問である。

 夏目漱石先生がかつて科学者と芸術家とは、その職業と嗜好を完全に一致させうるという点において共通なものであるという意味の講演をされた事があると記憶している。もちろん芸術家も時として衣食のために働かなければならぬと同様に、科学者もまた時として同様な目的のために自分の嗜好に反した仕事に骨を折らなければならぬ事がある。しかしそのような場合にでも、その仕事の中に自分の天与の嗜好に逢着して、いつのまにかそれが仕事であるという事を忘れ、無我の境に入りうる機会も少なくないようである。いわんや衣食に窮せず、仕事に追われぬ芸術家と科学者が、それぞれの製作と研究とに没頭している時の特殊な心的状態は、その間になんらの区別をも見いだしがたいように思われる。しかしそれだけのことならば、あるいは芸術家と科学者のみに限らぬかもしれない。天性の猟師が獲物をねらっている瞬間に経験する機微な享楽も、樵夫が大木を倒す時に味わう一種の本能満足も、これと類似の点がないとはいわれない。

 しかし科学者と芸術家の生命とするところは創作である。他人の芸術の模倣は自分の芸術でないと同様に、他人の研究を繰り返すのみでは科学者の研究ではない。もちろん両者の取り扱う対象の内容には、それは比較にならぬほどの差別はあるが、そこにまたかなり共有な点がないでもない。科学者の研究の目的物は自然現象であってその中になんらかの未知の事実を発見し、未発の新見解を見いだそうとするのである。芸術家の使命は多様であろうが、その中には広い意味における天然の事象に対する見方とその表現の方法において、なんらかの新しいものを求めようとするのは疑いもない事である。また科学者がこのような新しい事実に逢着ほした場合に、その事実の実用的価値には全然無頓着に、その事実の奥底に徹底するまでこれを突き止めようとすると同様に、少なくも純真なる芸術が一つの新しい観察創見に出会うた場合には、その実用的の価値などには顧慮する事なしに、その深刻なる描写表現を試みるであろう。古来多くの科学者がこのために迫害や愚弄の焦点となったと同様に、芸術家がそのために悲惨な境界に沈淪せぬまでも、世間の反感を買うた例は少なくあるまい。このような科学者と芸術家とが相会うて肝胆相照らすべき機会があったら、二人はおそらく会心の握手をかわすに躊躇しないであろう。二人の目ざすところは同一な真の半面である。


 世間には科学者に一種の美的享楽がある事を知らぬ人が多いようである。しかし科学者には科学者以外の味わう事のできぬような美的生活がある事は事実である。たとえば古来の数学者が建設した幾多の数理的の系統はその整合の美においておそらくあらゆる人間の製作物中の最も壮麗なものであろう。物理化学の諸般の方則はもちろん、生物現象中に発見される調和的普遍的の事実にも、単に理性の満足以外に吾人の美感を刺激する事は少なくない。ニュートンが一見捕捉しがたいような天体の運動も簡単な重力の方則によって整然たる系統の下に一括される事を知った時には、実際ヴォルテーアの謳うたったように、神の声と共に渾沌こんとんは消え、闇やみの中に隠れた自然の奥底はその帷帳とばりを開かれて、玲瓏たる天界が目前に現われたようなものであったろう。フォークトはその結晶物理学の冒頭において結晶の整調の美を管弦楽にたとえているが、また最近にラウエやブラグの研究によって始めて明らかになった結晶体分子構造のごときものに対しても、多くの人は一種の「美」に酔わされぬわけに行かぬ事と思う。この種の美感は、たとえば壮麗な建築や崇重な音楽から生ずるものと根本的にかなり似通ったところがあるように思われる。


 また一方において芸術家は、科学者に必要なと同程度、もしくはそれ以上の観察力や分析的の頭脳をもっていなければなるまいと思う。この事はあるいは多くの芸術家自身には自覚していない事かもしれないが、事実はそうでなければなるまい。いかなる空想的夢幻的の製作でも、その基底は鋭利な観察によって複雑な事象をその要素に分析する心の作用がなければなるまい。もしそうでなければ一木一草を描き、一事一物を記述するという事は不可能な事である。そしてその観察と分析とその結果の表現のしかたによってその作品の芸術としての価値が定まるのではあるまいか。

 ある人は科学をもって現実に即したものと考え、芸術の大部分は想像あるいは理想に関したものと考えるかもしれないが、この区別はあまり明白なものではない。広い意味における仮説なしには科学は成立し得ないと同様に、厳密な意味で現実を離れた想像は不可能であろう。科学者の組み立てた科学的系統は畢竟するに人間の頭脳の中に築き上げ造り出した建築物製作品であって、現実その物でない事は哲学者をまたずとも明白な事である。また一方において芸術家の製作物はいかに空想的のものでもある意味において皆現実の表現であって天然の方則の記述でなければならぬ。俗に絵そら事という言葉があるが、立派な科学の中にも厳密に詮索すれば絵そら事は数えきれぬほどある。科学の理論に用いらるる方便仮説が現実と精密に一致しなくてもさしつかえがないならば、いわゆる絵そら事も少しも虚偽ではない。分子の集団から成る物体を連続体と考えてこれに微分方程式を応用するのが不思議でなければ、色の斑点を羅列して物象を表わす事も少しも不都合ではない。


 もう少し進んで科学は客観的、芸術は主観的のものであると言う人もあろう。しかしこれもそう簡単な言葉で区別のできるわけではない。万人に普遍であるという意味での客観性という事は必ずしも科学の全部には通用しない。科学が進歩するにつれてその取り扱う各種の概念はだんだんに吾人の五官と遠ざかって来る。従って普通人間の客観とは次第に縁の遠いものになり、言わば科学者という特殊な人間の主観になって来るような傾向がある。近代理論物理学の傾向がプランクなどの言うごとく次第に「人間本位アントロポモルフェンの要素エレメンテ」の除去にあるとすればその結果は一面において大いに客観的であると同時にまた一面においては大いに主観的なものとも言えない事はない。芸術界におけるキュービズムやフツリズムが直接五官の印象を離れた概念の表現を試みているのとかなり類したところがないでもない。


 次に、自然科学においてはその対象とする事物の「価値」は問題とならぬが、その研究の結果や方法の学術的価値にはおのずから他に標準がある。芸術のための芸術ではその取り扱う物の価値よりその作物の芸術的価値が問題になる。そうして後者の価値という事がむつかしい問題であると同様に前者の価値という事も厳密には定め難いものである。


 科学の方則や事実の表現はこれを言い表わす国語や方程式の形のいかんを問わぬ。しかし芸術は事物その物よりはこれを表現する方法にあるとも言わば言われぬ事はあるまい。しかしこれもそう簡単ではない。なるほど科学の方則を日本語で訳しても英語で現わしても、それは問題にならぬが、しかし方則自身が自然現象の一種の言い表わし方であって事実その物ではない。ただ言い表わすべき事がらが比較的簡単であるために、表わし方が多様でないばかりで必ずしもただ一つではない。芸術の表現しようとするは、写してある事物自身ではなくてそれによって表わさるべき「ある物」であろう、ただそのある物を表わすべき手段が一様でない、国語が一定しない。しかししいて言えば、一つの芸術品はある言葉で表わした一つの「事実」の表現であるとも言われぬ事はない。

 しからば植物学者の描いた草木の写生図や、地理学者の描いた風景のスケッチは芸術品と言われうるかというに、それはもちろん違ったものである。なぜとならば事実の表現は必ずしも芸術ではない。絵を描く人の表わそうとする対象が違うからである。科学者の描写は草木山河に関したある事実の一部分であるが、芸術家の描こうとするものはもっと複雑な「ある物」の一面であって草木山河はこれを表わす言葉である。しかしそのある物は作家だけの主観に存するものでなくてある程度までは他人にも普遍的に存する物でなければ、鑑賞の目的物としてのいわゆる芸術は成立せず、従ってこれの批評などという事も無意味なものとなるに相違ない。このある物をしいて言語や文学で表わそうとしても無理な事であろうと思うが、自分はただひそかにこの「ある物」が科学者のいわゆる「事実」と称し「方則」と称するものと相去る事遠からぬものであろうと信じている。


 しかしこのような問題に深入りするのはこの編の目的ではない。ただもう少し科学者と芸術家のコンジェニアルな方面を列挙してみたいと思う。


 観察力が科学者芸術家に必要な事はもちろんであるが、これと同じように想像力も両者に必要なものである。世には往々科学を誤解してただ論理と解析とで固め上げたもののように考えている人もあるがこれは決してそうではない。論理と解析ではその前提においてすでに包含されている以外の何物をも得られない事は明らかである。総合という事がなければ多くの科学はおそらく一歩も進む事は困難であろう。一見なんらの関係もないような事象の間に密接な連絡を見いだし、個々別々の事実を一つの系にまとめるような仕事には想像の力に待つ事ははなはだ多い。また科学者には直感が必要である。古来第一流の科学者が大きな発見をし、すぐれた理論を立てているのは、多くは最初直感的にその結果を見透した後に、それに達する論理的の径路を組み立てたものである。純粋に解析的と考えられる数学の部門においてすら、実際の発展は偉大な数学者の直感に基づく事が多いと言われている。この直感は芸術家のいわゆるインスピレーションと類似のものであって、これに関する科学者の逸話なども少なくない。長い間考えていてどうしても解釈のつかなかった問題が、偶然の機会にほとんど電光のように一時にくまなくその究極を示顕する。その光で一度目標を認めた後には、ただそれがだれにでも認め得られるような論理的あるいは実験的の径路を開墾するまでである。もっとも中には直感的に認めた結果が誤謬ごびゅうである場合もしばしばあるが、とにかくこれらの場合における科学者の心の作用は芸術家が神来の感興を得た時のと共通な点が少なくないであろう。ある科学者はかくのごとき場合にあまりはなはだしく興奮してしばらく心の沈静するまでは筆を取る事さえできなかったという話である。アルキメーデスが裸体で風呂桶ふろおけから飛び出したのも有名な話である。

 それで芸術家が神来的に得た感想を表わすために使用する色彩や筆触や和声や旋律や脚色や事件は言わば芸術家の論理解析のようなものであって、科学者の直感的に得た黙示を確立するための論理的解析はある意味において科学者の技巧テクニックとも見らるべきものであろう。

 もっともこのような直感的の傑作は科学者にとっては容易に期してできるものではない。それを得るまでは不断の忠実な努力が必要である。つとめて自然に接触して事実の細査に執着しなければならない。常人が見のがすような機微の現象に注意してまずその正しいスケッチを取るのが大切である。このようにして一見はなはだつまらぬような事象に没頭している間に突然大きな考えがひらめいて来る事もあるであろう。

 科学者の中にはただ忠実な個々のスケッチを作るのみをもって科学者本来の務めと考え、すべての総合的思索を一概に投機的とし排斥する人もあるかもしれない。また反対に零細のスケッチを無価値として軽侮する人もあるかもしれないが、科学というものの本来の目的が知識の系統化あるいは思考の節約にあるとすれば、まずこれらのスケッチを集めこれを基として大きな製作をまとめ渾然たる系統を立てるのが理想であろう。これと全く同じ事が芸術についても言われるであろうと信ずる。

 ある哲学者の著書の中に、小説戯曲は倫理的の実験エキスペリメントのようなものだという意味の事があった。実際たとえば理論物理学で常に使用さるるいわゆる思考実験ゲダンケンエキスペリメントと称するものはある意味において全く物理学的の小説である。かつて何人も実験せずまた将来も実現する事のありそうもない抽象的な条件の下に行なわるべき現象の推移を、既知の方則から推定し、それからさらに他の方則に到達するような筋道は、あるいは小説以上に架空的なものとも言われぬ事はない。ただ小説の場合には方則があまりに複雑であって演繹の結果が単義的ユニークでなく、答解が幾通りでもあるに反して、理学の場合にはそれがただ一つだという点に著しい区別がある。それはとにかくとして小説家が架空の人物を描き出してそれら相互の間に起こる事件の発展推移を脚色している時の心の作用と、科学者が物質とエネルギーを抽象して来てその間に起こるべき現象の径路を演繹している時のそれとはよほど似たものであるように思われる。少なくもこの種の科学者は小説家を捕えて虚言者とののしる権利はあるまい。小説戯曲によっては現実に遠い神秘的あるいは夢幻的なものもあるが、しかしこれが文学的作品として成立するためにはやはり読者の胸裏におのずから存在する一種の方則を無視しないものでなければならない。これを無視したものがあればそれはつまり瘋癲病院の文学であろう。


 芸術家科学者はその芸術科学に対する愛着のあまりに深い結果としてしばしば互いに共有な弱点を持っている。その一つはすなわち偏狭という事である。もちろんまれには卑しい物質的の利害から起こる事もないではあるまいが、それらは別問題として、科学者芸術家に多い病は、他を容いれる度量に乏しくて互いに苦々しく相排することである。これも両者の心理に共通なもののある事を示す一例と見なされる。畢竟偏狭嫉は執着の半面であるとすれば、これは芸術と科学の愛がいかに人の心の奥底に深く食い入る性質のものであるかを示すかもしれない。ちょっと考えると、少なくも科学者のほうは、学問の性質上きわめて博愛的で公平なものでありそうなのに事実は必ずしもそうでないのは謎理的パラドクシカルのようである。しかしよく考えてみると、科学者芸術家共に他の一面において本来一種の自己主義者たるべき素質を備えているべきもののようにも思われる。これは惜しむべきことであるかもしれないが、あるいはやみがたい自然の現象であるかもしれない。一面から見れば両者が往々この弱点を暴露してそれがために生ずる結果の利害を顧慮するいとまがないという事が少なくとも両者に共通な真剣な熱情を表明するのであるかもしれない。


 科学者と芸術家が別々の世界に働いていて、互いに無頓着であろうが、あるいは互いに相反目したとしたところが、それは別にたいした事でもないかもしれない。科学と芸術それぞれの発展に積極的な障害はあるまい。しかしこの二つの世界を離れた第三者の立場から見れば、この二つの階級は存外に近い肉親の間がらであるように思われて来るのである。

(大正五年一月、科学と文芸)



「寺田寅彦随筆集 第一巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店 194725日第1刷発行


「寺田寅彦」青空文庫 作品リスト

https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person42.html

2022年12月14日 (水)

リンゴを三方向から観察

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2022年12月13日 (火)

今年の漢字は「戦」に決定

【今年の漢字】2022年

1位「戦」(1804票)

「戦」が選ばれたのは、アメリカの同時多発テロ事件などがあった2001年以来、2回目です。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻など戦争を意識した年であったことや、円安・物価高など生活の中での「戦い」を応募者の多くが体感した。

2位「安」(1616票)

記録的な円安のほか、事件や事故などで安心安全が脅かされ、人々が不安を感じた1年だったとする理由が多かった。

3位「楽」(7999)

協会では新型コロナの影響による行動制限が緩和され、旅行やイベントなどを楽しむ人が増えてきたのを理由にあげています。

4位「高」(3779)

5位「争」(3661)

6位「命」(3512)

7位「悲」(3465)

8位「新」(3070)

9位「変」(3026)

10位「和」(2751)

11位「円」(2739)

12位「幸」(2410)

13位「勝」(2394)

14位「平」(2275)

15位「壺」(2262)

16位「二」(2236)

17位「金」(2021)

18位「乱」(1969)

19位「死」(1923)

20位「旅」(1787)


【速報】今年の漢字は「戦」に決定 ウクライナ侵攻・北朝鮮の相次ぐミサイル発射などが理由 2001年以来「2度目」2位は「安」3位は「楽」4位は「高」京都・清水寺で発表(MBSニュース) 

https://news.yahoo.co.jp/articles/06bb2ab1afaf1bef8756efb0beae2670af51fba2

2022年12月12日 (月)

NHK BS『ボヘミアン・ラプソディ殺人事件』12月14日再放送

NHK『ボヘミアン・ラプソディ殺人事件』(2002年)のアンコール放送決定。フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)の生涯をはじめ、クイーン(Queen)「ボヘミアン・ラプソディ」の成立にまつわる謎を、日本とイギリスの2人の架空の捜査官が探りながら解き明かしていく番組。NHK BSプレミアムの番組『プレミアムカフェ』内での放送で、1214日(水)に放送されます。


『プレミアムカフェ 世紀を刻んだ歌2 ボヘミアン・ラプソディ殺人事件』

NHK BSプレミアム 20221214日(水)午前9:00 ~ 午前10:25 (85)

NHK BSプレミアム 20221215日(木)午前0:00〜午前1:25 (85)


<放送番組>

『ハイビジョンスペシャル  世紀を刻んだ歌2 ボヘミアン・ラプソディ殺人事件』(2002年)

初回:NHK BShi 2002327


クイーンの人気を不動のものにした「ボヘミアン・ラプソディー」。独特な歌詞と楽曲構成を持つ、この個性的な曲がイギリスで「20世紀最高の歌」で一位に選ばれました。この歌のどこに人々は惹きこまれたのか、その謎を殺人事件に見立てて刑事が推理していく内容で、バンドのヒストリー、曲に秘められた物語、時代背景などで解き明かしていきます。


【出演】西田尚美,キリ・パラモア,デ-モン閣下,サンプラザ中野くん,【語り】黒田あゆみ,【スタジオゲスト】エンターテイナーグッチ裕三,【スタジオキャスター】渡邊あゆみ


番組ページ

https://www.nhk.jp/p/pcafe/ts/LR4X1K4WV7/

十二支と十干を合わせて60通

十干(じっかん)は「甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)」と10種類。


十二支は「子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)・巳(み)・午(うま)・未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(い)となります。もともと12ヶ月の順を表わす呼び名でしたが、わかりやすいように鼠、牛、虎、兎、竜、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪と12種の動物。


十二支と十干を組み合わせると60通で、一巡すれば還暦となる。

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ドラマ『岸辺露伴は動かない』第1〜6話の再放送が決定。

原作:荒木飛呂彦×主演:高橋一生のミステリー・ドラマ『岸辺露伴は動かない』。新作の第7話と第8話の放送を前に、第1〜6話の再放送が決定。NHK総合で12月21日(水)、22日(木)に放送されます。また関連イベント<ドラマ「岸辺露伴は動かない」展>が仙台、富山、札幌、熊本、渋谷の全国5会場を巡回決定

<再放送スケジュール>[NHK総合]

2022年12月21日(水)よる11:50〜翌・午前0:39 第1話「富豪村」

2022年12月22日(木)午前0:40〜1:29 第2話「くしゃがら」

2022年12月22日(木)午前1:30〜2:19 第3話「D.N.A」

2022年12月22日(木)よる11:50〜翌・午前0:39 第4話「ザ・ラン」

2022年12月23日(金)午前0:40〜1:29 第5話「背中の正面」

2022年12月23日(金)午前1:30〜2:19 第6話「六壁坂」

<新作 放送スケジュール>[NHK総合]

第7話 「ホットサマー・マーサ」 2022年12月26日(月) よる10:00〜10:54

第8話 「ジャンケン小僧」 2022年12月27日(火) よる10:00〜10:54

[NHK BS4K]

2023年1月14日(土) よる9:00〜10:48 第7話、第8話 

<関連イベント>

■ドラマ「岸辺露伴は動かない」展 (入場無料)

第2期の放送にあわせて昨年末から今年年始にかけてNHK仙台放送局で開催し、北海道から沖縄県まで延べ1万人超のファンの皆さんにご来場いただいたドラマ「岸辺露伴は動かない」展が、今回は全国5会場を巡回しての開催となります。

番組の撮影で実際に使用した衣装、小物、美術、「ヘブンズ・ドアー」の特殊造形など、ここでしか見られない貴重な資料が展示されます。また注目は、会場に露伴の書斎を再現。ドラマの世界を体感できる構成になっています。

【会期・会場】

・仙台展 会期:2022年12月18日(日)〜2023年1月9日(月・祝)

会場:NHK仙台放送局 (宮城県仙台市青葉区本町2-20-1)

・富山展 会期:2023年1月14日(土)〜1月29日(日)

会場:NHK富山放送局 (富山県富山市新桜町4-8)

・札幌展 会期:2023年2月4日(土)〜2月19日(日)

会場:NHK札幌放送局 (北海道札幌市中央区北1条西9-1-5)

・熊本展 会期:2023年3月11日(土)〜3月26日(日)

会場:NHK熊本放送局 (熊本県熊本市中央区花畑町5-1)

・東京展 会期:2023年4月開催予定

会場:NHKプラスクロスSHIBUYA (東京都渋谷区渋谷2-24-12渋谷スクランブルスクエア14F)

*会場ごとに展示内容が一部かわります。

番組ページ

https://www.nhk.jp/p/ts/YM69Q8456J/

2022年12月11日 (日)

『諫早菖蒲日記』野呂邦暢

幕末の諫早に生きる少女の瑞々しい視線、

潰走の船路に幻出する不知火、

籠城の衆の鬨―


向田邦子は小説 「諫早菖蒲日記」 にすっかり魅了されて、熱心にこのテレビドラマ化を企画していた。しかし突然の航空機墜落事故で帰らぬ人となり実現されなかった。


「語り手を一人に限定するのは、一点集中の語りであって、この技法はカメラのファインダーに似ている。一点の覗き穴が威力を発揮する一方で、見る世界が小さく限られる。……野呂邦暢はつねに試みの尺度をきびしく設定した。『初めての歴史小説』にとりわけはっきりと見てとれる。四百枚をこえる三部作が、みごとに一つの覗き穴の視点に合わされ、その遠近法でもって、きびしく構成されている。語られる人と語り手が、たえず相手を見つめ合い、それが一種緊迫した生理的リズムを生み出してくる」(池内紀 本書掲載エッセイより)


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    第一章

 まっさきにあらわれたのは黄色である。

 黄色の次に柿色が、その次に茶色が一定のへだたりをおいて続く。

 堤防の上に五つの点がならんだ。

 堤防は田圃のあぜにいる私の目と同じ高さである。点は羽を広げた蝶のかたちに似ている。河口から朝の満ち潮にのってさかのぼってくる漁船の帆が、その上半分を堤防のへりにのぞかせているのである。


「遠眼鏡」で観察しているのが十五歳の少女「志津」で、時代は嘉永から安政に成り代わった頃である。さらにのぼりふじの紋所の帆を揚げた諫早の藩船・韋駄天丸が映る。

佐賀からの注進船がしげくなって、何やらただならぬ気配を伝えている。時代が大きく動く前触れ、志津の父は諫早藩の砲術指南役であった。


子供から大人への過渡期にある志津には、ひそかに思う人、執行家の次男・直次郎がいた。

第一章で佐賀表諫早屋敷に、藤原作平太の娘・志津を奉公に差し出すようにとくるが「ゆくゆくは婿をとって藤原家を継ぐ身、そのこと申し上げて御免こうむる」とした。

志津は藤原家の一人娘だったのだ。

第二章では志津が「みずご」の意味を「流れ亡者」と思い違える会話がある。

「一人娘」そして「みずご」の伏線が、第三章に志津の亡き弟の存在へつながってくる。


第一章で「くちぞこ」という魚について語る彼女の利発なキャラクター。


(半開きにした分厚い唇、世の中はこんなものだとでもいいたげなどんよりとした眼がせまい眉間の下で今にもくっつきそうに寄っており、とがった頭はそりたての月代に似ている。まったく当地のお侍は、脳天をそり上げることだけにしか感心がないようだ。それ以外の、たとえば禄を削られること、外国船が我が国をおそうこと、その船には死人をもよみがえらせる術を心得た医師が乗っていることなどより、そりのこした月代の無駄毛一本の方が気がかりなのである。鍋島様からいじめられるのもこれでは当たり前だ。佐賀は諫早をあなどっている。」


そして第二章では、刃傷沙汰に及んだ諫早藩の家臣が切腹に至る経緯に、志津が父を問い詰める場面がある。

「父上、それはきこえませぬ、女子といえども家のもと、国のもとはいうに及ばず物事のぜひもわきまえておかねばと日ごろ、仰せられます、安城寺での刃傷は野村殿にわかの乱心でありましょうか、事のなりゆき、正邪の別を志津にもわかるようにおきかせ下さい。」


直次郎への密かなな思いと、きめ細やかな自然描写が美しくやさしく全体をおおっている。そんな言葉の数々が息づいて味わい深い。


三章を読み終えて「あとがき」に至ると、作者の関わりが記さられている。

「私がいま住んでいる家は、本書の主人公藤原作平太の娘志津がくらしていた家である。」

「この家の家主さんA夫人と私は同じ棟に住んでいる。ふとしたことで土蔵に御先祖の古文書がしまわれていることを知り、秘蔵の砲術書や免許皆伝の巻物などを見せていただいた。オランダ語から翻訳された砲術教程もあった。数十冊の古文書のうちには専門家の鑑定によれば、わが国に二、三冊しかない貴重な史料もまざっているとのことである。百二十年前、諫早藩鉄砲組方の侍たちが砲術を学び、その術を口外しないこと、また奉公に懈怠なきことを誓って署名血判した誓紙もあった。血の痕は色褪せ、薄い茶色になっていた。藩士たちの名前は諫早で親しい姓名である。私の親戚知人の先祖と思われる姓も見られた。三年前のことであった。奉書紙にしるされた薄い血の痕に鮮やかさを甦らせることが私の念願であったのだが、それが本書によってかなえられたかどうか。」


このあとがきには《昭和五十二年、春》としてある。昭和五十一年『文學界』に発表の後、翌年四月に文藝春秋から単行本とした刊行された。


諫早の地理に詳しい地図や画像検索して読むと一層楽しめると思います。


「諫早菖蒲日記」映像散歩、長崎テレビ紹介

https://youtu.be/qPgGd2uqSRM


【関連記事】

野呂邦暢と向田邦子 『それぞれの芥川賞 直木賞』より【本のことあれこれ】

 http://ameblo.jp/tukinohalumi/entry-11279563121.html 


向田邦子と野呂邦暢との秘話 :獅子ヶ谷書林・日月抄.

http://tsunoyoi18.seesaa.net/article/162175243.html 


 「なにかこう、心にしみるような小説ないかしら」と向田の問いかけに応えて、文藝春秋社の「文學界」編集長の豊田健次が野呂邦暢の「諫早菖蒲日記」を薦めて、これに心酔した向田が死の直前の野呂に「落城記」のドラマ原作権の許諾を求めて面識を得るエピソードがある。

その直後に野呂は42歳で急死して、その後の向田は野呂との約束を果たすべくドラマ製作に奔走するが、『わが愛の城-落城記より-』の完成後にとりかかるはずだった「諫早菖蒲日記」の脚本を手がけることなく向田は台湾で事故死してしまった。

防衛費の増額を増税で補うべき?

