« 若き江戸川乱歩の探偵活劇~怪盗に挑む!(全4回) | トップページ | 餅を食べる »

2023年1月22日 (日)

江戸川乱歩「こわいもの」

「大人になると、人くさくなって、少年の肌を失うが、それと同じように、こわいものがなくなるのは、少年の鋭敏な情緒を失うことで、私には少しもありがたくないのである。もっとこわがりたい。何でもない、人の笑うようなものに、もっとこわがりたい。」

「少年時代、クモとおなじぐらいこわかったのはコオロギだった。黒いエンマコオロギではなく、それより大きくて、胴体にも足にも、茶色の縞があって、あと足が長くて、ピョンピョンと飛んで逃げる、あのコオロギなのだ。

 私の一番こわい夢は、このコオロギの夢であった。何度も同じ夢を見るので、夜寝るのがおそろしかった。

 そのころの私の家の庭は、いわゆる「坪の内」で、建物と塀とで四角に区切られた狹い庭であったが、夢で、私はこの庭に降り立っていた。

 空は昼でもなく、夜でもなく、夢にしかない、陰気な色をしていた。その空から、何かおそろしい速度で、私の真上に落ちて来るものがあった。はじめは点であったが、近づくにしたがって、一匹のコオロギとわかった。豆つぶほどのコオロギが、みるみる、大きくなり、アッと思うまに、それが四角な庭の空一杯の大きさになって、私の頭の上に、のしかかって来た。

 女の帯ほどの巾の茶色の縞が、そいつのからだ一杯に並んでいた。下から見えるのは、そのコオロギの腹部であった。一番いやらしい腹部であった。

 コオロギの足は、たしか六本だったと思うが、私にはもっと多く感じられた。その足が腹部の中心から生えて四方にひろがっている。腹部の足のつけ根のところは、茶色が薄くなって、異様に白っぽくなっていた。その薄白い足が、一カ所から、グジャグジャと四方に出ている部分が、私には形容もできないほど、おそろしいのだ。」


「大人になると、人くさくなって、少年の肌を失うが、それと同じように、こわいものがなくなるのは、少年の鋭敏な情緒を失うことで、私には少しもありがたくないのである。もっとこわがりたい。何でもない、人の笑うようなものに、もっとこわがりたい。」

(江戸川乱歩「こわいもの」より)

« 若き江戸川乱歩の探偵活劇~怪盗に挑む!(全4回) | トップページ | 餅を食べる »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

燐寸図案

  • 実用燐寸
    実用燐寸レッテルには様々な図案があります。 ここにはコレクション300種類以上の中から、抜粋して100種類ほど公開する予定。 主に明治、大正、昭和初期時代の燐寸レッテルの図案。

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。

最近のトラックバック

フォト