『醗酵人間』栗田信:著、日下三蔵:編(戎光祥出版)戦後最大の怪作SF長編小説。
「戦後最大の怪作SFの噂。酒を飲んで発酵する謎の怪人。あまりのバカバカしさは、むしろ感動を呼ぶ」と評され、「BOOKMAN」誌の〝SF珍本ベストテン〟第6位を獲得した『醗酵人間』(1958年刊)。そして、なぜか「醗酵人間」に対抗意識を燃やし、LSDで人格変換を起こす主人公の活躍を描く『改造人間』(1965年刊)を同時収録する。
【あらすじ】
山間の集落にある夜の墓地で、奇怪な出来事が起こった。謎の怪人物によって掘り起こされた死体が、突然命を吹きかえした。生き返った男は九里魔五郎という、かつて地域の有力者である生き残りだった。
「俺か! 俺は醗酵人間だ」
魔五郎は醗酵性の液体や物体を口に含むと、体が何倍にも膨れ上がり強靱なパワーを漲らせる“醗酵人間”に生まれ変わった。墓から抜け出した魔五郎は町長を墓石のなかに埋め込んで殺して、町会議員の会議に送り付ける。実は魔五郎の父・真五郎は集落の県道敷設を巡ることに巻き込まれて、町長を筆頭とする集落の敵対勢力によって殺害されていた。父を殺した者たちへ鉄槌を下すべく、復讐鬼と化した醗酵人間・魔五郎は、やがて山を降り東京にも姿を現すのだった。
あらすじを見ても、荒唐無稽な脱力現代の話が続いている怪作である。
そこで魔五郎が体得した「ある秘術」とは、アルコール分を舐めただけで、体が何倍にも膨張し空中浮遊、コンクリートの壁をぶち破るほどの強壮なパワーを放つ。「こけつかきつきつ」と鳴き声を発するなどして得られてしまうインドの「ヨギ秘術」であった。
ノコノコ警視庁に現れた魔五郎が、屈強な警官たちに取り押さえられながらも、床に溢れたウイスキーをひと舐めした途端に、巨大に膨れ上がって警視庁の厚い壁をぶち破り捨てセリフを残して逃げ去る、
「馬鹿モン!膨張係数の増加に比例して浮力が増大することは、小学生だって知っているぜ!ウハハハハ」
こうして空中にふわりと逃走するシーンは、大衆文芸史上最珍場面である。
インチキ荒唐無稽なものであっても、逆に騙されるのが快感にすらなってくる。
Yahoo!オークションに『醗酵人間』が出品され、最終落札額が40万円を突破。『醗酵人間』オリジナル入手は、マニアの間で古書でも困難になっている。こんな異様な内容の稀珍「怪」 SFが、復刻されたのは空前絶後、出版界最大の珍事態だろう。
そして〈ミステリー珍本全集〉シリーズは、2013年から2016年頃に企画刊行されていた。一般書店には並ぶのが憚れる奇怪な図書の復刊企画だったようだ。
【企画経由】
1957年「読切雑誌」に怪作『醗酵人間』連載開始。栗田信は「大変な反響があった」とうそぶく。
1958年『醗酵人間』雄文社より刊行。栗田は後書きで「醗酵人間をH.G.ウェルズが描く透明人間やB.ストーカーが描く吸血鬼ドラキュラと並列すべき存在」と記す。
1974年 平井和正『超革命的中学生集団』ハヤカワ文庫版の解説にて、鏡明が『醗酵人間』について3行だけ言及。
1986年 BOOKMAN誌16号「SF珍本ベストテン」に『醗酵人間』が取り上げられ、一般読書人の間に『醗酵人間』が知れ渡る。
2007年 北原尚彦『SF奇書天外』刊行。ここで『醗酵人間』が詳しく取り上げられた。表紙と背表紙のカラー画像が掲載される。ネット上で『醗酵人間』が話題となって、奇書伝説が広がっていく。
2013年より戎光祥出版『ミステリ珍本全集』全12巻の刊行が始まる。
〈作者プロフィール〉
本名・栗田信(まこと)1925(大正14)年生まれ。
1945(昭和20)年、東京薬学専門学校卒。化成品研究室勤務、薬局経営などを経て文筆業に。ノンフィクション、時代小説、現代小説、アクション・ミステリからSFスリラーまで幅広いジャンルの作品を発表した。1983年没 。
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