「霊験あらたか」について
「霊験あらたか」は「神や仏からのご利益が著しく現れること」という意味らしい。
神仏による効験が明らかに表れるさま。 神仏が著しく感応するさま。 「霊験灼然」(れいげんいやちこ)などとも言う。
人は「困った時の神頼み」で、神社や仏閣などにお参りするが、それはあくまで精神的に拠り所とする為という人が多くなる。
ところが中にはお願いや祈祷をしたところ、そのご利益がてきめんに表れて思い通りの結果になることもある。その様な時に「霊験あらたか」という言葉を使う。
「霊験あらたか」は実際にご利益があった時だけではなく、ご利益があると評判のものに期待して使われる。
しかし川の神様が人の願掛けで、雁字搦めになっているジブリのアニメーションはリアルな現実だと思う。神社で願い事をするなら、された方の立場をよく考えたほうがいい。
一度に何百もの願望を叶えてやる、神様だってヘトヘトになってしまうだろう。
相手のことを想像できなくなったら、不協和音が始まる。
霊長類として「霊験」は正しく意識するべきだと思う。神聖な相手に利益は浅ましいと問われるのも神社。願望より感謝が大切。
「ありがとうございます」
これで神社には充分なことだとは思いませんか。感謝がなによりも大切な想いでしょう。
「有難う御座います」
この言葉の意味は人間が考える想像でも、とても能動力がある深い行為です。
そして力強い根源を生み出す言葉なんです。
「ありがとうございます」
言霊も入っているありがとうなんです。

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