『イタリア幻想曲 貴賓室の怪人II』内田康夫
豪華客船・飛鳥で秘密裏の調査をしていた浅見光彦はトスカーナから謎めいた手紙を受けた。トリノに伝わる聖骸布、ダ・ヴィンチが残した謎、浅見兄弟を翻弄する怪文書。彼らが出会った人類最大の禁忌とは。
『貴賓室の怪人・飛鳥編』の続編となっているが、別に読まなくても一冊のエンタメミステリーとして味わえる。もちろん飛鳥編とはクルーズ客船の旅として、時系列が繋がっているので前半と後半としても愉しめる。読書の秋にお勧めの図書。
プロローグ
浅見陽一郎は20歳で、ヨーロッパ旅行に出かけた。パリでアルファロメオ中古を買い、皿洗いなどをしながら博物館や美術館めぐりをして、イタリアに入りカッラーラの大理石採掘場に向かった。
湖を見下ろすリストランテで、陽一郎より10才年長の芸大出らしい久世寬昌に会い、カッシアーナ・アルタ村のローマ貴族の館オルシーニの様子を見て欲しいと告げられる。日本に帰ったら横浜市緑区の堂本修子に指輪の入った茶封筒を届けて欲しいと頼まれた。
数日後にオルシーニ館が廃墟になっていると、久世に電話するが電話に出たのは警察で事故死したという。
帰国した陽一郎は堂本家を訪ね、25~6才の修子に封筒を渡して、久世が事故死したことを話す。修子は久世の妹で、夫を亡くしたばかりで、姉がいるらしい。時代背景や伏線が含まれている序章である。
第1章 貴賓室の怪人
およそ30年後、警察庁刑事局長の要職に就いている陽一郎の家へ、飛鳥で世界一周の旅に出ている光彦宛ての速達が届いた。手紙はヴィラ・オルシーニを経営しているハンスの息子バジルの嫁・若狭優子からで、日本人グループの予約が入って間もなく「貴賓室の怪人に気をつけろ」という手紙が届いた。続けて届いた手紙に「浅見光彦に頼め」と書かれてたので、光彦に助力を願いたい内容だった。
ヴィラ・オルシーニに予約した日本人グループは、飛鳥で世界旅行中の7人である。光彦は飛び入りの観光を理由に、リーダー格で美術商の牟田夫妻、石神、入澤夫妻、萬代、永畑の7人と同行する。ヴェネツィアで下船した7人と、通訳のフィレンツェで美術品修復を学んでいる野瀬真抄子とともに小型バスでカッシアーナ・アルタへ光彦は向かう。
若狭優子が嫁いだ一家。義父ハンスが義母ピアの猛反対したが、オルシーニ館を勝手に買い取り、ホテルに改修する。16世紀からの古い館に馴染めずにいる、優子は手つかずの寒々とした地下室に不気味さを感じていた。
どうやら血生臭い言い伝えがあるらしい。
オルシーニ館のリストランテには、ボランティアをしながら年老いた女性を描いているダニエラの作品が飾って一行を迎えていた。
第2章 大理石の山
オルシーニ館2日目、一行はピサに寄ったあと、カッラーラの大理石採掘場のリストランテに入る。老マスターが光彦を見て、30年ほど前にアルファロメオに乗った青年に封筒を渡したクゼが事故死して、地元警察ではなくトリノ警察の刑事が調べに来のを話す。
カッラーラ市街の美術学校特別展に寄ると、出品している石渡章人と牟田氏が商談を始めた。絵描きの石渡は日本を離れてから30年近いフリーのニュースカメラマンという。浅見の名に反応するのであった。年齢的にも陽一郎と近いので、光彦は兄へ連絡してみると、30年前のことから今回のヨーロッパ旅へつながることが浮かんでくる。
そして石渡はかつて久世を通して、浅見陽一郎を知っているらしかったのが次章で探求されてゆく。
第3章 聖骸布の謎
オルシーニ館3日目、フィレンツェでランチあと、一人で出かけた牟田老人が全員集合の5時になっても戻って来ない。一行を先に帰して残った真沙子のアパートで、光彦は簡単なパスタを食べていると、ホテルから電話がくる。真沙子と光彦に9時過ぎて、牟田から連絡が入ったという。タクシーでオルシーニ館に帰る途中、牟田はフェルメールの偽物とレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた聖骸布のことで話がこじれてしまい遅れたという。
1973年にトリノで聖骸布をテレビ公開したが、偽物とのすり替えが行われた可能性があるらしい。
牟田は浅見陽一郎の地位を知っており、光彦の旅目的へ探りを入れてくる。
オルシーニ館に着くと、ピアが飼い犬のタッコを乗せて車を走らせていたら、教会の前あたりでタッコが吠え、驚いたピアが運転を誤って怪我をして病院に運ばれていた。
愛犬の心理から想いがけない人物と出会ったのではないかと、光彦は推理する。
