「 安乗の稚児」 伊良子 清白
安乗の稚児
伊良子 清白
志摩の果安乗の小村
早手風岩をどよもし
柳道木々を根こじて
虚空飛ぶ断れの細葉
水底の泥を逆上げ
かきにごす海の病
そゝり立つ波の大鋸
過げとこそ船をまつらめ
とある家に飯蒸かへり
男もあらず女も出で行きて
稚児ひとり小籠に坐り
ほゝゑみて海に対(へり
荒壁の小家一村
反響する心と心
稚児ひとり恐怖をしらず
ほゝゑみて海に対へり
いみじくも貴き景色
今もなほ胸にぞ跳る
少くして人と行きたる
志摩のはて安乗の小村
『孔雀船』岩波文庫(1938年4月発行)

伊良子清白 いらこせいはく
(1877―1946)
詩人。本名暉造(てるぞう)。別号すゞしろのや。鳥取県八上郡曳田村(現鳥取市河原町)に生まれる。京都府立医学校に学ぶ。『少年園』『青年文』の投書家として詩文に頭角を現し、『文庫』にあっては『巌間の白百合』『夏日孔雀賦』『海の声山の声』などの秀作を発表、漂泊の詩人として明治30年代の詩壇に重きをなした。1906年(明治39)その絶唱を厳選した唯一の詩集『孔雀船』を刊行。『文庫』派解体後、詩壇と絶縁した。医師として横浜、浜田(島根県)、台湾その他各地に転住。昭和期には『女性時代』『白鳥』への寄稿がある。昭和21年1月、疎開先の三重県度会郡七保村にて往診の途次、死去した。
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