つげ忠男『雨季』と時代背景
京成線T駅を中心に周囲200米程の繁華街を、殊に取囲む様に小さな工場がある。柄の悪い連中が屯ろする街。
そこで初老の中年と、青年の二人が酒場で知り合った。
「どうでもよかった あの人の波も絶叫も」
「赤旗も、何もかも・・・」
「ただ、わけもわからず、雰囲気だけに引きずられるのは嫌だった」
「無性に腹立たしく、情けない気分だった」
「これだけ多くの反対の声も、結局、押し切られる公算が強まっていた」
「気取るんじゃねえよ・・・か ははは」
「いつまでも気取ってねえで・・・」
「ザァッと・・・」
<じとじと 雨が降り続いた・・・>つげ忠男『雨季』より
この『雨季』の背景となった時代は1960年で、日米安保条約をめぐり、自民党は5月19日に議会を無視して強行採決にふみきった。
翌日から全国的に「民主主義を守れ!」「岸内角打倒!」「安保条約粉砕」のデモが展開されていった。国会議事堂の周辺には連日のように10万から20万の抗議デモが続いた。多いときは40万にふくれあがった。
つげ忠男が勤務していた採血工場は、総評傘下の化学同盟に属していた。「毎日のように国会前にいってました」といつ。むしろ旗を押し立てた農民、長靴姿の長い隊列は魚河岸の人々と抗議デモは、「国民的」な様相を帯びていた。岸首相は危機感を抱き、自衛隊の出動をも検討していた。議事堂の上空には「陸上自衛隊」と印したヘリコプターが舞っていた。
ニヒリズムと諦観と憤怒が錯綜する『雨季』で作者は、何を伝えたかったのだろう。描かれたのは70年安保運動が激しい69年だった。ベトナム反戦運動でゆれ動く状況下で『雨季』は発表された。すでに60年反安保闘争から半世紀が過ぎ去った。
『雨季』が描かれたのは1969年のことで、8月・10月・12月の三回に分けて『ガロ』に掲載された。
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