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自民党若手有志「国民の可処分所得を奪い、国内需要のさらなる縮小につながる増税を行うべきでない」と増税による財源確保に反対した上で、「防衛費増額は国債発行によるものとすべきだ」と明記した。【時事通信社】

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2022年12月10日 (土)

『表象詩人』松本清張(光文社文庫)

昭和初期の小倉。私鉄職員のわたし三輪は、陶器会社に勤める仲間、秋島、久間とともに詩を愛好していた。陶器会社の高級職員・深田の家に集まっては詩論を戦わせるが、三人とも都会的な雰囲気をまとう深田の妻・明子に憧れていた。だがある夏祭りの夜、明子は死体で発見される。事件は迷宮入りとなるが…(表題作)

山中で発見された白骨の謎を追う「山の骨」も併載。


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https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334767747


『表象詩人』

 舞台は戦前の小倉で、主人公の三輪には、二人の詩人の友人がいる。ひとりは陶器工場の工員で、鋭い顔立ちの久間。もうひとりは同じ工場の用度係で、人のよさそうな秋島。彼ら三人は深田という技術者の書斎で、詩を論じていた。だが久間と秋島は互いに競争心を持ち、互いの詩に反感を持っている。


 そんな折、いつもなら久間にやりこめられている秋島が、詩と哲学について論じて久間を黙らせた。

 三輪や深田の妻で彼らの憧れである明子は感心する。秋島は久間と明子が不倫関係にあるようなことを三輪に仄めかす。

三輪は久間や秋島の秘密を知り、深田家への足が遠のくのだった。


 そして盆踊りの夜、明子が何者かに殺害される事件が起きる。「わたし」は死亡推定時刻には自宅へ戻っており、事情聴取をされただけだが、久間も秋島も容疑をかけられたようである。しかし犯人を特定するには至らず、事件は迷宮入りとなってしまった。

 それから40年後、東京で出版社の校正係をしている「わたし」が宮崎県の山村で有力者となっている秋島と再会して、明子の死を振り返ることになる。かつての「わたし」の推理は裏切られることになるが、事件の真相が明らかになるのとも違い、想像を膨らませるだけの結末である。むしろ詩人を気取っていた青年のその後の変遷が切ない。


 山前讓の解説によると、清張が18,9歳の頃の経験がもとになっている。昭和34年(192829年の頃で、小倉市(現北九州市小倉)が舞台。

当時清張が務めていた川北電気の取引先で、東洋陶器(現TOTO)の用度課員と親しくなった。その人が登場人物の久間英太郎のモデルになっている。


松本清張
1909
年北九州市生まれ。給仕、印刷工などの職業を経て、朝日新聞西部本社に入社。懸賞小説に応募入選した「西郷札」が直木賞候補となり、’53年に「或る『小倉日記』伝」で芥川賞受賞。’58年に刊行された『点と線』は、推理小説界に「社会派」の新風を呼び、空前の松本清張ブームを招来した。ミステリーから、歴史時代小説、そして古代史、近現代史の論考など、その旺盛な執筆活動は多岐にわたり、生涯を第一線の作家として送った。’92年に死去。

『羊歯行』石沢英太郎

 真夜中の散歩道、背後に視線! ――親友・三原哲郎が、天草にありえぬはずのサツマシダを採集に出かけ墜落死した、と聞いて、嬉野は疑念をもつ。三原を天草へかり立てたのは、何者かの奸策によるのでは? 友情のため、愛好するシダへの冒涜をふり払うため、嬉野が究明に動くと……。ユニークな素材で構築する、本格の名手の出世作。他に初期名作5篇を収録。解説、野呂邦暢。


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【粗筋】

 被害者は羊歯マニアで、謎を追うのが親友。被害者に羊歯の魅力を吹き込んだので、責任を感じている。

 被害者は珍しい羊歯を求めて山中で転落して事故死したらしい。しかし、ここに罠がある。危険な場所に珍しい羊歯があるのを犯人が吹き込み、被害者は目の色を変える。その場所で見つければ大発見で、マニアの性に訴えかけた。

 犯人は被害者の親戚で同じ会社、苦労人で今の同族経営の会社を大きくした。被害者は本家のボンボンで、横滑りで会社の上層部にはいってくる。

 その被害者の美しき妻に、犯人は一目惚れしてしまう。この奥さんとの性的シーンも不必要な感じはなく、終盤のクライマックスで活きるような伏線となっている。

 植物オタクの被害者は当然セックスレス、美しき妻は逞しい犯人に抱かれてしまう。

 夫の死を事故死だと思い込んでいた妻は、夫の親友から『これはそそのかして事故に追いやったのではないか』と推理を聞かされ驚いてしまう。

 周囲から早い再婚だといわれてたが、再婚相手がまさか夫を死に追いやった犯人とは。奥さんは再婚相手の身体を含めた『愛』が復讐なのか本物なのか賭けてみる。

 まず『あの崖に珍しい羊歯があるぞ』と誘惑する計画に不自然さがない。そしてその場所には土壌成分から考えて、絶対に生えているはずがない、と確信する被害者の親友(彼も羊歯マニア)にも不自然さがない。

 証拠となる羊歯標本、それは偽の採集地が記された証拠となるべきものだが、それだけでプロバビリティの犯罪を立証するのには弱すぎたのである。そこで被害者の奥さんの立ち位置が活きてくることになる。


脳腫瘍の手術を受けた、病み上がりの男がいる。男は「サツマシダ」という、シダ愛好家の世界では珍種を採るために天草のとある山に登り、山頂付近で転落死する。男には親友がいて「サツマシダ」なるものが、天草なんかにあるはずがないということを突き止める。そこから物語は始まる、だれも疑わなかった「単独遭難死」に、実は殺人の可能性があるのではないか。


『羊歯行・乱蝶ほか』石沢英太郎(講談社文庫)

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000139441

2022年12月 9日 (金)

「世阿弥の言葉」野上弥生子

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 しかし人はいうかも知れない。これらはほんの末梢的な欠点で、舞台の上の偉大な芸術はおもての鉄板の響も、電車の騒音も、ピアノも、裸電球も、悉くそれらを忘れさせ得るはずだと。――まことにそれは正しい言葉である。この仮面芸術の醸しだす比類のない陶酔感は、舞台の不完全や、幼稚な設備に思い及ぶ隙もないほどうっとりさせるのを私たちも知っている。同時にまた私たちはその愉しい恍惚は決してそうしばしばは生じ難いもので、結局能は気持はよいが退屈で、美しくはあるがもどかしいという批評が適切であることをも知っている。でなくして現在の能をそのまま全部的に肯定しようとするものがあるならば、それはよくよくの旋曲りか、気どり屋か、でなければ世にも羨やましい泰平人だと思う。とはいえ、これとても演者の技倆次第で退屈に見えたものも面白く、もどかしかったものも美しく味われるのは勿論であるが、しかし、手腕以外にも演出のすこしの工夫で救われそうな退屈やもどかしさについても、丁度橋掛りの裸電球に対すると同じ無関心が示されてはいないであろうか。いい換えれば、足利時代から徳川時代の民衆の神経と感性を標準とした演出法が昭和の今日に於いて、芝居や、映画や、レヴュウや、オペラや、ラジオの中で平気に繰り返され、その一段一章の変更にさえなにか恐怖をもっているようなのが、よそ目には殆んど滑稽に感じられるくらいである。これらは自分たちの芸術の伝統に対する慎ましい服従や精進を意味するより、むしろ怠惰と独創力の欠乏を証明するものであるかも知れない。


 これらの不満が、ある事によって常よりもそう強く感じられていた時、金剛右京氏が語ったという興味のある面の使用法を聞いた。非常に稀れではあるが曲によって仮面を二重にかけて登場する場合があるというそれは話であった。たとえば下掛りの「大会」の後シテでは大ベシミの上に釈迦の面を重ねてかけて出る。魔術によって霊鷲山の説法の有様を僧正に示していた天狗が、その冒涜を怒って天から駈け下った帝釈に本体を曝露されるとともに、上の面をはずして大ベシミに一変するので、そのために天狗の面ときまっている大ベシミも特に釈迦下と称する小形のものを用いるのだという。また観世流と金剛流だけにある「現在七面」の演出においては、金剛流では後シテに般若と小面を二枚重ねてかける。後ジテの蛇身が成仏した時、般若をはずして優に美しい小面になるわけである。仮面の正しい使い方からいえば、成仏とともに神格的なものになるので増をかけるはずであるが、二枚重ねると増では般若と眼の位置が合わないので小面に代えられるのだそうである。それに前ジテの深井の面を加えれば、この「現在七面」においては一番の能に三つまでも違った仮面が使用されるわけである。


 この自由な仮面の使用法は、前ジテと後シテを区別する二様の扮装や仮面の変化によって、わずかに二つの性格を表現するに留まっているような能の一般的な制約に対してさまざまな暗示を投げかける。たとえば一番の能に二つ以上の性格が盛られている場合に生じた従来の困難や不便は、この演出に倣うことによって容易に除去されることになる。私たちはそのもっとも適切な例を「葵上」に見出すであろう。見るからにもの凄い泥眼や般若をつけたシテ六条の御所の生霊が、ワキなる横河の小聖の押し揉む念珠の下で、あらあら怖ろしの般若ご文やな、と安坐し、読誦のこえを聞く時はとつづく地の合唱で、成仏得脱の表現として扇子をかざして舞い悦ぶキリの一段が、誰にも思うように演じにくいのは、生霊のままの般若を依然としてかけているためである。あの般若の面が光り輝くように見えなければ駄だと、桜間金太郎氏はよく父の左陣から叱られたとのことであるが、左陣のような名人ならいざ知らず、般若に優しい歓喜をあらわせようとすることにすでに無理が潜んでいる。「現在七面」の後シテの例に準じて、もしここにも般若と小面が二枚重ねてかけられたならば、私たちはどの舞台においても完全に額の角を折った、そうして再び高貴に美しいあでびととなった六条の御所の姿を橋掛りに見送ることが出来るだろうと思う。


 誰かこの新らたな演出を「葵上」に試みないであろうか。これは「隅田川」の子方以上に興味ある研究であることはたしかであるとともに、能の再生のためにはいつかはきっと起らなければならない世阿弥のいわゆる当世の改変についても、一歩を印するものとなるであろう。


『野上弥生子随筆集』(岩波文庫)より

「世阿弥の言葉」【前半へつづく


http://pengiin.seesaa.net/article/494657286.html

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『藤子・F・不二雄 SF短編ドラマ』はNHK BSプレミアム・BS4Kで2023年春放送。

藤子・F・不二雄が描いた刺激的でシュールなSF短編漫画を実写化。『藤子・F・不二雄 SF短編ドラマ』はNHK BSプレミアム・BS4Kで2023年春放送。“僕にとっての「SF」はサイエンス・フィクションではなく「少し不思議な物語」のSとFなのです。”(藤子・F・不二雄)。

以下インフォメーションより


国民的漫画家、藤子・F・不二雄は、「ドラえもん」「オバケのQ太郎(共著)」「パーマン」「キテレツ大百科」など児童漫画の名作の数々を送り出してきました。そんな藤子には、もう一つのライフワークがありました。「ドラえもん」の連載が始まる前年の1969年、大人向けコミック誌にSF「ミノタウロスの皿」を発表。その衝撃的な内容が評判となり、その後、生涯にわたり、刺激的でシュールな味わいのあるSF短編を多く執筆していたのです。その作品数は110以上に上り、未知のウイルスによる未曽有の災厄、核戦争の脅威、食糧危機と超高齢化、神の領域まで浸食する生命科学技術など、まるで21世紀の世界を藤子が予見していたかのような物語が描かれています。藤子ファンにとっては、どれも傑作ぞろいと言われ、長年本格的なドラマ化が待ち望まれていたシリーズです。

2023年、藤子・F・不二雄生誕90周年の年に、満を持して10作品を実写ドラマとして放送する運びとなりました。今回そのうちの5作品について、作品名と出演者を発表いたします。

コロナ禍を彷彿(ほうふつ)させるウイルスのはびこる世界を描いた「流血鬼」(前後編)には、金子大地さん、堀田真由さん、加藤清史郎さん、締め切りに追われる漫画家がタイムスリップする「昨日のおれは今日の敵」に塚地武雅さん、人の心の声が聞こえる不思議な実を手にした青年の物語「テレパ椎」に水上恒司さん、食糧危機に陥った未来の老人の悲哀を描いた「定年退食」に加藤茶さん、井上順さん、悪魔との魂の取引をコミカルに描く「メフィスト惨歌」に又吉直樹さん、鈴木杏さん、遠藤憲一さんといった、若手からベテランまで実力派俳優が揃いました。未来への警鐘ともとれる普遍的な作品の数々がどのような映像になるのでしょう?刺激的で不思議でありながら、笑いも散りばめられた珠玉のエンターテインメントドラマをお楽しみに。

■『藤子・F・不二雄 SF短編ドラマ』

【放送】
2023年 春 BSプレミアム・BS4K 15分×12回予定

【出演】

●「流血鬼」(前後編)
金子大地、堀田真由、加藤清史郎/福山翔大、宮川一朗太、宮﨑吐夢、片岡礼子

●「昨日のおれは今日の敵」
塚地武雅/高橋努、アベラヒデノブ、宮下かな子、本多力

●「テレパ椎」
水上恒司/坂口涼太郎、北香那、岡崎体育、富田望生、やついいちろう

●「定年退食」
加藤茶、井上順/山崎潤、原扶貴子、池田鉄洋、中山翔貴、白鳥沙良、神谷圭介、吉田正幸、小出圭祐、上原りさ、山崎あみ、三ツ矢雄二、ベンガル

●「メフィスト惨歌」
又吉直樹、鈴木杏、遠藤憲一/武内駿輔、渡辺哲、大方斐紗子、大和田伸也
(以上順不同。放送順は未定。上記以外にさらに5作品6話を放送予定。)

【脚本・演出】
有働佳史、家次勲、本多アシタ、倉本美津留、宇野丈良(順不同)
【制作統括】
古屋吉雄(NHK) 川崎直子(NHKエンタープライズ) 上田勝巳(ライツ)

■【出演者コメント】
https://www.nhk.jp/g/blog/1e87tsczhd8/

ブラ番組が脳に悪いという

一番面白いと思う街ブラ番組Top5
1位 『モヤモヤさまぁ~ず2……86(38.7)
2位 『有吉くんの正直さんぽ』……24(10.8)
3位 『ブラタモリ……15(6.8)
4位 『ぶらり途中下車の旅』……9(4.1)
5位 『ごぶごぶ』……6(2.7)


◆テレビは様々な情報が得られて非常に便利です。でも脳に悪影響を与えている可能性がある。脳の機能を低下させるような刺激にあふれてます。面白い番組がやっているからと、テレビを長時間見続けることは脳に及ぼすマイナスの要素が非常に大きい。

テレビを見るときの脳の活動を測定すると、後頭葉(見る)と側頭葉(聞く)は活発に働きますが、前頭葉(考える)は、『目を閉じて何もしていない時』よりも活動が抑制される。テレビを見ることは脳が寝ているのとほぼ同じ状態に置かれる。


様々な疫学研究のデータからも、テレビを見る時間が長い高齢者は認知機能が低下し、アルツハイマー病を発症するリスクが高いことが明らかになっている。

テレビから一方的に送られてくる情報を受け取るだけになると、脳が受動的になり活動が抑制されてしまう。

テレビを観る場合にはただ眺めるように観るのではなく、ドラマではその後の展開を予測しながら観る、誰かと会話をしてコミュニケーションをとりながら観るなど、想像力をはたらかせ脳に刺激を与えながら観るとよい。


テレビと同程度か、マイナスの要素がより強いものとしてスマートフォンがある。使用時間が1時間未満ならそれほど悪影響は出ないと考えられる。1時間以上の使用時間が長くなるほど学力が低下しやすい調査研究で示された。

2022年12月 8日 (木)

「2022ヒット商品ベスト30」発表

「日経トレンディ202212月号」 ▼Amazonで購入する では、ヒット商品をランキング形式でまとめた「2022年ヒット商品ベスト30」を発表。3年間続いている新型コロナウイルス禍における行動制限ムードが薄れる中で何がヒットしたのか。


〈全30商品のランキング発表〉

1位】Yakult1000Y1000

睡眠改善をうたう新乳酸菌飲料が社会現象に。「悪夢を見る」との噂拡散で争奪戦勃発。

店頭用の「Y1000」は、1日当たり41万本を販売、ヤクルトレディなどが販売する「Yakult1000」は、1日当たり180万本を販売。


2位】ちいかわ

SNS発のキャラが国民的キャラに成長。かわいいだけではない多様な展開で魅了。

20224月から放映する『アニメ ちいかわ』(フジテレビ系列)。アニメで流れる歌も人気で6月にデジタル配信を開始した。20212月から発行されている『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』(講談社)は、Twitterで連載する漫画を書籍化。227月に4巻目が発刊された。


3位】PCM冷却ネックリング

2428度で凍る新冷感グッズが瞬間蒸発。「行動制限なし」の夏のお守りとしてブレイク。

大人用や子供用などサイズは様々。カラーバリエーションや模様も豊富で、使用シーンや服装に合わせて選べる。写真の商品はアイスリング(FO・インターナショナル) 


4位】トップガン マーヴェリック

36年ぶりの続編がまさかの興収132億円超え。若者もはまった追いトップガン現象。

興行収入は132億円を突破した。(c2022 Paramount Pictures


5位】完全メシ

ジャンクな装いのバランス栄養食品が計400万食。「意識高くない」3040代男性の心に刺さる。

カップライス「日清カレーメシ」の完全メシ版である「カレーメシ 欧風カレー」 


6位】炭酸飲料対応ボトル

国内メーカーの保冷ボトルがついに炭酸対応。外出ムードも後押しし約36万本の市場が誕生。

真空断熱炭酸ボトル(タイガー魔法瓶)は0.5リットル、0.8リットル、1.2リットル、1.5リットルの4タイプがある


7位】翠ジンソーダ缶

踊り場のレサワブームの中、突如現れた新星。居酒屋メシに合う食中酒が350万ケース。

年末に累計350万ケースを達成する見通し


8位】日産サクラ/eKクロス EV

4カ月で計36600台超を受注。補助金で「200万円の壁」を越えて軽EVが快走。

「日産サクラ」だけで、2022924日に受注台数が3万台を突破


9位】スプラトゥーン3

発売3日で345万本の最高記録を樹立。初心者歓迎のポップなシューティング。

パッケージとダウンロード版の合計で発売3日間で345万本を国内で販売。


10位】冷やし中華

「氷入りでレンチン」の衝撃で200万食超。麺の食感と簡便さも受けた夏の新冷食。

9月までの販売で200万食超を突破した


11位】ファブリーズ お風呂用防カビ剤

新規参入でいきなりシェア2割獲得。究極の手軽さで防カビ需要を開拓。


12位】SHEIN

アプリ利用者数はZOZO超え。安くて映える服でZ世代を魅了。

デザイナーが3000人以上所属しており、流行を追ったデザインの衣服を、驚異的な速さで多数開発できる


13位】Tamagotchi Smart

ブームに甘んじない進取の気性。シリーズ年70万個出荷の立役者に。

シリーズ全体で、1年で国内70万個を出荷した (cBANDAI


14位】ONE PIECE FILM RED

シリーズ最高記録で22年興収1位。聴かせる映画が心をつかむ。

興行収入は171億円を突破し、『アバター』を超えて歴代11位(20221017日現在)。(c)尾田栄一郎/2022「ワンピース」製作委員会


15位】アリナミンナイトリカバー

寝る前にドリンク剤を飲む新習慣。睡眠ブームを背景に1250万本超。


16位】第2次カヌレブーム

フランス発の伝統菓子が再ヒット。大手製菓やコンビニからも進化系。

「濃密カヌレ」(ローソン)は、発売14日間で累計販売数400万個を突破


17位】セカンド冷凍庫

「スリム」「両開き」で成長が再加速。シャープは前年同期比5倍売る躍進。


18位】アサヒ生ビール

ビール党以外にも「おつかれ生」現象。479万箱で3強の一角に食い込む。


19位】YOLU

「寝ながらヘアケア」で時短も訴求。約1年で累計約1000万本販売。


20位】instax mini Evo

デジアナ融合に成功しカメラ2位。レトロな外観で中高年男性も手に。


21位】SPY×FAMILY

漫画アプリ発の人気作がアニメ化。「アーニャ」がSNS上のアイドルに。

「少年ジャンプ+」の「総合ランキング」では他に差を付けて1位。累計発行部数2650万部突破。(c)遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会


22位】チューナーレステレビ

リアルタイム視聴不要派に大人気。動画配信の波に乗り数万台市場に。

ドン・キホーテだけで累計17000台を販売


23位】ナイトミン 耳ほぐタイム

耳を温める新発想で安眠を訴求。SNSでの好感相次ぎ146万個出荷。


24位】ぷにるんず

出荷再開のたびに売れ30万個突破。ギミックで「触る」をデジタル化。(c TOMY


25位】旅行ガチャ

行き先が選べないランダム旅行。ワクワク感とお得感で人気高める。

ピーチ・アビエーションの「旅くじ」は、累計27000個を販売した


26位】ワークマン キャンプギア

自社開発素材と通販で価格破壊。初心者を取り込み約40億円を達成。

ギア全体で270万点、約40億円を売り上げた


27位】丸ごとシイタケスナック

ジャンキーでも罪悪感がない新感覚。シイタケ嫌いも取り込み人気拡大。

しいたけスナック(ドン・キホーテ)の売り上げ規模は、月間5000万円以上に


28位】卓上サワー

自由に酒をつげてすぐに飲める。コト消費人気で店舗採用率3倍超。

0秒レモンサワー 仙台ホルモン焼肉酒場 ときわ亭」。2年で50店舗のスピード出店


29位】大阪中之島美術館

開館初年に「10万人超え」を連発。写真映えで若年層も取り込む。

開館8カ月で入場者約47万人を達成した


30位】三井住友カード ゴールド(NL

無料化と高還元で人気急上昇。普段使いでのお得に競争軸をシフト。

ゴールドカードの年間発行枚数が従来ゴールドカードに比べて前年比で18.9


2022年ヒット商品ベスト30」のランキング選考基準

 202110月から229月の間に発表・発売された商品・サービスなどを対象にヒットの度合いを評価した。具体的には右の3項目に沿って総合的に判定した。期間前に発表・発売された商品でも、期間内に著しくヒットしたものは対象に加えた。昨年に既にヒットしていた商品は、原則として対象外とした。 


評価項目

【売れ行き】:売り上げやシェアをどれだけ拡大したか。どれだけ人を集めたか。売れ行きはどれくらい継続する余地があるか

【新規性】:これまでにない画期的な技術、着眼点、売り方の工夫があったか

【影響力】:他社の追随を呼んだか、あるいは従来にない市場を形成したか。生活スタイルや社会の常識を変えて、世の中に影響を与えたか

2022ヒット商品ベスト30」は、「日経トレンディ」202212月号掲載。

2022年12月 7日 (水)

港から

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2022年12月 6日 (火)

鴨川四季の歌碑

京都鴨川に沿って川端通をくだって、疏水が鴨川に合流する所に歌碑はある。景勝としての鴨川を詠んだ四首を並べて、鴨川四季の歌碑がある。


桜花ちりかひかすむ春の夜の

おぼろ月夜のかもの川風   

実朝 


ちはやぶるかもの川べの藤波は

かけてわするゝ時のなきかな   

兵衛


心すむためしなりけり

ちはやぶるかものかはらの秋の夕ぐれ 

後鳥羽院 


霜うづむかものかはらになく千鳥

氷にやどる月やさむけき   

良経


歌の作者は新古今前後の人々。後鳥羽院は新古今奏上の勅命を発した帝で、藤原良経は時の摂政で編纂にも影響ある人物。

新古今集成立は詔勅の発せられた建仁元年(1201)を基準にしている。

2022年12月 5日 (月)

源実朝の和歌

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』も終わりに近づいて、実朝の代表的な歌たちを旅する。


「山はさけ海はあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも」


歌の盟友たる後鳥羽上皇への恭順の意を表した歌とされる。


「大海の磯もとどろに寄する波われてくだけてさけて散るかも」


「古寺のくち木の梅も春雨にそぼちて花もほころびにけり」


源頼朝が父の菩提を弔うために建立した勝長寿院の梅を詠んだもの。


[ちはやぶる伊豆のお山の玉椿八百万代も色はかはらし」


「箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波のよるみゆ」


箱根や伊豆を訪れた時に歌われた首たち。



「時により過ぐれば民の嘆きなり八大龍王雨やめたまへ」


建暦元年の洪水の被害に「恵みの雨も過ぎると民は嘆くことになる」から、雨を司る八大龍王に祈念して詠まれた。



「ものいはぬ四方のけだものすらだにもあはれなるかなや親の子をおもふ」


「世の中はつねにもがもななぎさこぐあまの小舟の綱手かなしも」『小倉百人一首』より


「風さわぐをちの外山に雲晴れて桜にくもる春の夜の月」


鶴岡八幡宮の流鏑馬馬場に植えられている実朝桜の碑にある首。


「こむとしもたのめぬうはの にたに秋かせふけば 雁はきにけり」


「いま来むとたのめし人は見えなくに秋かせ寒み雁はきにけり」


帰国して戻らない近臣の東重胤へ帰参するよう催促するのにに詠んだという。


「君が代も我が代も尽きじ石川や瀬見の小川の絶えじとおもへば」


鴨長明の「石川や瀬見の小川の清ければ月も流れも尋ねてぞすむ」を元にした首。


「瀬見の小川は、京都の下鴨神社が鎮座する糺の森を流れる川」


「夕されは秋風涼したなばたの天の羽衣たちや更ふらん」


「彦星の行合をまつ久方の天の河原に秋風ぞ吹く」


「桜花ちりかひかすむ春の夜のおぼろ月夜のかもの川風」


京都鴨川には『新古今和歌集』を編纂させた後鳥羽上皇、『金塊和歌集』を編んだ源実朝の歌碑がある。

https://www.yoritomo-japan.com/nara-kyoto/kamogawa-kahi.html


通称「鴨川四季の歌碑」と呼ばれている。



源実朝は「実権を北条政子や北条義時に握られ、和歌にふけるようなった」ともいわれる。和歌は曲節をつけて詠み上げられる(披講)。神仏と交感して、天下泰平・国土安穏を願われた。

