『新釈遠野物語』井上ひさし
奇抜、夢幻、残酷、抱腹、驚異、戦慄、そして、どんでん返し。
パロディではありません。名著を凌ぐ、読み応え抜群の連作集。
東京の或る交響楽団の首席トランペット奏者だったという犬伏太吉老人は、現在、岩手県は遠野山中の岩屋に住まっており、入学したばかりの大学を休学して、遠野近在の国立療養所でアルバイトをしている“ぼく"に、腹の皮がよじれるほど奇天烈な話を語ってきかせた…。
“遠野"に限りない愛着を寄せる鬼才が、柳田国男の名著『遠野物語』の世界に挑戦する、現代の怪異譚9話。
【目次】
鍋の中
川上の家
雉子娘
冷し馬
狐つきおよね
笛吹峠の話売り
水面の影
鰻と赤飯
狐穴
解説 扇田昭彦
【本文より】
老人は弁当を使うぼくを眺めながら、他所では河童の面(つら)は蒼いというが遠野や釜石に棲む河童の面はどうしてだか赭(あか)いのだとか、この近辺の猿は暇さえあれば躰に松脂(まつやに)をなすり込みその上から砂を塗りたくっているが、それを繰返している毛は鉄板よりも堅く丈夫になり猟師の射(う)つ鉄砲の玉を難なくはね返すだの、深い山に入るときは必ず餅を持って行くことを忘れるなだのと、さまざまな話をしてくれるのだった。
(「川上の家」)
本書「解説」より
『新釈遠野物語』で作者が強調しようとしたのは、この世界を固定した見方でとらえるのではなく、日々新鮮な驚異と賛嘆のまなざしでみつめる姿勢だったと私には思われてならない。この本で展開する物語の多くは、たしかに常識的で合理主義的な見方からすれば、荒唐無稽で怪しげな超現実の物語ばかりだと思われるかもしれない。だが、私たちの生命が、たんなる個的なものではなく、実は驚くべき事象にあふれた自然や宇宙の大いなる息づかいのうちにあることを感じとるとき、これらの物語はフィクショナルな限界を超えて、切実なリアルなものになる。
――扇田昭彦(演劇評論家)
全部で9篇の短篇からなっている。 人を食う山男からその妻に教えられた方法で逃げ出す男。熊笹の生えている斜面を転がって逃げなさいと言われる。実際に熊笹の上を転がって逃げる場面で、同じような情景を知っているような気がする。
それから河童が親の病気を治すために人間の肝を採る話など続く。
第4話は飼い主である娘と馬が相思相愛になってしまう話。
そのあとは狐つきの娘の話や予言をする話売り、人に化けて魚を救う沼の主の大鰻とか、狐が化かす話などが続いている。
柳田國男の『遠野物語』を解釈したものではなく、自分が遠野の近くの療養所で働き始めた頃、山の洞穴でトランペットを吹く犬伏老人と親しくなり、老人が狐や河童に騙された様子が語られる9つの短編を面白可笑しく書き連ねてる。
最後に老人が大切にしていたトランペットを貰い、吹いてみるのがなかなか音が出ない。それが何故だったのか、最大のオチがあります。
井上ひさし(1934-2010)
山形県生れ。上智大学文学部卒業。浅草フランス座で文芸部進行係を務めた後、「ひょっこりひょうたん島」の台本を共同執筆する。以後『道元の冒険』(岸田戯曲賞、芸術選奨新人賞)、『手鎖心中』(直木賞)、『吉里吉里人』(読売文学賞、日本SF大賞)、『腹鼓記』、『不忠臣蔵』(吉川英治文学賞)、『シャンハイムーン』(谷崎潤一郎賞)、『東京セブンローズ』(菊池寛賞)、『太鼓たたいて笛ふいて』(毎日芸術賞、鶴屋南北戯曲賞)など戯曲、小説、エッセイ等に幅広く活躍した。2004(平成16)年に文化功労者、2009年には日本藝術院賞恩賜賞を受賞した。1984(昭和59)年に劇団「こまつ座」を結成し、座付き作者として自作の上演活動を行った。
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