──TARAKOさんが『ちびまる子ちゃん』のまる子役に抜擢されたのは、声優デビューから9年目の1990年。それからまる子とは30年以上の付き合いだと思いますが、あらためて、まる子役に抜擢されたときのことを教えていただけますか。
TARAKOさん(以下、TARAKO) それまで私、ずっとオーディションに落ちまくってたんです。『ちびまる子ちゃん』も受かると思って受けてなかったんで、決まったときは私も驚いたし、それ以上に事務所の人がびっくりしてました。マネージャーが深刻な顔で「いい? ちゃんと聞いて」って言うからなにかと思ったら、「受かりました」って。素に近い感じで喋ったら、結果的にそれがももこちゃんにそっくりだったみたいで、ももこちゃん本人が選んでくれたんです。
──TARAKOさんが最初にさくらさんにお会いしたのは、いつだったんでしょうか?
TARAKO たしかアニメの初回のアフレコにはいらっしゃったのかな。私のなかで印象に残ってるのはそのあとの食事会ですね。中華料理屋さんにスタッフみんな集まってお話ししたんですけど、ももこちゃんは、あんなシュールな話を描く方には全然見えなかった。ちっちゃくって、当時の旦那さんの隣でずっとニコニコしてました。かわいかったです。……うん、本当にかわいかった。ももこちゃんって、「あたしゃびっくりしたよ」って本当に言うんですよ。私も生で聞いたとき感動して、これがあの「あたしゃ」かって思いました。
──それ以来、さくらさんとは頻繁に交流されていたんですか。
TARAKO おうちに呼んでいただいたり、ごはんもご一緒することは何回かあったけど、ふたりで会うってことはなかったです。ももこちゃんの周りの人はみんなももこちゃんと話したがりますから、私は見てるほうがうれしかったのかなあ。私たちが喋ってると、周りに「どっちが喋ってるのかわからない」って言われました。ももこちゃんと話した内容ってじつは全然覚えてないんです。話せるってことに舞い上がっちゃってたんでしょうね。
──いまや国民的アニメの『ちびまる子ちゃん』ですが、作品の人気が出はじめたのっていつごろからだったんでしょうか。
TARAKO 始まって4~5ヶ月経ってからだったかな。いまだから言えるんですけど、当初はスタッフの間でも「たぶんワンクールで終わるよね」なんて囁かれてたんですよ。私も最初はこんな変な絵の……いや、そんなこと言ったら失礼なんですけど(笑)、平面的な絵の漫画がよくアニメになったなあって思ってました。
浅野ゆう子さんが、ドラマのなかで『おどるポンポコリン』を口ずさんだのがヒットのきっかけって説があるんですけど、どうなのかな。夏には人気に火がついて、私も「まる子」役ってだけで、声以外のお仕事がワーッと増えちゃったんです。バラエティのほかにも、ドラマとか映画まで出させていただいて……当時、宜保愛子さんにまでお会いしたりしたんです(笑)。まさか声優やってて霊能者の方に会うと思わないじゃないですか。
――一気に大スターになられたんですね。
TARAKO すごかったです、当時。休みがないのは当たり前で、ひどいときは点滴打ちながら仕事したりして……だんだん、家に帰ると自分が自分じゃないみたいで、ボーッとしたまま眠るっていうのが何ヶ月も続きましたね。1990年と91年は、私にとっては別世界。記憶にない年です。目の前にとんねるずさんとか宮沢りえさんとか大スターがボコンボコンいて、私、ただの声優ですよってずっと思ってました。うちなんてびんぼう事務所でしたから、みんなもパニックだったと思いますよ。衣装担当がいないのに着回す服が足りなくなっちゃって、社長の奥様がテレビ用のお洋服を縫ってくれたりしたこともあります。
──凄まじい……。でも、「まる子」役という以上に、TARAKOさんご自身のキャラクターで人気が出たのでは?