後鳥羽上皇は蹴鞠や和歌を極めた。実朝にとって和歌は、後鳥羽上皇と良好な関係を築くのに不可欠なことたったようだ。


「出でて去なばぬしなき宿となりぬとも軒端の梅よ春を忘るな」


実朝が暗殺された日に詠まれたと伝えられる。承久元年1月27日、実朝は甥の公暁によって暗殺される。実朝が暗殺されたのは、鶴岡八幡宮で行われた右大臣拝賀の式後だった。拝賀式に出掛けるとき、実朝はこの歌を詠んで、髪を結ってくれた者に髪の毛を与えて出て行ったという。

〈後鳥羽上皇の十首〉

源実朝は『金槐和歌集』を作成したほど和歌の才に恵まれた人物で、後鳥羽上皇も和歌を得意としていた。それもあってか二人の相性はよかったらしく、後鳥羽上皇は自分の娘を妻として差し出し右大臣に任命するなど、源実朝に対して過分な官位も授けていた。


後鳥羽上皇の下命によって編纂された八番目の勅撰和歌集『新古今和歌集』は、上皇の精撰への情熱に応じて、長期にわたって改訂の手が加えられた。



〈後鳥羽上皇の十首〉

(一)「みわたせば 山もとかすむ 水無瀬川 夕べは秋と なにおもひけむ」

水無瀬川に別荘を作り、遊女や白拍子を招き、羽目を外した遊び三昧の日々を過ごしたという。


(二)「桜さく 遠山鳥の しだり尾の ながながし日も あかぬいろかな」

山鳥から遠い場所となる都に院はいる。閑寂な雰囲気はなく、飽きないという帝王。


(三)「山里の 峰の雨雲 途絶えして ゆふべ涼しき 真木の下露」

定家の名歌「春の夜の 夢の浮橋 途絶えして 峰にわかるる 横雲の空」を意識しているのか。


(四)「寂しさは 深山の秋の 朝くもり 霧にしをるる 真木の下露」

寂連の「寂しさは その色としも なかりけり 真木立つ山の 秋の夕暮れ」をなぞっているようだ。


(五)「このころは 花も紅葉も 枝になし しばしなきえそ まつの白雪」

定家の「見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ」を拝借している。


(六)「奥山の おどろがしたも 踏みわけて 道あるよぞと 人にしらせむ」

承久の乱前夜、鎌倉方への宣戦布告ともとれる、帝王の一首となる。


(七)「我こそは 新島守りよ 隠岐の海の 荒き波風 こころしてふけ」

乱に敗れて隠岐へ流される。「後鳥羽院遠島百首」から、遠島百首が続く。


(八)「古里を 別れ路におふ 葛のはの 風はふけども かへるよもなし」

古里に帰る術もなく、後鳥羽院も古里が恋しいのだろうか。


(九)「眺むれば 月やはありし 月ならぬ 我が身ぞもとの 春にかはれる」

あの時みた月はもはや同じ月ではない。時は変わってしまったが、自分だけは変わらずにいる。これ沈鬱な歌は「月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして」(在原業平)からパクっている。


(十)「同じ世に またすみのえの 月や見む けふこそよその 隠岐つ島守り」

晩年は寂しく過ごしたのか、でも住むならやっぱり、よその隠岐ではなく住の江がいい。さすがの帝王も意気消沈している。


「このうち、みづからの歌を載せたること、古きたぐひはあれど、十首にはすぎざるべし。しかるを、今かれこれえらべるところ、三十首にあまれり」新古今和歌集(仮名序)


「人も惜し人も恨めしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は」(後鳥羽院)


2022年12月 4日 (日)

後鳥羽上皇と承久の乱勃発について

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、後鳥羽上皇を歌舞伎役者の尾上松也さんが演じているが、ドラマにおいては最終局面に待ち受けているボスキャラ的な位置付けとなってる。

上皇が主人公・北条義時を打倒するため挙兵し、承久の乱が勃発する史実があり、そこへ最終回は向かっている。


そんな上皇は治承47月に、高倉天皇の第4皇子として生まれた。母は坊門信隆の娘・殖子。安徳天皇と後鳥羽天皇は、異母兄弟の関係にあった。平家政権の末期、治承48月に、源頼朝を中心に勢力が、反平家の旗を掲げて挙兵。寿永27月には、木曽(源)義仲の軍勢が都に迫り、対抗できぬとみた平家一門は、幼い安徳天皇を連れて西国に落ちてゆく。


都に天皇がいなくなる異常事態を解消するために、後白河法皇を中心に、新帝の即位が進められる。新帝の候補は第3皇子の惟明親王の遺児・北陸宮と、第4皇子の尊成親王。後白河法皇の後押で尊成親王が受ける。

皇位の象徴、三種の神器(八咫鏡 ・草薙剣 ・八坂瓊曲玉)は平家によって持ち去られて、後鳥羽は神器なき践祚をした。


平家は壇ノ浦で滅亡するが、神器の1つである宝剣は、海上に没して二度と見つからない。神器なき践祚をして、後年まで後鳥羽のコンプレックスとなり、強力な王権の存在を内外に示す。それが承久の乱の遠因となったともいわれる。


建久3年に後白河法皇が崩御。朝廷は九条兼実が主導、兼実は政変により失脚。建久9年、後鳥羽は土御門天皇に譲位。承久の乱が起こる1221年まで、土御門・順徳・仲恭天皇の3代、23年にわたり続く。


後鳥羽院は最初から鎌倉幕府を打倒しようとしたのではなく、幕府3代将軍・源実朝との関係は密で、生母の弟である坊門信清の娘を実朝の妻として鎌倉に下向させている。

実朝と正室の間には子どもがなく、幕府では後継者問題があり、幕府は後鳥羽院の皇子をいずれは4代将軍として鎌倉に迎えたいと考えてい。それは朝廷と幕府融和につながり、朝廷が幕府を動かすのも容易になる。

だが建保7年に実朝は甥の公暁(幕府2代将軍・源頼家の遺児)によって、鎌倉は鶴岡八幡宮において殺害されてしまう。実朝暗殺から後鳥羽院の考えは急転、親王の派遣を拒絶する。


『愚管抄』(僧侶・慈円の史論書)には、後鳥羽院の気持ちを「どうしてこの先、この日本国を2つに分けるようなことができようか」と記している。友好的な実朝亡き今、自らの皇子を鎌倉に下すのは、国分裂のもとになると院は踏んでいた。実朝暗殺は朝廷と幕府の関係を悪化させて承久の乱の遠因となる。


承久の乱は後鳥羽院方の敗北に終わる。後世まで徳なき上皇と、批判の対象となってしまう。しかし後鳥羽院は蹴鞠・琵琶・秦箏・笛などの芸能や、相撲・水練・射芸などの武技を嗜む多才多芸な人物だった。中世屈指の歌人としても再評価される。

承久の乱の敗北後、後鳥羽院は隠岐島へ配流され、都の土を踏むことはなく延応元年に隠岐島で崩御した。

2022年12月 3日 (土)

「華々しき瞬間」久坂葉子

華々しき瞬間


久坂葉子



 南原杉子。うまれは火星日である。地球に最も近い軍神マルスの影響をうけ、最も強烈に、そのエネルギーを放射。戦闘的性質を有し、目的に対して積極的なれど、多難な運命である。その上、人生の終局に於いて、複雑な交叉点に、信号を無視して立脚し、自ら禍をまねく。


     一


 南原杉子は、突然小さな社会、つまり二組の夫婦の上に出現した。彼女の年齢も歴史もわからない。


 大阪近郊、南田辺のとある露地の奥、石の門柱と木の扉。そして踏石が三つ。格子戸の玄関。急な段梯子。きいろくなった襖。庭に面した六畳。壁にぶらさがった洋服類。隅の方にミカン箱。中に食器と台所用具。窓ガラスにぺったりと四角い麻のハンカチーフ。

 南原杉子は、二枚のトーストを食べ、牛乳をコップ一杯のみほすと、手早く洋服をきがえた。

 十時にビル街のあるビルディングの四階に、南原杉子はあらわれる。東京を脱出して三日目に、紡績会社の広告部の嘱託となった。彼女の仕事は民間放送に関するすべてである。まだ一カ月にならないが、彼女は関西のなまぬるいお湯の中に、東京の、いや南原杉子のにえたぎった血を流しこみはじめた。会社重役も、放送会社の関係者も、出演者も、南原杉子の驚異的な仕事ぶりに唖然とした。南原女史、彼女はしかし決してえばってはいない。親密に、無邪気に、大様に人々を接近させ、包容し、安心させる術を十分心得ている。

 南原杉子の生活力の旺盛さ。それは、誰でも知っているところである。今更、彼女の、生活のための生活をさぐったところで大した興味はないわけだ。


     二


 街の真中に川が流れているのは、いくら汚濁の水といえどもいいものである。近代的な高層建築や、欄干のある料理屋などが、少しも統一されていないまま水にうつる。ガス燈でもつきそうな橋近くに、「カレワラ」のガラス窓がみえる。やはり川に面していて入口は電車通り。喫茶店ではあるが、御客がやって来ても注文ききなどしない。

 南原杉子は隅の小さな丸テーブルの前で、さっきからかきものをしている。まるっきり知らない大阪へやって来て、最初あてずっぽうにはいった店が此処であり、珈琲は大して美味しいとは思わなかったが、店の人が商売人くさくないことと、川を眺めるたのしみとで、彼女は度々やって来ていた。カレワラという名前も少しは気にいっていたのかも知れない。

「お水をもう一杯ください」

 からのコップをもちあげて、スタンドの方へ声をかけた彼女は、その時どやどや二三人の客がはいって来るのに目をとめた。

「お疲れでしたでしょう。さあどうぞ。奥の御部屋でしばらく御休みくださって」

「あ、どうも」

「蓬莱さん、相変らずカレワラは森閑としてますね」

「そうなのよ。商売に馴れない者は駄目ですわね。でも私よろしいの、此処は御稽古にもって来いの場所なんですもの」

 その間に、水のはいったコップが南原杉子の前のテーブルにおかれた。

 客は正確に云えば二人なのだ。一人はここのマダムであること位、南原杉子もうすうすわかっていた。さて、年とっているのに見事、髪毛をちらかせて、でっぷりとふとった婦人。蓬莱とよばれたマダムのサーヴィスぶりに、悠然とこたえながら奥へゆく途中、ちらりと南原杉子の方をみた。南原杉子も彼女をみあげた。リード歌手谷山女史である。何度か会見したことがあるのだが、谷山女史の方は気がつかない。何故なら、南原杉子の容貌は非常に印象的であるにかかわらず、自分の歴史を自分でまったくおおいかくしているのだから、表面におくびにも東京時代の南原杉子をにおわせていない。谷山女史ともう一人のつれの男は、マダムにしたがって奥の部屋へはいった。南原杉子は、水を一度にのみほすとかきものをつづけはじめた。もはや谷山女史のことなど忘れている。が、やがて奥の間からきこえてきたピアノの音と、女の歌声はきいている。うたっているのはマダムにちがいない。そのうち、一人、二人、楽譜をかかえた若い女性がやって来ては奥へ通ってゆく。

 南原杉子が、かきものを終えて、万年筆を机上にころばせた時、「おお」と声がした。

「何だ、やっぱりあなただったの(実は気付いていたのだ)」

「さっき、わからなかった。髪の型がちがうとまるで違うのですね。相変らずいそがしいですか」

 南原杉子の傍の椅子へかけた男は、せわしく煙草に火をつけた。煙草を吸いに奥から出て来たようである。南原杉子も煙草をとりだした。

「ポルタメントつけすぎね。ここのママさんは趣味でうたをならってらっしゃんの」

「まあ趣味かな。でも関西じゃちょっと有名ですよ」

「谷山さんも落ちたみたいね」

 南原杉子は何気なく笑った。

「だけどいい声だ」

「だれ、ああママさん? 声のいいのは天稟ね。モーツァルトかジプシーソングか」

 男は黙っている。

「門外漢だから云えるのね」

 男は更に黙っている。

「御趣味拝聴って時間つくればいかが? スポンサーはアルバイト周旋屋」

「女史は何が出来るんですか」

「わたくし? パントマイム」

 男は笑った。南原杉子は男を笑わせたことをひどく面白がった。何故なら、この男と二三度会っていながら一度も男の笑いをみたことがなかったからだ。

 仁科六郎。彼は、放送会社につとめている。南原杉子は、仕事のことで、彼と事務的な会話をしただけである。

「ここの喫茶店、よく来られるのですか」

「たびたび。でもママさんとは話をしたことがないのよ」

「御紹介しましょうか」

「(興味ある? ありそうね)どうぞ」

 丁度、マダムが出て来た。上々の機嫌である。そこで、あたり前の紹介が行われた。

 南原杉子。仁科六郎。蓬莱和子。偶然、予期しなかったところに大きなつながりが生れてしまうことはよくあるものだ。その場合、過去になってから、発生の時のことなど別に問題ではない。何ごとでも、ごくありふれたつまらないところから出発するものだ。

 その日の三人はそれで終った。南原杉子は、珈琲代をハンドバッグにしまいこんでカレワラを出た。彼女の意識の上には、すでに、仁科六郎と蓬莱和子の存在はなかった。いつも巻上髪をしているのに、今日は長くたらしていた。巻上髪の自分を初対面の蓬莱和子にみせるべきであった。と、ふと南原杉子は思っただけである。彼女は、胸をはって道をあるき、ダンス・レッスン場へおもむいた。彼女は、週に三回、ダンス教師をしている。レッスン場では、赤羽先生になっていて、ダンスの教師だと、そこへ来る連中は思いこんでいる。別に、レッスン場でピアノを教えている。十人位の弟子もある。彼等はピアノの先生だと思いこんでいる。全く、そうに違いないのだ。

 南原杉子が、蓬莱和子のことを思い出したのは初対面の日から二三日後であった。いそがしくてカレワラに寄る時間もなかったのだ。真昼のサイレンと共に、エレベーターにとびこんで、放送会社へやって来た彼女は、受付のところで仁科六郎にばったり出会った。

「先日はどうも」

 南原杉子は簡単に挨拶して営業関係の人に会いにゆく。その時、蓬莱和子の機嫌のいい、そして流暢な喋り声を思い出したのだ。と、急に、南原杉子は彼女に会いたくなった。ものずきからである。会社の用事をすませ、狭い廊下を小走りに受付へ来ると、仁科六郎ほまだいた。

「そばでも食べに行きませんか」

 南原杉子は、そばと仁科と、そして蓬莱和子をならべたてて考えた。

「ちょっと用事があるのよ。今度ね」

 エレベーターの扉がしまった。仁科六郎は冷い顔をしていた。彼女は、蓬莱和子と仁科六郎の関係を考えた。

 カレワラにはいると、奥でピアノの音がしていて、マダムがリードを練習していた。お客にきかせるならジャズでもうたえばいいのに、南原杉子はそう思った後で苦笑した。一人も御客はいなかったのだ。カウンターの上の水仙は枯れかかっている。女の子が珈琲をいれながら、ママさんを呼びましょうかと云った。南原杉子はにっこりうなずいた。

「まあ、いらっしゃい。おまちしてましたのよ」

「先日は失礼、いそがしくって……

「そうですってね。六ちゃんが云ってました。一人で何でもやってらっしゃるんですってね」

「(六ちゃん。よほど親しい人とみえる)ぼんやりだから、仕事駄目なのよ。……いいお店。おたのしみね」

「あらいやだ。ちっとももうかりませんのよ。あなた東京の方ね。私、谷山さんの弟子ですのよ。あ、先達は、見えてたでしょう。ああして、月に一回レッスンに来て頂いてますの。関西の御弟子さんはみんなここへいらっしゃるのですよ。御店だか稽古場だかわかりませんわ」

 南原杉子は、長々喋ってくれる相手が好きだ。その間に他のことを考えていてもいいし、十分に相手を観察することも出来るのだから。

 ――一体、この人どんな生活しているのだろう。あれまあ、又谷山をほめている。東京では弟子がないもんだから、ひょこひょこ関西落ちしてるのに、おや、首のあたりに、かげりがある。随分の年かな――

「あなた、音楽なさいませんの」

「好きだけど、無芸なのよ」

「あなた、失礼だけど、お幾つ」

「年などはずかしくって申せませんわ(実際のところ、私はいくつになるのかしら)」

「あら、ごめんなさい。お若くみえますわ、で、おひとり」

「ええ」

「御家族は」

「東京」

「まあ、じゃたったおひとりなんですの」

「さあ」

 南原杉子は遂に笑いだしてしまった。蓬莱和子の質問がちっとも面白くないからだ。ところが、蓬莱和子の方は、こいつは男がいるんだなと思ったのだ。

「いいわね、おたのしみでしょう」

 南原杉子はますます苦笑した。

「東京はよろしいですわね。で女子大でも」

「いいえ、とんでもない」

「あら、……。私、戦前はよく東京へまいりましたのよ。日比谷、なつかしいですわ。あのさ、御菓子召しあがって、私、とてもあなたが好きになりましたわ。御ぐしの恰好、チャーミングですわね」

 南原杉子の方からは、何一言きくすきまがない。だが、きこうともしないでも、蓬莱和子は心に秘密しておくことが出来ない性質たちの人だと、彼女は察していた。案の定、

「お菓子おきらい? ビールお飲みにならない」

「のみましょう」

 で、二人はぐっとのみ、その後、蓬莱和子はますます喋りだした。二十年前に、自分は関西の学習院と云われている阪神間の学校を卒業し、すぐに結婚、今は、戦災にあった邸跡に、二軒家をたてて兄夫婦の家族と別棟に、住んでいる。里の両親は、戦後、相ついで死んだのだが、関西では有名な金持で、宮中の侍従武官某氏や、元外務大臣某氏と親類である。ピアノは二台とも土蔵にあって焼けのこり、その一台をここへ運んで来ている。自宅では、小さい子供に歌を教えている。夫の月給が少ないので、こんな店をはじめた始末。三年になる。それ等のことを蓬莱和子はいかにも斜陽族の現実のかなしさをふくめて喋った。

「谷山さんのお弟子の発表会が近くありますのよ。六ちゃんとききにいらして下さいね」

 やっと一段落すんだようだ。しかし、最後に出た仁科六郎の名前。それから又急テンポで蓬莱和子は喋りはじめた。

「六ちゃんとは、私は十年前からの知合いですの。とてもいい人で、あなたも御附合なさるといいことよ。私、とてもあの人好きなんですよ。あの人もね。私を好きなんですって。でもねエ、ホホホホ」

 いよいよ終りを告げるのかと、南原杉子は一息ついた。が、

「私ね、あなた、好きですわ。あなたの感じ、素晴しいわ、仲良くなりましょうね。一度、六ちゃんと三人で飲みましょうよ。私、うれしいわ。あなたのような方に御会い出来て」

 南原杉子は目の前に白い手を発見した。握手を求められたのだ。南原杉子は無造作に手をさしのべた。へんな感触だと思った。年増女のひからびた中に案外粘りっこい色気を感じたのだ。

「お子さんなくて、おさみしくありません?」

 南原杉子は、テーブルの下でハンカチを出し、へんな感触のあとを処理しながらたずねた。

「あら、ない方が楽ですわ。でも何故ないって御気付きになったの」

「わかりますわ、お若いですもの」

 話は終った。南原杉子はカレワラを出た。非常にこころよい。ビールのせいか。蓬莱和子の饒舌のせいか。いや、南原杉子は、ビールの味も長い饒舌も忘れていた。こころよいのは何故だろう。彼女自身仲々気がつかない。電車通りをすぎ、紡績会社の方へ曲った時、彼女は、そのこころよさが何であるか発見した。それは、仁科六郎の存在である。


     三


「ねえ、女史はよしてね」

「どうして突然そんなこと云いだした?」

「あなたは、仲々仮面を取りはずさないみたいよ。だから、私まで女史を意識しなきゃいけないみたいで嫌いや。(早く生の彼を発見したいものだわ)」

「じゃあ何て呼ぼう」

「阿難」

「アナン、それ愛称?」

「ううん。誰も阿難とは呼ばないわ。私、ひとりで阿難って自分に名前つけてるの(実は今ふと思いついた名前なのだ。阿難陀は男だったかしら)」

「どうして」

「何となく」

 仁科六郎は両腕に力をいれて、小麦色の肩のあたりを無意識にかんだ。抱かれているのは南原杉子である。

「ねえ、どうして此処へはいったのでしょう」

「わからない」

「あなたらしくないこたえね」

「もののはずみなんだ」

「ますますあなたらしくないわ。(先手をうたれたようだ)もののはずみって度々生じるんでしょう。しかも特定の対象に限らないのだ」

「じゃあ君はどうなんだ」

「阿難と云ってよ。私はもののはずみじゃない(本当はもののはずみかしら)」

「計画していたこと?」

「いやね。まるで、私が誘惑したみたい。唯ね、何かの働きがあって、斯うなったのよ」

「おかしな哲学だ。ロジックがないよ」

「もののはずみこそ、およそ非論理的よ」

 二人は笑った。そして強く抱擁しあった。南原杉子は、強く押しつけられている仁科六郎の唇の感触を、首筋に感じながら、蓬莱和子の存在が、仁科六郎と自分を接近させたことをあらためて考えなおした。蓬莱和子あっての仁科六郎なのだ。

「カレワラのマダムとはあるのでしょう」

「何故」

「だってお互に好きなのでしょう」

 彼女は洋服のスナップをとめながら、仁科六郎にきいてみた。返事はなかった。きいていない風をよそおっているのだと、南原杉子は直感した。


 駅でわかれる時、ふと何か云いたげな素振りをしたが口つぐみ、さっさとふりむきもせずに立去った仁科六郎の後頭部のあたりに、何かつめたさを発見し非常にひきつけられた南原杉子は、電車に乗ってから、瞬間、それがかえってさみしい思いにかわった。そしてあらためて、今日の出来事を思い浮べてみた。

 昨日の今日である。昨日、カレワラへゆき蓬莱女史に会い、その帰りに快感を得て、今日、仁科六郎に今までとちがった感情で会ったのだ。

「今日は私がおそばをさそうわ」

「ゆきましょう」

 そば屋で二時間話をした。大部分が放送の話である。放送は一つの芸術だと仁科六郎は力説した。彼は又、演出がいかなるものか語った。

「小説家は何枚かいてもいいんだし、絵かきはどんな大きさの絵をかいてもいいんだし、映画も演劇も、時間に制限ないのに、放送は時間に制限があるのね。何秒までも。私ぞっとしちゃうわ」

 彼は、時間の制限内に於いて、最も有効に一秒一砂うずめてゆくことが、むずかしいのだし、大切なんだ、と答えた。仕事の話では、お互に自分自身を披露しない。

「のみませんか」

 今度は仁科六郎が誘う。

「では、五時に、約二時間で私の仕事、かたづけます。カレワラで」

 仁科六郎はふっと戸惑ったが結構ですと答えた。南原杉子が、カレワラを指定したのは、蓬莱和子が居たら誘うという了簡ではなかった。彼女は今日不在なのだ。昨日、店の女の子と二三こと立話しているのをきいたのだ。五時から神戸に用があると云っていたのだ。

 南原杉子はダンスのレッスン場へいそいだ。髪毛をばらして、派手にルージュを塗り、五時五分前まで踊りつづけ、髪毛をまとめてカレワラへ来た。仁科六郎は川を眺めていた。仁科六郎の案内で酒場へ行った。酒場の女は、南原杉子を珍しげにみた。そして、言葉を珍しげにきいた。ビールとウィスキーをのんだ。

「女史は独身ですか」

「(みんな同じことに興味があるのね)私、などに誰も申込んでくれませんわ」

「結婚しようと思わないでしょう」

「ええ、まあそうね。私自信がないの」

「おおありの人じゃないですか」

「ちょっとまってよ。自信って、女房の自信がないわけよ」

「何故」

「男の人を安心させることが出来ないようですわ。主婦の務めは寛容でなきゃね。それなのに私はおそろしく我儘ですもの。結婚したら主婦の私は夫にほっとさせる義務があるのに、屹度、いらいらさせるばかりよ」

「経験もないのに」

「自分の性格で推測することは出来る筈」

「じゃ恋愛は」

「します。でも結婚しません」

「恋愛には自信があるのですか」

「あなたは理攻めね。恋をすれば、その日から、自信なんてありませんわ。生きてゆくこと。仕事には自信あってもね。恋をすれば盲目的になります」

「あなたが? 本当ですか」

「本当よ」

 南原杉子は、本当よと云いながらおかしな気がした。彼女は、自分を盲目的な女にならせることが出来るのだから、本当に盲目的になりきるわけではない。そのことに気付いたのだ。

「あなたは恋愛結婚なさったの」

「いや、見合い、一回の」

「何年になるの」

「四年」

「お子さんあるの」

「まだ。ほしいですよ」

 ふと、南原杉子は笑いを洩した。仁科六郎の視線に気付いて、

「いえね、あなたの恋愛はどんなのかと想像したの、可能性の限界を究めた上での恋でしょう。一プラス一は二になるのでしょうね」

「みぬきましたね。確かに一プラス一は二にしなきゃすまされない男です。すべてにおいて」

「詩人じゃないわね。やっぱり放送屋ね」

「あなたはどうです」

「私。自分の行動に計算なんかしないわ。一プラス一がたとい三になっても二に足らなくてもいいわ。割切れないものは確かにあるのですから」

「自分のことで割切れないものがあって、よく、生きてられますね」

「あら、割切れなさがあるから生きているのですわ」

「わからん。わからん」

 南原杉子は、この男と恋愛してはならないように感じた。その時、

「でも僕はあなたが好きになりました。僕は全く知らない世界に住む人のように思えるからでしょうか」

 二人は酒場を出た。

「強いんですね」

「酔えないことは悲しいですわ。少し位、いい気持なんですけど、私、時々、自分をすっかり忘れたくなるんです。前は度々そういうよい心地になることが出来たんですけど。音楽をきいても、景色をみても。でも、駄目になったわ。絶えず自分があるんです」

「僕はもともと人生に酔いを知らない男だけど。物をみる時に決して主観をいれてみませんね。僕は音楽でそれを知った。ノイエザッハリッヒカイトってやつですよ。それは、生き方の解釈法にもなっている」

