内田康夫『軽井沢の霧の中で』
父親の死をきっかけに、絵里は老舗の呉服店を畳み、軽井沢でペンションを始めた。幼い頃からの夢を散りばめた、「アリスの館」の経営は、画家である夫の力を借りなくても順風満帆だった。二年目の春。絵里は頼りない夫を後目に、地元の経理士と恋仲になった。ところが、逢瀬を終えた夜、経理士が殺害され、その日を境に気弱な夫の態度が豹変していく―。(アリスの騎士)
軽井沢に窯を築いた初老の陶芸家と美貌の妻。ひっそりと暮らす夫婦に近づいできた謎の青年。不吉な“暗号”のように登場する白い犬をきっかけに、三人の関係は大きく揺れ動き、ついに事件が…。(埋もれ火)
白樺の梢が見た殺意、別荘のテラスが聞いた憎悪、四人の女性が避暑地の四季を彩るロマネスク・ミステリー。アリスの騎士/乗せなかった乗客/見知らぬ鍵/埋もれ火。「別冊婦人公論」に企画連載された四篇の小説。
「アリスの騎士」
小諸城址で税理士・萩原春男の変死体が発見された。遺留品などから、捜査線上にペンション「アリスの館」のオーナー・根岸絵里が浮上する。絵里は相続した軽井沢の風致地区にある別荘を、3年前に萩原の助力でペンションに改築していた。そして夫のいない時に不倫を絵里としていたのだった。彼女は預言者めいた「殺す…殺す…」と、夢うつつで呟いていたらしい。ペンション経営をめぐる利害、そして第2の被害者が…。
「乗せなかった乗客」
軽井沢の別荘で地元タクシー会社の社長・遠山の妻・峰子が殺された。長野県警の竹村らが捜査を開始する。前日に遠山の会社の運転手・愛子が、別荘前から犯人らしき黒づくめの男を乗せていた。
峰子が会社売却に動いていたことが判明して、買収がらみの殺人説が浮上する。一方で愛子によれば、遠山は苦学生らに援助を惜しまず、愛子や夫・智幸も恩があるらしい。
「見知らぬ鍵」
大手銀行に勤める峰岸雄司が、白樺湖湖畔で死体で発見された。峰岸と同じ支店に勤める立原恭子と心中死体となっていた。真面目な銀行員同士の信じ難い出来事に、マスコミも騒いで取り上げる。しかし遺留品からは妻の小夜子も知らない電子ロック鍵が見つかり、死を選ぶような原因が見当たらないことから、偽造殺人であるまいかと考えるのだった。どうやら鍵は軽井沢で使われたものではないかと、小夜子は単身で捜査を始める。想いも依らないことを突き止めると、軽井沢警察署から尋問を受けるのであったが、予期せぬ結末が待っていた。
「埋もれ火」
軽井沢の別荘地の山道で、女子大生・吉岡由利が飼い犬リリィの散歩中に失踪する。現場近くに住む陶芸家・河島孝之は、犬嫌いという芸術家タイプだった。アトリエから由利とともに失踪した犬の毛が見つかり、謎の男・波多野も現れる。妻の真砂子に巧妙に近づいて、夫の疑わしいことを伝えて、心身をもて遊ぶ。そして河島夫妻は何かと互いに不信を抱いて、ぎくしゃくしてゆくのであった。
アトリエの窯から大きい煙が立ち込めて、動物を焼くような匂いを周辺に広げる。軽井沢庁の刑事が、警察犬を連れて庭を散策にやってくる。犬嫌いの河島は嫌悪と違和感から、倒れてしまい病院へ運ばれた。
波多野の母が失踪したことが、河島夫妻が結婚したことと大きく関わっていたらしい。そして登り窯が、アトリエに建設させたのだったことを、波多野に抱かれながら聴く。やがて窯の中から、骨灰が出てくる。後半物語は追い詰めるように疾走していく。
定価600円+税 1995年10月刊行
文庫 304頁
プロット作成しない作者の書き方だと、長編小説とは違って導入部から中盤が計画性がなく冗漫になりがちで、後半が唐突に終了する傾向にある。一編が70〜80ページなので、贅肉を削ぎ落とすバランスが要ると感じた。
どれもテレビドラマ化された軽井沢を舞台にした原作小説で、斜め読みすると想い出すストーリーかもしれない。ドラマではそれぞれ以下の女優さんが演じているようだ。
根岸絵里/喜多嶋舞・宮下愛子/椋木美羽・峰岸小夜子/遊井亮子・河島真砂子/川上麻衣子
軽井沢別荘に関わるセレブな女性に相応しい配役だろうと思われるキャスティングです。
内田康夫 1934年、東京都北区生まれ。
コピーライターなどを経て、1980年、自費出版で『死者の木霊』を発表。「朝日新聞」の読書欄に取り上げられて、自費出版としては異例の注目を浴びて鮮烈なデビューを飾る。その後『後鳥羽伝説殺人事件』で、国民的名探偵となる浅見光彦をうみだして人気推理作家となる。浅見光彦シリーズは『棄霊島』で100事件目を迎えた。同シリーズはドラマ化もされお茶の間でも人気の存在になる。