第4章 トスカーナに死す
オルシーニ館4日目、光彦はパトカーのサイレンで目が覚める。近くで日本人の他殺死体が発見されて、館に宿泊してる一行がラウンジに朝早くから集まっていた。教会坂道の草むらで確認すると、カメラマン石渡だった。鈍器による傷害から絞殺に至ったと判明する。やがて警察は石渡の自宅から浅見の名と住所の書かれたメモを発見する。ここでいつものように浅見兄弟の正体がバレるパターンが、イタリア警察内でもパロディのように行われるファンサービスがある。
しかし旅一行は足止めとなり、地中海クルーズが遠のくことで険悪なムードとなった。牟田老人と光彦が残ることで納得してもらう。
光彦は優子と教会の隣の病院に入院中のピアを見舞ったとき、ハンスの白血球が異常に増えていると聞かされる。光彦と優子は事故現場の検分中に水が涸れた古井戸を見つける。
老人ホームに間借りしている画家のダニエラを訪ねると、テラスから古井戸越しにオルシーニ館が見えた。
事件を嗅ぎつけてミステリー作家の内田センセがネタ探しにやってきて、軽い発言を連発して、一行を和らげてくれる結果となる。
第5章 浅見陽一郎の記憶
陽一郎の電話では、1974年に起きた三菱重工ビル爆破事件の容疑者は石渡であり、直後に出国したことが分かる。牟田は画商で若い画家へ資金援助していたという。過激派のひとりとして、国外逃走した可能性があるのだった。左翼運動が事件を引き起こして、連合赤軍が追い詰められて海外へ向かう時代が点描される。今読んで楽しい話ではない。
館の丑三つ時に物音に気づく光彦は、廊下の暗がりで黒装した忍者のような真沙子の姿をみつける。それは館の地下へと忍んで進んでいるようだ。地下室からコトコトと音が響いている。危機を察した真沙子は、注意を促して光彦を引き返すようにする。
どうやら牟田老人が地下室へ降りていったところを、見かけたというのだった。ハンスと牟田は地下室で共同作業でもしているのか?
真沙子の雇主であり、父親の親友でもある牟田はただならない関係なのだ。しかし彼女は美術修復の仕事柄かも、知りたいものがあると嗅ぎ分けているようだ。
聖骸布すり替え事件の犯人は過激派なのか、久世の死に対する疑惑が、つながるのか?
光彦と真沙子の視点は近づいている。
そして光彦、牟田夫妻、真沙子は警視ともう一人からの事情聴取で残り、ほかの一行と内田夫妻は飛鳥に乗船するため出発するのだった。
第6章 湖底の村
警視とともに光彦と牟田に、事情聴取するのは礼儀正しい聖職者である。質疑応答から1976年のヴァッリ湖の廃屋での久世の事故は溺死で、イタリア人32歳の画家もいっしょに水死していたと分かる。ダム建設するために水没する湖を描いていたのだろうかと光彦は考え、もう一人の日本人が居たことを知る。
事件関係者すべて登場して、うち4人が死んでいる。それが「十字架を背負った人々」を指すが、絡み合った人間関係は解けるのだろか。宗教観がミステリー展開のベースになって、なかなかエンタメとして読むことが辛い習慣や文化の違いも、知識として書かれてるが多くの読者は飛ばして読むのだろう。
第7章 十字架を背負った人々
オルシーニ館の地下室にこそ、ミステリーの全てがあった。謎につつまれた美術品が隠されていたのだ。ここから先はネタバレになってしまうので、ストーリー展開は記載しない。
美術の才分を活かせる人間と、適性がないと気付いてしまう人それぞれが、ダヴィンチの芸術をどのように想うのか?
魂の解放を目指した美術が、宗教のもとでは別の失墜をさせてしまうこともある。
絵描きとしては才能があっても、精神が邪悪なことが事件にもなってしまった。
エピローグでは読者も予想できない結末へとなり、最後に「貴賓室の怪人」「浅見光彦に頼め」の謎を明らかになるのであった。まるでダヴィンチが描いたキリスト像が見守るような、ハッピーエンドへ。
作者が実際に世界旅行の長距離クルーズをして、書いた作品なので土地や文化に対する描写はリアリティがあるし、文庫本を片手に旅情が味わえる。作者の後期作品として、サービス精神も堪能できる浅見光彦の世界旅行。
トスカーナの爽やかで温暖で、風景が美しいくて、人々がおっとりしてる舞台で終わる。
果樹園、葡萄畑、オリーブ林、麦畑が見渡せる丘から、海原が広がってある。

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