「強い人ね。悪に於いておや」

 突然、仁科六郎の手と、南原杉子の手がふれあった。握り合った。とあるホテルの前であった。


 南原杉子は下宿の二階で回想を終えた。深夜である。彼女は、完全に仁科六郎を蓬莱和子からきりはなしていた。マダムの存在がなくても、仁科六郎と、ああなったと思ったのである。愛とは何であろうか。仁科六郎と、彼女自身は理解し合っていない。仁科六郎は、彼女の過去も、そして現在、どんな生活をしているのかも深くはしらない。彼女は、ある部分の彼女をそっとみせたにすぎないのだ。仁科六郎が、三割彼女のことを知ったとしても、実際は一割にもならないのだ。彼女も又、仁科六郎の大部分はわからないのだ。年齢は、三十五六だろうか。結婚して四年目、よくある男の部類か。否、彼女は否定してみた。そして否定したことが、自尊心の故でなく、彼に感じたものが、肉慾をはなれて成立する非常に純粋なものがあると思ったからなのだ。感じるだけでいいのだ。つまり、理解など恋愛には不必要なことである。

 南原杉子は、短くなった煙草を、灰皿にすりつけて、しばらく笑っていた。

 ――仁科六郎にひきつけられてゆく自分、つまり阿難、新しく誕生した阿難を眺めることは、煩雑な乾燥した女史、教師の生活を忘れさせ、本来の自分にかえることだ。それは、自らの慰安であり、インタレストでもあるんだわ――

 南原杉子は、寐間着にきかえて、ふとんを敷いた。

 ――阿難。恋をしなさい。燃えなさい――


     四


 谷山女史の関西の御弟子の発表会の数日前である。

 仁科六郎と、蓬莱和子と、南原杉子は二回目の三人会見をした。三週間目位だろうか。二人ずつではよく会っていた。仁科六郎と、南原杉子、つまり阿難の部分との関係は、いよいよ深くなっていた。然し、お互の孤立した生活をまもっていた。外泊はしない。仕事関係の時は、仕事関係の仁科と南原にすぎない。他人の眼のあるところでは、南原杉子の内部から完全に阿難は追いはらわれていた。蓬莱和子と南原杉子も女同志の親密を深めてゆくように外見ではみえていた。だが、南原杉子は、自分をさらけ出さなかった。たとえば、人生のこと、恋愛のこと、音楽のこと、蓬莱和子は相変らずの調子で喋りまくる。私、ノンモラルですの、夫以外の人と恋愛します。私、ヒューマニストですの、私、真実一路ですの。南原杉子はハアハアといってきく。たまに、あなたはなどときかれても、わかりませんわと云う。仮面の真実をたてにして、虚飾の真実を売ろうとしていること、南原杉子は苦笑していた。蓬莱和子は、南原杉子を案外深みのない女だと内心軽蔑した。だが、やはり、あなたは素晴しい人だとほめそやす。あなたに対しては真実なのよと云う。仁科六郎のことが度々話題にのぼった。いい方ですわと、南原杉子は云う。一度、蓬莱和子の視線と、南原杉子の視線が、仁科六郎のことで、しばらくぶつかったことがある。お互の心の中をよみとろうとしたのだ。蓬莱和子の年齢は、嫉妬を相手の女性の前であらわすことを、ひどくみにくいことだと解釈するまでに達していた。南原杉子は、あなたと仁科氏が親しいのをみて嫉けますわ、と云った。蓬莱和子はしばらく優越にひたった。

 仁科六郎と蓬莱和子と時たま会っていた。蓬莱和子は、南原杉子の出現によって、拍車をかけられたように仁科六郎に愛情をもった。蓬莱和子の真実の愛情である。仁科六郎は、蓬莱和子に、南原杉子を愛していると告げた。まあ嫉くわ、六ちゃん。でもあの人ほんといい人ね。それが蓬莱和子の答えであった。そして又、彼女は、仁科六郎に打ちあけられたことだけを南原杉子に告げたものだ。そこで南原杉子は百パーセント確信した。つまり、仁科六郎と蓬莱和子の関係である。有である。


 さて、三人の会見は音楽会評よりはじまった。蓬莱和子の案内したバーである。

「お杉、(いつからか蓬莱和子は斯うよびはじめていた)あなたは感覚のある方だから、音楽を御存知なくても批評でなしに感想おっしゃれますでしょう。きかせて頂けません」

「あら私、さっぱりわかりませんの、でもあなたの御声、素晴しいわね、いい趣味」

 蓬莱和子は、他の御弟子の批評を一くさりのべた。仁科六郎も口を出した。南原杉子は、にやにや笑いながらきいていた。

「六ちゃん。真中で何を黙ってるの、両手に花でいいじゃありませんか」

 蓬莱和子と、南原杉子は、音楽から遠のいてありふれた流行の話をしていた。

「洋服のことなんか僕わからない」

「あら、ごめんなさい。のけものにして、ねえ、六ちゃん。お杉の黒のスーツどう思う? ちっとも似合わないわね。お杉は、明るい色彩の方が似合ってよ」

 南原杉子は、黒がきこなしにくいものであることも、美人にしか似合わないことも承知している。しかし、二三日前、仁科六郎は、ひどく南原杉子のいでたちをほめたのである。

「僕はからきし色合のことわからないんだ」

「お杉が黒をきると澄ましすぎるわ」

 南原杉子は、にっと笑いながら、スーツの上着を脱いだ。真白い袖なしの絹のブラウス。誰でも、長い下着をきこんでいる季節なのだ。だから露わにのびのびした腕が、うす緑の電光のもとで、かなり刺戟的にみえて、しばらく、仁科六郎も蓬莱和子も黙っていた。南原杉子は、仁科六郎が、黒のいでたちをほめてくれなかったことに逆襲したのだ。

「さむくない。お若いのね」

「私、冬中、いつも上着の下はこうなのよ」

「活動的なお杉らしいわね」

 話がいり乱れて来た。随分のんだからである。スタンドをはなれて踊っている他の御客のあしもともおぼつかない。ジャズは甘さと哀愁をふくんで三人の間にもしのびこんで来た。

「お杉、ダンスできるの」

「ええ、あなたも?」

「私、しらない。六ちゃんと踊りなさいよ」

「女史、踊る?」

 南原杉子はたち上った。蓬莱和子はスタンドの中のマダムに例の饒舌開始の姿勢をとった。仁科六郎の踊りは全く下手の度を越していた。しかし、南原杉子は、その足のはこびに従順に踊った。蓬莱和子はふりむきもしない。けれども、背後を意識していることがはっきりわかる。南原杉子は左手を少しのばして仁科六郎の首筋のあたりにふれてみた。仁科六郎は右手に力をいれた。素早く唇と唇がふれ合った。

「六ちゃん。羨しいわね。お杉と踊れて」

 一曲終った時、ふりかえった蓬莱和子が、仁科六郎に片目をつぶって声をかけた。

「ママさん、私がリードするから踊って頂戴」

 南原杉子は、四十歳の蓬莱和子が突然はなやかにみえたので、彼女の肉体にふれてみたいと思ったのだ。

「まあ、うれしいわ。お杉。教えて下さる?」

 高い椅子からとび降りて来た蓬莱和子を、南原杉子は軽く抱いた。

「両手を私の肩にのせて、あしに力をいれないで、四拍子でしょう。曲にあわせて」

 南原杉子は、蓬莱和子のしなびた肉付きをウールのスカートの上から感じた。

「足をみないで」

 蓬莱和子は顔をあげた。目の下のたるみと、たるみがなす黒いくまと、額ぎわの細い皺とが、少しくずれかけた化粧を通して、はっきりあらわれているのを、南原杉子は観察した。しかし、彼女は、決して優越感を抱かなかった。何故なら、容貌は昔美しかったことを物語っているがすでに容色はおとろえている。肉体は貧弱で、感覚はまるで零。才智は浅薄。しかし、魅力があるからだ。妖気があるからだ。もてる女だと自負している蓬莱和子なのだ。一体、何ものが蓬莱和子を華美な存在にしているのだろう。南原杉子は、蓬莱和子に対して今までない興味が湧き上って来た。一曲終った。

「うれしかったわ。あなたと踊れて。うろおぼえに男足知っててよかったわ」

 南原杉子の態度は一変した。仁科六郎は、不可解な顔をした。それ程、急に南原杉子は、親しいやさしみのあるせりふを蓬莱和子に提供したのだ。

「あら、私こそ。これから度々踊って下さいね。あなたは素晴しい人ね、好きよ」

「わたくしも好きですわ。美しい人は好き」

 蓬莱和子は有頂天になったのだ。私は又一人もてたのだと。

「六ちゃん。やかないでね、女同士だからいいでしょう」

「おかしな人達だ」

 南原杉子は、スタンドの上のビールのこぼれたあとに、指を二三度たたいて、仁科六郎の前に三角形をかいた。そしてすぐ消してしまった。


 南原杉子は下宿の二階で、畳の上に又三角形をかいた。途端に彷彿と、阿難が浮んだ。

 ――阿難が居るんだわ。阿難は仁科六郎に恋をしているんだわ。阿難は、蓬莱和子を問題にしていないわ。阿難、お前は、南原杉子をどう思っているの?――

 阿難は答えなかった。


     五


「お杉は誰かと一しょにくらしているのよ。屹度。だけど、お杉にはスカッとしたところがあるから、アプレじゃないわね」

 蓬莱和子は仁科六郎に云った。彼は黙っている。

 ――僕達、(仁科六郎は自分と阿難を平然に僕達と考えてしまっている。そして又、意識の中に無意識にすでに阿難と呼んでいる)は、度々会っている。そしてお互に現実の相手を、知りあっている。そして又愛し合っているに違いない。だが僕は阿難について何一つ知識がないようだ。僕はきかない。彼女も云わない。又、彼女はワイフのことを、全く、どんな方ともききゃしない。蓬莱和子とのことは唯一度ふれたにすぎない。阿難には嫉妬心がないのか。それとも、単に刹那の快楽の対象としての僕なのか。いやちがう。そんな風にはどうしても感じられない。それに、彼女に男が居ないことも確かだ。彼女は新鮮。常に新鮮だから。だが不思議な関係だ。沈黙のうちに成立した恋人同志。愛してます、とさえお互に云い合ったことがない。沈黙のうちに信頼し諒解してしまっている。不思議だ。然しこれでいいのだ。まったく自由であり、かえって永続する愛だ。いや、まて、自由ではない。僕は妻の体を抱く時にふと阿難を思い浮べてしまう。それは無形の束縛で苦痛なのだ。阿難と僕。僕達は未来のことをさえ語らない。破局、そんなことは考えられもしないのだ――

「六ちゃん。ねえ嫌よ。この頃、いつもむっつりしているじゃあないの。あなた本当にお杉に惚れてしまったのね。私はもうあなたの路傍の石になってしまったのね。私、何もあなたと十年前に戻ろうと云ってやしないわ。でも私には何でも打ち明けてくれる筈でしょう。ああ、いやききたくないわ。わかってます。わかってるのよ」

 蓬莱和子は思いきり強く仁科六郎の頬を打った。仁科六郎は打たれたことを何とも感じていなかった。彼は阿難のことしか考えていなかったのだ。

 それは、三人の会見後、又二週間もたった日の午後十時。飲酒の後の露地であった。仁科六郎と蓬莱和子のその日はまだつづく。二人とも、しきりに飲むことを要求し、気づまりな表情で又のみはじめ、のみ終えた時、蓬莱和子の乗る神戸行の電車はもうなかった。

「家へ泊りに来なさい」

 蓬莱和子は度々外泊している。しかも、昨日も一昨日もだ。彼女はすぐに仁科六郎のあとに従った。蓬莱和子はまだ仁科六郎の妻を知らない。そして、電車に乗りおくれたことがよかったと思った。彼女は自信のある女性である。即ち、美貌に於いて。即ち才智に於いて。


 仁科六郎は歩行をゆるめた。

「どのおうち」

「いや、まだまだだ」

「じゃあ、いそぎましょう」

 蓬莱和子は機嫌がよかった。

「まだ遠いの」

「その角をまがればじきだ」

 仁科六郎の歩みはますますのろい。

「どうしたの、のみすぎたのじゃない」

 蓬莱和子は、先刻の気づまりな空気をさらりと忘れて、これから会う人の自分への信頼をたのしみにしている。それを感じた仁科六郎は苦々しく思った。彼は、ふと妻に同情したのである。

 薄暗い電燈の下で彼の妻、たか子は靴下のつくろいをしていた。突然の侵入者にいささかうろたえてお茶の用意をはじめた。

「御食事はまだでございましょう」

「あの、私結構ですのよ。ほしくないのですから、本当にこんな夜分御邪魔して」

「僕、食うよ」

 仁科六郎は、いつもたか子が食事をせずに、彼の帰りをまっていることを知っていた。夫婦が食事をしている間、蓬莱和子は傍で御喋りをはじめた。

「本当にいい御夫婦ね、うらやましいわ。いい奥様で、あなた御幸せね」

 食事が終った。仁科六郎は苦々しい思いをかくして、たか子にやさしく言葉をかける。たか子はそれを喜んだ。

 ――夫が私を愛してくれること他の女の人にみせるのは気持がいいわ――

 そして、蓬莱和子の巧みな話術に、最初抱いた恥辱のようなものもすっかり消されていた。たか子は絶対に夫を信じている。夫に愛情を持っている。そのことは蓬莱和子のまっ先に理解出来たことである。

「ごめんなさい。ねえ、わたし、ちょっと、あなたをうたがったの、あなたをよ、わるかったわ。ゆるして頂戴。あの方いい方ね」

 蓬莱和子が二階の部屋に案内された後、寐床をとりながら貞淑な妻は夫にささやいた。三時頃である。それまで三人は愉快に世間話をしていた。蓬莱和子は、彼の妻の信頼を得たことを確認していた。そしてすぐに眠りについた。おそるべき無邪気さである。彼女は、南原杉子にしか嫉妬しない。仁科六郎の愛撫の対象がたか子なら、彼女は別段何とも思いはしない。かえって、階下の様子を空想してたのしく思ったのだ。よくある仲人マニアの色情的快楽に似ている。おかしな優越をふくんで。

 仁科六郎は一睡も出来なかった。二階の女のことよりも、安心しきって眠っている妻のことよりも、彼の意識に阿難が笑っているからなのだ。蓬莱和子は南原杉子の名前を一度もたか子の前で口にしなかった。仁科六郎も勿論云わないでいた。彼は、話題に出なかったことにほっとしたのだが、かえって、わざとらしい蓬莱和子の態度を苦々しく思ったのだ。仁科六郎は、たか子の静かな眠りをさまたげたい気がした。そして、彼女の両眼に、唇を押しつけた。たか子は眠ったままであった。彼の中の阿難は、まだ微笑しつづけている。仁科六郎は、明日こそ、阿難の正体をつかんでしまうのだと、決意した。


 夜明け近い。南原杉子は、眠られぬ一夜をすごした。

 ――阿難、お前よく考えなきゃ。仁科六郎は今の状態をつづけていることに満足なのかも知れないけど、あの人には妻があるのよ――

 ――何を云つても駄目だわ、阿難は、既にレールの上を走っているのよ。ブレーキは持っていない。――

 ――じゃあ、南原杉子の行先は何処? ――

 ――阿難が、南原杉子をひきずって走ってゆくのよ。でも、阿難の行先もわかってはいない。目を閉じて走っているんだわ――

 ――あの人と、結婚出来ないのよ。いつかは……――

 ――云わないで。――

 ――阿難。私は恋をしている阿難を愛しているのよ。でも、でも、みじめになっちゃいや。みじめになる位なら……――

 ――いえ、出来ない。阿難は走ってゆく。どこまでも――


     六


 カレワラに、アネモネが一ぱい活き活きといけられてあった。南原杉子が、花屋におくりとどけさせたものである。

「おまえに花が贈られるとはね。どうも、おくった人の感覚を疑いたくなるよ」

「云ったわね、一度、会わせてあげるわ」

「素晴しい人だというけど、女なんてものは大方どれもおなじだよ」

「おんなじだったら、いい加減に浮気もあきたでしょう」

「大方同じだが、大方でないところを発見するのが面白いんだね、時にお前の方はどうだい?」

「ええ、あたしは相変らずですよ。あなたをのぞいた他の男には大いに興味がありますからね」

「まあせいぜいやったがいいね。だが、外泊が三日もつづいたとなりゃ、いくら、妻の浮気公認の亭主だと云っても、亭主としての義務上、一応心配してみるね、どこかで怪我か病気でもしてやしないかと思ってね。心中てなことはないと思うがね。やっぱり多少はお前とつながりがあるんだからね。ずるずるひもをたぐられて、俺に責任がかかって来るようなことなきにしもあらずだからね」

「御親切様ね。その位の御気持あるなら、せっせとかせいで下さいよ。月一万ぽっちじゃくらせませんよ」

「そりゃそうだ。だが浮気の話と別間題。俺の浮気は二時間で済むが、お前のは三日だからね」

 蓬莱和子とその夫建介は、暇なカレワラで無駄な云い合いをつづけている。蓬莱和子は、夫を知り抜いているつもりである。口では、浮気々々と云っていても、実は臆病で何一つ出来ないと思っている。実際のところは、建介は派手に女遊びをするが、一人の女性と長く関係したりすることを馬鹿馬鹿しく思っている。凡そ、愛情なんてものは、瞬間に感じるもので、瞬間が瞬間でなくなった時には、既に、アンニュイだと考える。その上、肉慾しかない。彼は又、妻に対して妻を一つの道具としか考えていない。道具は道具の性能がある筈、ところが妻は第一の性能の子供をつくることをしない。出来ないのだ。第二の性能、家の中を片付け、料理をつくって夫の帰りを待つことをしない。妻としては失格。だが、建介は妻の美貌を人から羨まれて来たことにのみ、妻の性能を認めてしまった。それも一昔。今は何も妻にはないのだが、しかし、戸籍上、夫婦であり、人の認める夫婦でもある。彼自身、それを認めているにすぎない。

「まあいいさ、お前は公園のベンチさね。共有物だよ」

 蓬莱和子が、ベンチと云われた侮辱に答えようとした時に、ドアがあいて、はれやかな南原杉子の声。

「御花届いて? ああ、あるわ、いいでしょう」

「まあ、お杉本当にありがとう。うれしいわ」

 蓬莱和子は椅子からたち上って南原杉子にちかづいた。

「花屋の前で、あんまりきれいだったもんで。ああ疲れた」

「おいそがしいのでしょうね。大部あたたかくなりましたわね」

 南原杉子は、自分達の方をみている男に気づいた。

「お杉。あたしのダンツクよ。さあさ。あなた、おまちかねの方よ」

 蓬莱和子は少し嫌味な笑い方をした。南原杉子は軽く頭をさげた後、

「ねえ、これ、あずかって下さんない? 私、ちょっとバタバタ出かけなきゃならないの」

 大きな風呂敷包にはじめて蓬莱和子は気がついた。何故なら、それまで南原杉子の容姿の観察にいそがしかったのだ。

「はいはい御預りしますわ。ああそうそう昨日六ちゃんのところへ泊ったのよ。奥様ってとてもかわいい方よ。仲がいいの、とっても」

 蓬莱和子は南原杉子の表情を探ったが、南原杉子は平然としていた。蓬莱和子は、少しがっかりしたのだ。だが、背後の夫に、昨夜のことをきこえがしに云ったことが面白く思えた。

「じゃあ私、失礼してよ。又来ますわ」

 蓬莱建介の方に目で挨拶をして、そそくさと出て行った南原杉子。その後。

「どうお」

「お前よりはずっといいね」

 蓬莱和子は別に腹をたてなかった。

「ねえ、あれどう思う。ヴァージンかどうか」

「俺の知ったことじゃない」

「ねえ、六ちゃんとらしいのよ」

「で、お前が嫉くというのか、くだらんね。ところで昨夜は、六ちゃんのところへ泊った。それをわざわざ云うあたり、お前の間が抜けてるところさ」

「どうして間が抜けてるんでしょうね。云ったっていいじゃないの」

「反応をみようとしたが、あにはからんや」

「ほっておいて下さいよ。つべこべつべこべうるさいったら」

 蓬莱和子は、南原杉子が仁科六郎とどんな交渉しているかということよりも、仁科六郎に対する彼女の感情を知りたいのだ。

 ――いい加減。私に嫉妬するなり、苦しんだり、それを私に信用ある私に、打ち明けようとすればいい。不気味な愛慾。アネモネの花――

 蓬莱和子は、南原杉子を少し憎みはじめた。南原杉子は、度々カレワラに現れるのだが、仁科六郎のことには一言もふれないのである。そして又、仁科六郎も蓬莱和子に沈黙。

「その包み何だい」

 建介は大きな箱の風呂敷包がまだ放り出してあることが気になった。

「何だっていいいわよ」

 蓬莱和子は、乱暴にそれを奥の部屋へ持ちはこぶと、すぐピアノの蓋をあけた。ピアノの音は間違いだらけだし、声はヒステリックにわめいている。

 ――案外、妻のいいところが発見出来たものだ――

 夫は苦笑しながらカレワラを出た。


 南原杉子は、午後の鋪道をいそいで歩いていた。楽譜屋から、レッスン場へむかっている。新しく輸入されたフランクの楽譜を買ったので早速ひこうとしている。彼女は歩いている時、あちこちみてはいない。正しい歩調で、まっすぐ前を凝視しているが、もう無意識のうちに、そのポーズが身についていて、頭の中では種々考えているわけだ。

 ――あの人に四日も会っていないのだわ。私は不安。阿難が不安なのだ。さみしがっている。蓬莱和子と昨日一しょなのだ――

 彼女は、放送会社の方へ歩く方針をかえた。その時、後から肩をたたかれた。

「阿難」


 傍の喫茶店の奥まったところに二人は向い会って坐った。仁科六郎は、紡績会社へ二度程電話をした。二度とも彼女は不在であった。とにかくどうしても今日会わねばならないと思っていたのだ。阿難も又会いたかったのだ。

「会いたかったのよ」

「僕もだ」

「何故かしら」

「僕もわからない」

「でも、会ってほっとした」

「そうだ」

 二人とも不安も疑惑も消えてしまっている。きく必要のないことはきかない。又云う必要のないことは云わない。これは仁科六郎の信条であった。南原杉子はちがう。彼女はきく必要がなくても相手の返答をたのしみたい。云う必要のない時も云ってみたらという好奇心がある。ところが阿難は、もう完全に仁科六郎を信じて疑わなかったから何も云わないのだ。阿難は、南原杉子と異質である。恋をする女である。嫉妬もする。だからこそ、仁科六郎に会う迄、心に不安があったのだ。向いあった今、それはすっかり消えている。

「阿難は幸せだと思うわ」

 阿難はにっこり笑う。仁科六郎も笑ってうなずいた。と、テーブルの下に置いてあった楽譜がふと床下に落ちて、仁科六郎のあしもとにころがった。

「楽譜?」

「ええ」

「誰の」

「阿難のよ。阿難、ピアノ弾くのよ」

「何故、今までかくしていたの」

「云う機会がなかったもの、阿難が弾くと云う時は、ピアノの傍でひきはじめる時よ」

「すごい自信だね」

「ええ、但し、近代もの以外は人の前でひけないのよ」

「きかせてほしい」

「即物的じゃないわよ」

「何でもいいききたい」

「何でもいいとはひどいわ。私、自分のひき方を決めてあるわ。いろいろ変えたけど。でも、ラヴェール、ドビュッシーあたりがひけると思うだけよ」

「誰に習った?」

「あなたの知ってる人、大方に師事したけどみんないやでよしたの。後は、レコード勉強と、本勉強よ」

「どうしてピアニストにならなかった?」

「あら、これからなるかも知れなくてよ」

 阿難が喋るのだ。恋をする女は恋人を前たして喜びにみちている。

「お暇なら、これからきかせてあげる」

「どこで」

 阿難は笑ったが何も云わずに冷いのみもののストローに口をつけた。


 ダンス場はまだしんとしていた。開場までに一時間ある。それに、今月はピアノのレッスンもない。

 入口の事務所でピアノの鍵をもらって来た阿難は、静かに、ぬりのはげたアプライトのピアノの蓋をあけた。

「水の反映」透明で、しかもかたくない。露がころがってゆくような、そして、音にふれたいような欲望を起させる。

「阿難、素晴しい人だ」

 仁科六郎は、弾き終った彼女の背後にちかづいた。

「阿難もよくひけたと思うの、だけどほめられて嬉しい」

 斜めに首をまわした阿難の頬は紅潮していた。

「阿難」

 仁科六郎は両手で阿難の肩を抱いた。阿難はしばらく酔っていた。だが、南原杉子にもどった。ダンスのレッスンがもうじきはじまるのだ。二人は外へ出た。六時に会う約束をして別れた。会う場所は、別れた角の喫茶店。常に同じ場所で会うことをお互に拒んだ。仁科六郎は人目がうるさいから。

 阿難はいつも新しい印象を与えられたり又与えたくもあったからだ。決った場所。決った時間。決った曜日。それは陳腐で倦怠の連続だから。

 南原杉子はいそぎ足でカレワラへゆき、荷物を受取って(蓬莱和子は不在であった)レッスン場に戻った。五月後にタンゴのコンテストがある。彼女は競演するつもりでドレスをこしらえたのだ。荷物をあずけ、靴をはきかえて彼女はパートナーと練習をはじめた。すでに赤羽先生である。五日間は教授休業である。三四組、踊りに来ている人は勝手に隅っこで練習している。最初、クイックステップを二三回踊り、脚を楽にさせておいて、エキジヴィションのタンゴにかかった。五時半まで彼女は踊りつづけた。その間、阿難の片鱗すらない。