TARAKO うーん……たぶんみんな、「この人、普段からまる子の声なんだ」っていうのがおもしろかったんじゃないかな。当時って実際、ふつうに喋ってるときの声がまる子の声だったんですよ。いま振り返ると無意識につくってたのかなって思います、周りが求めるキャラクターを。
──正直に言うと、いまこうしてTARAKOさんとお話しさせてもらっていても、「まる子の声」に聞こえています……。当時はもっと、声をつくっているという感覚だったんですか。
TARAKO アハハハ! ほんとですか(笑)。アニメをずっと見てくださってる方はそう感じるのかもしれないですね。自分からすると当時の声はもっと甘ったるくて、とろっとろしてて。昔の動画を見ると、すごい恥ずかしくなります。
──声優としてデビューしてからしばらくは、ご自分の声があまり好きじゃなかったそうですね。
TARAKO そう、大っ嫌いでしたずっと。それがまる子役に受かってから、まあ悪くはないのかなってちょっとずつ思えるようになってきたんです。アニメで『ちびまる子ちゃん』を知った方からもですし、原作ファンの方からも「まるちゃんだ」って言っていただけたことに本当に救われました。それまではずっと主役は張れない声だって言われてて、田中真弓さんとか高山みなみちゃんみたいな声に憧れてましたから。まる子は救世主でしたね。
──ただそこまで多忙を極めたり「まるちゃん」としてのTARAKOばかり求められると、反対に悩まれることもあったのでは、と思うのですが。
TARAKO 最初はありましたね。TARAKO=まる子と思われて、自分というよりももこちゃんに申し訳なかった。しかも、アニメのまるちゃんってじつはいまが2期目で、1期目は1992年に一旦終わってるんですけど、そのタイミングで一気に仕事がなくなっちゃって。当時は、もしまるちゃんっていう存在がこの世からいなくなったら私も終わりなのかなとか考えて、けっこう落ち込みました。でも、途中から「まる子が人生救ってくれたんだし、そんなふうに思うの失礼だ」って思うようになって。それからですね、楽になったのは。
あと、まるちゃんがあれだけヒットしたおかげで、逆に「まる子じゃない声でお願いします」ってオファーを頂くことも増えた。まるちゃんを求められることも、そうじゃない声を求められることも出てきて、いまはどっちもうれしいと思えますね。最近はもう「つくろう」とか思わずに、できるだけ素のまんまでやろうって心がけてます。いまってコロナの影響でスタジオに入れる人数が限られているので、声優は前もって個別に脚本とDVDを頂いて、それをチェックした上で本番という流れなんですけど、私はホンもDVDも絶対もらわないようにしてるんです。
──えっ、じゃあ、演じるタイミングになるまでその日のストーリーは知らないんですか?
TARAKO そうなんですよ。収録のテストで初めて読んで、そのまま本番です。先に読むと自分が「つくって」きちゃうから、嫌なんですよね。もちろん原作のお話はなんとなく覚えてますけど、アニメオリジナルのお話は、「え~っ、こんな終わり方するんだ」ってやりながら驚いてます。他の声優さんに言うとおかしいって言われますけどね(笑)。「いきなりやって、口パクにうまく声合わせられるの?」って聞かれるんですけど、「まる子だったらたぶんこのへんで言い終わるな」ってわかるんですよ、30年やってると。
個人的には「まる子 子ねこをひろう」っていう回がすごく好き
──30年選手のTARAKOさんならではのエピソードですね……。これまでまる子を演じられてきたなかで、特に印象に残っているお話ってありますか。
TARAKO 映画だったら、『わたしの好きな歌』かなあ。お話もですけど音楽とかアングルもいちいち格好よくて、ももこちゃん色が思いきり出ていて、大好きです。アニメは、たっくさんあるんですけど、個人的には『まる子 子ねこをひろう』っていう回がすごく好きで、あのお話には泣く演技を教えてもらいました。『たまちゃん大好き』とか『まるちゃん 南の島へ行く』も好きだなあ。あと、まるちゃんが野良犬に追っかけられて、それをお姉ちゃんが追い払ってくれるお話があるんですけど、それはお姉ちゃん役の水谷優子ちゃんの芝居が大好きで……ああ、まる子のこと語り出すとキリなくなっちゃう。
──いまお名前が出た水谷さんのほかにも、初代の友蔵役の富山敬さん、2代目の青野武さん、最近ではナレーションのキートン山田さんもそうですが、30年の間にキャストさんの交代も何度かありました。いまは、放送開始当初の『ちびまる子ちゃん』に馴染みのないスタッフさんもいるのではないかと思いますが、アニメの作風や現場に変化は感じますか。
TARAKO 声優さんもそうですし、監督さんや編集さんもこれまで何度か変わってきたんですけど、音響監督さんがずっと同じ方なんですよ。その方がまる子のことをよくわかっていて、一貫した作品の世界を作ってくださっています。だからその方の判断にすべてお任せしてるんですが、ももこちゃんが書いていないお話の場合、あんまりまる子っぽくないなって思うことは、はっきり言っていっぱいあります。でもそれは絶対否定しないようにしてるんです。長く続いているからこそ頑固になっちゃいけないと思っていて、「こういうまる子もあるよね」って私たちのほうから歩み寄らなきゃって。
──さくらさんの『ちびまる子ちゃん』とアニメ版はまたすこし別の作品、という感覚ですか?
