『表象詩人』松本清張(光文社文庫)
昭和初期の小倉。私鉄職員の“わたし”三輪は、陶器会社に勤める仲間、秋島、久間とともに詩を愛好していた。陶器会社の高級職員・深田の家に集まっては詩論を戦わせるが、三人とも都会的な雰囲気をまとう深田の妻・明子に憧れていた。だがある夏祭りの夜、明子は死体で発見される。事件は迷宮入りとなるが…(表題作)。
山中で発見された白骨の謎を追う「山の骨」も併載。
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334767747
『表象詩人』
舞台は戦前の小倉で、主人公の三輪には、二人の詩人の友人がいる。ひとりは陶器工場の工員で、鋭い顔立ちの久間。もうひとりは同じ工場の用度係で、人のよさそうな秋島。彼ら三人は深田という技術者の書斎で、詩を論じていた。だが久間と秋島は互いに競争心を持ち、互いの詩に反感を持っている。
そんな折、いつもなら久間にやりこめられている秋島が、詩と哲学について論じて久間を黙らせた。
三輪や深田の妻で彼らの憧れである明子は感心する。秋島は久間と明子が不倫関係にあるようなことを三輪に仄めかす。
三輪は久間や秋島の秘密を知り、深田家への足が遠のくのだった。
そして盆踊りの夜、明子が何者かに殺害される事件が起きる。「わたし」は死亡推定時刻には自宅へ戻っており、事情聴取をされただけだが、久間も秋島も容疑をかけられたようである。しかし犯人を特定するには至らず、事件は迷宮入りとなってしまった。
それから40年後、東京で出版社の校正係をしている「わたし」が宮崎県の山村で有力者となっている秋島と再会して、明子の死を振り返ることになる。かつての「わたし」の推理は裏切られることになるが、事件の真相が明らかになるのとも違い、想像を膨らませるだけの結末である。むしろ詩人を気取っていた青年のその後の変遷が切ない。
山前讓の解説によると、清張が18,9歳の頃の経験がもとになっている。昭和3~4年(1928~29年の頃で、小倉市(現北九州市小倉)が舞台。
当時清張が務めていた川北電気の取引先で、東洋陶器(現TOTO)の用度課員と親しくなった。その人が登場人物の久間英太郎のモデルになっている。
松本清張
1909年北九州市生まれ。給仕、印刷工などの職業を経て、朝日新聞西部本社に入社。懸賞小説に応募入選した「西郷札」が直木賞候補となり、’53年に「或る『小倉日記』伝」で芥川賞受賞。’58年に刊行された『点と線』は、推理小説界に「社会派」の新風を呼び、空前の松本清張ブームを招来した。ミステリーから、歴史時代小説、そして古代史、近現代史の論考など、その旺盛な執筆活動は多岐にわたり、生涯を第一線の作家として送った。’92年に死去。
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