「阿難、一体何を考えているの」

 仁科六郎は遂にたずねた。疑惑や好奇からではなく、又この女の実体をつかんでやれと云うのでもない。唯、理解したかったのだ。

「阿難はあなたのことを考えているの。考えていると云うよりおもいつめているの」

 実際、阿難の云うことは真実であった。然し、南原杉子は、そういった阿難を傍観しているに違いない。仁科六郎は阿難と南原杉子を混然一体として考えている。

「阿難、僕が若し妻と別れて、阿難と結婚しようとしたら」

 仁科六郎にその勇気はない。だが彼は阿難を理解する手段に始めて彼らしからぬ質問をしたのだ。それを南原杉子はみぬいていた。だが、阿難は答えたのだ。

「うれしいわ」

「じゃあ、阿難、いつか結婚しないなんていったこと嘘?」

「こんなにあなたを愛するとは思っていなかったの。阿難は始めて世の中に愛する人を発見したの」

「じゃあ、僕に接している一人の女性、僕の妻をどう思うの」

「御目に掛れば嫉妬するでしょう。阿難はにくむかも知れません。でも、今は、あなたの奥様、幸せな方だと思うわ」

「幸せ? だが僕は妻を愛しちゃいないんだよ」

「でも、奥様は愛されていると思ってらっしゃるでしょう」

「夫の義務は行っているからね。僕は妻をいつわっていることになる。みえない部分ではね。仕方ないことだ。苦痛。だが苦痛よりも阿難とのよろこびの方が大きいのだ」

「一番幸せなのは阿難です」

 阿難は二度その言葉を口にした。それは仁科六郎に大きな満足をあたえたのだ。阿難は、仁科六郎の頬に強く頬を押しあてた。

 ――阿難、どうして結婚して下さいと仁科六郎にたのまないの。出来ない。南原杉子。南原杉子は、仁科六郎と結婚したいとのぞまない。毎日の生活、習慣になった愛情の表現。それは退屈であきあきするに違いない。そればかりではない。自分の感覚をすりへらしてゆかねばならない。妥協はもっとも嫌悪するところの行動なのだ。南原杉子は、世の多くの女性を不幸だと思い嘲笑もしている。仁科六郎の妻に対してもだ。ああ、蓬莱和子。彼女は、彼女と彼女の夫との状態はどうなんだろう――

 南原杉子はふと笑いを洩したのだ。

「阿難、僕は阿難にはっきり云うことがあるのだ」

「なあに」

「蓬莱和子のことだ。僕と彼女は何でもない。一昔たった一度の交渉があったきりなのだ。僕はひどく酔っていた。それまでのこと」

 阿難ははっとした。けれど南原杉子は知っていたことなのだ。南原杉子は阿難にうなずかせた。

「云わずに済むことだ。しかし、僕は打明けておきたかったのだ」

 仁科六郎は、蓬莱和子と阿難(本当は南原杉子なのだが)との親密さが不気味であり、蓬莱和子がそのことを打ち明けているのじゃないかと戸惑ったのだ。だから、例の、頬をはられた事件までつぶさに語ったのだ。南原杉子は、仁科六郎を頬笑ましい男だと思った。そして、蓬莱和子を少し見降した。阿難はひとみをかがやかせた。

「うれしいわ、何でもかくさずにおっしゃって頂いた方が、阿難の愛は少しも変りません」

「阿難は蓬莱女史をどう思っているの」

「きれいな人だと思うだけよ。でも真実うりますには閉口。あなたと親しいつきあいらしいので、それはあんまりいい気持じゃなかったわ。でもね。阿難は、こう解釈するの、阿難とあなたの出会いより、あなたと彼女の出会いの方がさきだとみとめなければならないと思うの、それだけ」


 二人が駅で別れた時、雨が降り出した。二人は今日になって始めて、愛だとか愛にまつわりついたことを喋り合ったのである。南原杉子はそのことをあまり快く思わなかった。彼女は言葉が不便なものだと思っている。言葉を信じない。行動もまた信じない。愛だとか恋に対して彼女は、相手の肉体の存在がなければなりたたないと思っている。

 ――阿難、恋のために悩み、苦しむことは凡そ馬鹿げているのじゃなくて、私は、阿難に恋をしろとすすめたのだけど。私は、すべて信じないという信条より、一切の嫉妬や焦燥、苦悩を否定することが出来るのよ。だって、一体自分に対して自分をどれ程にも信じていないのだから。私は、南原杉子は、享楽と虚無とそして個人主義に徹底しているのかも知れないわね――

 南原杉子は、阿難に云いきかせはじめた。

 ――へへえ、阿難は恋するの、どこまでも仁科六郎を。そして悩むの、悩んでいるのよ。あの人とのこと、悲劇に終るように思うけれど、阿難はひたむきよ――

 ――阿難の部分がひろがってゆくのね。阿難の悩みが重荷になってゆくのね。もっともっと悩むとすれば、もっともっと恋こがれてゆけば、南原杉子はどうなるんでしょう――

 ――黙って。阿難は仁科六郎を愛してるのです。はっきり。強く。大きくよ――


     七


 審査が正当であり適確であることは、この世の中にめったにあり得ない。殊に、ダンスの競技会に於いては、甚しい閥があって、見事だと思われるものがおとされてゆく。赤羽夫人の場合、大阪に地盤もなく、審査員ははじめて知るダンサーであったが準決勝までいった。優勝はしなかった。審査員同志でかなりもみあったけれど、彼女の考案した新しいステップはかえって反感をよんだのだ。赤羽夫人は、パートナーを連れて早々に競技場をひきあげると、うさばらしに飲みにゆき、キャバレーへ踊りに行った。はやいテンポのジャズが演奏されていた。赤羽夫人はパートナーと共にすぐ踊り場へ。そして、フレンチホットのステップでぐるぐる旋回しはじめた。長い髪の毛にピン一本とめていないので、ゆるくカールされたそのさきの方が肩や背にみだれる。何曲目か踊りつづけた時、ふと、赤羽夫人の瞳が輝いた。長い衣裳のダンサーと頬をすりよせて踊っている男。蓬莱和子の夫建介である。かなりのんでいた赤羽夫人は、丁度舞台近くに踊っていたのだが、パートナーに片目をつぶってみせ、いきなり両手をくみほどいて舞台へあがるらせん形の階段をのぼって行った。競技場の姿のままなので、ブルーの長いドレスに銀の靴をはいており、胸のところに、準決勝のしるしの造花のばらがとめてある。彼女は、マイクの前で丁度はじまりかけた演奏にあわせて、「いつかどこかで」を唄い出した。時折酔った御客が舞台へあがり胴間声をはりあげる例はあるが、婦人のたぐいはおそらく始めてなのであろう。バンドは愉快そうに演奏をつづけ、踊っている人達は、赤羽夫人の声に、そして彼女の姿に集中した。赤羽夫人はうたをうたうために舞台へあがったのであろうか。否、彼女は、蓬莱建介に自分の存在をわからせようとしたのだ。しばらくして彼は気付いた。そして、ダンサーと一言二言語り合いながら舞台近くへ踊りながら近づいて来た。頬笑みながら、コケティッシュなまなざしを蓬莱建介におくる彼女。彼は戸惑うた。彼は南原杉子とわかっていても、舞台にいる人をジャズシンガーと思っているのだから、先入観念と、今の印象がごちゃまぜになって解し難いのだ。「いつかどこかで」が終ると、赤羽天人は、バンドマスターにちょっと首をすくめてみせ、らせん階段を降りた。パートナーは笑っていた。二人は椅子に腰かけ煙草に火をつけた。

「やっぱり南原さんですか、びっくりしました」

 蓬莱建介はダンサーをつれて赤羽夫人に近づいた。パートナーは驚いた。


 青い螢光燈がお互の顔を青白くみせる。南原杉子と蓬莱建介である。

「ママ、もう一本ぬいてくれよ」

 白い泡をふいたビールびん。赤羽夫人は衣裳がえしてすっかり南原杉子になっている。

「あなたと御話したかったから、あんな芝居しちゃったの」

「でも上手いもんだね」

 南原杉子は、南原杉子でないかも知れぬ。あたらしくコケットリーな女になっている。

「あなた、美しい奥様で、世界一幸せな旦那様よ」

「どうだかね」

「あなたなんか、浮気心もおきないでしょうね」

「御推察にまかせるね」

「じゃあ、今日の彼女にうらまれたかしら。御約束あったんじゃない?」

「僕は約束がきらいでね」

「あら、私もよ」

「ところで君にやいてるぜ、妻君が」

「あらどうして」

「六ちゃんだ」

「おやおかしい。わたくしが嫉いてるのに」

「じゃ、六ちゃんはどっちが邪魔なんだ?」

「そりゃわたくし。それからあなたもよ。でも、奥様、六ちゃんの思いに対して冷酷なんでしょう」

「人間の思うことはつまらんね。することもだよ」

「うそおっしゃい。あなたはまるで傍観者みたいにおっしゃるけど、奥様大もてだから、やっぱり内心は心配なんでしょう。美しいものは、そっとしまいこんでおきたい筈だもの」

「ふふ。君は、妻君の浮気の相手を何人知っているわけ」

「奥様浮気なんかなさらないわ。浮気をなさったら私、かなしいわ。私、奥様好きですもの」

「君は変態かい?」

「そうかもしれないわ。あなたが浮気なさったら、奥様のためになげくわよ。でも、ともかく奥様は、大もてね」

「それで僕が幸せってことになるのかね」

「誇よ」

「まあいいさ、どっちにしろ。ところで君と僕が浮気をしたらどういうことになる?」

「奥様はあなたが浮気しないものと思ってらっしゃるわよ。やっぱりあなたがお好きで、しかも、あなたに愛されているって御自信がおありですわ」

「まってくれよ。俺はそうすると、ひどく妻君に侮辱されてるようだぜ」

「何故」

「浮気しないなんか僕を人間並にしてないじゃないか。自分だけはさっさと浮気してさ」

「ほらほらやっぱりあなたは傍観者じゃないわ。あなたの最愛の人は奥様なんでしょう」

「何だかわけがわからなくなったよ。ねえ、それより、君と浮気していいかい?」

「と、奥様におききあそばせ」

 二人は哄笑した。南原杉子は、自分が口から出まかせに、でたらめなことを喋りたてたと、おもしろく思った。

 終電車で、南原杉子は下宿に戻った。彼女は蓬莱建介と自分の会話を思い出した。彼は約束を嫌うといって、彼女に再会の約束を強いたのであった。彼女は三日後、しかもカレワラで会うことを指定した。

 ――南原杉子。一体どうしようというの――

 阿難のおごそかな声である。

 ――阿難、黙っていて。おねがいだから、黙っていて頂戴――


 一方、蓬莱建介が自宅に帰ると、蓬莱和子は美顔術をやっている最中であった。鏡の前にすわって、べたべたするものを顔中に塗りつけ、神妙に皮膚をこわばらせていた。

「おい。お前の愛人とランデヴーしたぞ」

「あらそう、お杉とね、よかったでしょう」

 蓬莱和子は、ゆっくり静かに口をつぼめたなりこたえた。

「彼女と浮気したとしたら、おこるかね」

「どうぞ。だけどあなたが惚れても彼女はあなたなんかに惚れやしないわよ」

 頬の下あたりに、幾条ものひびが出来た。彼女は美顔術をほどこしている最中であることをわすれはじめた。

「よしよし、じゃあ賭けよう、何がいい」

「そうね、あなたに背広つくってあげるわ」

 彼女は、美顔術を中途でよさなければと、鏡をみかえって、あわてて手拭いで顔をふいた。

「じゃあ、お前は何がほしいんだ」

「真珠のネックレース。チョーカがいいの」

「浮気させてもらって、背広をもらう、しめしめだ」

「浮気出来なくて、真珠をかわされるあなたは、ちっとかわいそうだこと。あら、だけど証拠はどうするの」

「浮気したらしたと云うさ」

「あなたの言葉を信用しましょうか、いえ、私、お杉をみればすぐわかるわ、よろしい」


 蓬莱和子は万年床である。その敷布はうすぐろく、かけぶとんのいたるところにほころびがある。そういった彼女を、ひどく建介はきらっていたが、彼はもう何も云はない。家の中は不潔で、台所の鍋の中は、一週間も同じものがはいったままになっている。夫婦生活の倦怠は家の中に充満している。建介は自分の部屋だけ自分で片づけていた。ベッドを一台もちこんでいる。時々、和子は建介の部屋へ来る。彼女は夫を少しあわれんでみることがあるようだ。しかし、夫はあわれまれているとは気付かない。そして行動だけで妻にこたえる。その日は、階上と階下別々に寐た。建介は、南原杉子の言葉を思い返してみた。彼女は、彼が妻を愛しているのだと云い、妻も本当は彼を愛しているのだ、と云ったのだ。建介は自分に問う。

 ――俺は、ワイフが世間体に俺のワイフであってくれさえすれば安心なんだ――

 そして、寐返りをうつともう眠っていた。


     八


 待合せの時間よりも二十分も前に、南原杉子はカレワラにあらわれていた。蓬莱建介を待つのである。蓬莱和子は、御客の一人と親密に話をしていたが、南原杉子の方に朗かな声をかけた。

「お杉。まあまあ今日は、すっかりかわった感じね」

 南原杉子は、髪毛を派手にカールして、その上、御化粧もくっきりあざやかにほどこしていた。いつもの直線的な洋服ではなく、衿もとにこまかい刺しゅうのある絹のブラウス。そして、プリーツのこまかいサモンピンクのスカート。手には赤いハンドバッグ。白い手袋の下からちらつく、赤いマニキュア。

「先達ては御主人様に御馳走になりましたのよ」

「そうですってね。お杉、おいそがしいでしょうけど、ちょっとあれと遊んでやって下さいね」

 南原杉子は川に面したテーブルの近くに腰かける。蓬莱建介とまちあわせだとは云わない。冷いのみものを注文して、彼女は川をみる。

 ――仁科六郎、昨日あった時、ひどくやせたみたいだったわ。口数もすくなかったし、阿難は心配だわ――

 ――阿難、今日、斯うして別の男と媾曳することはいけないかしら――

 ――そうよ。阿難は罪を犯してるような気がするわ、たとい、今から媾曳するのが、南原杉子であっても、阿難はいやなのよ――

 ――だって、蓬莱建介を愛しちゃいないのよ――

 ――それでもいや、さ、彼が来ないうちに、帰ってしまいましょうよ――

 南原杉子は、少し腰をうかした。が、又煙草に火をつけて落ちついた。ドアがあいた。蓬莱建介がはいって来た。

「まあ、先達てはどうも御馳走様。今日はおひとり?」

 蓬莱建介は少し渋い顔をした。妻和子の手前。

「偶然ね。私もひとりよ」

 南原杉子は、にやにや笑う。

「ちょっとのぞいてみたんだ。おい水くれ」

 彼は女の子に水を注文した。蓬莱和子は、笑っている。彼は、二人の女性が何かたくらんでいるのではなかろうかと思った。蓬莱和子の客は帰ってゆく。

「ねえ、奥様と三人でのみにゆきませんか」

 南原杉子の言葉が終りきらぬうちに、

「私、今日、約束があるのよ、お杉、彼に附合ってやって下さいな」

 蓬莱和子は、今日はおひとり? と建介に問うた南原杉子の言葉に、内心こだわっていた。


 電車通りを横ぎったところで自動車をひろった蓬莱建介と南原杉子。

「おんなって実際わからんね」

 彼女は、声高に笑った。

「だって、待合せのこと奥様におっしゃらなかったでしょう」

「何故わかる」

「あなたの奥様は、御存じのことすべておっしゃる性格の方ですもの、私に待合せのこと、おっしゃらなかったわ」

「じゃあ、偶然の出会いになってるわけだね」

「そうよ」

 南原杉子の右手が、ふと蓬莱建介の膝にふれた。彼女はそれをわざと意識的な行為にするため、強く又彼の膝に手の重みをかけた。

「どこへ連れてって下さるわけ」

「僕のね、かわいい女をみてほしいんだ」

「それは興味」

 自動車は繁華街の手前でとまった。二人は横丁のバーへはいった。

「ひろちゃん、居るかい」

 中からばたばたと草履をならして出てきたのほ、色白のあごの線の美しい娘。小紋の御召しが似合っている。

「まあ、けんさん、ひどいおみかぎり」

 隅のソファへ彼はどっかりこしかけた。南原杉子もその隣にすわる。

「この女史、ジャズシンガーだよ」

 南原杉子は、マッチの火をちかづけてくれるその娘ににっこり笑った。

「おビールだっか」

 娘がスタンドの方へゆく。御客は一組。スタンドの中で、マダムは愛想わらいをふりまいている。

「ひろちゃん、どうだ」

「いいわね。大阪に珍しいわ、だらだらぐにゃにゃした女性ばかりですものね」

「いいだろう」

「もう少し観察してから、アダナつけるわ」

 ひろちゃんを相手に、二人はのんだり喋ったりした。大した話ではない。けれど、二人の親密度をました。

「あなたはスポットガールの何に魅かれるわけなの?」

 腕をくんで、少しさびた通りを歩いている時、南原杉子は蓬莱建介に問うた。スポットガールとは、彼女が先刻、ひろちゃんにささげた愛称である。たった一つの点。決して線がそれにつながってないという意味。蓬莱建介は、何のことだかわからないが、彼女のつけたアダナの音オンがよいと云った。

「魅力ね、魅力の根源はね」

「つまり、スポットだからでしょう。彼女は誰からも触れられてない」

「成程ね、僕も彼女にふれがたいんだ。いい女さ」

 突然、南原杉子はたちどまった。

「ねえ、あなたが好きになったわ、かまわないこと、私、好きになったら、もうれつ好きなのよ」

 南原杉子は、自分が心にもないことを口にしていることに、一種のよろこびを感じた。

「君は、スポットじゃないね」

「勿論よ。そしてあなたのスポッツでもないわ」


 ――如何して私から誘惑などしたのかしら。金をうるための娼婦。肉体的な享楽だけの芦屋婦人、彼女等は割切っているのに。けれど私は、金のためでも、肉慾のためでも、勿論、恋でもない。別の意味……。たしかに意味はある筈。だが、その意味は何の心の動きだかわかっちゃいないわ。蓬莱建介は、私を愛しちゃいない。単に肉慾の対象にしているのだわ――

 ――阿難がみじめだわ。仁科六郎を愛している阿難がみじめだわ――

 ――衝動的なものだろうか、いいえ、下宿を出る時、今夜は用事で帰れませんと云ったんだわ――

 ――阿難があんなにとめたのに、南原杉子はひどいわ――

 ――いいえ、阿難が南原杉子をこんな結果にさせたのよ。仁科六郎を愛する故に、かえって、蓬莱建介とのつながりを強いたのよ。何故……。いや蓬莱和子。彼女に対しての働きはないのかしら。それが最も大きいんだわ。彼女が、私に示す、いつわれる真実のマスクをはがしてみたいのよ。彼女の嫉妬と憎悪を露骨にうけたいのよ――

「ねえ、あなた、奥様におっしゃるおつもりなの」

「云ったらいけないのかね」

「どちらでもいいわ」

 二人は笑った。蓬莱建介は笑った後、背筋に不愉快な戦慄を感じた。不気味な女だ。と彼は思った。

「私から、云ったらどうかしら」

「六ちゃんに云いつけられるよ」

「奥様、何ておっしゃる? お杉と主人とが浮気しましたって、彼に云うわけ?」

「一体、君は、六ちゃんとどうなんだ」

「どうってきくのは愚問よ」

 愚問だと云うのは返答ではない。全く、あいまいな言葉であるが、しかし、愚問よと云われると、二つの意味を一つに確証してしまう。潜在意識のはたらきでである。南原杉子は、度々愚問よという言葉を口にすることがあった。

「じゃ、君は僕を好きだと云ったのは嘘?」

「好きだから本当よ」

「同時に二人を好きなのかい」

「三人よ。あなたの奥様もよ」

「でも、誰かを裏切ったことになるね。つまり、六ちゃんか、うちの妻君か、僕か。背信の行為じゃないか」

「背信、背信って何故?」

「君は少しおかしいよ。じゃあね、君が若し、六ちゃんともうれつに愛し合っていてさ。六ちゃんが他の誰かと、そうだ、僕の妻君でもいいさ、関係したとすれば、背信の行為じゃないか、嫉くだろ?」

「あら、背信じゃないし、私嫉かないわ。その場合を仮定したらよ。嫉くのは自分達の愛情の接点がぐらつくからでしょう。そういった行動。つまり第三者との交渉などは、たしかな愛情の裏付けにならないわ」

「じゃあ、君は三人、つまり、僕と、六ちゃんと僕の妻君のうち、一人以外は、愛情がないわけになるじゃないか」

「あなたは、私のたとえを私の現実だと思ってしまったのね。私の現在の場合、三人の誰とも愛情の接点をみとめていないのよ。私が好きでも相手は私を愛しちゃいないものね。あなたはおかしな人ね、スポットを好きなこと、それは、奥様に対して背信だとはおもってらっしゃらないし、私とこうなったことも別に心に矛盾がないのでしょう。それは、奥様との愛の接点がたしかにあるからなのか、あるいは、私のように、誰からの愛情もみとめていないのか、どちらかよ。百パーセント前者でしょう」

「わからないね、君の云うこと」

「私は、あなたがわからないことが、何か知っててよ。私が三人の人に愛情をもつということでしょう? だって何も一人の人以外に、愛情を抱いてはいけないことはない筈よ。それからあなたの心はちゃんと見抜けてよ。あなたは、奥様以外の女性が複数だとしても、単に肉体的な快楽の対象にしているし、スポットはまだ手が届かないだけ、いずれそうなるに違いないわ、そして、すぐにあきるのでしょう、わかっててよ」

「どうだっていいさ、理窟のこね合いはよしにしよう」

 蓬莱建介は黙るより他はない。

「人間って、割切れないものを割切ろうとする。へんね」

 南原杉子も、これ以上、理窟も云いたくなかった。彼女は、阿難がしきりに身もだえしはじめたことに、はっとしたのだ。

 ――阿難、私は、未来によこたわっている大きな事件をたのしみにしているのよ。そこへ到達するまでのことは、すべて手段として自分でみとめているだけよ――

「ねえ、あなたを好きなのは、あなたに迷惑かしら」

「別にね、僕だって好きなんだからね」

「だったらいいわ、いいじゃないの」

「何が」

「いえね、じやあ、度々会ってくださる?」

「こっちがのぞむところだね」

「じゃあ余計いいわ」

「だが、君困るだろ、六ちゃんとも会わなきゃなんない」

「あなただって、スポットやこの間の踊り子や、あら、又同じことのくりかえし、とにかくお互いの邪魔にならなきゃいいでしょう」


 二人は、会社の電話を教え合ってわかれた。朝、十時である。

 別れてから、蓬莱建介は実に妙な気がした。南原杉子。一体彼女は何だろう。わからないものには一種の魅力がある。そして、わかる迄は不安でもある。とにかく、一夜の享楽は享楽だったのだ。彼は会社へむかった。

 南原杉子は、洋服はそのまま、ただ髪型だけ、いつものように結いあげで会社へ。

 夕刻、仕事から解放された時、彼女はいそぎ足で放送会社へむかった。仁科六郎に会いたいのだ。彼への愛情を確証するためである。受付で彼の名をたずねた。二日お休み。昨日と今日。

 彼女は、ダンス場へおもむいた。彼の病気――多分病欠にちがいない――重いような気がする。ダンスを教えながら、何かひどくいらだたしい。早々にひきあげて下宿へ。

 南原杉子は二階へあがり、たった自分一人の世界になったと思った途端、つみあげていたふとんに体を投げて急に泣きだした。

 ――阿難、ごめんなさい。阿難、ゆるして下さいね。でも、ああなったことは阿難がさせたのよ。阿難の熱愛している仁科六郎の存在がさせたのよ――

 涙を流したのは、南原杉子であろうか。否、阿難が涙を流したのだ。

 ――阿難がかわいそうよ。どうして、蓬莱建介とああなったの。阿難はせめるわ、かなしいわ。阿難は仁科六郎だけで生きているのよ。阿難が宿っている南原杉子の肉体。それは勿論かりそめのものなんだわ。だけど、阿難が一たん宿ったかぎりは、仁科六郎以外の男にふれさせたくないわ――

 阿難は、南原杉子の肉体をゆすぶった。はげしく。南原杉子は阿難に抵抗しようとする。

 ――阿難、もうしばらく私を解放しておいて、阿難の純潔をけがしやしない。私は蓬莱建介を愛してやいない――

 ――ゆるさないわ。ゆるすことは出来ないわ――

 彼女は泣きつづけた。


 蓬莱建介は、わけのわからないものを背負ったなり、蓬莱和子の前に現われた。いつもの如く、うすぎたない空気のよどんだ家庭とも云えない場所。

「昨日はおたのしみだった? どう、思いがかないました? 御とまりのところをみれば、私が背広を買うことになったかな」

 彼女は、昨夜一晩寐ていなかった。

「いや、未完遂、昨夜は、友達に会ったのさ、軍隊の時のね」

「それは、御気の毒様」

 蓬莱建介は、妻をみた瞬間、浮気をした話を云ってはならないものと心に決めていた。彼はひどくむっつりと、おそい夕飯をたべた。蓬莱和子は非常に朗かであった。夫の言葉を信じたからなのだ。

「賭の期限をきめないこと、一カ月にしましょう」

 蓬莱建介は黙っていた。その夜、二階の彼の部屋に、蓬莱和子は姿をみせた。ひどく、やさしく。


     九


「私、子供が出来たらしいですわ」

 仁科たか子は、夫六郎の枕許にすわっていた。欠勤四日目である。流行性感冒にかかって仁科六郎はひどく高熱を出して苦しんだ。たか子は献身的に看護した。熱も降り坂。だが、まだ起き上ることは出来ない。うつらうつらゆめをみていた彼は、彼女の声にはっとした。彼は、阿難のことしか意識の中になかったのだ。

「それはよかったね。身体を大事にして」

 仁科六郎は、しばらくしてぽっつり云った。彼は子供をほしがっていた。けれど、最近は子供のことに関心を持たなくなっていたのだ。

「あなたこそ早く元気になってほしいわ」

 流行性感冒にかかったということは、平常から体が弱っていたのだと、たか子は解釈していた。彼女は夫を疑わなかった。夫婦関係の間隔がいつのまにかひろくなっていたのだ。

「今、何時だろう」

「二時すぎよ」

 仁科六郎は又目を閉じた。

「あなた、うわごと云ってらしたわよ」

「なんて」

「よくわからなかったけど御仕事のことでしょう。私、会社へ今朝電話しておきました」

「そうか」

 仁科六郎の瞳の裏に阿難が浮んでいる。夢で、ドビュッシーをきいていたのだ――阿難がピアノを弾いている。その背後に自分がたっている。突然、彼女が弾く手をやすめた。ところがピアノは鳴りつづけている。ふしぎでしょう、と彼女が笑う。そして、ピアノの傍からどこかへ逃げ出そうとする。自分が追いかけようとする。突然、彼女が両手で顔を掩い泣きはじめた。近寄ると、私を苦しめないでと云う。――

