浅見光彦シリーズ 鯨の哭く海
フジテレビ水曜日13:50〜15:45
「和歌山秩父連続殺人!消えた青いコートの女!断崖絶壁に響くクジラの哭き声と銛が刺さった人形の謎」
ルポライターの浅見光彦(中村俊介)は雑誌「旅と歴史」の取材で、かつて捕鯨で栄えた町・太地(和歌山)に向かう。くじらの博物館で青い帽子に青いコートの謎の女を見かける。女は等身大の勢子舟(鯨を捕る舟)の勢子人形の前に立っていた。
女が立ち去った後、浅見が勢子舟の前に行くと、勢子人形の背中には銛が突き刺さっていた。
国民宿舎の女性客室係は6年前に新聞記者の男性と心中した旅館のお嬢さんではないかという。 太地や埼玉県の秩父で起こった殺人事件に遭遇した浅見は、心中した新聞記者の妹・順子(小沢真珠)とともに、順子の兄の死の真相や連続殺人事件の真相にせまっていく。
【出演者】中村俊介 小沢真珠 白川和子 井上晴美 榎木孝明(特別出演) 山本學 野際陽子 ほか
【原作】内田康夫
【企画】和田行 保原賢一郎
【脚本】峯尾基三
【プロデューサー】小林俊一 大下晴義 金丸哲也
【演出】小林俊一
【音楽】渡辺俊幸
クジラは視覚的にも鳴き声も、映像作品にはダイナミックな素材だろう。いろんな映像ストックから編集されたようだ。霊長類として哀しみが伝わるドラマだ。
『鯨の啼く海』内田康夫
港町で起きた殺人事件の鍵は過去の心中事件。時を超えた「悲劇」とは――?
捕鯨問題の取材で南紀を訪れた浅見光彦。この地でかつて起きた殺人事件と心中事件。二つの事件の関連性を見つけた浅見は、秩父へと向かう。事件現場に見え隠れする青い帽子の女の正体とは――?
哺乳類のクジラを食べることについて、浅見家では三世代で語る場面が、それぞれに世代を表わす発言となっている。ドラマではばっさりカットされてしまっているが、日本人と捕鯨は伏線として大切なのではないか。
捕鯨に対して推進するか、反対派の勢力へなるのかが事件の根幹になって展開する。このシリーズでは珍しい社会派な視点から、捕鯨について両者の見解が追及されている。
「セミの子持ちは夢にも見るな」というセリフが、後半の展開では重い意味を持ってくる。
〈その時の事故のことを「背美の子持ちは夢にも見るな」という格言として残っていて、これを、背美鯨の母子の場合には捕鯨を行わないというこの「戒め」を無視して捕鯨を行ったため、事故が起こるべくして起こったといった迷信めいた一部の解釈があります〉
【参考】
明治11年(1878)12月24日、子連れのセミクジラを追って沖へ出た太地鯨方の船団は遭難し、百名以上が行方不明となった。
燈明崎山見の責任者であった和田金右衛門頼芳が残した記録『脊美流れの控え』によると、出漁から3日が過ぎた12月27日以降に数十名が帰還して、沖で何が起きたかを報告した。船団は夜を徹して捕鯨に従事して、翌朝までにはクジラを仕留めたが、はるか沖に押し流されていたため太地に戻るのに難渋していた。やがて西風が強くなり日も暮れて、船団は苦労して捕らえたクジラを切り離した。陸を目指して必死に櫓を漕いだが、多くの舟は漂流して、波に翻弄され、大勢が帰らぬ人となるを
未曾有の惨事を後世に伝える「漂流人紀念碑」は、まず東の浜に建てられましたが、昭和34年(1959)に、平見地区に通じる坂道の中腹に移され、さらに平成14年(2002)に現在の場所に移されました。また順心寺には、鯨組宰領の子孫によって昭和29年(1954)12月24日に建立された「太地浦鯨方漂流殉難供養碑」があります。
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