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2023年11月19日 (日)

多岐川恭ミステリー短篇傑作選『落ちる・黒い木の葉』ちくま文庫

多岐川恭の「落ちる」1958年に刊行された著者の第一短編集が含まれている。

表題の「落ちる」ほか「ある脅迫」「笑う男」の3作が直木賞を受賞してる。

ミステリの魅力が詰まったレベルの高い傑作が収録された、江戸川乱歩責任集時期の「宝石」で発表されている。

収録作品は「落ちる」「猫」「ヒーローの死」「ある脅迫」「笑う男」(私は死んでいる」「かわいい女」「みかん山」(黒い木の葉」「二夜の女」の他6編。


「落ちる」 

直木賞受賞作「落ちる」は推理小説というよりは、心理サスペンス物のサイコなミステリーである。

退院したばかりの主人公が妻に寄り添って、晴れた路上へ散歩に行く。体力もふらふらだが、ノイローゼぎみな精神状態で、風景が歪んでいる。「生命の灯火が乏しい人間」である。

うつ病の主人公の主治医として長峰は、かつて妻・佐和子の実家で書生をしていた。必要以上に頻繁に主人公宅を訪れて、どうも長峰は佐和子を愛しているようだ。そのため、一時出入り禁止にしていたのだが、最近また自宅に顔をだしている。

本能と意識ある心を振幅しているようだ。疑惑と死神は前触れもなくやってくる。

「正直に告白しますと、佐和子さんとは書生時代から何度か床を供にしたことがあります。しかし、佐和子さんには危なっかしいところがあったんです。そのため、実家は養子に出しました。結婚についても、世間知らずのあなたがびったりでした。私が、頻繁に出入りしていましたのは不倫のためではありません。佐和子さんが何かしでかすのではないかと心配だったからです」

妻に対する愛情が崩れて猜疑心が一線を超えたとき、生まれ変わるようにラストで心境が一変する。

何度か思い当たる事故葛城あった。妻の元に戻り、一緒に市内のデパートの屋上へ行く。そして人けのない場所で話し合う。フェンス越しに下をのぞいた主人公は、またしても死の衝動に駆られて、跳び出していく。

だが上端に手が掛かる「佐和子、助けてくれ」、最初は主人公の手を握っていたが、次々に指をはがし始める。そして落下せずに、最初から落ちないことを確認していた。引っ掛かる箇所があり這い上がると、失神している佐和子をベンチに寝かせた。

その場を離れた主人公は、係員に告げる。「ベンチで女の人が倒れています」

彼の心は軽やかで、喜劇のように思えた。


「ある脅迫」

冴えない銀行員が宿直の夜に、強盗から襲われるのであった。それがどうやら上司のやっている茶番か、犯罪なのかと伺って、ある手段を考えてみる。


蔵原惟繕監督によりシチュエーションスリラー映画製作された。 

日活映画「ある脅迫」65

https://m.imdb.com/title/tt2017464/mediaviewer/rm3817006848/?ref_=tt_ov_i


映画予告編。

https://youtu.be/BasPeb-hAak?si=fl2scc5JdJ0SIRCW


「笑う男」

用心深く猜疑心があり、辛抱強く冷酷である刀根剛二郎は、綿密で周到な犯罪者の特殊が備わっていた。収賄事件の発覚を防ぐため、殺人まで犯した男である。完全犯罪かと思われた事件の皮肉なことになっていく。

帰りの電車内で、たまたま隣り合わせた体格のいい五十くらいの男に、殺人事件の推理を聞かされるはめになる。

過去の汚職事件の発覚を恐れた元職員が事実を知る愛人の計画殺人を犯すが、事細かく話し掛けてくる。無遠慮な男へ次第に、込み上げてくる剛二郎の殺意。用心には用心を重ねたのに、意外な人物に暴露されてしまう。

一喜一憂する主人公が、物悲しくユーモラスな短篇。

Img_6379

「かわいい女」

公団住宅に住む会社課長といる若妻は、結婚後も銀行勤務を続けていた。夫は妻に家にいて欲しいと要求して、やがて惨劇がはじまる。一見は良妻と思われる事件の行実だが、夫を紹介した親友のジャーナリストがインタビューを求めてきた。それを拒んでいる妻に対して、疑念を抱くのだった。ファムファタールな女のゾッとする短篇。

「ある脅迫」と同じく斉藤武市監督により日活モノクロ映画として1959年公開されている。主演の中原早苗さんの演技を観てみたい70分作品。


探偵小説から推理小説へと移行してた、そんな時代に書かれた短篇傑作選である。直木賞を受賞した筆力は、売れっ子作家が刊行するミステリー長編シリーズとは、一味も違って人間描写も凄みがある。

昭和の高度産業成長期に求められたことが、的確にドラマ化されている。今でも変わらない人の欲求が偏在して、なんとも切ない。枯渇してるミステリードラマは、学ぶことが多い要素がある。句読点のバランスも小説の表現なので、推敲する暇もなく刊行する作家さんは対極の世界にいるんだと痛感した。

そんくらいに心して読める短篇があったことには、昭和ってアメリカに戦争に負けて様々な価値が激変した背景があると考えさせられました。


【収録作品】

落ちる

ヒーローの死

ある脅迫

笑う男

私は死んでいる

かわいい女


みかん山

黄いろい道しるべ

澄んだ眼

黒い木の葉

ライバル

おれは死なない


砂丘にて

あとがき(『落ちる』)

あとがき(『黒い木の葉』)


多岐川恭 

1920(大正9)年、福岡県北九州市生れ。

東京帝国大学経済学部卒業。 1958年『濡れた心』で江戸川乱歩賞受賞。1959年『落ちる』で直木賞受賞。1989年紫綬褒章受章。主な著作に『ゆっくり雨太郎捕物控』シリーズ、『氷柱』『用心棒』『色仕掛 闇の絵草紙』『暗闇草紙』『春色天保政談』『レトロ館の殺意』等多数。享年74

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