 仁科六郎は、阿難が泣いている姿を、現実にみたことがないのに、夢でみたことに何か不安を感じた。

「ねえ、どっちだと思う。男の子かしら女の子かしら」

「どっちがいい」

「女の子がほしいの」

「何故」

「私が、女にうまれてよかったと思うから」

 仁科六郎は、はっきり目をひらいて、たか子の顔をみた。

「ね、幸せそうでしょう」

 仁科六郎は、その言葉を率直にうけとることが出来なかった。

「気の毒だと思っているよ。仕事が仕事で、帰りはおそいし、酒はのむし、月給はすくないしね」

 彼は、そしてたか子の顔から視線をはずした。

「そんなこと。私は大事よ、あなたが」

 仁科六郎は、甘える気持でたか子の手をつねった。

「腹がへったから、何か食べさせて」

 たか子が台所へたった後、仁科六郎は阿難のことを又考えはじめていた。一分もしたろうか、彼は、両手をくみあわせて、自分の内部に発見されたことに驚いた。

 ――ゆるしてくれ、と僕は阿難に云っているのだ。たか子へ愛情がないとは云え、夫婦生活をおくっているのだ。それを僕は阿難にすまないと思っている。たか子に、ゆるしてくれとは思っていない――


 南原杉子は受話器を降した。仁科六郎はまだ休んでいる。会社の机の前の椅子にこしかけて、煙草を吸いながら、彼女の表面に現れた阿難を煙でかくそうとした。その時、別の卓上の電話が鳴った

「南原さん、御電話です」

 彼女は、紙片と鉛筆をもって、その電話にちかづく。

「もしもし、南原でございます」

「もしもし、蓬莱建介でございます」

「なんだ、あなたなの」

「どうして電話くれない?」

「あなただってくれない。待っていたのよ」

「きょう、きみの生活に、少し割こむ余地があるかい」

「ある。ガラアキ」

「六時」

「カレワラで」

「駄目、梅田のね、そら新しいビルの地下で」

「わかった」

 南原杉子はガチャリと受話器をかけた。阿難が、いたましいさけび声をあげた。


「不思議だね。僕が今迄抱いていた女性観がくつがえされそうな気がして来た」

 蓬莱建介は、南原杉子を、たった二時間だけの相手に出来なくなって来たようだ。今迄のように、二時間後に、これでしまいと決め、次はさらりとした気持で新しい女に自分をむかわせる。そして、又偶然別れた女に出会えば、出会った時に新鮮になれる。ところが南原杉子の一夜の後、彼女を、他の女性のように、簡単に処理出来なくなった。

「あなたは、スポットガールを何故私に会わせたのでしょうね」

 しばらく笑っていた南原杉子が突然話題を転じた。

「深い意味はないがね」

「そう、それなら、スポットガールのこと私忘れてしまうわね。ちょっと煩雑すぎて来たから」

「何が」

 南原杉子は答えなかった。蓬莱建介は、蓬莱和子の夫であるだけでいいのだ、と彼女は思った。

「ところで、君と僕の間を永続させる希望があるかね」

「永続? だって、あなたは私を深く好きじゃないでしょう」

「君は、愛されてもいない人に肉体を提供したと思っているのかい?」

「そうよ。だけど、私、あなたが好きなんだから後悔しないわ。どれだけ永続出来るものか、わからないけれどもね」

「僕に愛されたいとは云わないのかい」

「云わないけど、思うわよ。云えない筈よ」

「愛してるかも知れんぞ、六ちゃんと決闘するかも知れんぞ」

「おやんなさい」

 南原杉子は、故意につめたく云いはなった。冗談に対して、冗談でこたえかえすのは、つまらないと思ったからだ。その上、南原杉子は、仁科六郎の名前が、この空気の中に出たことを少し悲しんだのだ。阿難の部分が、既に大きくひろがっている。蓬莱建介は、南原杉子の表情をみておどろいた。

 ――こいつは本当なのかもしれない。うっかりすると、僕がワイフに強いている、蓬莱夫人の地位を、逆にワイフから蓬莱氏の地位をと、強いられる結果になりはせぬか。南原杉子は、自分の行動に於いて、まったくエゴイズムなんだし――

「すると、勝負は僕の負だね」

 蓬莱建介は、南原杉子との勝負を意味したわけだ。ところが、南原杉子は、仁科六郎と蓬莱建介との勝負にとった。だから、僕の負だと云った言葉を面白がって笑った。蓬莱建介は不気味な笑いだと思った。

 その日は泊らなかった。


 南原杉子は、下宿の二階で煙草をやたらに吸った。

 ――抵抗を感じたのだわ、阿難が、私に抵抗を感じさせたのだわ、そして、エクスタセの中に、はっきりと仁科六郎が存在していたわ。彼はひどく真顔だった。それは、私にとってよろこばしい発見なんだわ――

 ――何をいうの、阿難をいじめてるみたいよ。阿難ははやく仁科六郎に会いたいわ。会った時、阿難は、蓬莱建介と南原杉子のことを告白するわ――

 ――いけない。それはいけない。だけど仁科六郎に会う迄、蓬莱建介には会わないわね――

 ――南原杉子。あなたは無智な女だわ――

 ――阿難、私は無智な女かも知れないわね――


 蓬莱建介の帰りを、待つという気持で待つようになった蓬莱和子は、ピアノをたたいて大声でうたをうたっていた。南原杉子も仁科六郎も、カレワラに顔を出さない。いつでも、自分が真中につったっていないと、気が済まない彼女は、その二人の沈黙と併せて、夫の行動が案じられたのだ。彼女は、自分でおかしい程うろたえはじめた。三人からボイコットされている。彼女の心の中には、すでに、南原杉子へのにくしみが存在していた。

 蓬莱建介は終電車で帰って来た。黙っている。蓬莱和子の方からは、南原杉子のことを口に出しかねた。愛想よく、夫の着替えを手伝いながら、彼女の内部は、ざわめきがはげしい。蓬莱和子は、貞淑な婦人の持つ感情を、はじめて抱いたのである。


     十


 仁科六郎が出勤したのは、一週間ぶりの水曜日であった。彼は、喫茶店から阿難に電話をし、阿難は、しかけのスクリプトを持ったまま、すぐにその喫茶店へおもむいた。阿難は、南原杉子のことを仁科六郎に云うつもりであった。けれど、彼の顔をみた途端、口ごもってしまった。お互に話合ったことは、会ったことのよろこびにすぎなかった。そして、その日の午後七時に、二人は再会した。無言であった。抱擁は、すべて気づまりなことを葬ってしまった。阿難は、南原杉子のことも、つづいて蓬莱建介のことも、すっかり忘却していた。だから、仁科六郎の胸にすがりながら,自己荷責もなかった。阿難は酔っていた。仁科六郎も、妻のある自分を忘れていた。阿難に済まないと思ったのは、過去の真実であるにすぎなかった。

 阿難は、みちがえるようにいきいきとしはじめた。仁科六郎も又、健康を取り戻してから、そして、阿難との愛の交流をはっきり自覚してから歓喜の日常を送りはじめた。彼は、もはや妻たか子との夫婦生活にも苦悩がなくなっていた。阿難を常に思い浮べながら、たか子と相対することに抵抗を感じなくなっていた。南原杉子は、蓬莱建介とも時々会った。そして、享楽の夜を共にしながら、その時は、阿難を抹殺させることが出来た。つまり、南原杉子と、蓬莱建介との関係によって、阿難は仁科六郎との恋愛を絶対的なものと信じることが出来たからなのだ。

 蓬莱建介は、南原杉子への愛を認めた。然し、認めながら彼は、蓬莱氏を念頭においていた。そして時折、女給やダンサーの類とちがって、話をして面白い取得、妻和子にない新鮮さ、若さを、南原杉子に感じて、いい女に出会ったものだと心でつぶやいた。彼の愛とは、肉慾の中に存在するものである。そして、南原杉子を強いて解剖する必要はないと思っていた。不気味な女だけれど魅かれる。いつかはあきるだろう。唯、それだけであった。

 蓬莱和子は、三人が人間らしい喜びに浸っている日常を、唯一人、いらだたしくおくっていた。夫、お杉、六ちゃん。すべて、彼女から遠ざかっていたからである。


 ある日、蓬莱和子は、放送会社へ出むいた。仁科六郎を呼び出したのだ。

「どうして来なくなったの」

「病気で寐てたのさ。それにとてもいそがしいんだ」

「お杉も来ないわよ。お杉はどうして来ないの」

「僕にきいたってわかることじゃない」

「お杉と会っているのでしょう」

「うん」

 彼女は、間の抜けた質問をしたものだと思った。そして、はっきりと邪魔者にされた自分を感じて、おそろしく激怒しはじめた。

「私ね、何にもあなたとお杉のことを、とやかく云うつもりはないんですよ、私は、お杉が好きなんですからね。お杉に来てほしいのですよ。お杉に会いたいのですよ」

「だったら、彼女に云いたまえ」

「ええ、云いますとも」

 蓬莱和子は、ハンドバッグをあけ、伝票と共に、カウンターにお札をつきつけると、仁科六郎に挨拶もしないで喫茶店を出た。彼女は、自分が興奮している原因をかんがえてみるひまもなかった。そして、ただちに、南原杉子のオフィスへむかった。だが、オフィスの前まで行った彼女は、南原杉子を訪ねることが、非常に屈辱的な行為であると感じた時、さっさとカレワラへ戻った。

 ――お杉に侮辱される位なら、夫に屈従する方がましだ――

 彼女は、今夜、建介に南原杉子のことを、たずねてみようと決心した。

 ところが、カレワラのドアをあけた時、中から晴れやかな声がした。

「ごぶさた、ごめんなさい」

 南原杉子である。

「あらまあ、御久しぶり、どうなさってらしたの」

 言葉は、相変らずの真実性をおびているが、その表情には、もはやかくしきれない敵意識があった。

「何だかばたばたしちゃってて。二週間以上になるわね。ごめんなさい」

「心配したわよ」

 蓬莱和子は、南原杉子に自分のうろたえをみぬかれないかと案じた。そして、強いて快活に、

「うちの旦那様がね。あなたにとってもまいっちゃったらしいの」

「あら、御冗談、御主人にいつだったか、散々あなたのこと、のろけられちゃったわ」

 南原杉子、蓬莱建介が、妻にかくしていることを知っていた。蓬莱和子は、年下のものから、からかわれている気がして腹立しかった。

「六ちゃんのところへ、さっき寄ったのよ。六ちゃんは、とてもあなたを愛してるのね。すぐわかったわ。あなたはうちの旦那様からももてて、すごいじゃないの」

 南原杉子は、蓬莱和子が、しきりに自分を観察していることを愉快に思った。

「ねえ、あなたは、うちの旦那様どう思って?」

「いい方ですわ、いい御主人様ですわ、いい御夫婦ですわ」

「そうかしら、私、六ちゃんの夫婦は、とてもいい御夫婦だと思ってよ。あの人愛妻家よ」

 南原杉子はにこやかである。

「あなたは嫉かないの」

 南原杉子は、答えないで笑っていた。南原杉子は、仁科六郎の妻を知らない。知ろうともしない。彼女は、彼の妻のことを問題にしていなかった。阿難は、彼の妻に会えば、嫉妬するだろうから、知らない方が苦しみが少ないのだと思っていた。

「あなたはでも素晴しい方ね。あなたに、ひきつけられるのは、あなたの感覚ね」

 その時、南原杉子はふといたずらめいたことを考えた。

「一度、あなた御夫婦とのみたいわ」

 それには、蓬莱和子大賛成である。日はまだ決めることが出来ないが、近いうちにと約束した。蓬莱和子は夫の浮気が未完遂であることを感じた。そして本当に快活になった。


 その日の夜、仁科六郎と阿難は、ウィスキーを飲みながら、いつもになくおしゃべりをはじめた。

「阿難は、ピアノを弾く時、直覚が大事だと思うのよ。直覚は直感とちがうの、ある程度理解の上でなければ感じることの出来ないものよ。阿難は、今迄、随分自分の感覚にたよりすぎていたのよ。感覚には自信もてるのよ。でも感覚だけで物事を判断することは危険だと知ったわ。阿灘が若し、昔のままで、感覚的に物事を処理してゆくとしたら、あなたとの恋愛は永続出来ないでしょう。阿難はあなたを直覚出来たから、幸福をつかめたのよ。時折、そりゃさみしいと思うわ。でも阿難は、あなたを知って、あなたと共に、こうして居られることが。阿難は言葉で云えないわ、阿難は作曲してみるわね」

「阿難、有難う、僕は嬉しい」

 仁科六郎は、阿難の言葉がまだ終らないうちに、力強く云った。

「阿難、僕こそ幸せだ。僕達のことは、おそらく僕達しかわからたい世界かもしれない。僕達の間だけに存在する世界なんだ。お互に、この世界を大事にしようね」

 阿難は大きくうなずいた。彼女は一つの問題を仁科六郎に呈しようとした。ところが、それが南原杉子の働きのように感じたので、云わずに終えた。つまり、その世界が、肉体をはなれて存在するのか、という疑問である。今、お互に、肉体的な交渉を断った場合、その世界はぐらつかないものか? それは疑問である。


 下宿の二階で、南原杉子は夜を徹した。

 ――阿難の愛は、南原杉子の肉体を介さないでも存在します。でも、そんなこと、申出るのは嫌です。あまりにも阿難はみじめよ――

 ――仁科六郎の返答をききたいのだから――

 ――よして下さい。その返答がどちらであっても阿難はあわれです――

 阿難は懇願する。

 ――蓬莱建介との関係を断って下さい。彼との関係で得たことは、大きいでした。つまり、阿難と、仁科六郎の世界は絶対のものだったのです。確証を得たのです。それがわかったのだから、もう蓬莱建介の必要はないわけでしょう――

 ――阿難、だけど、蓬莱建介に興味をもったのは、蓬莱和子の存在があったからなのよ。彼女の真実、彼女の妖気。彼女の自信の根源、すべてまだわかっちゃいないのよ。勿論、そんなことよりも、[#「よりも、」は底本では「より、も」]阿難と仁科六郎との愛情の確証を得たことの方が大きな発見だったことは間違いないけれど――

 ――阿難がかわいそうです。阿難が抹殺されてなければならない時間があるということは、しかも、仕事の時でない。享楽の時なのよ――

 南原杉子は、阿難の申出を拒絶することが出来なくなった。南原杉子は、がく然とした。阿難が、彼女のすべてになってしまったのである。そして、阿難のすべては仁科六郎なのだ。蓬莱夫妻は存在しないのだ。


 その夜、同じ夜、蓬莱建介夫妻は語り合っていた。

「お杉とあなたは何でもないのね。さあ、真珠を買って頂かなくちゃ。だけどもう一週間あるわ、一カ月の期限にね、そうだ、お杉が一度一しょにのもうと云ってたのよ。三人で。来週の土曜日、大宴会しましょう。カレワラをかしきってね、七時頃から、そうそ、六ちゃん夫婦も呼びましょうよ」

 蓬莱和子ははしゃいでいた。彼女は、やはり蓬莱建介の妻であったのだ。蓬莱建介は、妻を欺いている形になってしまった。

 ――今更、浮気しましたとは云えない。真珠を買ってやらなければ。だが安いことだ。彼女はもう僕だけのものになりそうだ。案外いい奥さん。さて、しかし、土曜日は、おそろしいことになりはしないかな――

「ねえ、あなた、背広買ったげますわね、浮気出来なくて御気の毒でしたもの」

 実際、蓬莱和子は、その夜部屋の中を片附け、御馳走をつくって夫の帰りを待ったのである。安心して、信頼して、そして彼女は、夫を愛していることをはっきり気付き、そのことを喜んだのである。

「ねえ、私、カレワラよすことにしたわ。そしてちょっと骨休みしてから、うちで、御弟子さんをふやして御稽古するわ。丁度、今うり時らしいから」

 蓬莱建介は苦笑した。彼は、妻和子を今迄にないかわいいものと思った。だが、彼は別段浮気をよそうとも思わなかった。

「おい、来いよ」

 彼は、二階へあがる時、蓬莱和子に声をかけた。

 ――ゆるしてね、あなた。私、今迄さんざ浮気をしたけれど、誰も愛したのでもないの、若くて美しい自分を知る喜びだけだったの。――

 蓬莱和子は、夫建介の背広をプレスしながら、心でつぶやいた。


     十一


 蓬莱建介は、来る土曜日の夜までに、南原杉子に、ぜひ会っておく必要があると思った。そして電話をした。南原杉子は不在であった。又、電話をした。又不在であった。電話をくれるように伝えて下さい。だが、電話はかからなかった。又、電話をした。彼はもう、二人の関係に終止符が打たれたことを感じた。

 三四日すぎた。蓬莱和子は、招待のことをわざわざ南原杉子の会社まで知せに行った。南原杉子は、愛想のいい蓬莱和子に対して、仕方なくほほえんだ。

「夫はね、あなたにふられてしょげこんでるのよ、私、あんまりかわいそうだもんで、これからちょっとサーヴィスしてあげるつもりなのよ。御店をうることにしたの。私、本格的に、声楽の勉強をしたいしね。でも、お店やめてもあなたと御つき合いしたいのよ。私の気持、うけいれて下さるわね。あなたに対して私、真実よ。それでね、土曜日に、あなたをおまねきするつもりなの」

 南原杉子は、例の調子の真実らしき表情や言葉に、反撥も疑問もいだかなかった。その上、彼女は、蓬莱和子から憎悪の言葉を浴びたいと思っていたのに、あてがはずれたことにも決して失望しなかった。

 ――蓬莱和子は、どっちみち心理に変化をきたしたのだわ。私の出現の結果、南原杉子と蓬莱建介の関係の結果にちがいないのだわ。もう、この一組の夫婦に、完全に関心をもたなくなったわ。いや、それよりも、阿難が全面的に、南原杉子を掩ってしまったからだわ――

 蓬莱和子は、仁科六郎も招待するものだと告げた。けれども仁科夫人を招待するとは云わないでいた。

「六ちゃんに、あなたから伝えて下さいませね、ぜひ、カレワラへ七時にね」

 蓬莱和子は、南原杉子に対して憎しみだけは依然として内部にもっていた。そして、土曜日に、南原杉子が、うろたえた姿を想像してみた。蓬莱和子は、南原杉子と仁科六郎の恋愛を認めていたからなのだ。そして、夫婦のつながりが、案外強靭でゆるがないものであることを、南原杉子にみせつけたかったのだ。彼女は、仁科夫婦をみて、嫉妬する南原杉子を考えていたのだ。


 仁科六郎と会った阿難は、土曜日の招待の話をした。

「他人の目のあるところで、あなたに接するのはとてもいやよ。でも、行きたくないけど行かなきゃならないわね。阿難は、仮面かぶらなければならないの、阿難は、阿難をその間葬ってしまうのがかなしいわ」

「僕だって行きたくない。だけど行かねばならないね、僕達の間が永続するように、ありのままの姿を、他人の前にさらけ出すことはさけなきゃならないよ。とにかく、行こう。阿難は、蓬莱氏を知らないだろう? いい人だ」

 瞬間、南原杉子が表面にあらわれた。

「一二度、カレワラで御目に掛ったわ」

 沈んだ声であった。阿難は何か云いたいのだ。告白。だが、南原杉子は懸命に押えた。


 蓬莱建介はいよいよ明日に土曜日がせまったことを知った。だが、もう心配はしなかった。南原杉子が何を云うことが出来るか。仁科六郎の前なんだから。だが、電話がかからないのは少し癪にさわる。まあいい、いずれは終りが来ることなんだ。


 土曜日が来た。仁科たか子は、郵便受から速達の手紙をうけとった。仁科六郎が出勤した後である。

「先日は突然御邪魔して失礼しました。さて、明土曜日の夜七時、ささやかな御招きを致し度く、せいぜいおいで下さいますように。急にとりきめましたことで、御都合もいろいろおありのことと存じますが、何とぞ御出まし下さいませ。御主人様には御電話で御招待いたします」

 カレワラの地図がはいっていた。たか子は不審に思った。この手紙をかいたのは、昨日の夕方。消印が六時になっている。それなら、夫六郎のところへ、夫人同伴でと招待の電話をすればすむことなのだ。彼女は、夫に電話をして問い合せようと思った。けれど、何か、夫の背後に、そして蓬莱和子の背後に、あやしいものがありそうな気がした。留守番を、近所の妹にたのんで、いきなり、カレワラへ行ってみようと決心した。彼女は、蓬莱和子が芦屋に住む金持の夫人で、声楽家であるという、それだけのことを知っていたにすぎない。だから、カレワラなんておかしな名前の喫茶店の存在もはじめて知ったわけなのだ。疑念が湧いた。しかし、彼女が招待に応じてゆけは、すぐに何もかも諒解出来るだろうと思った。午後から、いそいそと美粧院へ出かけてセットしてもらい単衣の御召を箪司から出し、襦袢の衿をかけなおした仁科たか子は、すっかり外出気分になった。

 カレワラは、本日終了の札を出した。蓬莱和子は、黒のシフォンヴェルヴェットのワンピースを着て、昨日、夫が買って来てくれた真珠の首飾りをしていた。彼女は、女の子に手伝わせてカナッペをつくり、その他、お酒や御馳走を注文した。奥の部屋からピアノを運び出し、喫茶店らしくなく、家具のおきかえもした。真紅なばらを壺いっぱいに活けた。これはその朝、南原杉子が花屋にとどけさせたものである。蓬莱和子は、今日の集りが、非常に面白いものであると考えた。そして自分が中心になれると思った。客はかならず集るものと信じていた。用意万端ととのえた彼女は、ピアノにむかって、ぽつぽつかきならしながら歌をうたい、飾りたてた部屋の中に恍惚としはじめた。彼女は、さっきちらりとみた鏡の中の自分を思い出した。

 ――シンプソン夫人のように、高尚だわ――


 南原杉子は、金茶色のタフタの洋服を下宿の二階できつけていた。髪型は、ひきつめで、後をまるく結いあげ、平常の型を、少し粋にさせた。そして、金茶色の大きな半円のマべ(真珠の一種)の耳輪と腕輪をはめた。鏡を斜めにして、彼女は自分の姿をうつした。しまった胴。フレヤーのスカートがゆるやかに動いて、地模様のこまかい縞がひかる。その上に、白の毛糸のすかしあみのケープをはおり、ゴールドの靴とハンドバッグを片手に二階を降りた。時間は、六時半をとっくにまわっていた。今から、自動車にのってゆけば四十分の遅刻であろう。彼女は広い通りへ出た。五分位待った。空車は彼女の傍へとまった。彼女は自動単にのってから、ハンドバッグをあけ、つけ忘れていた香水を耳もとにふった。香水だけは阿難の香水。阿難のにおいを。彼女は小さなびんを両手で抱きしめた。それは、すぐ消える淡いにおいであった。仁科六郎に会う前は、必ずその香水をつけた。別れる時は消えるものであった。香水のにおいがよく悲劇をもたらせてしまうことを彼女はフランスの小説で知っていたからである。

 ――阿難、今日は阿難、じっとしていてね。その代り、南原杉子の肉体は、もうほんとにすっかり阿難のものとなっているのよ。今日、無言のうちに蓬莱建介と別離の挨拶をするわね。彼の女類の中に加えられても私は侮辱されたと思わないわ。その方が気楽よ――

 ――阿難は今日本当にかなしくってよ。でも、じっとがまんをしているわね。仁科六郎のためによ――

 ――阿難、かわいそうに――

 彼女はぽろりと涙を落した。自動車は、繁華街にちかづいた。


     十二


 カレワラに、最初にあらわれた客は、仁科たか子であった。

「まあ、いらして下さったのね、ありがとう。嬉しいわ。さあおかけになって、あら、いい御召物ね。えんじ色、よく御似合いだわ」

 仁科たか子は狼狽した。

「主人はまだでしょうか」

「あら、もうすぐいらしてよ。さあさ」

 その時、蓬莱建介と仁科六郎が、連れだってはいって来た。男同志の友情とはよいものである。道で、仁科六郎に出会った蓬莱建介は、歩きながら今日の期待のことを話したのだ。

「女房の奴、君の妻君も招待したんだぜ」

 仁科六郎は一瞬たじろいた。

「まったく、いつまでたっても子供じみた女房だよ」

 仁科六郎は蓬莱建介に心の中で感謝した。彼は、無事に終るようにねがった。

 ――阿難がかわいそうだ。僕はたか子にやさしくしなければならないのだから――

「まあ、大いにのもう。女房の御馳走は有難いもんだ」

 蓬莱建介は、仁科六郎の気持をよく推察出来た。彼は、世間ずれしている。そして、臆病者である。事件をこのまない。だから、仁科六郎に親切したわけなのだ。


 仁科六郎は、にこやかに妻たか子をみた。彼は、阿難がまだ来ていないことにほっとした。

「いたずらするんですね。蓬莱女史は、一しょに招待すればいいものを」

 仁科六郎はたか子の横にこしかけた。蓬莱和子は、夫が喋ったことをすぐ感付いていた。

「びっくりさせようと思ってたくらんだのよ。ごめんなさい」

 蓬莱建介は、ばらの花の枝にしばりつけてあるネーム・カードをみながら大きな声で云った。

「僕をふった女性はまだ来ないかね」

「お杉、来る筈よ。わざとおくれて来るんでしょう」

 蓬莱和子は、ビールの栓をぬきながらこたえた。

「お杉ってどなたですの」

 仁科たか子は夫に小声でささやいた。

「あら、御存知なかったわね。南原杉子さんって、とてもきれいないい方よ。あなた、屹度好きになれるわ」

 たか子の質問を耳にはさんだ蓬莱和子は、愉快そうにこたえた。

「放送の仕事している人だ」

 仁科六郎は、たか子に云った。

 ――夫がまるで関心のない人なんだわ、そして、蓬莱和子にだって、夫は別にとりたてて好意をもってないわ。美人だけど、もう年輩の方だし、御夫婦は仲よさそうだもの――

 たか子は、夫六郎の方に笑顔をおくった。

 四人はビールの乾杯をした。

「ねえ、あなた、こんなおまねき本当にうれしいですわ」

「じゃあ、これから度々しましょうね、今度はうちの方へ御まねきするわ」

 蓬莱和子はふたたび口をはさんだ。

「南原女史、何してるんだ。シャンパンがぬけないじゃないか」

 蓬莱建介はわざと又大声で云った。然し、彼は、南原杉子が来ない方がいいように思っていた。

 ――彼女のことだから、二組の夫婦の前にあらわれても平気だろう。僕と最初の出会いからして芝居げたっぷりなんだから。でも、四人だけでも仲々厄介な関係になっているのだから、そこへ又、もっと厄介な関係の彼女があらわれたら。あんまりかんばしくないことだ――