TARAKO そうですね、別物。原作ってすっごくシュールじゃないですか。ももこちゃんが描いていた『ちびしかくちゃん』とかも、本当にひねくれてる。ももこちゃんは本来、そういうのがチャーミングなんだよっていうのを伝えたかったんじゃないかと思うんですよ。いい子、やさしい子、美しい子じゃなくても、こういう子もかわいくておもしろいんだよっていうのを知っていた方だと思う。
だから脚本がどんなふうに変わっていっても、それに柔軟に合わせていきたいけど、ももこちゃんのその「色」だけは役者が持ち続けてないといけないって思ってます。役者が思いを持っていれば、台詞は一言一句変えなくても、役に宿る心は変えられるので。それだけはいつも心がけてます。こんなに長く続いているのも、収録に行けば変わらずみんなに会えることも、本当に幸せな作品。『ちびまる子ちゃん』はホームですね、やっぱり。
「やっといま、ももこちゃんに触れられたような気がする」
──最近では、オーディオブック化されたさくらさんの初期エッセイ『もものかんづめ』の朗読も手がけられました。TARAKOさんはさくらさんのエッセイって、もともと読まれていたんでしょうか?
TARAKO エッセイのほうはももこちゃんが大人になってからの話もたくさんあるって聞いて、はじめは読めなかったんです。私が演じてるまる子は子どもだから、読むことによって万一、まる子の演技が無意識に変わってしまったら怖いなって。でも、発売から何年経ってもおもしろいって声を聞いてたので、あるとき思いきって読んでみたら、特になにも変わらなかった。取り越し苦労でした(笑)。
──今回、朗読にあたって久しぶりに読んでみていかがでしたか。
TARAKO やっぱりおもしろいですよねえ……。自分で喋りながら噴き出しちゃってNGになることも何度かあって、ももこちゃんって本当すごいなって思いました。『奇跡の水虫治療』とか、絶対笑っちゃいますよね。
──電車で読めないですよね。朗読を聴いているというより、さくらさんに直接喋りかけられているような気分になる作品だなと思います。
TARAKO それはいっちばんうれしいです。もともと私、原稿を「読む」っていう感覚があんまりなくって、「喋る」って思わないと入っていけないんです、役に。感情を乗せずに読んでくださいっていうお仕事がいちばん難しくて。『もものかんづめ』の朗読はいくらでも感情を入れられるから、それが本当に楽しかった。喉さえ許せば1日中やってたいくらいでした。
本当はももこちゃんともっと交流があったら、お話しするときに「読んだよ、おもしろかったよ」って伝えられたと思うんですけどね。ももこちゃんは忙しくてアフレコもあんまりいらっしゃらなかったし、私も私で舞い上がっちゃってて、ほとんどまともにお話しした記憶がなくて……。だからなんだかやっといま、まる子じゃなくてももこちゃんに触れられたような気がして、それがすごくうれしいんです。
(初出:2021年7月1日掲載/年齢・肩書きは当時のまま)
【時事通信】より
TARAKO
女優、声優、ナレーター、シンガーソングライター、脚本家など幅広いジャンルで活躍。81年、アニメ『うる星やつら』で声優デビュー。90年、『ちびまる子ちゃん』で、主人公のまる子役を務める。ほか、『まじかる☆タルるートくん』、『甲虫王者ムシキング 森の民の伝説』(チビキング)などに出演。テレビ番組のレギュラーナレーション多数。