『富豪刑事』筒井康隆(新潮文庫)
キャデラックを乗り廻し、最高のハバナの葉巻をくゆらせた“富豪刑事"こと神戸大助が、迷宮入り寸前の五億円強奪事件を、密室殺人事件を、誘拐事件を……次々と解決してゆく。金を湯水のように使って。靴底をすり減らして聞き込みに歩く“刑事もの"の常識を逆転し、この世で万能の金の魔力を巧みに使ったさまざまなトリックを構成。SFの鬼才がまったく新しいミステリーに挑戦した傑作。
深キョンでドラマにもなって、アニメ化もされたが、原作小説が一番面白い。
「富豪刑事の囮」
五億円強奪事件の時効まであと3ヶ月。容疑者を四人まで絞れたが、そこから先に捜査が進展せずに途方に暮れる捜査本部。
そこで神戸大助が刑事が身分を隠して、御曹司として各容疑者に接触する。大金を使わざるを得なくする工作をして、強奪した大金を使かうところを逮捕しようとする。
窮地に追い込んで行くのではなく、親しくなったところで富豪なのを見せつけて、張り合う心理に導いて使わせる富豪刑事だった。
「密室の富豪刑事」
ある会社の社長室で社長が殺害される密室殺人事件が発生する。容疑者は被害者のライバル会社社長だが、殺害方法も証拠も掴めず捜査は難航している。そこで神戸大助は新たに容疑者の会社のライバルになり得る会社と密室殺人が起きた社長室と似た作りの部屋を造って罠を張り、容疑者がまた同じ犯行を実行するよう仕向けようとする。
罠を張るためだけに会社を設立してしまう。密室殺人なんで、本格推理小説を意識してコミカルにミステリている。作中で本格推理小説ではお馴染みの「読者への挑戦」が挿入されて、テンポよく解決する。
「富豪刑事のスティング」
社長の子供が誘拐される事件が発生する。被害者の父親は犯人に言われて、警察に知らせずに要求された五百万円を渡したが、子供は帰されずに「もう五百万用意しろ」と電話ががきた。被害者の父親はたまりまねて今度は警察に連絡する。
捜査を開始するが、神戸大助は「五百万円を用意出来ない」という被害者や警察にやきもきする。なんとか自分が用意した金を、被害者の父親に不自然な形にならぬように渡そうとするのだった。
作中で著者の言葉として「話を面白くするために、小説中における時間の連続性を、トランプのカードをシャッフルするように滅茶苦茶にしてしまえばどうであろうか」という。そのようなプロットで、後半は進んでいく試みがなされる。札束を雑踏の中でばらまいて周囲の目を惹きつける、ドラマで繰り返しなされていたシーンが、今作ではパロディのようにされる。
「ホテルの大富豪」
関西の暴力団と関東の暴力団ふたつ組が、談合をする情報が入った。神戸大助たちの管轄である町に、二つの暴力団組員のほぼ全員が集まるというのだ。署全体で警戒にあたるが、多すぎる警戒対象者を、どうやって扱おうと頭を悩ませる署員たち。
神戸大助は父の持物の高級ホテルに、暴力団員360人が宿泊するように誘導する。そして署員たちはホテル従業員に扮して、膨大な人数の暴力団員たちを見張ろうとするのだった。大助にとって「コーヒー一杯分くらい」の出費という金銭感覚なんである。他の宿泊施設を全部予約して、一般客には旅館を当てがう計画である。
そこに海外旅行中のアメリカでは有名な俳優夫妻が、やってきて事件に巻き込まれてしまう。
SF作家の筒井康隆さんがミステリを主筆するのに、短編二本に一年かかっていたという。この四篇は探偵小説として、違う手口を扱って、まるまる二年かかっている。
それだけに読み飛ばせない、エンタメの要素が散りばめられて作者のサービス精神が伺える。まず湯水のようにお金を莫大につけるという刑事の設定からして、SFチックなんである。そして莫大なほどに笑える。それは資本主義社会の中では、解決されてしまうパロディにもなっている。
初版の頃はそれほど面白いとは感じなかったけれど、今の若者たちが就職難民となって困っている状況をへて、神戸大助の活躍はすっきりさせらる。そして舞台製作の役者のように、神戸大助はさまざまな可能性を追及するキャラクターにもなっている。
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