 彼は、南原杉子とすっかり関係をたつべきだと考えていた。然し、浮気をよす心算ではない。ワイフの知っている女との関係など、物騒だと思ったのだ。

 気づまりな空気にならないように、さかんに喋るのが蓬莱和子であったが、本当は、自分の注目をひきたいような言葉ばかりであった。

「この真珠のいわくを申しましょうか」

 彼女は、仁科たか子にささやいた。

「たか子さん、うちの女房は大へんな女房ですよ。僕に浮気したら背広買ったげると云ってね、出来なかったから真珠を買わされたのですよ。相手は、もうじきあらわれるだろうところの南原女史。浮気は出来ない。真珠は買わされる。さんざんです」

 蓬莱建介が笑いながら云った。たか子は、目の前の夫婦が不思議だと思った。仁科六郎は不愉快でならなかった。だが、快活をよそおわねばならないと思った。

「たか子。僕が浮気したらどうする?」

「いやですわ、冗談おっしゃっちゃ」

「たか子さん、御心配御無用よ。六ちゃんは絶対大丈夫。私が太鼓判を押すわ」

 たか子は素直に笑った。蓬莱和子は悠然と頬笑んだ。彼女は、誰からも信頼され、誰からも頭をさげられたいのだ。

 ――御心配御無用よ。私はばらしやしませんよ――

 彼女は、仁科六郎の方をちらりとみた。そして、すこぶる優越的な気持になっていた。表で自動車のとまる音がした。瞬間、四人の間に、不気味な空気がわきあがった。

 ――阿難、すまない。がまんしてほしい――

 ――お杉はどんな表情をするかしら、今日という今日は、私に顔があがらないだろう――

 ――とうとうやって来た、南原杉子。どうにかうまくゆくだろう。しかし僕はびくびくなんだ――

 ――どんな方かしら、きれいな方らしいけど、夫が今まで私に黙っていた人。夫のまるで関心のない人にちがいないけど――

 ドアがあいた。

「待ってたよ。おそかったね。仁科君の奥さんも来てられるんだよ」

 蓬莱建介である。彼は誰よりもはやく、殆どドアがあいた時に、入口の方へちかよって行った。蓬莱和子の視線。のりだすように、こちらをみている着物の婦人。仁科六郎はうつむいている。南原杉子は、自動車を降りた途端、まるで阿難を葬っていたのだが、胸にはげしい鼓動を感じた。蓬莱建介は、奥の方へ背中をむけ、南原杉子を、ほんのしばらくかばってやっていた。彼の愛情である。

「さあ、はやく、はじめてるんだぜ」

 南原杉子は、蓬莱建介に、まず無言のうちに諒解したというまなぎしを与えて、正しい姿勢で奥へはいった。それまで、いつもの饒舌を忘れていた蓬莱和子は、たち上ると、

「お杉。何故、おそかったの、さあさ、六ちゃんの奥様よ」

 蓬莱和子は、夫の南原杉子に対する好意的な行為を、何か意味あるものととった。そして真珠の首飾りを無意識につかんだ。

「南原でございます」

 仁科たか子は、たち上ってしずかに会釈した。南原杉子は、仁科たか子をみなかった。そして傍の仁科六郎をもみなかった。

「南原女史、さあ」

 蓬莱建介は、シャンパンをいさましくぬいて、最初にカットグラスを彼女の手に渡した。彼女はそれを手にして、あいている椅子に腰かけた。それは、四人の視線をまっすぐにうける中央のソファであった。南原杉子の手は、かすかにふるえていた。蓬莱建介は、なみなみとシャンパンをつぎながら、注ぎ終えても、しばらくそのままの恰好で、南原杉子がおちつくのを待ってやった。

「おい、レコードをかけろよ」

 蓬莱和子は、南原杉子の衣裳をほめながら蓄音器に近づいた。

「ジャズがいいわね」

「『いつかどこかで』をかけろよ」

「あら、思い出があるの?」

 その時、南原杉子は、はっきりと南原杉子になっていた。

「あるのよ、御主人との思い出よ。私が、ホールでうたっていた時、御会いしたのよ」

 仁科六郎は驚いた表情で南原杉子をみた。

「私ね。パートナーと踊りに行って酔っぱらったから、舞台にあがっちゃったの」

「いつかどこかで」がなり出した。

「女史、踊ってくれませんか」.

「いやよ、奥様と踊るわ」

 南原杉子は、蓬莱建介の方へにっと笑ってみせた。

「お杉、踊ってくださるの、うれしいわ」

 南原杉子は、蓬莱和子をかかえた。そして、もう、彼女の肉体に何も感じなかった.

「たか子さん、おかしいね、あの二人、あなたも踊られませんか」

「私、ちっとも知らないのです」

 踊っている蓬莱和子はふと身体をかたくした。南原杉子と自分。彼女は、自信がくずれてゆくのを知った。

「御疲れ、よしましょう」

 南原杉子は、蓬莱和子をいたわるように椅子にすわらせた。

 五人は、御酒をのんだり、御馳走をたべたりするうちに、わだかまりをとかしはじめた。しかし、この際、わだかまりがとけるということは、非常に危険なのである。南原杉子は、さかんにのんだ。けれど、はっきり南原杉子を意識していた。仁科たか子は味わったことのない空気に酔いだした。そして、仁科六郎を世界一よい夫君だと信じた。蓬莱建介は、無事に終りそうなのでほっとしていた。彼は、南原杉子に、関係をつづけてくれと頼もうかと思った。それ程、彼女は美しかったのだ。蓬莱和子は、いらいらしはじめた。そして、しきりに、真珠の首飾りをいじった。

 ――本当に、浮気をしたなら、浮気をしましたなど云えないわ。夫と、お杉は何かあったのじゃないかしら。でも、彼女は、仁科六郎を愛している筈。いや、愛しているとみせかけて、夫と何かあるのをかくしているのかしら――

 蓬莱和子は、仁科六郎と、夫建介とを見比べた。蓬莱建介の方が立派である。彼女は、喜びと不安と、どっちつかずの気持であった。

「六ちゃん。いやに黙っているのね。奥様とおのろけになってもいいことよ」

 仁科たか子は、はずかしそうに、しかし嬉しそうにうつむいた。彼女は、善良な女性である。

「お前ときたら、のろけるのは人前だと考えているのかね」

 蓬莱建介は笑いながら云う。

「ねえ、あなた。でもお若い御夫婦をみてると羨しくなるわね」

「あらいやだ。ママさんは、御若いのだと、御自分で思ってらっしゃる筈よ」

 それは、鋭い南原杉子の言である。

「どうして、あなたよりずっと年寄りよ」

「年齢で若さは決められないわよ」

「じゃあ何」

「だって、人間の精神があるものね。五十でも六十でも若い人居てよ。精神的な若さに、肉体が伴わない場合、しばしば女の悲劇が起るのよ。ママさんはとにかく御若い筈よ」

 仁科たか子は、肉体という言葉を平気で口にする女性にびっくりした。

「若くみられて幸せじゃないか」

 蓬莱建介が言葉をはさむ。

「本当はおばあさんなのにね」

 蓬莱和子は、ひどく夫建介と、南原杉子から軽蔑をうけたような気がした。

 仁科六郎は飲んでばかりいた。喋ることがとても出来ないのであった。阿難がまぶしい存在に思われた。何か、遠いところにある女性のように思われた。そして傍にやさしくうつむき加減でいる妻たか子の方が、安心して接近出来る人に感じた。

「南原さんは御結婚なさいませんの」

 仁科たか子は、こんなことを云ってわるいのかしらと思ったが、酔い心地で、南原杉子に恍惚としながら、おずおず云ってしまった。

「お杉は、結婚なんか馬鹿らしくって出来ないと思ってるのよ」

 蓬莱和子は、まともに南原杉子を凝視しながら云った。

「いいえ、そうじゃありませんの、たか子さん、わけがあるのよ」

 仁科六郎は頬を硬ばらせた。

「南原女史だって、結婚したいと思っているさ、だが彼女はまだ気にいった人がないと云うわけさ」

 蓬莱建介は、ねえ、そうだね、という表情で南原杉子をみた。蓬莱和子は、又真珠の玉をにぎった。

「あなたは、いちいち私の云うことに反対なさるようね」

 蓬莱和子は、少し冷淡に、夫建介をみた。

「あら、私、あなたの解釈とも、御主人の解釈ともちがったことで結婚しないのですわ、老嬢秘話をあかしましょうか」

 仁科六郎はうつむいた。

「私、勿論、結婚してらっしゃる方をみて、羨しい限りなんですよ。でも、結婚しませんと誓ったことがあるんです。昔のことですけど、純情少女の頃、純情な少女がある男の死に捧げた誓いなんですよ」

 ――その少女は阿難なのだ。その男は、仁科六郎なのだ。そして、それは過去ではない。現在なのだ――

「おどろいたわね、お杉は子供なのね」

「そうよ、みえない世界で結婚していて、ひめやかに貞操を守りつづけているわけよ」

 蓬莱建介は、南原杉子のつくりごとであると見抜いた。仁科六郎は、みえない世界を、自分達のものだと信じた。ふと、南原杉子と視線があった時に、疲女はうなずいたのだ。

「まあ、お気の毒ね、ごめんなさい、私、いやな思いをおさせしたみたいだわ」

 仁科たか子は心から云った。

「いいえ、私、幸せよ」

 南原杉子は笑った。然し、阿難が泣きはじめた。

「お杉は案外ね」

 蓬莱和子は、わけがわからなかった。然しそれを口にだして疑問の言葉にすることは出来なかった。仁科たか子が居る。

「さあ、とにかく、もっとのまなけりゃ」

 蓬莱建介が云った。南原杉子は、元気よくグラスをつき出した。

 ――南原杉子。私と、蓬莱建介と蓬莱和子の三角の線。私と仁科六郎と蓬莱和子の三角の線。私と、仁科六郎と蓬莱建介の三角の線。私は、重なりあった三つの三角の線を断ち切って。仁科六郎と阿難の線だけを存続させようとしたのだわ。だけど、あらたに、三角の線が出来てしまった。仁科たか子があらわれたのだから――

 ――阿難は絶望――

 ――いいえ、仁科六郎の愛を信じなさい――

 仁科夫妻はむつまじかった。それだけで、仁科六郎と阿難の世界はぐらつきはしないのだが、阿難の脳裡に、色の白い細おもての仁科たか子が明確に残るものに違いないのだと、南原杉子は考えた。

「お杉って人は、仲々自分のことを云わないのね。ねえあなた。今日は、お杉の告白の一部分をきいたわけだけど、もっと何かありそうよ。お杉の性格は疑いぶかいのね。私なんか信用されてないみたいね」

 蓬莱和子は、夫建介と南原杉子を交互にみる。

「じゃあ、何でもべらべら喋ったら、それが信用している証拠になりますの」

 南原杉子は、にこやかに云う。

「まあまあ何でもいいさ」と蓬莱建介。

「いいことないわよ。私は、お杉がすきだから、お杉のために一肌ぬごうっていう気なんですもの」

「僕のために一肌ぬいでくれたらどうだい」

 蓬莱建介は、冗談まじりに蓬莱和子の肩をたたく。

「南原さん、御かわいそうよ。昔のこと思い出されて」

 その時、南原杉子に同情の言葉をよせたのは、仁科たか子である。南原杉子は黙ってうなずかねばならなかった。

 ――何ということだろう。仁科たか子に同情されたのだ。阿難がここで、仁科六郎を愛してますと云って、仁科たか子から嘲笑か、にくしみなうけた方が同情されるよりましだわ――

 ――もう駄目、何もかも駄目。阿難は何も云えないわ――

 蓬莱和子は、真珠をいじりながら、自分が想像していたような集りのふんいきにならなかったことに気付いて腹立たしかった。彼女は、夫建介と親密な関係を、南原杉子にみせるつもりだったのだ。ところが、蓬莱建介は、何かというと南原杉子をかばい、その上、仁科たか子までが。

「ねえ、六ちゃん。あなたはお杉がいつも仮面をかぶっているらしいことをどうも思わない?」

 遂に、彼女は最期の一人に同意を得ようとした。

「僕、わかりませんよ。そんなこと。それより、うたでもうたってくださいよ」

 仁科六郎は、蓬莱和子の得意とする歌をうたわすことが、この場合、最も座が白けないで済むと思ったのだ。案の定、彼女ははれやかにピアノの傍へちかづいた。仁科六郎は、無言でピアノをひけと阿難に命じた。

「私、伴奏しますわ」

「あら、お杉、ピアノひけるの」

「南原女史は何でも屋なんだね」

 蓬莱和子は、楽譜をめくりながら、一番むずかしそうな伴奏のを選んだ。

「初見でおひきになれる?」

「ええ。エルケニッヒね」

 南原杉子は苦笑した。そして、ピアノのキイに手をのせたかと思うと、はやい三連音符をならしはじめた。

 仁科六郎はほっとした。黙って居られることが、そして、南原杉子が自分に背をむけていることが救いであった。

 ――阿難、僕達は何てかなしい対面をしたのだろう――

 彼は、蓬莱和子の歌声などきいていなかった。そして、両手をくんでじっとその手をみていた。

 蓬莱建介もきいていない。彼は、妻和子の不穏を感じて、この集りが終る時までに、何とかして彼女の機嫌をとらなくてはと思っていた。

 蓬莱和子は、時折楽譜をみながらピアノの傍で自分の声に酔っていた。

 ――私は、何といったって今宵の中心人物なんだわ。お杉だってそれに気付いて、内心私に嫉妬しているのだわ。あら、夫が私をみて頬笑んだわ。やっぱり私の美貌が得意なんだろう――

 南原杉子は、ミスがないようにと忠実にひいた。

 曲が終った時、相手をしたのは仁科たか子であった。彼女は、拍手をしなければならないものと、曲がはじまった時から待機の姿勢でいたのだ。

「音が狂ってますわ」

 南原杉子は、三つ四つ、キイをたたいた。

「お杉ったら、どうしてピアノひけるって云わなかったの」

 南原杉子は苦笑した。

「お杉、何かひきなさいよ」

「え、ひきますわ」

 南原杉子は、そっけなく答えた。そして、しばらく静かにピアノをみつめていた。四人の男女は耳をそばだてた。

 ――阿難、かわいそうな阿難。あなたの愛している人は幸せな家庭をもっている人なのよ。たか子さんって人は大人しいいい方なのよ。阿難。あなた嫉妬してはいけないわよ。阿難、泣かないで。あなたの愛している人が苦しんではいけないからね――

 彼女はひきはじめた。彼女の作曲である。テーマは出来ていた。彼女は、ひきながらヴァリエーションをつけてゆく。もう彼女の背後には、仁科六郎一人しか存在していない。弾いているのは阿難。

 ――お杉がピアノを弾く。お杉がうたをうたう。夫の前でうたったのだ。お杉と自分。若さ。才能。いや、私の方が。私は蓬莱建介の妻。妻の資格。お杉にはそれがないのだ。お杉はどんなにすぐれていても老嬢なんだわ――

 蓬莱和子は、老嬢南原杉子を軽蔑した。軽蔑出来たのは、蓬莱建介の存在のおかげであるのだが。

 蓬莱建介は、南原杉子の、立体的な側面の姿を眺めていた。だが、傍に、妻和子が居ることを心得ていた。だから、時折、妻和子の方をみることを忘れなかった。蓬莱和子の真珠の光沢は、彼に、南原杉子とのこれから先の関係を肯定しているようであった。

 仁科たか子は、こんなにはやくいろいろの音の連続を出せるのかと、不思議に思った。

 ――ああ、阿難。ピアノをやめて、僕は狂いそうだ。阿難の感覚。阿難の作曲。阿難の音。だが、やっぱりつづけてくれ、いつまでも、僕は狂いそうだ――

 仁科六郎は目を閉じていた。

 高音部のトレモロ、マイナーのアルペジオ。

 ――阿難。阿難――

 阿難は、頬をつたって流れる涙を感じた。最期の三つのハーモニー。

「阿難」

 突然。それは、仁科六郎の声であった。本当の声であった。阿難は、ピアノにうつる彼の姿をみた。彼女は、キイに手をおいたまま、ペダルもきらずにうなだれた。

 仁科たか子も、蓬莱夫妻も、仁科六郎のさけびをきき、彼の表情を目撃した。誰も何一言云わない。つったっている仁科六郎を、唖然として見上げている。彼の、短いさけびを理解することがどうして出来よう。

 ふいに、金茶色の布がきらめいた。阿難は、まっすぐドアの方をみたまま、部屋を小走りによこぎった。涙がひかっていた。


「魔性なんだよ。彼女には魔性があるんだよ。たか子さん、あなたの御主人は、魔につかれたんですよ。さあ。飲みなおしだ」

 蓬莱建介は、やっとそれだけのことを云うことが出来たのだ。彼にとって、蓬莱氏と、蓬莱夫人が無事に終ったことが一まず安心にちがいなかった。

「あなた、どうなさったの」

 たか子は、共に不安なまなざしをおくった。仁科六郎は、悄然と椅子にこしをおろした。その時、蓬莱和子は、傍のグラスを一息にのむと、ヒステリックな笑い声をたてた。


     十三


 ――阿難は生きてゆけません。一生、こんな大きな幸福の、華々しい瞬間は、もうございませんもの。阿難、とあなたの声。阿難の幸福の瞬間、華々しい瞬間が――


〈昭和二十七年〉

2022年12月 2日 (金)

「実験室の思い出」中谷宇吉郎

寺田先生の追憶――大学卒業前後の思い出――

   中谷宇吉郎


 実験室に於ける寺田先生のことを書こうと思うと、私はすぐ大学の卒業実験をやった狭い実験室のことを思い出す。

 それは化学の新館と呼ばれていた、小さい裸のコンクリートの建物の一階にあった狭い実験室である。震災の翌年のことで、物理の建物が使えなくなったので、化学の新館を借りていたのであった。この実験室の中で、寺田先生の指導の下で卒業実験を始めたのが、正式に先生の下で研究らしいものを始めた最初であった。

 その頃の思い出を書く前に、先生との機縁ということについて考えてみると、私は今更のように、世の中というものは、随分微妙なものだという気がする。今日北海道の一隅で、非常に恵まれた条件の下に、好き勝手な研究を楽しんでいる自分の生活をふり返って見ると、その出発点は、全く寺田先生にある。もし先生を知らなかったら、私は今日とはまるでちがった線の上を歩いていたことであろうと思う。それにつけて私は、生涯の岐路というものは何時もあって、その方向を決める要因が案外些細なものであることが多いのではなかろうかと、この頃時々考えている。というのは、私が寺田先生の学風の下に入った機縁は、全く友人桃谷君の長兄の簡単な言葉にあったのである。

 私たちの大学時代には、東大の物理学科では、学生が三年になると、理論と実験とに分かれて、実験を志望する連中は、各々その指導を願いたい先生の下で、一年間研究実験をして卒業することになっていた。それで二年の三学期になると、誰もが真剣になって、研究実験の選択に頭を悩ますのであった。

 ちょうど私たちが二年生の時に、大地震があった。大学もその災いに遭って、大抵の建物が使えなくなったので、三ヵ月近くも休みになった。そして冬近くになって、やっとバラックの中で講義が始められたような始末であった。この震災で私の家もすっかり焼けてしまった。その天災は私には物質的にも精神的にも著しい打撃であった。それで卒業後は今まで漫然と考えていたところの研究生活というものからすっかり縁を切って、理科系統の会社にでも入って、実際に物を作りそして金もうんと儲けようという決心を一時的にしたことがあった。

 今から考えれば、随分妙な決心をしたものであるが、その時は真面目にそのように考えたのであった。それで三年になってからの研究実験にも、応用物理学の中で近い将来に大発展をするような方面を選ぼうと思った。ちょうどその頃は真空管が我が国でも実用化されかけて来た時であったし、それに桃谷君の親戚に当たる関西のある大会社でも、その方面に力を入れようとしていたので、無線関係の題目を研究実験に選ぶことに一応考えを決めた。

 もっとも寺田先生のことは、冬彦の名を通じてよく知っていたし、時々御宅の方へ遊びにも行っていたので、事情さえ許せば、先生の下で研究実験の指導をうけたいという強い希望が心の底にはあった。しかし先生の教室で、煙草の煙のもつれ方や三味線の音響学的研究をしたのでは、金を儲ける方とはどうにも関係のつけようがないと思って、真空管の方を特に実際方面のことと関聯かんれんをつけて研究して見たらという気になった。

 桃谷君は高等学校時代からの友人で、一緒に物理へはいって来ていたのであるが、そういうつもりならば一応問い合わせて見ようと言って、その長兄の意見を求めてくれた。ところがその返事が、私には天啓であった。別に変わった意見が出たわけではないが、そういう偉い先生に個人的に接触する機会があるなら、それを逃すのは損だ、卒業してからのことはまたその時になって考えたら良かろうというのである。

 如何にももっともな意見なので、私はすぐ賛成した。そして三年になると、一も二もなく先生の指導の下で、研究実験をすることに決めた。誠に他愛のない話であるが、若い時の考えなどは、あの大震災くらいのことでも、随分影響されるものだと今になって思いみている。

 ところであの時桃谷君の長兄から、それは良い考えだから是非真空管をやって、卒業したらうちの親戚の会社の方へ行くようにし給えという返事があったならば、私は多分そうしたことだろうと思う。そしてそれから今日までの間に、私は今の生活からはまるで縁の遠い路を通って、現在の自分とは全く別の私が一人出来上がっていたことだろうと思う。巧く行ったら今頃は重役になっていたかもしれないが、そのかわり物理の本当の面白味というものは遂に知らず仕舞いに終わったであろう。

 そういう風に考えて見ると、桃谷君の長兄は、自分では多分知らないでいて、非常な影響を私に残してくれたことになる。いつかゆっくり会って、御蔭で重役になり損ねましたと言おうか、御蔭様で生涯没頭して悔いのない面白い仕事にありつきましたと言おうかと思っているうちに、その人はもう亡くなってしまった。

 いよいよ三年生になって、研究実験を始めることになったら、同期の友人でほかに二人先生の指導を受けることになった。一人は桃谷君で、題目は霜柱の研究というのであった。もう一人は室井君で、この方は熱電気の実験をやることになっていた。そのほかに湯本君という一年先輩の人があって、ちょうどその年卒業して、大学院に残って、水素の爆発の研究をしていた。私は前から湯本君をよく知っていた関係もあって、一緒にその水素の実験をやるようにと先生から言いつけられた。

 先生は例の胃潰瘍の大出血後ずっと学校を休んでおられて、三年振りか四年振りかでやっと正式に大学へ出て来られたという時代であった。それで以前の御弟子の人たちは、一応途切れた形になっていた。そういう時期にちょうど私たちが当たったもので、その年度に、先生の直接の指導の下で仕事をしていたのは、この四人だけであった。後に先生が理化学研究所と地震研究所と航空研究所とに、それぞれ研究室を持って、若い元気な助手を十数人も使って、活溌な研究生活を続けておられた姿を思ってみると、誠に今昔の感にたえないものがある。

 ところが四人の実験室であるが、大震災直後のこととて、どうにも部屋の融通がつかないという話で、化学新館の狭い一つの実験室の中で、皆が一緒にやることになった。化学教室の実験室を借りての話だったもので、中には大きい作りつけの化学実験台が二つも備えつけてあって、それが邪魔になって困った。まずやっと身の置き所があるという程度の部屋であった。

 それでも生まれて始めて題目を貰って、自分で研究を始めるのであるし、実験台の片隅を自分の机とすることも出来るので、一同はすっかり物理学者の卵になった気持ちで有頂天であった。皆が急に勉強家になるのもちょっと可笑おかしかった。

 朝学校へ来ると、まず鞄をその机の上に置いて、身軽になって、ノートを一冊もって講義のある時だけ教室へ行く。それが高等学校時代からあこがれていた大学生の生活なのであった。講義は午前中二、三時間だけ聴いて、あとは実験室の片隅で鑢やすりがけや盤陀はんだ付けで小さい実験装置の部分品を作ったり、漫談に花を咲かせたり、時にはビーカーで湯を沸かして紅茶を淹れて飲んだりしていた。

 時々法科方面の友達などがやって来て「君たちはいいな、僕の方は三百人も一緒に大講堂で大急ぎにノートを取るだけだから、とてもこういう感じは出ないよ」などと羨ましがるもので、益々いい気になっていた。そしてもう会社へはいって金を儲けてなどという考えは、何時の間にかけろりと忘れてしまっていた。

 一学期も終わって、そろそろ一同の装置が揃ってくると、部屋は益々窮屈になって来た。無理遣りに小さい実験台をいくつか押し込んで、三つの実験がやっと同時にやれるようになったのであるが、椅子などは邪魔になって仕様が無い。それで皆小さい円い木の腰掛けにとりかえてしまうという騒ぎであった。

 先生は毎日のように午後になるとちょっと顔を出された。そしてその小さい腰かけにちょこんと腰を下ろして、悠々と朝日をふかしながら、雑然たる三つの実験台を等分に眺めながら、御機嫌であった。

 その頃はちょうど藪柑子集や冬彦集が初めて世に出た時代で、先生の頭の中に永らく蓄積されていたものが、急にはけ口を得て迸ほとばしり出始めたような感じを周囲に与えておられた。研究の方も同様であって、三年間の病床及び療養の間に先生の頭の中で醗酵した色々の創意が、生きのままの姿でいくらでも、後から後からとわれわれの前に並べられた。それらの創意は、皆その後数年の間に育て上げられて、後年の先生の華々しい研究生活の一翼をそれぞれなすようになった。一年間の研究実験を終え、その後引き続いて理化学研究所で三年間先生の助手を務め上げていた間に、私はこの偉大なる魂の生長をすぐ傍で見つめていることが出来たはずであった。しかし当時の私は唯眩惑されるだけであった。そして今頃になって、頭の片隅に残る色々な実験室内の場面を綴り合わせながら、朧おぼろにその輪廓をたどるような始末である。

