『複合遺恨』森村誠一(光文社文庫)
棟居刑事が錯綜する人間の愛と宿業に肉迫する。
憧れの的であった担任女教師・佐倉弥生が、番長・後藤龍雄に犯される場面を目撃した少年と級友は、後藤殺害を決意して自転車事故を実行する。路面に横たわる死体。それは中学校を去った女神への供物のつもりであった。しかし復讐が為されたとき、呪われた運命の序曲が静かにスタートしたことを、彼らは知る由もなかった。
息子のために保険金を掛け合った吉田夫婦が、水泳中の海での事故に遭遇する。溺れてしまった息子の死から、夫婦の心は離れて別居するふたり。会うこともなく月日が過ぎて、夫は森林から死体となって発見される。左手の薬指が切断されていた。保険金が夫人に支払られることで、妻に容疑がかけられた。しかし過去を調査すれば、簡単な事件ではなかった。

かつて吉田が佐倉弥生の生徒であったことから、彼女が転職してママをしてるBARで働いていた経歴が浮かんできた。そこで経営する男が殺されていた事件があった。家庭内暴力を受けていたママが殺害したが、従業員たちは皆同情して、裁判では情状酌量から執行猶予にされた。
ふたつの事件は繋がっているとみた、吉田の妻はBARへ行くと、ホステス募集面接に来たと思われて、そのまま雇われる。旧姓を名乗って潜伏することにした。
六割ほど読むと、無名の詩人が書いたミステリアスな詩が引用されている。
「なぜか」
朝が来て目をさまして
いつも小さなものがなくなっていた
窓には鍵がかかっているから
きっと内部のものの犯行だ
真っ赤な目をしてがんばってみても
ふいに火を噴く彗星みたい
消えたものはいらないものばかり
もう願いごとなんかするものか
ところで21歳のぼくは
波の音ばかり聴こえてる
古ぼけたラジオをいじってる
真夜中にあの海からきた
なぜか懐かしい異国語の
短波の放送を聴いている
(園下勘治)
刑事ふたりが、この詩を読んで含みのある言葉から、犯人探してをだぶらせるのだった。
棟居刑事は「これまで手がけた事件の中で、これほど自信のない捜査をしたことがない」と述べている。複数の虐めにあっていた教え子たちと繋がった過去と現在がある。番長の乗った自転車事故のあった三本松の近くで、吉田ら中学生たちが記念写真を撮影していたスナップショットが、過去のアルバムにあった。
本作品で描かれた世界に対して「恐るべき因果律」という、強烈な印象を持たざるをえないであろう。事件の発端は被害者と犯人の20年以上前の繋がりにまで遡る。こんな事件が実際に起こったら驚嘆するしかない。個人的には棟居刑事シリーズでは最高レベルの充実した作品。
★★★★★
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