 桃谷君の霜柱の研究というのは、武蔵野の赤土に立つ唯の霜柱のことである。あの美しい、しかし誰も見馴れている霜柱などを、改めて物理の研究の対象として、本気で取り上げようとする人は今まで余りなかった。しかし霜柱の現象は実は世界的にかなり珍しい一つの自然現象なのであって、寒い伯林ベルリンや倫敦ロンドンなどでも、われわれの知っているような霜柱を見た人は余り無いはずである。

 土と水の混合物から、水があのように完全に分離して氷の結晶として凍り出るのは、かなり微妙な熱的条件の均衡と、土質の特異性とによるものなのである。それは広い意味での低温膠質物理学の重要な課題の一つなのであって、そういうことも、実は近年になってやっと分かって来たのである。先生は桃谷君に、こういう日本に独特という程でもないが、とにかく顕著な自然現象を、日本人の手で解決することをすすめておられた。そしてこの現象は土の膠質的性質に起因するものであろうという見込みをつけて、まず膠質物理学方面の測定技術を修得するような実験を言いつけられた。

 近年になって、霜柱の研究も大分盛んになった。その中でも著しい業績は、自由学園の自然科学グループの人たちの研究で、その生成が土中に極微な粒子の存在することによるという点が明らかにされ、先生の見込みを確かめる結果を得たことである。先生の所謂いわゆる嗅ぎつける力の一つのささやかな例として見ても、この話は私には一種の懐かしさをもっているのである。

 それよりももっと重大なことは、この霜柱が、寒地の土木工学上大切な問題として、ごく最近に、低温科学の表面に浮き出たことである。極寒地では冬土が凍ると持ち上げられ、所謂凍上とうじょうの現象が起きる。この力は大変強いので、北満では煉瓦造りの家屋がその為に崩壊したり、それよりも困るのは、鉄道線路に凹凸が出来て汽車が走れなくなる。北海道などでも、ひどい所では一尺くらいも持ち上げられることがあって、その為に被る鉄道の被害は著しいものである。それが実は地下の霜柱によることを、最近に確かめることが出来たのである。

 実は昨年札幌鉄道局に、凍上防止の委員会が出来て、私もその物理的方面を担当することになった。初め色々現象をきいて見ると、霜柱と類似の点が多いので、それならば余り縁の無いことでもないと思って引き受けたのであるが、現場の発掘と低温室内での実験の結果とから、それがやはり地下の霜柱に起因することがわかった。私は二十年前の実験室内の光景を心に描いて、先生の着眼の程を思い見ると同時に、ある種の因縁のようなものを感じた。

 霜柱の隣では、室井君が熱電気に関する特殊な現象を調べていた。この方は調べるというよりも探していたと言った方が良いので、最後の目指すところは、地球磁気の根源を捉えようという話であった。とんでもない大問題を学生の卒業実験に課されたものであるが、先生の説明をきくとよく納得された。

 地球がどうして磁気を持っているかという原因については、色々な説が出ているが、結局のところは分かっていない。それで先生は、地球内部が高温になっている為に、熱は始終中心から地球表面に向かって流れている。それと地球の自転の影響とで、何か熱電流のような現象が起き、大体緯度線に沿って電流が流れて磁気を生じているのではなかろうかと思いつかれたのだそうである。大分後になって、同じような仮説を出した学者が亜米利加アメリカにも前にあったことが分かったが、そんなことは別に問題にする必要はない。

 室井君の第一の仕事は、針金に急激な温度傾斜を与えてそれで出来る電流即ちベネディックス効果を、色々な条件の下で測って見るというのであった。手製のアスベストスの棒に針金を捲きつけて、それを不細工な歯車か何かにとりつけた妙な装置が出来上がった。それに瓦斯ガスの炎をぶうぶうと吹きつけながら、室井君は歯車を片手でがらがら廻しては、検流計ガルバノメーターの望遠鏡を覗いていた。

 誰かが遊びにくると、よくあれは火事の実験かいと聞いた。そして今にあれで地球磁気の原因が分かるはずなんだと言うと、中には「正に団栗どんぐりのスタビリティを論じて天体の運動に及ぶ類いだね」という男もあった。

 この研究はその後、理研で筒井君があとを引き受けてずっと続けることになった。結局地球磁気の原因は分からなかったが、ある種の金属結晶体に縦に熱を流すと、それと直角の方向即ち横向きに電流が発生するという新しい現象の発見に導かれたのであった。この発見は先生の数多い業績の中でも特筆すべきものの一つであったが、室井君がぶうぶうと炎を吹きつけていた頃のことを思うと、傍観者たる私たちにも感慨深いものがあった。

 ところで湯本君と私との水素の爆発に関する研究であるが、この方は、実は湯本君がもう一年前から始めていたので、装置は大体出来ていた。それで私たちの方は直ぐ測定にとりかかれた。

 この研究は飛行船の爆発防止の問題に関聯して始められたものであった。あの頃は日本ばかりでなく、外国でも飛行機が今日のように発達していなくて、飛行船がまだかなり有望視されていた。それで私たちも時々軟式の飛行船が、少々怪しげな恰好で東京の空をとぶ姿を仰いだものであった。

 飛行船の事故は時々あった。そのうちでも当時から二年ぐらい前に一台の海軍の飛行船が原因不明で爆発してしまったことがあった。それで先生が海軍から頼まれて、爆発防止の研究をされることになり、この水素の爆発に関する実験というのが、その基礎的研究として採り上げられていたのである。前の題目にしても、この水素の話にしても、学生の卒業実験としては、かなり大きい問題を課せられたものであった。しかしどんな難問題でも先生の手にかかると、妙に易しい話になってしまうので、気軽にどんどん実験を進めて行けるのが不思議であった。

 水素の爆発の研究は、勿論世界各国で、ずっと前からも沢山されていた。しかしそれらの研究のうちの多くのものは、水素と酸素とがちょうど爆発に適するような割合に混合された場合について調べたものであった。先生の研究はその反対と云っていい場合についてであった。水素に少し空気が雑ざったり、逆に空気中に水素が少量混入した時に、爆発がどのような形をとって伝播するかを見ようというのであった。

 実験は細い硝子管に、適当な割合の混合気体を入れて、上端で火花をとばせて見るのである。例えば水素中に空気がだんだん余計に雑ざって来ると、ある割合のところで火がつく。しかし混入した空気の量が少ないうちは、その燃焼は点火した場所の附近だけに止まって、すぐ火が自分で消えてしまう。そしてもう少し空気を多くした時に、初めてその燃焼が管の中に伝播して行くようになり、所謂爆発が起こるのであった。

 実験のやり方は決まっているのであるが、硝子管の太さと長さとを色々にかえ、混合気体の割合をまた色々にかえて調べて行くので、やることはいくらでもあった。とうとうそれだけに一学期と夏休みがほとんど潰れてしまった。「水素と酸素とを混ぜて火をつければ爆発するに極きまっている」と思っていたのであるが、実際やって見ると、管の太さや長さによって、爆発の途中で火が消えたり、消えそうになって更に第二段の燃焼が起きたり、意外なことが沢山出て来た。なるほど実験物理というものはこういうものかという気がした。

 夏休み中、三十度以上の蒸し暑い狭い実験室で、毎日汗だくになって燃焼量と管の形との間の関係をグラフに作って暮らした。室井君が横で無闇むやみと瓦斯ガスの炎をぶうぶうやるので閉口した。水道の水を冷却用に使っていたのであるが、水温が余り高くなってしまって用をなさなくなったこともあった。そういう日は勿論実験はお休みで、午後半日紅茶を呑みながら無駄話をして遊び暮らした。

 先生は夏になると割合元気になると言いながら、どんな暑い日でも毎日一度は実験室へ顔を出された。胃が悪いと手脚が冷えて困るので、夏になると割合元気になるということをこの頃になって私も経験した。

 先生は一わたり三つの実験を眺め渡して、一言二言ちょっと示唆的な注意を与えられる。それで指導の方はもうお仕舞いである。あとはヴァイオリンや三味線の話が出たり、幽霊や海坊主の話になったりした。先生はずっと前に尺八の音響学的研究をされて外国人を驚かされたことがあったが、引き続いて三味線の方を調べたいという希望をずっと持っておられたのである。しかし三味線ときくと皆が尻込みをするので、適当な実験助手が得られなくてそのままになっていた。「誰か耳の良い学生の人がいないかなあ、三味線はきっと面白いよ。それにあんなものわけなく弾けるようになるんだから。僕だって『松の緑』くらいなら弾けるよ」と先生は言っておられた。これは本気の話であって、先生の学校の部屋の隅には、赤い袋に入った三味線が暫く置いてあったが、結局誰もその方を志願する者がなくてお仕舞いになってしまった。今から考えて見ると惜しいような気もする。

 もっとも話はそんな題目ばかりとは限らなかった。時には実験の心得について、稀世の名教訓が出たり、現代の物理学の限界を論ぜられたりすることもあった。もっとも幽霊の話でも、どんな重大な問題の議論でも、先生はいつも同じ口調で話されるので、最後は大抵は先生の所謂「大気焔」になることが多かった。二、三十人も人が集まると、先生はもうもぞもぞと口の中で話されて何のことか分からないのであるが、二、三人の弟子たちを前に置いてその大気焔を揚げられる時は、非常な雄弁であった。毎日のことながら、いつも少々毒気を抜かれた形で一同が神妙にきいていると、先生は少しきまり悪そうににやにや笑いながら「どうも僕が来ると、実験の邪魔ばかりするようだね」と言って、上機嫌で帰って行かれた。

 水素の実験は、その後湯本君がずっと続けて、湯本君にとってはほとんど半生の仕事となった。私はその後爆発の方とはちょっと縁が切れていたのであるが、数年前、北海道の炭坑でメタン瓦斯ガスの爆発が頻々とあって、それを防止する意味をかねて、メタンの爆発の研究をしたいという人が出て来た。炭坑の爆発はその後もかなり頻繁にあって、時局柄重大な問題なので、私もその人と一緒に少し手をつけて見たことがあった。考えて見ると、条件は飛行船の爆破の場合とよく似ているので昔の実験を思い出して、水素をメタンに置き換えるだけで直ぐ仕事にとりかかることが出来た。

 結果は水素の場合とよく似ていて、唯色々な燃焼伝播の特性が、メタンの場合にはもっと著しく現れることが分かった。十五年前にあの暑い実験室の片隅で毎日採っていたグラフと質的には全く同じ結果を、今日北海道の実験室で熱心な助手の人が、炭坑の爆発に関聯した問題として得ている姿を見て、ここにも因縁のようなものを感ずる機会があった。

 水素の爆発の研究には、ちょっとした劇的挿話があった。それはちょうどその頃SSという航空船が、飛行中全く原因不明で、霞浦の上空で爆破したことがあった。乗組員は全部焼死して、黒焦げの機械の残骸が畑の中で発見されたのであった。その重大事件には早速査問会が開かれて、先生もその一員に加えられたのである。問題は以上の材料、即ち爆破の場所と時刻、それに器械の残骸と、これだけの資料から爆破の原因を究明して今後の対策をはかるというのである。この恐ろしい難問を、先生は真面目に引き受けられたのである。

 冬の初めのある日、水素の仕事も大分進捗していた頃のことである。先生は珍しく少し興奮されたらしい顔付きで、実験室へはいって来られた。そして湯本君と私とに以上の目的を話して、一応今までの水素の仕事を中止して、飛行船爆破の原因探究に必要な実験をするように命ぜられた。もっとも水素の取り扱いには馴れていたし、火花による点火装置なども揃っていたので、仕事にはすぐ取りかかることが出来た。

 この飛行船爆破の原因を調べた話は、『球皮事件』という題で書いたことがあるので略するが、先生の科学者としての頭と眼、芸術家としての勘、愛国の至情などが渾然として一体となり、このどうにも手のつけようのない難問を数ヵ月のうちに美事に解決されたのであった。その話は科学的研究方法の模範であり、ちょっと探偵小説風な興味もあって、非常に珍しい話なのである。

 私たちも初めのうちは、まさかそんなことが分かるわけもなかろうと、ぼんやり言い付けられた実験をやり始めたのであるが、暫くすると先生の快刀乱麻を断つような推理の冴えに魅せられて、夢中になってその実験に没入した。それは本当に没入したと言って良いので、湯本君も私も熱に浮かされたように、毎晩十二時すぎまで問題の飛行船の皮であるところの球皮ととり組んでいた。色々な秘密がつぎつぎと見えて来た。それを先生は、まるで嚢中に物を探るようにとり出して並べて行かれた。私は、その後も、あの時ほど自分の頭の振り子が最大の振幅で動いた経験を持たない。

 いよいよ爆破の原因が無線発信にあったことが分かったのであるが、査問会の方はある事情でそれをなかなか認めない。その事情というのが先生を興奮に導き、私たちを駆って原因探究の実験に熱中させる一つの要因でもあったのである。査問会の物々しい席上にも私たちまで顔を出し、最後に立会実験までもした。偉い方々を例の窮屈な実験室へ招いて、模型飛行船、と云っても他愛ないものであるが、それを無線発信の際に出る小さい火花で爆破させて見せるというような騒ぎにまでなったのである。

 この事件は、私に研究の面白味を十分に味わわせてくれたばかりでなく、物理学というものに強い信頼をおく機縁にもなった。そして私はこういう機会に遭遇することの出来た自分の幸運を本当に有り難かったと思っている。御蔭で三年の後半期の試験の方は滅茶苦茶になってしまって、随分成績も悪かったらしい。講義なども半分近く失敬したようである。この方は先生に知れると叱られるので、なかなか苦心をした。成績簿という帳簿の上で、私の名前の下に優という字が書かれても、それが良という字になっても、自分の本質にはそんなことは全く何の関係もない。おまけに有り難いことには成績は秘密ということになっている。そんな隠した場所にどういう字が書いてあるかまで苦心して詮索することは、全くつまらぬ話である。しかしこれだけの大研究の御手伝いをとにかくしたという自信の方は、その後の私の研究生活に無限の力強い支援となっているように思う。この頃のように大学の組織や制度が完備しては、ああいう無茶な学生の存在は許されまいし、実験の方でもああ出鱈目でたらめな勝手は出来ないことであろう。

 この話にもちょっとした続きがある。二、三年前、私は海軍からの委託研究のことで、航空廠長という偉い人に会ったことがある。暫く話をしているうちに、先方から、何だか君は見覚えがあると言い出された。話して見たら、その方は昔この問題の査問会の委員の一人だったということであった。「ああそうだったのか、随分大きくなったものだね」と言われて放々ほうほうの態ていで逃げ出したが、あの頃は随分生意気な小僧だったことだろうと思いみていささか辟易した。それにしても世の中のことは、何時までも後を引くものである。

 以上のように書いて見ると、あの狭い一部屋の実験室では、随分意義のある研究が、沢山並行に為されていたことになる。ちゃんとした助手などは一人もいないし、装置も学生の練習実験程度のものしか無かったのに、あれだけの研究がとにかく進行していたのは、やはり先生が余程偉かったからであろう。

 霜柱の研究といっても、まず手始めにコロイドの性質に馴れようというので、桃谷君の仕事は、硝子板の上にゼラチンを流して、リーゼガング環を作ることから手をつけることになった。この方はそれで、硝子板とゼラチンのほかに薬壜が四、五本並べば、もう仕事が始められたのである。

 室井君の「地球磁気の根源に関する」大研究も、検流計が一つとあとはアスベストスの棒と手細工のがらがら廻る歯車とが出来上がれば、とにかく実験が始められた。こういう風にして始められた研究が、その姿のままで続けられて立派な結果を得たのではないが、この程度ででもよいから、とにかく始めなければ、決して後年のような実は結ばなかったであろう。

 水素の方の仕事は、この中では比較的大がかりであったが、それでも水素のボンベと目盛りした硝子のU字管と、小さい変圧器くらいの設備で、どんどん曲線は採れて行った。そうしてこの仕事をしていなかったら、飛行船爆破の原因探究という実験も出来なかったであろうという気がする。

 機械や設備が立派に揃えばそれに越したことはないが、そんなものが無くてもある程度の研究は出来るということは、よく言われる通りである。しかし実際にはあの当時の設備と人員とで、とにかく研究を始めて、それをある程度まで進行させるということは、そう易しいことではない。この頃になって私もやっとそういうことが分かって来た。立派な機械を使ってつまらぬ仕事をすることは易しいが、その反対の場合はむつかしい。それは当たり前のことであるが、自分が一人立ちの立場に置かれて、実際に事に臨んで見ると、改めて考えさせられることが多い。

 今から考えて見ると、あの頃私たちは、寺田先生のああいう研究のやり方を、そう特別困難なこととは気がつかないでいた。むしろ研究というものはこういうものと初めから思い込んで、唯面白いという念だけに駆られて、実験に打ち込んでいた。そういう意味で先生の研究指導振りは、天衣無縫の域に達していたと言えよう。

 ある日こんなことがあった。

 何かの用にあてるために、砂を菓子箱の蓋に一杯入れて、実験台の隅にのせてあった。先生は午後の御茶の時間に、例のように上機嫌で一同を煙に捲きながら、その紙箱をいじっておられた。砂を入れたその紙箱は、横側を押される度に歪んだ。すると中の砂はさらさらと崩れて、何本かの罅ひびがはいった。何も珍しい現象ではないので、火鉢の中に灰匙を立てて左右に動かすという悪戯をして見た人は、誰でも灰に罅がはいって崩れることを知っているであろう。先生はじっと砂の表面に見入りながら、急に黙り込んで何時までも箱の側面を引いたり押したりしておられた。皆もちょっと手持ち無沙汰な恰好で砂の割れ目を怪訝そうに見ていた。

 大分経ってから先生は口を切られた。「君たち、この現象をどう思いますか。砂が崩れる時に出来た罅は、こうして逆に押し戻しても埋まらなくて、皺しわになって盛り上がるでしょう。こういう不可逆的イルレバーシブルな現象は、摩擦が主な役割を演じている場合に限るので、これは大変面白い現象なんです。一つ断層の研究を始めようじゃありませんか」という話であった。

 先生の断層や地殻の変形に関する色々な研究というのは、その起こりはここにあったのである。そしてこの研究に芽生えた思想は、粉体の特殊な性質の研究や割れ目の理論を経て、遂に先生晩年に於ける『生命と割れ目』の論文まで、発展して行ったのである。

 菓子箱の蓋の「実験」があって間もなく、ちょうどその頃私たちの実験室へ遊びに来ていた宮部君が、この実験を本式に始めることになった。本式といっても、その装置というのは紙箱の一側面を硝子板にして、その隣の面を移動出来る壁にしただけである。その中に砂を深さ五分ばかり入れてならし、その上に白砂糖を薄く撒まいてまた砂を入れるという風に何段にもして、砂を一杯入れるのである。白砂糖の層は横の硝子板から見ると、白線になってあらわれ、これが断層の目印になるのであった。壁を引くと、砂はいくつもの断層になって崩れるのが綺麗に見えた。そして一度崩したものを押し上げると、今度はちがった面に断層が出来て盛り上がるので、白線は地殻の褶曲しゅうきょくに似たような形になるのであった。

 この実験はその後、宮部君によって理化学研究所の実験室で数年続けられた。色々な性質の粉について調べる必要があるというので、白玉粉だの小豆粉だの砂糖だのと沢山買い込んだら、理研の会計の人から、これじゃまるでお汁粉の研究ですねと言われたそうである。

 こういう話を書いておれば切りがない。大学の一年間と、その後引き続いて理研の三年間とは、私にとっては楽しい思い出の泉である。もっとも理研の第一年は、ちょうどその年から先生が理研に研究室を持たれた年であった。航空研究所や地震研究所での活溌な研究生活もまだ始まらない前で、私は随分忙しい思いもした。しかし千載一遇の良い訓練を受けることが出来たのであった。いつも感謝の念をもって当時を思い返すことの出来る自分は幸運であった。

 先生が亡くなられて、自分は他の多くの弟子たちと同様に、随分力を落とした。そして今日のような時勢になると、切実に先生のような人を日本の国に必要としていることを感ずるのである。科学の振興には、本当に科学というものが分かっている人を必要とするからである。

 北海道へ来て、一人立ちで仕事をさせられて見ると、私は先生の影響を如何に強く受けていたかということを感ずるのである。それと同時に、時たま仕事が順調に運んだ時などには、先生のおられないことをしみじみ淋しいと思う。

 二、三年前、やっと懸案の雪の結晶の人工製作が出来たあとで、先生の知友の一人であった中央気象台長の岡田先生に御目にかかったことがあった。そしたら岡田先生が「折角人工雪が出来たのに、寺田さんがいなくて張り合いがないでしょう」と言われた。私はふっと涙が出そうになって少し恥ずかしかった。

(昭和十六年一月)




初出:「婦人公論」194121

初出時の表題は「寺田先生の追憶」

初出時の副題は「――大学卒業前後の思い出――」

2022ユーキャン新語・流行語大賞

『「現代用語の基礎知識」選 2022ユーキャン新語・流行語大賞』の表彰式が121日に開催。2022年の大賞、トップ10が発表された。


自由国民社が1984年から実施している『新語・流行語大賞』。2004年から『ユーキャン新語・流行語大賞』に改称。

今回は30の言葉の中から上位10語と、選考委員特別賞が選ばれた。

選考委員会は、姜尚中(東京大学名誉教授)、金田一秀穂(杏林大学教授)、辛酸なめ子、俵万智、室井滋、やくみつる、大塚陽子(『現代用語の基礎知識』編集長)で構成される。


◇年間大賞

「村神様」 


◇トップ10

「キーウ」

「きつねダンス」

「国葬儀」

「宗教2世」

「知らんけど」

「スマホショルダー」

「てまえどり」

「村神様」

Yakult(ヤクルト)1000

「悪い円安」


◇選考委員特別賞

「青春って、すごく密なので」


◇ノミネートしていた30の新語・流行語

「インティマシー・コーディネーター」「インボイス制度」[大谷ルール」「オーディオブック」

OBN(オールド・ボーイズ・ネットワーク)」

「オミクロン株」「顔パンツ」「ガチ中華」「キーウ」「きつねダンス」「国葬儀」「こども家庭庁」「宗教2世」「知らんけど」「SPY×FAMILY

スマホショルダー」「青春って、すごく密なので」「#ちむどんどん反省会」「丁寧な説明」「てまえどり」「ヌン活」「BIGBOSS」「村神様」「メタバース」「ヤー!パワー!」「ヤクルト1000」「リスキリング」「ルッキズム」「令和の怪物」「悪い円安」


2022新語・流行語大賞】年間大賞は村神様 その他トップテンは?言葉の意味を解説

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000277985.html


「新語・流行語大賞」ことしは何? 年間大賞とトップテン発表

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221201/k10013909531000.html

2022年12月 1日 (木)

彼女は天国へ続く階段を買いに行く

「天国への階段」


here’s a lady who’s sure all that glitters is gold
And she’s buying a stairway to heaven

When she gets there she knows, if the stores are all closed
With a word she can get what she came for


輝くものは全て黄金だと信じる婦人がいる

彼女は天国へ続く階段を買おうとしている

彼女はそこへ辿り着けば、店が全て閉まってていても
一言いえば、それが手に入ると思っている


Ooh, ooh, and she’s buying a stairway to heaven
There’s a sign on the wall but she wants to be sure
'Cause you know sometimes words have two meanings

In a tree by the brook, there’s a songbird who sings
Sometimes all of our thoughts are misgiven


彼女は天国へ続く階段を買おうとしてる
壁には注意書きがある、でも彼女は確かめたがる
言葉は時として、2つの意味を持ってるから

小川のそばの木の上で、鳥が歌っている
時として、私達の考えは揺るがされる


Ooh, makes me wonder
Ooh, makes me wonder

あぁ、私には解らない
あぁ、私には解らない

 

There’s a feeling I get when I look to the west
And my spirit is crying for leaving

In my thoughts I have seen rings of smoke through the trees
And the voices of those who stand looking


西の方を見つめると、不思議な感覚に襲われ
過去を想い、魂が涙を流す

想像の中で見た景色、木々の間に浮かぶ煙の輪とそれを見守る者達の声

 

Ooh, makes me wonder
Ooh, really makes me wonder

あぁ、私には解らない
あぁ、本当に解らない

 

And it’s whispered that soon if we all call the tune
Then the piper will lead us to reason

And a new day will dawn for those who stand long
And the forests will echo with laughter


やがて囁きが聞こえる、

「分からない達がその調べを奏でれば、笛吹が私達を正気に導いてくれるだろう」 

「そして長く耐えた者達には、新たな夜明けが訪れ森には笑い声が木魂するだろう」と。


If there’s a bustle in your hedgerow, don’t be alarmed now
It’s just a spring clean for the May queen

Yes, there are two paths you can go by, but in the long run
There’s still time to change the road you’re on


生垣の中からざわめきが聞こえても、驚かなくていい
それはメイ・クイーンを迎える為の掃除だから

そう、君の進む道は2つに分かれている、だけど長い目でみれば
君には進む道を変える時間も残されている


And it makes me wonder
Ohhhh, woah

あぁ、私には解らない

 

Your head is humming and it won’t go, in case you don’t know
The piper’s calling you to join him

Dear lady, can you hear the wind blow, and did you know
Your stairway lies on the whispering wind


頭の中で唸る音が、鳴りやまない。分からないいかも知れないからいっておく
それは笛吹が君を、仲間に誘っているんだ

親愛なる婦人よ、風が吹くのが聴こえるか
あなたが求める階段は、ささやく風に置かれている


And as we wind on down the road
Our shadows taller than our soul
There walks a lady we all know
Who shines white light and wants to show

How everything still turns to gold
And if you listen very hard
The tune will come to you at last
When all are one and one is all
To be a rock and not to roll

And she’s buying a stairway to heaven


そして道を下っていくと
私達の影は魂よりも高くそびえ
そこには皆が知っているあの婦人が歩き
白い光を放って、示そうとしている

すべてを黄金に変える方法を。
君がじっと耳を澄ませば
ついにあの調べを思い出すだろう
すべてが一つに、一つがすべてになる時
岩となり、転がりはせず

彼女は天国へ続く階段を買っている

飛び立つ時が

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燐寸図案

  • 実用燐寸
    実用燐寸レッテルには様々な図案があります。 ここにはコレクション300種類以上の中から、抜粋して100種類ほど公開する予定。 主に明治、大正、昭和初期時代の燐寸レッテルの図案。

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。

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